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雑誌目次

雑誌文献

病院40巻10号

1981年10月発行

雑誌目次

モニュメント「早蕨」のある病院を作った 十和田市立中央病院長 末武保政氏

著者: 薄場元

ページ範囲:P.821 - P.821

 十和田市は昔三本木町と呼ばれ,陸軍の軍馬補充部があった.学生のころ,十和田湖への途路ここを訪れ,軍馬補充部を見学した思い出がある.
 末武院長は昭和26年東北大学を卒業後,武藤外科に入局,その後,旭川厚生病院,東北労災病院,県立遠野病院を経て,国保水沢病院副院長を務められ,51年8月,命を受けて十和田市立病院再建のためこの地に赴任した.当時の病院は,累積赤字3億円,医局解体,303床の病院に精神科医1名という惨状であった.再建には院長以下全職員が一丸となり,血の出るような努力が5年間続けられた.増改築事業に引続き150床の増床を含め450床の地域中核病院が立派に完成したのである.

グラフ

離島の在宅寝たきり老人の機能回復訓練—東京都大島支庁管内—神津島村・式根・新島本村・大島町・利島村—の活動

ページ範囲:P.822 - P.827

 寝たきりなど老人のケアは,各地で現実の課題となっているが,医療施設やマンパワーに恵まれない離島では,いっそう深刻である.
 東京都の離島である伊豆諸島もその例外ではない.大島支庁管内には大島(大島町),新島・式根島(新島本村),利島(利島村),神津島(神津島村)がある.これらの島では,村の診療所が唯一の医療機関である.診療所医師は外来患者の診療で手がいっぱいで,在宅の老人のケアまでは行えないのが現状である.

小特集 中小規模病院の運営 対談

中小病院の現状と展望

著者: 塙正男 ,   今井澄

ページ範囲:P.829 - P.835

環境の変化と中小病院■
 塙 私のところは小さい病院で,ファミリードクター的な役割を持っています.はやりの言葉で言うとプライマリー・ケアを実践している,ということです.
 今井うちの病院も最初は,15か20床ほどで,30年前に始まり,ぼくらが8年前に行ったときは実働46床でした.

中小規摸病院の運営

川崎幸病院の理念と実践

著者: 石井暎禧

ページ範囲:P.836 - P.839

 今回の医療費改定は,日本における医療経営環境の質的変化の第一歩ではないかと思われる.病院,なかんづく中小病院は,今後,経営的に存立が問われる事態も予想される.
 経営的な規模の効率性だけから病院経営が論じられ,政府の医療政策が立案されていくならば,かつて有床診療所が激減したのと同じに,中小病院も滅び去るであろう.しかし,地域医療,あるいは包括医療が目指されるとするならば,地域中小病院を医療システムとして位置づけなければならないはずである.そして,そこにおける医療活動と経営の相克を超える道が示されるべきであろう.

茨戸病院の運営と地域活動

著者: 稲見研二

ページ範囲:P.840 - P.842

医療をとりまく環境■
 1970年代半ばの石油ショック以来,発展を続けていた日本経済の歩みは止まり,将来を展望する手立てを持たぬまま低成長期に入った.医療が日本経済の受けた打撃と無関係に存在するはずがなく,医療界はこれまでの常識を覆えす混乱の時代に入り,不透明時代の第一歩が始まった.明治以来"自由開業医制"をもとに,発展を続けてきた医療の世界は,経済界同様,安定性のある展望は何ひとつ持ち得ない状況に陥った.
 かくして医療は,これまで体験したことのない環境の中で,その役目を担っていくという厳しい立場に追い落とされた.時あたかも医療費高騰という世界的な傾向は,我が国にも及び,国民総医療費の伸びは,GNPの伸びをはるかに凌駕し,急速に大きく成長した.もはや,日本経済を左右するほどの"財"として医療が存在し,いやが上にも厳しい社会の掟の前に引き出されることになった.経済的展望のない現実の社会の中で,なおかつ,一貫した医療政策の見られない現状では,医療はいかようにもころがりかねないのが現実であり,将来であることを認識すべきであろう.

これからの中小病院経営—経済学の視点から

著者: 田中滋

ページ範囲:P.846 - P.849

 本稿は,我が国の医療サービス供給面において重要な役割を果たしてきた中小病院の経営の方向を考えようとするものである.厚生省の『医療施設調査・病院報告』によれば,100床未満の病院は国内病院数の過半を占め,200床未満ではその比率は4分の3に達する.一方,全国の病院の病床数・在院患者数・医師数・総従事者数などの指標で見ると,100床未満の病院は20%前後,200床未満では40%内外のシェアを担っていることが分かる.特に小都市と町村においては,後者の割合は50%を超す.このように国民医療の不可欠の一端を受け持つ中小病院の将来を,以下の三つに分けて検討する.

インタビュー

安達病院この1年の運営—安達寿夫院長に聞く

著者: 編集室

ページ範囲:P.843 - P.845

 WHOは,人口50〜100万の地域を対象に新生児医療の地域化を行うのが一番やりやすく,そのうちで重症な子どもを対象にするNICUは8〜10床程度は必要だ,と述べている.日本でも,周産期医療あるいは新生児医療でのNICUの効果が認識され,先駆的ないくつかの病院をはじめとして,各地の小児病院などにはNICUが設置されてきている.しかし,全国的には,NICU設置の病院の数は少なく,地域新生児医療システムの確立は今後の課題と言えよう.
 宮城県でも,小規模のNICUを持つ病院はあるが,地域の新生児医療体制を確立するまでに至っていない.その中で,安達病院は,個人の産婦人科病院ながら,5床のNICUを持ち,他の病院から多くの未熟児や異常児を受け入れている.

ニュース

「保健文化賞」贈呈式行われる

著者: 編集室

ページ範囲:P.835 - P.835

 昭和24年度以来,我が国の保健衛生の向上に寄与・貢献している個人及び団体に授賞している「保健文化賞」の贈呈式が,去る9月24日,東京・ホテルオークラで行われた.この賞は,第一生命が主催し,厚生省,朝日新聞厚生文化事業団,NHK厚生文化事業団が後援しているもので,前回までの受賞者は259団体,個人189名に及んでいる.
 今回は佐藤智前東京白十字病院院長など下記の団体・個人が受賞した.(以下,受賞者とその業績)

特別寄稿

医療過誤裁判の今昔

著者: 丸山正次

ページ範囲:P.850 - P.856

 医療過誤に関して,最初の判決が出たのは明治38年ですから,この間75年になります.ここでは,私が集めた300件ほどの判決を資料にして,あるいはもれたものがあるかもしれませんが,「今昔」と題してお話ししたいと思います.

海外の医療

ブラジルの医療事情

著者: 中村晃

ページ範囲:P.857 - P.860

ブラジルあれこれ
 ブラジルは南米大陸のほぼ半分の面積(815万1,965km2)を有し,南北4,320km,東西4,328kmと広大な国で日本のおよそ23倍の面積を有している.地形は全般的に平担でアマゾン流域の平野密林と東部,南部の高原地帯(海抜300〜900m)よりなり,大部分が赤道と南回帰線の間に位置するため,北部は熱帯,南部は亜熱帯から温帯にわたっている.人口は1980年現在119,025千人で(表1),増加率は68年から80年まで年平均2.76%となっている.また人口密度はkm2当たり140,州別ではサンパウロ,ミナス・ジェライス,リオ・デジャネイロ,エスピリットサントの4州で半数近くの43.5%を占めている.
 人種構成は人種のルツボと言われるように現住民であるインディオとヨーロッパ(ポルトガル,イタリア,ドイツなど)からの白色移民,アフリカから移住した黒人,東洋からの移民等雑多で日系人は約70万人と言われている.人種による差別は法律で禁じられており,したがって人種的偏見はほとんどみられない.国語はポルトガル語で英語は一流ホテルなどを除いてまず通じない.宗教は1890年の新憲法によって宗教の自由が確立されているが,ブラジル人の92%はローマンカソリックで植民地時代・帝政時代を通じて国教としての地位を占め続けている.

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機器短報

ページ範囲:P.861 - P.861

心電図ディスポ電極用パット
 スズケン(電話052-961-2331)は,心電図ディスポ電極用パッド「Kenz-GELECT」を発売した.
特徴は,①皮膚への刺激性はほとんどなく,24時間以上使用可能,②繰り返し使用でき,集団検診やHOLTER心電図への応用も可能である,③セパレーターを剥がすだけで装着可能,など.〈価格は25パック4,800円,100パック1万5,000円(1パックは,25×30×厚さ2mmのもの4枚入り)〉

講座 病院経営分析入門・7

人的体制の分析(1)

著者: 一条勝夫

ページ範囲:P.862 - P.863

 どれだけの職員が各部門に配置されているかは,病院活動を決める基本条件である.医療がきめ細かく高度であろうとすればするほど多くの職員数を必要としようし,各部門への仕事の質量に応じた適正配置が経営能率を支配する.
 まず大まかな観察として,職員数の大きさと,部門への配置状況をみる.

医療の周辺 法律学と医療・1

健康権

著者: 下山瑛二

ページ範囲:P.864 - P.865

 1.医療関係者の間においては,「健康権」という概念がさして抵抗なく用いられてきているように思われる.しかし,法律関係者,行政関係者の間では,なお根強く,このような概念を用いることを拒否する雰囲気がある.このことは意外と医療関係者の間では知られていない.それは,我が国の法律の組み立て方が極めて特殊なものであるからである.例えば,我が国で支配的な行政法の解釈として,医師法,歯科医師法,歯科衛生士法,歯科技工士法,保健婦助産婦看護婦法,あんま,はり,きゅう,柔道整復等営業法などと並んで医療法は,「医事警察」法として取り扱われてきている(田中二郎著『新版行政法,下II』294頁,弘文堂).これらの行政規制が「警察法」と呼ばれることを奇異に感ずる人々は多いかもしれぬが,それが我が国の特殊な法の取り扱い方に由来するものだということを知っている人は数少ない.もとよりここで「警察」というのは,制服を着ている警察官の方々に関する法という意味ではない.我が国にはいろいろの行政分野の取り締まり法を警察法として取り扱ってきた.例えば,銀行法による銀行の営業免許も商工業警察として取り扱われてきている.そして,このような警察法的取り扱いを受ける場合には,国民の基本的人権として保障される諸権利とは切り離された取り締まりになってきているのである.

病院職員のための医学知識

植物状態

著者: 福間誠之

ページ範囲:P.866 - P.867

植物状態とはどのような内容を指しますか.
 植物状態患者とは重篤な脳障害により話す,理解するといった人間としての高等機能を失い,また動く,自ら物を食べるなどの行動する動物的機能をも失い,ただ呼吸をし,口の中へ入れられたものは飲み込むが,大小便は失禁状態でいわゆる植物機能(自律神経)のみが残された状態の患者を言います.
 重篤な脳損傷を受けた場合,例えば脳挫傷や,脳出血により脳機能が広範に障害を受けると外界からの刺激に対して全く反応を示さなくなり,自動運動も消失して昏睡状態になります.しかしながら昏睡状態はせいぜい2〜3週間ぐらいで,次第に意識が回復してくるか,あるいはそれまでに死亡するか,あるいは刺激に対して目を開くようにはなるが外界との意志の疎通ができないいわゆる植物状態(覚醒昏睡)になります.この状態が3か月以上続くと持続性植物状態になる.植物状態患者が自己の意志表示ができるようになると,いちおう植物状態から回復したと考えられますが,回復の程度にも完全回復から重度障害回復まで種種の段階があります.これらの関係は図のように示すことができます.

統計のページ

病院経営の実態・4

著者: 森福省一

ページ範囲:P.868 - P.869

医師と患者(つづき)
3)一般病院における医師1人1日当たり診療収入分布
 医師1人1日当たり計算では,入院はもちろん,外来も1か月を30日として計算した.
 表14及び図2に,標記の収入を入院,外来,診療科別に示した.

病院管理の工夫

患者の社会復帰に対するワーカーの援助

著者: 山口ハツヨ

ページ範囲:P.870 - P.871

 当院は内科,整形外科を有するリハビリテーション専門病院として位置づけられている.疾病構造としては400床中,脳血管障害後遺症74%,慢性関節リウマチ14%,外傷後遺症5%,その他となっている.年齢的には50歳〜70歳代で79%を占めているものの,青壮年の稼働層が16%(61人)に及んでおり,様様な問題を持っていることが多く,観察を必要とする.
 院内各科の構成は省略するが,診療部門の中に医療福祉科は独立して存在し,2名のソーシャルワーカー(以下SWと略す)が勤務している.

業務改善の工夫—特にコンピュータ化について

著者: 末武保政

ページ範囲:P.872 - P.874

 院長として赴任した昭和51年,私たちの病院はどん底の中に呻吟していた(本誌第40巻第2号114頁参照).医師にさえ見離された病院の,建物も荒廃していたが,モラールの低下は目をおおうほどのものがあった.それは事務局ばかりでなく,看護部門も,パラメディカルも同じであった.中で給食だけが,劣悪な労働条件の中で,手づくりの心のこもった料理を出していたことが印象に残っている.
 当院の起源は,昭和初頭の東北大凶作に当たり,産業組合法によって,昭和9年創立された組合立上北病院(約35床)であるが,戦後,厚生連傘下の病院となり,昭和33年,十和田市に買収され移管されたものである.しかしこの移管は,ただ看板が変わっただけのことで,組合病院時代からの自然発生的な機構もそのまま,旧職員と一緒に引き継がれたもののようであった.地域の中核病院として,38年に現地に新築移転したあとも同じことで,昭和40年代の日本の病院のめざましい近代化からは完全に取り残され,病院は,51年,約3億円の赤字を抱えて医局が崩壊四散するという破局を迎えるのである.

事務長訪問

住友病院大島民郎事務長

著者: 本誌編集室

ページ範囲:P.875 - P.875

 住友病院は今年,創立60周年を迎えた.住友グループの病院でありながら,開設以来,一般住民にも開放され,現在では478床の高機能病院に成長してきた.
 この病院の事務長は歴代,住友グループの中から選ばれるのが慣例で,大島さんも慶応大学法学部を卒業後,住友銀行に勤め,昭和46年事務次長として住友病院に赴任した.赴任して一番強く感じたのは,病院は銀行と違って多職種の集まり,すなわち専門職の誇りをもった一国一城の主が集まっているため,簡単には上意下達が通らない社会で,まず根回ししてからでないと何事もうまくいかないということ.だから自己主張しないで,調整役に徹し,決して表に出ないことがうまくいくこつということ.これが大島さんの事務長観.

新 病院建築・46

比較的に見たヨーロッパ各国の病棟設計

著者: 伊藤誠

ページ範囲:P.877 - P.883

ヨークとスンズバル
 前稿1)でイギリスのヨーク病院とスウェーデンのスンズバル病院を紹介した.いずれも多翼型平面の典型的な例としてである.しかし,多翼型を採るか否かはもともと成長変化の特に激しい診療部門にかかわる問題で,病棟の建築計画にはまた別の問題がある.
 こうした観点から,両病院の病棟にもぜひ触れておきたいのである.というのは,どちらも医療施設における先進国の新しい病院で,しかもそれぞれ両国の代表的な建築家の手になる病院だからである.このところ,我が国の病院の特に病棟の設計はいささかマンネリズムに陥っているような感がある.これらの例は,そこからの脱出に何らかの示唆を含んでいるはずである.

リハビリテーション・その現状

荘内病院におけるリハビリテーションスクール

著者: 岡村俊一

ページ範囲:P.884 - P.886

 鶴岡市立荘内病院では山形県の要請に応え,昭和47年にリハビリテーションスクールを開始して以来10年になる.この間,年を経るごとに医療関係者はもとより地域住民にもリハビリテーションに関する認識が深まり,同時に地域の各市町村にリハビリテーション教室が結成され,スクール終了後も患者はこれに参加し,リハビリテーションの継続と指導ができるようになった.

病院精神医療の展開 対談

治療環境としての精神病院建築

著者: 石川信義 ,   加藤邦男

ページ範囲:P.887 - P.894

■精神医療の流れと建築構造
 石川 戦後の精神病院の流れは,ライシャワー事件を境目として,大きく変わったと言えるでしょう.あの事件以後,"野放しの精神病"という言葉が新聞紙上で盛んに使われるようになり,病者を精神病院の中へ次々と取り込んでいく作業が,国の施策として強力にすすめられるようになりました.あれから,精神病院が雨後のたけのこのごとく全国各地に乱立していったんですね.
 精神病院の建築構造を考えるときに,このような状況のもとで精神病院が作られていったという事情は見逃すわけにはいかないと思います.

民間病院の経営と管理

老人痴呆への取組み

著者: 山本孝之

ページ範囲:P.895 - P.897

痴呆性老人の治療
 老人の痴呆は,正しい治療と介護で,必ずよくなります.特に,脳血管障害性痴呆ならば,早く発見して正しい治療をすれば,必ず完全に治ります.
 脳萎縮性痴呆でも,少なくとも異常な行動をしないようにして,お世話のしやすい状態にもっていくことは,必ずできます.

随想

老船頭に学ぶ

著者: 内野滋

ページ範囲:P.898 - P.898

 当然のことだが,当院では確信の持てない治療は行わない,自信のない手術は行わない,患者を稽古台にしないことを信条としている.自信の持てない手術はその道の大家に来院してもらって指導していただくことにしている.十尺の堀を越えるには十五尺を超える努力と実力を必要とするからだ.
 自己の行った医療行為に対してはあくまで責任をもつべきだし,またこと人命に関する誤ちは百億の財をもってしても償い得るものではないからだ.こんな分かりきったことが,案外等閑視されている現実を見ているので,改めてこの分かりきったことを強調せざるを得ないのだ.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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