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雑誌目次

雑誌文献

病院19巻1号

1960年01月発行

雑誌目次

座談会

医療はいかにあるべきか—保険者・被保険者と語る

著者: 守屋博 ,   佐藤徳 ,   塩沢総一 ,   橋本寬敏 ,   神崎三益 ,   高橋敏雄 ,   吉田幸雄

ページ範囲:P.4 - P.17

医療制度は医師だけで決めるべきでない
守屋 きようは医療制度という問題で色々お話を伺うのですが,従来この「病院」は,どうも内輪の意見が多い。本来医療制度の主人は患者でなければならぬわけなのです。医者だけが医療制度を考えていくというのは非常に間違いである。こういう意味で,本日,被保険者代表,あるいは保険者代表の方に来てもらつたのは非常におもしろい企劃だと思つているのです。本来こういうような話合いはもつと公けの席で堂々と大いに議論されるべきものなのですが,どうもいろんな事情でそれができぬのです。せめて雑誌の上ででも忌憚なき意見を述べられたい。とかくお医者さんの中には,保険者,被保険者は何でも安くすればいいというふうに努力をしていられるというふうな先入主を持つて聞いている人がいるわけなのですね。そうではなくて,いかに合理化するかということについてきつと努力されているのだと私は理解しています。もつとそういう点をはつきりと組織的に話していただいて,実際のお考えを,医者あるいは病院管理者の方によく徹底していただくことが必要なのじやないかと思います。そういう意味で,佐藤さん……(笑声)
 佐藤 私たちあまりよくわからないのですけれども,患者としては,病気になつた時,割合負担が軽くて,そして早くなおしてもらいたいという希望なのです。それで近くですから開業医の方のところに行つて見ていただく。

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地方病院における科学的管理と人間関係の問題

著者: 伊藤順夫

ページ範囲:P.19 - P.23

I.緒言
 病院管理学の進歩と共に,各地に近代施設を誇る大病院が建設されているが,地方の中小病院では,種々な理由で行き悩んでいるところが多い。
 岩手県立高田病院も,最近ようやく一通りの科学的管理の態勢をとるに到り,病棟管理の面で屡屡お賞めにあずかるようになつたが,改革の8年間には種々の問題があつた。それでその経験を報告すると共に,之を人間関係の面から考察した。

医療過誤の医事法制的考察—とくに医師の過失責任について(その2)

著者: 高橋正春

ページ範囲:P.25 - P.34

V.医療過誤における医師の過失の基凖
 医療過誤における医師の責任は,これを要するに,医師が診療上当然に払うべき注意義務を怠つたことが事故の原因をなす点に求められる。しかしてその注意義務の種類,程度,行使の方法は具体的事実に即して決定せられ,時により,事件により,差異もあり,内容も異り,決して一定不変のものではない。とくにそれが医学一般の進歩発達に伴つて変動するものであることは,ペニシリンシヨツク死という事故と抗生物質剤使用に関する医師の注意義務の変化ということに想いを致せば明瞭である。
 このようにして医師の注意義務の基準,換言すればそれに反したときに過失があるとせられるような注意義務の範囲が,抽象的に定められているわけではないのである。ただ一般的にいえることは,医療行為は患者の生命に関するものであるから,これを行う医師には高度の注意義務が課せられている反面,医療のためには或る程度の危険を冒さねばならない場合も容易に想像せられるから,その危険が実現化したからといつて,一々その責任を追及するときは,緊急或は重大な事態に際して果敢な行為を執ることを躊躇させる結果を招来する虞がある。更に医師には,診療技術の上で相当の自由裁量の余地が与えられなければならず,その範囲内では過失は問題とされない筈である。しかし一方,その時の医学の水準からして,当然に避けえたであろうことを不注意に行った場合には,過失が認められることは当然であろう。

産科の看護体制について—新生児の看護体制を確立せよ

著者: 一條元彦

ページ範囲:P.37 - P.40

 さきに本誌17巻12号に当科婦長に依り"産科の看護体制について"の一文が掲載されたが,今回は更に次いで産科看護体制のうち最も閑却されていると思われる新生児看護体制に就いて聊か検討して見た。
 現在新生児の看護を顧みる時,甚だしく貧相・消極的な実態が直視されるであろう。それは新生児の看護体制が,実の処新生児を主体として確立されていない事に起因する。今日迄新生児の看護は産科看護の従であり,余力であり,甚だしくは"オマケ"であると思う一般患者の通念から,権威の無いものとなつていた。この事は当然病院管理業務の面にも尾を引いて,新生児に対する医務関係者の理解は院長・事務長で既に乏しく,況や医療体係の官僚統制にあずかるお役人に至つては,親が無くとも1人で育つて来た様な顔をするのも無理からぬことであつた。斯くして新生児は弱体の中に敢えて呱々の声をあげていたのである。

レントゲンフィルム管理

著者: 角田信三 ,   斎藤正 ,   山内勝

ページ範囲:P.51 - P.54

序言
 診断読影を終つた,レントゲンフィルムは病歴の一部であり,また病歴の一部として保管,管理さるべきものである。その保管と管理については,種々含みのある問題が伏在しているように思う。私共はレントゲンフィルム保管,管理に就いて,私見を述べ,御批判を願いたい。

第11回国際病院大会に出席して

著者: 中島克三

ページ範囲:P.61 - P.64

 昨年の6月に第11回国際病院大会がエジンバラで開かれた際,私は日本病院協会を代表して出席した。エジンバラはスコットランドの首府として政治や文化の中心地であり,ヨーロッパ屈指の美しい街として知られている。緯度からいえば,かなり北にあるが,1年を通じて5,6月の気候がもつともよく,大会が開かれた当時は天気もうららかで公園にはきれいな花がいつせいに咲き乱れ,街を行きかう人々も長い憂うつな冬かち解放されて,いかにものどかな春の風景であつた。大会は6月1日からはじまり,第1日目は午前中に会場の玄関で参加者の登録を受付け,午後開会式が行われた。今年のテーマは「病院における能率増進法」で,病院管理上ゆるがせない重要な問題なので,世界各地の40余りの国から数百人の代表が出席して非常に盛会であつた。午後2時に全員が出席し,国際病院連盟の会頭であり,今大会の議長でもあるイタリアのコロンボ博士が開会の辞を述べ,ついでエジンバラ市長ジルバート卿の歓迎の挨拶があつて式が終つた。翌日から本格的に会議がはじめられたが,会議の進め方は毎日午前中に大会演説があつて,その日のテーマについて総論的に述べ,午後は分科会に移り,問題ごとにそれぞれグループをつくつて一室に集まり討議する形式で行われた。

再び研究書の出版について

著者: 金原一郎

ページ範囲:P.76 - P.76

 待望の所安夫博士の「脳腫瘍」がいよいよ出版されることになつた。A4判974頁・挿図874個・図表157個・18,000円の大冊である。一冊18,000円と云うと日本では最高価の書籍であり,医学書として勿論前例のない豪華版である。もつとも外国の医学書では一冊30,000円や50,000円のものは,そんなに珍らしいことではない。Schmolka: Cy—todiagnostik B5判161頁で12,000円に較べれば,まだ安い方である。最近入荷したものではMoellen—dorff Mikroskop. Anatomie Bd. 4 Teil 4. 31,800円Lubarsch Handbuch Bd. 13Teil 3.29, 800円の如きがある。
 それでも研究者にとつては必読書なので,高い本だとこぼしながら買い求めざるを得ないのである。この4月医学書院で開催した外国医書展示会でLubarsch: Handbuch (既刊分だけ562,660円) Bergmann: Handbuch (既刊分だけ248,680円)など陳列まもなく売切れてしまつた。私が毎度申し上げる言葉であるが(良いものは必ず売れる,必要は高価のものを買わしめる)と云う学術書の鉄則がここでも如実に示されている。

あとがき

著者: 吉田幸雄

ページ範囲:P.77 - P.77

 あけましておめでとうございます。今日から1960年—あらたな気持ちで,日本の患者さんと病院のために努力を捧げましよう。
 さて新年号は例年のとおり医療問題の座談会を開きました。例年と趣きの違うことは,病院人でない人にも加わつて戴いたことです。そしてこの方々は,医療問題に深い関係のある方々ですので,私らの主張に対してどの程度御理解をえられるかこの座談会からお解りになると思います。医療制度は,従来のような病院と診療所と対立して考えることから,一歩前進して,病院と医師との協力と考える方が,より問題の解決に有効であり,その結果,病院と診療所の競合は,医師と病院との協力となり,病院本来の使命が自由に活動しうることになると思います。今年は医療制度が最も論議される年に当りますので,読者の病院でも,病院を中心としてその地域の関係のある各方面にその理解を求める必要があるのではないでしようか。

グラフ

看護設備とナース・ステーション

ページ範囲:P.41 - P.45

プロフイル・68

守屋博氏—国立東京第一病院副院長,他

ページ範囲:P.46 - P.48

 「守屋さん」は病院管理のシノニム的存在である.進駐軍により日本の病院管理は目覚まされたが,今日「病院管理」は,日本の病院人の常識となつた.この10年間でこれだけ育ちえたのは,守屋博という病院管理にこり固つた変り者の医者が、日本の病院界にいたからに外ならない.従来の常識的病院長が何百人いても,氏のような人がいなかつたならば,これだけの進歩は望みえなかつたのではなかろうか.
 氏は,代々岡山の医家である守屋家に生まる.岡中六高と郷里で育つた後,東京大学医学部に進学した.この東京に出るや,自由人的進歩的性格にみがきをかけ,当時学生スポーツの先端であつたラグビー,ボート,登山に活躍し,あの巨体と活達自在の性格で大学間の名物男になつた.

国際病院連盟速報

第11回国際病院会議(1959 Edinburgh)

著者: 編集部

ページ範囲:P.55 - P.60

 1959年6月1日より5日に至る第11回国際病院会議はEdinburghの天候は期待には反したが,終始大成功裡に終了した。これは,地元のスコットランド組織委員会の準備が非常に効果的であつた証左の一つに過ぎない。—そして44カ国から参集した代議員及び参会者が今までになく約800人に達したということ自体,地元のスコットランド受入側に対する期待を示したものである。参会者は全世界の病院界を網罹した。—医師,看護婦,建築家,器械技師,管理者,中央官庁職員,及び病院報道関係者,設備会社の代表等。国際病院連盟の会議に初めて出席した,リベリア,レバノン,セイロン,香港,アイスランド,パナマ等の国や属領の代表がいたこと,又,連盟の活動に対して,フィンランド,両ドイツ,イラン等の国々が興味を持つようになつたことは喜ばしいことであつた。
 会議の本部は会議室におかれ,花で囲まれ,スコットランド・チエックや景勝地の大写真でかざられた。6月1日の開会式前夜である5月31日の日曜の夜には,スコットランドの病院管理委員会協会の招待会が催され,会議の参会者は新旧の友人と会合する機会を与えられた。かくの如く会議が非公式の愉快な会合で始められたことと,歓待のよかつたことは,会合の終りまで残つた人々が認めたことである。

私の病院の試み

中小級国立病院検査科の実態調査について—(第2報)特に日常臨床検査内容を中心として

著者: 佐藤乙一

ページ範囲:P.67 - P.71

まえがき
 わたくしは前報において,国立病院のうち,中小級の施設15カ所を選定して,研究検査科(以下研査科と略称する)の細かな調査を行い,之を発表した。この調査方法は,国立病院月報様式303号にもとずく「臨床検査に関する調べ」により,昭和30年4月ならびに10月の二期報告を綜合して,年間検査件数表を出し,これらの検査を日常行つているにあたつて,どんな器械が,どの程度整備されており,人事配置はどうなつているか,また検科査の広さ,管理,運営方法はどうであるかをつぶさに調べたものであつた。ところがこの調査の中では具体的に個々の検査内容までもつつこんだ資料をつくるまでには至らなかつたのである。臨床検査が最近特に重要視されるにおよんで,官公私立病院の何れを問わず,検査室の強化,拡充に主力が注がれている今日,あらためて細かな検査方法を例記して,新しい検査や,最近特に注目されている物質定量ならびに機能検査が,どのような状況で実施されているかを調べてみた。

固定欄

看護/給食

著者: 金子光

ページ範囲:P.72 - P.75

日本の看護体制への疑問
 この夏,夏季休暇を利用して,日本の看護事業を見学に来日した2人の若いアメリカの看護婦さんで,目下大学院の学生の2カ月間の短い間に映つた日本の感想をよんで,種々考えさせられる点も多く,参考となると思いますので,その一部を転載して御紹介しましよう。

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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