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病院長プロフイル・25
救癩の先覚者光田健輔氏(国立長島愛生園長)
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ページ範囲:P.50 - P.50
文献購入ページに移動先生は弱冠21歳で医者となられ,東大病理学教室に入り病理学を専攻せられ,明治31年7月より東京市養育院に勤務せられ,ここで癩患者の診療並に研究に当らるること11年,明治42年9月第1区府県立全生病院(現在の国立多摩全生園)の開設せらるると共にその医長として栄転せられ,大正3年2月には更に院長を兼任せらるるに至り,昭和6年3月国立長島愛生園の開設せらるると同時にそちらの園長に栄転せらるるまで22年間,全生にあつてその基礎を固めらるると共に,整備拡張に尽瘁せられた。愛生園に転ぜられてよりも鋭意有らゆる方法を尽してその整備拡張を計られ,開園当時の450名の収容定員から今日の2,160名の定員を有する一大療養所へと育て上げられた。
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