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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学74巻1号

2023年02月発行

雑誌目次

特集 シナプス

特集「シナプス」によせて

著者: 尾藤晴彦

ページ範囲:P.2 - P.2

 本特集では,神経科学における永遠の中核課題とも言える“シナプス”を取り上げました。特に,数あるシナプス関連のトピックスのなかより,“シナプス発生:形成と成熟” “シナプス伝達” “シナプス可塑性”という3つのコア課題に取り組み,世界に向けて発信している研究グループにお願いし,各トピックスのなかでも中核テーマを選りすぐり,特集を組むことに致しました。

 「努力は無限大の可能性」と元AKB48総監督 高橋みなみ氏は2010年代に語っていますが,振り返ると,日本の分子神経生物学の祖である沼正作先生の座右の銘も「努力は無限」でした。神経科学の無限のポテンシャルを感じつつ,個別研究の努力からどのような無限の未来を期待するのでしょうか。

Ⅰ.シナプス発生:形成と成熟

シナプスオーガナイザー—Extracellular scaffolding protein

著者: 野澤和弥 ,   柚﨑通介

ページ範囲:P.3 - P.7

 過去約30年の研究によって,神経細胞同士のつなぎ目であるシナプスは,シナプス間隙に存在する様々なタンパク質群から成る“シナプスオーガナイザー”によって制御されることがわかってきた。シナプスオーガナイザーは形態的にシナプスを接着するのみならず,シナプスの機能を制御することによって,特異的な神経回路の形成や,個体の経験や学習に応じた可塑的な神経回路の変化にも寄与し,シナプスの異常に起因する精神疾患や発達障害,神経変性疾患などの病態に深く関わると考えられている。本稿では,そのなかでも筆者らが特に研究に取り組んでいるextracellular scaffolding protein(ESP)を中心に,シナプスオーガナイザーの担うシナプス制御の役割について,最近の知見を交えて概説する。

シナプスオーガナイザーPTPδによるシナプス形成調節の分子機構

著者: 吉田知之

ページ範囲:P.8 - P.12

 中枢シナプスは,シナプスオーガナイザーと呼ばれる細胞接着分子間の相互作用をきっかけに分化誘導される。Neurexinファミリー(NRXNs:NRXN1-3)および2A型受容体チロシン脱リン酸化酵素ファミリー(2A-RPTPs:PTPδ,PTPσ,LAR)は,シナプス前部の主要なオーガナイザーとして知られる。一方,それらのシナプス間隙を挟んだ結合相手がシナプス後部オーガナイザーとして機能する。NRXNs,2A-RPTPs共にその細胞外領域にスプライス多様性を持ち,選択的スプライシングによってシナプス後部オーガナイザーとの結合特異性やシナプス誘導特性が調節されている。

 本稿では,マイクロエクソン(me)にコードされるmeペプチドによって巧みに調節を受けるPTPδによるシナプス形成機構について概説する。

海馬シナプス発達と精神神経疾患への関わり

著者: 星名直祐 ,   梅森久視

ページ範囲:P.13 - P.17

 海馬は,学習・記憶,認知機能,情動制御,社会的行動など,様々な脳機能を担う。そして,海馬シナプスの発達異常は,記憶障害,認知障害,統合失調症,自閉症,てんかんなどの精神神経疾患と結びついている。したがって,海馬シナプス発達の分子機構を明らかにすることは,海馬神経回路の構築原理を解明すると共に,シナプス形成不全に起因する精神神経疾患の病態理解につながる。本稿では,海馬シナプス発達のメカニズムを中心に概説し,更に,海馬シナプスと精神神経疾患との関わりについて最近の知見を紹介する。

小脳の生後発達におけるシナプス刈り込みの分子基盤

著者: 野呂高之 ,   渡邉貴樹 ,   狩野方伸

ページ範囲:P.18 - P.22

 生後発達期の脳において,出生時につくられた神経回路の再編成が起こり,成熟した神経回路が完成する。再編成の際に,生後直後に存在する過剰なシナプスが除去され,一部のシナプスが強化されて残る“シナプス刈り込み”という現象が起こる1)。発達期のシナプス刈り込みは,末梢神経系の神経筋接合部,中枢神経系の小脳,視床などで見いだされ,その発達過程と分子メカニズムが調べられてきた2-4)。本稿では,マウス小脳の登上線維-プルキンエ細胞シナプスの刈り込みとその分子メカニズムを中心として,小脳の神経回路が生後発達の過程でどのようにつくられていくかについて概説する。

単一遺伝子疾患からアプローチする神経発達障害

著者: 石田綾

ページ範囲:P.23 - P.26

 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder;ASD)を代表とする神経発達障害(neurodevelopmental disorder;NDD)には遺伝的背景が強く影響し,約1,000個の関連遺伝子が同定されている。その半数以上がシナプスの形成や機能に関わる分子をコードするため,NDDは“synaptopathy”と考えられるようになった。また近年,NDDでは定型発達児と比べ脳の領域間をつなぐlong-range connectivityが低下していることがMRI解析により示された。したがって,シナプス機能とlong-rangeの結合変化の関係を明らかにすることがNDDの病態の理解に向けて重要だと考えられる。本稿では,単一の遺伝子異常によって発症するNDDとして,Fragile X症候群とRett症候群の研究を紹介し,両者から見えてくるsynaptopathy,脳領域間結合と行動変容の関係について展望を述べる。

Ⅱ.シナプス伝達

顆粒放出機構

著者: 三木崇史 ,   坂場武史

ページ範囲:P.27 - P.31

 エキソサイトーシス(開口放出)は,細胞内小胞が細胞膜と膜融合することにより小胞に内包されている液性因子を細胞外に放出することを指す。これは,神経細胞や内分泌細胞,マスト細胞など生体内の様々な細胞で起こり,細胞間シグナル伝達を担う。特に,神経細胞の軸索終末で神経伝達物質放出を担うシナプス小胞のエキソサイトーシスは,1ms以下という高速,かつアクティブゾーン(活性帯)と呼ばれる微小領域(面積にして数百nm四方)で起こることが知られており,脳神経情報伝達のために特殊化されていると言える。本稿では,この脳神経系に特化したエキソサイトーシスの高速性,局所性が生み出されるしくみについて最新の研究を含めて概説したい。

グルタミン酸伝達とその分子・構造基盤

著者: 山崎美和子

ページ範囲:P.32 - P.35

 効率的な神経伝達を実現するために,シナプス後細胞のグルタミン酸受容体はどのように配置され,制御されているのだろうか? これまでの研究から,脳内ではシナプスの種類や入力経路に応じて適切な種類と数の受容体が,正しい場所に配置されていることがわかってきた。本稿では,イオンチャネル型グルタミン酸受容体の多様性とその機能や局在を支える分子・構造基盤について,筆者らの解剖学的知見も含めて概観する。

大脳皮質興奮性シナプス結合の発達

著者: 吉村由美子

ページ範囲:P.36 - P.40

 大脳皮質は6層構造をしており,それぞれの層にあるニューロンは層内,層間,あるいは他の領域にある特定のニューロンと選択的にシナプス結合を形成している。加えて,細胞サブタイプやニューロンの機能特性に依存したシナプス結合特異性がみられる。つまり,シナプス結合は周辺のニューロンとランダムに形成されるのではなく,特定のニューロンと適切な強度でつくられる。このような特異的なシナプス結合による神経回路を基盤として,大脳皮質は機能する1,2)。機能的な神経回路は,胎生期から生後間もない時期に遺伝的プログラムにより大まかに形成され,その後,経験や学習に依存して柔軟に再構築される。その過程を経て,生まれ育った環境に適した機能が獲得される。脳機能の発達メカニズムを理解するうえで,遺伝的あるいは経験依存的に形成・調整されるシナプス結合を明らかにすることは重要である。シナプス・神経回路の機能的な解析には,大脳皮質から厚さ300μm程度のスライス標本を作製し,酸素を飽和させた人工脳脊髄液で灌流することにより,細胞の生理活性を保ったまま生体内に近い条件下で電気生理学的記録を行う手法がよく用いられている。本稿では,大脳皮質の特異的なシナプス結合の発達について,齧歯類大脳皮質のスライス標本を用いた筆者らの研究を中心に紹介する。

AMPA受容体を中核としたtranslational medicine

著者: 高橋琢哉

ページ範囲:P.41 - P.46

 1つの神経から異なる神経に情報伝達が起こるときに,その伝達を仲介する構造体がシナプスである。興奮性グルタミン酸シナプスは,脳内情報伝達において最も中核的役割を果たしている。シナプス前末端に興奮が伝導すると,シナプス小胞からグルタミン酸がエクソサイトーシスにより放出され,シナプス後膜に存在するグルタミン酸受容体に結合する。AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid)受容体はそれ自体がイオンチャネルを構成するグルタミン酸受容体であり,グルタミン酸シナプスにおいて非常に重要な役割を果たしている1-3)。AMPA受容体は通常4量体のイオンチャネルを形成しており,グルタミン酸が結合するとイオンチャネルが開き陽イオンが透過できるようになる。細胞が興奮していない静止膜電位の状態であると,グルタミン酸が結合して活性化したAMPA受容体を介して陽イオンが細胞内に流入し,シナプス後膜の電位が上昇し(脱分極し),興奮性にシフトする。これまでの動物実験を中心とした基礎研究の蓄積により,AMPA受容体が多様な神経機能を中心的に担っていることが明らかになっている。本稿では,AMPA受容体を基盤としたヒト生体脳の研究,治療法,診断法の可能性について概説する。

抑制性シナプスの機能設計

著者: 川口真也

ページ範囲:P.47 - P.50

 中枢神経系の抑制性シナプスはGABAあるいはグリシンを伝達物質とし,シナプス後部膜のCl-透過性を上昇させて細胞の興奮を抑制する。近年の計測技術の発達により,中枢神経系の様々な微小シナプスからのパッチクランプ記録や蛍光イメージングが可能になり,抑制性シナプスを特徴づける精巧な機能制御メカニズムがわかってきた。本稿では,小脳皮質のGABA性シナプス2種に焦点を当てて直接記録により見えてきた精巧な伝達制御機構の普遍性と多様性を紹介する。

Ⅲ.シナプス可塑性

シナプス構造可塑性:現在と未来

著者: 河西春郎

ページ範囲:P.51 - P.56

 スパインシナプスの構造可塑性により,長期増強が確認されただけでなく,シナプスの生成消滅,in vivo動態,形態異常,安定性,ゆらぎ,神経修飾,などの豊かな現象が発見され,脳機能の説明能力は大幅に拡張した1)。更に,2021年に至って,スパイン頭部増大が,シナプス前部機能を力学的に亢進することがわかった2)。この力学的効果も加えて,構造可塑性が学習・記憶や様々な認知機能に働いていることを示す研究段階に入っている。

ドーパミンによるシナプス機能の調節

著者: 栁下祥

ページ範囲:P.57 - P.61

 ドーパミンは,報酬に基づいた学習や意欲の制御に関わる神経伝達物質として知られている。最近の動物行動実験から,ドーパミン神経は報酬などの外部からの刺激に対してサブ秒単位で一過性発火上昇・低下を示し,線条体を主とする投射先で一過性のドーパミン濃度変化を引き起こし,実際に学習や意欲行動を制御していることがわかりつつある。投射先でこのドーパミン動態の情報はGαs/olfまたはGαi/oタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor;GPCR)に検出され情報伝達している。このようなGPCRを介した神経細胞へのシグナル伝達は一般にニューロ・モジュレーションと呼ばれ,グルタミン酸やGABAによる興奮性・抑制性のシナプス伝達の効率を変化させたり,細胞発火特性を調節したりする。そこで本稿では,このようなドーパミン動態が行動を制御する際に基盤となるシナプス調節機能について,最近の知見をまとめる。

シナプスとアクチンシグナル

著者: 實吉岳郎 ,   林康紀

ページ範囲:P.62 - P.66

 神経科学における未解決課題の一つは,記憶がどのように脳に貯蔵されているかである。近年の解析手法,技術の進歩,特に光遺伝学の応用により,動物個体での記憶が脳内各所の神経回路網に貯蔵されていることがわかってきた。一方で,脳が記憶・学習を含む高次機能を発揮するには,神経回路網の可塑的変化が重要である。この可塑性をつかさどる最小単位は神経細胞をつなぐシナプスであり,シナプス自体も形態的,機能的に可塑性を持つ。記憶・学習に伴い神経回路の再編成,シナプスの再構築が起こるが,この可塑的変化をもたらす分子メカニズムは不明な点が多い。記憶・学習時の一過性の刺激はいかにして持続的な情報となり,シナプス・神経回路網の可塑的変化を伴う長期記憶として蓄えられるのだろうか。本稿では,シナプス可塑性におけるアクチン細胞骨格について,筆者らの研究成果を中心に最近の研究動向を概説する。

グルタミン酸シナプスと統合失調症

著者: 林(高木)朗子

ページ範囲:P.67 - P.71

 統合失調症の病因・病態生理にグルタミン酸作動性シナプスが関与していることは,人類遺伝学,ヒト脳機能イメージング,死後脳研究などの様々なエビデンスが支持している。本稿では,グルタミン酸神経伝達シナプスがいかなる生物学的メカニズムで統合失調症の病態に関与するか考察する。

シナプス可塑性と情動記憶

著者: 遠山卓 ,   渡部文子

ページ範囲:P.72 - P.77

 記憶は,動物が過去の経験から学習し,現在から未来へと不断に変化し続ける環境に適応して生きていくうえで重要な機能である。古典的には心理学的な観点から記憶のメカニズムが議論されてきたが,近年の技術発展によりその生物学的な細胞基盤が科学的に検証可能となってきた。本稿では,感覚情報に伴う情動価値を手がかりとする“情動記憶”に着目し,特に扁桃体における可塑性と情動記憶を中心に最新の知見を概説し議論したい。

連載講座 ヒトを知るモデル動物としてのゼブラフィッシュ-8

ゼブラフィッシュにおける社会的闘争行動の制御と脳の左右差

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.78 - P.84

要約 2匹のゼブラフィッシュの間での社会的な支配や服従を求める2者対立の戦いにおいて,背側手綱核から脚間核への2つの経路は,勝つか負けるかを促進する拮抗的な役割を果たす。これらの経路は,経験や空腹などの魚の内部状態の影響を受けて動的に変化し,回避的刺激や社会的闘争に対処するための最適な行動の選択に寄与している。更に,自己中心的(idiothetic)注意に基づく勝者としての振る舞いと,他者指向的(allothetic)注意による敗者の振る舞いを協調して制御する統合的スイッチボードとして機能している可能性がある。また,ゼブラフィッシュの手綱核の著明な構造的左右差は,攻撃と防御における右眼と左眼の使い分けとも関連する可能性が高い。

解説

有袋類オポッサムは出生後長期間にわたって心臓再生能を維持する

著者: 木村航

ページ範囲:P.85 - P.90

 われわれヒトを含む哺乳類の成体は,損傷を受けた心筋組織を元どおりに再生させる能力を持たない。しかし,出生直後の哺乳類の新生仔は,損傷を受けた心筋組織を心筋細胞の細胞分裂促進を介して修復できる。これは,ブタやヒトなどの大型動物から齧歯類などの小型動物まで,哺乳類が共通して持つ能力である。この新生仔の心筋再生能は,出生後数日で起こる心筋細胞の細胞分裂の停止と同調して喪失する。これまで,出生後数日以降に損傷を受けた心筋組織を再生できる哺乳類種は知られていなかった。筆者らは南米に生息する有袋類であるハイイロジネズミオポッサム(Monodelphis domestica,以下単にオポッサムとする)では,出生後2週間以上もの期間にわたって心筋細胞が細胞分裂を継続することを見いだした。加えて,2週齢のオポッサム新生仔が心尖部切除や心筋梗塞などの心筋障害を再生する能力を維持していること,この心筋再生能は出生後1か月までに失われることを明らかにした。更に,オポッサムおよびマウス心臓組織の比較トランスクリプトーム解析により,5'-AMP-activated protein kinase(AMPK)シグナルが出生後の心筋細胞で活性化していること,そして遺伝学的・薬理学的手法によりAMPKシグナルの活性化を阻害することで,マウスおよびオポッサム両者において,出生後の心筋細胞の細胞周期停止の時期を遅らせることが可能であることを見いだした1)

 以上の研究により,有袋類オポッサムの新生仔がこれまで知られているすべての哺乳類のなかで,最長の期間にわたって心筋再生能を維持することが明らかにされ,更に哺乳類間で保存された心筋細胞の細胞周期停止の分子機構の一端が解明された。

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目次

ページ範囲:P.1 - P.1

財団だより/次号予告

ページ範囲:P.91 - P.91

あとがき

著者: 岡本仁

ページ範囲:P.92 - P.92

 神経細胞(ニューロン)同士の接合部であるシナプスは,その結合の特異性や可塑性によって,本能的行動から高度な適応的行動に至る様々な脳機能を可能にしています。その意味で,シナプスを知ることは,脳科学の主たる目標の一つであり続けています。今回ゲスト編集者の尾藤先生のご尽力によって,日本でシナプスを研究し世界をリードする先生方に執筆をしていただくことができました。読者の皆様には,この分野の研究が現在も力強く進められ,その基本メカニズムの理解が,これまで難攻不落とされてきた精神疾患の病因の理解にもつながりつつある現状をご理解いただければ幸いです。更に,心筋再生研究のためのオポッサムを木村先生が,社会的闘争の制御機構の研究のためのゼブラフィッシュを岡本が紹介しています。読者の皆様におかれましては,今後発展の可能性のある実験動物にぜひご注目ください。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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