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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学74巻2号

2023年04月発行

雑誌目次

特集 未病の科学

特集「未病の科学」によせて

著者: 合原一幸 ,   岡田随象

ページ範囲:P.94 - P.95

 今回の特集は“ヒトの未病”を対象としています。ヒトはなぜ,どのように病気になるのか,というのはわれわれの根源的な問いであり,その解明に向けた研究は以前から活発に行われてきました。医学,生物学,疫学など,様々な研究アプローチを通じて,疾患の発症に関わるリスク因子の同定は一定の成果が得られていますが,ヒトの一生を通じて,これらのリスク因子がどのように相互作用し,健康状態から病気の発症に至る動的過程をたどるのか,つまり“いつから,どのように病気になるのか”という肝心の事象は,わからないことが多いままです。この問題の解決のためには,病気になる一歩前の段階,すなわち“未病”の状態を解明する必要があります。しかしながら,これまでにヒトの病気を対象とした様々な研究が展開されてきましたが,未病の研究については,その重要性に比べて解明が遅れている状況が続いていました。その背景には,数理解析などを中心とした数理研究と医学研究の融合という,今までにない共同研究体制が求められるという点も課題であったかと思います。

 このような状況を受け,未病を数理の観点から解明し,多彩な学問領域を横断的に融合して,健康社会の実現へとつなげるべく,2020年に合原ムーンショットプロジェクトが,内閣府ムーンショット型研究開発制度・目標2(祖父江元PD,若山正人SPD)のプロジェクトとして立ち上がりました。そして,複雑臓器制御系の数理的包括理解を実現するための数理データ解析や数理モデル解析などの数理科学的・数理工学的研究が進んでいます。2050年に,臓器間ネットワークを複雑臓器制御系として包括的に理解し,超早期精密医療へ応用することで,疾患の超早期予防システムが整備された社会の実現を目指すものです。「自分は,いつ,どんな病気になるのだろう? その病気をどうやって予防できるのだろう?」という根源的な問いに応えることのできる,真の個別化医療の実装が待ち望まれています。その実現に向けて,数理研究から,医学研究,オミクス解析研究,データベース研究,ELSI研究まで,幅広い分野における新進気鋭の専門家が集まり,日々活発に議論しながら,研究が進んでいます。プロジェクト開始から2年ほどが経過し,それまでは想像もしなかった異分野の研究者間の相互作用と,早くも興味深い研究成果の創出が得られています。

Ⅰ.未病の数理研究

DNB理論とその応用

著者: 奥牧人 ,   山下洋史 ,   岡本有司 ,   合原一幸

ページ範囲:P.96 - P.101

 最近,健康寿命を延ばすために,未病,更には未病治療に関する世の中の興味が高まっている。しかしながら,多くの場合,未病は健康と病気のあいだといった定義で捉えられるため,どのタイミングが未病なのかが特定しづらく,このことが未病の深い理解を妨げている。そこで本稿では,未病のタイミングを検出するために提案されたDNB(Dynamical Network Biomarker)解析1-10)の基礎理論とソフトウェアに関して解説する。

エネルギー地形解析

著者: 増田直紀

ページ範囲:P.102 - P.106

 本稿では,多次元時系列解析を行う1つの方法であるエネルギー地形解析を,数学よりも実用に焦点を当てて紹介する。この手法は,一般の多次元時系列に対して適用可能である。しかしながら,現時点では,筆者らの研究グループが脳の非侵襲的計測データ(fMRI,EEG,MEG,特にそのなかでもfMRI)に対して適用していることもあり,それらのデータに用いられることが多い。とはいえ,腸内微生物叢のデータに適用した最近の研究1)もあり,脳以外の生体データ(生理的な時系列データ,遺伝子発現の時系列データなど)への適用も可能である。

DNB理論に基づく超早期治療のための介入理論の構築に向けて

著者: 井村順一

ページ範囲:P.107 - P.111

 健康な状態から疾病の状態に至る過程を,生体内の細胞間や遺伝子間の複雑な相互作用(ネットワーク)における急激な遷移として捉え,疾病になる直前の状態(以下,未病状態と呼ぶ)を,遺伝子のmRNAの発現量や血中のホルモン濃度などにおける“ゆらぎ”に着目して検出する手法として“動的ネットワークバイオマーカー(Dynamical Network Biomarker;DNB)理論”が提案され1),様々な疾病に対して,その有効性が示されてきている2-4)。これは,発症のメカニズムを,生体のダイナミクスにおいて反応速度といった定数が何らかの経年的あるいは外的要因により徐々に変化し,あるクリティカルポイントに達すると,急激に健康な平衡状態から別の平衡状態である疾病状態に臨界遷移する現象(分岐現象という)として捉え5),疾病状態に遷移する直前でのmRNA発現量のゆらぎを検出するものである。このDNBにより未病状態が検出された際に,発症を未然に防ぐための超早期治療(予防治療,先制治療とも呼ぶ)を行うことが求められるが,超早期治療は疾病状態から治療する手法とは根本的に異なるため,新たな介入手法の開発が必要である。すなわち,未病状態での超早期治療を確立するために,DNBにより未病状態が検出された時点で該当する生体ネットワークのどの部位に,どのように介入すればよいかを推定する介入(以下,DNB介入と称す)理論の構築が不可欠である。

 本稿では,DNB理論と制御理論を融合することで最近得られたDNB介入手法について解説する6,7)。なお,こうしたDNBに基づく介入方法の研究はまだ始まったばかりであり,現段階でも継続的に改良されてきていることをお断りしておく。

多階層ウイルス感染動態の数理モデリングとデータサイエンス

著者: 岩波翔也 ,   岩見真吾

ページ範囲:P.112 - P.117

 ウイルス感染は多階層で高次元なシステムとして成り立っている。つまり,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,細胞,組織,臓器,個体など,様々な階層の階層内および階層間の動的な相互作用によって形成される。そしてウイルスは,感染現象の全般をダイナミックに制御している。標的となる細胞に感染したあと,短期的には細胞内でウイルスゲノムを複製し,中期的には細胞間での子孫ウイルスを伝播し,長期的には宿主免疫応答との相互作用を介して,ウイルス増殖をコントロールしている。そのため,ウイルス感染を真に理解するためには,様々な階層を特徴づけるデータを多階層的に解析する必要がある。本稿では,“細胞内”のウイルス複製と“細胞間”のウイルス感染を階層ごとに定式化し,それらを統合することで“細胞内・細胞間”の階層をまたぐウイルス増殖を年齢構造偏微分方程式により定式化する。そして,代表的な2つのHCV株を用いて感染実験を実施し,得られた異なる階層の実験データを多階層数理モデルで分析する1)

変分自己符号化器を用いた細胞状態遷移のゆらぎ解析と未病研究への応用

著者: 島村徹平 ,   小嶋泰弘

ページ範囲:P.118 - P.122

 未病とは,“発病には至らないものの健康な状態から離れつつある状態”を指す言葉である。近年,計測技術の進展により,ゲノムや遺伝子発現などの分子情報,イメージングによる画像情報など,多岐にわたる生命のデジタル情報の定量的な取得が可能となりつつある生命医科学分野では,未病を数理の観点から解明しようとする研究の重要性が高まりつつある。本稿では,特に,シングルセルトランスクリプトームデータから,われわれの体を構成する各々の細胞がとり得る状態が疾病の発症・進展を経てどのように移り変わっていくか,その変化の背後にあるイベントは何かを調べるRNA velocityモデルについての最新の研究動向を,筆者らが開発した細胞状態遷移のゆらぎ解析を交えて紹介する。更に,超早期の疾患の予測・予防や未病検知に向けて,これらの数理的アプローチがどのように活用できるかについて述べる。

“かたち”のフェノーム数理解析への汎用形態記述子によるアプローチ

著者: 野下浩司

ページ範囲:P.123 - P.128

 本稿では,“かたち”のフェノーム解析に役立つであろう数理解析手法を紹介する。最初に,比較したい対象間に部位ごとの相同性を認識できる場合を想定し,幾何学的形態測定学における形状・形態の解析のための理論と方法を示す。また,比較したい対象間で相同性が認識しづらい均一な多数の構成要素から成る構造への位相的データ解析によるアプローチにも触れる。

Ⅱ.未病の実験研究

未病研究の最前線

著者: 齋藤滋 ,   春木孝之 ,   米澤翔汰 ,   大嶋佑介 ,   門脇真 ,   小泉桂一

ページ範囲:P.129 - P.133

 未病という言葉は,2,400年前にまとめられた中国最古の医学書である『黄帝内経』に遡る。その中に「上医治未病」,未病の時期を捉えて治すことが最高の医療と記載されている。現在,この未病の概念は近未来医療にも通じる大切な概念として,平成26年に閣議決定された内閣府健康・医療戦略推進本部の健康・医療戦略に,「健康と病気を連続的に捉える未病の考え方が重要になり,新たなヘルスケア産業が創出されるなどの動きも期待される。」と記載されている。一方で,未病は経験に基づく概念である。したがって,①最新の科学の発展に基づく未病の定義,および②未病の検出機器の開発,の2つを推進することが重要である。

シングルセルとゲノムの統合解析

著者: 枝廣龍哉 ,   岡田随象

ページ範囲:P.134 - P.137

 シングルセル解析は,細胞群に含まれる情報を1細胞レベルでプロファイリングを行う技術である。従来の解析手法(バルク解析)では細胞集団全体を対象としていることにより,得られた結果は細胞集団の平均的状態を示していた。シングルセル解析を用いることで,組織の細胞内不均一性,細胞分化の方向性を解析することが可能であり,バルク解析と比較してより詳細かつ複雑な細胞分析が可能となった。シングルセル解析のなかでも,トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)が最もよく普及しているが,scRNA-seqを用いた遺伝子多型の遺伝子発現量を関連づけるexpression quantitative trait locus(eQTL)解析が相次いで報告されている。本稿では,シングルセル解析,疾患感受性多型を同定する手法であるゲノムワイド関連解析(genome-wide association study;GWAS),eQTL解析について説明したうえで,COVID-19における実際の解析例を紹介する。

1細胞トランスクリプトームの機能別分類

著者: 飯田渓太

ページ範囲:P.138 - P.141

 1細胞トランスクリプトームとは1細胞レベルでの転写産物に関する情報総体であり,典型的には遺伝子と細胞ごとに取得されたRNA量の行列データを指す。1細胞RNAシークエンス(scRNA-seq)およびそのデータ解析の精度は,最近10年間で飛躍的に向上した。その結果,従来の集団解析では同定困難であった様々な種類の細胞を新たに検出することが可能になった1)。1細胞トランスクリプトーム解析を用いることで,有効なバイオマーカーの知られていない疾患に対しても新たな治療標的分子を見いだせる可能性が示唆されている。例として,敗血症患者を対象としたコホート研究では,疾患の進行に関連する単球の亜集団とその分子的特徴が見いだされた2)

 1細胞データの解析手法について,Seuratなどの汎用ソフトウェアでは遺伝子発現プロファイルに基づき,細胞集団を幾つかのグループに分画するクラスタリング手法がほぼ確立している3)。また,最近は遺伝子発現プロファイルから各種RNA分子の相対的な合成速度を推定し,細胞全体の転写動態を予測する方法も盛んに研究されている4)。しかし一方で,これらの計算結果に対する生物学的解釈についてはいまだ多くの問題が残されており,研究者の専門知識と経験による試行錯誤に頼っているのが実情である。ほとんどの遺伝子はそれぞれ多様な生物機能に関わっており,その細胞が置かれた状態においてどれが真に重要な機能であるかをデータのみから判別することが難しいためである。

数理解析のためのマイクロバイオームデータ

著者: 中岡慎治

ページ範囲:P.142 - P.146

 近年,様々な疾患の発症に腸内細菌叢の変化が伴うという報告が数多く報告されている。潰瘍性大腸炎など腸内細菌叢が常在する腸管における炎症性疾患のみならず,近年では認知症のような他臓器においても,腸内細菌叢と細菌による代謝物が発症に影響することがわかってきた(脳腸相関)。細菌叢はサンプルに含まれる細菌由来のDNAを基に組成を推定するが,次世代シーケンサーによって得られた膨大な塩基配列データを対象とするため,計算機を用いた情報解析が不可欠である。加えて,情報解析を通じて得た数値データから疾患の状態や発症に寄与が疑われる細菌群を探索して適切な解釈を導くためには,目的に応じた統計・数理解析を適用する必要がある。本稿前半では,様々な数理解析手法を紹介する。後半では,教科書やチュートリアルで取り扱われる機会は少ないものの,数理解析結果の解釈に大きく影響し得る注意点を列挙することにより,とりわけマイクロバイオームデータを扱う数理科学研究者にとって有効な知見を伝えるのが目的である。

ドーパミン動態と統合失調症の病態

著者: 栁下祥

ページ範囲:P.147 - P.151

 抗精神病薬がドーパミンD2受容体(D2R)を標的とした阻害作用を有することから,統合失調症の病態にドーパミン過剰が関与すると長らく考えられてきた。しかし,病因とドーパミン過剰状態および症状をつなぐ具体的な説明が難しかった。一方,この20年ほどの神経科学の進展から,行動中のドーパミン動態の特性とその動態を検出する分子細胞機序の理解が進んできた。このドーパミン動態理解に基づいた新たな統合失調症の発症仮説について議論したい。

思春期コホートの階層性データベース構築

著者: 小池進介 ,   岡田直大 ,   安藤俊太郎 ,   笠井清登

ページ範囲:P.152 - P.157

 精神疾患の未病を明らかにするには,医療機関で行われる症例対照研究では限界がある。Tokyo TEEN Cohort(TTC)およびpopulation neuroscience TTC(pn-TTC)は思春期に着目したコホート研究であり,精神疾患の未病解明へ期待が大きい。pn-TTCでは,脳磁気共鳴画像(MRI),性ホルモン,網羅的エピゲノム,全ゲノム解析などの階層性データベース構築が進められており,今後は精神疾患における階層性データベースとの融合による研究が期待される。

Ⅲ.未病研究の将来に向けて

未病データベースの基礎設計

著者: 藤原寛太郎

ページ範囲:P.158 - P.162

Ⅰ.背景

 筆者らの研究課題では,ムーンショット目標2の他の4つの疾患中心の研究開発プロジェクトで得られる,難治性がん,糖尿病および併発疾患,認知症関連疾患,ウイルス感染症などの実験データや臨床データ,数理データを取りまとめ,データベースを構築することが一つの目標となっている。そのため,プロジェクト開始以来,将来的に複雑臓器制御系の包括的データベースを構築し社会に広く公開することを念頭に置いて,データベースの基礎設計を開始している。

 国際的な生体データベースとしては,最近の大きな取り組みとして,Human Cell Atlasがある。これは,ヒトの全細胞についてそのモダリティによって分類し,カタログ化することを目指して進行している。また,脳科学分野では,欧州においてHuman Brain Project,米国においてはBrain Initiativeなどが進行している。Human Brain Projectでは脳科学と情報科学の融合を目指したデータプラットフォーム,Brain Initiativeではシナプスから全脳レベルの構造的結合マップや脳活動マップのデータベース構築が進んでいる。国内でも革新脳のBrain/MINDSにより,霊長類の構造・機能マップ作成が進んでいる。一方,数理モデルのデータベースとしては,BioModelsという欧州バイオインフォマティクス研究所の数理モデルデータベースが知られており,これまで1,000以上の数理モデルが登録されている。

包括的未病データベースの基盤構築支援

著者: 込山悠介 ,   林正治 ,   山地一禎

ページ範囲:P.163 - P.169

Ⅰ.背景

 近年,オープンサイエンスという考え方が研究手法の転換点となりつつあり,世界規模で普及し始めている1)。オープンサイエンスは,研究成果を可能な範囲で研究コミュニティに対して公開することで,研究分野全体の加速を図る考え方である2)。近年では,ジャーナル投稿時には機関リポジトリや専門分野のデータベースに実験データを登録し,その登録番号やIDを論文に付記し実験再現性を保証することが,論文の投稿規程により必須とされている。国内では内閣府から資金配分機関を通じて,研究者に先進的な研究データ管理・利活用とそのメタデータのリストの提出が求められている3)。共通メタデータの提出によるデータ管理・利活用は,2022年現在はムーンショット型研究開発制度の事業に対して先行的に義務化されているが,今後は,他の研究費助成事業にも拡大されていく見込みである4)。研究のプロジェクトマネージャー(研究主宰者を指す)は,データ管理・利活用のための情報基盤を準備し,研究プロジェクトを管理する必要がある5)。研究プロジェクトや機関ごとに研究データ基盤を整備すると,日本全体での研究データの集約が困難になるばかりではなく,研究データ基盤システムへの予算や人的コストの二重投資となるため避けるべきである。

 オープンサイエンス基盤研究センター(Research Center for Open Science and Data Platform;RCOS)は,オープンサイエンスや研究データ基盤に関する日本の学術機関での課題解決のために,2017年に国立情報学研究所(National Institute of Informatics;NII)内に立ち上げられた。ムーンショット型研究開発制度・目標2(以下,MS目標2)の合原プロジェクト(以下,AMS)において,筆者らは「数理的連携研究,データベース構築およびELSI支援体制構築」班に属しており,「MS目標2の他のプロジェクトとの数理的連携研究および包括的データベース構築」が大目標となっている。そのなかで,山地グループは包括的未病データベース(以下,未病DB)構築を行う藤原グループに対し,構築を支援するための研究データ基盤を提供し,また未病分野固有の数理的手法の研究開発を普及するための計算機環境構築の支援を行っている。複数拠点間でのデータ共有を行いながら分野融合的な未病の時系列データを収集し,目標2全体の未病研究を加速させることを目指す。MS目標2に向けた未病DBの構想と研究分担について図1に示す。

未病研究の進展に伴う倫理的・法的・社会的課題(ELSI)

著者: 飯島祥彦

ページ範囲:P.170 - P.174

要約 ムーンショット目標2「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」では,数理的アプローチを駆使し,新たなバイオマーカーを探索し,未病状態を特定し,発症前の未病状態での超早期精密医療の実現を目指すものである。疾患発症前の未病状態を正確に検出し発症を予防できれば,一般市民の疾患に対する行動変容が促される可能性がある。すなわち,疾患が発症,確定診断がされてから医療保険で治療を行うという現在の医療から,現時点では医療保険でカバーされていない未病状態での疾病の発症予防をするという行動をとるようになることで,疾患概念を変えさせる可能性がある。一方,未病状態がいまだ一義的な概念ではないことによる混乱,個人情報の非医学的利用,未病状態と判断されることによる差別などに対応する必要に迫られることになる。

生命ダイナミクスの予測とは—数理科学の視点から

著者: 國府寛司

ページ範囲:P.175 - P.179

 本特集「未病の科学」では,病気を発症する前にその予兆を検出するための様々な研究成果,アイディアや試みなどが解説されている。筆者は数学者であり,そのような医学的研究に参加しているわけでもないため,“未病の科学”に本質的に寄与できるとは到底思われない。しかしながら,筆者が専門とする力学系理論(ダイナミクスの数学理論)が,本特集での生命現象のダイナミクスについての議論の根底にある基本的考え方と密接に関係すると思われる。その点を足がかりに,数理科学的視点から生命ダイナミクスの予測について考えてみたい。

実験講座

近位依存性ビオチン標識技術を用いた空間的プロテオームの解読

著者: 髙野哲也

ページ範囲:P.180 - P.187

 近位依存性ビオチン標識(proximity labeling;PL)技術は,標的タンパク質の近接タンパク質成分を標識し網羅的に解析する技術である。このPL技術は,従来の解析技術と比較して非常に高い検出能と空間解像度でタンパク質成分を解析できることから,近年ますます注目されている。本稿では,このPL技術を利用したタンパク質間相互作用,タンパク質-核酸相互作用,オルガネラ,コンパートメントのプロテオーム解析についての最前線を解説する。

 更に近年では,PL技術を発展させた空間的プロテオーム解析技術TurboID-surfaceとSplit- TurboIDが登場した。これらの技術により,生体組織から特定の細胞間相互作用を標的にした空間的プロテオームデータの取得が可能となり,生体内での細胞間コミュニケーションの新たな役割が見え始めている。本稿では,これらの筆者らが開発した脳内の空間的プロテオーム解析技術について最新の知見も紹介する。

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目次

ページ範囲:P.93 - P.93

財団だより

ページ範囲:P.169 - P.169

お知らせ/次号予告

ページ範囲:P.188 - P.188

財団だより

ページ範囲:P.189 - P.189

あとがき

著者: 岡田随象

ページ範囲:P.190 - P.190

 今回は合原一幸先生をゲストエディターにお招きし,未病研究の特集を企画していただきました。合原先生が主導されている合原ムーンショットプロジェクトの参加メンバーを中心とした執筆陣となり,同プロジェクトでお世話になっている編集委員の岡田もエディターとしてお手伝いさせていただく形となりました。

 合原先生は,疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能とする「動的ネットワークバイオマーカー(DNB)理論」の研究で大変著名な先生であります。医学研究においては,従来のリスク因子探索型の研究から,実際に疾患発症へ至る経過の解明研究へとシフトしつつあり,ムーンショットプロジェクトを通じたDNB理論の社会実装は,まさに時宜を得たものかと感じています。本特集を通じて一端をご紹介させていただいたように,シングルセル解析や微生物叢マイクロバイオーム,医療画像情報やELSI課題など,最先端のデータや社会課題を対象とした実践派の理論研究として,新たな展開を迎えております。2050年を待たずとも何か社会が変わるのではないか,そんなワクワク感が伝わればいいなと考えております。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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