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雑誌目次

雑誌文献

病院54巻2号

1995年02月発行

雑誌目次

特集 ボランティアと病院—開かれた病院づくり

[対談]東大病院が変わる!?—新外来棟にボランティアを導入して

著者: 加我君孝 ,   渡邊一雄

ページ範囲:P.122 - P.132

ボランティアの導入に踏み切るまで
新外来棟のオープンでチャンス到来
 本誌 東大の外来棟が新しくなり,外来のオープンと同時に,ボランティアの方々が外来でガイド役として活躍されていることがマスコミを通して広く報じられました.
 とくに東大がボランティアの導入に踏み切ったことについては,お固いイメージのあの東大が,ということでも大変注目されました.国立大学でしかも東大となると他の病院に与える影響も大きいでしょうし,単にボランティアを入れると良さそうだからという理由だけでは飛びつくわけにはいかなかったのではないかと思うわけです.

ボランティア—その今日的な意味

著者: 早瀬昇

ページ範囲:P.133 - P.136

ボランティア活動とはどんな活動か
ボランティア活動は自由な活動
 ボランティア活動に対する関心が急速に高まってきた.「活動に参加したい」と大阪ボランティア協会に問い合わせられる相談者は1週間に約20人.これは4年前のほぼ3倍だ.特にサラリーマンやOL層の増加が著しい.
 この背景には,企業の社会貢献活動の活発化や労働時間の短縮,行政や学校でのボランティア活動振興策,マスコミの活発な報道といった環境面での様々な動きがあげられる.それとともに,ボランティア活動は必ずしも犠牲的な行為ではなく,それどころか私たちの暮らしに一種の「豊かさ」をもたらすものだという理解が広がったことも重要だろう.

病院訪問ボランティアが乳がん患者の社会復帰を支援—あけぼの会が聖路加国際病院で始めた新たな試み

著者: ワット隆子 ,   玉橋容子

ページ範囲:P.137 - P.145

ボランティアの立場から
あけぼの会と病院訪問ボランティア
 あけぼの会は1978年10月に発足した乳がん体験者の全国組織で,各都道府県に36の支部(北海道は2つ)があり,会員が3,564人(1994年11月末現在)いる.支部のない県は北から,青森,岩手,山形,群馬,山梨,富山,石川,福井,岐阜,高知,山口,大分の12で,総じて人口密度の低い,産業振興が比較的ゆるやかでおとなしい県と言えるのではなかろうか.これらの県の会員数は20以下,高知が3で最小である.支部といっても,別に条件があるわけではなく,1人のまとめ役がいれば,すぐにその人が県支部連絡先になり,スタートする.
 今年生まれた鳥取支部も会員が従来少なかったが,支部結成講演会を機に6人増え,一挙に倍増,12人になった.会長の私が地方に出向く折,地元の会員を通して地方紙に案内を出してもらい,講演会や体験発表会をすると大体,その場で支部ができるのが常だ.だが,自分の名前と電話番号が公けにされるのが厭という理由で引き受け手がないところもあり,やはりまだまだ地域によってはがんの偏見視が残っていることを実感させられる.

ホスピスを志向する東札幌病院のボランティア活動

著者: 田村里子 ,   斉藤悦子

ページ範囲:P.146 - P.150

コーディネーターの立場から
はじめに
 かつては人の誕生や死は,地域社会に内包されて営まれてきた.しかし医療の専門分化が進むにつれ病院は,閉鎖性と隔離性を強め,その中に生と死が封じ込められたような感がある.医療のそういった流れのアンチテーゼとしてホスピスケアは生まれてきた.ホスピスケアが,人間性回復の医療と呼ばれるゆえんはここにある.そのホスピスを志向する当院では,開設当初より地域住民であるボランティアが医療チームの一員として参加してきた.社会へ開かれた病院,すなわちコミュニティ(Community,共同体)ケアを視界に入れた医療のあり方とも共通する.東札幌病院のボランティア活動について,ボランティアコーディネーターの立場から述べる.

富田町病院とボランティア活動—地域で創った病院とボランティア

著者: 吉原健治

ページ範囲:P.151 - P.154

 私たちの健康を守る会ボランティア部は,1981年8月に創設された健康を守る会(以下「守る会」と略す)の中に設置されました.ボランティア部は,富田町病院やデイケア富田を拠点にして地域の人々が,力をあわせて医療と福祉を創っていくために活動しています.

地域ボランティアから見た病院

著者: 山本いま子

ページ範囲:P.155 - P.158

 ハンディを持つ人も高齢者も,すべての人が共に生き合う社会でありたいと思う.

トラブルなく,生き生きとした活動を支援するには—ボランティア導入の心得

著者: 白方誠彌

ページ範囲:P.168 - P.172

はじめに
 ボランティア活動は,欧米では古くから普及しており,米国では若い時のボランティア活動によって,社会生活の基礎的訓練を受けるようになっているという.このことは,人間同志が利害関係でなく,共に助け合うことの重要さを認識させ,その中から人間相互におけるコミュニケーションを学ぶ人生の大切な時となるのである.
 病院は,このボランティア活動が最も行いやすい場所として取り上げられている.それは,病院には病気になって,肉体的にも精神的にも弱っている人々がおり,その人々は特に他人の援助を必要とするからである.しかし,病院においては,ボランティア活動の受け入れ方,その実施方法・運営には,種々の配慮が必要である.特に日本の病院では,その設立基盤が,国公立病院,公的病院,私的病院と種々雑多であり,特に私的病院は税法上収益事業と位置づけられているので,どうしても一般の人々から利益を追求しているのではないかと見られがちである.従って,私的病院に対してはボランティア活動が入りにくい状況にあるのではないかと思っている.

病院ボランティア団体の歩みと今日の課題—病院ボランティアの立場からボランティアに望むこと,病院に望むこと

著者: 岡本田鶴子 ,   関東地区病院ボランティアの会運営委員会

ページ範囲:P.173 - P.179

創立20周年の節目に立って
病院にボランティアは必要か
 この見出しは実は『病院』第46巻2号(1987年2月号)特集「病院におけるボランティア・ワーク」の中の座談会の表題を,そのまま拝借した.それというのも今回この原稿を依頼されて,7年前の特集を改めて見直し,現状・問題点・未来像など,そのまま今日の課題として取り上げてもおかしくないご指摘・論点が多々あることに驚いたからである.
 病院ボランティア活動が7年間で一向に進歩していないのか,と憂うるべきであろうか.というよりも,むしろ当時この誌面を飾った方々の先見性を讃えたいと思う.病院側もボランティア側も,当時としては病院ボランティア活動の模範生というか,先駆者として,正しい認識をもって活動しておられた方々のご発言であった.当時の数少ない模範生が,今日ではごく平均的なもの,つまり病院ボランティアの均質化が7年間の変化といえば言えるのであろう.せっかく発足しても挫折し,生まれては消えていた時代から,確かな理念と,周到な準備の後に,しっかりと地に足を付けた活動へと変化しつつある.

専門職ボランティアの可能性

看護ボランティアを経てホームナーシングの可能性を追求

著者: 高林澄子

ページ範囲:P.159 - P.162

はじめに
 専門職ボランティアという言葉を最初に使用したのはストラウス1)で,彼の考え方は,「資格を持った者が,その資格を通して社会参加する」といったボランティア活動を意味している.ちょうど1973年に,社会福祉学会の席において,筆者が「訪問看護ボランティア」に関する発表をした際に,この言葉を使用したことで,社会福祉学の研究者たちから,大変な質問を受ける羽目になった.
 医療現場での職歴が長い筆者は,入院中の患者に対しては看護婦をはじめとしたチームの実践者が,具体的に見える支援活動をしているが,一方,地域で主体的に生活している人たちが介護を要するようになった時,具体的に誰がどのように支援するのか,全く見えないことを実感した.そこで,専門の知識や技術を活用して,障害を持って自宅で生活している独居老人や,家族の援助で自宅療養を継続している障害者を対象に,看護学生とチームをつくり,訪問看護ボランティアを開始した.これが「訪問看護ボランティア」のはじまりである.

アジア的視野で医療に取り組むNGO—医師のボランティア組織AMDAの活動

著者: 菅波茂 ,   小林米幸

ページ範囲:P.163 - P.167

AMDAの可能性と将来性
AMDAとは
 アジア医師連絡協議会(The Asso-ciation of Medical Doctors for Asia;AMDA)の理念は「良き医療,長き将来」である.「相互理解,相互支援,幸せ」がそのステップである.AMDAはアジアやアフリカなどで自然災害や戦争による難民に対して医療による人道援助のみならず海外の地域コミュニティにおける地域保健,更に国内でも在日外国人のための医療相談を実施している国際医療NGO (非政府組織)である.
 1979年に内戦によりタイ国に避難したカンボジア難民に1名の医師と2名の医学生が救援にかけつけたが何もできなかったことがAMDAの発端である.現在日本国内の約450名を含めてアジア15か国に600名の会員がいる.

グラフ

医療法人静和会浅井病院にみる精神科医療の新しい波

ページ範囲:P.113 - P.118

 21世紀に向けて医療システムが大きく動いているなかで,精神科領域も変革の真っ直中にある.精神衛生法から精神保健法への改正では精神障害者の人権と社会復帰が主題となり,医療法改正では一般病院と同様に精神病院における機能分化が検討されつつある.さらに,1993年12月には障害者の社会参加・自立生活の援助を骨子に障害者福祉の充実をうたった「障害者基本法」が成立したが,そこでは,その対象者に身体障害者,精神薄弱者と並んで精神障害者が明記された.これを受けて近々改正される精神保健法では,従来の法律に欠けていた福祉的な視点を盛り込むべく,その名称も「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」と改められることを前提に改正作業が進められているという.
 「精神衛生法」から「精神保健法」を経て,いま「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」へと変わろうとしているこの7年間のめまぐるしい変化は,いうなれば,守られるべき患者の人権を国の責任として明らかにし,医療機関における処遇改善と,社会においては,ノーマライゼーションを目指すものである.このような動きにひと際敏感に反応し,むしろ時代を先取りする形で医療を展開してきたのが浅井病院である.

転換期にたつ精神科医療 全国自治体病院協議会精神病院別部会新部会長に京都府立洛南病院 小池清廉院長

著者: 猪俣好正 ,   八木保

ページ範囲:P.120 - P.120

 精神保健・医療・福祉施策の立ち遅れが指摘されて既に久しい.先進諸外国に比して,著しく長い平均在院日数,高々40%台とされる病床開放率,少ないヘルスマンパワーと低い診療報酬基準,乏しい社会資源と長期在院者の問題等々.しかし,厳しい環境下にあるとはいえ関係者の地道な努力により,昭和63年に精神保健法が施行され,平成5年には障害者基本法が成立するなど,精神科医療は今,新しい転換期を迎えようとしている.
 こうした状況の中で,全国自治体病院協議会精神病院特別部会は,精神衛生法改正に関する要望書を昭和61年10月に提出するなど,法成立に大きな貢献をなしてきた.病院間較差が激しいなかで,モデル的かつ公共性の高い医療を提供する場として,自治体立精神病院の果たすべき役割は大さい.

主張

ボランティア精神ということ

ページ範囲:P.121 - P.121

 ボランティアの導入を考える医療機関が多くなりつつある.その狙いは様々であろう.現在の医療機関をとりまく環境,特に定員制度や診療報酬の方法などから,医療機関が組織としてその目的の達成のための活動には不十分な点があり,それを何らかの方法で補正しようということがある.最近出された国立大学の運営改善に関する検討会報告でも,病院運営改善の1つの事例として,地域社会とのつながりを深めるために,病院ボランティア制度の導入の例が紹介されている.日本病院ボランティア協会などの存在もあり,着実にその活動は病院の中で進んでいるようである.
 勿論,ボランティアが本来病院が責任をもって果たさなければならない活動の代替となるものであってはならないが,ボランティア活動を行うということは,それではどのような意味があるのだろうか.ボランタリーホスピタルという言葉がある.特別な志,篤志病院とも訳され,アメリカの病院のかなりな数がこの範疇に置かれているという.非営利病院,地域病院とも言われている病院のことであるが,これは地域の人々が自らの意志で病院をつくろうという考えをその起源とすると言われている.西部開拓の時に,新しい地域社会でまずつくられたのが教会であり,学校であり病院であると言われる.この篤志,ボランタリーという言葉は他からの強制ではなく,必要なものに対して自らが積極的に行動を開始するという意味であろう.

MSWの相談窓口から

あるブラジル人の帰国

著者: 佐藤和子

ページ範囲:P.180 - P.180

 1994年6月2日16時30分,羽田行きの飛行機に乗るため,1人のブラジル人が寝たままで搬送できる車に乗り込もうとしている.気管切開と鼻腔チューブを入れたままの帰国である.手荷物は,飛行機の中でも使えるように痰を吸引するバッテリー付きの吸引器,チューブから入れる栄養パック,イルリガートル,薬を注入するための注射器,鑷子である.ブラジルから迎えに来てくれた親戚の看護婦と妻が同行する.
 患者はHさん.ブラジルから3年間の定住ビザで出稼ぎに来ていて「急性心筋梗塞」を起こし,他院から紹介のあった人である.呼吸停止のため重度の意識障害を起こし,前年の暮れから入院していた.家族は妻と娘夫婦で,主に妻が片ことの日本語でいろいろな問題に対応していた.高い入院費に困っているとの主治医からの紹介で相談室を訪れたのが,妻との最初の出会いである.

連載 アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第4回

老人保健施設3題

著者: 河口豊 ,   栗原常治 ,   伊藤研 ,   高野重文

ページ範囲:P.181 - P.187

老人保健施設のパワー
 本格的に老人保健施設が動き出してから7年足らずの間に,全国に施設が建設され既に8万床を超えた.平均在所日数を3か月として年間32万人,4か月としても24万人が利用していることになる.多くの病院で社会的入院と言われる高齢者を少なからず抱えている.また,一部の老人病院では医療の観点からのみ対応していたため,具体的退院計画をもたないまま漫然と収容の形となり,死亡退院が90数%と言う状態でもある.
 そこに中間施設としての老人保健施設が社会復帰を目的として活動を開始し,病院の高齢者医療に大きなインパクトを与え,特別養護老人ホームの介護をも刺激した.さらに在宅からの入所者が半数強ということから,在宅高齢者とその家族に与えている影響も大きい.ただ,中間施設としての機能の維持を考慮すれば,病院病床とのトレードを主とし,やみくもに定床増を目指すべきではなかろう.すでに老人保健福祉計画上の数を上回る計画の地域がある.

医療技術革新の展望とこれからの医療政策—ヒト遺伝子研究の意味するもの

ヒトゲノム・プロジェクトとアメリカの医療政策

著者: 広井良典

ページ範囲:P.188 - P.193

ヒトゲノム・プロジェクトの生成過程(承前)
OTA報告と合意形成
 前回,ヒトの遺伝子の全塩基配列を解読するという「ヒトゲノム・プロジェクト」のアイデアがアメリカで提唱され,いくつかの紆余曲折をへて計画そのものの必要性についての合意が1988年頃までに固まっていく過程を見た.残るは研究推進体制の問題,すなわち先に触れたエネルギー省(DOE)主導の計画なのか否かといった点であるが,この点についての基本的なオプションとあるべき方向を示したのが,全米研究評議会(NRC)の報告のわずか2か月後(88年4月)に議会付設の技術評価局(OTA)から発表された報告書「ヒト遺伝子マッピング(Mapping OurGenes)」であった.
 OTAはこの中でプロジェクトの推進体制について,「単一機関主導型(Single-Agency Leadership)」「組織間タスク・フォース」「コンソーシアム」等の選択肢を示しつつ,特に単一機関主導型に関する議論のなかで,先に述べたような「NIH=分散管理体制,DOE=重点的な大規模プロジェクトに向く」といった比較を行ったうえで,かりに議会がヒトゲノム・プロジェクトの主導機関を決めるとするなら,計画の任務ともっとも直接に関わり,また関連する研究者も圧倒的にNIHが支援している科学者コミュニティに属しているとの理由から,NIHを選ぶのが「論理的な選択である」と結論づけている.

厚生行政展望

病院のトレンドについて

著者: 厚生行政研究会

ページ範囲:P.194 - P.195

はじめに
 病院が多様化してきいてる中,これから述べることは必ずしも個々の病院にあてはまらないかもしれないが,医療の方向付けを行う行政官たちは,まずはマクロに医療施設のトレンドをとらえた上で意思決定を行ってゆくので,自院のトレンドだけではなく,国全体の医療施設のトレンドをしっかりと把握しておくことは,病院運営の将来を安定化させるためには重要な視点である.
 行政では,医療施設のトレンドを把握するために,患者調査(3年ごとの9月,10月),医療施設調査(静態調査は毎年10月,動態調査は随時),病院報告(患者票は毎月,従事者票は毎年10月),社会医療診察行為別調査(毎年6月)などを行っており,昨年末,相次いで平成5年調査の概況が発表された.これらの結果をリンクして分析すると,いろいろと興味深いことが見えてくる.

訪問看護ステーション 実践レポート—北から南から

病院のリストラと平行して開設—茨城県で第1号の認可を受けた「せいじゅん」

著者: 菱沼くに ,   青柳庸三

ページ範囲:P.196 - P.199

 長寿社会が叫ばれて久しい現今,核家族化が進み,一人暮らしの老人および老人夫婦のみで生活している例が増えている.水戸市近郊においては特に子弟が遠方に滞在している家族も著しく多くなっており,仕事の都合上,親を見舞ったり世話することも少なくなり,そのため親の生活は不規則,しかも不潔になり,著しい例では食べ物もろくに食べず,生活の喜びを失い酒ばかり飲んだり家中ゴミの山にしたりしている状況が数多くみられるようになってまいりました.このような老人が体調を崩して来院した時には,脱水症状で衰弱著しくなったり,入浴させた時に,ノミ,シラミの対策に大わらわになるなど,一般の人々が考えられないような状態もまま見受けられます.たとえ病院で適切な治療がなされようとも,退院後家庭において快適な生活が維持されなければ,その後も同じような繰り返しで,病院の治療というものは無いに等しいと思われます.
 このような症例に対して,訪問看護婦が頻繁に巡回し,医師と密接な連携のもとに,老人の生活指導,療養指導を行う,あるいは家族同居の寝たきり老人においては,家族にこれらの指導,老人観察の要点の指導をするべきと考えます.さらに訪問看護婦として,老人本人に対して生活の喜びを感じさせる援助ができれば理想的なのですが,それは至難の技であると思われます.

病院の高齢化対策

長寿化に伴う婦人科的アプローチ—骨粗鬆症をモデルとして

著者: 野村雪光

ページ範囲:P.200 - P.202

はじめに
 「高齢化社会」,少産少子社会は医療活動,看護・介助活動,そして医業経営に重大な影響を与えつつあります.特に女性においては男性に比較して,その長寿化は顕著であり,この現象に対する医療・福祉における新たな展開が求められています.
 筆者は1988年に現在勤務している津軽保健生活同組合・健生病院で活動を始めました.「高齢化社会」や少産少子社会への対応も考え,産婦人科医の立場から,出生件数や人工妊娠中絶の減少を産婦人科医療の「斜陽化」と捉えることなく,女性のライフサイクルを総合的に把握する視点から医療活動の展開を考えて来ました.

病院管理フォーラム

[病院図書室]病院図書室のコンピュータ化,合理化

著者: 野原千鶴

ページ範囲:P.203 - P.205

はじめに
 平成5年4月からの製薬会社による文献情報サービス自粛の影響を受け,病院図書室は急激に忙しくなったと言われています.しかし昨今の病院図書室を取りまく諸事情により,担当者の人員増加は望めそうもありません.そこで図書室担当者は独自に,業務の合理化について考えなければなりません.
 まず合理化として思い浮かぶのは,業務のコンピュータ化でしょうか.近年のOA機器の普及に伴い,さらに製薬会社の文献情報サービス自粛の影響から,文献検索用CD—ROMやスライド作成用にコンピュータを導入する図書室が増えています.実際に図書室業務をコンピュータで行っているという報告もたくさんあります.ここでは図書室業務の合理化としてのコンピュータ化,そして現在図書室担当者を急激に多忙にさせている「相互貸借(院外文献複写依頼)業務」について考えてみましょう.

[放射線設備・機器管理Q&A]エックス線装置の構造設備

著者: 諸澄邦彦

ページ範囲:P.206 - P.207

 エックス線診療室の構造設備については,規則第30条の4で規定し,規則第30条の16では,法令で定められた線量当量を超えるおそれのある場所を管理区域とするように規定している.従って,放射線診療従事者及び公衆が線量当量限度を超えて被曝しないような遮蔽設備を設け,図1に示すとおり規則第30条の26第3項に示されている外部放射線の線量当量を担保する構造設備でなければならない.

[外国人医療費の未収金]「診療会議」で対応を協議

著者: 篠木正博

ページ範囲:P.208 - P.209

当院における事例
 平成6年7月,太田市近郊の鉄工所で働いているバングラデシュの男性(45歳)が,仕事中に胸痛を訴えたため,事業主の車で救急外来に運び込まれた.
 症状は予断を許さない状況であり,心筋梗塞と診断されて,CCU (心疾患用集中治療室)に入院.幸い一命を取り止めたが,入院期間は一般病室も含めて36日間となり,治療費はこの時点で194万円に達した.

[病院関連サービス]聖路加サービスセンターの事業(5)—食堂運営

著者: 石山稔

ページ範囲:P.210 - P.210

 (株)聖路加サービスセンターが担っている多角化事業のうち,前回までにご紹介した売店に続き,今回は食堂運営についてご紹介します.

データ・ファイル

平成5年患者調査要旨

著者: 厚生省大臣官房統計情報部保健社会統計課

ページ範囲:P.211 - P.214

1.推計患者数
 1)性・年齢階級別推計患者数
 医療施設の入院患者数は143万人,外来患者数は697万3千人(調査日1日の患者数).

医学ごよみ

2月—February 如月

著者: 木村專太郎

ページ範囲:P.215 - P.215

□13日 ハンター管
 偉大な外科医であり,博物学者であったジョン・ハンター(John Hunter,1728〜1793)が,スコットランドで生まれた日である.彼は近代外科学の父と尊敬されているフランスのパレ(Ambroïse Paré,1510〜1590)と並び称されるほどの偉大な外科医である.小さいときからスコットランドの自然に親しんで自然界をよく観察し,生物の種の不思議さや巧妙にできている自然界の摂理に魅了されていた.
 ハンターは20歳のときに,ロンドンで解剖学講義の手伝いを始めた.そして11年間兄の解剖を手伝い解剖学をマスターしてしまった.のちに軍医として従軍し外科を習い,ロンドンで開業していたが,その外科医としての評判は非常に高かった.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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