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人
文献概要
畏友,中西眞吉博士.その緻密な頭脳と計画性,その組織力,行動力,Vitalityはすでに学生時代からわれわれを瞠若たらしめるものがあった.彼は名古屋医大(名大前身)を昭和10年に卒業し,勝沼精蔵先生の教室に入り,昭和13年ハルビン医大へ赴任.昭和17年には,すでにハルビン医大の教授となっていた.彼が当時,新興の満洲国にヒューマニズムの灯を掲げて,活動の天地を求めたことはまことに彼らしい行動であったと思う.終戦時混乱と恐怖のハルビンにおける彼の身命を賭しためざましい防疫活動振りは今に至るも話の種になっている.
帰国後,彼は名古屋の社会保険中京病院を築きあげた.現在その規模,内容,運営管理いずれの点からみても日本屈指の大病院であるが,彼が院長となった昭和23年には,この病院は病床60の,戦災により一望灰燼の焦土に焼け残ったわびしい小病院にすぎなかった.誰が今日の大中京病院を想像しえたであろうか.
帰国後,彼は名古屋の社会保険中京病院を築きあげた.現在その規模,内容,運営管理いずれの点からみても日本屈指の大病院であるが,彼が院長となった昭和23年には,この病院は病床60の,戦災により一望灰燼の焦土に焼け残ったわびしい小病院にすぎなかった.誰が今日の大中京病院を想像しえたであろうか.
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