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文献詳細

雑誌文献

病院69巻7号

2010年07月発行

文献概要

特集 死生観が問われる時代の医療

現代死生学の誕生とその広がり―なぜいま死生学か

著者: 島薗進1

所属機関: 1東京大学文学部

ページ範囲:P.502 - P.506

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■死生学とホスピス運動

 現在の世界的な死生学の興隆は,イギリスやアメリカ合衆国が起点となり,近代医療の限界を自覚するところから始まった.病院は死にゆく人々のケアについて自覚的な対処をして来なかった.生物医学的な医療は病気を治すためには最大限の力を注いできた.医師は病気を治すための知識を身につける組織的な教育を受け,医学研究は痛んだ身体機能を回復するために膨大なエネルギーを注いできた.しかし,そもそも病院を訪れる人は回復して平常に戻るため,また労働や健康人らしい交流に復帰するための措置だけを必要としているのだろうか.死に向けての余生を人間らしく過ごしていくための場とそのためのケアも求められている.いや,むしろそこにこそ,医療本来のケアのあり方が見て取れるのではないか.

 このことに気づいたのは,イギリスのロンドンで看護師として,また医療福祉係として病院に勤めていたデーム・シシリー・ソンダース(1918-2005)である.ソンダースは1947年,がん治療を専門とする病院で職を得たが,あるとき手術ができないユダヤ人の患者と出会った1).この患者は強制的に退院され,別の病院に移ったが,ソンダースはその患者が翌年死亡するまで,頻繁に見舞いに訪れた.悲しい死別を経験したソンダースは,死にゆく人のケアが適切になされるべきこと,また痛みを和らげる医療がぜひとも必要であることを確信し,再び学生となって医学の勉強を始めた.そして,医師資格を得てからも痛みの緩和の研究という新しい分野に取り組んだ.

参考文献

1)シャーリー・ドゥブレイ,若林一美(訳):シシリー・ソンダース,日本看護協会出版部,1989(原著,1984)
2)デレク・ギル,貴島操子(訳):「死ぬ瞬間」の誕生―キューブラー・ロスの50年,読売新聞社,1985(原著,1980)
3)Kubler-Ross, E:On Death and Dying, Simon&Schuster, Touchstone, 1969(川口正吉訳:死ぬ瞬間,読売新聞社,1971.鈴木晶訳:死ぬ瞬間,読売新聞社,1998,同,中公文庫,2001)
4)岡安大仁:ターミナルケアの原点,人間と歴史社,2001
5)柏木哲夫:死にゆく人々のケア―末期患者へのチームアプローチ,医学書院,1978
6)柏木哲夫:生と死を支える―ホスピス・ケアの実践,朝日新聞社,1987(初版,1983)
7)田宮仁:「ビハーラ」の提唱と展開,学文社,2007
8)アルフォンス・デーケン:死とどう向き合うか,日本放送出版協会,1996
9)アルフォンス・デーケン:生と死の教育,岩波書店,2001
10)柳田邦男:犠牲サクリファイス―わが息子・脳死の11日,文藝春秋,1995
11)レイモンド・ムーディ,中山善之(訳):かいまみた死後の世界,評論社,1975(原著,1975)
12)島薗進:スピリチュアリティの興隆―神霊性文化とその周辺,岩波書店,2007,p7
13)十代死生観アンケート,AERA 8月18-25日号,2003
14)島田裕巳:戒名―なぜ死後に名前を変えるのか,法蔵館,1991
15)フィリップ・アリエス,成瀬駒男(訳):死を前にした人間,みすず書房,1983(原著,1975)
16)ジェフリー・ゴーラー,宇都宮輝夫(訳):死と悲しみの社会学.ヨルダン社,1994(原著,1965)
17)ジョージ・モッセ,宮武実知子(訳):英霊―創られた世界大戦の記憶,柏書房,2002(原著,1990)
18)国際宗教研究所:新しい追悼施設は必要か,ぺりかん社,2004
19)国際宗教研究所:現代宗教2006 特集・慰霊と追悼,東京堂出版,2006
20)ピエール・ノラ,谷川稔監(訳):記憶の場―フランス国民意識の文化=社会史,全三巻,岩波書店,2002-3(原著,1997)

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1383

印刷版ISSN:0385-2377

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