文献詳細
特集 ニッパチ,その後
文献概要
ニッパチということばが看護界を嵐のように吹き荒れたのは,昭和40年5月の人事院裁定から2〜3年後のことであったろうか.人事院という官庁の性格から考えれば,いわゆるニッパチが,看護サービスの向上よりは看護婦の労働条件の向上を強く前面に押出していたことは,いわば当然であったとも言える.
ニッパチ以前の看護を知る看護婦の数が次第に減少し,いつの間にかこれが当然のように受け取られているこのごろである.そこに,どれだけの変化があったかを目撃したものが,変化の意味をあらためて考えることも,意義あることかもしれない.
ニッパチ以前の看護を知る看護婦の数が次第に減少し,いつの間にかこれが当然のように受け取られているこのごろである.そこに,どれだけの変化があったかを目撃したものが,変化の意味をあらためて考えることも,意義あることかもしれない.
掲載誌情報