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雑誌目次

雑誌文献

病院37巻3号

1978年03月発行

雑誌目次

特集 病院と付添問題

病院医療と付添看護

著者: 一条勝夫

ページ範囲:P.190 - P.194

 病院は患者を入院させて診断治療する施設である.診断治療だけが目的であれば,それに必要な医療器材器具と,診療する医師,これを介助する看護婦,そして医師の仕事を分業する薬剤師,検査技師,放射線技師などの医療技術員がおればよいわけである.しかし,医療の前提としての入院ということは,患者が生活の場を自宅から病院に移すことであり,病院は患者が生活する場所でもある.とすれば,病院は生活上の便宜つまりベッドや寝具,食事などのサービスが整っていなければならないし,自用を足せない病人であれば,付添って生活の面倒をみる看護者が必要なわけである.
 欧米の病院の場合,原始的には患者の集団収容施設として,つまり療養の世話をなすもののいない孤独な病人の生活施設として発生し,発展してきた.診断治療用の専門設備は近世にいたっての医療医術の進歩発展に従って次第に導入されてきた.病院が高度医療の専門施設になったのはかなり近世のことである.

付添看護者の実態—その問題の所在・考察および提言

著者: 三友雅夫

ページ範囲:P.195 - P.201

"基準看護"の空洞化
 長期入院と職業付添の必要が経済的破綻や家庭崩壊を招来している事実を,誰も否定することはできない.
 30年余も額に汗して稼いだトラの子の預金や退職金だけでなく,家屋敷まで抵当に入れてえた借金もつかい果し,事情を知った患者が離婚を申し出たという話は,電波をとおして茶の間に届けられ,ごく身近な問題として,国民の一人一人が"付添看護"の問題を捉えているといってよい.いまや"付添看護"は,医療保障のマイナス要因として機能しているといえないだろうか.

付添看護者の実情と要望—付添看護者の立場から

著者: 高木寿之

ページ範囲:P.202 - P.206

 戦前の付添看護の社会は,警視庁令に基づき看護婦会規則によって,病院または患者の求めに応じ看護婦を派遣していたが,戦後,占領軍総司令部の命令により,いわゆる看護婦会,家政婦会は解散ということになった.昭和22年12月,職業安定法が公布され,昭和23年4月から公共職業安定所として新発足したのである.当時,旧看護婦会,家政婦会は法律のよりどころがなく右往左往していたのであるが,看護婦会,家政婦会は,公共職業安定所委託寮に指定され,所属会員は職業安定所の窓口で紹介することになった.結果は,役所における看護婦および家政婦の紹介は思うような成果を挙げることができず,結局,職業安定法の一部を改正し,技術者,技能者は民間で取り扱ってもよいとして,労働大臣許可制による現在の看護婦家政婦紹介所という制度になったのである.
 なお,国際的には,ジュネーブにおいてILO96号条約,民営職業紹介事業に関する国際条約の第三部を日本は批准し,現在の看護婦家政婦紹介機関は国際的な関連のある制度になっている.

座談会

病院における付添問題

著者: 稲葉和子 ,   稲田美和 ,   佐藤登美 ,   東義晴 ,   今村栄一

ページ範囲:P.207 - P.214

問題点のあり方
 今村(司会)今日は付添看護ということで座談会を開くことになりましたが,司会を頼まれたときに,問題点はどうなのかと,とまどいを感じました.というのは,基準看護をやっている病院は,原則として付添をつけないことになっている.ところが現実には,どの病院でも付添がついています.これも職業的な付添と家族の付添と2つあります.そこで,これから皆さん方からお話を聞く場合に,つけるべきなのかどうかという問題と,つける場合にはどうしたらいいかという問題が出てくると思います.
 これはたとえていえば,国電が定員をオーバーしてお客さんを乗せているわけなんですけれども,建て前からすると定員だけしか乗せてはいけないはずですが,現実には乗っている.これは乗せるほうの理由もございましょうし,乗客のほうも乗せてくれといっているわけなので,それをだめだとはいえない.病院の場合も同じことで,基準看護だから付添はだめだとは本音ではいえないので,ついているわけです.そうした場合にどうするかというのが大きな問題だと思います.

解説

「付添看護制度」について

著者: 厚生省保険局医療課

ページ範囲:P.215 - P.219

療養費における付添看護の位置づけについて
 現行の社会保険医療においては,厳正な現物給付方式を建前としている.すなわち,健康保険法などの被保険者は,疾病または負傷に関して保険医療機関等の指定を受けた病院もしくは診療所または薬局等において一連の医療サービスを療養の給付として受けることになっている.
 したがって,現金給付である療養費は,あくまで療養の給付で果たすことのできない役割を補完する意味をもっているといえる.

グラフ

道北の基幹病院として—旭川赤十字病院

ページ範囲:P.181 - P.186

札幌から旭川へ移転
 旭川市は人口約32万,札幌に次いで北海道第2の都市であり,道北の交通・経済の中心である.また,最近では学園都市としても発展しているほか,医療・福祉の面においても,ここで紹介する旭川赤十字病院をはじめ,市立旭川病院,旭川厚生病院,国立道北病院,旭川医大病院その他の医療機関を擁し,道北の中心都市としての実を高めている.
 旭川赤十字病院(水上勝太郎院長)は,道内にある10か所の赤十字病院のうち最大の病院である.設立も赤十字病院の中では最も古く,大正4年に"日本赤十字北海道支部病院"の名で札幌市内に仮病院として開設されたことに始まる(内科,外科,産婦人科).その後,同12年には旭川市内の現在地に移転され,小児科,耳鼻咽喉科を新設(189床).昭和15年に日本赤十字社北海道支部病院,同18年に旭川赤十字病院と改称し現在に至っている.その間,数度の増改築,増床を重ね,診療科目も増設し,昭和33年にし"総合病院"へと発展し,現在11科の診療をすすめているほか,附属層雲峡診療所で外来診療を行っている.外来棟,病棟などを含む本館は昭和41年に新築されたものであるが,旧館の一部には大正時代のものもあり,リハビリテーションその他の施設として活用されている.

臨床検査から事務へ転身,いま病院を担う名古屋第一赤十字病院事務部長 石黒 一男氏

著者: 芳賀圭五

ページ範囲:P.188 - P.188

 石黒一男事務部長は当病院の大黒柱的存在であり,見るからに才気換発という感を与える.また強い指導力を事務全体に及ぼしている.
 昭和7年京都薬学専門学校を卒業後,昭和20年8月名古崖第一赤十字病院に入り病理試験室に勤務した.昭和25年2代目従業員組合執行委員長に選出され,昭和36年勇退するまで大いに活躍した.その間全日赤と相容れざるものがあって現在の新労の前身である日赤医従連を組織して自ら執行委員長となり傘下病院のストライキの回避を指導した.

病院の窓

10兆円を超した総医療費

著者: 落合勝一郎

ページ範囲:P.189 - P.189

 昨年の夏頃,日医の大幹部の先生が,「日本の医療費もあと5年くらいで10兆円を超すことになろう」と,どこかの会合で話したということである.これを裏づけるように,1975年度のわが国の総医療費は6兆5千億円にはね上り,GNP対比もついに5.08%と4%の大台を超えてしまった.これは,アメリカ,カナダ,フランスに次ぐ高率である.
 大体アメリカをはじめとして,ヨーロッパの医療先進諸国の例をみても,4%を超すと,その後の上昇速度は勢ついて急カーブを描く傾向がある.国民1人当りでも58,000円とフランスの61,000円につづいて第4位である.このような数字だけの比較では我国の医療費もひどく低いともいえないが,それほど高いともいえない位置にある.

読者の声

看護婦の事務雑用を軽減する一法

著者: 秋月哲洋

ページ範囲:P.214 - P.214

 看護婦のもつ事務量は膨大なものである.当院では外来各科窓口には事務員(医事係員)を配置していたが,病棟には置いていなかった.したがって,昨年5月までは病棟詰所における事務雑用,電話応待などのいっさいを看護婦,とくに病棟婦長あるいは主任看護婦がさばいていた.しかも,婦長級は医師介助や重症患者の処置看護にも当たらねばならず,仕事量は大変なものであった.
 そこで,当院では昨年4月に高校新卒の女子を採用し,1か月かけて病棟事務,病院用語,繁用される医学略号および常識マナーをみっちりと教育し,5月から病棟事務員として配属した.総婦長室に所属し,看護助手的な要素をもつ事務員として出発した.

ホスピタル・メモ 放射線機器

リニアック

著者: 尾内能夫

ページ範囲:P.219 - P.219

 リニアアクセラレータ(Linear ac-celerator)を略してリニアックあるいは頭文字Linとacを結びつけてLinacと書いて,ライナックまたはリナックともいう.日本語では線型加速器あるいは直線加速器と呼んでいる.リニアックは高周波電圧あるいは電波を用いて陽子あるいは電子などの荷電粒子を直線的に走らせながら加速する装置で,加速する粒子の種類により,線型陽子加速器および線型電子加速器がある.米国のロスアラモスの国立研究所では長さ800mの線型陽子加速器で800MeV(8億電子ボルト)に加速した陽子を炭素のターゲットにあてて負のパイ中間子を発生させ,これを癌の治療に用いている.しかし,日本では,医療用リニアックといえば,普通30cmから2mくらいの長さの加速管を用いて,電子を4MeVから15MeVくらいに加速する線型電子加速器のことで,電子を直接腫瘍に照射する電子線治療と,電子を金のターゲットにあててX線を発生させ,これを腫瘍に照射するX線治療とに用いられている.
 リニアックの原理は1925年頃に提唱されたが,陽子や電子の加速が実現したのは戦後で,第2次世界大戦中にレーダーのための超短波技術が発展したからである.

地方の病院から

香川県西讃地区における役割—香川県・三豊総合病院

著者: 坪井修平

ページ範囲:P.221 - P.221

 当院は香川県西端,愛媛県境近くに存在する2町組合立病院であるが,半径約20km以内に当院のほか公的病院がなく,対象人口約20万人の地域中核病院の任を負っている.病床数320床(そのうち結核30床),医師数20名(内科10名,外科5名,産婦人科2名,整形外科3名,そのうち研修医は8名)である.
 当院では,とくに地区開業医との連携を重視し,経過報告や紹介状をできる限り洩れなく書くように努め,地区医師会での研修会にも協力を惜しまぬようにしている.最近設置された医師会胃検診センターにも当院より出張し,胃テレビレントゲン,内視鏡検査を担当している.また脳卒中,心筋梗塞,吐下血,急性腎不全など緊急入院に備えて救急ベッド,脳・心血管連続撮影機,CCU,内視鏡テレビ,クリーンルーム,人工腎などを設置している.

院内管理のレベル・アップ 看護 看護部門のレベルアップのために・1

病院における看護の役割

著者: 大森文子

ページ範囲:P.222 - P.223

 「院内管理のレベルアップ」シリーズで看護部門をとりあげたいので,総論的な事柄を述べよとの注文を受け,軽い気持で引き受けたものの,いざ書こうとして,はたと当惑してしまった.それは,今日における日本の病院とは,どこを標準にするべきなのかを第一に定めておかなければならないことであったと気づいたことから始まる.厚生省が認めている日本の病院数は8,294で,その中には一般病院,精神病院,結核療養所,らい療養所,伝染病院,小児病院,老人専門病院等が含まれている.
 医療の専門分化に従って病院も専門分化すべきであるとの考え方から,小児科,老人科,精神科は専門病院的な考え方を進めてゆくのが当然なのかも知れない.むしろ,保健医療の効率化,今後の医療費問題や看護職員の充足問題などの検討が進めば,地域医療体系の中で病院型態の変化は当然の課題として起ってくることが予想される.このような時点で,どこに焦点をあてて看護部門のレベルアップを論じたらよいのかと迷ってしまったのである.大体において本誌は大・中病院,総合病院の問題を多くとり上げているようなので,この総論でも一応,その範囲で意見を述べてみたい.

滅菌・消毒 感染管理の理論と実際・1

病院の特殊性と感染予防(1)

著者: 川北祐幸

ページ範囲:P.224 - P.225

はじめに
 滅菌・消毒といえば,ナイチンゲールの時代から今日に至るまで,医療にたずさわる者にとっては,いっでも古くて新しい課題で,微生物との絶えざる闘いと言える.
 しかし,医療の進歩と国民の社会生活の向上などから,病院医療は結核や伝染病など感染症を中心にしたものから,成人や老人,あるいは未熟児を対象にした非感染性疾病に移行しつつあるが,このことは病院内における対微生物対策の手段をおのずと異なったものにする原因となっている.院内感染症・術後感染症対策といわれるものがそれである.これらは必ずしも特定の病原菌があるわけでなく,人間側の条件によって感染が成立することが多く,日和見感染といわれたりもしている.

施設 施設部門の管理・9

病棟における騒音対策

著者: 伊藤誠

ページ範囲:P.226 - P.227

防音サッシ
 都心の騒音は今や正常な神経には耐え難いほどのものになりつつある.ただ,そのような場所が,交通をはじめとする都市的利便のゆえに,病院の立地条件としてはかえって好ましいといったところにそもそも問題の源がある.病室など安静が大切にされるところにとっては,はなはだ矛盾した話なのである.
 しかし,これについての対応策は,少なくとも技術的にはそれほど難しいものではない.騒音の侵入口である窓面に遮音性能の高いサッシを使えばよいだけのことなのである.遮音といえばすぐ二重窓の話がでるが,普通はほとんどその必要を認めない.一重で十分に間に合うだけの気密性サッシがどこのメーカーにも準備されているからである.もちろん,これは標準型のサッシよりは割高であるが,総工費に決定的な影響を及ぼすほどのことはない.筆者が直接設計に参加した病院の中にも病室の窓のすぐ前を高架の高速道路が走るという不利なケースが一二あったが,気密度のやや高い防音サッシを採用することによって容易に事をおさめることができた(たとえば,北里研究所付属病院や大阪府立成人病センター).

医療社会事業(MSW) 病院におけるMSWの役割・2

続・医療社会事業(MSW)理解のために

著者: 田戸静

ページ範囲:P.228 - P.229

わが国の医療社会事業のあゆみ
MSW前駆時代
 わが国において近代的病院や看護の形態が整備発達したのは,明治から大正・昭和へかけてである.そして病院においては,らいや結核は社会性疾患として人々からその伝染性を恐れられ,患者はもちろん,その家族も社会から疎まれ,差別感を背負いきれない精神的苦痛を受ける.また世間の偏見とたたかうことは並大抵でなく一家離散,路頭に迷う例も稀ではなかった.こうした病人やその家族,あるいは妊産婦や乳幼児などに対して社会的援助や生活相談の係が自然発生的に病院の中にできた.
 記録的には大正8年(1919)泉橋慈善病院—現在の三井記念病院—に婦人相談員が,大正13年(1924)東京市中野療養所—現在の国立中野病院—大正14年(1925)に全生病院—現在の多摩全生園・らい療養所—にそれぞれ専任の相談員が配属された.

薬剤 薬剤管理概論・9

在庫管理(各論4)

著者: 岩崎由雄

ページ範囲:P.230 - P.231

在庫管理業務のこれからの動向
 前節まで在庫管理の一応の基礎理論入門とその一部の応用について述べてきた.本節で総括しその実際面を論ずるのが当を得ていると思うが,実際面はまことに千差万別で,ケースバイケースである.と同時に何らかの形で各施設で日々の業務を遂行しているので,倉庫管理の棚下ろしとか,棚札制度とか,帳票管理,入荷管理,出庫管理などの問題をここに羅列してもあまり意味があるとは思えないので,むしろ今後いかなる方向にあるべきか,あるいはあるであろうかという問題について考えてみたい.

最近の判例からみた医療事故・3

分娩時の胎児の死亡と医師の過失の成否

著者: 稲垣喬

ページ範囲:P.232 - P.233

判例
 医師が,分娩に際し,人工破膜の処置をとって経腟分娩を続行したが胎児が死亡した事案について,帝王切開をしなかった点に関しても過失がないとし,その両親の請求を棄却した裁判例である(東京地裁昭和51年7月12日判決・判例タイムズ348号244頁).産婦人科領域における医療事故として訴訟になる例は多いが,妊婦でなく胎児の死亡が問責された事例として参考となるであろう.

今月の本棚

—川原 利也 著—「南湖院と高田畊安」

著者: 砂原茂一

ページ範囲:P.234 - P.234

結核史・病院史の一つの貴重なドキュメント
医療史
 専門ちがいだからよくは知らないが近ごろ地方史とか郷土史とかいうたぐいのものが,その地の篤学者によってまとめられ高い評価をうけているらしい.
 医療は本来強い地域性をもっているものだからもっと地域医療史の研究書があらわれていいのではないだろうか.小松良夫氏の寝屋川医師会前史というのを興味をもって読んだことがある.

—安井 信朗 著—「パパは生きている」

著者: 佐藤進

ページ範囲:P.235 - P.235

教訓と光明を与える闘病の記録
タイプを一字一字叩いて
 この著書は,極めて特異な意識状態と神経症状を示すいわゆるLock-ed in syndrome(閉じこめ症候群)に突如として陥った著者が,本人の強靱な意志と家族の暖かい援助によって,わずかに動く上肢をbalanced forearm orthosisにのせ,電動タイプを一字一字叩いて書かれた感動の手記である.当初は数行が,調子のよい時で数頁が,1日の仕事量だったという.そのご苦労とご努力は想像を絶するものがある.
 本書で,著者は発病以来の意識状態および神経症状の推移について述べているが,その詳細な記述はその正確さで驚くべきものがある.患者さん自身の記載という点で,またLocked in syndromeを内側からみつめた記録という点で,われわれ脳神経外科医,神経内科医,さらにはリハビリテーションに携わる者に,測りしれない多くの生きた教訓を与えてくれる書でもある.

院外活動日誌

院外に出るということ

著者: 伊藤利之

ページ範囲:P.236 - P.236

○月○日
 最近,救急医療や寝たきり老人問題などで地域医療に関心がもたれるようになってきた.また,医学会や看護学会においても,世界的傾向として,医師や看護婦の院外活動が重視されつつあり,われわれリハビリテーションの分野で働いているものにとっては大変好ましい方向に発展しているように見える.もちろん,現状がそう簡単に変わるとは思えないが,その方向が示されつつあることは少なからぬ進歩であろう.
 リハビリテーション医学の分野では以前から院外活動が重視され,巡回診療,follow-upのための在宅訪問活動が積極的に取り組まれてきた.その理由は,対象患者の多くが身障者で来院が困難だということもあるが,それ以上に,家庭での実生活が環境や介助者の条件次第で大きく変えられてしまうという点にある.すなわち,病院では問題なくできていたことが家に帰ったらまったくできなくなってしまったということはよくあるし,稀にはその逆のことさえある.しかも,家庭の状況が多彩なため,いかにベテランといえども退院後の予測が困難で,院外活動をぬきにしてリハビリテーションは成り立たないからである.

新病院建築第3回

国立循環器病センター病院の設計を担当して

著者: 江原庸治

ページ範囲:P.237 - P.244

はじめに
 まず国立循環器病センターの設立までの経緯について述べたい.
 近年,特に著しい中高年齢層の人口増加に伴って,その死因を昭和50年度厚生白書より引用すると,1位脳血管疾患24.8%,2位悪性新生物(がん)19.4%,3位心疾患14.1%であり,循環器疾患が38.9%と2位のがんを大きく上回っている.また新生児,乳幼児の先天性心疾患についても,成人病対策と同じく,重要な課題となっている.

精神医療の模索・3 インタビュー

クラーク博士に聞く

著者: 秋元波留夫 ,   鈴木純一

ページ範囲:P.246 - P.250

 David H.Clark博士(ケンブリッジ・フルボーン病院長)は,1967年11月より3か月間,WHOの顧問として日本の精神病院などの施設を視察され,その結果を「Clark報告書」としてまとあられた.昨秋(1977年)の来日は私的なものであり,お身体の状態で帰国を早められたが,そのご多忙中を割いていただき,秋元先生をインタビュアとして,日本の精神医療のこの10年の変化を始めとして,最近の精神医療の国際的話題をうかがった.

民間病院の新しい試み

ボイルドライスセンター導入について—和歌山県私立病院事業協同組合の給食協同化事業

著者: 中村了生

ページ範囲:P.251 - P.254

 最近の医療は政治,経済に密着しているために,神聖犯すべからざる聖域が非常に複雑,多様化し,その運営ははなはだ困難な時代になってきている.地球的な概念からすると,資源ナショナリズムから端を発し,経済問題,人口増加問題,食糧問題等幾多の未来への難問題があるなかで,特に食糧ナショナリズムが論議を醸している.世界的な食糧絶対量の不足する食糧危機を考える時,単に経済問題として簡単には割り切れないものがある.かかる時,病院医療の重要な部分を占める病院給食も,現在の考え方から世界的な食糧の考え方に軌道を修正しなければ,病院給食は早晩崩壊するであろう.
 病院給食の面で効果的な業績をあげるためには,各病院が給食の協同化,統合化を行うことが大切なことは周知の事実であって,中小私的病院の今後の生きる道であろう.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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