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雑誌目次

雑誌文献

病院57巻2号

1998年02月発行

雑誌目次

特集 医療界の世代交代

リーダーに必要とされる資質

著者: 浜田広

ページ範囲:P.114 - P.117

三つの同心円経営
 リーダーの役割は,会社や組織全体を一本にまとめて,まちがわない方向に進めることだ.そのためには取り巻く環境の変化を敏感に感じ取る“感度のいい会社”にしていかなければならない.
 いち早く変化の気配を感じ,それに果敢に対応していく,これが一番大事なことだ.常に社内と社外の風通しをよくし,全社員の仕事に取り組むマインドを高める努力をし続けていかなければならない.

〔てい談〕病院管理者の世代交代

著者: 齋藤芳雄 ,   中澤良英 ,   桑名斉

ページ範囲:P.118 - P.126

 齋藤 本日のてい談のテーマは大きく「医療界の世代交代」のなかで,病院管理者—ここでは院長ですが—その世代交代を論じてみようということです.
 中澤先生から,病院の紹介も含めながら,お願いいたします.

行政組織としての厚生省の世代交代

著者: 大谷藤郎

ページ範囲:P.131 - P.135

行政における基本姿勢
 行政には先見性が問われ,時代を先取りした考え方を持たねばなりません.同時に,その時代に適応したものでなければなりません.しかし,時代に適応といっても朝令暮改であってはなりません.
 最近はグローバルに経済,社会,政治が変化し世界が激動していますが,従来の政策にいつまでも固執していると現実にそぐわない行政になりますから,社会の変化に機敏に対処することが必要で,だからこそ,日本の社会の変化を先取りする先見性が求められます.わが国では政治優位ですから,行政は政治に反映する国民の期待を把握しそれに応えていくことが原則で,基本的に政治主導の体制です.

未来の定年制を考える

著者: 井形昭弘

ページ範囲:P.136 - P.140

はじめに
 人は誰でも年をとり高齢となるといつかは職場を去らざるを得ない交代の時機が必ずやってくる.特に組織のトップが交代するときには,組織の受ける影響も大きくそれだけに交代時の混乱を避けるためにも,あらかじめ次代の人材を育成しておくことなどが重要な課題となる.また,トップでなくとも職場にある限り,やがて若い世代の方が追いつき追い越していき,その責務を譲るべきときは必ず到来する.つまり世代交代はその社会でも,どの組織でも必然的に起こるもので,これは時代と関係ない社会の必然のルールでもある.医療の領域でも世代交代の流れは必然である.ここでは一般の定年制を考え,その中で医師の世界ではいかなる問題があり得るかを考えてみたい.

医療界における世代交代を考える

医療界の世代交代—全日本病院協会の場合

著者: 木下二亮

ページ範囲:P.127 - P.129

 上記テーマでの執筆要請に対し,編集者の期待に添えない部分があるかも知れないことをまずお断りしておく.

変革の時代に求められるリーダー像と世代交代

著者: 神尾友和

ページ範囲:P.129 - P.130

変革の時代におけるリーダー像
 1.リーダーに望まれる正しい社会認識と時代認識
 これからはどういう社会および時代であるのかという社会認識と時代認識を持ったリーダーが第1に望まれる.
 第二次世界大戦以降,世界の政治・経済を左右してきた東西冷戦構造が終焉し,今,新たな世界構造のあり方が模索されている.一方では環境破壊が地球規模へと拡大し,“地球の危機”が指摘されている.環境破壊と人口増加による“食料危機”も懸念されるに至っている.また,日本を含めた先進諸国においては人口構造の高齢化が進展し,その対応が大きな社会問題となっている.

グラフ

16年の蓄積で次のステップに—第一線医療の向上を常に目指す—医療法人社団三思会東名厚木病院

ページ範囲:P.105 - P.110

■「待つ」から「出る」地域医療を
 三思会東名厚木病院は神奈川県の形のほぼ中心に当たる位置にある.この地に,現在三思会理事長である中佳一氏が40名のスタッフで,60床の救急告示病院東名厚木病院を開設したのは1981年6月1日.当時の中院長に地縁・血縁があったわけではない.ただ,自らこの地で「学生時代から目指してきた地域医療を中型都市で実践しよう」とした.
 以来,救急告示病院として救急医療に力をそそいできたが,いま一段の機能の向上を目指している.さらに,それを支える第一線医療の水準の向上は法人全体の目標である.

都市型地域医療の拠点を新築—医療法人健和会 三浦聡雄理事長/鈴木篤柳原病院長/宮崎康みさと健和病院長

著者: 松島松翠 ,   八木保

ページ範囲:P.112 - P.112

 健利会と私ともの佐久病院とはとても関係が深い.あちらは都市の地域医療,こちらは農村医療ということで,以前から交流させていただいているのだが,こちらが学ぶことがたいへん多い.特に在宅ケアなどは大いに勉強させていただいている.その健和会の現在の立役者が,三浦聡雄,鈴木 篤,宮崎 康の三先生である.
 三浦先生は,大学民主化,卒後研修の民主化を目指す東大闘争のリーダの一人であったが,1971年に東京大学医学部を卒直後,柳原病院に人職.その考えに共鳴して,73年に共に来京大学医学部を卒業した鈴木,宮崎両先生が卒直後に同病院に入られた.三浦先生が2年先輩だが,三先生はほぼ同世代である.

主張

医療保険改革における期待と現実

著者:

ページ範囲:P.113 - P.113

 医療保険体系の抜本改革が話題となっている.そのなかで診療報酬体系については,これまでも古くは「人」と「もの」との分離,あるいはhospital fee と doctor feeとの分離の必要性が提言されてきた.しかしながら,出来高払いのもとでは価格を統制することによってしか医療費を抑制する方法はなく,価格を抑制すれば「人」部分についてはコストを圧縮できないので,コスト割れとなる.一方,「もの」部分についてはコストを圧縮できるので,利益が出る構造が依然として続く.したがって,出来高払いを続ける限り,「人」部分を充実させるのは構造的に難しいといえよう.
 一方,hospital fee と doctor feeの分離については,幻のように出現しては消える構想であるが,そもそも日本のように医師の3分の2が病院に雇用されている状況下では現実的でないといえよう.このようなhospital fee と doctor feeとの分離があるのは,アメリカのようなオープン病院の形態をとっているごく一部の国々に限られており,ヨーロッパのほとんどの国では採用していない.また,アメリカにおいてもマネージドケアの圧力によりしだいに縮小の方向にある.したがって,アメリカをモデルとするhospital feeとdoctor feeについては検討の対象とすべきでないと考える.

インタビュー 村瀬敏郎前日本医師会会長が語る 今昔物語後編

薬価基準制度,かかりつけ医制度—これからの医療のあり方

著者: 本誌編集室

ページ範囲:P.141 - P.145

 国民皆保険制度がつくられたときに医師が保障されたことは,取りはぐれがない支払いの仕組み,税制での保護,薬価差益の確保という三つでしたが,それを医療関係団体として,特に日本医師会は,なんとか既得権として守っていかなければいけなかったということも事実ですね.
 村瀬 事実であったし,そうやってきた.だけどそれが限界に達したのが,武見先生の昭和50年からの考え方ですよ.

特別寄稿

ノーマライゼーションヘの道程—共に生きることへの誠意・2

著者: 大田仁史

ページ範囲:P.146 - P.151

『成長の限界』に改めて学ぶ
 今から30年ほど前,1968年に地球環境に危機感を持ったグループ,ローマクラブが,人口の爆発,食糧危機,環境問題など将来に対する警告を発しました.これが『成長の限界』にまとめられています.
 この本の中の図を引用しましたが,「人間の視野」ということで,横軸に時間を取り,縦軸は空間の広がりです.人の視るところ,関心の範囲が,一定のところに集中していることを指摘しています.

シンポジウム パス法の原理と経験の交流・1 日本病院管理学会159回例会・医療の質に関する研究会「パス法に関するシンポジウム〜その原理と経験の交流」より

パス法の医療への導入—あいさつに代えて

著者: 菅田勝也

ページ範囲:P.152 - P.152

 本日のシンポジウムでは,クリティカルパスに関して二つの事柄をディスカッションしたいと思います.
 一つは,最近医療の場に導入されつつあるクリティカルパス,あるいはパス法と呼ばれるものは何かということです.わが国に紹介されてからまだ間もないことですので,その原理について確認しようということです.今一つは,すでに導入されているいくつかの病院からご報告をいただき,その経験をもとにパス法について意見交換をしたいということです.

パス法とその医療管理における意義

著者: 郡司篤晃

ページ範囲:P.153 - P.158

 一般の産業,特に製造業では管理学が発達し,生産の効率,生産物の質の確保に大きく貢献してきました.科学的管理はベルトコンベア方式による流れ作業を作り,人間関係学派は人間は動機づけが重要だということを論じ,組織論学派は組織の形がその機能を決めることを研究してきました.これらはすべて現在でも使用され,生きている成果です.
 しかし,人間の生命を対象とし,多用な技術の集積である医療では,管理学が発達せず,あるいは応用されず,いまだに確立されていない状況です.特に,わが国の医療界ではは,医療機関の開設者と管理者が同一であることが,その発達を遅らせてきた可能性があります.というのは,管理学はいかに効率的に働いてもらうかという学問だからです.医療の生産性と質の管理は理論および実践でも立ち後れていましたが,今や医療の質を確保しつつその効率を向上させることが焦眉の課題です.

連載 医療事故・医事紛争防止とリスクマネージメント・1【新連載】

総論(1) 医療事故防止と紛争化防止

著者: 川村治子

ページ範囲:P.159 - P.161

 どのような組織にも,その発展を阻害しかねないなんらかのリスクが存在する.内外の環境の諸変化から,リスク情報をいかに早く把握し,その原因,影響などを分析し,早く適切な対処行動をとるかは,組織の命運にかかわる重要な課題である.日本でも,優良企業のいくつかは,昭和50年代の初めに既にリスクマネージメントシステム1)を構築し,うまく機能させている.
 ところで,病院ほどリスクに満ちた組織が他にあるだろうか? 医療行為は侵襲的でますます高度・細分化している.複雑な医療行為の連鎖には種々の職種や個人がかかわる.生体の反応も患者個々で多様だ.そして,何より対象自体がリスクに弱い,老人や疾病・障害を持っ人々である.つまり,医療現場は日常そのもの,存在そのものがリスクといってよい.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第40回

豊橋市民病院

著者: 石田好 ,   浅野正芳

ページ範囲:P.172 - P.178

基本方針
 新市民病院は旧本院と分院とを統合し,新しい敷地に移転新築されたものである.
 敷地の広さは旧病院の約6倍強の9.2haと広く,新病院の建物規模の設計としては理想に近い恵まれた広さであった.

使ってみてひと言

著者: 岡村和彦

ページ範囲:P.177 - P.177

 地域の中核病院としてふさわしい高度の医療を提供できる十分な施設機能,優れた療養環境,親しみがもててわかりやすい施設配置,将来の拡張性などをコンセプトに建築された新病院に移転してから約1年半が経過したが,ようやく本格的に活動に入ったこの時点でわが病院建築に対する使用者としての評価を述べる.
 まず第1に自他ともに感じることは,建物がきれいで豪華であるということであろう.「病院らしくないホテルのような病院」というキャッチフレーズには患者も来訪者も等しく共感してくれるようである.広い廊下については,計画前にはもったいない感じがしたが確かにゆったりとした空間を生み,誰にも高く評価されている.終日エアコンは気候を問わず快適な環境を生み,病院によくみられる異臭が金くない.病室,デイルームなどの快適さは患者でなくても十分に実感でき,患者のアメニティに関しては十分に評価できると考えられる.

癒しの環境

デートができるロビー

著者: 原田充善

ページ範囲:P.162 - P.163

 川口市立医療センター(旧川口市民病院)は1994年5月に現在地に新築移転しました.旧病院は市街地にあり手狭で,増築しようにも周辺は商店街でビルや民家が密集しており拡張の余裕がありませんでした.
 しかし,地域医療の充実は不可欠で土地の確保は最大の懸案でしたが,たまたま,閉鎖された川口市医師会病院の跡地を利用するということもあり,周辺の土地を確保できたことからこちらへ移ってきました.

病院管理フォーラム 診療情報管理はいま・6

診療情報の活用

著者: 五十嵐よしゑ ,   細川治

ページ範囲:P.164 - P.165

 当院にコンピュータが導入されて20年間が経過し,院内における業務は大きく変化し,これからもますます多様化すると思われる.今回は診療録の基本管理から発生したデータの活用について,当院の経緯と今後の方向について報告する.

リエンジニアリング—PFFCの展開・2

PFFCを導入するに当たって

著者: 三枝匡

ページ範囲:P.166 - P.167

淘汰の時代の最終段階
 日本経済の伸びが止まり,多くの業界が閉鎖状態に陥っている.成長拡大の恩恵が業界全体を潤す時代は終わり,ゼロサムの戦いの中で企業間の優勝劣敗がいよいよ鮮明になってきた.多くの限界企業は日本的経営の特徴といわれた慣行をさっさと捨て,人減らしなどの合理化に走ったが,それでも脱落の危機に直面している企業は多い.
 企業で起こっているこれらの現象は,そのまま「企業」を「病院」と読み替えれば,日本の病院経営の今後の姿になる.医療行政の変化に伴い,われわれはいま「淘汰の時代の最終段階」に追い込まれようとしている.

看護管理・1

病院組織図のとらえ方

著者: 竹谷美穂

ページ範囲:P.168 - P.170

 現在,病院が組織図を持っていることは常識的になっている.その組織図は,病院の設立母体や規模,特殊性により多少の違いはあるが,基本的には図1で示すように,診療部・看護部・事務部の3部門に大別されている.
 この組織図から看護部門を説明すると,一般病院の規模別には図2のような3つの標準的モデルがあり,さらに勤務帯ごと(深夜・日勤・準夜勤の三交替や二交替など)に分けられる.また,看護をどのような形で患者に提供するかを考える看護方式(看護体制)がある(表).国で定められた枠の中で,各病院が経営方針に看護をどのように位置づけるかによってどんな看護方式を使うかが決まり,勤務時間帯の看護職の組み合わせが違ってくる.

早期退院計画・5

一般病院における在院日数適正化の試み—名古屋記念病院における在院日数短縮の歩み

著者: 藤田民夫

ページ範囲:P.179 - P.183

はじめに
 名古屋記念病院は1985年「癌と免疫」の病院として民間のがんセンターを任じて設立されたが,その後幾多の変遷を経て,現在では診療科目数20を擁する総合病院で,厚生省の臨床研修指定病院の指定を受け,地域医療の推進を担う病院として活躍している施設である.名古屋記念病院では厚生省の1992年以来の一連の診療報酬の改定に伴い在院日数の短縮化の必要性に迫られ,様々な取り組みを行ってきたので,在院日数の短縮化の過程,その取り組みの概要と成果を紹介する.

データファイル

平成8年老人保健施設調査の概況・2

ページ範囲:P.184 - P.190

□利用者の状況
 1.利用者数
 9月中の全国の老人保健施設の利用者数は203,399人で,うち入所者は133,972人,通所者は69,427人となっている.

医学ごよみ

2月—February 如月

著者: 木村專太郎

ページ範囲:P.191 - P.191

□8日 元素周期律表制作者
 18世紀後半に空気から元素が発見され,次々と新しい元素が発見された.われわれが化学の時間に習った元素周期律表は,ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフ(Domitri I.Mendeleev,1834〜1907)が作ったものである.このメンデレーエフはシベリアのトボルスク(Tobolsk)に,この日に生まれた.
 ドミトリ・メンデレーフの父は中学校の校長で,母は資産家の娘であった.彼は14人兄弟姉妹の最後の子供として生まれ,7歳のときに“Tobolsk Gymnasium”に入学し初等教育を受けた.その成績は化学や数学に優れていたという.しかし父を早く亡くし,また母も彼が15歳のとき死別した.母は亡くなる前に,ドミトリを教師の道に進ませるために,ペテルスブルクの学校に入学させており,そこで彼は数学と物理を専攻した.彼は非常に優秀な成績で卒業したが,教師として最初に派遣された学校はへき地にあった.赴任して2か月後にクリミア戦争が勃発したためにこの学校が閉校になり,彼はオデッサ(Odessa)に移った.そこで物質の化学的性質をイオンなどの電気的性質で説明する「比容の研究」を始めている.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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