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雑誌目次

雑誌文献

病院64巻11号

2005年11月発行

雑誌目次

特集 病院にとって「患者の視点」とは

巻頭言

著者: 猪口雄二

ページ範囲:P.877 - P.877

 「患者の視点」という言葉は,厚生労働省医政局の「医療提供体制の改革のビジョン」の主要項目の一つとして「患者の視点の尊重」に使用されている.また,同省保険局の「診療報酬体系の基本方針」においても「患者の視点の重視」と書かれている.これらは,診療情報提供の促進やEBM に基づく医療提供の促進を意味するものと考えられる.

 一方,医療には「情報の非対称性」があると言われている.確かに医療本体については,一般の人には理解し得ないような専門的なことが多い.医療行為に対しては「説明」と「納得した上での同意」が必要であることは明白である.しかし,情報が非対称なのは医療に限ったことでない.食料品の安全性や産地,飛行機事故の確率,車の性能,など身近なことでも非対称な情報は山ほどある.しかも,安全を信じていた列車事故なども発生してしまった.

なぜ「患者の視点」は重要か―医療の一元論的な主体者としての患者

著者: 近藤正晃 ジェームス

ページ範囲:P.878 - P.882

■「患者の視点」が重要であることは自明か

 医療において「患者の視点」が重要であることは,一般に自明のように語られることが多い.

 しかし,医療の専門家の間では,「患者の視点」の重要性について疑問を呈する人々が多い.専門家がこれまで独占してきた医療の意思決定に「患者の視点」が介入してくることに対する感情的な反発があることも事実だが,問題はそれだけではない.なぜ「患者の視点」が重要かについて,議論が不足しているのである.

 ここでは,「患者の視点」がなぜ重要かという議論を尽くし,その本質的意義がどこにあるか,並びにそのことが医師,医療政策立案者にどのような意味をもつかについて述べたい.


■「消費者中心主義」 の限界

 「患者の視点」が重要である根拠として,しばしば取り上げられるのが「消費者中心主義」である.あらゆる経済活動は消費者のためにあり,提供者は消費者のニーズを満たすために存在するという考え方である.これを医療に置き換えると,医療も経済活動の一つであり,医療における消費者は患者であり,その患者の視点に提供者は従うべきである,ということになる.

 しかし,日本において「患者の視点」が重要である根拠を「消費者中心主義」に求めることには限界がある.日本における大多数の「患者」は厳密な意味での「消費者」ではない.確かに,一部の患者は,医療費を保険外診療で全額自己負担している.また,保険診療の場合でも自己負担は存在する.しかし,大多数の国民が活用している公的な医療保険は互助制度であり,医療を受診していることと,受診に要した医療費を負担していることは必ずしも対応していない.医療保険の支払額が少ないにも関わらず,受診量が多い人々は,互助制度を支える他の人々に自らの医療費を援助してもらっており,その意味では「部分的な消費者」であるといえる.

 米国のように私的保険が主流の国では,支払った医療費に応じて,受けられる医療の質が変わるので,「消費者中心主義」が厳密に求められる.しかし,日本のような互助制度(社会保険)の国,または公助(税負担)の国では,「消費者中心主義」を患者の視点が重要である根拠とすることには限界がある.

医療提供体制における「患者の視点の尊重」とは

著者: 原勝則

ページ範囲:P.883 - P.886

■来年の改革は「患者の視点」に立って検討

 平成15年8月の「医療提供体制の改革のビジョン」では,「患者の視点の尊重」ということが三本柱の一つに挙げられている.平成18年の医療制度改革に向けて,社会保障審議会医療部会では,幅広い視野に立って検討を進めているが,検討にあたっての基本的な認識は,「患者の視点に立った,患者のための制度改革」に徹していくということである.

 医療法をはじめ制度の面から,それをどう変えていくか.患者の視点でニーズや問題点を捉え,どう制度を変えていくかという取り組みを進めている.

 そのためには患者や国民の意見をよく把握することが肝要である.このため,医療部会で2月に論点を整理した段階で,厚生労働省のホームページに「ご意見募集」として,幅広く国民の皆さんからの意見を集めたこともある.

患者からみた「患者の視点の重視」とは

著者: 勝村久司

ページ範囲:P.887 - P.891

「患者の視点の重視とは何か」の答は決して難しくないと思う.

 人は皆,生きている限り反省を繰り返している.相手を傷つけたり,誤解してしまったり,興奮してしまったり,やるべきことをしなかったり,してはいけないことをやってしまったり,等々だ.それらに気づくたびに,これからはしないようにしようと努力し続けることが人としての誠意である.

 そのためには二つの観点を持ち合わせていなければいけない.一つは,相手の立場に立ってものごとを考えることができること.もう一つは,反省を生かして自らを変えていこうとする意志を持っていることである.その際の「相手の立場」こそが医療者にとっての「患者の視点」であり,それに「反省の意志」が加わって「患者の視点の重視」になる.

 人は皆,率直に意見を言ってくれる人がそばにいないと,なかなか自らが反省すべき点に気づかない.にもかかわらず,医療界は患者の声を聞く努力をしなかったどころか,患者に情報を与えないようにして,患者に意見が言えないような仕組みを作ってきた.また,時にそれでも意見を言う患者がいたとしても,決してその声を受けて自らを変えていこうという発想を持っていなかった.

 したがって患者の視点の重視のためには,具体的には次の二つを実行する必要がある.まず,率直な意見を言ってくれる患者を大切に重用すること,そして,その意見を受けて速やかに変えていくシステムを作ることだ.

病院機能評価における「患者の視点」―受審病院に求められる「患者の視点」とは

著者: 岡本豊洋

ページ範囲:P.892 - P.897

筆者と(財)日本医療機能評価機構(以下機構とする)とのかかわりは,さかのぼると平成7年の運用稼動の頃からで,同年12月にサーベイヤー初任時研修を受けた時のことが思い出される.当時は筆者を含め病院関係者の中ではまだまだ病院機能評価に対する認識は不足していた.今振り返ると評価項目の内容は時代を先取りしたもので極めて新鮮で興味を持たせるものであった.

 さて,「病院機能評価における『患者の視点』とは」―これが筆者に与えられたテーマである.機構の事業にかかわってきた一人として,特に『患者の視点』のどのようなことが重要視されてきたかについて述べたい.

患者の視点と医療機関情報―けんぽれん病院情報「ぽすぴたる!」

著者: 高橋圭一郎

ページ範囲:P.898 - P.901

健康保険組合連合会(以下,本会)では,「患者中心の医療」の実現に向けた具体的な取り組みの一つとして,会員(健保組合)のみならず,広く一般国民を対象に医療機関情報の提供を行う観点からインターネットを活用して,web site:けんぽれん病院情報「ぽすぴたる!」(http://www.kenporen-hios.com)を開設し,平成15年10月20日より公開を行っている.

 事業開始から3年目を迎えた本年秋(10月下旬)には,開設以来,これまでに web 併設の「お問い合わせ窓口」 (tel :03-3403-0554/e-mail : opinion@kenporen.or.jp)に寄せられた,一般利用者をはじめ,病院関係者の意見・要望を踏まえ,情報提供のあり方や掲載内容の改善・見直しを行うとともに,急性期・慢性期等の病院(病棟)機能について理解を深めてもらうため,今年度から厚生労働省の協力を得て,全国の病院にかかわる「施設基準」の情報を加え,リニューアルを図ったところである.

 本 web における情報提供の目的は,患者の視点に立脚した医療機関情報の提供を通じ,医師と患者の間に介在する情報の非対称性のギャップ縮減に努め,患者と医師間の十分な対話を通じた “インフォームド・コンセント” を期すことにある.実際にご覧いただければわかるように,本 web は,たとえば,口コミ等の主観的な判断に基づく個別病院の資質的な優劣を求める評価や病院版 “ミシュラン” といったランキング手法などの考え方に基づく仕組みにはなっていない.ここ数年来,医療の現場において「DOS」(Doctor Oriented System) =“医師中心の医療” から, 「POS」(Patient Oriented System)=“患者中心の医療” への意識転換が図られる中,患者中心,患者参加型の医療のあり方を日々模索しながら,その取り組みに努力されている医療機関も増えている.web の愛称 “ぽすぴたる!” は,「POS」と「HOSPITAL」をかけ合わせた造語として,“患者中心の医療に取り組む病院” を意味するものであり,医療機関側との協力のもと,患者中心の医療を実現させてゆきたいという願いを込めたものである.それゆえ本 web は,病院側による情報提供の協力を前提とした仕組みを基本としており,これまでに約3,000近い病院から協力を頂いている.今後も病院の協力を前提とした事業展開に変わりはなく,一つでも多くの病院から協力を得て,情報提供の充実に努めてゆきたいと考えている.

 そこで本稿では,本 web を中心とした情報提供事業の趣旨・目的を理解していただくため,①情報提供の基本方針,②患者の視点と医療情報,③今後の展望(情報提供と保険者機能の強化)―の三点から若干の考察を交え,改めて本 web を紹介させていただくこととする.

患者向け病院評価情報のねらいと今後の展開―「総合評価病院ランキング」

著者: 木村彰

ページ範囲:P.902 - P.905

患者が求める病院情報の提供―小社医療班が一昨年来の病院調査で一貫して追求してきたテーマである.医療評価の発展に,ささやかな貢献ができればと願い,調査の狙いと内容を概説する.

 手術を必要とするような病気になった時,患者は治療を受ける病院をどのような情報に基づいて決めているのか.日本経済新聞「医療・健康に関する市民調査」 (2005年5~6月,2000人対象)によると,口コミ(75%),かかりつけ医の紹介(47%)の順で,インターネット(13%)や書籍(5%)は少ない.口コミが多いのは,医療が地域密着型産業であること,かかりつけ医を持っている人が3割にとどまる(同調査)事情に加え,使い勝手のよい病院情報が少ないためではないだろうか.

患者向け病院評価情報のねらいと今後の展開―「ベストドクターズ」・「サルーテル」

著者: 秋吉幸和

ページ範囲:P.906 - P.909

現代のおびただしい数の医療に関する情報と,また誤った選択をもたらす危険性の中,患者はどのようにして “ベスト” なものを選ぶのか.

 筆者が勤務している株式会社法研は,20年ほど前より電話による健康相談を実施している.年間で10万件を超す相談が寄せられているが,そうした相談を伺う中で「良い病院を紹介してもらいたい」といったニーズがあることを感じていた.もちろん,夜間緊急病院や専門外来の案内のような一般的情報の提供は行っていたものの,冒頭で述べた命題とは意味合いが違う.こうした声に応える術を求めていた時,「ベストドクターズ」の提供するサービスを知った.

 ベストドクターズ社(Best Doctors, Inc.)は,ハーバード大学医学部所属の医師2名により,病気を患う一般の方々に,通常ではなかなか得られない医療情報を提供することを理念に,1989年に設立された.以来,米国ボストンを拠点に世界30か国において医療情報サービスを提供している.

 日本では2003年10月よりサービスを開始したが,株式会社法研は日本コールセンターの運営とサービスを販売代理している.本稿ではベストドクターズの考える患者にとって最も信頼できる情報とは何か,またその評価の視点などについて述べてみる.

患者の視点重視のための具体策

著者: 神野正博

ページ範囲:P.910 - P.913

■プロローグ

 2000年8月10日.病院正面玄関脇で日本第一号となる24時間営業病院内コンビニエンスストア(以下コンビニ),ローソン恵寿総合病院店のテープカットが賑々しく執り行われた(写真).

 これまでの売店は平日が午後5時,日曜は午前中で閉店していた.そのため利便性の面から寄せられる入院患者や外来患者からの売店の営業時間の延長要望は言うにおよばず,不測の救急入院の際における日用品の準備や重傷者の付き添い家族などに対する飲食物の提供を求める要望などが多数寄せられ,その対応が迫られていた.

 これらの要望からわれわれは「売店改革」に腰を上げたのだった.当初,既存の売店業者との間での営業時間延長交渉を粘り強く行ったものの収益性という点で物別れに終わった.そこで,営業時間延長というよりは,24時間営業の業態を誘致するという逆転の発想に変わった.しかし,約70m2と通常のコンビニにおける所定面積の3分の2の広さしか確保できないこと.バリアフリー化のための自動ドアや通路の確保が必要なこと.また,フランチャイジーは誰がなるのかなど,本来的には本部主導で徹底した規格化,共通オペレーションというコンビニ業態の基本戦略をも覆してしまうようなコンセプトに,コンビニ本部も二の足を踏んだ.それでも,われわれのラブコールからかなり強引に「開店させた」のが実態であったと言える.いわば,コンビニ本部にしてみれば,鬼っ子的存在だったのである.

 開店後は誰も予想もしない事態が発生した.当時1日1,000人の外来患者,400人の入院患者や急患需要だけではなく,24時間病院を守る職員の冷蔵庫的役割を担い,さらには近隣住民が多数押し寄せ,売り上げは小面積にもかかわらず地域一番店となってしまった.それからというものは,コンビニ本部の役員の視察が相次ぐこととなった.そして新しいビジネスモデルとしての「病院コンビニ」が全国展開されていくことになるのであった.

医療サービス対応事務局―患者様の視点に立った病院経営をめざす

著者: 須藤秀一

ページ範囲:P.914 - P.917

医療界にとって,ミドリ十字薬害エイズ事件,雪印乳業食中毒事件,雪印食品不正表示事件,最近では三菱ふそうリコール事件等は他人事ではない.大企業であっても,コンプライアンス(法遵守)の欠如や消費者志向の欠如により,消費者対応を誤ったこれらの事件を通して消費者の視点に立った経営の重要性,すなわち医療機関にとって患者様の視点に立った経営の大切さを改めて考えさせられる.

 連日のように報道されている医療事故・医療過誤の根本原因は,患者本位の医療の欠如にあるという指摘を医療機関は謙虚に受け止める必要がある.今日,医療機関は患者様の視点に立って,患者様の声を経営に反映させる努力が求められている.

 このような観点から,当院が平成4年に産業界の取り組みを参考にして創設した「医療サービス対応事務局」について述べたい.

 当院の「医療サービス対応事務局」の説明をするにあたり,産業界における消費者対応の現状についてふれておきたい.

患者中心の医療情報ネットワーク“PLANET”

著者: 山田剛士

ページ範囲:P.918 - P.922

「医療はサービス業である」との認識を今や多くの患者や医療従事者が持っている.しかし本当にそうなのか,患者の要求レベルは他のサービス業(例えばホテルなど)を利用する時の要求と同水準なのかというと,決してそうではない.

 患者は,治療を第一目的に通院や入院をする.そのため,たとえよい入院環境でなくてもあまり文句を言わない.だからといって劣悪な環境やサービスでよいのであろうか.

 現在多くの病院では,大部屋中心の入院療養体制で,個室というと非常に贅沢な環境のように聞こえてしまう.

 果たしてそうなのか.仕事などでホテルを利用するときは,たとえ新入社員でも当たり前のように個室に泊まるが,病院に入院するとなると個室は贅沢と言われてしまう.

 入院療養を行ううえで,ストレスや不安をできるだけ払拭し,安らぎの環境を提供することも非常に重要なことである.そして,その環境にサービス提供体制のシステムが加わり,本当の安らぎを与えられるのではないだろか.

 病院での入院生活には様々な規制がある.しかし,その多くが病院側の都合で規制していることに患者は気づいているのであろうか.

 手術の前の日などは,不安で眠れない患者も多い.そんな時,家族がそばにいて一緒に寝てあげられればきっと不安も安らぐだろう.

 また,仕事をしている家族は夜しか面会に来られない方もいる.それならば,いつでも面会できるように仕組みを作ればいい.これらは個室化することで簡単に解決できるのである.

 一方で,診療記録の取り扱いについてはどうであろうか.これからの医療は「病院が勝手に治療方針を決定し,患者はそれに従う」という関係では質の高い良い医療を行うことは不可能である.

 現在では多くの治療方法や術式などがあり,患者はそれぞれのメリットやリスクを十分理解したうえで患者自身が選択することになる.平成13年に出された厚生労働省の保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザインでも「21世紀の医療提供の姿」として患者の選択の尊重と情報提供と書かれており.その中では 

 ・患者の視点の尊重と自己責任

 ・情報提供のための環境整備
とある.

 これらの実現のためにはまず患者が自分の病気に対し,正確に理解し医師と対等に話ができなければならない.

 本稿では,筆者の勤務する亀田メディカルセンターの入院環境についての改善と医療情報提供を実現した医療情報ネットワークについて報告する.

グラフ

地域資源を有機的に生かした市立病院の試み 下関市立中央病院

ページ範囲:P.865 - P.870

下関市立中央病院は関門海峡を望む下関市の高台にある.下関市の人口は約30万人で,市立病院としては中央病院,豊田中央病院,豊浦病院の三院があるが,中央病院は市立病院として100年を越す歴史を持ち,地域拠点病院,災害拠点病院としての期待が市民から寄せられている.


患者中心の医療を目指して

 2001(平成13)年に就任した小柳信洋院長が,市民からの期待に応えるためにまず着手したのは,三種類の広報誌を作ったことであった.「職員向け」「市民向け」「開業医向け」として情報公開をした.これは必要なことだったと考えている.

 当院が今どういう状態にあり,何を考え,どこを目指そうかということを告知することが,まず患者中心の医療の第一歩だと考えたのである.

 また,着任当時からも「施設内禁煙の徹底」についても取り組んだ.これは市民サービスの一環だと考えているということである.

ホスピタルアート・5

雨,のち晴れ

著者: 高橋雅子

ページ範囲:P.872 - P.872

 私たちのホスピタルアート活動は,病院のリノベーション・プロジェクトに加え,患者さんや病院職員対象のアートプログラムも行う.その1例に,NTT東日本関東病院精神科作業療法との共同プログラムをご紹介したい.

連載 病院経営分析の技術 経営改善のための分析ツール活用講座・2

病院経営指標分析〈後編:実践編〉

著者: 池田吉成

ページ範囲:P.924 - P.927

前回の病院経営指標分析 〈前編〉(本誌10月号,pp836-839)では,病院経営指標分析の手順と考え方をご紹介しました.今回はその内容を受けて,実際の事例をもとに病院経営指標分析を行うこととします.

 事例として取り上げたのは,総務省自治財政局編『地方公営企業法年鑑(病院事業)』にある300床規模の一般病院 A 病院と B 病院です.A 病院では特に収益面を,B 病院では費用面に着目して,医業利益が黒字で,かつ AB 両病院と同じ条件(300床規模の一般病院)となっているモデル病院との比較分析を行っています.

病院ファイナンスの現状・15

―間接金融(10)長期資金調達 8―病院長期資金調達の基礎知識

著者: 福永肇

ページ範囲:P.928 - P.932

■銀行からの長期資金調達

 資金調達では短期と長期とを借入期間が1年以下か,1年超かで区分します注1).すなわち長期資金調達は長年にわたって返済を行っていく借入といえます.

 短期資金調達の場合と比べ,長期資金調達の場合では銀行審査は細部にわたりかつ審査内容も厳しくなります.病院への融資期間が長期間であることは返済リスクが大きくなる事を意味します.すなわち病院自体の経営リスク(事業リスク)のみならず,長期では,経済環境や医療環境が変わるリスク(金利リスク,医療制度変革リスク)も検討する必要が出てきます.また資金使途である土地購入資金,建築資金,設備投資資金などは,短期の運転資金や賞与資金よりも金額が嵩張るので,銀行もより慎重な審査を行うためです.

 換言すれば病院側も長期資金調達に際しては,設備投資計画にて考えられるあらゆるリスクに対して慎重に検討しておく必要があるといえるでしょう.経営審査を業とする銀行が納得しない事業計画は,客観的事業リスクが大きいと謙虚に理解し,冷静に計画の再検討をしてみることが必要かと思います.「立案した計画の実行ありき」との頑なな姿勢は危険です.

 なお,銀行員が「検討はしているのですが…」とか「難しいですね…」と,やんわりと回答をする時は「このままでは駄目」ということを意味している場合が多いので,ご留意ください.

Q&Aで学ぶ医療訴訟・11

未収金対策

著者: 田邉昇

ページ範囲:P.933 - P.935

Q 公立病院ですが,最近患者さんが「お金がない」と言って,治療費(診療報酬の自己負担金)を支払ってくれないことが多くなっています.中には銀行勤めで高給取りの妻が,夫の治療費を未払いのまま払ってくれないこともあります.どのように対処するべきでしょうか.

A 簡易裁判所の督促手続,少額訴訟等を活用して断固取り立てるべきです.時効中断の措置を忘れずにしなければなりません.

病院管理フォーラム 病院マネジメントの課題

診療記録の課題を考える(1) 医療者間の情報共有のあり方

著者: 西本寛

ページ範囲:P.936 - P.937

医療機関にとって,診療記録は有形で残るアウトカムの大部分を占めるもので,病院管理学の礎を築いた Malcolm T. Mac Eachern がその著『Hospital Organization and Management (病院組織と管理)』の中で,診療録には,

 1)患者にとっての価値

 2)病院にとっての価値

 3)医学研究上の価値

 4)医学教育上の価値

 5)公衆衛生上の価値

 6)法的防衛上の価値

があると述べています.

 MacEachern は,アメリカ外科学会での活動を通じて,専門医制度,さらには現在の医療機構認定合同委員会(JCAHO)につながる活動をした人物で,日本にはそれから遅れること80年にして,専門医制度,第三者評価の流れが生まれてきたといえます.

 JCAHO の日本版ともいうべき日本医療機能評価機構の Chart Review 検討会が,今年「医療記録の記載指針」を公表しており,その中で,

 ①医療過程における医療専門職の思考のよりどころ

 ②患者と医療専門職とのコミュニケーションの基本媒体

 ③チーム医療の共通媒体

 ④医療行為の公式証明の基本情報

 ⑤病院経営の基本情報

 ⑥学術研究・教育の基本情報

 ⑦公共社会の健康安全と危機管理の基本情報

の七つの価値が挙げられていますが,時代・場所を隔てても,MacEachern のいう価値から大きくはずれてはいないと思います.

 ただ,ここで②患者と医療専門職とのコミュニケーションの基本媒体と③チーム医療の共通媒体という二つの価値は,診療記録のあり方における重要なキーワード,すなわち,『共有』というキーワードでくくれると考えます.

 本稿では,1)医療者間の情報共有,2)医療者・患者間の情報共有,3)社会との情報共有という三つの側面でとらえる形で,三回に分け,診療記録の課題を考えていこうと思います.

病院改革 患者さんの期待を超越せよ!・8

M&A スタンフォード/UCSF大学病院の事例に学ぶ

著者: 浦島充佳

ページ範囲:P.938 - P.940

成長の限界

 1980年代,スタンフォード・メディカル・センターはスタンフォード大学と同じ大きさの敷地面積にまで拡大して,多くの研究所や小児病院を持つメディカル・インダストリアル・コンプレックスと呼ばれるものにまで成長しました.「スタンフォードの “売り” は?」と聞かれたら,高いレベルの教育と研究を挙げる人もいるでしょう.一方,病院を単なるビジネスと割り切れば,500億円(1ドル100円と計算して)の収益を上げることができると目されていました.

 スタンフォードが,医学の分野で大きな功績を残してきたことは言うまでもありません.世界で最初に癌患者さんに心肺移植に成功し,スタンフォードの医師400人が US ニュースの名医にランクされ,スタンフォード自体も癌,心臓,耳鼻科,小児科でアメリカ屈指の病院としてランク付けされていたのです.

 一見,スタンフォード大学の病院経営はうまくいっているようにみえたのですが,アメリカ医療経済の減衰という流れの中で例外とはなり得なかったのです(図1,2).スタンフォード大学は私学で非営利団体であり,医療,授業料,研究費そして寄付といったものが収益の中心で,国によって運営されるものではなかったのです.

 加えて,大学関連病院としては保険未加入の患者さんも診ており,このため1989年約50億円の医療費がスタンフォード大学に未払いのままとなっている状態でした.

 また,メディケイド加入の患者さんに関しても病院は1人1日当たり約2万円のコストを支出していました.今までは,このような保険未加入者や老人で出る赤字を通常の保険でかかる人たちからの収益で賄っていたのが現状でした.しかし.民間保険会社も時代とともに厳しい制約を加えるようになってきていたのです.

 1990年当時,まともに医療費を払える患者さんは全体の18%でしかなくなっていたのでした.そのため個室差額などきちんと支払える人達に負担が上乗せされる形となっていました.

 他の病院も類似の問題に直面していましたが,スタンフォードが教育や研究に支出しなくてはならない分,一日部屋にかかる費用だけとっても一般病院が5~7万円なのに対して,スタンフォードでは6~13万円かかっていました.またスタンフォードを巣立っていった医師らは,同じ医療を安価に提供できる医療機関を作ってしまうために,逆にスタンフォードの競争相手と化したのでした.

 心臓冠動脈手術が良い例で,1970年代にこの技術をスタンフォードで習得してスタンフォード外の病院に移った医師の多くは億万長者となったものです.一方,スタンフォードに運ばれてくる患者さんは他の病院でも診ることのできない多臓器不全の重症例ばかりが残ってしまったのでした.その結果,30%のベッドは空いているような状況です.

 1985年頃であれば約17億円の収益を上げていたのに1990年は14億のマイナス,予算を切り詰めても1億の赤字を出してしまいます.1991年は2.5億の赤字が見込まれました.このような状況では優秀な医師をひきつけておくこともできません.

 患者数を増やすために,スタンフォードは他の病院ができない分野の開拓を進めました.腎臓,肝臓,膵臓などの移植,疼痛管理センター,精神ユニット,新しい小児病院などです.

 また,病棟入院部屋料金の値段も安めにおさえています.さらに,実験研究者ではなく,患者を診ることができて教育のできる医師を多く雇ったのでした.

 彼らには患者さんをより多く診ることが期待され,期待に応えたものにはボーナス・アップで応える仕組みをとりました.それでも,スタンフォード大学病院の事務系職員は,「さらにビジネスライクに考え方を展開しないとスタンフォードは経営難に陥るだろう」とみていました.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第131回

戦後日本の病院建築計画史

著者: 上野淳

ページ範囲:P.942 - P.948

■病院建築史研究会

 戦後60年,日本の病院建築はめざましい発展を遂げてきた.その全体像において,そして病院建築各部門の計画において,その水準は欧米各国に比肩するまでに達している.社会全般の水準向上という背景はあるものの,病院建築計画の分野における計画研究と計画実践の絶え間ない検証の繰り返しが質の向上に寄与してきた側面も重要である.こうした病院建築家と病院計画研究者の協働集団である(社)日本医療福祉建築協会 [JIHa] は昨年創立50周年を迎えた.戦後日本の病院建築の歴史とともに歩み,その計画の動向をリードしてきた存在といえる.この協会創立50周年の機を捉え,わが国の病院計画の系譜を総括する研究に取り組むこととなり,協会に研究委員会(末尾注)を組織して実施した.以下に,その成果の要点を概説する.


■戦後日本の病院建築の主要事例と系譜年表

 戦後日本の病院建築には膨大な実績とストックがある.名建築といわれた病院の中にも既に取り壊され,あるいは改築されているものもある.研究委員会において,戦後のそれぞれの年代における代表的病院建築作品,その時代時代の病院建築の動向を示す典型事例,病棟,外来,中央診療など各部門計画の考え方の規範を示す計画事例,などを収集・抽出する作業を行った.この作業自体も膨大なものであり,また抽出の過程でいくつもの議論もあった.こうして収録された200以上に及ぶ事例について,作品リスト及び図面集を編纂し,戦後病院建築を概観するアーカイブとした.

 このアーカイブをベースに,さらに一つひとつの事例を吟味・精査する方法で最終的に主要作品80事例を抽出し,以下の考察の基本資料とした.これら80の主要事例について,年表形式にまとめたものを別表に示す.この年表自体も,戦後の建築史の系譜を概観するものとして一つの意味をなそう.

リレーエッセイ 医療の現場から

大学病院の危機

著者: 目崎高広

ページ範囲:P.949 - P.949

悪名高きかつての白い巨塔にも一定の意義はあった,というのが実感である.私は2003年末まで母校の教官を務めていた.退職して3年ぶりに現職場に復帰し,約1年半を経過した今も,そう思う.

 大学の本来の役割は,次世代の教育と研究である.そのいずれもが危機に瀕していることに,世間は気づいていない.これは由々しき事態である.理由はいろいろある.差し障りのない範囲でのみ,私見を述べる.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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