icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

病院64巻12号

2005年12月発行

雑誌目次

特集 医療政策の決定プロセス

巻頭言

著者: 広井良典

ページ範囲:P.961 - P.961

 「医療政策の決定プロセス」というテーマは,非常に新しい話題であり,本誌で取り上げるのが初めてであるのはもちろん,このテーマを中心にまとまった特集が組まれること自体,ほとんど最初のことではないかと思われる.

 しかしながら,このテーマが新しいものであると同時に,ある意味で非常に現実的な意味をもった課題であることは確かである.本特集の企画段階では想定していなかったことであるが,今年8月に衆議院の解散が急遽行われ,9月に総選挙があり,与党圧勝の結果を受けて,従来以上に明確な方向づけをもった「改革」が行われようとしている.社会保障分野ではちょうど年金,介護を受けて次は医療改革という流れが存在していたため,上記のような動きが医療の領域においても少なからぬ影響を与えつつあることは,あえて指摘するまでもないことだろう.

医療政策の決定プロセス

著者: 広井良典

ページ範囲:P.962 - P.967

■はじめに――「医療の政治学」の必要性

 本号の特集テーマである「医療政策の決定プロセス」は,ある意味で非常に新しいテーマであり,このようなまとまった形で特集が組まれるのは,おそらく初めてのことではないかと思われる.

 最初に若干個人的な印象を記すことをお許しいただくと,筆者は1980年代の終わりの2年間(1988~1990年)にアメリカ・ボストンにあるマサチューセッツ工科大学の政治学大学院に留学する機会をもったが,当時非常に印象的だったのは,科目の中に「公共政策 public policy」という言葉を含むものが多く,また,「政治と公共政策(Politics and Public Policy)」,「公共政策の理論(Theories of Public Policy)」,「公共政策の組織(Organization of Public Policy)」等といった科目と並んで,文字通り「政策決定プロセス(Policy-Making Process)」という講義課目が独立に存在していたことである.それは様々な政策課題について,どのようなアクター(主体)が,問題の設定 (agenda setting)から政策の企画立案,利害調整等のプロセスにかかわり,どのような意思決定や対応が図られるかを具体的な事例等をもとに分析・吟味するような内容のもので,日本ではそのような議論をほとんど聞いたことがなかったので,新鮮に思えたのである(ただし誤解のないよう記すと,私はそうしたアメリカ的な政治学のあり方が必ずしもすべてにおいて優れたものとは考えていない).

 その後,こうした政策決定プロセスを含む「政策研究」の重要性ということは日本でもよく論じられるようになり,実際に近年では「公共政策」を柱に掲げる大学院も設置されるようになっている.一方,少し視点を変えて医療という分野について見ると,1990年代以降,一つには医療費の規模が大きく拡大してきたという背景もあって,医療についての政策研究というものの重要性が認識されるようになり,様々な対応が行われるようになっていった.しかしながら,医療についての政策的あるいは社会(科学)的な分析や議論の主流をなしたのは,主にその経済面に関する「医療経済学(health economics) 」的なものが中心であり,政策決定プロセスという点を含め,その「政治的」な側面についての分析はほとんど行われないまま現在に至っている.このような状況の中で,端的にいえば,「医療の政治学」がいま大きく求められる状況になっているのである注1)

 ところで,政策決定プロセスという点を含めて,「医療の政治学」がこれまで正面から分析の対象となってこなかったのはなぜだろうか.一つには,医療という分野が,医療技術を中心にきわめて専門的あるいは技術的な内容をもち,社会科学者が分析の対象にしづらい面があったという点があるだろう注2).しかしそれ以上に大きかったのは,医療費が増加を続けつつも,比較的近年までは,一定以上の経済成長に支えられて,「医療費の分配」 という問題が現在ほどには深刻な形で浮上していなかった,という点が大きかったと思われる.およそ「政治」というものの一つの本質は「分配のルールを律すること」であるから注3),経済の構造的な低成長の中で,医療における「分配」問題が大きく前面に登場するという新たな状況を背景に,「医療の政治学」の必要性が高まっているのである.

 以上と並んで,「医療の政治学」の重要性が大きくなっている背景として,患者あるいは医療消費者を含む,「アクター(あるいはステークホルダー 〔利害関係者〕)の多元化」という点が挙げられるだろう.後にも触れるように,これまでの医療政策は,圧倒的に「提供者(あるいは供給サイド)中心」に展開してきたため,ごく限られた関係当事者(医師会を中心とする医療従事者,厚生労働省,政治家等)の間で政策決定が行われ,その限りにおいて比較的単純で一元的な構造が支配的となっていた.近年になって,患者や医療消費者の立場やその主張が医療政策における重要な要素として認識されるようになり,“政策決定プロセスへの患者・市民参加” という点を含め「医療の政治学」の重要性がこの面からも浮上してきたといえる.そしてさらに付言すれば,慢性疾患や高齢者ケアへの疾病構造の変化という点が,こうした患者や医療消費者の視点の重要性ということの大きな背景として働いているといえるだろう.

 以下では,「医療費の分配問題」「医療政策への患者・市民参加」「社会保障の中の医療」という三つの点に即して医療政策の決定プロセスをめぐる課題について考えてみたい.

諸外国における医療政策の決定プロセス―アメリカ

著者: 天野拓

ページ範囲:P.968 - P.972

アメリカの医療保険制度は,1990年代以降大きな転換点に直面し,様々な改革が試みられてきた.ただ,改革は全体として漸進的なものにとどまり,既存の民間中心の制度が維持されてきただけでなく,近年では民間・市場原理をさらに拡張しようとする動きすらみられる.なぜアメリカでは,このような政策がとられているのか.それを明らかにするためには,アメリカの医療保険政策をめぐる決定プロセスについて,理解する必要がある.


■アメリカの医療保険制度

 他の先進諸国と比較するとき,アメリカの医療保険制度は,国民皆保険制度の不在に象徴されるように公的保険が限定的であり,歴史的に民間保険中心の医療保険制度が発展してきたという点で,特殊な性格を持っている.実際現在に至るまで,公的医療保険としては,1965年に成立した,65歳以上の高齢者および障害者を主な対象とするメディケアと,貧困層を主な対象とするメディケイドの二つの制度しか存在しない.これに対して,1930~40年代以降急速に発展してきたのは,民間保険制度である.とりわけ,企業雇用者が民間保険と契約し,その保険料の多くを負担することによって,従業員(とその家族)に保険給付を保障するという制度が,発展してきた.1980年代後半以降,こうした民間保険制度に,さらに重要な変化が生じた. 「マネジドケア (managed care) 」と呼ばれる,新たなタイプの民間保険の急速な発展がそれである.これは,保険者が医師―患者関係に介入し,患者が受診可能な医師・医療施設の制限や,医師の診療内容や診療報酬の規制によって,医療費の抑制を図ろうとする保険を指している.現在では,このマネジドケアが,アメリカの民間保険制度の中で支配的な地位を占めている.

諸外国における医療政策の決定プロセス―イギリス

著者: 近藤克則

ページ範囲:P.973 - P.977

イギリスの医療保障制度は,よく知られた NHS (National Health Service, 国民保健サービス)である.その特徴は,第1に,ヘルスケアが必要な時に誰でも利用できること(universal coverage),第2に,健診など予防からリハビリや緩和ケアまで含む包括性(comprehensiveness),第3に,利用時に費用の自己負担がほとんどないこと,である1).NHS は,1948年に創設されて以降,保守党政権下での1990年改革,ニューレイバー(新しい労働党)による1997年以降の改革など,いくつかの節目を超えてきた1,2).しかし,3つの特徴については,一貫として守られてきた.

 これらの改革前後の状況を記述することに比べ,その政策決定プロセスを説明するのは容易ではない.ヨーロッパ11か国の医療政策について研究した経済学者と政治学者たちも,医療制度改革のプロセスは単一の理論で説明することはできないと述べている3).なぜならば,そのプロセスには,多くの因子が複雑に絡み合っているからである.医療に深く関わる領域に限っても,医療従事者や医療財政を担う者,患者,医療にかかっていない国民など,立場・利害の異なる多くの利害関係者がいる.さらに,医療制度は独立して存在しているのではない.それが組み込まれている医療以外の制度や歴史,政治・政策の変遷の文脈などと切り離して考えることはできない.

 これらのすべてをカバーすることはできないので,小論では,医療費配分のあり方など政策決定プロセスに影響している4つの要素または判断基準に絞って述べる.それらは,①効果,②効率,③公平・公正,④エンパワメントである.これらは,医療政策研究における評価基準としてほぼコンセンサスとなっている2).前2者は,それぞれ医学的合理性と経済的合理性に対応し,後2者は,社会的合理性と言い換えることもできる4).そして,これらのすべてを同時に満たすことは困難であり,バランスが重要なものである2,4).

諸外国における医療政策の決定プロセス―ドイツ

著者: 土田武史

ページ範囲:P.978 - P.981

ドイツにおける医療政策の決定プロセスの特徴として,政党主導,地方分権,関係団体の当事者自治という3点を挙げることができる.しかし,この3つのファクターはしばしば対立し,譲歩と妥協が繰り返されるなかで,政策が具体化されていくことが多い.妥協が成立しないまま,政策の決定が先延ばしされるケースも珍しくない.以下では,前のシュレーダー政権下における医療政策の決定プロセスについて,主として政党主導という視点から見ていくことにしたい.


■政党主導の政策決定

1.主要政党の医療政策

 2003年9月,「医療保険近代化法」(Gesetzliche Krankenversicherung-Modernisieriungsgesetz, GMG)が成立し,2004年1月1日施行された.この改革法は,1993年に成立した「医療保険構造法」(Gesundheitsstrukturgesetz, GSG)以来11年ぶりの与野党合意に基づくものである.その間,1998年9月の総選挙による政権交代をはさんで,いずれの政府の改革案も野党の反対で成立を阻まれ,小規模な改革が繰り返されてきた.医療政策をめぐる政党間の対立がいかに激しかったかを示すものといえよう.

 先の与党の社会民主党(SPD)と野党のキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)の医療政策は,ともに保険料率の抑制を最大の目標においている.それはドイツの社会政策および経済政策における最大の課題が失業問題への対応であり,医療政策も基本的にはその枠内で対応が求められているからである.付言すれば,ドイツはこの十数年来,景気が低迷し,失業率が10%を上回る状況が続いており,景気回復による失業問題の解決が最大の政策課題とされてきた.一般にドイツの景気が回復しない原因として,硬直化した労働市場と高い社会保障負担が労働コストを高止まりさせ,それがドイツ商品の国際競争力を弱化させるとともに,企業の国内投資意欲を阻害していると指摘されている.そのため,労働市場改革と並んで,保険料率を抑制するための社会保障改革が大きな課題となっている.

 しかし,そのための医療制度改革の方策は大きく異なっている.SPD は社会的連帯と公平性を重視する立場から,公的介入と競争との並存,患者負担の軽減を求め,具体的には医療支出を抑えるための予算制の導入と拡大,医療供給側への規制の強化等を主張している.それに対して,CDU は自己責任と当事者自治の強化を重視し,公的介入よりも自由化と競争の促進が必要であるとして,保険者(疾病金庫)や医療機関における競争の促進と当事者自治の拡大,被保険者の選択と自己責任の強化等を主張している.

 具体的に例を挙げながらみてみよう.1998年9月の総選挙で誕生したシュレーダー政権は,11月に「医療保険連帯強化法」を成立させた.これは総選挙の公約に沿ったもので,その内容はコール前 CDU 政権が選挙前に制定し1999年から施行予定のいわゆる「第3次改革」を撤廃,修正するものであった.第3次改革というのは,1993年の改革以降3度目の改革を意味しているが,その内容は,予算制の廃止(1993年以来,外来,入院,薬剤の部門別に予算制が導入されていた),薬剤と入院における患者負担の増大,歯科補綴における差額徴収の拡大(自由化),保険料率の引き上げと患者負担の連動措置(保険料率を0.1%引き上げた疾病金庫に対して,薬剤等の患者負担を1マルク引き上げる.保険料率の抑制策),民間保険方式の導入(償還払いの導入,給付を受けなかった者への保険料の還付)などで,CDU の医療政策を色濃く反映したものであった.

 SPD 政権は連帯強化法によってそれらの多くを撤廃し,患者負担を縮小し,予算制を復活させた.まさに政党間の医療政策の相違が如実に現れた改正であった.SPD はこれに続いて,1999年に医療制度の抜本改革として「医療改革2000」(Gesundheitsretorm2000)に向けての作業を開始した.

諸外国における医療政策の決定プロセス―デンマーク

著者: 菅沼隆

ページ範囲:P.982 - P.988

■患者満足度トップクラス

 デンマークは北欧諸国の中でも社会サービス,所得保障制度が最も発達しており,北欧福祉国家の典型をなすといってよい.保健医療サービスにおいても患者の満足度は OECD 諸国の中でトップクラスに位置する 1).そのためデンマークの医療保障政策がどのように決定されているのかを検討することは,福祉国家における医療保障のあり方を考察するうえで有益である.

 ところで,デンマークは2007年1月に地方自治体の改革を予定している.デンマークの保健医療サービスは地方公共団体である14の県(アムト amt)が供給してきたが,2007年改革でアムトが廃止され,六つの広域県(リージョン region)に統合される.ここではまずデンマークの保健医療サービスに関する概要を説明し,次に現状の保健医療政策の決定メカニズムを紹介する.その後,2007年地方制度改革で保健医療サービス体制がどのように変化するのか簡単にみておきたい.

病院の声は医療政策に反映されているか

著者: 河北博文

ページ範囲:P.989 - P.993

良い医療を実現したい.同時に,もう少しゆとりある医療現場にしたい.すべての病院の声である.良い医療とはすべての個々の患者さんが必要な医療を適切に得られることである.必要な医療は患者さん自身が自分の健康に責任を持ち,積極的に医療に参加し,それを医療者が誠実に受け止め,科学的,専門的に支援しながら見いだしていくものである.適切に得るということは,まず,一方的に与えることではない.そして,安全な医療であり,納得し満足できる医療であり,さらに,社会が許容できる医療でなければならない.医療現場は,特に急性期の医療を担う医療機関は日常的に人員の不足に悩み続けている.このことは既に広く知られていることだが,わが国の医療政策の貧困さと,利益を最優先するような一部の経営者の姿勢による結果でもある.諸外国に比べわが国の病院の制度で定められる標準人員は極端に少なく,それを必要に応じて充足しようとしても医療費抑制の方針の下に経営の健全性が損なわれることは明らかである.一部の病院では経営収支のうえで利益を優先することから,あえて人員を確保せず業務の現場で職員にのみしわ寄せされていることもないわけではない.

 今日,9,000を超える病院が存在し,病院病床は未だに160万床を超えている.1985年の医療法改正により地域医療計画が導入されたが,結果として,その当時の既存の病院数,病床数が認められたことになっただけであり,科学的根拠に基づいた標準化はなされず,また,地域の特性に応じた医療の再編成もなされないで今日に至っている.医療の量的確保から質の向上へ関心が移り,最近では医療の安全性が最も注目されている.また,20数種類に及ぶ病院開設主体の中で国・公立病院は開設主体そのものと同時に運営も民営化されつつある.そのような悠長な変化の中でも多少なりとも医師数,看護師数,セラピスト数等の人員は漸増した.地域医療において病院への受療は増加し,医療費に占める病院医療費の比重も増加し続けている.

 ここまで述べてきたように,病院の社会的存在は日々重みを増していることは事実である.すなわち,病院の声は政策に全く反映されていないわけではない.しかし,冒頭に述べたように多くの病院が期待する良い医療,ゆとりある現場の実現からは程遠い医療環境であることも事実である.なぜ病院の声が医療政策にそれほど反映されていないのであろうか.

政策決定プロセスの改革と技術官僚・法制官僚

著者: 新藤宗幸

ページ範囲:P.994 - P.997

■政治=内閣主導体制への改革と実態

 9月11日に投開票された衆議院総選挙で自民党は296議席を得た.連立を組む公明党の議席を合わせるならば,政権与党の議席は衆議院定数の3分の2を超える.この総選挙の結果,首相の政治的影響力が各段に高まることは否めない.

 しかし,日本の首相は制度上からみると政策決定に「絶大」な権限を持つものではない.1990年代初頭より政官関係の見直しが議論されてきた.つまり,官僚主導の政策決定を政治=内閣主導へと転換することが,国内・国際的に政治・経済・行政環境の激動の時代に問われているとするものである.確かに,官僚機構の部局・特定の利益の代理人というべき族議員集団・利益集団が結託した「鉄の三角形」が無数に作られており,政治=内閣主導の政策決定システムを必要としていよう.

 戦後日本の内閣運営の原則とされてきたのは,首相指導の原則,合議制の原則,所轄の原則の三つである.首相指導の原則とは首相に閣僚の任免権があることを意味する.合議制の原則とは内閣の意思決定は合議によるとするものである.所轄の原則とは首相および閣僚は,それぞれ主任の大臣として府・省を所轄するというものである.

 一見,首相指導の原則が最も上位の規範のように思えようが,内閣運営のベースを形づくってきたのは所轄の原則である.内閣法および国家行政組織法は,府(2000年までは総理府)省は,それぞれ主任の大臣である国務大臣によって所轄されるとしてきた.したがって,首相が主任の大臣であるのは総理府のみであり,他の省に指揮権は及ばないとされた.この原則をベースにするから合議制の原則は閣僚の全員一致が実際となる.そして首相に閣僚の任免権があるとはいえ,次々と閣僚を罷免し入れ替えることは政治的に不可能である.

 ここに,官僚機構の影響力強化と各省割拠体制の重要な原因がある.橋本龍太郎政権による行政改革会議の最終報告を受けた2001年1月の行政改革は,こうした問題状況に幾つかの改革の手を加えた.第1は,内閣法の改正である.従来,内閣法第4条2項は「閣議は,内閣総理大臣がこれを主宰する」との簡潔な条文にとどまっていたが,これに「この場合において,内閣総理大臣は,内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議できる」なる一文を加え,首相の発議権を法制化した.内閣法第6条が「内閣総理大臣は,閣議にかけて決定した方針に基づいて,行政各部を指揮監督できる」と従来から規定しているから,内閣法第4条2項の改正によって,首相は初めて省に対する指揮監督権を条件付ながら入手したことになる.

 第2は,国家行政組織法に基づく総理府を廃止し,新たに内閣府設置法に基づく内閣府を設置し,首相および内閣の補佐機構を作ったことである.とりわけ,内閣府には経済財政諮問会議など四つの民間議員を含めた政策立案機関がつくられた.

 第3は,内閣府および省庁(庁は防衛庁のみ)に複数の副大臣ならびに大臣政務官職を設け,政権チームを配置することによって内閣の意思の浸透体制を作ったことである.

 確かに,これらの改革は政治=内閣主導体制の構築に一歩近づくものと評価してよい.けれども,主任の大臣制による所轄の原則には変更が加えられていない.首相が主任の大臣であるのは内閣府のみであり,他省はそれぞれ主任の大臣である国務大臣によって所轄される.筆者は従来から内閣法第4条の改正ではなく,第6条の条文から「閣議にかけて決定した方針に基づいて」の一文を削除すべきだと述べてきたが,それは実現をみていない.また,副大臣の設置は評価し得るのだが,副大臣は閣議決定案件になんらの権限ももっていない.閣議提出案件は閣議の前日に内閣官房副長官(事務)の主宰する事務次官会議において調整・決定されている.事務次官はいうまでもなく職業公務員の最高ポストである.しかも事務次官会議は明治以来慣行として設けられてきただけで,法的根拠を持つものではない.副大臣会議も内閣官房副長官(政務)のもとに設けられているが,それは閣議提出案件の手続きからは除外されているのである.

 政治=内閣主導の政策決定といっても,このような制度状況が実態である.それゆえに,各省分立体制のもとで職業公務員なかんずく幹部(この意味で「官僚」なる言葉を使う)の影響力は依然大きく,透明性や責任の所在をめぐる問題がたえず指摘されることになる.

医療政策決定におけるメディアの役割

著者: 出河雅彦

ページ範囲:P.998 - P.1001

医療を取り巻く環境は大きく変わりつつある.急激に進む少子高齢化,国と地方の財政危機,医療技術の進歩,安全で質の高い医療を受けたいという国民の意識変化などが主な要因となっている.限られた医療資源を有効に活用して,国民が納得できる質の高い医療を実現するための情報提供が医療報道の課題となっている.

 医療を含む社会保障制度の改革は国民の生活に多大な影響を及ぼす.加えて,一度創設された制度は,問題が生じても大幅に見直すことが難しい.報道機関の役割は,政策が決定されるプロセスにおいて,問題点を可能な限り抽出して国民に提示することにある.

 とは言うものの,メディアが問題の本質を適切に把握できず,国民に伝える情報に偏りや不足がみられるのが現実である.制度設計の段階では見えていなかった問題点が制度の実施後に顕在化し,あわてて後追いをすることも決してまれではない.

 本稿では,最近の医療政策で大きなテーマとなっている,医師の養成にかかわる諸問題(卒後臨床研修の必修化,専門医の養成,医師の需給等)と,混合診療問題を題材に,政策決定の過程においてメディアが何をどう伝えたかを振り返り,今後の医療報道の課題を考えてみたい.

患者(市民)の声の医療行政への反映―NPOと県との協働を通じて

著者: 藤田敦子

ページ範囲:P.1002 - P.1005

筆者は,末期がんの家族を看護した経験から,「在宅での看取り」は医療を中心とした専門職の問題ではなく,社会全体の問題であり,質の高い在宅での看取りを実現するためには,患者・家族を心理社会的に支える仕組みや地域コミュニティで支える仕組みを,ケアの受け手である市民が参画して作ることが必要と考えるに至った.

 2001年に,どんな病気にかかっても人生の最後を過ごす場所を自由に選び,可能にするシステムを作りたいと NPO 法人「ピュア」を設立し,千葉大学福祉環境交流センターにて火・金曜日に在宅ホスピス電話相談を行い,ほかに医療福祉職向けの在宅ケア公開講座,市民向けの在宅ホスピスケアフォーラム,患者・家族を支えるボランティア養成研修,情報誌発行などを行っている.

 本稿の主題執筆にあたり,在宅緩和ケア推進に向けた NPO と千葉県との協働の取り組みについて述べ,医療を受ける側の声を医療行政へどのように反映させていくか,その参加のあり方を考えてみたい.

グラフ

郷土色豊かな住民に親しまれる場所―美術ギャラリーのある病院 医療法人謙仁会 山元記念病院

ページ範囲:P.949 - P.954

救急と高齢者医療―地域ニーズに応えて

 かつて「古伊万里」の積出港や鍋島藩の御用窯として栄えた佐賀県伊万里市.山元記念病院は,市の中心部,JR筑肥線・伊万里駅から徒歩5分の距離にある.

 人口約6万人の伊万里市には,救急告示病院が当院を含めて5病院.そのなかで,伊万里市における救急受け入れの約50%を山元記念病院が担っており,24時間365日救急対応の病院として,地域住民を支える存在となっている.また,当院の診療圏は,伊万里市全域のほか,唐津市,杵島郡(山内町),西松浦郡(有田町,西有田町),長崎県松浦市,北松浦郡(福島町,鷹島町)など,周辺地域をも含んでいる.

 当地域も高齢化が進行している(伊万里市の高齢化率23.4%,2005年7月末現在).山元章生理事長の実感としても,配偶者が認知症の高齢者夫婦の二人暮らしや,独居老人が増えているという.救急搬送患者にも高齢者の割合が高く,急性疾患以外に病気を抱えていて,急性期の治療が済んでも,すぐに退院させられないことも多い.したがって,150床のうち96床は療養病床としている.また,介護老人保健施設や訪問看護にも事業を拡大し,地域ニーズに対応してきた.

ホスピタルアート・6

ハッピーメリークリスマス展

著者: 高橋雅子

ページ範囲:P.956 - P.956

 ホスピタルアート活動の同志であったアーティストの一瀬晴美さんが,最晩年に制作していたのが布人形だった.入院中のベッドの上から,様々な表情の愛らしい人形をたくさん創っていた.

特別寄稿

東京大学医療政策人材養成講座―立場を超えた討議が“行動”への動機を生む

著者: 東京大学医療政策人材養成講座事務局

ページ範囲:P.1006 - P.1011

東京大学の医療政策人材養成講座が第1期を終えた.医療従事者,医療政策立案者,患者支援者,医療ジャーナリストという立場が異なる4者を受講生とし,その4者が “同居” する濃密な空間を創った.その結果,受講者の医療改革への動機付けを高め,斬新な行動計画を生むことができた.一年目の成果と今後の展望をご紹介したい.

 
■医療政策人材養成講座の狙い

 東京大学の医療政策人材養成講座は2004年10月に開講し,2005年8月末に1年間(11か月)の第1期を終えた.10月からは2期が始まっている.当講座の狙いは,文字どおり,わが国の医療政策を立案しそれを実行する人材を養成することである.英文では講座名を “Health Care and Social Policy Leadership Program” とした.“Leadership” という言葉を入れたことに込められているのは,この講座においては,医療政策が机上の空論として語られるのでなく,受講生が自ら医療界の新しいリーダーとして医療改革を牽引する人になろうとしてほしいという考えである.

 医療に問題があるのはとっくにわかっている.今年9月の総選挙の際に大手新聞社の世論調査にも見られたように,医療・福祉問題が国民の最大関心事にもなっている.すでに,どこに問題があるかの議論も出尽くした感がある.改革案もたくさん出されている.しかし,現実はなかなか改善されようとしていない.今,必要なのは,具体的な改革案を実践しやり遂げること,あるいはそのきっかけとなる論考を社会に問うことではないか….また,かつてのように乳児死亡率を削減するとか,感染症の蔓延を防御するといった方針には国民のどんな立場からも異論は少なかった.しかし,経済成長が停滞すると,限られた予算をどのように分配するのかという選択の議論が増えてくる.価値観と選択に絡むことは,行政官僚が独りで決めることもできず,国民が行政に放任することもできない.そんな認識が背景にあった.

 この講座のこうしたミッション(使命)をうまく表現するキャッチフレーズはないものか.開講前にスタッフみんなで辛吟していたところ,この講座のプログラムを統括(プログラム ・ディレクター)する高本眞一(東大医学部教授)の口から,「つまり,『医療を動かす』ということだね」という言葉が出た.それ以来,ことあるごとに「医療を動かす」という原点を忘れないように心がけている.ポスターのメインコピーにもこれを使った(写真).この言葉に引かれて受講を希望したという人も少なくないのは,「論評はもうたくさんで,必要なのは行動と実践だ」という認識が,かなり広く共有されているからだろう.また,ミッションステートメントを表1のように定めたが,その筆頭にもこの言葉を採用することとした.

 本講座は「医療を動かす」ことを使命とする.ということは,使命が「医療を批評する」「医療を議論する」といったこととは異なると同時に,こうしたことだけでは不十分と考えるということだ.行動指針には,「“一人称” で語る」「“結果” を生む」といった項目を入れた.一人称で語るということは,批判や批評で終わるのでなく,具体的に実行可能な提案をし,自分もできることを実践するというスタンスを重視するという意味である.結果重視というのは,医療を良くするためにどれだけのインパクトを与えるかを自己評価視点として持つということだ.「何も変わらなかったけど,頑張ったから仕方ない」といった自己満足に終わらないようにしたいという自戒である.「医療を動かす」という意識づけは,すべての受講生に深く浸透したということまではできないものの,後に紹介する受講生の受講体験談からしても,かなりの人に植え付けられたことは間違いない.

連載 病院管理フォーラム 病院マネジメントの課題

診療記録の課題を考える(2) 医療者-患者間の情報共有のあり方

著者: 西本寛

ページ範囲:P.1012 - P.1013

前回は,医療者間の情報共有という視点で診療記録のあり方について述べました.今回は,医療者と患者間の情報共有という視点で考えていきたいと思います.

 インフォームド・コンセントの必要性がようやく日本の医療界に浸透し,今では当たり前のこととなっているように思われますが,日本の医療現場でのインフォームド・コンセントの現状は必ずしも患者さんの側から見て満足がいくものではないということは,いくつもの報告が指摘しています.往々にして,医師は「十分に説明もして,(面倒くさいけれど)同意書もとった」という感覚を持ち,それに対して患者さんは「説明はしてもらったけれど,内容についてはよくわからなかった.治療を受けるために必要だといわれたので,サインはしたけれど」という感想を持たれることが多いように感じます.このことは,本当の意味でのインフォームド・コンセントがいまだ根付いていないからではないでしょうか.

病院マネジメントにおける用度管理の重要性

著者: 行本百合子

ページ範囲:P.1014 - P.1018

「DPC」=包括医療が,医療業界で注目され,急に「コスト管理」ということが大きくクローズアップされてきた.しかし「DPC」が始まるから,あるいは始まったから「コスト管理」をするのではなく,これはきっかけに過ぎないと思う.患者に適切な医療サービスを提供するためには,適切な「コスト管理」をすることは当然のことであり,非常に重要なことである.

 「DPC」という,さらに進んだ包括化医療制度においては,いっそうコストの管理は重要である.そのため,これからはこの業務に携わる職員の力量が「病院経営マネジメント」の鍵となるといっても過言ではない.

Q&Aで学ぶ医療訴訟・12

患者追い出し

著者: 田邉昇

ページ範囲:P.1019 - P.1021

Q 交通事故の手術後,軽度の後遺症は症状固定しているのですが,全く退院しようとしない患者がいます.退院を勧めると,自分はヤクザだとすごんでみたり,看護師らに暴言やセクハラまがいの行為を繰り返すうえ,医師の指示も全く守りません.こんな患者をなんとかできないでしょうか.

A 段階を追って追い出しにかかるべきです.仮処分などの裁判所を利用した強制手段も可能ですから,断固として対応して下さい.

病院ファイナンスの現状・16

―間接金融(11)長期資金調達 9―長期借入金の返済源資:減価償却費の絡繰り

著者: 福永肇

ページ範囲:P.1022 - P.1025

 先月号では,病院の長期資金調達について次のように解説しました.「長期資金は借金で投資する施設・設備を運営し,出てくる利益から借入償還していくという将来の予定,すなわち “計画” への貸付となります.平たく言えば,短期は “近々入ってくるお金で返す” のに対し,長期では “借金してモノを買い,お金はすべて使ってしまう.その後は買ったモノを動かして借金と利息を返していかねばならない(その返済計画が大丈夫か)”,ということです.したがって銀行への計画説明は主に事業計画書(含む資金償還計画書)の内容を説明することになります」.そして返済資金として「税引後当期利益+減価償却費げんかしょうきゃくひ」注1) が充当されると述べました.

 病院の利益である税引後当期利益が借金への返済源資になるのは理解できます.しかし減価償却費は立派な費用科目です.どうして “費用” である減価償却費が借金の返済源資になれるのでしょうか? どのような絡繰りがあるのでしょうか.またその減価償却費とはいったい病院内のどこにあるお金なのでしょうか.

病院経営分析の技術 経営改善のための分析ツール活用講座・3

診療圏分析〈前編〉

著者: 池田吉成

ページ範囲:P.1026 - P.1029

前回(本誌10月号,11月号)ご紹介した病院経営指標分析の結果などにより,自病院の患者数が少ないことがわかったとします.その次は,いったいその原因はどこにあるのかという,さらに深堀りするための分析を行わなければなりません.単に自病院の評判が良くないということがあるかもしれませんが,そもそも周辺地域には患者がいない,ということも考えられます.そういったことを確認するためには,患者分析を行う必要があります.


二つの患者分析ツール

 患者分析には,皆様がよくご存知の患者満足度調査分析や診療圏分析という2つの代表的なものがあります.

 このうち患者満足度調査分析は自病院という個別の患者に対して,その満足度を上げるポイントを把握することが目的です.また,この結果次第では将来の自病院患者がどうなりそうか(増えるのか,減るのか)ということがある程度わかるでしょう.

 他方,診療圏分析は自病院以外の患者も含めた全体的な患者構造がどのようになっているかを把握するために行います.つまり,現在の患者ニーズ(患者が望む医療サービス)は何か,そして自病院と他医療機関との関係がどうなっているかを知り,今後の経営を考えていく指針とするものです.

 患者満足度調査分析の実施方法は本誌2005年2月号でご紹介しました1).そこで,今回および次回の2回にわたり,もう一方の患者分析である診療圏分析の実施方法について解説してゆきたいと思います.

 ただし,この診療圏分析はかなり細かな作業になります.そこで,実際の解説に入る前に,自病院に来院される患者構造について大まかな概念からお話しします.

病院改革 患者さんの期待を超越せよ!・9

Cross Functional Teams 多職種からなる医療チーム

著者: 浦島充佳

ページ範囲:P.1030 - P.1035

今までは,「患者さんの期待を超える医療の実践を目指して」と題して海外での取り組みを主に紹介してきました.これからは,日本での経験を二つほど紹介したいと思います.


■青戸病院医療事故と再建への思い

 2002年11月8日,慈恵医大附属青戸病院において,前立腺癌のために腹腔鏡下前立腺摘出術を受けられた60歳の男性患者様が,術中出血性ショックとなり,意識を回復されることなく同年12月8日に死亡されるという医療事故が起こりました.翌年9月末,手術を担当した医師3人が業務上過失致死容疑で逮捕されました.筆者も含め多くの慈恵医大内医療スタッフは報道により医療事故の事実を知りました.スタッフのほとんどは最高の医療を提供しようと日夜努力をしていたため,報道を目にした際のショックは大きかったと思います.筆者自身も病院に来る足が重かったですし,病院内も騒然としていたことを記憶しています.ただ,医師の中でも温度差があり,内科系に比べて外科系の方が深刻でした.何故ならこの医療事故が「従来の患者取り違え」,「薬剤取り違え」といったものと性質を異にしていたからです.また,医師,看護師層から大量の離職者が出るという噂も飛び交っていました.そのため,筆者自身は職種の壁を越えた,討論の場が必要であると感じておりました.

 筆者は報道1週間後,ワシントン DC で開催される会議に出席するため飛行機に乗り込んでいました.長いフライトの間,成田空港で買ったゴーン社長の日産再建に関する裏話を記述した単行本を読みふけることができました.カルロス・ゴーン社長が日産を再建した話は有名です.その際,他職種からなるチームを編成させ,社内の問題点の徹底的な洗い出しを行いました.この手法をビジネスの世界では “Cross Functional Teams” と呼ぶようで,筆者はこの手法が「慈恵の現状を少しでも良くするために役立つのではないだろうか?」という思いで帰国したのです.

リレーエッセイ 医療の現場から

外国人患者支援さまざま

著者: 成田有吾

ページ範囲:P.1037 - P.1037

●アジアからの外国人患者

 三重大学附属病院に,医療連携・各種相談・苦情受付を業務とする医療福祉支援センターが立ち上げられて2年半になる.外国人患者をめぐる対応に簡単な答は見つからない.

 K 君 6歳,アジアの島国の男児.アラジール症候群(肝内胆管形成不全症)があり肝硬変,肝不全状態で,病的骨折,腎不全も進行し,早急な肝移植が必要となり,現地医師から本院外科に紹介された.本年1月4日,肝胆膵外科の担当医師から当センターに相談があった.患者の両親が母国で用意したのは約700万円,全額自費払いとなる医療費,両親の滞在費,生活費を考えると不足していた.1月13日に来日され,医療ソーシャルワーカー(MSW)が日本での募金を提案,マスコミに協力を依頼し,支援の呼びかけが始まった.また,県内 NPO の協力を得て同国からの留学生4名を探し出し,言語および文化的支援を要請した.1月25日生体肝移植(ドナーは父)が成功,順調に経過した.マスコミを通じての寄付は十分に医療費の不足を補い,両親の滞在費や滞留ビザの更新申請等の諸費用をまかなうことができた.7月7日に無事に独歩退院した.支援の成功例であった.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?