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雑誌目次

雑誌文献

病院53巻3号

1994年03月発行

雑誌目次

特集 勤務医と病院経営

[てい談]民間病院における勤務医と病院経営

著者: 永田博司 ,   山本信和 ,   竹内實

ページ範囲:P.210 - P.215

 竹内 きょうはお忙しいところお集まりいただきましてありがとうございました.「民間病院における勤務医と病院経営」というテーマでお2人の先生にお話をお伺いしたいと思います.
 まず最初に,今,病院の経営が非常に苦しい時代に入っていることはご承知のとおりですし,我が国の病院の60%ぐらいが赤字ということです.公私を問わず大変厳しい状況で,従来ならば病院経営は経営者なり院長なりがやっていればよかったんですが,勤務医もそれに参加しなければ病院自体が危ないことになる.今日はそれをメーンに話を進めていただきたいと思います.

勤務医給与・所得の最近の動向

著者: 二木立

ページ範囲:P.216 - P.223

はじめに
 筆者が医師所得の「定点観測」を始めて,はや20年になる1〜5)
 1970年代に発表した2論文では,主として人事院「民間給与の実態」と「日本医事新報」求人欄を用いて,1960〜70年代の勤務医給与の「急上昇」を明らかにした1,2).1981年の論文では,勤務医・開業医所得と他職種との格差,および医師所得の国民医療費に対する割合(約2割で安定)を推計した3)

日本医師会勤務医委員会の変遷

著者: 濱田和孝

ページ範囲:P.233 - P.237

 平成5年12月に発表された厚生省の医師・歯科医師・薬剤師調査によれば,日本の医師数は平成4年12月末には21万9,704名で平成2年の同調査に比べ7,904人,3.4%増加した.医師数は年々増加しており,病院の従事者と診療所の従事者の割合はそれぞれ61.8%,34.4%で,病院の従事者が昭和54年を境にして増加してきている(図1).とくに50歳未満の医師では病院に従事するものが80.9%を占めるようになった.
 日本医師会会員数は平成4年12月には12万8,404名で,その内勤務医会員数は5万3,626名(41.8%)であった.日本には約9万名の日本医師会(以下日医と略す)に加入していない医師が存在し,その大多数は勤務医である.

勤務医にとっての認定医制度の将来

著者: 坂上正道

ページ範囲:P.238 - P.241

はじめに
 学会認定医制については,むしろ認定医制協議会の立場の方が述べられるべきであろう.しかし,その記載にしたがって大綱を述べて,本主題の解説に資することとしたい.
 日本において専門性をもつ各医学の専門領域における最初の医師の資格認定医制は,昭和37年4月11日に発足した日本麻酔医指導医制度である.その後昭和55年9月30日に,すでに認定医制を発足させた学会と,発足を予定している学会および検討中の学会,計22学会のうち,20学会が集まり,合同会議としての継続活動が望ましいことを申し合わせた.その後,世話人6名を選び,昭和56年11月11日に第1回総会が開かれ,年2回総会を開催し,必要事項を協議してきた.さらに必要に応じて事項別専門委員会などを開くこととなり,現在は基本診療領域担当学会部会(14学会)が活動している.

[座談会]勤務医としての意識—医学生のその後

著者: 河野達夫 ,   哲翁たまき ,   葛西健 ,   西村敏樹 ,   広井透雄 ,   河北博文

ページ範囲:P.242 - P.248

 河北1989年の2月号で今回と全く同じメンバーで「病院勤務医の時代と職業としての医師」というテーマで座談会をやらせていただいたわけです.その後,皆さんがいま何をされて,どういうことを考えていらっしゃるかということをもう1度お話しをいただくために集まってもらいました.
 今,医療制度が変わりつつある.高齢化が今後急速に進むわけですが,それに対応した医療供給制度,同時に医療保険制度を構築していかなければいけない.社会が急速に変わって行く中で皆さんがそれにきちっと対応されているのかというお話を伺いたいと思います.

勤務医の病院経営への係わり

病院勤務医に対する経営管理教育

著者: 井手道雄

ページ範囲:P.224 - P.226

はじめに
 総合病院の勤務医に対する経営教育が今回のテーマであるが,一言で勤務医といっても研修医か,医局からの派遣医か,診療科長か,副院長かなど,その立場は様々であり,全勤務医について述べるには誌面に限りがあるので,本文では主に診療科長および副院長クラスに対する経営管理教育について触れてみたい.
 今,病院を取り巻く環境は急速にかつ激しく変化しており,過去の前例を踏襲することはもはや不可能である.

東京女子医科大学での勤務医と病院経営

著者: 内田幸男

ページ範囲:P.226 - P.228

はじめに
 病院経営への勤務医の係わりということであるが,勤務医は医療担当グループの中心として医療収入の担い手であり,経済面での経営参加が主なものとなってくる.この他に,管理や人事の面での係わりも少部分ではあるが挙げることができよう.東京女子医科大学病院での現状を概観してみたい.

会務によってコミュニケーションをはかる

著者: 中村哲夫

ページ範囲:P.228 - P.230

私的病院チェーンとIMG(板橋メディカルグループ)
 開業の営利目的禁止と医療法人の剰余金配当禁止は,医療関係者は言うに及ばず国民の間でも,医療は非営利を前提としたものとの固定概念を形成し,私的病院チェーンは厳しい目で見られることが往々にしてあったように思われる.しかし,いくら非営利性が強いといえ,現状の医療環境下では経営の効率化なくしては病院経営は立ち行かなくなりつつある.そこで,医療機器,診療材料,消耗品の共同購入や施設・機器の共同利用,患者症状に応じた施設のサービスの提供,職員の効率的配置や教育などを行っている私的病院チェーンが,かなりのレベルで再認識されるようになった.特に,公的な経済的支援のない私的病院にとっては,チェーン化は病院存続の重要なファクターとしてマスコミなどに注目され,経営コンサルタントなどに喧伝されているのではないだろうか.したがって,私どもを語る時チェーン化の話は避けて通れない.3年前の本誌に「何を目指し,何を実現したか」のインタビュー取材があり,昨年度は,同じく本誌で「チェーン病院では院長をどう評価しているか」の原稿依頼があった.それぞれ内容は異なるものの,グループの歴史的経過や理念,診療と経営の分離の経緯,スケールメリット,環境変化への対応策,本部組織などを簡単に述べさせていただいた.

土谷総合病院における勤務医と病院経営

著者: 望月高明

ページ範囲:P.230 - P.232

はじめに
 土谷総合病院は,特定医療法人あかね会が経営する病院の一つである.あかね会はその設立以来,土谷太郎理事長の強力な指導力の下で運営され,順調に発展して来た.私は,平成4年6月に病院長に就任し未だ日は浅く,日夜,病院の経営・運営に苦慮しているところである.
 今回この原稿依頼があったのは,土谷太郎理事長が行ってきた病院経営の実績が評価されてのことと考える.したがって,本稿では,理事長が実際に行ってきたことを思い出しつつ,私の考えを述べることとしたい.

グラフ

山間の町でプライマリケアを担う—岩手県・済生会岩泉病院

ページ範囲:P.201 - P.206

 済生会岩泉病院は昨年11月に第2期工事を竣工し,第1期工事から1年3か月にわたる改築工事を終えた.これまで一般病床85床,伝染15床で運営してきたが,今回の改築により一般病床100床となり新たなスタートをきっている.多くの病院が経営悪化に苦慮している状況のもとでの今回の改築は,老朽化,狭隘化した昭和40年初頭の建物から脱皮し,次代の医療ニーズに備えるための第一歩である.
 診療科は内科,外科,脳外科および整形外科だが,この4月から産婦人科がオープンする予定である.

「健康管理の時代」の草分け 長野県厚生連佐久総合病院 松島松翠院長

著者: 清水茂文

ページ範囲:P.208 - P.208

 松島院長は,院内では「殿下」の愛称で親しまれ,穏やかな風貌と泰然自若とした風格で,佐久総合病院関係者のみならず,地域住民の絶大な信頼を得てきた.非常に合理的精神の持ち主である一方で,ピアノを弾き,作曲も手掛ける芸術家肌でもある.
 松島院長は1994年1月,若月前院長の後を継いで,新たに,私たちの佐久総合病院の院長に就任された.新院長は昭和3年石川県に生まれた.昭和27年に東京大学医学部を卒業後,東京大学医学部附属病院分院外科に入局された.学生時代にはソヴィエト医学研究会に所属し,社会医学的視野を広められている.昭和29年,佐久病院の外科に赴任され,その後,若月前院長(現在,総長)の指導のもとで,ご専門の外科のみならず,若月前院長が展開されていた農村保健・医療の研鑽を積まれ,昭和48年には健康管理部長に就任された.この間,若月前院長の片腕的存在として八千穂村の全村健康管理活動を実践的に指導されてきた.この八千穂村の健康管理活動は,後に老人保健法の成人病健診事業のモデルとなるとともに,この方式が全国的に普及しているのは周知のとおりである.まさに「健康管理の時代」の草分け的存在てあり,輝かしい実績との評価を得ている.

主張

勤務医師の将来

著者:

ページ範囲:P.209 - P.209

 医師調査によれば,かつて数において勝っていた開業医師が,その後勤務医師の増加によって逆転してからすでに久しい.病院医師の優勢も,数年前から病院数が1万を割り込み,一貫して増加を続けて来た病床数も頭打ちとなり,ようやく翳りを見せてきたように思われる.病床数の減少が,直ちに勤務医師の減少に結びつくわけでもないが,今後医師が病院に勤務することの意味,ひいては病院と医師の関係の変化について考えておくことは無駄ではないであろう.
 医師の就業形態が,世代によって大きく異なることは言うまでもない.わが国の開業医師は卒業して医師免許取得後,大学病院や医局講座の関連病院において研修し,一定期間勤務医師を経験してから開業する,というライフスタイルが多いとされてきた.事実,先の医師調査で年齢別の就業形態を見ると,65歳前後にピークを持つ開業医師と,若年から45歳位まで張り出した主として勤務医師によるプラトーとの間に,深い谷間を形作る特異な構造を持っている.

提言

病院経営を悪化させる消費税非課税措置

著者: 鈴木昭久

ページ範囲:P.249 - P.251

はじめに
 病院経営を取り巻く医療情勢については,厚生省による総医療費抑制政策が昭和56年より13年にわたり実施強化されており,過去10年間で実質的な診療報酬引き上げは2.85%の低率でありました.この間厚生省は,2年毎に利益誘導型の医療費改定と薬価差益解消を図る薬価基準の引き下げを実施してきました(表1).
 また,第1次および第2次の医療法改正によってベッドの総量規制と医療機関の機能別再編成を図って総医療費の伸びを抑え込もうとしています.

退院計画 病院に求められる新しい機能・6

大学病院における退院計画—北里大学病院総合相談部の取り組み

著者: 堀越由紀子

ページ範囲:P.252 - P.257

はじめに
 病院の機能分化がすすめられ,高度医療を担うとされる大学病院には重症患者や癌患者などがますます集中する傾向にある.そして,在院日数の短縮化が強く求められるようになった結果,医療に依存する度合も専門的看護や介護を必要とする度合も大きいまま,転院したり在宅療養へ移行したりする患者が増えている.総合相談部に常駐するソーシャルワーカーと保健婦はその多くにかかわっているが,重症患者を受け入れてくれる長期療養型病院や施設,あるいは在宅医療支援体制が不十分な中での退院援助は容易ではない.患者にとっても家族にとってもよりよい形での退院を実現するために,解決しなければならない課題は病院の内外に山積している.私たちはまず院内の問題から検討することとし,その過程で退院計面のしくみが必要であると痛感するようになった.ここでは北里大学病院(以下当院とする)における総合相談部の取り組みを紹介したい.

てい談 医療の座標軸を探る・3

医学教育の変革をめぐって

著者: 今井澄 ,   塙正男 ,   河北博文

ページ範囲:P.258 - P.264

 編集部 前回でも医師の教育・研修の話題に若干触れていただきましたが,今回の導入として,1960年代後半の医学部闘争の時代に,医学生として現役でおられた今井さんから,当時の闘いの意義やその成果,あるいはその総括的の視点も含めて,お話いただけませんか.

事務長の業務を考える・3

事務長の責任と権限

著者: 頼本節雄

ページ範囲:P.265 - P.265

病院経営の管理サイクル的側面
 組織を論理的ないし時間的管理サイクルとして理解することもできる.すなわち〈理念→目的→事業→組織化→人事→計画→執行→統制→改善〉のごとき過程である.いわばH.A.サイモンの唱えた組織的意思決定過程における価値的前提と事実的前提の階層的連鎖体系を示していると言えよう.
 当院にあっては,理念は創立者の示した院是に明示されていて,事務長としては事あるごとにそれをPRすればよい.目的は寄付行為に記されており,事業も然りである.事務長は寄付行為記載の事業を行うために必要な下位事業を事務方として策定する役割を担う.事務長の仕事としては財務統轄業務に次いで重要かつ苦労の多い仕事であろう.組織化〜改善の過程は病院としての意思決定に参加し,事務的手続過程に責任をもつ.

厚生行政展望

エリツィンの医療保険制度改革

著者: 厚生行政研究会

ページ範囲:P.266 - P.267

クリントンの医療保険制度改革についてはあちこちで話題になっているが,医療費対策は洋の東西を問わず財政当局の悩みの種であるらしく,もうひとつの大国ロシアでも大胆な制度改革に着手している.ただし,官僚主導型の国では,必ずしも政治家のリーダーシップに委ねられて制度改革が進められているわけではないので,我が国で診療報酬改定アップ率の抑制や給食費自己負担の導入を細川の医療保険制度改革と称する人がいないように,「エリツィンの」医療保険制度改革という表現は適切ではないかもしれない.(例がないわけではなく,中曽根内閣当時に策定された対がん10か年総合戦略は,欧米では中曽根のがん戦略と称されることがある.)

病院経営Q&A・24

部門別原価計算

著者: 川渕孝一

ページ範囲:P.268 - P.271

 Q 本院では,部門別損益計算の実施を検討しているが,留意すべき点を御教示いただきたい.

看護業務改善事例集

「患者の権利章典」の実践から,患者サービスの向上と看護業務改善をすすめて

著者: 佐藤まさ

ページ範囲:P.272 - P.276

はじめに
 当院は内科,外科系を中心とした医療活動から,6年前小児科,産婦人科を増科し,医療内容が大きく変化した.医療内容の高度化,専門化が進み,看護の果たす役割も拡大し充実も期待されてきた.また,特3類看護の取得や,夜勤回数の軽減も求められ,看護婦の確保・定着が他施設と同様,看護部の大きな課題となった.そのため,さらに一歩踏み込んだ業務改善が婦長会議のテーブルにのぼってきた.また,当院も所属している日本生協連医療部会(以下医療生協という)が,1991年5月に医療における人権宣言というべき「患者の権利章典」(資料1)を制定した.この宣言は患者の医療参加をこれまで以上にすすめることを提唱している.この「権利章典」を具体化する取り組みの中で,職員の側からの一方的な業務改善でなく,患者の立場に立った視点での業務の見直しや改善,患者サービスの向上がすすんだので,その経験を報告する.およそ,2年間の取り組みである.

動き出した療養型病床群・3

ケアミックス型施設—医療法人敬愛会新田原聖母病院

著者: 大北良輔

ページ範囲:P.278 - P.281

 第2次医療法改正とこれに伴う診療報酬改正により療養型病床群が制度化され,高齢者医療施設機能の分化と体系化の将来の方向が明示された.これを受けて平成5年2月当院の現状分析から導入検討を始め,一応の成算をえたので,同年8月から1病棟47床(移行型)を療養2群入管Ⅰに転換し,短期入院型と療養型病棟併立のケアミックス型施設として発足した.
 ここでは導入に至るまでの経緯,検討課題,導入試算から導入後3か月間の実績に基づいた経営効果,とくにケアミックス型施設の特質について報告し,今後の展望に触れることとする.

国際化と病院 私たちの病院での取り組み

アフリカ医療視察を終えて—アフリカへの医療援助を模索する時計台病院

著者: 大島峻

ページ範囲:P.282 - P.284

はじめに
 わが国が貿易立国として高い経済成長を遂げ,奇跡と言われた戦後復興が行われると同時に,わが国の国際化時代も到来したと言えるだろう.過剰な貿易黒字に対する国際的な批判や円高を背景として,企業の国外進出や対外的な国際援助も多くなってきた.民間人の海外旅行はもちろん,過剰とも言えるほどの海外情報もあって,知らず知らずの間に国際化社会を受け入れる土壌が出来上がっている.
 一方医療サイドではこれまで以上に容易になった海外留学や研修,国際学会の参加などで,医師ばかりではなく医療職全体が世界の動きに敏感になり,社会の動きを世界の動きから理解できるようになってきている.従来,病院は国際化とあまり関係がないと思われていたが,今や自然の成りゆきとして病院も国際化の渦中からは逃れられなくなっている.

医学ごよみ

3月—March 彌生

著者: 木村專太郎

ページ範囲:P.285 - P.285

□3月10日 顕微鏡とマルピギー小体
 いつも若い歌手の誕生日に合わせて本稿を進めているが,松田聖子は昭和37年の今日生まれている.
 腎臓のマルピギー小体で有名なマルピギー(Marcello Malpighi,1628〜1694)が,イタリアのボローニア近くのクレバルコーレ(Creval-core)の裕福な農家で,この日に生まれた.18歳(1646)のとき,ボローニア大学に入学し哲学を学んでいたが,同じ村出身で哲学者のナタリ(Franesco Natali)の勧めにより医学に専攻を変え25歳のときに卒業した.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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