icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

病院65巻9号

2006年09月発行

雑誌目次

特集 病院の人材確保―景気・社会構造の変化を踏まえて

巻頭言

著者: 河北博文

ページ範囲:P.699 - P.699

 有効求人倍率1 倍を回復.バブル経済崩壊や1990年代後半の金融システム不安で,企業は人員リストラを加速した.この十数年の企業の採用の絞り込みが,景気の持続的な回復傾向を踏まえ,さらに,団塊世代の大量退職が始まる「2007年問題」を控えて変わろうとしている.一方,求職者側は条件のよい仕事を求めて慎重に職を選択している.若年人口の減少や高齢化の進展などで構造的に細ってきた労働人口の変化がどのように医療に関わるかをこの号の特集とした.

 憲法第27条には,“全て国民は勤労の権利を有し,義務を負う”と書かれている.第26条の“保護する子女に普通教育を受けさせる義務”と第30条の“納税の義務”に勤労を含めて国民の三大義務という.近年,社会問題化しているニートやフリーターの存在は,特に,若年成人の社会参加への緊張感の低下や精神的,社会的不調和の結果であると捉えられるが,期待される人々が生産現場に参加できていない損失とともに,将来の社会保障制度の維持の危機につながるものである.現在の被保障者の給付問題のみでなく,本人たちの将来の受給問題でもある.

人口の構造的変化と雇用予測

著者: 鈴木玲子

ページ範囲:P.700 - P.704

■逼迫する労働市場

 1991 年のバブル崩壊に続く約 10 年の間に日本経済は回復感のない景気サイクルを 2 回繰り返した.その後 2002 年 1 月に始まった今回は,待ちかねた本格的な景気拡大である.景気好転の背景には,1990 年代を通じた強力な人事リストラによる人件費の圧縮により,企業が収益構造を改善したことが挙げられる.しかし好業績の持続が本物であることに自信を持った企業はここへきて採用意欲を高めている.併せて団塊の世代の退職が始まる 2007 年問題が目前に迫っていることから,企業は先を見越して求人に積極的となっている.

 その結果,長期低迷していた労働市場にも活気が出てきた.1997 年から 6 年間減少し続けていた就業者数は 2003 年を底に増加に転じ,失業者率は 2006 年 5 月現在 4.0 %まで低下,有効求人倍率も 2006 年始めから 1 を上回る水準を回復し 5 月には 1.07 を記録している.

医療分野における労働需給調整事業のあり方に関する一考察

著者: 佐野哲

ページ範囲:P.705 - P.709

 この小稿では,まず一般の労働市場における労働需給調整事業(職業紹介,労働者派遣,業務請負,求人広告,人事コンサルティングなど.以下,需給調整事業)を取り上げる.その近年の制度的変化とともに求人企業および求職者の市場動向を追い,なるべくわかりやすく構造と論点を整理したい.そして,その論点整理を通して,医療分野にフォーカスした「需給調整事業のあり方」について考察を加える.

 「一般の」つまり製造業やサービス業などに対する民間の需給調整事業は,これまで一貫して政府の規制を受けてきた.しかしながら,この分野の諸規制は,周知の通り医療分野に先駆け,1990 年代から急激に自由化されている.ここでは敢えて,医療機関における労働の本質を捉えて,それを特別視することをしない.医療機関における労働を専門的職業の一つとして捉え,隣接分野での自由化の光と影を普遍的に整理することができれば,医療分野における需給調整事業の今後のあり方について,一つの方向性を提示することができるはずである.

―【鼎談】―医療施設における雇用をめぐって―魅力ある職場とは

著者: 磯野晴崇 ,   新村元市 ,   河北博文

ページ範囲:P.710 - P.716

河北 私が病院の経営,日本の医療政策に関わり始めたのは,今から 25 年前の 1981 年からですが,そのときに感じたことが 3 つあります.

 1 つは,日本は皆が同じでなければいけないという同質性の社会で,医療ほどその傾向が強いということ.2 つ目は,医療におけるマネジメントの欠如,そして 3 つ目は,診療の科学性がないということでした.診療の科学性については,最近は大きく変わってきて,EBM が随分と浸透してきました.現在では逆に,医療が対象とするのは人間ですから,あまり科学性が強調されてもいけないと感じるようになっています.

看護師の募集状況

著者: 荒井邦夫

ページ範囲:P.717 - P.719

■七尾看護専門学校の沿革

 石川県七尾市は能登半島の中程に位置し,平成 16 年 10 月に(旧)七尾市,田鶴浜町,中島町,能登島町の 1 市 3 町が合併した人口約 6 万人の中都市である.

 昭和 35 年頃,七尾市の医療現場では無資格の看護師が多数勤務していた.看護教育を受ける機会を作ってあげたいという医師会の先生方の気持ちにより,昭和 38 年に准看護師養成所ができた.その後,看護師の必要性が求められ,看護学科(進学課程)が併設された.しかし,准看護学科は定員割れや生徒の学力低下が著しく,経営の悪化が憂慮されたため,准看護学科を廃止して,看護師 3 年課程(定時制),その後,(全日制)へと変遷した.七尾看護専門学校の沿革は表 1 の通りであり,多くの卒業生が,能登地区の保健医療福祉の現場で活躍している.養成課程の変遷については図に示す.

 本稿では地方の医師会立の看護学校の一事例として報告する.

看護職の需給見通し―看護師養成現場の実感から

著者: 古場利津子

ページ範囲:P.720 - P.722

 急激に進む日本の少子・高齢化は,供給人口の減少,需要人口の増加による医療職の人材不足を促進させ,特に病院の医療職のなかで多くの割合を占める看護職員の需要を増大させる.今回,河北総合病院看護専門学校の看護師養成の現状を分析しながら,看護職養成の現状や看護職の需給見通しについての考えを述べたい.

 本校の概略を説明すると,東京都杉並区にある医療法人河北総合病院が昭和 46 年に設立した看護師養成所である.3 年課程に課程変更後 13 年が経過し,卒業生を 11 回出している.定員は 1 クラス 35 名の小規模校で,卒業生の多くは設置主体と同系の河北総合病院に就職する.

介護雇用管理改善等計画と介護労働実態調査の概要

著者: 佐藤俊彦

ページ範囲:P.723 - P.726

■介護雇用管理改善等計画の概要

 介護雇用管理改善等計画(以下「計画」という)については,介護労働者の雇用管理の改善等に関する法律第 6 条の規定に基づき,介護労働者における雇用管理の改善や能力開発・向上の施策等について厚生労働大臣が定めることとしている.

 計画期間を平成 17 年度から平成 21 年度までの 5 年間としている現行の計画は,介護保険法の見直し等を踏まえて必要な見直しを行うこととしていたことから,今般,必要な改正を行い,平成 18 年 3 月 31 日告示したところである.

介護保険施設の介護職と病院の看護補助職

著者: 猪口雄二

ページ範囲:P.727 - P.729

 近年高齢者の増加に伴い,急性期の病院においても要介護高齢者が治療のため数多く入院している.そのため看護業務の中で,食事介助,排泄介助等のいわゆる介護業務が多くを占めるようになってきた.もちろん病状に応じた介助の方法を計画することは重要な看護計画の一つであるが,看護補助に介護業務を任せる場面も多く見受けられる.それに対し老人福祉施設では,介護業務は介護職が中心に行っている.そして,療養病床,老人保健施設では,老人福祉施設より多くの看護師を配置することになっており,看護・介護は一体化して提供されている.

 一方,最近の介護施設の現場では介護職の離職が多く,常時職員募集を行っている施設が多いという.それは東京などの大都市のみならず,地方都市にも見られる現象となってきた.また,離職した介護職は他の介護を要する現場には戻らず,全く異なった職業を選ぶことが多いと聞く.この現象はバブル期に見られた看護職の離職状況に似ている.出生率の上がらない日本において,今後の超高齢社会に対し十分な介護を提供することはできるのだろうか.

【事例】

病院の人材確保の取り組み―新人教育およびジェネラリストの養成

著者: 北岸智志

ページ範囲:P.730 - P.732

■当院の概要

 当院は,京都市山科区(人口約 14 万人)の名神京都東インターのごく近くに位置している.開設は 1980 年なので比較的新興であるが,急性期を中心に回復期から慢性期まで一貫した医療を提供する地域中核病院である.

 病床は 698 床であり,一般病床 478 床(ICU/CCU 12 床を含む)と慢性期 220 床(回復期リハ病床 50 床,医療療養型病床 60 床,介護療養型病床 50 床,老人性認知症疾患病床 60 床)からなっている.手術室は 10 室ある,いわば大型のケア・ミックス病院といえる.なお,当院を含め 2 つの病院・5 つのクリニック・介護老人保健施設を含む数多くの介護施設・その他いくつかの医療関連部門(サポート部門)で構成される洛和会ヘルスケアシステムの一翼を担っている.

成長企業であり続けるための病院の人材確保戦略

著者: 古城智美

ページ範囲:P.733 - P.735

 成長企業の条件とは,常に新たなる創造を目指し,変化し続けている組織であり,さらに言うならば,その市場に何らかの規制が生じたとしても,その規制を発想の転換によりチャンスに変えチャレンジし続けられる組織である.逆に,成功したと同時に変化を厭い,安定志向に陥る組織は,やがて衰退していく.

 医療市場に存在する「病院」という企業についても同様のことがいえるのではないだろうか.昨今著しく情勢が変化し続けている医療市場においては,常に世の中が求める医療サービスを創造的に考え,チャレンジし続けることができる組織だけが,生き残ることができるといえる.そしてそのような組織であるためには,組織全体が,若しくは,少なくとも組織の中枢を担うマネジメント層が「常に変化を厭わずチャレンジし続ける体質」であることが必要となってくる.また組織をそのような体質にするためには,常に創造的にビジョンを展開し続けられるトップマネジメントの存在とそのビジョンの展開によりどのような変化を求められようとも,常にそのビジョンが市場ニーズに基づくものであることを理解し,組織の末端にまで伝播させ,組織構成員をビジョンの実現に向けて動機付けることのできるマネジメント層の存在が必要となってくる.

リハビリテーション科の人材確保

著者: 長谷川敬一 ,   本田雅人

ページ範囲:P.736 - P.738

 理学療法士(PT)・作業療法士 (OT) の確保にはほとんどの病院・施設で苦労されていると思う.当院でも 5~6 年ほど前までは,PT・OT の確保に苦労した時期が続いた.待遇面や地理的不利など様々な理由(人が思うように集まらない)が考えられたが,やはりスタッフが成長し合える魅力ある職場を作ることが大切との考えに至った.まさに病院の掲げている経営理念を実践することが魅力ある職場作りにつながると思い,実践に力を注いだことが多くの就職希望者に恵まれる結果となった.

 今回はこれまでのリハビリテーション科の取り組みと今後の展望について述べてみたい.

グラフ

人材が育ち 働きやすい職場環境

著者: 医療法人社団さつき会 袖ヶ浦さつき台病院

ページ範囲:P.687 - P.692

 袖ヶ浦さつき台病院は,JR内房線長浦駅から徒歩約10分のところにある,袖ヶ浦市唯一の急性期病院である.一般科と精神科の医療を同一の場で行い,質のよい精神―身体合併症の治療にあたることを創立理念として,1983年に開設された.

精神―身体合併症に対応

 創立者の矢田洋三理事長は精神科医.勤務医だった1970年代,精神科疾患患者が身体的疾病を併発した場合,受け入れ医療機関探しに苦労したことから,当院開設に至った.精神科に対する偏見は,一般市民だけでなく医療者にもあった.精神障害ってこわい―開院してからの最大の課題も職員の心の垣根を低くすることだった.身体疾患と同様に精神科疾患を捉えるというのが当院での視点である.職員の理解が進んだ今も,新入職員をはじめ啓発教育には力を入れている.

研究と報告【投稿】

携帯電話を介した医療通訳を試用して―精度,有用性,問題点

著者: 成田有吾 ,   林智世 ,   原田理恵 ,   鈴木志保子 ,   成田陽子 ,  

ページ範囲:P.739 - P.743

要 旨 近年の外国人患者の増加は著しく,意思疎通の不自由さから診療に支障をきたすことがある.NPO法人が提供する携帯電話を介してのポルトガル語あるいはスペイン語と日本語間の医療通訳の精度と有用性について,2006年1月12日~2月28日に三重大学医学部附属病院を受診した同言語を母国語とする外来患者に半構造化面接を実施し,6名(男4,女2,年齢23.2±19.9歳[平均±標準偏差])の8診療場面(録音時間;3.8~63.5,20.0±18.6分[同])を検討した.通訳精度は良好であった.精神科では通訳者が同席しないことで患者からの発言が促進されたことが指摘された.医療職には通訳の依頼方法や費用についての知識は乏しく,患者からは過去に通訳を雇っても十分な医療が受けられなかった事例や費用が高いことの指摘があった.今回のシステムの有用性は及第と考えられるが,課金方法や費用負担に問題が残っている.

連載 クロストーク医療裁判・7

末期がん患者の家族に対する告知―最高裁平成14年9月24日判決の事例から

著者: 小川卓逸 ,   朴或 ,   原田賢治

ページ範囲:P.744 - P.747

 がん告知については,これまで様々な問題が議論されてきました.例えば,誰にがんであることを告知すべきか,どのように告知すべきかといった問題です.

 患者本人に対するがん告知の問題を正面から取り上げて判断した最高裁の判例は,未だ存在しません.しかし,がん告知の適否は,医療裁判でも時として争点になる難しい問題です.

今,なぜ医療経営学を学ぶのか 基本からわかる医療経営学・4

病院における部門間コンフリクトの発生と解決

著者: 竹田明弘

ページ範囲:P.748 - P.751

 今回は,ヒューマンサービス組織であり,プロフェッショナル組織でもある,いわば専門性の高い人材が商品である組織において典型的に起こりうる問題について述べてみます.

 「部門間コンフリクト」と聞くと,後ろ向きのイメージを受けるかもしれません.また,実際に病院経営に携わっている方には,「部門間コンフリクト」と聞いてアレルギー反応を示す人もいることでしょう.実際,筆者は部門間コンフリクトのヒアリング調査で,ある病院を訪問した際,最初に発せられたのは「当病院では組織の関係は良好ですので,コンフリクトといった難しい問題はありません」という言葉でした.その反面,「部門間コンフリクト」は直感的に本質的な問題であると感じている病院経営者や管理者が多いこともまた事実と思います.連載の第 4 回では,「部門間コンフリクト」とは何か,さらに「医療経営における部門間コンフリクト」と有効な解決法について解説していくことにします.

病院ファイナンスの現状・25

―直接金融(2)―診療報酬債権流動化スキーム

著者: 福永肇

ページ範囲:P.752 - P.757

■直接金融による病院の資金調達

 民間医療機関(以下,病院と表記)の直接金融による資金調達手法として,現在では①証券発行による診療報酬債権流動化,②病院不動産の証券化,③病院債発行の 3 つがあります.①と②がバランスシートの左側(貸方)でのアセット・ファイナンスによる証券化で,SPC(特別目的会社:Special Purpose Company)が ABS(資産担保証券:Asset Backed Securities) を発行する資金調達です.③はバランスシートの右側(貸方)のデット・ファナンス注 1) による証券化で病院が証券を発行します注 2)

 上述の②の病院不動産の証券化と,③の病院債の取組実績件数は現在,共に 1 桁台です.しかし①の証券発行による診療報酬債権流動化の取組病院・診療所数は 3 桁台に達し,現在もっとも実績のある直接金融のスキームとなっています.

医療ソーシャルワーカーの働きを検証する・4

エビデンスを指向した医療ソーシャルワーク

著者: 小林哲朗

ページ範囲:P.758 - P.762

■医療ソーシャルワーク業務の数量化の発想

 相談援助の傍ら,業務の数量化とデータ分析を試みて 4 年が経過した.「必要で十分な時間を確保した相談援助業務を行う」「医療ソーシャルワークの業務を的確に伝える」という使命感が今回の研究のきっかけである.個々のケースを通して私たちの仕事を伝えることも可能であり必要ではあるが,様々な側面で効率性が追求される医療政策や医療情勢の中では,個別ケースのアセスメントだけではなく,これらのケース全体を俯瞰し,数量化した評価が求められていると言える.このためには日頃の相談業務を従来とは異なった手法で明らかにすることが必要である.つまり,相談業務の客観的な指標の提示が必要な時期を迎えているのである.

■全退院患者の状況の把握が MSW マーケティングの第一歩

 図 1 は当院一般病棟から退院した患者の在院日数である.全退院患者数は 6,729 人であり,月平均 561 人が退院している.平均在院日数はこのデータからでは 15.7 日だが,驚いたことに最多の在院日数は 3 日で全体の 15.4 %も占めている.この対象となっているのは狭心症や心筋梗塞などの心臓カテーテル検査,脊柱側弯症や脊柱管狭窄症,頸髄症などの脊髄腔造影,大腸ポリープに対する大腸ファイバー,尿路結石や腎結石への体外衝撃波腎・尿路結石破砕術,前立腺癌への前立腺針生検が主だった疾患と検査を含む治療内容であった.基本的にはこれらの患者への退院支援を MSW が行うことはなく,直接的な退院支援の対象にはならない.他方,6 か月以上の長期入院患者も僅かに存在し,そのほとんどは MSW への相談依頼がある.重要なことは個々のケースの在院日数を平均在院日数に近づけることではない.退院支援においては長期入院患者やその可能性がある患者を把握し予測することである.このように退院患者の全体の状況を把握することは,MSW が関与する患者層や守備範囲を検討することを可能とする.

院長からみたMSW

著者: 早川哲夫

ページ範囲:P.761 - P.761

●急性期病院における医療ソーシャルワーカー(MSW)の活用

 病院における MSW の役割を簡潔に一語で表現すれば,スポーツチームや職場におけるユーティリティプレーヤーであり,各種の催し物におけるコーディネーターといえるであろう.上手に活用すれば,ピンチをしのげるだけでなく,日常の仕事にもゆとりと気配りができるようになると思う.人間関係に円滑さの欠けた現在の日本社会において,病院機能を十二分に発揮させるには欠くことのできない職種である.

 当院における MSW の主要な業務の 1 つである退院支援業務を中心に,その働きを検証してみたい.2004 年度は 222 人に退院支援をしている.入院から退院支援依頼までの期間は,入院から 1 週間以内の依頼が 4 割弱,半数以上は 2 週間以内の依頼である.前年度に比べ依頼までの期間は 9 日早くなった.退院支援者の平均入院期間も前年度より 12 日減少した.退院支援の依頼が早くなれば入院期間も短縮される.その結果,平均在院日数の短縮,病床稼動の効率化が期待できる.

病院管理フォーラム ■人事管理(最終回)

上尾中央総合病院における接遇への取り組み(3)

著者: 朝見浩一

ページ範囲:P.763 - P.765

●接遇研修と接遇試験制度の概要(表 1,2)

 現在の接遇研修は,2 種類開催している.マスタースタッフ研修とインストラクター養成講座である.その認定試験もおのおの実施しており,マスタースタッフ認定試験とインストラクター認定試験を実施している.試行錯誤しながら毎年マイナーチェンジを繰り返し企画運営しており,その結果として,マスタースタッフ認定,インストラクター認定を行っている.

1.マスタースタッフ研修

 マスタースタッフ研修は,基礎的な内容の研修で,新入職員,中途入職者向けに,年 2 回,2 日間に分けて実施している.いろいろな部署に研修受講者が散らばっているため,集中的に土曜日午後の時間を使い,8 項目,合計 420 分以上の時間をかけて,インストラクター委員会(現在はインストラクター部会と名称変更)が企画運営しており,院内のインストラクターが研修を実際に担当している.原則として,入職 6 か月以内には接遇研修を実施修了することとし,年 2 回の開催とした.研修は接遇マナーマニュアルの項目に沿って実施している.8 項目 420 分以上の研修は単位制として,すべて受講した場合にマスタースタッフ認定試験の受験資格を得ることとし,2 年間有効の資格として,一度試験を落ちてしまった場合でも翌年受験できるような制度にしている.また 2 年間とした理由として,社会の常識も毎年変化しており,それに合わせてマニュアルも毎年改訂していることから,長期間資格を与えてしまうと,それらの変化に対応できない場合もあると考え,2 年間と定めている.また,ピュアスタッフの接遇研修に対するマンネリ化を防ぐ意味も込めている.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第140回 療養病床二題

医療法人社団慶成会 よみうりランド慶友病院

著者: 北川正仁

ページ範囲:P.766 - P.768

 慶友病院は,青梅に 745 床を持つ高齢者の専門病院として全国的に知られており,全国各地から患者様が集まってくる.病院コンセプトは「患者様の豊かな最晩年をつくる」ことであり,ソフトとハードの両面において徹底した「こだわり」を持った病院である.当プロジェクトは,讀賣グループ様の呼びかけにより,よみうりランド遊園地の地に 240 床のベッド数を持つ病院として,敷地と建物を讀賣グループ様が準備し,慶成会様に賃借する事業である.

 慶友病院様の「こだわり」は設計開始時から感じられ,会議中の言葉遣いから議事録まで,徹底して“患者さんではなく患者様”,という「こだわり」から設計がスタートした.

医療法人豊慈会 釧路北病院

著者: 川﨑久則 ,   森本真二

ページ範囲:P.769 - P.772

■立地および建設経緯

 釧路北病院の位置するシルバータウン「夕秀の里」(夕秀とは夕方に咲いた花の意)は遥かに阿寒の山々を望み,釧路湿原へと連なる釧路市昭和の約9ヘクタールの土地に,保健・医療・福祉施設が集積する施設群で,老人の医療,介護,健康維持に関するサービスを総合的に提供している.

 釧路北病院は「夕秀の里」の基幹施設として平成16年4月に新築移転された.244床すべて療養病床である.旧北病院は平成元年,新しい老人医療の実践を目指して市内愛国地区に開設され,平成5年には全国最大規模の療養型病床群を設置しているが,6床室主体の移行型施設であり,医療制度の変革や特別養護老人ホーム等の介護施設で個室化・ユニットケアが導入される中,その療養環境の見直しと再整備が急務であった.

 また平成8年に老人保健施設の開設と共にスタートした「夕秀の里」の整備計画は病院の移転新築計画が本格化した平成14年当時,道東地区初の全室個室・ユニットケアの新型特養(百花苑,平成16年3月開設)の設計が進行していた.そんな中,夕秀の里の中心施設としての新病院はいかにあるべきか検討が重ねられた.

リレーエッセイ 医療の現場から

折り紙と建築設計

著者: 岩田江美

ページ範囲:P.773 - P.773

 足が悪かったこととの関係はわかりませんが,私は,3 歳頃から折り紙を手にして,ハサミで好きな形に切っては,お絵かき帳に貼り付けて遊んでいました.あまりに熱中して,折り紙とパジャマを一緒に切ってしまい,母に 「これでパジャマを 3 枚もよ!」 とあきれられていたそうです.

 いつしか,折り紙は折って,その色と形を楽しむようになりました.12 歳の時に腰の手術で入院をして,ベッドの上だけの退屈な時間に,カエルを折っては壁に貼り付けていました.「早く元気になってお家にカエル!!」.希望でした.そのカエルたちが私の世界を広める大きな一歩になりました.作品を見た主治医が,大きなボードに作品を貼って,風物詩を作ることを勧めてくれました.夢中で取り組んだ月々の風景 12 枚が病院の廊下に飾られた時は,「やったぁ!」と達成感でいっぱいでした.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?