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雑誌目次

雑誌文献

病院40巻9号

1981年09月発行

雑誌目次

特集 パラメディカル部門の拡大

病院組織におけるパラメディカル部門のあり方

著者: 石原信吾

ページ範囲:P.738 - P.742

 病院組織の近代化ひいては病院の近代化は,一面において,そこにおけるパラメディカル部門のあり方の変化あるいは進展とともに進んできたと言っても過言ではない.そこに見られるものは,端的に言って,従来とは全く異なったあり方への変化すなわち質的変化である.もちろん,そうした変化はまだいわば進化の途上にあって完結には程遠く,現実にはいろいろの形が見られる.そのために,関係者の理解や認識にも遅速やくい違いがあって,意見もばらばらの状態である.現在,病院組織におけるパラメディカル部門のあり方の進展にやや停滞が生まれているように見えるのは,このことと無関係ではなかろう.とすれば,病院の近代化を進める上で,これは無視できないことである.なんとかして問題の実体を解明し,事態の改善を図る必要がある.
 本稿では,その意味で,まずいわば系統発生的にそうした変化発生の由来や道程を尋ね,また,現状を展望するとともにそこにおける問題点の発掘と検討を行い,最後にそれが今後どう進んで行くかについての方向を探ってみることにする.

拡大するパラメディカル・スタッフ

著者: 高橋紀夫 ,   福迫陽子 ,   遠山尚孝 ,   鋤園栄一 ,   酒井隆子 ,   工藤重光 ,   田村君英 ,   小野哲章 ,   江良和雄 ,   鈴木利昭 ,   荻原稔 ,   平田守男 ,   古賀良平 ,   内海邦輔 ,   鈴木美江子

ページ範囲:P.743 - P.754

医療ソーシャルワーカー
MSWの役割
 看護専門学校の学生が交替で「医療相談室」の実習に来る.私は彼女らにこう話しかける.
 「ある老人が脳卒中で入院したとする.最善の治療,看護をして,3か月後には杖歩行ができるまでになり,退院していった.ところが,それから1か月もしないうちに自宅で転倒して骨折し,また入院してしまった。聞いてみると,老人はひとり暮らしだったという.退院後の生活に無理があったようだ.骨折そのものは病院の責任ではない.しかし,なんとなく割り切れず,残念な気がするんだが君たちはどうだろう」.

質疑応答

パラメディカル関連法と医学の進歩

著者: 厚生省医務局医事課

ページ範囲:P.755 - P.760

 質問1 臨床検査技師も診療の補助として,一定の業務を行うことができるとされていますが,「医行為」に該当するようなものを行うことができるのですか.

座談会

生理機能検査のあり方

著者: 吉岡観八 ,   佐藤乙一 ,   江部充 ,   藤崎勇 ,   三宅史郎

ページ範囲:P.761 - P.767

 三宅 まだ衛生検査技師の国家試験がなかった時代には,生理機能検査はだれがやっても,法律では差し障りがなかったわけです.当時,臨床病理学会では,生理機能検査に関する認定試験を,国家試験が始まる前に行っていたわけです.まず,そのころの状況について,吉岡先生お話し下さい.

キリストにならい生涯を聖化された奴隷として尽す 聖隷福祉事業団会長 長谷川保氏

著者: 西村一之

ページ範囲:P.729 - P.729

 昭和初期の不況以来,氏が手がけた仕事を一貫して変わらない精神がある.「社会的弱者」に対する愛惜である.天刑病とされた患者,よるべない寡婦・孤児,抑圧され軽視される人々の代弁者となって人権を主張し,医療・福祉上で必要なものを充足させて,社会に再起・復帰させることであった.そのために障害になるものはなんであれ,打破するために尽きることのない力と知恵が涌き出る.
 敗戦後まで社会保障のなかった20年間,徒手空拳で労苦した結核者の救済は,結核撲滅史の手本である.この経験をもとに,代議士時代の間,生活保障と社会福祉の分野の立法化に専念する.基本条件が整うと,氏はあっさり野に戻り,再び実践に没頭する.国士,故榊原仟博士を顧問に依頼し,心臓センターを手始めに,以後,脳外科センター,ガンセンター,予防検診センター,そして本邦最初の未熟児センターを創設する.私心のない氏は,驚くべき鋭い感受性をもって時代の先を洞察し,余人に先んじてニーズを把握する.

グラフ

医薬一体を基本理念として—富山医科薬科大学附属病院

ページ範囲:P.730 - P.735

 古くから配置薬の街として知られる富山に,国の一県一医大構想のトップを切って,富山医科薬科大学が開学したのは昭和50年10月.「本来,医と薬とは一体的なものであり,医なくして薬はなく,薬なくして医は存在しない」(創設の理念)との理念に基づき,金沢・新潟・千葉大学等の応援を受けて新設された医学部と明治以来の薬学教育の伝統を持つ富山大学薬学部及び和漢薬研究所が一体化して,ここに世界にも珍しい医科薬科大学が誕生したのである.背景に「くすり」の伝統があったのは言うまでもない.
 その後,開学より遅れること4年,病院は54年10月にオープン.この病院は医学部附属病院ではなく,医学部,薬学部が相互に協力して診療,教育,研究を行うための大学直属の病院であり,来年春の医学部第1回卒業生の研修の場としてはもちろん,臨床薬学実践の場としても期待されている.

ニュース

「国際障害者年長崎集会」7月4〜5日に開かれる

著者: 編集室

ページ範囲:P.760 - P.760

 去る7月4日,5日の両日,長崎新聞文化ホール(長崎市)で,「国際障害者年長崎集会」が開催された.この集会は,ボランティアグループによる実行委員が主導したもので,長崎市肢体障害者協会,長崎県肢体不自由児協会,長崎県脳性まひの会など7団体が共催,また長崎ボランティア協議会,長崎市ボランティァセンターなど11団体が協賛,10団体が後援した.
 第1日には,車いすにのった障害者や家族などが原爆公園から文化ホールまでを行進,路上の人々にアピール.引続き集会が開かれた.まず花田春兆氏(国際障害者年日本推進協議会副会長)が,"障害者自身が主体的に社会に参加し,かつ責任を分担することが必要である"と述べた後,自らの俳人としての半生を講演,続いて,竹内孝仁氏(東京医歯大)は「健康者と障害者」と題した講演で,"障害者問題は基本的には健康者の問題である.なぜなら,一つは障害者の参加を妨げている社会を作っているのは健康者であること,もう一つは健康者にとって高齢化は避けられぬものであり,社会的弱者(障害者)への道である"と指摘した.

設備機器総点検

リネン回収用円筒カート(ハンパーホスト)

著者: 松澤孝子

ページ範囲:P.769 - P.769

使用目的
 病棟から出る多くの使用済みのリネン・ゴミなどの処理については,容器,ダスターシュートを各施設がそれぞれ工夫し,装備しているが,設置場所,大きさ,色,清潔処理,運搬などの点においてなかなか適切なものがなく,現状では,大きなふた付きポリバケツを廊下などに置き,使用している病院が多いと思う.当神奈川衛生看護学校病院では使用済みリネンの回収容器であるハンパーホストを採用し,約1年が経過したので,その経験を紹介する.

講座 病院経営分析入門・6

診療圏の分析

著者: 一条勝夫

ページ範囲:P.770 - P.771

 病院や診療所の数は,絶対数でも人口あたり比率でも世界一といってよいほどにふえてきた.他方,患者のほうは皆保険のおかげで僅かな自己負担で,どの病院にかかろうが,あるいは一つの病気で何か所の医療機関にかかろうが,まったく制限がない.自家用車の普及もめざましいから,患者は広い範囲にわたって医療機関を選択できる.
 国民の教育水準は世界一であり,保健衛生,医療に関する知識は,テレビや新聞などのマスコミを通じて著しく普及している.

医療の周辺 物理学・4

音波,光波,電波による診療

著者: 尾内能夫

ページ範囲:P.772 - P.773

 3回にわたって放射線の医学への利用について述べてきたが,放射線の害はその利益に比べて小さいにしても無視できない.このことから放射線に代わる新しい物理的手段の開発が望まれているが,そのような手段があるのだろうか.文献で読み,講演会で聞いたことを基にして,電離性放射線以外の物理的手段による診断,治療についてながめてみる.
 まず音波がある.患者を軽くたたいてその音の相違から診断する打診法は,1761年にウィーンの医師Auenbruggerによって始められた.彼はビール樽を叩いてその音の相違から,樽の中のビールの量を知る方法にそのヒントを得ている.音を発射してその反響音から物体の存在を検知する方法を利用している生物に,こうもり,いるか,くじらなどがいることはよく知られている.この音波を人体に伝播させて,その反響音から人体内の構造を知る方法が最近著しく進歩した,細かい所を見るためには波長の短い音波が必要で,可聴音より波長の短い超音波(ultrasound, USと略する)を用いる.超音波がはじめて診断に用いられたのは1942年で,日本では1962年に第1回超音波医学研究会が開催されている.超音波は密度と物質の種類が相違するとそこで反射されて,来た道を帰っていく.帰って来た時間を計測することによって反射した場所が分かる.最近の進歩した電子装置を用いると,反射した場所を実時間で画像にできるので,心臓の動きが分かる.

病院職員のための医学知識

レーザーメス

著者: 正津晃

ページ範囲:P.774 - P.775

レーザーメスの原理を説明して下さい
 自然光は波長(すなわち色)も位相も異なる雑多な光の混合です.これに対しレーザー光は単一波長(すなわち単色光)で,位相も揃っています.したがってその波の山と山,谷と谷とを重ねあわせて増幅すると,大きなエネルギーを持つ光とすることができます.また以上の性質からレーザー光をレンズにより収束させると極めて小さい焦点にまで絞ることができ,ここに高いエネルギー密度を作り出すことができ,組織の切開,凝固が可能となります.これがレーザーメスの原理です.
 現在一般にレーザーメスと呼ばれているのは炭酸ガスレーザー,Nd—YAGレーザー,アルゴンレーザーの3種類です.そのうち切開,凝固両方が可能なのは炭酸ガスレーザーのみで,他の二つは凝固作用だけです.またこの他にルビーレーザーが臨床に用いられています.

統計のページ

病院経営の実態・3

著者: 森福省一

ページ範囲:P.776 - P.777

病院職員配置と給与(つづき)
3)常勤職員の給与
 表9に,毎月決まって支給する給与の55年6月における1人当たり金額を示した.
 55年6月のベース・アップの実施状況は,表10に示したとおりである.78.6%の病院がベース・アップ未実施であるので,これらは遡及して実施され,差額が支給されるものであることを考慮しなければならない.

病院管理の工夫

図書整理—受入れ,目録,分類,配架—の工夫

著者: 松本純子

ページ範囲:P.778 - P.779

 資料整理は,図書室活動の第一歩であると同時に,閲覧,貸出,参考業務などの利用サービスを円滑に行うための基盤となるものである。したがって,図書室職員は,利用者の要求に応えることを念頭において,迅速かつ適切に資料整理を行うことが大切である.ところが,病院図書室の現状は,担当者が一人か他業務との兼任で運営されているところが多いので,整理作業の合理化,省力化は不可避な問題となっている.ここでは,図書の一般的な整理法について述べるが,同時に,病院図書室の整理業務のあり方についても考えてみたい.
 なお,普通行われている図書整理作業の流れは,図に示すとおりである.

MSWの業務統計の取り方

著者: 橘高通泰

ページ範囲:P.780 - P.781

 本来,業務統計は,業務実績の記録を目的とするものである.これによって,施設内での実績の変遷をみたり,他施設の実績との比較がなされたりする.ところが,MSWの業務統計は,そういった目的以外に,周囲に対してMSWの業務内容の理解を求めようとするものであったり,時には,業務内容の明確化をすすめるためのもの,言い換えれば,業務の分析研究の資料を目指している場合もある.
 ここでは,分析研究のための統計ということではなく,業務実績を表現するために,できる限り少ない労力で,できる限り妥当な数字の出てくるような業務統計を取ることを中心にして考えてみたい.なお参考にした資料は,アメリカ病院協会『病院におけるソーシャルワーク部の活動報告の手引』,愛知県医療社会事業家協会『業務統計様式の標準化について』,ワシントン大学病院『年報』などである.

ひとこと

ここにムダあり

著者: 島村喜久治

ページ範囲:P.782 - P.782

 健保や国保で,投薬は2週間分が限度である.それも,療養担当規則とやらによると,ほんとうは2日が標準だが,「帰郷療養等特殊の事情がある場合において,必要があると認められるときは,旅程その他の事情を考慮し」た上で2週間がやっと認められるタテマエになっている.病気というものは数日で病状が変わるものだと思いこんで作られた規則であろうか.その際,慢性疾患には考え及ばなかったのであろうか.
 結核患者が退院して外来へ通うようになると,この2週間の「事情考慮の限度」は誠に厄介な足かせとなる.結核のような病気が2日や2週間で様がわりするはずはない.もともと外来に通院させているのは,病状が安定した病人で,復職したり復学したりしているものも少なくない.血液や喀痰検査も月に1回,胸部X線撮影は3か月に1回程度で済むような病人たちである.

事務長訪問

医療法人雪の聖母会井手義雄本部総務部長

著者: 本誌編集室

ページ範囲:P.783 - P.783

 医療法人雪の聖母会は,聖マリア病院,聖マリア看護専門学校,研究教育本部,井手医院及びこれらの運営を全体的に統轄している本部から成っている.聖マリア病院には第1から第5までの診療部のほか療務部,業務部そのほかいくつかの部門がある.各部には,それぞれの部内の事務的処理を行う「事務長」のポストがある.しかし,これはあくまでも各部の事務長であって,一般の病院の事務長(あるいは事務局長)に相当するポストではない.
「本部の総務部は,雪の聖母会の構成員である聖マリア病院及びその他の機関の運営や経営方針などを検討するプロジェクトチームのスタッフとして機能しており,それらに対する命令系統はありませんが.」

新 病院建築・45

ブラッケベリ病院(ストックホルム)の増築

著者: 今井一夫

ページ範囲:P.785 - P.791

はじめに
 スウェーデンは社会福祉政策を1930年代からとり始め,1960年代高成長時代に,福祉では先輩格のイギリスを越えてしまった国である.医療システムもイギリスの影響を強く受けながら,一貫性と整合性をもって発展してきている.社会福祉コストは高くつくものであるし,その弊害も70年代後半から80年代にかけての低成長時代に顕著に出ている.だからといって,福祉政策は一国にとってマイナスになる,と一概には断定できない.スウェーデンが他の方法をとっていたとしても,別な弊害が必ず出ていたはずであるし,平均的スウェーデン人のバランスシート上ではどう控え目にみても福祉政策はプラス因になってきたはずである.医療費は全額無料である上に,病院は単純労働者に対して多くの雇用を創り出しているから税負担は軽くなりようがない.病院1床当たりの面積もとっくに100m2を超え,今や150m2になろうとしている.これは中央診療部の面積増加もさることながら,患者の居住性や,従業員の労働環境が重視されてきたための管理・サービス関係面積の増加が影響しているものと思われる.
 国のプログラムに従った病院建設の布石は1970年代でほとんど終わっている.

病院精神医療の展開

精神病棟に望む—「やどかりの里」から

著者: 谷中輝雄

ページ範囲:P.792 - P.795

 「病院」編集室より表紙の写真に「やどかりの里」の活動を取材したいとの申し入れがあった.爽風会(社会復帰準備中のグループ)と朋友(とも)の会(回復者グループ)に諮った結果,キャンプを取材してもらったらよいと決まった.更に,写真をのせただけではなんのことだか分からないだろうから「精神病院に望むこと」と題して自分たちの日ごろ思っていることを語ろうではないかと決定した.そこで,筆者がそのとりまとめをすることで,ここに筆をとった次第である.
 「やどかりの里」では今までにいくつかの取材をめぐって,様々な出来事があった.活動の初期のころ,毎日新聞の埼玉版に写真入りで,活動が紹介された.一人一人の顔は知った人がよく見れば分かる程度のものであり,さほど問題にはならなかった.昭和49年ころ朝日新聞の取材を受け入れた,全国版でやどかりの里の活動を紹介したものであった.指定された日の新聞を手にして,別の施設の紹介になっていたので驚いたことがある.後日,記者からは外部からクレームがついたので取りやめにしたと聞かされた.時の「爽風会」の全員が了承したものの,メンバーの家族の了承をとりつけてはいなかった.たぶんメンバーの家族からクレームが直接朝日新聞社にいったのではないかと我々は考えた.これは憶測でありその真意は分からない.

リハビリテーション・その現状

耳原総合病院リハ科の現状と課題

著者: 池田信明

ページ範囲:P.796 - P.798

 耳原総合病院は大阪府堺市(人口80万人)にあり,ベッド数270床を擁した中規模一般病院である.設立主体は,医療法人立である.堺市内には,国立と私立の2か所のリハビリテーション学院があり,当院の500m東には大阪府立身体障害者センターと同附属病院,3km北には大阪労災病院がある.
 当院でのリハビリテーションの取り組みは,10年前から始まり,1975年よりPT,OTが就職し,現在,総合病院の中央サービス部門として医師(2名兼任),PT(4名),OT (4名),トレーナー(1名),助手(1名)の陣容で外来診療,ならびに入院診療を行っている.

我が院内報

聖隷三方原病院「ひととき」

著者: 武居敏

ページ範囲:P.798 - P.798

 聖隷三方原病院は,昭和5年,当時不治の病と言われた結核の患者さんを何とか救いたいという数名のクリスチャンの事業から始まった.50年を経た今,当院を含めた3つの病院,29の福祉施設,高校・看護短大をもつ医療福祉集団に成長した.当院は現在622床(職員600名)の結核・精神の病棟を含む総合病院である.
 当院職員の最近の急増ぶりは顕著で,昭和55年の増築により職員は380名から500名に膨れ上がり,更に56年度には600名となった.このような状況を背景に,院内報へのニーズが出てきたのである.そこで,昭和55年4月に準備に取りかかり,7月に第1号の院内報を発刊した.名前は『ひととき』.院内に広く募集して得られた.

海外の医療

北欧の医療の現況—混迷する福祉社会

著者: 伊東敬文

ページ範囲:P.800 - P.805

 北欧諸国は,人口の面ではいずれも小国である.スウェーデン828万,デンマーク510万,フィンランド480万,ノルウェー410万,アイスランドはわずか23万に過ぎない(いずれも,1978年の数字).最大のスウェーデンでさえも,東京よりはるかに少ないのである.小国とはいえ地理的には各国ともかなり広く,1km2当たりの人口密度で見ると,デンマークでは,日本の約3分の1(日本は,306人),他の北欧諸国では,ほぼ20分の1以下である.生活水準では,スウェーデンを筆頭に,世界の最高水準を保っている.これらの諸国の医療制度を日本との比較で考える場合,余程の注意が必要である.それぞれの国は確かに独立した一国であり,それぞれ独自の行政制度を持っているとは言え,日本との比較で考える場合は,むしろ一地方ぐらいな感じで比較したほうがより現実的ではないかと思う.北欧諸国でできた医療制度の改革を,日本の国政のレベルで直接比較するのはあまりに乱暴なように思われるからである.
 また北欧と一口で言っても,各国の医療制度の事情は,それぞれの地理的,あるいは政治・経済の歴史的発展過程により微妙に異なっており,一括してしまうことはできない1).ここでは,筆者が最も精通しているデンマークの最近の動向を中心に紹介してみたい.

海外見聞記

英国のホスピスを見て

著者: 高橋勝三

ページ範囲:P.804 - P.805

 10月下旬,ヨーロッパの空はさえない.2週間の滞在中晴れた日はただ2日という生憎の季節であったが,そのある晴れた日にロンドン南郊のセット・クリストファー病院を訪れることになった.ロンドン市中でタクシーを拾い,行先を示すと,紳士然たるドライバーは「分かった.しかしお金は6ポンドかかるが…」と言う.「O.K.」ロンドン南郊のその町,シデナムにつくには確かに30分くらいかかった.新興住宅の郊外地といった風情で,緑は多いが田園風景ではない.
 実はその日の午前中,ロンドンの病院協会King's FundでDickson博士(放射線科医)から英国におけるホスピスの現状についてスライドを交えながら説明を受けた.それによると女医サンダーズ博士が,末期がん患者がそれまで加療してきた内科医,外科医,放射線科医,婦人科医から半ば見捨てられ,どちらかと言えば宗教者に任せられる傾向に憤慨して末期がん患者の世話をすべく15年前に南ロンドンに病院を建てた.これがセント・クリストファー病院である,その後この仕事は多くの理解を得て5年前にはNational Soci-ety of Cancer Reliefが発足した.仕事は寄付金を集めて建物を立て,国民保健機構(N.H.S.)へ移穣することである.こうして15年間にウエールズ,イングランドに12か所のホスピスが出来た.

民間病院の経営と管理

当院の医療事故対策

著者: 井上毅一

ページ範囲:P.806 - P.808

 このところ,マスコミによる医療不信のキャンペーンは,日ごとに激しさを加え,どの新聞を開いても,医療機関に対する批判や攻撃の記事をみかけない日はないと言っても決して過言ではない.
 医学の進歩に伴って,医師はもちろんのこと,看護婦,薬剤師,臨床検査技師,診療放射線技師などパラメディカルの医療従事者に対しても,いっそう多くの知識や技能が要求されるようになり,いきおい,患者側の権利意識も過大となりがちである.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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