icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

病院29巻2号

1970年02月発行

雑誌目次

特集 病院のMSWをより発展させるには

病院とMSW—その問題点

著者: 上原美智子

ページ範囲:P.19 - P.24

 専門の教育訓練をアメリカで受けた医療ソーシャルワーカーが聖路加国際病院に置かれたのは1929年(昭和4年)である.以来40年,わが国のMSWはいまだに身分法も未確立のまま,病院および現在の医療体系の中で,MSWははたして必要なのか,否かの疑問も解決されずに低迷を続けている.
 わが国において病院の近代化が行なわれたのは,そう古いことではない.現在病院で働いている多くの専門職員のうち,栄養士はじめ診療エックス線技師,臨床検査技師の身分が確立したのは,すべて戦後のことであり,最近では精神科および医学的リハビリテーション領域にPT・OTが専門職として加わった.診療放射線技師の制度ができたのはついこの間のことである.

今日のMSWに思う—大学と現場とのかかわり

著者: 岩井祐彦

ページ範囲:P.25 - P.30

 私に与えられたテーマは,"大学と現場とのかかわり——MSWをめぐって"ということであり,大学にて社会福祉教育に携わる者として,‘MSWをどうみるか’について書けというご注文である.しかし,編集子の話をきいているうちに,‘大学で教えていることは,あまり現場で役だたない.もっとも医療の場面であるからかもしれないが……という声が,現場の人びとから聞こえてくるが……’という.どうやら,そのへんが本音らしい.
 大学はいま,その存在の根源から揺さぶられている.医学教育は,当然のことながら(そう私には思える),最も激しく掘り起こされようとしている.必然的に医療体制にも変革が起こるであろう.中教審は最近,大学改革案を出し,大学はそれぞれ独自の改革をしようとしているが,予断を許さない緊迫した状態である.やや矮小化のきらいもなくはないが,こうした状況のなかに身をおきつつ,私自身の体験を通して,社会事業教育について考え,MSWについて,またその今後への期待と希望を,責任的にかかわりを感じつつ述べてみたい.

MSWと医師の提携

著者: 杉田峰康

ページ範囲:P.31 - P.34

はじめに
 私ども九大心療内科では,疾患とくに内科的疾患一般について心身両面よりする総合的なアプローチがどれほどの意義を有するものであるかを研究し,その研究結果を実地診療や教育に活用しようと努めている.患者の診療の全体的な責任者としての働きをする内科医を中心に,患者心理を調べるサイコロジスト,家庭・社会環境の調査や再調整に協力するソーシャルワーカー,作業療法を受け持つオキュペーショナル・セラピスト,催眠療法・行動療法などを実施する行動療法士などによるチームワークを通して,診療・研究・教育にあたっている.
 この際,私どもは,患者をその身体・心理・環境などの部分に小分けして収り扱うというのではなく,1人の主治医の診療システムの中に,これらのパラメディカルなメンバーが有機的に関与し,統一ある全人間的なアプローチが行なわれるように,また協同作業がうまく進行するように努めている.

日赤病院のMSW—組織とはたらき

著者: 黒坂司

ページ範囲:P.35 - P.38

はじめに
 今回,本誌の特集にあたり,その数少ない筆者の1人として貴重な紙面を割り当てられたことは,もとよりその任ではないが,日赤が戦後その病院経営方針の1つとしていち早くMSWをとりあげ,今日一応その組織と機能を確立しており,筆者がその創始当初から直接の関係者の、立場にあったことによるものと考えてあえてお引き受けしたしだいである.日赤が今日までMSWと取り組んできた状況を,いささかでも参考となるように紹介することができれば幸いである.
 そこで,以下この稿を進めるに先だち,まずMSWの考え方を明確にしておくことが適当であると考えられるでの,以下に日赤がMSWの機関誌"医療社会事業"を創刊するにあたり,その巻頭に掲げた次の一文を紹介する.

病院におけるMSWの活躍

疾病と社会的環境の関連性を追及—岩手医科大学附属病院

著者: 攝待幸子 ,   戸田峰子

ページ範囲:P.41 - P.43

 岩手医大は40年の歴史をもち,附属病院のベッド数は1075床,外来患者1日平均1152名,入院患者1日平均920名,教職員合わせ1220名という東北でも名実ともに高度医療センターとして,発展を続けている.附属病院に医療ケースワーカーが設けられたのは,昭和35年4月で,福祉短大卒業生が配置され,昭和39年6月前任者が退職したため,もと看護婦長であった現ワーカーに引き継がれた.その後,医療ケースワーカーの定員増が認められ昭和41年4月付にて1名採用され,現在2名となっている.所属は管理部門に属し,院内で最も医療ケースワークに深い理解を示す業務部長直属となって今日に至っている.
 大学病院の特徴は,医学の教育・研究・診療の3部門からなり,診療部門を担当する各科医局には約30名の医師が研究および診療に専念している.科の診療を統括しているのが各科部長(教授)であり,医療ケースワーカーの利用についても,各科部長の理解の度合いにより,利用する方法も違っているように思われる.医学の進歩と専門分化に伴い,医師が患者の診療にかかわるすべてをみることが困難となっている今日,医師側は,患者の身体的疾患に深くメスを入れ,化学的・物理的療法を行ない,研究・診療という立場に立ち,一方,医療ケースワーカーは,患者の心理・社会的側面をみる社会福祉学の立場をとっているため,ともすれば,別個として存在するかに見られる.

救急センターにおける患者援助—済生会神奈川県病院

著者: 八木真人 ,   熊谷美保子

ページ範囲:P.43 - P.44

 済生会神奈川県病院は300床の一般総合病院で,外来患者は1日約800名である.精神科と結核病棟はない.昭和40年7月より神奈川県交通救急センターを併設し,センターの病床数は昭和44年より100床となっている.
 医療ケースワーカーは専門職として昭和31年よりおかれている.医事課医療社会事業係に位置し,昭和41年より2名.われわれの経験年数は3年半と1年半である.相談室は病院と棟を別にし,個室ではあるが,病棟,外来から遠く,寒くなると特に不便であるが,現在の場所に移ってからも相談件数は以前に比べ増加している.

患者さんによりよきサービスを提供するために—淀川基督教病院

著者: 森野郁子

ページ範囲:P.44 - P.46

 淀川基督教病院は,キリストの愛と最善の近代医学をもって,全人としての患者の治療にあたるよう努力している.社会事業部は,病院創立当時から,医務・看護・事務各部のいずれにも所属せず,院長直属の独立部門である(図1).
 部員の中には,アメリカの大学院で社会事業の修士課程を終えたものが常におり,日本の病院の中にあるべきソーシャルワーカーの姿を追求してきた.これが可能であったのは,創立時,まず院長,そして事務長以下管理部門の職員が,いまだ実績のない社会事業部門を見守ってゆくという寛大な理解と,直接患者の診療にあたっている医師・看護婦がソーシャルワーカーの意見に耳をかたむけ,患者の心理・社会的側面についての援助を治療の一部に受け入れてくださったことによるものである.

パーソナルコミュニケーションを医療の場に—虎の門病院分院

著者: 鵜沢立枝

ページ範囲:P.46 - P.47

 MSWの具体的業務の内容は,その属している機関の特性により異なるのは当然であろう(もちろん理念は同一).したがって,具体的業務を列挙する前に,病院の概況(特性)について説明しよう.

座談会

病院のMSWをより発展させるには

著者: 中島さつき ,   関口一雄 ,   中川晶輝 ,   臼田美智子 ,   石原信吾 ,   寺西久子 ,   吉田幸雄

ページ範囲:P.48 - P.58

全国8000病院のうち,MSWの活躍している病院はその1割にすぎないという.その役割の重要さが理解されていないわけではないが,他部のめざましい発展ぶりに比べると,今ひとつパッとしないものがある.なぜ,病院のMSWは発展しないのだろうか……

グラフ

東京は近郊に浸透していく—質の向上をひたすらに春日部市立病院

ページ範囲:P.9 - P.13

 "たんぼの中の病院"——この写真をみたら,だれでもつぶやくだろう.しかし地下鉄の開通は,近県を東京に吸収するような力を示し,春日部市もベッドタウンから通勤圏へと変わってきた.春日部駅をはさんで,このたんぼの反対側には,にぎやかな市街地がある.そして,このひつじ田も,まもなく新しい都市計画で市街地へと姿を変えていく.
 昭和33年に創設された春日部市立病院は,新しい医学,高度の医療を入れるには建物が古すぎた.そして6億円あまりの予算で地下1階,地上6階,270床の新しい建築が昭和44年にできあがった.これを推進させた院長の熱意と,当時の都市計画の1年分に相当する予算を新病院建築に投下した市当局の努力は,春日部市の目ざましい発展にふさわしい病院を作りあげたのであった.(埼玉県春日部市大字粕壁4230.三宅史郎院長)

病院管理のパイオニア・14

吉武 泰水—東京大学教授(工学部建築学科)

著者:

ページ範囲:P.14 - P.14

 病院の機能を進め,管理の理念を実現させるために,病院建築の影響は大きい.吉武教授はわが国の病院管理と歩調をそろえて歩いてきたのであり,わが国の病院建築に大きい影響力をもっていることは,広く認められている.
 診療圏を調べ,院内の動線を追跡し,すべて実証をもとにした構想は,病院関係者を納得させ,また誇らず,強制しない学究的な人がらが,新しい病院建築を次々に生み出してきたのである.

病院の広場

小児病院建設にあたって考えること

著者: 福島清

ページ範囲:P.17 - P.17

 わが国では子どもだけ扱う病院はいたって少ない現状であるが,これからはしだいにふえてくる傾向にある.病院というと,なんとなく寒々しい冷たい感じがもたれがちであるが,昨今は外見も内容もホテルなみに近くなってきたような病院も見られるようになった.誠に結構なことと思っている.人間の生命に関する医療の行なわれる所であるから,医療内容の充実ということは言うまでもないだろうが,病める身体を横たえる病院環境が好適でなければならないことも議論の余地はないであろう.
 ここでは以上の2点は別にして,小児(0-15歳)を預る場合に配慮しなければならない2,3の点について触れてみたいと思う.

Editorial

MSWを定着させる運動

著者: 吉田幸雄

ページ範囲:P.59 - P.59

 1951年9月,占領軍チャーター機フライング・タイガー号で太平洋を横断し,はじめて米国へ渡った.使命は,米国の病院と管理の視察である.もちろんDr.MacEachern著のいわゆる"病院管理のバイブル"に魅せられ,その夢の実体の探索に胸をふくらませていたが,その中で特に関心の深い問題は,病歴管理とリハビリテーションと,それにこのMedical Social Serviceであった.そして自分の眼でシッカリとその実体を確認しようと決心していた.
 米国内を夢中で都会も田舎も歩いた.確かに組織のうえではこのMedical Social Serviceが普及をしていることを知った.しかし実際の活動を見たのは,最も長く滞在したエール大学の病院である.ある小児が近く失明するという主治医の予告によって,病院のMSWの主任が中心になって,その子どもの母親,主任看護婦,子どもの居住地の児童福祉司,それにたぶん病院のOTも加わっていたと思うが,この子どもの術前・術後,それに退院後の教育指導について熱心に論議が進められた.このようにその子どもの将来を心から考慮して,関係の専門家がチームを作って計画的に援助していこうという意欲が,ルーティンの仕事として集まった関係者の間にみなぎっていた姿を見て,同席した私としては真に感銘が深かった.

精神病院の管理・2

精神障害者の人権擁護のために

著者: 元吉功

ページ範囲:P.60 - P.64

はじめに
 一昨年,明治100年を記念して,日本国家の成長発展をうたうさまざまな行事が行なわれたが,精神障害者にとっては明治はまさに陰惨な長い暗黒の歴史である.
 明治33年(1900年)までは,精神障害者に関する一片の法律さえなく,障害者はただ放置されているか,警察の行政命令一本で,私宅監置(座敷牢)されていた,いわば無法律・放置・座敷牢の時代である.明治33年ようやく‘精神病者監護法’という法律ができたが,これがまたひどい悪法で,全文23か条のほとんどすべてが精神病者を監禁する場合の法的規制であり,医療の医の字もなく,精神病の医療については全然考慮が払われておらず,精神病者を治安警察の対象とのみ考えた警察法規であり,費用の負担についてはもちろん,医療施設についての,国や公共団体の義務責任については全く考慮されていない.いわば私宅監置の合法化である.問題は,こんなひどい法律が,昭和25年現行精神衛生法の制定されるまで,実に1/2世紀,生きて働いていたという事実である.

管理者訪問・23

東京都心身障害者福祉センター所長 原田 政美 先生

著者: 岩佐潔

ページ範囲:P.65 - P.65

 冬のある晴れた日に,私はこのセンターをはじめて訪問した.それまで東京の,しかも私の研究所から目と鼻の先の同じ戸山町内に,こんなりっぱなリハビリテーション・センターがあることを知らなかった.しかし,昨年の初旬スコットランド兵がはくようなスカートをつけたロブソン夫人が,チェロを使ってミュージック・セラピイの指導をしに来ていたのをテレビで見たこと,最近の新聞に都の予算で訓練した盲導犬を美濃部知事が目の不自由な人に手渡している写真が出ていたこと,それらがこのセンターでのことであったのを思い出した.ところでこれまでは私自身がすでに面識があったり,なんらかの点で心をひかれた先生を面接することにしていたのに,今回は編集部のほうから推薦されたケースで,なんらの予備知識を持ち合わせていなかったので,正直のところ,どんな先生に出会うのか一抹の不安があった.
 しかし,受付で名刺を通ずると玄関に迎えに出てこられた原田先生はにこやかな面持で,話をうかがっているといかにも障害者の世話をするにふさわしい心のあたたかみが自然に伝わってきて,訪問したことが無意義でなかったと感ぜられた.それに施設が整っていて,りっぱなものであることもうれしかった.これまで外国でこの種の施設を見せられてあまり感心しすぎたことが悔まれた.

英国国営医療研究メモ・2

I.国営医療前史(続)—B.国家的強制医療保険時代—国民保険法成立(1911年)から国営医療法成立(1946年)まで 1.国民保険法(1911年)成立前後:‘自由主義的社会改良’時代(1906年から1914年まで)

著者: 姉崎正平

ページ範囲:P.66 - P.67

 世界に先がけ1830年ごろまでに産業革命を経過した英国は,19世紀後半,国内産業の発展と植民地政策の上に,未曽有の独占的繁栄を世界に誇った.しかし,この繁栄も一皮むけば,いろいろな社会問題が山積していた.
 19世紀が終わりに近づいてくると‘おびただしい富と同時に想像を絶した貧困’が英国社会に存在していることが気づかれ始め,‘貧困はおもに怠惰など個人的欠陥に原因し,経済成長はおのずと社会問題を解消する’というビクトリア時代的信念が揺らいできた.すなわち,救世軍のブース将軍の"暗黒のイギリス**",チャールス・ブース***とシーボン・ロントリー****をはじめとする一連の貧困調査,さらに南アフリカのボーア戦争(1899-1902年)の徴兵検査における驚くべき高率の身体的不適格者などは,ビクトリア時代の英国の繁栄のバラ色の夢を打ちくだくものであった.上記の貧困調査によれば,首都ロンドンおよび活況を呈していた工業都市ヨークの調査結果から推すと,全人口の1/3は,これらの調査者が定義した貧困層であった.その直接原因は,低賃金,多子,寡婦,疾病,老齢,失業などであった.

病院と統計

病院の規模と病床の利用状況

著者: 前田行雄

ページ範囲:P.68 - P.69

 入院患者と外来患者の割合,病床の利用状況などは,病院の種類(精神病院,結核療養所,一般病院など)によって異なるが,病院の規模によってもかなり差がある.
 今回は,一般病院を中心にして,病床数階級別に病床の利用状況などを観察してみよう.

見のがされやすい実務の知識

病院の自動ドア

著者: 倉持一雄

ページ範囲:P.70 - P.70

 自動ドアの開発当初は,来訪者・顧客に対するサービス面と建物外観の近代化のために,一般の建物では取り付けられる傾向であったが,最近になってその本来の目的である,機能的合理化と経済的効果ならびに衛生的効果が認められ,先の2つの問題と合わせて,その利用が急増してきている.
 今回は自動ドアの利用効果とその概要を紹介して,病院への利用を図る際の参考に供したいと思う.

病院の職員教育・2

勤務心得

著者: 田中栄一

ページ範囲:P.71 - P.71

 病気という悩みをもって病院へ来られる患者さんに接するためには,病院職員は次の2つのことを基本的に考え,勤務心得を守らなければならない.1)病者を扱うのが仕事である.2)医療という活動的な仕事に携っていること.

病院経営戦前戦後・2

健康保険(2)

著者: 山元昌之

ページ範囲:P.72 - P.72

 戦前は保険の場合でも,診療については病院が主体性を持っていた.たとえば,診療契約書には, ○○大学附属医院ハ本契約ノ定ムル所ニ依ルノ外其ノ管理規則其他診療ニ関スル取扱例ニ従ヒ健康保険ノ被保険者ノ診療ヲ為スモノトスと明記されていた.また入院患者数にも制限を加えていた.
 病室ニ収容スル政府並ニ各健康保険組合ノ被保険者ハ通シテ三等病床数ノ二割ヲ超エテ収容セサルモノトス

紹介

東京大学医学部付属病院北病棟

著者: 高橋鷹志

ページ範囲:P.75 - P.77

病院建築・14

聖フランシスコ病院

著者: 福田朝生

ページ範囲:P.78 - P.81

 この病院は姫路に日本の本部をもつ聖フランシスコ第三会病院童貞会に属する病院で,本部の姫路聖マリア病院のいわば姉妹病院である.終戦後,長崎の爆心地にあまり遠くない神学校の構内に小さな木造平家建の診療所を建て,当時医療施設の全くなかった長崎で乏しい医薬品をたよりに敢然と被災者の診療に献身的な奉仕を始めたのが,この病院のはじまりであった.その後,火災をうけた神学校の煉瓦造り2階建の建物を改造して,主として結核患者を対象とする病院に発展して今日に至っている.
 カソリック系の病院はどこでもそうであるように,姫路の場合は内臓外科の権威である清水博士を中心に,また長崎の場合は自ら原爆被災者でもある結核の権威秋月博士を中心とした高水準の医術と,シスターおよび看護婦たちのキリスト教の奉仕精神に徹した看護とにより,他の一般病院にはみられない独得の風格を備えている.キリスト教者はもとより,多くの一般の患者の入院希望が絶えない.

招待席

病院と理学療法士

著者: 松村秩 ,   岩佐潔

ページ範囲:P.84 - P.92

法制化されてまだ5年に満たないのに,急激にブームにのった職種がある.理学療法士(PT),作業療法士(OT)と呼ばれる人たちである.養成数が限られているため‘金の卵’としてひっぱりだこの,これらセラピストは,診療のどの部分をどのように補助するのであろうか…… 今回は,理学療法のブロックをたずねてみよう.(岩佐)

お知らせ

第7回病院管理専攻科研修生募集

著者: 厚生省病院管理研究所

ページ範囲:P.92 - P.92

 病院管理研究所では,病院管理専攻科において,将来病院の幹部となる人材を専門的に養成するため,その教育を行なっているが,昭和45年度の同研修生を下記の要領で一般から募集する.

座談会

中小病院のかかえている諸問題

著者: 竹沢徳敬 ,   大羽喜雄 ,   久ノ坪清 ,   辻信 ,   森日出男

ページ範囲:P.93 - P.103

赤字に苦しむ
 司会 本日はお忙しいところをお集まり願いましてすみません.今日はひとつざっくばらんに,大病院と中小病院の,あるいは公的病院と私的病院のあり方,また管理の面での差といったことでお話をしていただきたいと考えております.
 と申しますのも,日本における病院といわれるものの中で,100床病院が70%近い数を占めていますし,病床数からみても,日本の全病床数の約半数以上が200床以下の病院のものである.しかも患者数と医師・看護婦数のバランスその他人的構成の問題,さらには部門別にみる原価構造あるいは運営経営に対する考え方等々,相当の差がみられることも事実なんです.

研究と報告【投稿】

診療行為上における事故と訴訟

著者: 臼田正堅 ,   後藤基隆

ページ範囲:P.105 - P.108

はじめに
 最近,医学思想の啓蒙普及および医学の進歩発展と高度化に伴う医学技能の向上と,社会のすべてがめざましい進展をなしている.その中で,いやがうえにも診療事故件数が増加していることは,見のがすことのできないことである.
 現今,診療に対して少しでも疑いがあれば,いろいろと問われ騒がれがちである.ときには,法律上の問題となり,裁判にて争われる.また,マスコミにて取りあげられ表ざたとなることが多くなってきている傾向にある.

霞ガ関だより

岐路に立つ清掃行政(2)—病院清掃との関連において

著者: 片山徹 ,   田中明

ページ範囲:P.110 - P.111

環境受容能と廃棄物
 気体・液体・固体の廃棄物による環境汚染が問題化してきたのは,単にわが国のみではない,1965年5月26日づけで国連事務総長ウ・タントが"人間の環境に関する諸問題"と題する報告書を発表したことは,公害問題に関係する科学者・行政官らの記憶に新しい.
 それは,20世紀にはいっての著しい都市化・工業化の現象が,有害なガス・廃水・固形廃棄物の環境への放出を促し,人間環境の悪化を惹起しつつあることへの啓蒙である.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?