文献詳細
文献概要
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院長日誌
著者: 相沢豊三1
所属機関: 1立川(共済)病院
ページ範囲:P.60 - P.60
文献購入ページに移動〈某月某日〉さる地方の大学教授から立川は何県にあるかとの質問である.わたくしの病院はその立川にあるので一応認識を深めておく必要がある.新宿から中央線で45分(特別快速だと26分)にして東京都立川市に達する.立川村として誕生したのは明治22年で,その年にはじめて新宿—立川間に鉄道が開通した.その頃立川は戸数320の雑木林に囲まれた一寒村にすぎなかったとのことであるが,大正12年に町制,それから17年後の昭和15年には市制がしかれ,面積も3倍,人口も約20万に膨れ上がり,三多摩地区の中央に位置するこの街は,名実ともに経済・行政・文化の中心都市として浮かび上がり,さらに大きな発展と飛躍が約束されるに至った.こうした街の福利厚生の一役を担っているものにわたくしの病院すなわち「国家公務員共済組合連合会立川病院」がある.
国立立川病院と区別するために通称立川共済病院といわれている.昭和19年,太平洋戦争が苛烈を極めていた頃,東京第二陸軍病院として,立川市およびその周辺にある航空関係軍人・軍属および家族の福利のため創設されたもので,現在では各科の病棟535,外来・中央検査部その他,近代化した診療設備を整え,高等看護学院をも併せ,ちょっとした医学部の付属病院としても恥しからぬ陣容を備えている.
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