特集 形態形成の統合的理解
Ⅱ.技術による推進
三次元組織モデルの実現に向けた柔軟な培養基材の開発
著者:
大山智子1
大山廣太郎1
三好洋美2
田口光正1
所属機関:
1国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
2東京都立大学システムデザイン学部
ページ範囲:P.317 - P.321
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生体内から取り出した細胞を人工的に生育させる細胞培養は,生命現象の解明のみならず,診断,創薬,治療などを広く下支えする基盤技術である。しかし近年,生体内環境とはかけ離れた硬く平坦なディッシュ上では細胞が本来の機能を喪失することが明らかになり,データの信頼性に影響を与える大きな問題として認識され始めた1-3)。この問題を解決しようと様々な試みが進められているなかで2),筆者らは生体内における細胞の周囲環境,すなわち細胞外マトリックス(extracellular matrix;ECM)の主要特性を模倣した培養基材を,量子ビーム誘起反応を活用した独自の材料加工技術によって開発している。量子ビームとは,電子線,ガンマ線,X線,イオンビームなど,高度に制御した電離放射線の総称である。画像診断やがん治療,医療器具・実験器具の滅菌処理やタンパク質の構造解析にも用いられており,生命科学・医学分野においても馴染み深いツールであろう。量子ビームには,励起・イオン化によってラジカルを生成し,分子を分解したり,共有結合でつないだりする(架橋)作用がある。これらの誘起反応を活用する筆者らの加工技術の特徴は,加熱や薬品処理を要する従来技術と異なり,生体適合性や生理活性を損なうことなく生体材料の化学的特性や機械的特性を制御できることにある。
本稿では,特にECMの柔軟性に着目して開発した培養基材によって,硬いディッシュ上ではみることができない細胞の三次元的な形づくりを誘導した2つの研究例を紹介する。