icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

病院68巻10号

2009年10月発行

雑誌目次

特集 医療費の配分を問う

巻頭言

著者: 神野正博

ページ範囲:P.809 - P.809

 8月30日に行われた総選挙は,民主党の歴史的大勝に終わった.同党がマニフェストで示した「社会保障制度の安定」,医師養成数やコメディカルスタッフの増員を狙う「医療提供体制の整備」,総医療費引き上げを謳う「地域を守る医療機関を維持」などの行方が注目される.一方,社会保障国民会議は昨年の11月に2025年の社会保障のあるべき姿とそれに必要なコストを提示した.そこでは,日本の人口構造の変化と,それに伴う有病者の増加や要介護者の増加から,2025年における莫大な人的・物的コストを予想する.さらに,景気の後退とともに,内需の柱として,雇用の吸収先としての社会保障費の拡大が叫ばれている.このように,医療崩壊論とあいまって医療費拡大論議にフォローの風が吹いているのかもしれない.

 しかし,政権交代にかかわらず,わが国の財政状況を鑑みると,医療に楽観論は禁物である.医療を利用する患者,国民に対して責任のある財源論とともに,限られた医療費の合理的な配分論の提示を避けたならば,政治家も,行政官も,医療経済学者も,医療関連団体も,そしてわれわれ医療現場管理者も専門家(集団)としての責任を放棄したのに等しいのではないだろうか.

【対談】社会保障のあり方と医療費の配分を問う

著者: 吉川洋 ,   神野正博

ページ範囲:P.810 - P.814

医療費の財源をどうするのか

神野 景気の後退と共に,内需の柱としての社会保障費の拡大が叫ばれ,医療崩壊論とあいまって医療費拡大論議にフォローの風が吹いているように思われます.しかし,わが国の財政状況を鑑みると,医療に楽観論は禁物です.責任のある財源論と共に限られた医療費の合理的な配分論を避けるわけにはいかないと思います.吉川先生は,昨年度の社会保障国民会議座長をはじめ,現在も安心社会実現会議,財政制度等審議会,経済財政諮問会議等のメンバーとして日本の社会保障のあるべき姿とその財言論に関する議論の真っ只中にいらっしゃいます.

 ご一緒した社会保障国民会議は昨年11月に最終報告をまとめ,その後,様々な議論の基になっているという点でも,大変意義深いものだったと思います.

公私間格差と社会医療法人

著者: 加納繁照

ページ範囲:P.816 - P.821

 平成21年3月末現在,日本の全病院数は8,766病院となっており,そのうち民間病院は病院数では80.5%,病床数では68.6%と圧倒的なシェアを占めている.そしてこれらの民間病院は急性期,回復期,慢性期,また精神科とあらゆる分野で役割を担っている.特に急性期医療において,日本の民間病院は,国民が持っているイメージとは逆に,非常に大きな実績を上げている.

 具体的に救急搬送人員数での分析をしてみると,総務省消防庁の「平成19年版救急・救助の現況」1)によれば,平成19年度の全国の救急搬送総数489万6,390件のうち,私的医療機関は280万3,041件と,約57%を受け入れており,大阪府,東京都,埼玉県,鹿児島県,福岡県,千葉県,宮崎県,岡山県,福島県,神奈川県,大分県,京都府,奈良県,兵庫県では搬送数の60%以上を私的医療機関が受けている.また私的医療機関の割合が50%を超える都道府県の人口は日本の総人口の67.0%をカバーしている(図1).

医療財政改革の課題

著者: 池上岳彦

ページ範囲:P.822 - P.826

■医療における公共部門の役割

 私たちは,いつ怪我をしたり病気になったりするかわからない.そして,患者として医療サービスを受ける.その際「患者は受益者だ」と言う人もいるが,そうではない.患者は健康な状態を回復する,つまり幸福を追求する権利を持っており,これは憲法で認められた国民の権利である.今健康な状態にある人も含めて,国民の納める保険料あるいは租税が医療に使われるのは,当然のことである.

 医療の世界では,「消費者から見た完全情報」「消費者主権」は成立しない.腹痛や頭痛を訴えている人は,原因は何か,どのような治療が必要か,医学の知識,検査機器などがない限り,わからない.苦しんでいる人が医療サービスを選択することは困難である.

子孫に誇れる医療を―将来世代の借金で医療を賄うことの愚かさ

著者: 坂野嘉郎 ,   近藤正晃ジェームス

ページ範囲:P.827 - P.831

■議論されない負担の先送り

 将来世代の借金を積み増すことで,現在世代の医療を負担していく.このような無責任な政策が,日本の医療では20年近く続けられている.かつての日本人は,子孫によりよい社会を残すことを当然の責務として捉えてきた.仮によりよい社会を残せないとしても,せめて借金を残さない.そうした当たり前の道徳観が,現在の医療からは欠落している.

 医療の「世代間配分」を議論する時,通常は,高齢者により多く給付すべきか,子どもにより多く給付すべきかといった,現在の医療給付の配分が問題となる.医療資源が限られている以上,その給付をいかに配分すべきかは重要な論点である.しかし,本稿で取り上げたいのは,この給付の世代間配分ではない.あまり議論されることがない,負担の世代間配分,その中でも将来世代への負担の先送り問題に国民の注意を喚起したい.この負担の先送り問題こそ,日本の医療の最大の改革の先送り問題である.

地域間における医療費配分

著者: 土屋敬三

ページ範囲:P.832 - P.837

 わが国の医療制度は,全国どこでも均一のサービスを受けられることを建前とし,したがってほぼ全国一律の制度と報酬で運営されている.これは,どこでどのような傷病を負っても一定水準の医療サービスを等しい価格で受けることができるという安心感を国民に与えており,わが国の医療制度の優れた一面と言うことができる.しかし,右肩上がりで進んできたわが国の経済成長も,人口減少局面に入り,伸びが期待できず,他方,急速に進む高齢化により,提供される医療サービスの水準が変わらなくても,国民が負担しなければならない医療費は増加する.医療技術の進歩等を加味すれば,医療費はさらに増加すると考えられる.

 これからの医療供給体制を考えるためには,この増加する医療費を誰がどのように負担するかについての国民的合意の形成が不可欠であり,検討の前提としては,医療提供の基礎となる人件費その他の諸費用について,厳然と存在している地域差等を把握しなければならない.

疾病間の医療費配分は適正か

著者: 高橋泰

ページ範囲:P.838 - P.842

 「このおにぎりが1つ売れれば,30円の利益が上がる」.1つひとつの商品の利幅がいくらかを把握することは,小売業を営む場合の基本中の基本であろう.医療がサービス業と言われるようになって久しいが,これまで医療機関では,「今回のAさんの虫垂炎3日間の入院は5万円の黒字,Bさんは3万円の赤字」というような各入院患者個別の利益,あるいは損益がどの程度であるかを,把握しないままで経営を続けてきた.他の多くの業界から見れば信じ難い話であるが,これまで医療界では自院のコスト構造が不明瞭なままに病院の経営が行われ,また多くの医療関係者は「どの疾患の患者さんは収益性が高く,どの疾患の患者さんの収益性が低いか」をほとんど考えずに医療の提供を行ってきた.

 今回の「疾病間の医療費配分は適正か」という原稿の依頼を昨年受けたなら,間違いなくお断りしたと思う.この課題を論ずるには,①複数の医療機関からの,②同じ基準で測定したという2つの条件を満たした「1人ひとりの患者の収支データ」が必要になる.これらのデータが存在すれば,各患者の収支を疾病別に集計することで今回の課題に応えることができる.しかし先に述べたように,日本の医療機関には,そもそも今回の調査に不可欠な「1人ひとりの患者の収支データ」は,ほとんど存在しなかった.まして,①と②を満たした収支データの入手は不可能に近い状況にある.しかし今回の依頼を受ける少し前に,「同一基準で,1人ひとりの患者の収支データ」を得ることが可能になりそうな『コストマトリックス』というシステムに出会い,このシステムがどうにか使用に耐えうるものでありそうだという見込みが立ったので,今回の原稿の依頼を受けることにした.

地域医療再生のための医療再編戦略

著者: 荒木由季子

ページ範囲:P.843 - P.846

■「病院経営」から「地域医療経営」へ

1.自治体病院の崩壊

 「地域医療崩壊」という言葉は,今や普通に語られる言葉となっており,僻地,過疎地に限らず,都市部,都市部近郊においても起こっている.

 「地域医療崩壊」の象徴的な現象は,例えば千葉県銚子市民病院の閉鎖のような事例であろう.地域住民にとって,身近な公立総合病院の閉鎖は最も衝撃的な出来事であり,今や,どの地域にとっても他人事ではない.

グラフ

山谷の地域ケア連携

ページ範囲:P.797 - P.801

 ドヤ(簡易宿所)が建ち並ぶ山谷.東京都台東区・荒川区にまたがるこの地域は,高度成長期に日本有数の寄せ場(日雇い労働市場)に発展した.だが今では就業構造の変化や,高齢や病気が理由で職が得られず,生活保護を受給したり路上で生活する人が多数いる.

連載 ロボット技術と医療・介護・福祉・9

ワイヤレス分娩シミュレーター「ノエル」

著者: 照井克生

ページ範囲:P.802 - P.803

 ワイヤレス分娩シミュレーター「ノエル」は,米国ガウマード社が開発した,母体と新生児の様々なシミュレーションが可能なマネキンである.筆者の施設では,米国本社での見学・研修と,米国産科麻酔学会においてノエルを用いたシミュレーションのレクチャーを聴講した後に,2008年にスキルスラボに導入した.

 米英では産科救急の対応トレーニングにシミュレーターが数年前から活用されており,ハーバード大学やマイアミ大学,メイヨークリニックなどでもシミュレーションセンターに分娩シミュレーターが設置されている.米国産科麻酔学会でも分娩シミュレーターのセッションが毎年開催され,筆者が聴講したレクチャーでは,ヘリコプターでノエルが搬送されてきて,ストレッチャーで手術室に移動し,帝王切開を受けていた.このように,分娩管理のみならず,搬送や急変対応システムの検討にも活用されている.

医療ソーシャルワーカーの働きを検証する・38

地域連携におけるMSW支援評価―MSW自己評価と患者・家族満足度調査から

著者: 杉崎千洋

ページ範囲:P.854 - P.858

 「急性期病院~慢性期病院~在宅」をつなぐ中間ケアは,新しい地域連携システムである.そこでのMSW支援の自己評価と患者・家族満足度との不一致に着目し,その理由の検討などを行った.異なる機能の病院・機関職員の相互乗り入れ,特に慢性期病院MSWによる急性期病院入院中の患者・家族への転院後の医療,支援などに関する事前説明は,地域連携システムを適切に機能させる鍵の1つになっていると考えられる.

広がる院内助産所・助産師外来・5

【長野県における事例】助産師外来を開設するまでの軌道

著者: 竹村豊子

ページ範囲:P.859 - P.862

 近年,産科医師の不足,分娩施設の減少が大きな社会問題となっている.出産難民や妊婦のたらいまわし事例が起こっている現状の中,産科医師の負担軽減や助産師本来の能力を活用しようと,助産師外来・院内助産院の取り組みを始めた施設が増加している.厚生労働省においても,「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」報告書1)で「病院においては助産師による妊婦健康診査(助産師外来)や,チーム医療としての院内助産所を連携する必要がある」と指摘している.

 長野赤十字病院は,2008年6月より厚生労働省の補助事業を受け,助産師外来を開設し,現在に至っている.助産師外来開設までの経過を以下に述べる.

図説 日本の社会保障 医療・年金・生活保護・10

年金の支給状況・財源

著者: 泉孝英

ページ範囲:P.864 - P.865

■年金の支給状況

 2006年度の年金受給権者数は6,142万人,年金給付費は50.6兆円と,1960年度(国民皆年金実現の前年度)の10.8倍,280.4倍(物価換算52.6倍)に増加している.人口の高齢化に伴う公的年金受給権者(一部,受給を受けていない者も含まれる)の増加を反映したことで,今後もさらなる増加が予想されることである(図1).

 年金は,老齢(退職)年金,障害年金,遺族年金に大別されるが,受給権者も給付費も大部分は老齢(退職)年金である(表1).

鉄郎おじさんの町から病院や医療を見つめたら…・25

―映画人が見つめる病の世界(1)―告知:わすれもの

著者: 鉄郎

ページ範囲:P.866 - P.867

『死ぬまでにしたい10のこと』

 という映画がある.原題は“My Life Without Me”.

 主人公は23歳の女性.名前はアン.卵巣がん末期で余命2~3か月と宣告された.彼女は10代で結婚し,すでに2人の娘がいる.自分に残された時間は極めて短いと知ったアンは「死ぬまでにやりたいこと」リストを作って,それを実行していくという内容である.2002年のスペイン・カナダ合作映画だが,原作の小説はアメリカである.

病院管理フォーラム ■DPCを軸とした病院の経営管理・5

DPC病院進化論③―第2レベルから第3レベルになるための必要条件(1)精度の高い診療情報

著者: 高橋泰

ページ範囲:P.868 - P.869

 これまでの連載において,病院のDPCデータの活用状況は,表に示す3つのレベルに区分できることを説明した.今月号から3回連続で,第2レベルの病院(図1)が,第3レベルの病院(図2)になるために必要な条件を考える.

■経営品質・4

経営品質の考え方と医療経営

著者: 真野俊樹

ページ範囲:P.870 - P.873

●経営品質の考え方

 日本経営品質賞のベースであるマルコム・ボルドリッジ(MB)賞の考え方では,品質概念を顧客が評価する“知覚品質”として,それを測定することの重要性が強調される.これによって,日本型の品質改善(デミング賞)とは異質のCS(顧客満足)による品質システムを審査するという性格が明確に定まった.MB賞には「経営哲学や価値観」についての極めて厳しい規定があり,特に重視するのは次の4点である

●経営幹部のリーダーシップによる顧客思考のクオリティ計画

●積極的な従業員の経営参画

●プロセスの把握

●直感や感情によらない“事実”による経営

 これらを受けて日本経営品質賞では,図1のように4つの基本理念を持っている.順番にみていこう.特に,顧客満足について詳しく述べる.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第177回

東北福祉大学せんだんホスピタル

著者: 江頭豊

ページ範囲:P.874 - P.878

■病院概要

 東北福祉大学せんだんホスピタルは,東北福祉大学の福祉研究成果をもとに,「こころのケア」を社会に提供する病院として計画された.

 医学部を持たない大学が附属病院を開設するケースはあまり例がないが,東北福祉大学の附属病院であるせんだんホスピタルには,福祉と医療と健康を融合したケアを提供できるという強みがあり,また看護師などの実習の場や,卒業生の就職の場としても機能する.

 加えて,児童思春期病棟を設けて子どもたちの精神的健康の達成を援助するほか,精神障害者の地域生活を支援する包括型地域生活支援(ACT)部門を設置し,チームでの訪問医療体制を整備するなど,先進的な取り組みを展開している.

リレーエッセイ 医療の現場から

新移植法案が通った!

著者: 添田英津子

ページ範囲:P.883 - P.883

 海外旅行から帰ってくると,日本の安全さや効率のよさに安堵感を感じ,「日本に帰ってきてよかった~」と思うものです.外国へ旅行すると,空港で無事荷物が出てくるか,ひったくりにあわないか,怪しいタクシーに騙されないかと,心配事は尽きません.しかし,日本の空港では,荷物は丁寧に扱われ,ひったくりにも滅多に会わず,リムジンバスは渋滞していても,ほぼ時間通りに都内に到着できる.こんなに安全で効率のよい国は他にないと思います.ところが,臓器移植や臓器提供となると,話はそのように進みません.日本は外国から見たら不思議な国かもしれません.

レポート【投稿】

脳卒中患者が維持期の病院・施設に転院する際の転院待機日数

著者: 恵濃裕美 ,   徳永誠 ,   桑田稔丈 ,   富田愛 ,   清水昌子 ,   加来克幸 ,   山永裕明 ,   橋本洋一郎

ページ範囲:P.847 - P.850

要旨 脳卒中患者が回復期リハビリテーション病棟から維持期の病院・施設に転院する際の待機日数を明らかにすることを目的とした.当院回復期リハ病棟から維持期の病院・施設に転院した脳卒中患者117人を対象として,第1希望の病院に転院依頼をしてから最終的に転院した病院に転院するまでの日数(調整日数),転院先が確保できるまでにいくつの病院から断られたか(転院受け入れ不可病院数),最終的に転院した病院に転院を依頼して実際転院するまでの日数(転院待機日数)について調査した.調整日数は平均35.5±25.4日,転院受け入れ不可病院数は平均0.7±1.7病院,転院待機日数は平均28.7±19.6日であり,脳卒中の地域連携において,回復期リハ病棟から維持期の病院・施設に転院する際の待機日数の短縮が望まれる.

回復期リハ病棟における脳梗塞患者の薬剤費

著者: 東久子 ,   徳永誠 ,   上田温子 ,   星野輝彦 ,   塩津和則 ,   木原薫 ,   江口議八郎 ,   中西亮二 ,   山永裕明

ページ範囲:P.851 - P.853

要旨 回復期リハビリテーション病棟では,薬剤費が保険請求上入院費の中に包括されているため,薬剤費が医療経営の面から問題となることがある.本研究では,脳梗塞患者の回復期リハ病棟退院時処方における薬剤費を調査し,入院時処方と比較することを目的とした.対象は,急性期病院で治療後に当院回復期リハ病棟に入院した脳梗塞患者81人とし,後向き調査を行った.退院時の処方薬剤数は平均6.7剤,中央値6剤,1日当たりの薬剤費は平均532.5円,中央値339.2円であった.入院時と比べて退院時に増えた薬剤数は153剤,減った薬剤数は45剤で,増えた薬剤は,下剤,Ca拮抗薬・降圧薬の順に多く,減った薬剤は,下剤,消化性潰瘍治療薬の順に多かった.入院時と比べて退院時には,処方薬剤数と1日当たりの薬剤費は有意に多かった.本研究結果は回復期リハ病棟の医療経営を考えるうえで重要なデータであると考えられる.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?