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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学8巻5号

1957年10月発行

雑誌目次

特集 酵素と生物 巻頭言

「生体の科学」50号発刊を記念して

著者: 児玉桂三

ページ範囲:P.193 - P.193

 生命現象の神秘な扉は科学がこれほど進歩した今日に於ても依然として固く閉されている。多くの科学者はこの扉を開く鍵を探し求むべく大なる努力を払つている。その中で最も有望なのは酵素化学者である。と云うのは生命現象は酵素なくしては起り得ないことが明瞭だからである。彼等はこの酵素を分離精製しその本態を究めんとしている。またその作用機序を知り生命現象との関連を探知されんとしている。複雑なる生命現象の一こま一こまについてこれらの関係が闡明にされた曉にその綜合に立ちて神秘の扉が開かれるであろう。
 今日までの酵素化学の歩みを顧るに酵素によつて営為される醗酵は古代に於て人類生活の中に取入れられた技術であるが近代科学の対称として酵素がとり入られたのは1897年Edward Büchnerにより酵母からチマーゼの分離されたことに始まる。爾来いろいろの生物反応に与える酵素の分離精製がもたらされたが,1926年Sumnerによりウレアーゼの結晶化がなしとげられたことは劃期的な進歩である。続いてNorthrop及びKunitzによりペプシン,トリプシン,ヒモトリプシンなどの結晶もとり出され,さらに現在はほとんどあらゆる酵素の結晶が得られるようになつた。結晶化は必ずしも純粋化を意味しないが,しかしその第一歩であることには間違いない。かくして得た結晶はいづれも蛋白質より成立つている。

生物学の立場から見た酵素化学

著者: 市原硬

ページ範囲:P.194 - P.195

 名前をはつきりいつた方が,はつきりしてかつおもしろいから,名をあげて記述しよう。現金沢大学総長の戸田正三先生が大阪府高槻市にある高等医専の校長をしていられた頃,私もそこの生化学教授を兼ねていた。ある日の雑談で戸田校長が次のことを話された。
 僕が京大医学部長の時に,病理解剖学という名をやめて病理学にしようと思つたことがあつた。病理解剖学というような馬鹿々々しい学問はないよ君,病理学で充分ぢやないか,だいたい目学,耳学ちうような学問があるかい,そんなことをいうなら,植物学では松学,梅学,桃学,竹学なんぼでも学問があることになる。そんな馬鹿々々しいことはあるまい。植物学で充分だろう。だから病理解剖学をやめて,病理学にするつもりだつた。そうしたら藤浪先生に泣きつかれた。病理解剖学という名は自分がつけたんだから,私の一代はこのまゝにしてくれ,といつてネ。それで僕も相手が藤浪先生だものだから,とうとうくどき落されてそのままにして手をつけなかつた"。

綜説

光合成—酵素化学的研究

著者: 藤茂宏

ページ範囲:P.196 - P.206

 1.まえがき
 栄養・生長・運動をはじめとして生物のいとなむすべての活動のエネルギーの源泉を辿ると太陽エネルギーに帰せられる。すなわち,光合成を行う生物によつて光のエネルギーが固定され,CO2と水とから炭水化物をはじめとして大部分の有機物が合成される。それを草食動物が食物とし,更に肉食動物がそれを食べるという工合に食物連鎖を形成している。
 このようにすべての生物の生存に重要な意義をもつ光合成過程がどのような反応段階から成り立つているかということは魅力ある問題として古くから多くの学者によつて研究されてきた。それにより現在までに数多くの知見が積み上げられ,次第にその複雑極まる機作のアウトラインが判明するに至つた1)が,enzyme levelでの解析は極く最近までほとんど進展しなかつた。

ウイルス増殖とたんぱく合成

著者: 野島徳吉

ページ範囲:P.207 - P.212

 1.はじめに
 私たちがウイルス感染をみようとする場合には,たとえば,タバコモザイクウイルスに例をとると,タバコの葉を人為的に傷つけ,ウイルスをそこえ接触させて感染させる。あるいは,バクテリオフアージに例をとると,感受性細菌培養液に,フアージを混じ,感染を成立させる。さらにまた,動物性ウイルスでは,ウイルスを感受性動物の体内へ,場合によつては直接,感受性臓器へ注入し,感染を成立させる。あるいはまた,組織培養した動物細胞懸濁液に,ちようどフアージの場合と同じように,ウイルスを混じて,感染を成立させることもできる。
 このようなウイルス感染細胞を眼前にみると,私たちは,いろいろの問題につきあたる。特定のウイルスは特定の細胞にだけ感染するめぐりあわせをなぜもつのか。感染したウイルスは,細胞のなかでどのような過程を経て,子孫をつくり出していくのだろうか。そして,感染された細胞は,正常細胞とどのようなちがいをもつのだろうか。その他等々。これらの疑問に答える材料を,現在ほんの少ししか,私たちはもちあわせていない。第一の疑問についていえば,大腸菌に特異的に感染するT系フアージはオタマジヤクシ状をしているが,感染するさい,その尾部が,菌体表面に存在するリポー多糖体をふくむたんぱくと結合することはわかつている。

REACTION MECHANISM OF THE ACTOMYOSINADENOSINE TRIPHOSPHATE SYSTEM

著者: ,   ,   ,  

ページ範囲:P.215 - P.228

 Introduction
 As is well known, a new epoch inmuscle biochemistry was marked by thebrilliant discovery of Engelhardt andLjubimova(1939, 1946)that actomyosin, the main component of muscle structureproteins, hydrolyzes catalytically adenosine triphosphate(ATP)into adenosinediphosphate(ADP)and inorganic orthophosphate(P). Subsequently, Engelhardt(1941, 1942), Needham(1944)and Szent-Györgyi(1947)and their coworkersshowed that physicochemical propertiesof actomyosin, in turn, are changedremarkably by the addition of ATP.

アドレナリンの代謝

著者: 田中正三

ページ範囲:P.229 - P.238

 1901高峰博士及Aldrichによつて副腎よりAdrenaline結晶化して以来,Adrenalinの生理作用及代謝に関する幾多の研究がなされた。AdrenalineはAcetylcholineと共に自律神経系に於て重要なる化学伝導物質であり,Acetylcholineに対してはAcetylcholinesteraseによつて不活性化されることは全く疑う余地はないが,他方Adrenalineに対してはAcetylcholinesteraseに相当する酵素は未だ確定されていないのである。Adrenalineの代謝に関しても色々の学者によつて研究されたが,今Adrenalineの作用はAcetylcholineと同様数分以上長く続くことはないと言うことを基礎に於てAdrenalineの不活性化と同時に代謝に就いて各研究を批判して見ることは重要なことと思い筆を執つて見た。
 Adrenalineの分子構造を見ると体内で酵素作用を受け得ると考えられる点が四つある。

報告

カエル縫工筋の短縮に伴う物質代謝の変化—Ⅱ電気刺激による筋の呼吸変化

著者: 金井正光 ,   田中公一 ,   平野重明 ,   関根隆光

ページ範囲:P.239 - P.246

 細胞あるいは組織を傷をつけることなしに外部からいろいろの条件を与え,その中に起つている物質代謝の量的・質的変化を解析することは,いままでの分子レベルの物質代謝の研究では提起しえなかつた多くの重要な問題を露呈し,生理化学の立場からは極めて興味ある領域であると考えられる。
 外部から与える変化の条件としては,その定量性,反覆性,可逆性などからいつて電気刺激に優るものはない。電気刺激に応ずる組織としては興奮組織が主として知られており,たとえば電気刺激によつてその呼吸速度が脳切片2),末梢神経3),横隔膜4),肺4),筋などで増加することが報告されている。

寄書

再批判を要する2,4-Dinitrophenolの作用発現機序

著者: 村野匡

ページ範囲:P.247 - P.249

 2,4-Dinitrophenol(DNP)が生化学的反応機構の探索手段として,或は生理学的乃至薬理学的現象の発現経過を解析する好適な阻害剤として広範囲に応用されているに拘わらず,案外等閑視されている本剤の性格につき2,3述べて見たいと思う。
 第一にDNPは甚だ不安定な薬物である。

1957年国際酵素化学会議

著者: 関根隆光

ページ範囲:P.250 - P.259

 Ⅰ.紹介のことば
 去る8月6日の原爆記念日がすでに12回を数え,いま戦後最大の国際学会が開かれようとしていることを考えると,あの戦後の研究室の荒廃,近代戦の惨禍の深く恐るべきことを思い合わせると,人間のこころとからだの営みのエネルギーの巨大さ,執拗さに改めて目をみはる思いがする。
 日本の科学の現状で国際学会を開くことに懐疑的な考え方がごく一部にはあるが,単なる文献の交換だけでは真の学問の交流には程遠いこと,膝を交えての討論が言葉の不自由さにも拘らずいかに貴重なものであるかは,近頃次第に盛んになつた外人研究者の来日に際して多くの人が体験したところであろう。

座談会

生物学の立場からみた酵素化学

著者: 野島徳吉 ,   小倉安之 ,   須田正巳 ,   塚田裕三 ,   熊谷洋 ,   吉川春寿 ,   江橋節郞 ,   中井準之助 ,   関根隆光

ページ範囲:P.260 - P.276

 S 生物学の立場から見た酵素化学というテーマで始めたいと思います。
 まず酵素化学が生物学に非常に有効であつた,或は現在でも有効であるという点を大いに強調して頂いて,それで第一のセクシヨンにしようと思います。その時に必ず反対の立場として,非常に役立たないという面がクローズアツプされると思いますが,それについて一般的な問題も勿論ですが,矢張り具体的にテーマを挙げてディスカッシヨンして頂きたいと思います。なにせ酵素化学を知らない,と言つては大変失礼ですけれども,そういう連中が主に集まつてておりますから,帰するところはこの問題—無効性—に落着くのでないかという気がします。この座談会の性格から,必ずしもデータの裏付けを必要としませんので自由な気持で御発言,御討論をして頂きたい。

海外通信

ロツクフエラー研究所(New York)にて

著者: 真島英信

ページ範囲:P.277 - P.278

 お手紙によりますと化学会議には,筋Dr.MoralesやEngelhardtら有名人も多数参加するらしく,盛会が偲ばれます。Prof.H.H.Weberは現在,ニユーヨークに滞在中で,私も3回程彼の講演会に列席し,彼の考え方を聞く機会を得ました。小児マヒ研究会の方から招待されている由です。3回の講演のうち,1回は私のいるロツクフエラー研究所で開かれましたので,私共筋グループはWeber夫妻を囲んで昼食を共にしました。たまたま私は丁度Weber夫人の隣りに座りましたので,彼女から親しくドイツの戦後の状況を聞くことができました。Weber夫妻も御多分に洩れずKönigsbergで焼け出され,身一つで逃げた由です。小生にもその経験があるといいましたら喜んでいました?Weberも現在はMax Planck Instituteの主任として慌しく,研究も若い者に任せている様でした。Weberは丁度,俳優の薄田研二に似た堂々たる体格の人で,英語はあまりうまくなく,講演は私らに分り易くて助かりました。

——

日本生化学会総会印象記

著者: 吉川春寿

ページ範囲:P.278 - P.278

 今年は秋に国際酵素化学シンポジウムが東京と京都とで催されるので,生化学総会を繰上げ7月14〜16日の3日間京都府立医大講堂でひらかれた。京都の夏の蒸暑さは格別で,府立医大御自慢の立派な講堂も一向通風が効果をあげず,1時間位講演をきいていると体を冷しに外の天幕張の下に出なければならなかつた。こう暑いと頭も馬鹿になると見えて私の辺から出した演題以外にわからなかつたし,又,わかろうと努力もしなかつた。前日13日に京大内科講堂で生化学の教育,研究に関するシンポジウムが催されたが,場内満員で若い研究者の意見が活溌に交わされ,本物の学会よりもよつぽど面白かつた。
 さて,本物の方だが,糖代謝に関するシンポジウムを交えて総計204の一般演題が出され,その他に本年度生化学奨励賞受賞者(名大勝沼氏,北大殿村氏)の講演と古武彌人教授,三輪知雄教授の特別講演があつた。出題者の色分けをして見ると—勿論嚴密には定めがたいけれども—医学系133,理学系42,農学系21,薬学系8となつている。更に医学系の内訳を見ると医科大学医化学生化学教室から85,その他の基礎医学教室研究所から31,臨床から15,病院検査室から2となつている,理学系では中27が化学系,15が生物系である。

第3回燐酸代謝班協議会報告

著者: 塚田裕三 ,   永田豊 ,   浅野智秋 ,   飯島淳 ,   玄番昭夫 ,   高橋泰常 ,   奥貫一男 ,   巖佐耕三 ,   今本文男 ,   関口豊三 ,   橘正道 ,   宮本侃治 ,   中尾真 ,   吉川春壽 ,   小高健 ,   中村道徳 ,   真野嘉長 ,   田中亮 ,   緒方規距雄 ,   斎藤洋一 ,   高木康教 ,   丸山工作 ,   関根隆光 ,   平野重明

ページ範囲:P.279 - P.285

 昭和32年1月30日順天堂大学5号館会議室において本協議会が持たれたが,それに先立つて本研究班主催の第1回燐酸代謝シンポジウムが同講堂で開かれ,300名近い参会者を集め,有能な綜合報告と活溌な討論が定刻過ぎまで続けられた。
 第1回シンポジウムのテーマは燐酸化合物の定量およびそれに関連した分離操作で,次のようなプログラムで行われた。

第6回筋収縮化学協議会報告

著者: 内田堯 ,   大沢文夫 ,   江橋節郎 ,   岡本彰祐 ,   山添三郎 ,   小西利彦 ,   倉富一興 ,   酒井敏夫 ,   高橋泰常 ,   名取札二 ,   永井寅男 ,   菅原努 ,   松宮国幸 ,   牧之瀬望 ,   大井龍夫 ,   今井宣久 ,   関根隆光 ,   丸山工作

ページ範囲:P.285 - P.289

 第6回筋収縮化学協議会は,1957年2月12日(火)及が13日(水)の両日に亘つて,東大医学部薬理学文庫で開かれた。
 2日間に亘る熱心な討議の要約は以下の通りである。
 内田 ATPaseの初期速度
 Hasselbachの例の曲りの問題(Myosin-ATPaseの初期速度が,後の定常状態の時よりも遙かに早いという現象)を追求した。
 本実験の初期ATPase測定の限界は15秒で,多くの場合は30秒値を基準とした。

研究室から

比較生化学をもつとさかんに

著者:

ページ範囲:P.289 - P.290

 「あなたはなにをやつておられますか」という質問に,「いろいろな動物で,比較生化学的に筋蛋白をつついています」とこたえると,よくもまああきもせずにおやりですねという表情をされる。そこで,「ほかにやることがありませんし,能力も設備もありませんからね」とくわえると,さもおかわいそうにというふうである。
 ここで,問題がはじまる。
 生化学にかぎつても(おそらく生理学にも通ずることとは思われるが),いちばんすばらしいと思われる,あるいは各研究者のなしとげたい研究とは,A. Szent-Györgyiがいみじくもいつているように,多くの人々がみてきて,しかも考えなかつたような現象をとりあげて,そこからみのりゆたかな領域を発展させることにあるであろう。もしくは,生命現象のうち基本的なものについて現在の段階で,メカニズムの解明にエポック・メイキソグなしごとをなすことであろう。あたらしい酸素や代謝素を発見することもふくまれることであろう。

あとがき

「生体の科学」50号発刊に際して

著者: 関根隆光 ,   江橋節郎 ,   中井準之助 ,   内薗耕二 ,   吉川春寿 ,   杉靖三郎 ,   熊谷洋

ページ範囲:P.291 - P.296

 "基礎医学を核心として,その相互の連繋をもとめ,更に広く臨床医学への連関をもとめ科学分野の力を総合して日本医学発展の一助たらしめよう"という希望をもつて,本誌が生れたのは昭和24年4月1日であつた。それから満8年4カ月今茲に50号を送り出すに至つた。編集同人の1人として嬉びにたえない。
 この8年の間に日本の医学は大きく廻転した。殊に生物物理化学の著しい発展に支持されて医学と生物物理化学との境界がますます近接乃至入りまじつて物理学者が医学へ又医学者が生物物理学の領域へ踏み込んで研究をすゝめつゝある。この事は研究進展の必然の成り行きではあるが,我々医学者殊に基礎医学者にとつて一つの問題を提供する。生命現象を追究して細く細く進む一つの生命単位としての細胞から更に原形質蛋白即ち生蛋白につき当る。そして細胞の生活現象をつきとめるには,物質としての蛋白の基礎的性質を明確にdefineせねばならない。この段階に達すると,我々医学者の手ではどうにもならない限界があつて,物理学者の手にゆだねなければ,真実をとりにがすおそれがある。物理学者の手にゆだねることは,これを自らの手から放棄することではない。兎狩りに於いては我々は勢子の役を果せばよいのではないか,張り廻らした網の中に兎を追い込むだけでよい,兎の捕かくは捕かく者に任せればよい,それだからといつて捕かくの名誉が捕かく者丈に行くものではない。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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