麻酔科医日誌・2
麻酔に関する歴史メモ
著者:
山下九三夫1
所属機関:
1国立東京第一病院麻酔科
ページ範囲:P.72 - P.73
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ウェルズの悲劇 麻酔の発展の歴史は,他の歴史と同様,変転きわまりのないものである.わが国では,徳川時代,ペリーが浦賀に来航する10年ばかり前の1844年12月10日,アメリカ東部のコネチカット州のハートフォードという小さな町の新聞に‘今夜ユニオンホールで笑気が供覧されます.吸ってみたいと思われる方はどなたでも申し出下さい…….今夜の会は7時から始まります’という旨の広告が出された.現在シンナー遊びというものが若い人たちの間に流行しかけているが,100年前には,笑気パーティやエーテル遊びがはやったものらしい.当夜この会に参加した聴衆のなかに歯科医ウェルズもいて,ガスを吸入した若者がわめき出し,走り回ってベンチにむこうずねを打ち,血が流れているにもかかわらずケロリとしているのを見て,これを抜歯や手足の切断に応用できると気がついた.
翌日さっそく自ら実験台となり,自分の智歯の抜歯に笑気を吸って,その麻酔作用を確認した結果,何人かの抜歯も行ない成功を重ねて,ボストンのマサチューセッツ総合病院で3週間後公開実験をしたが,実験に選んだ青年が笑気麻酔の抜歯に大声で叫び声をあげ,観衆は‘このインチキ医者め!’とウェルズをののしり,実験は全く失敗した.