icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学75巻5号

2024年10月発行

雑誌目次

増大特集 学術研究支援の最先端

特集「学術研究支援の最先端」によせて

著者: 武川睦寛

ページ範囲:P.389 - P.389

 近年,生命科学・医科学研究の分野においては,マルチオミクス解析,分子/生体イメージング,ゲノム編集技術を活用したモデル動物作製,生体試料バンク,データ/情報科学の導入などに代表される,新たな解析技術や手法が急速に発展すると共に,先端的研究に必要な解析機器も高度化・大型化しており,研究者が個々人で,これらのすべてに対応することが困難な状況が生まれています。このような状況を打開し,わが国の生命科学研究を強力に推進するため,令和4年度から新たに学術変革領域研究「学術研究支援基盤形成」が創設されました。これは,文部科学省・日本学術振興会の科学研究費助成事業で実施している研究課題に対し,先進的な技術支援やリソース支援などを行って,個々の研究を強力にサポートすると共に,研究者間の異分野連携や若手研究者の育成を一体的に推進して,日本全体の学術研究の発展に資することを目的とした制度です。

 研究者の多様なニーズに効果的に対応して前述の目標を実現するため,全国の大学共同利用機関,共同利用・共同研究拠点を中核とする関係機関(54大学,23研究機関)が緊密に連携して4つの支援プラットフォーム(PF),すなわち,先端バイオイメージング支援PF,先端モデル動物支援PF,コホート・生体試料支援PF,先進ゲノム解析研究推進PFを構築し,広範な領域を網羅する多彩な支援機能を提供しています。本事業の前身は,文部科学省・新学術領域研究「生命科学系3分野(がん,ゲノム,脳)支援活動(平成22-27年度)」および新学術領域研究「学術研究支援基盤形成(平成28-令和3年度)」であり,これらを更に発展・強化する形で全国規模の支援グループが組織され,一体となって本事業に取り組んでいます。更に,4つのPF全体を統括する総括班組織として「生命科学連携推進協議会」を立ち上げ,各PF間の緊密な連携と本事業全体の効率的な運営を実現すると共に,先端的研究に伴う倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に対する支援や国民に向けた広報・アウトリーチ活動も実施しています。

Ⅰ.先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)

ABiSが支える日本の生命科学研究

著者: 鍋倉淳一

ページ範囲:P.390 - P.391

 ABiSは,先端イメージング機器を有する大学・研究機関がネットワークを形成し,科学研究費課題を遂行する研究者に撮像・解析技術を提供している。利用者のニーズに対応したオーダーメイド型の支援を行い,多くの研究成果を挙げてきた。また,技術の普及と人材育成のためのトレーニングコースを開催しているほか,国内外での連携活動を積極的に進め,日本の生命科学研究の推進およびイメージング技術の発展に寄与することを目指している。

ⅰ.光学顕微鏡支援

マウス生体イメージングのアウトソーシング

著者: 寺井健太

ページ範囲:P.392 - P.393

 われわれはマウスの生体イメージング技術と2光子顕微鏡利用,その解析を学術研究支援として提供している。1つは,京都大学大学院生命科学研究科生命動態共用研究施設にある「蛍光生体イメージング室」,もう1つは,国立循環器病研究センター内にある「健都イメージングサポート拠点」である。読者からの問い合わせを熱望している。

2光子励起ライトシート顕微鏡の開発と個体のライブイメージングへの応用

著者: 齋藤卓 ,   高根沢聡太 ,   今村健志

ページ範囲:P.394 - P.395

 ライトシート顕微鏡は,シート状の照明による効率的な励起により多細胞生物の三次元観察に適した蛍光顕微鏡として生命科学分野での応用が進んでいる。近赤外光を励起光源とする2光子励起を利用すると光毒性を低減できるためライブ観察に有用であるが,従来は励起範囲の狭さが応用の妨げとなっていた。筆者らは,ビーム長を伸長させるベッセルビームを用いて,広視野と高解像を両立した2光子励起ライトシート顕微鏡を開発した。

2光子励起顕微鏡法の高度化と顕微鏡観察支援

著者: 堤元佐 ,   大友康平 ,   石井宏和 ,   根本知己

ページ範囲:P.396 - P.397

 2光子励起顕微鏡法は生体・組織深部における低侵襲的な観察を実現する手法である。筆者らは同顕微鏡法の高速化,高解像度化といった技術開発と生命科学研究への応用を進めてきた。また,それらの知見に基づき,先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)を通した顕微鏡観察支援にも取り組み,成果を出してきている。本稿では,近年の筆者らの顕微鏡法技術開発と,顕微鏡観察支援での成果の概要を紹介する。

ナノ材料を用いたマウス生体脳の超広範囲イメージング

著者: 高橋泰伽 ,   岡村陽介 ,   根本知己

ページ範囲:P.398 - P.399

 近年,生きたままの脳組織を単一細胞レベルの高解像度で広視野観察するための技術開発が国内外で進展しており,神経回路研究への応用も進みつつある。本稿では,マウス生体脳の広視野観察を実現する技術として,筆者らが最近開発した広範囲・長期でのイメージングを実現するナノ材料を活用した観察窓作製法について概説する。

2光子励起顕微鏡による生体深部観察に向けた高輝度蛍光ナノプローブの開発

著者: 仁子陽輔

ページ範囲:P.400 - P.401

 2光子励起顕微鏡を用いた蛍光イメージングは生体組織観察に適しているものの,観察可能な深度に大きな制限がある。この課題に対し,従来では励起レーザーや検出器の高性能化といった光学的なアプローチが数多くなされてきた。一方,筆者らは蛍光プローブの高性能化という化学的アプローチによってこの課題に取り組んできた。本稿ではその成果の一部を紹介する。

ⅱ.電子顕微鏡支援

三次元電子顕微鏡で捉えたグリア細胞によるシナプス貪食の瞬間

著者: 森澤陽介 ,   松井広

ページ範囲:P.402 - P.403

 学習や記憶の形成時,脳内ではシナプスのリモデリングが生じる。シナプスの増強,新生だけでなく,不要シナプスの減弱,除去も,効率的な神経回路を形成するうえで必要な過程である。本稿では,ABiSの2つの三次元電子顕微鏡支援技術を用い,適応運動学習時の小脳において,グリア細胞が不要なシナプスの一部を貪食することにより,神経回路の最適化と記憶の定着を促進することを明らかにした研究について概説する。

SBF-SEMによる生後脳内を移動する新生ニューロンの微細形態解析

著者: 松本真実 ,   澤本和延

ページ範囲:P.404 - P.405

 従来の電子顕微鏡技術では微細形態を調べることができるが,特殊な技術を使わない限り基本的には二次元の画像しか得られなかった。しかし近年,三次元電子顕微鏡技術が確立され,微細形態を三次元で解析できるようになった。本稿では,筆者らが発見した脳内を移動する新生ニューロンの三次元的な微細形態について述べる。

脳脊髄液接触ニューロンの神経ネットワークの解明

著者: 中村由香 ,   上野将紀

ページ範囲:P.406 - P.407

 脳脊髄液接触ニューロンは,脊髄中心管周囲に並び,その樹状突起を脳脊髄液に接する特徴的な形状を有する細胞で,その機能は長らく不明であった。筆者らは,このニューロンを,遺伝学的手法で標識する方法をマウスで見いだし,解析を試みた。特定のニューロンの標識下での三次元電子顕微鏡解析をはじめ,多彩な方法で得られた同ニューロンの構造やネットワーク,機能の知見について紹介する。

走査電子顕微鏡を用いたアレイトモグラフィーと光-電子相関顕微鏡解析

著者: 豊岡公徳

ページ範囲:P.408 - P.409

 アレイトモグラフィー(AT)は連続切片を撮像し,コンピューター上で再構成することによって三次元(3D)再構築像を得る方法である。更に,光学顕微鏡(光顕)と電子顕微鏡(電顕)で同一箇所を撮像し相関を得る光-電子相関顕微鏡法(CLEM)を組み合わせることによって,分子の局在や超微細構造を高精度に把握できるようになった。本稿では,走査電顕(SEM)を用いた生物試料のATとCLEMの現状,それらを組み合わせた3D-CLEMについて述べる。

ⅲ.MRI支援

機能的MRIデータの先端的なノイズ低減技術

著者: 山本哲也 ,   定藤規弘 ,   福永雅喜

ページ範囲:P.410 - P.411

 機能的MRI(fMRI)で計測される信号は様々な種類のノイズにまみれており,良好な解析結果を得るうえでの障害となっている。既存のノイズ低減手法の多くは,脳活動を反映した信号にも影響を及ぼす,低減性能が不十分であるなどの問題点を持つ。本稿では,この問題を克服する独立成分分析(ICA)と機械学習によるノイズ低減技術の解説と共に,ICAの応用やランダムノイズ低減といった今後の展望について述べる。

プロボクサーの試合前後の脳MRI解析

著者: 荻野祐一

ページ範囲:P.412 - P.413

 人並み外れた心理と身体パフォーマンスを生み出すトップアスリートの脳にはどのような変化が起こっているのか。試合前からトレーニングと体重減量に取り組み,生死のかかった試合に臨むプロボクサーにおける脳MRI解析により,特異的な構造と機能を調べ,リング上のパフォーマンスを支える神経基盤に迫る。

ヒト-非ヒト霊長類の種間比較研究を支える脳コネクトームMRI解析技術

著者: 池田琢朗 ,   林拓也

ページ範囲:P.414 - P.415

 過去半世紀の中枢神経系の研究は,非ヒト霊長類を対象とした侵襲的技術による研究が牽引してきた。一方で,近年の非侵襲的脳機能画像技術の発展により,ヒトの脳機能の理解も大きく進んでいる。ヒトと非ヒト霊長類で相同的な手法を用いた種間比較は,両者をつなぐ技術として期待されている。このような種間比較研究基盤の一つとして,本稿では脳コネクトームMRIの種間相同的解析技術を紹介する。

ヒト脳MRI解析技術の普及に大きく貢献するチュートリアル活動

著者: 下地啓五

ページ範囲:P.416 - P.417

 先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)では,脳画像研究に興味のある幅広い分野の研究者を対象に,ABiS脳画像解析チュートリアル(以下,チュートリアル)を定期的に開催している。チュートリアルは,初心者でも安心して参加できるように丁寧な解説と実践演習を組み合わせ,最新の解析手法を習得できるように配慮されている。チュートリアルの内容は毎年アップデートされ,学際的な広がりを持つ新たな脳画像研究グループの参入を促進している。

精神疾患の病態理解と臨床応用に向けたヒト脳MRI研究

著者: 小池進介 ,   田中沙織 ,   林拓也

ページ範囲:P.418 - P.419

 磁気共鳴画像研究の進歩により,疾患共通・特異性,生物学的指標に基づく疾患カテゴリーといった病態理解の細分化が現実的となってきた。更に,群間差を超えて,個別画像へのあてはめや臨床応用の可能性も見えてきた。個別画像へのあてはめには,計測誤差や非疾患要因の影響を除去する必要があり,研究開発により解決されつつある。今後は,大規模データベースの利活用と国際連携が精神疾患の病態理解と臨床応用への発展に重要である。

ⅳ.画像解析支援

深層学習を用いた生殖補助医療技術の発展

著者: 徳岡雄大 ,   舟橋啓

ページ範囲:P.420 - P.421

 体外受精-胚移植を用いた生殖補助医療技術には,胚培養士による熟練した胚培養技術や移植技術が必要不可欠であり,なかでも胚を視覚的に評価する技術は評価者の経験によるところが大きく,統一化が図られていなかった。近年では,そのような胚の評価を深層学習によって統一的に行う取り組みがなされており,本稿ではそのような深層学習や画像解析技術について,筆者らの取り組みも交えて概説する。

植物の細胞分裂を阻害する新たな薬剤の発見

著者: 木全祐資 ,   植田美那子

ページ範囲:P.422 - P.423

 細胞分裂の制御は植物の発生に不可欠である。しかし,植物での変異体スクリーニングの困難さが,新たな制御因子の同定を妨げており,細胞分裂の分子機構は十分に理解されていない。本稿では,筆者らが構築した植物の受精卵を用いた化合物スクリーニング系と,そこから得られた新規の分裂阻害剤を紹介し,植物の細胞分裂研究における新たな方法論を提示したい。

生物医学画像の定量的理解を目的とした画像処理技術

著者: 木森義隆

ページ範囲:P.424 - P.425

 セグメンテーションという画像処理は,生物医学画像の定量的理解に必須のものである。深層学習を用いた手法も盛んに開発されているが,画像データの多様性に対処できず,精度の低い結果しか得られない場合もある。画像データに含まれる,ニューラルネットワークが認識すべき構造特徴を明示化するような画像処理と組み合わせることにより,効果的な深層学習が実現できる可能性がある。本稿では,実践的なセグメンテーション手法について具体例を踏まえながら概説する。

頭を安定させて遊泳するために重要なMCoDニューロンの機能解明

著者: 川野幸平

ページ範囲:P.426 - P.427

 動物の移動運動(ロコモーション)は,逃避,採餌,生殖,探索など様々な行動を実行するために必要不可欠な基本的運動である。これらの多様で複雑な行動の基盤を解明するため,ゼブラフィッシュ仔魚を用いて脊髄介在ニューロンの一つであるMCoDニューロンに着目した。MCoDニューロンを2光子レーザー顕微鏡により破壊すると,低速遊泳時にみられる頭部の安定性が損なわれることを見いだした。更に,低速遊泳時にはS字のような体型がみられるが,その出現頻度が大幅に低下することも見いだした。

Ⅱ.先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)

先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)の概要

著者: 武川睦寛

ページ範囲:P.428 - P.429

 先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)では,遺伝子改変動物をはじめとする先進的なモデル動物の作製を支援するだけでなく,樹立した動物の生理機能・行動解析および病理形態解析を総合的に支援している。更に,動物モデルで見いだされた表現型を分子レベルで理解するのに必要な網羅的分子探索・分子プロファイリング技術や資源も提供している。

ⅰ.モデル動物作製支援

遺伝子ノックインの新手法

著者: 阿部学

ページ範囲:P.430 - P.431

 遺伝子改変動物作製法は,以前まで中心的であった胚性幹細胞(ES細胞)を用いたジーンターゲティング法から,現在では初期胚を対象としたゲノム編集による作製法が主流となっており,数千塩基を超えるノックイン動物も安定して作製することが可能である。本稿では,モデル動物作製支援の対象となるノックインマウス・ラット作製に適用される技術について概説する。

ウイルスベクター作製支援

著者: 小林憲太

ページ範囲:P.432 - P.433

 ウイルスベクターは,様々な研究分野で利用されている非常に優れた遺伝子導入ツールである。先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)のモデル動物作製支援では,科学研究費補助金の生命科学系に採択された研究者を対象として,要望に応じて各種ウイルスベクターの作製・提供を行っている。こうした支援活動を通して,研究者の円滑な研究推進に貢献している。

体温のサーカディアンリズムに全身の時計を調和させるmRNAシスエレメントの発見

著者: 三宅崇仁 ,   土居雅夫

ページ範囲:P.434 - P.435

 哺乳類の体温は,“恒温”とはいうが,その“恒”の字の意味とは異なり,規則的で明瞭な数℃レベルの日内変化を示す。この規則正しい体温変動は,全身の臓器の体内時計を調律するとされていたが,そのしくみは明らかではなかった。本稿では,最近筆者らが発見したコア時計遺伝子Period2 mRNA上のシスエレメントupstream open reading frameを介した温度による生物時計位相調節メカニズムについて紹介する。

細胞系譜追跡による胎児期造血の解析

著者: 横溝智雅

ページ範囲:P.436 - P.437

 胎児期に血液細胞はどのように発生するのか。この問いに答えるために,コロニーアッセイ,長期骨髄再構築実験などを用いた解析が行われてきた。一方で,これらの侵襲的なアッセイ系からは,胎児内での血液細胞の本当の振る舞いは見えてこないのではないか,との指摘もあった。そこで普及してきたのが,遺伝子改変マウスを用いた細胞系譜追跡実験である。本稿では,造血発生研究への細胞系譜追跡の応用について,筆者らの最近の成果を中心に概説する。

ⅱ.病理形態解析支援

経験豊富な病理専門医が研究の方向性を指南する(総論)

著者: 豊國伸哉

ページ範囲:P.438 - P.439

 ビッグデータ解析や遺伝子スクリーニング技術が発展した今日においてこそ,標的遺伝子に対する遺伝子改変動物の解析結果は,生物・医学の研究活動において決定的な重みを持つようになっている。CRISPR/Casシステムを応用した実験動物における遺伝子改変がますます身近なものになり,その結果を解釈し,方向性を決めるのに不可欠な技術が病理形態解析である。病理形態解析支援は,経験豊富な病理専門医が担当しており,AdAMSでは年間30件程度の支援を実施している。

腫瘍間質相互作用の組織学的空間解析

著者: 大江倫太郎 ,   二口充

ページ範囲:P.440 - P.441

 腫瘍間質相互作用を病理形態学的に解析するには,リガンドを産生する間質細胞とその受容体を発現する腫瘍細胞を同定し,腫瘍細胞の周囲に多くの間質細胞が局在していること,腫瘍細胞と間質細胞の細胞間距離が近いことを評価する必要がある。筆者らは,連続切片を用いた免疫染色のデジタル画像を用いて,腫瘍間質相互作用を定量的に評価できる組織学的空間解析を実施し,研究を行っている。本稿ではその原理と実践例を紹介する。

免疫染色を用いた病理形態解析

著者: 神田浩明

ページ範囲:P.442 - P.443

 免疫染色は一般的な解析手法である。そのため,安易に用いられることが多いが,注意して用いないと思わぬ落とし穴にはまってしまうことがある。先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)の病理形態解析支援では,免疫染色を求められることが多い。本稿では,現在までの依頼を基に免疫染色を論文発表する際のポイントを述べる。

神経系の病理形態解析

著者: 上野正樹

ページ範囲:P.444 - P.445

 神経系の病理形態解析を行うためには,高品質の病理標本を作製することが不可欠である。病理標本は,脳の取り出し,固定,包埋,薄切,染色といった工程を経て作製される。また,病変の局在部位を正確に評価するための正確な解剖学的知識が必要となる。本稿では,基本的な脳の病理形態解析方法を紹介する。若い研究者の方々が脳の病理形態解析を行う際に参考になれば幸いである。

膠原病モデルリコンビナントインブレッドマウスを用いた疾患感受性因子の網羅的ゲノム解析

著者: 宮崎龍彦

ページ範囲:P.446 - P.447

 膠原病の発症感受性はポリジーン系に規定されるが,そのメカニズムはいまだ完全には解明されていない。筆者らは,膠原病モデルマウスMRL/lprと疾患抵抗性マウスC3H/lprマウスから組換え近交系マウスMXH/lpr系を作出し,個別病変の病理形態学的パラメーターと全ゲノム解析の対比により網羅的に疾患感受性・治療反応性を規定するゲノム多型の解析を進めている。

組織画像クラスタリングと病理形態解析

著者: 高松学

ページ範囲:P.448 - P.449

 現代の画像解析に人工知能(AI)は必要不可欠である。病理組織画像は,仮に一部を切り抜いたとしても2つとして同じ画が存在しない,非常に複雑な対象物(オブジェクト)であるが,うまく特徴を捉えることができれば,的確な病理診断の補助に加え,研究分野においても,被験物質の組織への影響や,樹立したモデル動物の臓器における微細な変化などを定量的に把握することが可能となる。本稿では,近い将来病理診断補助にも活躍することが期待される,AIによる画像解析技術を活用した病理形態解析の最先端を紹介する。

新生仔豚仮死モデルを用いた水素ガス吸入療法の脳保護効果について

著者: 中村信嗣 ,   日下隆

ページ範囲:P.450 - P.451

 脳性麻痺の原因の一つである新生児低酸素性虚血性脳症(HIE)に対する軽度低体温療法(TH)の治療効果には限界がある。このため,THに併用する新たな新規脳保護治療が必要である。筆者らは,分子状水素の抗酸化作用に着目し,独自に開発した新生仔豚仮死モデルを用いて,脳機能モニタリングと病理組織学的評価から水素ガス吸入療法の脳保護効果を検証している。本稿では,HIEに対する水素ガス吸入療法の最近の知見を述べる。

mTOR亢進で惹起される多発性囊胞腎モデルマウスを用いた新しい疾患治療標的の探索

著者: 塚口裕康

ページ範囲:P.452 - P.453

 多発性囊胞腎は1,000人に1人が発症し,腎不全へと進行する遺伝性腎疾患で,透析導入原因の第4位である。筆者らは多発性囊胞腎の新たな治療開発をするために,囊胞形成抑止のactionable標的として,細胞増殖とエネルギー代謝との統合的な共役を担うマスター制御因子,mTORの役割に着目し,その解明を目指している。まずPKDの疾患モデルとして,mTOR活性がネフロン形成過程(E15-P14)の遠位尿細管上皮において亢進するCd79a-Tsc1 KOマウスを作製した(図A, B)。Cd79a-Tsc1 KOの尿細管には,生後1か月までにヒトPKD病像の形態・分布に合致する病変が出現した。囊胞形成前(pre-cystic tubule)の尿細管上皮には,水平面極性の乱れが観察され,ネフロン形成過程での極性制御不全が囊胞形成の引き金となる可能性が示唆された。

てんかん,神経変性症および慢性腎臓病モデル動物としてのTxn1遺伝子変異ラットの樹立

著者: 大守(川﨑)伊織 ,   大内田守 ,   真下知士 ,   豊國伸哉

ページ範囲:P.454 - P.455

 TXN遺伝子がコードするチオレドキシンは,酸化還元反応を触媒する酵素の一つで,生体を酸化ストレスから防御する役割を持つ。Txn1-F54L遺伝子変異を持つラットの網羅的表現型解析を行った。Txn1-F54L遺伝子変異ラットは,3週齢から中脳に限局した神経細胞の脱落が始まり,5週齢で全般焦点合併てんかんを発症する。この中脳変性は7週齢以降修復され,10週齢以降は慢性腎臓病を発症する。脳・腎病変ではミトコンドリアの形態異常が認められた。

ⅲ.生理機能解析支援

行動テストバッテリーによるマウスの行動表現型解析とその応用

著者: 藤井一希 ,   高雄啓三

ページ範囲:P.456 - P.457

 行動テストバッテリーは,複数の異なる試験を組み合わせ,総合的・多面的な情報を基に目的因子がマウスの行動様式に及ぼす影響を評価する手法である。マウスの行動を体系的に評価する本手法は遺伝子機能の解析に限らず,薬品や食物の機能性,毒性,安全性の評価にも応用可能である。本稿では,脳機能の最終アウトプットである行動を包括的に解析する網羅的行動テストバッテリーについて紹介する。

規制薬物使用研究支援

著者: 井手聡一郎 ,   森屋由紀 ,   池田和隆

ページ範囲:P.458 - P.459

 ヒトが摂取することによって依存性を示す物質のほとんどが,マウスやラットなどの齧歯類でも依存性を示すことから,物質依存のメカニズムに共通点は多いと考えられている。これら依存性物質の多くがわが国では購入・所持が法的に規制されており,研究へのハードルが高い。そこで,先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)の生理機能解析支援班では,薬理学的解析支援として依存性物質などの規制薬物を用いた研究支援活動を行っている。

網羅的行動解析支援を活用した自閉スペクトラム症発病機構の解明

著者: 吉田知之

ページ範囲:P.460 - P.461

 自閉スペクトラム症(ASD)は社会性や対人コミュニケーションの障害,興味の限局,常同性を主な症状とする発達障害で,シナプスの形成や機能の調節に関わる遺伝子上の変異が発病の一因となることが示唆されている。本稿では,ASD関連遺伝子産物として知られるシナプス細胞接着タンパク質NLGN3の変異マウスの網羅的行動解析から見いだされた新規の社会性調節機構・ASD発病機構について概説する。

ドーパミンによる睡眠-覚醒の制御メカニズム

著者: 柏木光昭 ,   林悠

ページ範囲:P.462 - P.463

 われわれは一生のうち約3分の1を睡眠に費やす。睡眠のメカニズムは古くから多くの研究者の興味を集めてきた。ドーパミン系はかねてより覚醒に重要であることが知られていたが,近年の遺伝学的研究からはドーパミン系がレム睡眠の制御にも重要である可能性が明らかになってきている。本稿では,ドーパミン系による睡眠の制御メカニズムを最近の知見を含め紹介する。

ⅳ.分子プロファイリング支援

細胞パネルおよびトランスクリプトーム解析による化合物プロファイリングと分子機序推定

著者: 旦慎吾 ,   馬島哲夫

ページ範囲:P.464 - P.465

 植物や微生物が生産する天然化合物から,抗生物質や抗がん剤などの医薬品のリード化合物となる生理活性物質が多数単離・同定されているが,生理活性を有する化合物を見いだし,その分子機序を解明するためには,化合物が生体に与える影響をプロファイリングするアッセイ系が必要である。本稿では,分子プロファイリング支援活動で提供する6種の化合物プロファイリング系のうち,細胞パネルおよびトランスクリプトーム解析を紹介する。

プロテオームプロファイリングを用いた生理活性物質の標的同定

著者: 室井誠 ,   川谷誠 ,   真田英美子 ,   堂前直 ,   長田裕之

ページ範囲:P.466 - P.467

 薬剤の標的同定とその作用機構解析は,臨床応用に必要なプロセスであると共に,生命現象の解明に役立ってきた。細胞に薬剤を添加すると,細胞のプロテオームは薬剤の作用に応じた変動をする。プロテオームの変動をプロファイリングすることによって薬剤の標的分子や作用を予測するChemProteoBaseを用いた支援を中心に解説する。

DNA損傷性化合物の探索と応用

著者: 砂田成章

ページ範囲:P.468 - P.469

 生命の設計図であるDNAに起こる損傷は,発がん誘導因子である一方で,がん治療においても利用されている。本稿では,これらの作用における中心的な要素として,細胞にとって深刻な損傷形態の“DNA二本鎖切断”に着目し,新たなDNA損傷性化合物の探索アプローチとその応用について概説する。

ケミカルバイオロジーを機軸とした分子プロファイリング

著者: 掛谷秀昭 ,   池田拓慧

ページ範囲:P.470 - P.471

 細胞表現型スクリーニングなどにより見いだした生物活性物質の詳細な作用機序解析には,生物活性物質をリードにして設計・合成した分子プローブを利用して,物理的に相互作用する標的タンパク質を探索・同定する手段が有用である。本稿では,生物活性物質の標的タンパク質(標的生体内物質)の探索・同定によるケミカルバイオロジーを機軸とした分子プロファイリングに関して概説する。

膵腺房細胞がんに対する新規細胞株の樹立と治療薬候補の探索

著者: 筆宝義隆

ページ範囲:P.472 - P.473

 膵腺房細胞がんは膵臓がんの稀少なサブタイプであり,細胞株も未樹立であった。今回,48歳女性の膵腺房細胞がん患者由来の複数検体からオルガノイド培養を試み,最終的に細胞株を樹立した。原発巣にみられたゲノムワイドなコピー数変化およびEP400の点突然変異の保持に加え,CDKN2A領域の広範なホモ欠失を細胞株特異的に確認した。また,スクリーニングによりプロテアソーム阻害剤ボルテゾミブが治療薬候補となることを見いだした。

Ⅲ.コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)

コホート・生体試料支援プラットフォームの概要

著者: 醍醐弥太郎

ページ範囲:P.474 - P.475

 生命医科学研究では,ヒト試料と情報,ヒト試料を用いる最先端分子解析技術が不可欠となっている。コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)では,①コホート,②ブレイン,③生体試料,④バイオメディカルデータに関わる4つの支援班を通じて,科学研究費受給者のためにヒト試料・情報などの収集,保管,提供と,最先端解析支援を実施している。本稿では,CoBiAによる研究支援活動について概説する。

ⅰ.コホートによるバイオリソース支援

「コホートによるバイオリソース支援活動」の紹介

著者: 若井建志

ページ範囲:P.476 - P.477

 2つのコホート研究のデータ活用が公募されている。1つは「コホートによるバイオリソース支援活動」による,日本多施設共同コーホート研究の解析テーマ公募であり,9万名以上の追跡データを用いた研究が可能である。もう1つはSSJデータアーカイブを通じた,JACC Studyアーカイブデータの利用であり,約8万名分の死亡追跡データが活用できる。

飲酒発がんメカニズムに迫る:ALDH2多型を用いた媒介分析

著者: 松尾恵太郎

ページ範囲:P.478 - P.479

 飲酒は量にかかわらず発がんリスクを上昇させる。日本人を含む東アジア人ではALDH2酵素のrs671遺伝子多型が存在し,飲酒量に影響を与える。非活性アレルを持つ人は少なく飲む一方,多量飲酒で発がんリスクが高まる遺伝子環境相互作用が存在する。媒介分析はrs671の相反する効果を分解して評価することで,飲酒による発がんメカニズムへの理解を深める。

慢性腎臓病とがん罹患

著者: 倉沢史門

ページ範囲:P.480 - P.481

 がんの生涯罹患率は男女共に50%を超える。一方,成人の慢性腎臓病(CKD)の有病率は約14%であり,これらはしばしば併存する。Onco-Nephrologyという新たな学問領域として,CKD患者におけるがん治療,あるいはがん治療関連の腎機能障害に加え,腎機能とがん罹患の関連についても広く研究されている。本稿では,透析患者,腎移植患者,保存期CKD患者のがん罹患リスク,加えて腎機能が他のリスク因子とがん罹患の関連に与える影響について述べる。

ゲノムワイド関連解析による膵がんリスクバリアントの同定

著者: 林櫻松

ページ範囲:P.482 - P.483

 膵がんは,罹患率・死亡率とも年々増加傾向にあるものの,発生要因の大部分が不明である。膵がんの発症における遺伝的要因を探索するため,筆者らの研究グループは,アジアで最大規模の膵がんGWASメタ解析(症例2,039人,対照32,592人)を実施した。その結果,GP2遺伝子領域のバリアント(rs78193826)が膵がんリスクと有意に関連したことが示された。機能解析では,rs78193826はKRAS活性を調節することによって膵がんリスクに影響を及ぼすことが示唆された。

尿酸異常症および血清尿酸値の遺伝要因

著者: 中山昌喜 ,   松尾洋孝

ページ範囲:P.484 - P.485

 尿酸異常症は,血清尿酸値が異常を示す高尿酸血症と低尿酸血症の両方を合わせた疾患概念である。筆者らはこれまでにコホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)にご支援いただき,尿酸異常症の遺伝的要因の研究を進めてきた。その結果,特に日本人は尿酸異常症において,高い頻度で大きな遺伝要因を持つ集団であることが明らかになった。CoBiAのご支援はこのような頻度の高い疾患の研究に不可欠であった。

ⅱ.ブレインリソースの整備と活用支援

ブレインリソースの構築・運用支援:日本神経科学ブレインバンクネットワーク

著者: 村山繁雄 ,   齊藤祐子 ,   高尾昌樹 ,   美原盤 ,   金田大太

ページ範囲:P.486 - P.487

 ブレインバンクは,死後脳を剖検という手段で得て蓄積・管理し,神経病理診断ののち,研究目的に配布するシステムであり,ブレインリソースをバンク化することが本研究班の使命である。死体解剖保存法に基づき,二学会合同倫理指針のもと,ブレインバンクドナーのリクルートと,プリオン病サーベイランスに準じた,臨床,画像,形態病理,分子病理所見,並びにRIN値で品質管理を行い,世界でも一流のリソース構築を達成している。

高齢者ブレインバンクの25年

著者: 齊藤祐子

ページ範囲:P.488 - P.489

 高齢者ブレインバンクは25年前,わが国初のブレインバンクとして設立された。ブレインバンクは欧米では患者,医師,研究者の疾患克服のための市民運動とされており,キリスト教の伝統のもと,ブレインバンクドネーション(生前献脳同意)が理念の中核を占める。東京都健康長寿医療センターの在宅支援総合救急病院の伝統と,コホート住民との信頼関係のもと,欧米型ブレインバンクを構築・推進し,25年が経過した。その過去,現在,未来について,本稿で述べる。

神経変性疾患の構造生化学的疾患分類

著者: 樽谷愛理 ,   長谷川成人

ページ範囲:P.490 - P.491

 タウ,αシヌクレイン,TDP-43は,主要な神経変性疾患を定義づける病理構造物の構成成分である。これらのタンパク質はアミロイド様線維に構造変化し,細胞内に蓄積することによって神経変性を引き起こすと考えられる。近年,クライオ電子顕微鏡解析により剖検脳由来タウ,αシヌクレイン,TDP-43線維のコア構造が明らかにされている。本稿では,病理構成タンパク質の構造生化学的性質に基づいた疾患分類について総括する。

死後脳ゲノム解析による新規病態解明

著者: 石浦浩之

ページ範囲:P.492 - P.493

 本稿では,メンデル遺伝性疾患の原因を明らかにする手法を説明すると共に,今日的な課題を述べる。神経核内封入体病の原因遺伝子を同定する際に,剖検脳を用いた解析が有用であった。神経系のように生検が困難な組織を研究対象にする場合,病理診断されている症例の解析は極めて有用である。

死後脳・脊髄リソースによる筋萎縮性側索硬化症の病態解明

著者: 長野清一

ページ範囲:P.494 - P.495

 運動ニューロンの変性疾患であるALSの病態として,RNA結合タンパク質TDP-43の異常局在・沈着(プロテイノパチー)による神経細胞内RNA代謝異常の関与が推測されている。筆者らは患者病変組織を用いた解析により,TDP-43プロテイノパチーによるmRNA軸索輸送やpiRNA代謝の異常を初めて見いだし,ALS病態との関連を報告してきた。患者組織リソースを用いた病態解析は今後のALS研究に更なる知見を与えてくれると考えられる。

生前画像・死後脳病理連関による実証研究:動的神経病理(dynamic neuropathology)

著者: 松原知康 ,   村山繁雄 ,   齊藤祐子

ページ範囲:P.496 - P.497

 動的神経病理(dynamic neuropathology)とは,従来の形態病理が,ある一時点における評価という点で“静的”な病理であるのに対し,バイオマーカーを含む臨床情報と病理像を組み合わせて考えることで,時間軸を反映しながら病理学的変化を評価・再構築する,という点を強調した名称である1,2)。更に,病理学的所見と対比し,臨床所見やバイオマーカーの診断能や病理学的基盤を検証することで,病理学的知見を臨床に還元する試みも,広義には動的神経病理の範疇に含まれる。今回,動的神経病理の具体的事例として,筆者らが行った123I-MIBG心交感神経シンチグラフィーの診断能実証研究3)を紹介する。

ⅲ.生体試料支援

生体試料による支援活動の概要と超高感度分子病態解析・多施設連携研究ネットワーク構築支援

著者: 醍醐弥太郎

ページ範囲:P.498 - P.499

 生体試料による支援活動では,アプローチが極めて困難で研究者からの要望の多い多彩なヒト生体試料を用いた生体内分子動態や生体指標の高感度・高精度かつ多角的解析支援を,豊富な生体試料・情報の収集・提供と独自の多分子超高感度解析で行い,生命現象の本態解明を行う研究成果の発出と次相移行を支援している。本稿では,本支援活動の概要と超高感度分子病態解析・多施設連携研究ネットワーク構築支援につき概説する。

難治がん患者由来腫瘍移植モデルの多層オミクス解析に基づく新規治療標的分子の探索

著者: 田口歩 ,   山口類 ,   井本逸勢

ページ範囲:P.500 - P.501

 患者由来腫瘍移植(PDX)モデルは,ヒトがんの病態を再現できることから,創薬や個別化医療への応用など,がん研究における重要なツールとなっている。本稿では,筆者らが独自に構築した300例に迫るPDXライブラリー(A-PDX)と,その多層オミクス解析に基づく新規治療標的細胞表面タンパク質の探索を紹介する。

ヒト生体試料のバンキングと提供支援

著者: 宮城洋平

ページ範囲:P.502 - P.503

 研究者が研究材料としてヒト生体試料にアクセスする場合のハードルはかなり高い。文部科学省科学研究費補助金の助成を受けて,ヒト生体試料のバンキングを基盤として,ヒト生体試料を研究者に提供する支援活動が実施されている。ヒト試料のバンキング,ヒト試料の収集・提供に関する倫理的問題,研究の再現性と試料の質管理を中心に,この活動の概略を紹介する。

HTLV-1バイオリソースの収集と提供支援

著者: 安井寛 ,   渡邉俊樹

ページ範囲:P.504 - P.505

 HTLV-1は,CD4陽性T細胞を主な標的細胞として感染し,宿主細胞ゲノムDNAに組み込まれることから,慢性持続感染を引き起こし,感染者の一部はATLや慢性炎症性疾患を発症する。わが国は南西部での感染率が高く,先進国のなかで唯一HTLV-1浸淫国である。CoBiAでは,HTLV-1感染による疾患発症機構の研究推進の一環として,HTLV-1感染者の検体収集と科研費研究者への提供支援を行っている。

肺腺がんリスクに関わる遺伝要因の同定と解析手法

著者: 白石航也

ページ範囲:P.506 - P.507

 全ゲノム関連解析(GWAS)は,ヒトゲノム参照塩基配列とは異なる塩基の変化(生殖細胞系列バリアント)と特定の形質や疾患との関連を統計的に調べる方法である。近年では,GWASに用いられるサンプル数は数万人から100万人を超えており,形質や疾患と関連するバリアントが多数同定されている。本稿では,肺腺がんリスクに関する遺伝要因の同定と解析手法について論じ,現在と将来の応用について概説する。

ⅳ.バイオメディカルデータ解析支援

バイオメディカルデータ解析支援の紹介

著者: 中杤昌弘

ページ範囲:P.508 - P.509

 生命医科学分野では,近年大規模データの取得・利活用が頻繁に行われるようになってきた。それに伴い,大規模データの取り扱いに長けたデータサイエンティストの需要が高まっている。そこでコホート・生体試料支援プラットフォームでは,2022年度から研究者をデータ解析面で支援する「バイオメディカルデータ解析支援班」を新設した。本稿では,バイオメディカルデータ解析支援班による支援の概要を紹介する。

ALDH2 rs671遺伝型層別GWASにより明らかになった日本人の飲酒行動の遺伝的構造

著者: 小栁友理子

ページ範囲:P.510 - P.511

 アセトアルデヒドの分解能力に差をもたらすAldehyde dehydrogenase 2ALDH2)rs671(G>A)は,飲酒行動に最も強力な影響を与える,東アジア集団に特異的な一塩基多型(SNP)である。筆者らは,日本人約176,000人を対象としたrs671遺伝型層別ゲノムワイド関連解析(GWAS)により,rs671遺伝型との組み合わせによって飲酒行動に影響を与える7つのSNPを同定し,日本人の飲酒行動に関連する新たな遺伝的構造を明らかにした1)

Ⅳ.先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(PAGS)

先進ゲノム解析研究推進プラットフォームの紹介

著者: 黒川顕

ページ範囲:P.512 - P.513

 「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(略称:先進ゲノム支援,PAGS)」は,文部科学省科学研究費助成事業の学術変革領域研究「学術研究支援基盤形成」に2022年度から6年間の予定で採択された研究プラットフォームである。本稿では,先進ゲノム支援の目的,実施体制,実績などを簡単に紹介する。支援課題公募の詳細などは先進ゲノム支援のウェブページを参照いただきたい(https://genome-sci.jp/)。

ヒトを対象とする研究を実施する際に留意すべき法令・指針とデータ共有

著者: 川嶋実苗

ページ範囲:P.514 - P.515

 ヒトから採取した試料を用いた研究により得られた解析データを,公的データベースを通じて広く共有することによって,病気の予防・診断・治療などをより効果的に行うために役立つことが期待される。一方で,国内法令や倫理指針などを遵守した研究の遂行が求められている。技術の進展により,様々な種類のデータを産出できるものの,どのようなタイプのデータをどのアクセスレベルで共有すべきなのか,議論が進んでいない。

海外遺伝資源の入手と利用:ABSを中心に

著者: 鈴木睦昭 ,   寺嶋芳江

ページ範囲:P.516 - P.517

 海外から遺伝資源を入手・利用するときには,ABS(Access and Benefit-Sharing)対応が必要である。ABSとは,遺伝資源へのアクセスとその利益の公平な配分を意味する。1993年発効の生物多様性条約,更に,2010年の名古屋議定書採択を経て,多くの国で遺伝資源に関する国内の法規制やルールが整備されるようになり,海外遺伝資源の入手と利用にはABSと関連法規制の対応が必要となった。

ⅰ.大規模配列解析拠点ネットワーク支援

PacBioシステムを用いたゲノム解析

著者: 豊田敦

ページ範囲:P.518 - P.519

 シークエンシング技術の飛躍的な進展に伴い,これまでにないスピードで様々な生物の新規ゲノム配列決定が実施されているが,生物種の多様性や生物進化を詳細に理解するためには完成度(精度)の高いゲノム配列が必要不可欠である。また,サンプルの処理能力やデータの精度と出力量,解析手法も年々向上すると共に,周辺機器や計算機,ゲノム配列を構築するためのプログラムの開発なども精力的に進められている。更に,新規ゲノム配列決定だけではなく,開発された解析技術は,様々な生命科学の分野に新たな可能性を切り拓きつつある。

1細胞解像度での空間遺伝子発現解析(Xenium In SituとVisium HD)

著者: 金井昭教 ,   鹿島幸恵 ,   鈴木穣

ページ範囲:P.520 - P.521

 空間オミクス解析とは組織内における細胞の位置情報を保持したまま,ゲノム,エピゲノム,遺伝子発現,タンパク質発現など様々なモダリティを統合して解析する手法である。そのなかでも近年空間遺伝子発現解析技術の発展は目覚ましく,1細胞レベルでの解像度での解析が可能になっている1)。本稿では,それらの解析技術のうちの一つである10x genomics社のXenium In SituとVisium HDを紹介する。

ⅱ.情報解析支援ネットワーク

ゲノム支援における真核生物ゲノムアセンブルの変遷

著者: 伊藤武彦

ページ範囲:P.522 - P.523

 近年の分子生物学研究において,インフラとしてのゲノム・遺伝子情報は不可欠な存在であることは言うまでもない。ゲノム支援活動においても旧ゲノム支援時代から,様々な生物種の新規ゲノム決定の支援を行ってきた。本稿ではその歴史を簡単に振り返ると共に,ゲノムアセンブルの現状並びに課題について紹介していきたい。

高性能計算から高性能科学へ

著者: 楊旭 ,   王捷幸 ,   笠原雅弘

ページ範囲:P.524 - P.525

 ゲノム解析のデータ量増大に伴い,様々な計算の問題が噴出している。ボトルネックの多くは計算の高速化や効率化ではなく,ツールやデータの多様性に対処するための研究者の時間である。このため,計算の効率化ではなく科学的知見を得ることを効率化する高性能科学の考え方に基づいて,ゲノム解析計算の各種ボトルネックを軽減する技術開発を行っている(図)。

がんにおける数理モデル解析を用いた研究支援

著者: 波江野洋 ,   佐伯晃一

ページ範囲:P.526 - P.527

 近年,様々な研究分野においてDNAやRNAなどの細胞情報を扱うオミクス解析が中心的な役割を果たすようになってきた。本稿では,ヒトがん検体における多領域DNA-Seqデータに適用可能ながん進化過程のシミュレーションモデルを紹介し,大腸がんデータへの応用例を示す。多領域DNA-Seqとシミュレーション結果の比較から,マイクロサテライト不安定性大腸がんでは免疫による選択圧を克服しながら進展していくことが示された。

深層生成モデルによる細胞間コミュニケーション解析

著者: 島村徹平 ,   小嶋泰弘

ページ範囲:P.528 - P.529

 細胞間コミュニケーションは,生体システムの機能と恒常性を維持するうえで極めて重要な機構である。これは主に,細胞から分泌されるリガンド(ホルモンや成長因子など)と,細胞膜表面に存在するレセプタータンパク質との相互作用によって媒介される。この精緻な相互作用システムにより,細胞は周囲の微小環境の変化に適切に応答し,協調的に機能することが可能となる。しかし,このシステムの破綻は,制御不能な細胞増殖や組織炎症など,様々な病態の引き金となり得る。近年,1細胞トランスクリプトームや空間トランスクリプトームなど,網羅的な遺伝子発現プロファイル観測技術が飛躍的に進歩した。これに加え,レセプターとリガンドの相互作用に関する知見が蓄積されてきたことで,特定の組織内における細胞間相互作用ネットワークをデータ駆動的に推定するための基盤が整いつつある。本稿では,筆者らが開発した情報科学的解析技術“DeepCOLOR”1)について詳述する。この手法は,1細胞トランスクリプトームデータや空間トランスクリプトームデータを基に,細胞間相互作用ネットワークを推定するものである。以下,具体例を交えながら,その概要と応用について紹介する。

マルチオミクスデータのバイオインフォマティクス解析

著者: 熊谷雄太郎

ページ範囲:P.530 - P.531

 近年のオミクス技術の進歩により,臓器,細胞などにおける様々なモダリティのオミクスデータをバルクのみならず1細胞レベルでも,迅速かつ大量に得ることが可能になった。これらは,有機的に組み合わせることでより深い知見を得られることが期待される。一方,統合解析には乗り越えるべきハードルが存在する。本稿では,マルチオミクスデータ統合における技術的課題について,幾つかの例に基づき注意すべき点と最近の動向を述べる。

大規模シークエンス技術を用いたRNAの多角的計測を支える情報解析技術と高度化

著者: 岩切淳一 ,   浅井潔

ページ範囲:P.532 - P.533

 現在,大規模シークエンス技術の普及に伴って,RNA-seqが広く研究の現場で使われるようになると同時に,RNA分子の相互作用,修飾,構造,局在,転写・翻訳状態などの様々なイベントを計測する実験手法が開発されている。本稿では,これら多様なシークエンスデータの情報解析支援だけではなく,修飾を含むRNAの高次構造を解析するための様々な情報解析ツールの開発・高度化についての筆者らの取り組みを概説する。

バイオインフォマティクスによるマイクロバイオーム解析の現状と展望

著者: 千葉のどか ,   山田拓司

ページ範囲:P.534 - P.535

 マイクロバイオーム(細菌叢)はその細菌群が生息する環境と相互作用する。そのため,作用の担い手となる細菌種の探索やマイクロバイオームが発揮する機能を明らかにする研究が重要である。昨今,マイクロバイオームの基礎研究の成果は,医療やヘルスケア領域での応用が進んできた。本稿では,マイクロバイオーム解析の手法や研究の現状と将来性,克服すべき課題についてまとめる。

大規模データ時代のAIと機械学習

著者: 瀬々潤

ページ範囲:P.536 - P.537

 生命科学の実験は1度で大量のデータが計測できるようになってきた。この大規模データを生命科学の新たなる発見へとつなげるのに重要な手法がAI・機械学習である。本稿では,統計解析とAI・機械学習の差分や接点に触れつつ,AI・機械学習の概観,どのように機械学習をつくるのか,そして,昨今の応用に関して述べる。

--------------------

目次

ページ範囲:P.386 - P.388

書評

著者: 井上聖啓

ページ範囲:P.538 - P.538

財団だより

ページ範囲:P.539 - P.539

次号予告

ページ範囲:P.540 - P.540

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?