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雑誌目次

雑誌文献

病院69巻4号

2010年04月発行

雑誌目次

特集 医療の拡大がもたらす社会の厚生―医療費亡国論再考

巻頭言

著者: 河北博文

ページ範囲:P.253 - P.253

 『いま医療費は,財政再建・行政改革の上でも予算編成の上でも,租税・社会保障負担の上でも,最大の問題の一つである.(中略)あらゆる面にわたって公共的経費の見直し,洗い直しが行われているのであるが,医療費に対する風当たりは,それが公共的経費の中でも巨額であるし,その伸び率も著しく高いこともあって,その風圧はかなり高い.このまま医療費が増えつづければ国家がつぶれるという発想さえ出ている.これは仮に「医療費亡国論」と称しておこう.』

 この文章は1983年3月に『社会保険旬報』に掲載された,当時の厚生省保険局長 吉村仁氏の論文の出だしである.この論文では,国民負担率が上昇すると当時の英国や西ドイツ,スウェーデンのように社会の活力が失われてしまうという危惧を示し,そのためには公共医療費の総枠の抑制と治療中心の医療から,予防・健康管理・生活指導などに医療の重点を置くことが効率的であると述べられ,さらに医療の需要と供給ともに過剰であり,医師養成数の下方修正,病床数の削減,高額医療機器導入の制限などが提案されている.また同時に,地域医療における医療機関のネットワークの重要性や質のよい医療へ医療費の重点配分なども示されている.

【座談会】日本の医療の可能性―医療費亡国論再考

著者: 鈴木寛 ,   西村周三 ,   和田勝 ,   河北博文

ページ範囲:P.254 - P.259

「医療費亡国論」の背景

河北 この4月に,診療報酬改定が久しぶりにプラス改定されました.とはいえ,わが国の少子高齢化はとどまることなく進んでいます.昨年の政権交代を受けた国家戦略の中で,この国の政治・経済と医療がどう関わっていくのか考えてみたいと思い,本日はお集まりいただきました.

 昭和58年に,元厚生省の次官だった吉村仁さんが社会保険旬報に「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」,いわゆる「医療費亡国論」を書かれました.まずは,彼の意図から話を始めたいと思います.

【インタビュー】幸せ,豊かさ,安心の定性的な価値とは

著者: 辻信一 ,   河北博文

ページ範囲:P.280 - P.283

「スローライフ」が生まれるまで

河北 今回の特集テーマは「医療の拡大がもたらす社会の厚生」ですが,「厚生」とは中国最古の歴史書『書経』によれば「人民の生活を豊かにすること」「健康維持または増進して生活を豊かにすること」となっています.つまり「豊かにする」という意味なのですね.本日はお話を伺いながら,この「豊か」とは何か,そして人間の健康と医療を本質的に考えてみたいと思います.

辻 僕は明治学院大学の国際学部で教えていまして,専門は文化人類学です.ただ,海外で15年ほど暮らしている間に,環境問題に非常に関心を持つようになり,どちらかというと環境活動家というアイデンティティのほうが自分の中で強かった時期が長いんです.それで,「環境活動家・文化人類学者」と紹介されることが多いわけです.

「医療」はすぐれて政治問題である―制度改革の日米比較

著者: 竹森俊平

ページ範囲:P.284 - P.287

 友人に「医療」を専門にしているフランス人の経済学者がいるが,彼は医療保険制度について,「どのような制度がその国にとってよいかは,結局,伝統によって決まる」という意見を持っている.もう10年以上も前にその意見を初めて聴いた時,正直「異論」を唱えたくなった.経済学者というのは社会の仕組みについて,理論的に最適なモデルがあると考える癖がある.筆者もかつてはそうで,医療保険制度についても最適なものがあるはずだと考えたのだ.

 だが最近つくづく,やはり友人は正しく,筆者は誤っていたと感じている.「どのような医療保険制度がその国に適しているか」という問題は,「伝統」と切り離しては語れない.もし伝統を無視して,新しい制度を無理やり持ち込めば国民は抵抗する.時にはその抵抗により,政治システムそのものが動揺する.具体例を挙げよう.ごく最近の話だ.

社会資本としての医療への投資

著者: 河口豊

ページ範囲:P.288 - P.291

 医療への投資は負の投資と見られることが多いが,社会資本を充実させ,病んだり事故にあった人,高齢者などの社会復帰を早め,社会活動を活発に動かすことにつながる.医療提供施設を充実させるとともに,施設の経営的な安定を図る投資を考えたい.

【論文集】適切な医療の拡大がもたらす社会の厚生

格差是正,景気浮揚,雇用誘発の視点から

著者: 大内講一

ページ範囲:P.260 - P.263

 2010年度診療報酬改定の中医協審議は,再診料をめぐって診療側に内紛が生じ,この内紛を公益委員が調停するという異例の展開の中で終結した.政府予算案編成時に医療崩壊を解消するため総枠0.19%の引き上げが決定され,4,800億円と見込まれる引上げ分のほとんどを入院医療に配分する審議結果となった.マスコミはこれにより「勤務医の待遇改善」が可能と論じたが,ことはそれほど簡単ではない.

 勤務医の過酷な状況を改善する唯一の方策は,医師を補充することである.今回の改定により総額では病院の増収となるが,これを分配すると1病院当たりの増収は高が知れている.そのため各病院が医師を1人だけでも補充できるかどうかは大変疑問で,今回改定から期待される勤務医の待遇改善は,せいぜい「超勤手当の引上げ」に止まるように思われる.勤務医の抜本的な待遇改善には医療費財源のさらなる増加が必要である.

医療に関わる様々な地域活性化の取組

著者: 和泉洋人

ページ範囲:P.264 - P.267

 人口の減少,少子高齢化の進展,中心市街地の空洞化,雇用の問題等,地域の抱える課題は様々である.また,大都市,地方都市,農山漁村等,地域別に抱える課題の構造は異なり,全国一律ではなく,地域の実情を反映した対応が不可欠である.内閣官房地域活性化統合事務局では,構造改革特区,地域再生,都市再生,中心市街地活性化といった制度等により,地域の声を踏まえつつ,地域活性化の取組を支援している.

 本稿では,これらの制度等を活用した地域の様々な取組について,医療に関わる事例を紹介する.

IT投資の有効性の視点から

著者: 大江和彦

ページ範囲:P.269 - P.274

 医療におけるITというと,診療報酬請求書(レセプト)のコンピュータによる作成,電子レセプト請求,オーダリングシステム,電子カルテ,画像管理システム(PACS)など,1医療機関内のデータ管理や処理のためのシステム導入がその代表的なものであろう.さらに,地域の医療機関同士で電子データにより診療情報をインターネット上で共有する地域医療情報ネットや,遠隔医療の一種であるテレパソロジーなども一部で試みられている.

 これら医療情報システムのメリットはこれまで,診療データの効率的かつ正確な管理や事務管理の効率化,診療データの共有による診療の質の向上や利用の効率化,医療全体の事務コストの削減,国全体での医療の効率的な分析,臨床研究のデータ収集と管理などに大きく貢献するものであり,国家的に推進していくことが必要であることが謳われてきた.実際,2001年に厚労省は保健医療分野の情報化に向けてグランドデザインを策定し,その後も政府のIT戦略本部の下で策定されるe-Japan戦略やi-Japan戦略1)をベースとした医療IT戦略が打ち出され,医療IT整備に向けた種々の進展があったと言える.

医療を産業として捉えること

著者: 藤本康二

ページ範囲:P.275 - P.279

■経済とは何か

 経済とは何か.人間が生きていくうえで,ロビンソン・クルーソーのようにすべてを自給自足的に行っていくことは可能かもしれない.しかし,生きていくための仕事を分業することで,個々の人間がより効率的に人生を過ごせる可能性がある.分業方式では,何がその社会で分業に値する仕事であるかが重要になる.それは時代,地域により異なるだろう.極論すると,北国では大切な雪下ろしは南国ではおよそ分業の対象にならない.医療が社会に不可欠な技術であるということは論を俟たないとしても,その技術が社会に提供するサービスの内容は,社会とともに変化すると考えられる.医療が社会の中で,いかなる分業を担うのかということである.

 「日本の医療が崩壊しつつある」「現場の過酷さ」等々の報道が目を引くが,一体何が本質的に問題なのだろうか.様々な産業の発展や後退,個別の産業界の実情を参考にしつつ,日本の医療を上記のような経済活動の分業の1つではないかという視点から眺めてみたい.医療が社会のコストセンターであるという考え方は,本来は存在しないほうがよいというスタートの議論である.よく笑い話的に言われることに,日本人は温泉も含め風呂が大好きだが,米国人は風呂と食事はできればさっさと済ませてしまいたい,いわゆる生活のコストセンターと考えるという文化の相違がある.もちろん,背景には気候風土の相違等があるのだが,米国人の考え方では温泉旅館などは存在し得ないだろう.産業,すなわち分業の1つとして考えるか,社会のコストとして捉えるかは,もしかしたら心の問題かもしれない.しかし,社会の皆がどのような心持ちで医療に接するのかは,医療を取り巻く諸制度,患者や消費者の態度が医療の行く末に大きな影響があるように思う.東西ドイツなどの歴史を見れば,考え方,システムの差は,そもそもの出発点でも極めて大きい差となって現れるのではないだろうか.

グラフ

街ににぎわいを取り戻す―旧病院跡地の再利用 高齢者専用賃貸住宅クオレハウス

ページ範囲:P.241 - P.244

 山形県鶴岡市内の銀座商店街にあった産婦人科・小児科三井病院が移転を決定したのは平成11年.旧病院が手狭になり,より広く快適な環境でお産を,という三井盾夫院長の考えから,郊外へ移転することとなった.しかしその際,旧病院がなくなった後の銀座商店街のことが気がかりだったという.「父が昭和24年に開業して以来,ずっとお世話になってきた.自分が育ってきた場所でもある商店街に,恩返しできないかと思ったのです」.その背景には,今,全国の商店街が抱えている問題がある.

連載 デザインの力・4

伝えるべき情報

著者: 山本百合子

ページ範囲:P.246 - P.247

 デザインとは,モノや行為などすべてを,より良い形を持たせるために計画することだ.それによってより具体的な力を作り出すこともできる.例えば,10秒で複雑な内容を多くの人に伝えるメディアがあったらどうだろう.単なる印刷物ではなく新しい機能を持ったものになるかもしれない.

 医療の現場でも,さまざまなポスターやツールを作ることは多い.その時,どのような点に留意して作ればより効果的か,具体的な例を用いてその方法をご紹介したい.

医療ソーシャルワーカーの働きを検証する・44

MSWの役割と業務改善―院内アンケート調査結果をもとに

著者: 浜辺恵里香

ページ範囲:P.293 - P.297

 急性期・一般病院におけるMSWの役割は,突然の発病による患者・家族の心理的不安,社会的問題解決はもとより,退院調整・転院(所)先との連携,経済的問題の解決,社会復帰支援等多岐にわたる.しかし,病院という保健医療の場において,唯一の福祉職であるMSWの業務内容や役割は他職種に十分理解されているとは言いがたい.今回,院内アンケートを通じて,院内スタッフへMSWの役割がどのように認知されているのかを調査した.MSWに対する認知度は高かったが,調査を通じて「情報共有化が不十分」「MSWへの依頼方法の曖昧さ」「積極的な働きかけが不十分」という問題点が見えてきた.この結果をもとに,医療チームの一員としてより円滑な院内連携が図れるよう業務改善を行ったので,紹介する.

より良い高齢者終末期ケア体制の構築に向けて・4

米国の高齢者終末期ケアの動向③―終末期の意思決定(上)

著者: 岡村世里奈

ページ範囲:P.298 - P.301

 高齢者の終末期ケアに関して,米国が抱えている問題の1つが,いかにして本人の意思を尊重した終末期ケアを提供するかである.というのも,米国でも日本と同様,本人・家族の意向を無視した過剰な医療処置が行われたり,本人の意思が確認できない場合に,終末期の医療処置やケアの内容をめぐって医療機関(介護施設)と家族間で争いに発展するケースが相次いでいる.

 もっとも,このように述べると,読者の中には,「米国は患者の延命治療を中止する権利が認められているはずではないのか?」「リビングウイル等の制度も充実しているはずではないのか?」等と疑問を持たれる方も少なくないであろう.確かに米国では,1990年代の前半には,数々の著名な裁判を通して患者のいわゆる「死ぬ権利」が認められている.また,連邦法や州法によって,リビングウイル等,終末期患者の意思決定を支援するための法律が数多く制定されている.しかし,それにもかかわらず,上述のような問題が多発しているのである.それは何故だろうか? 筆者は,この問題の背景には,終末期の意思決定をめぐる重要なポイントが隠されているように感じている.

 そこで,今回と次回の2回は,米国の終末期の意思決定をめぐる法制度やその運用状況を紹介しながら,その「終末期の意思決定をめぐる重要なポイント」について考えていきたいと思う.

鉄郎おじさんの町から病院や医療を見つめたら…・31

―食はスピリチュアル~病院給食雑感(1)―一定化された味は飽きが早い

著者: 鉄郎

ページ範囲:P.302 - P.303

1999年の病院給食

 右の写真は妻が入院していた時の食事.たまたま写真を撮っていた.日付も入っている.ある大学病院の病院給食で,カニやグレープフルーツも写っているが,それは誰かの差し入れ.妻が入院して以来,僕はカニなど口にしたことがなく,うらやましくて写真を撮った.

 他は何だろう.ごはんに豆腐料理,魚にごまインゲンだろうか.1999年2月28日と日付が残っている.ちょうど余命告知を受けたか,受ける前の頃だと思う.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第183回

英国の医療福祉アーキテクチャーの動向

著者: 長澤泰 ,   岩谷純子

ページ範囲:P.305 - P.312

 日英修好通商条約が締結されてから150周年を迎えて,2008年から2009年にかけて日英両国ではいろいろな記念事業が行われた.その一環として2009年9月初旬に在英日本国大使館で医療福祉建築に関するシンポジウムが開催された.これは,王立英国建築家協会・医療福祉建築家グループ(RIBA/AfH)と日本医療福祉建築協会(JIHa)との共催であったが,これにからめて2009年度JIHa海外医療福祉建築研修を英国のベルファーストとロンドンを中心に実施した.

 今回はいわゆる一般急性期病院ではなく,それらの周辺の医療福祉サービスを見たいという日本からの要請に,英国側が全面的に対応してくれた.最近の英国の医療福祉施設を見る機会を得たので,本稿では,その一端を紹介したい.

【復刻版】眼でみる病院の設備とはたらき・4

完全看護(後編)

ページ範囲:P.314 - P.315

 医師から患者を託されて,一切の世話を引き受け,医師に不安を感じさせないだけの力のある看護婦であるべきは勿論であるが,その人員数は不足がちである.患者4人に対して看護婦1人の割合で看護婦が病棟に配属されるとすれば,3交代勤務して患者8,16,16に対し看護婦1となる.手のかからない患者の多い病棟ではこれで間に合うが(少くとも患者の半数以上が病床を離れ歩きまわり,自分で身の始末ができるものでなければならない),一般の綜合病院,殊に重症の患者の多い病棟,特に外科病棟では人手が足らない.

 看護婦の手不足を補うための補助員,看護婦と協同する職員がいる.

リレーエッセイ 医療の現場から

生活者視点の「日本人の食事摂取基準2010年版」の活用へ

著者: 赤松利恵

ページ範囲:P.319 - P.319

 「日本人の食事摂取基準2010年版」が厚生労働省より発表された.これは,健康な個人または集団を対象として,国民の健康の維持・増進,生活習慣病の予防を目的に,エネルギーおよび各栄養素の摂取量の基準を示したものである1).日本では,長い間,栄養摂取量の基準として,「栄養所要量」という言葉が用いられていた.しかし,前回の「2005年版」から,栄養所要量が「食事摂取基準」に代わり,確率論的考え方に基づいた値が示された.今回の策定は,前回に比べ,内容的に大きな変化はなかったものの,より実践現場での活用を強調している.

 食事摂取基準の活用はいたってシンプルであり,その過程(以下,4項目)を理解することは容易である.しかし,それぞれの過程で問題点があり,実際は難しい.

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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