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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学74巻4号

2023年08月発行

雑誌目次

特集 がん遺伝子の発見は現代医療を進歩させたか

特集「がん遺伝子の発見は現代医療を進歩させたか」によせて

著者: 丸義朗

ページ範囲:P.288 - P.288

 がん遺伝子発見のノーベル生理学・医学賞は1989年だが,関連する動物の発がんウイルスの遺伝子研究は1960年代後半からである。当時東京大学医科学研究所の豊島久真男先生の「化学と生物」における1983年の総説には,“発癌機構の一元的理解も真近かか”と記されている。私自身の1987年初めての日本がん学会ポスター発表会場で平井久丸先生と2人で立っていたら,豊島先生がいらして,じっくりポスターをご覧になり,Ephのエクソン境界に関するアドバイスをいただいたことがあった。オンコジーン・がん遺伝子というと最近ではやや陳腐に聞こえるため本特集のテーマはあえて疑問形にした。私自身の答えは,「進歩を持続的なものとし,また障壁を明確化した」である。

 ハリケーンのように絶大な力で発展し,1970年ごろから始まった血管新生,最近では炎症なども巻き込みマージしてきた。第一に診断,第二に治療,は医療の基本である。がんの遺伝子診断が保険収載され,ガイドライン策定で学会を,またがんゲノム医療拠点病院の設置などで行政をも動かしている。この第二の視点では,BCR-ABL標的薬の成功が分子標的薬という言葉さえつくり出したと言っても過言ではないが,すべての薬は標的となる分子が,また薬剤耐性が,最初から存在するのは歴史的事実である。重要な分子標的が決定していても開発が困難で科学の進歩に依存しなければならないものもあるが,薬ができたからといって優れているとは限らない。薬は分子ではなく病気を標的にしなければ優れた創薬とは言えないからである。第三は,実験技術の進歩を誘導し分子生物学へ貢献した。シグナル伝達,その代謝との連関,エピジェネティックス,遺伝子組換えによるモデル動物の開発,創薬を目指した結晶構造解析,などである。そのなかで,がん遺伝子の機能が多様であるために,神経,免疫,発生などがん生物と一見異なる分野への進展や貢献を見せてきただけでなく,がん抑制遺伝子,悪循環,ダブルフィードバック,逆説的作用,補完,分解・消失など細胞内分子論におけるロジックの発見を誘導した。第四は,凄まじい発展がゆえに,がん生物学における障壁も明らかになってしまった。がん転移などである。Signatureがいまだに存在せず,生体の全身における炎症を基盤としている。

Ⅰ.がん遺伝子研究の新しい展開

RAS遺伝子を中心としたがん治療戦略の確立

著者: 田中伯享 ,   坂本毅治

ページ範囲:P.289 - P.294

 主に3種類のアイソフォーム(KRAS,NRAS,HRAS)で構成されるRASのうち,HRASに次いでKRASが初のがん遺伝子として同定された。RASは各がんにおける遺伝子変異の頻度の高さから,がん遺伝子の親玉とも言える遺伝子でありながらも長らくRASを直接標的としたがんの治療戦略の確立は困難とされてきた。2013年に初のKRASG12C選択的な阻害剤が発表されて以来,同阻害剤の開発研究が活発化している。本稿では,簡略ながら近年活発化しているRAS,特にKRAS遺伝子を中心としたがん治療に向けたアプローチについて概説したい。

Raf遺伝子異常を標的とした治療

著者: 衣斐寛倫

ページ範囲:P.295 - P.299

 RAFタンパク質は,RASと並びMAPKシグナルの主要構成分子である。BRAF遺伝子変異は,RAS遺伝子変異より20年も遅れて発見されたが,阻害薬の開発が容易であったため臨床応用がスムーズに進んだ。現在,BRAF阻害薬は,V600E変異を有するメラノーマ,大腸がん,肺がん,甲状腺がんの治療薬として承認されている。MAPKには活性状態を一定にするため精緻なフィードバック機構が存在することが知られていたが,BRAF阻害薬の効果減弱や耐性化にフィードバック機構が関与することが明らかになり,シグナルの分子機構の理解が治療効果の改善につながることを示す好例とも言える。

FMSの発見とがん治療への応用

著者: 近藤彩奈 ,   藤原智洋

ページ範囲:P.300 - P.305

 FMSはチロシンキナーゼ膜貫通受容体(colony- stimulating factor-1 receptor;CSF-1R)をコードする原がん遺伝子である。主に単核貪食細胞に発現し,マクロファージの分化や増殖を担う。一方,様々な悪性腫瘍でc-FMS/CSF-1Rは腫瘍細胞および腫瘍微小環境に発現し,発がん・腫瘍進展・治療抵抗性の惹起など腫瘍促進的な役割を担う。c-FMS/CSF-1R阻害剤は米国でびまん型腱滑膜巨細胞腫に対してFDA承認されており,悪性腫瘍に対しては臨床試験段階にある。

肺がんの新規ドライバー遺伝子“CLIP1-LTK

著者: 泉大樹 ,   松本慎吾 ,   葉清隆 ,   小林進 ,   後藤功一

ページ範囲:P.306 - P.311

 非小細胞肺がんでは,様々なドライバー遺伝子を標的とした分子標的治療(個別化医療)が確立してきている。今回,筆者らは肺がん遺伝子スクリーニング基盤(LC-SCRUM-Asia)を通じて,新規ドライバー遺伝子であるCLIP1-LTK融合遺伝子を発見した。CLIP1-LTK融合遺伝子は非小細胞肺がんの0.4%に認められる遺伝子変化で,LTKキナーゼはALKと相同性が高く,CLIP1-LTK融合遺伝子陽性腫瘍に対してALK阻害剤,なかでもロルラチニブが有効であることが示された。今後,このLC-SCRUM-Asiaのスクリーニング基盤を活用して,LTK融合遺伝子陽性肺がんに対する治療開発および診断薬開発を行い,新たな個別化医療を確立していく予定である。

がん遺伝子ErbBとEGFRの発見は,がん治療に革命をもたらした

著者: 後藤典子

ページ範囲:P.312 - P.315

 がん遺伝子ErbBは,トリ赤芽球白血病レトロウイルスにコードされているがん遺伝子として発見された。EGFR(epidermal growth factor receptor)は,細胞膜上にある受容体チロシンキナーゼであり,細胞外の増殖因子の結合により,シグナル伝達を起こす分子である。ErbBがEGFRの一部欠失した遺伝子であることがわかり,ヒトがんとの関わりについて発見当時より盛んに研究が行われ,肺がんや乳がんのパイオニア的な分子標的薬が開発された。これらが患者予後を著明に改善させたため,世界的にチロシンキナーゼやそのシグナル伝達を標的とした分子標的薬の開発が盛んに行われ,現在に至る。いったん治療に反応しても,がんは耐性を獲得するという問題があり,第二世代,第三世代の分子標的薬が開発され,実臨床で使われている。

がん悪性形質をつかさどるMYCの新機能と制御

著者: 杉原英志 ,   佐谷秀行

ページ範囲:P.316 - P.321

 MYCは転写因子として標的分子の発現制御により,細胞増殖や不死化,血管新生や代謝のリプログラミングといったがん悪性形質を促進する強力なドライバー遺伝子である。近年,MYCはスーパーエンハンサーによって過剰発現することやがん免疫の抑制およびスプライシング異常の誘導,多量体形成による複製フォークの防御など,新たな重要な機能が報告された。しかし,長年の研究にもかかわらずいまだMYCを標的とした医療は実現していない。本稿では,MYCの基本的な機能と最新の重要トピックを概説し,MYC標的治療の開発状況について紹介する。

BCR-ABLキメラ遺伝子の発見から慢性骨髄性白血病治療薬の開発・薬剤耐性の克服

著者: 塚原富士子

ページ範囲:P.322 - P.326

 慢性骨髄性白血病(CML)の原因分子であるBCR-ABLチロシンキナーゼは,9番染色体と22番染色体の相互転座により形成されたBCR-ABLキメラ遺伝子から形成される。2001年に分子標的薬の第1号として承認されたイマチニブは,BCR-ABLキナーゼ領域の結晶構造を基に開発された。CMLの治療においてイマチニブは画期的な治療効果を示したが,一部の患者では十分な効果が認められない薬剤耐性が臨床上問題となり,第2世代,第3世代のチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が開発された。更に2022年には,BCR-ABLのアロステリック調節によりキナーゼ活性を阻害するspecifically targeting the ABL myristoyl pocket(STAMP)阻害薬が開発された。本稿では,CMLの原因としてAbl遺伝子の異常が発見されたことにより,有効な治療薬が開発されてきた経緯について紹介したい。

EPH遺伝子の発見とがん領域における臨床応用の現状

著者: 家口勝昭

ページ範囲:P.327 - P.331

 上皮増殖因子受容体をはじめとする受容体型チロシンキナーゼは,様々ながんにおいて発現の亢進や活性化変異などが明らかになり,がんの治療標的としてこれまで多くの分子標的薬が開発されてきた。一方,Eph受容体チロシンキナーゼは多くのがんで発現の亢進が認められ,がんの発生,進展,転移に関与していることが示唆されているが,臨床応用されているEph受容体を標的とした分子標的薬は存在しない。本稿ではEPH遺伝子の発見から生理機能について,がんの治療標的とした基礎研究および臨床応用について述べていく。

阻害薬による標的キナーゼの構造的活性化とがん増殖シグナルの誘発

著者: 渡邊直樹

ページ範囲:P.332 - P.335

 がん関連キナーゼを阻害する低分子化合物が数多く導入されている。筆者らは,ライブセルイメージングを用い,キナーゼ阻害薬がc-Srcの自己抑制構造を崩し活性型に変化させることを発見した。SRC遺伝子に薬剤抵抗性変異を持つ細胞では,阻害薬は効果を失うだけでなく,かえってSrc下流のシグナルカスケードを活性化し細胞増殖を促進する。この逆説的薬物作用は,キナーゼ阻害薬の治療抵抗性と作用スぺクトラムについての再考を促している。

KIT遺伝子異常の発見はGIST診療を変えた

著者: 西田俊朗

ページ範囲:P.336 - P.339

 消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor;GIST)は,消化管壁内に発生するKITやDOG-1タンパク質を発現する紡錘型,あるいは類上皮型の腫瘍細胞から成る間葉系腫瘍である。臨床的に悪性の経過をたどるものは肉腫で,臨床的GISTの発症頻度は,人口10万人当たり1.0人/年程度である。食道から肛門までのすべての消化管の主に筋層(まれに粘膜下層)に発生し,胃が60-70%と最も多く,次に小腸(20-30%),大腸(主に直腸:5%),食道(5%以下),その他消化管外(5%以下)である1,2)。発症年齢の中央値は60歳代であるが,小児期にもまれに発症する。成人GISTの多くはKIT・PDGFRA遺伝子変異を持つGISTで,小児・AYA世代に発生するGISTにはSDH遺伝子変化を伴うGISTが多い1,2)

CrkとCasにより媒介される腫瘍悪性化シグナル

著者: 堺隆一

ページ範囲:P.340 - P.344

 がん遺伝子産物v-Crkは,酵素活性を持たないアダプタータンパク質でありながら細胞内タンパク質のチロシンリン酸化を誘導し,その独特ながん化の誘導機構に興味が持たれてきた。一方,p130Cas(以降Casと呼ぶ)はSrcファミリーキナーゼ(SFK)の主要な基質として,がんの悪性化のカギを握る分子と考えられてきた。本稿では,がんにおけるCrkやCasなどの役割について,両者の媒介するシグナルを中心にまとめたい。

Ⅱ.遺伝子技術

融合遺伝子と移植モデル

著者: 中村卓郎

ページ範囲:P.345 - P.348

 ヒトのがんで同定された異常ながん遺伝子が,果たして生体内で同様のがんを誘導することが可能なのか。この疑問に答えるには動物モデルによる再現が近道である。早くから開発されたモデルとして,がん遺伝子を目標の細胞種で発現させるトランスジェニックマウスが現在も広く使われている。その後ノックアウト・ノックインマウスの開発により,変異がん遺伝子の発現を時空間的に制御することも可能となり,広く利用されるに至っている。このような胚細胞レベルで遺伝子を導入する遺伝子組換え生物としてのモデルとは別に,体細胞変異体であるがん細胞や遺伝子導入細胞を移植するモデルも古くから利用されている。

 本特集が扱うがん遺伝子,特に融合遺伝子の性質を理解するために大きく貢献してきたex vivo移植モデルに焦点を当てる。

Ⅲ.先駆者による温故知新

rasがん遺伝子研究概史

著者: 服部成介

ページ範囲:P.349 - P.352

 ras遺伝子は,1960年代にラットに肉腫を誘発するRNA腫瘍ウイルスとして発見された,Harvey肉腫ウイルスおよびKirsten肉腫ウイルスのがん遺伝子である。1982年にras遺伝子は,ヒトから単離された初めてのがん遺伝子となった。ヒトがん全体の約20%においてras遺伝子の変異が認められ,変異のなかで最も高いものとなっている。本稿では,40年以上にわたるras研究について,その黎明期に焦点を当て,振り返ってみたい。

fos遺伝子に導かれて

著者: 伊庭英夫

ページ範囲:P.353 - P.358

 40年近く前に身を置いたOncogene Researchの分野で経験した異様とも言うべき熱気と興奮を筆者は今でも忘れることができない。この分野に入ってから,次から次へと浮かんでくる疑問と,限られた研究費のなかでこのうちどの疑問をどのように追求すべきかに悩みながら,現在まであっという間に至ってしまった気がする。本稿では,筆者のかなり限られた経験をnarrativeに振り返りながらOncogene Researchの大きな潮流の一端をお伝えしたい。若い方々の今後の研究の進め方の参考に少しでもなれば幸いである。

v-relがん遺伝子からNF-κB転写因子への研究展開

著者: 徳永文稔

ページ範囲:P.359 - P.364

 1970年代,カリフォルニア工科大学のRenato Dulbeccoらによるレトロウイルスの研究,特にRous肉腫ウイルス(Rous sarcoma virus;RSV)の研究復興を機に腫瘍ウイルスが誘起する発がん研究が注目を浴びた。今日,各種接着細胞の培地として汎用されるDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地)は,もともとDulbeccoらがポリオーマウイルス発がん研究用に,イーグル最小必須培地からアミノ酸とビタミン量を強化したものである。1975年,Dulbeccoとその学生であったHoward Martin Temin,同じくDulbeccoの指導を受けたDavid Baltimoreが,レトロウイルス増殖に必須な逆転写酵素(RNA依存性DNAポリメラーゼ)の発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞した。その後もレトロウイルスが包含するがん遺伝子と宿主細胞に存在するがん原遺伝子の正常機能と異常に関する研究は,がんのみならず細胞生物学研究に莫大な貢献をした。

 本稿では,TeminやBaltimoreが大いに関係する細網内皮症ウイルス(reticuloendotheliosis virus;REV)がコードするがん遺伝子のv-relc-relとの関連,およびRel相同性ドメイン(RHD)を持つNF-κBファミリータンパク質の構造と機能,疾患への寄与,創薬開発の現状について紹介する。

VEGF受容体ファミリーの血管・リンパ管新生と疾患への関与

著者: 澁谷正史

ページ範囲:P.365 - P.369

 約30年前,血管・リンパ管の新生を制御するシグナル系は,ほとんど明らかではなかった。しかし,1990年代にそれらを制御する基本的な系“VEGF-VEGFRファミリー”が見いだされ,現在では血管系のみならず多くの疾患との関係が明らかになっている。本稿では,これらを報告したい1,2)

解説

—第1回生体の科学賞 受賞記念論文—充填知覚の神経機構の理解の現状

著者: 小松英彦 ,   齊藤治美

ページ範囲:P.370 - P.375

 視覚における充填知覚とは,視野の中のある領域に,その部分には物理的には存在しない色や明るさや模様が知覚される現象のことを指す。物理的な刺激と知覚が対応しないために一種の錯視と言えるが,実は視知覚にとって非常に重要な機能である。このことを示す古典的な例に静止網膜像の実験がある。この実験では,内側が緑色で外側が赤色の同心円の図形を見ているときに,赤色と緑色の境界が網膜上で静止するようにしてやると,しばらくすると周囲の赤色が内部もうずめて一様な赤い円盤が知覚された。この現象は,正常な視野で面が見えるときにも,面の境界部分の情報が面の内部に充填する過程が重要であることを示している。視覚野で輪郭が検出され,その情報が統合されて複雑な図形の認識が行われる処理と並行して,輪郭部分で検出された明るさや色の情報を用いて図形内部の面が形成されるのである。

 充填知覚は,正常に物体を見るときに働いている基本的な視覚系のしくみが生み出す知覚現象と考えられる。前述した静止網膜像の知覚を体験するためには特殊な装置が必要だが,充填知覚は様々な事態で簡単に観察することができる。図1に幾つかの例を示した。充填知覚は視覚系の重要な機能であるにもかかわらず,その処理の実態については不明な部分が多い。本稿では,筆者らの最近の研究とそれに基づく仮説も含めて,充填知覚に関する理解の現状について述べたいと思う。

多指症を防ぐモルフォゲン濃度勾配の新しい形成機構

著者: 田中庸介

ページ範囲:P.376 - P.381

 いかにして体の座標軸が定まるかは,発生生物学の永年の課題の一つであった。物質レベルは,座標軸を表象して組織のふるまいを誘導する“モルフォゲン”の濃度勾配が安定的に形成されるのはなぜか,という問いに置き換えられる。モルフォゲンを特異的に産生する細胞群を“オーガナイザー”と呼ぶ。ところが,タンパク質レベルにおいて,オーガナイザーから産生されるモルフォゲンのふるまいは初期胚ではほとんど可視化できておらず,オーガナイザー領域におけるモルフォゲン遺伝子発現と,その下流の遺伝子発現の様子から間接的に推測するほかはなかった。今回,Shhタンパク質の濃度勾配をノックアウトマウスで可視化すると共に,その形成機構を細胞生物学的に解析することにより,新しい2層性の勾配形成システムの仮説を立てることができた。

 ソニック・ヘッジホッグ(Shh)は最も著名なモルフォゲンの一つである。神経管では,腹側の脊索ならびに神経管の底板から産生され,背側に向けて濃度勾配を形成する。実際,Shhシグナルが減弱する変異マウスでは神経管が背側化する1)。異なったShh濃度の培地で培養した神経前駆細胞は,それぞれの濃度に従い,異なった背腹軸分化マーカーを発現する2)。すなわち,組織はShh濃度の減衰の様子から自らの座標を知り,発生運命を決定すると考えられる。体肢芽においては,その後部にShhのmRNAを特異的に発現するオーガナイザー領域があり,極性化活性域(ZPA)と呼ばれている(図1)。体肢芽の前部に異所的にShhを発現させたり,上流の遺伝子変異によってそれを異所的に発現したりすると,手指の発生に擾乱が生じる3,4)。Shhシグナリングの下流因子であるPtch1やGli1は体肢芽の後部に強く発現し,その抑制因子のGli3はこれと拮抗する勾配を示す。

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目次

ページ範囲:P.287 - P.287

次号予告

ページ範囲:P.382 - P.383

あとがき

著者: 栗原裕基

ページ範囲:P.384 - P.384

 筆者が大学を卒業した約40年前は,遺伝子工学技術の確立と急速な進歩により新しい遺伝子が次々と発見された,まさに分子生物学の興隆期でした。この新しい生物学の潮流の中でその先導的役割を果たしていたのが,本特集企画のテーマである「オンコジーン研究」で,「オンコジーン」という言葉自体にさえ,若い研究者の卵を惹き付ける何か魔力のようなものを感じさせられたものでした。今回ゲストエディターをお願いした丸義朗先生は,そのような時代にまさに同世代若手の旗手としてこの分野に飛び込み,東京大学第三内科で故平井久丸先生とともに新しいオンコジーンEPHを発見され,その後もこの分野を牽引してこられた研究者です。丸先生に企画していただいて,オンコジーン研究の黎明期から最近の創薬などへの発展に至るまでの研究史を俯瞰できるとともに,オンコジーン研究が如何に時代をリードし,医学・生命科学の広い分野に影響を及ぼしてきたかがよくわかる特集になりました。

 本特集号ではさらに,「充填知覚」という視覚系の重要な機能に関する研究で第1回生体の科学賞を受賞された小松英彦先生,発生生物学の重要課題であるモルフォゲン濃度勾配の形成機構を解明された田中庸介先生に,それぞれ解説記事を寄稿していただきました。それぞれに分野は異なりますが,生命現象の重要な機構に焦点を当てた大変興味深い内容です。ご執筆いただいたすべての先生方に,心より感謝申し上げます。(栗原裕基)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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