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雑誌目次

雑誌文献

病院70巻5号

2011年05月発行

雑誌目次

特集 病院は経済成長に寄与するか

巻頭言

著者: 神野正博

ページ範囲:P.333 - P.333

 時の政府は「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を謳った.はたして,この3つの「強さ」は並立するのであろうか.わが国の経済は,予想を超える円高と新興国の勃興によって厳しい環境下に陥り,閉塞感にあふれはじめてきた.さらに中東情勢の不安定化は原油価格高騰を招き経済に暗い影を投げかける.これらに伴う税収不足は財源不足となり,今後急速に迎える少子高齢社会に向かっての社会保障に多くの国民は不安を感じざるを得ない.そのような中で,国民の誰もが,自動車や電機に代わって日本経済を牽引する産業の出現に期待する.

 このような背景のもとで,にわかに医療・介護分野への期待感が広がる.すなわち,経済産業省が中心に進める『産業構造審議会産業競争力部会・産業構造ビジョン2010』『産業構造審議会基本政策部会』『医療産業研究会』や閣議で決定された『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』『新成長戦略実現2011』などで医療に対して,産業として,また雇用の吸収先としての過大かとも思える期待感が高まっているのである.

社会保障と経済成長

著者: 神野直彦

ページ範囲:P.334 - P.337

■社会保障と経済成長の親和と対立

 社会保障と経済成長とが対立するという思想は,1980年代から新自由主義という経済政策思想が,世界史の表舞台に君臨し始めてから,登場したといってよい.それまでは社会保障と経済成長との関係は,親和すると考えられていたのである.

 そもそも社会保障(social security)という用語は,1935年のアメリカの社会保障法によって初めて公式に使用されたといわれている.社会保障とは社会的扶助や社会保険を基軸として,国民生活を政府が保障する制度である.

医療の拡大と経済成長

著者: 藤本康二

ページ範囲:P.338 - P.342

 世界に類をみないスピードで少子高齢化が進むわが国では,国民の健康,医療,介護に関する関心は高まりを見せており,要介護者を抱える家族や高齢者の単身世帯のさらなる増加が見込まれる状況において,生活支援サービス等,医療・介護周辺のサービスに対する需要もますます増えてくることが想定される.

 こうした社会構造の転換に伴う医療・介護およびその周辺分野における需要は,社会保障のコスト要因の1つとされる一方で,「新成長戦略」でも指摘されているとおり,産業面から見ると,高齢社会の需要に適切に応えながら,内需を主導し,雇用を創出する成長産業となりうる側面を持っている.

「医療と経済成長」論議

著者: 遠藤久夫

ページ範囲:P.343 - P.347

■「医療と経済成長」の議論は「計画原理VS市場原理」論争の延長

 ここに来て医療と経済成長との関係が注目されてきている.国民皆保険体制が整った1960年代からの推移を見ると,国民医療費の伸び率は経済成長率と高い相関がある(表1).これは国民医療費の伸び率が経済成長率を大きく上回ると,積極的な医療費抑制策が展開されてきたためである.医療費の伸びを経済の「身の丈」に合わせるというこの政策は1つの哲学であることは確かである.しかし,経済成長の鈍化が恒常化しているわが国において,2000年以降の医療費の伸び率は年率1%台という皆保険制度確立以来の最低水準の伸びに抑えられている.70歳以上の高齢者の1人当たりの医療費はそれ以下の年齢の5倍弱であり,65歳以上の人口は年率約3%で増加している.この高齢化に伴う医療需要の増加に経済的にどこまで応えることができるのか.これがわが国の医療保障を考えるうえで大きな課題となっている.

 「トヨタ過去最高益達成」「国民医療費過去最高」,この2つの報道は異なるニュアンスをもっている.前者は「よかった.日本企業もまだまだいけるぞ」という印象であり,後者は「困った.これからどうなるのだろう」といったニュアンスで報じられてきた.この違いはどこから来るのか.医療費は負担であり経済成長の「重し」であるという固定観念があったためである.これに対して医療活動は経済成長に貢献するという当然のことが改めて主張されるようになってきたのである.しかし,そこから導かれる政策インプリケーションには対照的な2つの考え方がある.

医療・介護の経済誘発効果から見た産業としての力

著者: 前田由美子

ページ範囲:P.348 - P.351

■産業としての医療・介護への期待

 2010年6月『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』が閣議決定された.そこには,「高い成長と雇用創出が見込める医療・介護・健康関連産業を日本の成長牽引産業として明確に位置付け」,「民間事業者等の新たなサービス主体の参入も促進」するとある.

 同じ6月には,経済産業省から「医療産業研究会報告書」が公表された.同報告書は,「今後も保険診療が中心的役割を果すべきである」としているものの,公的医療保険外の市場を創出するため,病床規制の見直し,外国人医師の受け入れ,そしていわゆる医療ツーリズムに向けての制度の見直しを提案している.また,医療と医療を支援する医療生活産業とを合わせた広義の医療の自律的成長が,結果として保険診療の充実にも結びつくと述べている.

アジアNo.1のバイオメディカルクラスターへ―ライフ・イノベーションのグローバル拠点として発展する神戸医療産業都市構想

著者: 三木孝

ページ範囲:P.352 - P.356

■神戸医療産業都市構想の概要

 神戸医療産業都市構想は,神戸港内の人工島であるポートアイランドにおいて,医療関連企業の集積と新産業の創出をはかり,既存産業の高度化と雇用の確保による「神戸経済の活性化」,高度な医療サービスの提供による「市民の健康・福祉の向上」,アジア諸国の医療水準の向上による「国際社会の貢献」を目的とするプロジェクトである.

 構想の検討開始より13年目を迎え,今では図1のような構想の中核となる施設が整備され,200社を超える医療関連企業が集積する日本最大のバイオメディカルクラスターに成長している.

医療関連産業の興隆

著者: 青山竜文

ページ範囲:P.357 - P.362

 本稿では,「成長分野」としての医療関連産業につき,「想定されるニーズ」と「そのニーズに対するサービス供給主体(医療機関等)」の両側面から検討を行いたい.前段では現在の医療業界の「延長線上での展開」を計数面主体に,後段では現在の業界構造にとらわれない「今後の取り組み」をピックアップしていきたい.なお,本稿の多くは,(株)日本政策投資銀行にて制作している「病院業界事情ハンドブック2010」掲載の数字を参照している(参照頁について,「HB○頁」と記載する).

病院と地域の協働による地域振興を考える

著者: 神野正博

ページ範囲:P.363 - P.367

 そもそも病院の顧客(患者),利用者とは? おそらく日本の多くの病院における患者の90%以上は,「通える地域」の住民ではないだろうか? ここで言う「通える地域」というのは,二次医療圏という範囲にこだわらず,交通インフラが発達した日本の中で大きな苦労なく通院できる地域ということになる.当恵寿総合病院の患者の99%以上も病院が存在する能登中部医療圏と隣接する能登北部医療圏,石川中央医療圏,ならびに富山県の高岡医療圏の住民である.いずれも距離こそ離れていても,道路インフラの整備の下で車や公共交通機関で十分「通える範囲」からの患者なのである.残りのわずかの患者は,里帰り出産や観光地の能登で受傷したり病いが発症したりした患者,あるいは地縁・血縁を頼って療養を目的として訪れた患者である.また,同様に健診受診者の多くも,地元在住者か地元の企業に勤める労働者ということになる.

 この患者の流れは,例え東京の中心部のいわゆる有名病院であろうとも,二次医療圏や都県の境を越えて「通える範囲」の住民という物差しで把握するならば,おそらく90%以上は,やはり「通える」地域住民ということになるに違いない.以前に訪問した世界に冠たるマサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル,メイヨー・クリニックですら,50%の患者は周辺住民であると聞く.この傾向は,専門特化型病院を除いて,一般的な病院すべてに成り立つ流れではないかと思われる.

グラフ

挑戦するリサーチホスピタル―財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター病院

ページ範囲:P.321 - P.324

 神戸市が推進する医療産業都市構想.先端医療センター病院は,その中心的役割を担うリサーチホスピタルとして,2003年4月に開院した.生命科学分野における研究成果を臨床に応用する,いわゆる橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を通じた先端医療の提供を基本理念に掲げ,病院自体も研究棟と臨床棟で構成されている.その要である「再生医療」「医療機器の開発」「臨床研究・治験支援」の3つの視点から,当院を紹介する.

連載 看護学生と若手設計者が考える 理想の病院・5

医療者と患者の壁がない

著者: 加藤拓郎

ページ範囲:P.326 - P.327

壁のない理想の入院環境

 「医療者と患者の壁がない」理想の病院――医師のいる部屋の壁をなくす,ナースステーションの壁をなくす,物質的な壁がないと心の壁もなくなる――

 現代の病院には,病室,診察室,検査室,手術室,医師室・・・数え上げればキリがないほど部屋また部屋,壁また壁があります.これは,病院が多種多様で独立した機能を内包していることによるのですが,反面,壁が物理的・心理的に医療者と患者を分断してしまい,様々な障壁になってしまう場合もありうるのではないでしょうか.

臨床倫理コンサルテーション・1【新連載】

医療機関における倫理支援体制

著者: 瀧本禎之

ページ範囲:P.369 - P.371

 臨床現場では,日々様々な問題が生じている.医学という不確実性の学問に従事しているのであるから,臨床家が日々頭を悩ますのは当然と言えば当然のことである.しかし,実際に頭を悩ますのは,治療方法の選択といった,純粋に医学的な問題だけではない.

 例えば,医療者は,家族が患者本人への告知を望まない場合にどうするのか,社会的な入院適応しかない患者の入院をどう扱うか,療養指示に従わない患者にどう接すればよいか,患者と家族の治療方針が異なっており患者が軽度の認知症を有している場合はどうするのか,といった純粋な医学的問題ではない臨床上の問題に日々直面している.このような臨床上の問題に対して,組織としての対応方針が決まっていたり,医療者が相談するようなシステムがあったりする医療機関は少なく,多くの場合,個々の医療者が現場でそれぞれ対応しているのが現状である.本稿では,このような幅広い倫理的問題に対して,どのような支援体制が医療機関に必要とされているのかをについて解説したい.

医療BSC基礎講座・4

BSCの基本構造と原則(その1)―ミッション・ビジョン,4つの視点とその関係

著者: 髙橋淑郎

ページ範囲:P.372 - P.375

■ミッションと戦略とBSC

 BSCのねらいは,「戦略を確実に実行させる」ことにある.戦略とは,組織のミッションの達成のために「不確実な情報の中で,経営体のあるべき将来像を意図を持って描き,それを達成するための道筋を時間とともに考えるいくつかのシナリオ」1)を策定・実行・評価しながら進めるものであるが,そのミッションは抽象的で高邁なものが多く,ビジョンをわかりやすく示す必要がある.すなわち,近い将来こうなりたいという3年後,5年後の組織の姿を組織構成員が共通にイメージできるビジョンの達成に向けて,組織を変革していくシナリオである注1)

 少なくともBSCを作成する場合には,組織内で「戦略」とは何かを定義し,共通目的を持って,戦略実行意思を持っていることが必要条件となる.戦略を確実に実行することが目的であるので,組織構成員が同じ認識を持たなければ,戦略の実行はおぼつかない.

医療ソーシャルワーカーの働きを検証する・57

ソーシャルアクションのツールとしての寸劇

著者: 村上須賀子 ,   原田彩子

ページ範囲:P.377 - P.381

 MSWは医療現場で患者家族が陥っている様々な生活問題にふれる.それらはソーシャルワーク過程で解決の糸口を見出し得る場合もある.しかし近年の医療制度改革,社会福祉基礎構造改革などで医療福祉現場の環境の変化は著しく,患者・家族とMSWという1対1の個別の支援だけでは問題の改善にならず,苦悩する場面に遭遇することも多々ある.利用者の生活問題の解決への展望を切り拓くために,制度改革や地域を巻き込んだ医療福祉環境への変革のアクションが必要かつ重要な時代を迎えている.ここではソーシャルワーカーの本来機能の1つであるソーシャルアクションのあり方として,筆者らが続けている「寸劇」による住民への問題提起の方法について述べたい.

医療マネジメント 21世紀への挑戦・2

日本の社会と医療の未来―「生存転換」概念による予測

著者: 長谷川敏彦

ページ範囲:P.382 - P.385

 今,政界も医療界も混迷を深め,その根本原因が「グランドデザイン」の欠如と取りざたされている.しかし,これから日本が突入しようとしているのは,これまでの常識を破る未知の世界である.確かにデザインは難しい.しかし未来の設計には予測が必須である.今回は未来予測の手がかりを求めて,これからの日本,特にこの20年間を模索したい.まず人口学的枠組みにより,「未来の社会」「医療の課題」を浮き彫りにし,相互の関係を分析する.

鉄郎おじさんの町から病院や医療を見つめたら…・44

―長崎原爆とひとりの医師③―遺産を受け継ぐ

著者: 鉄郎

ページ範囲:P.386 - P.387

妻を想う

 永井隆は,著書『長崎の鐘』では,妻の死について触れようとしない.他の著書も同様で,子どものことには触れても,奥さんの死になると口を閉ざし,わずかを語るばかり.どうしてだろうか….

 インターネットで「長崎の鐘」をキーワードに検索した時,次の文章に出会った.

病院管理フォーラム ■院内感染対策―医療監視の立場から・5【最終回】

食中毒細菌・ウイルスによる院内感染

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.388 - P.389

●食中毒について

 食中毒といっても,フグやキノコによる自然毒食中毒や,メタミドホスのような化学物質による食中毒は,感染していく性質のものではないので,当然ながら院内感染対策とは関係ありません.食品衛生法では,食中毒そのものを直接定義してはいません.ただ食中毒患者を診断した医師の届出義務を規定した第58条では,食品に起因して中毒した患者を食中毒患者としています.中毒とは何か,という問題もありますが,一般的には「飲食物に起因する健康障害」を「食中毒」とすることが多いのではないのでしょうか.

 細菌やウイルスを原因とする食中毒は,飲食物を原因とする経口感染症でもあるわけですが,従来は,細菌性食中毒の原因となる病原体には,発症菌量の多い細菌が挙げられていました.喫食前に食品中で,発症するに十分な菌量にまで増殖するもの(感染型),あるいは食品中で菌が増殖する時に中毒を発生するに十分な量の毒素を産生するもの(毒素型),が中心と考えられていました.前者としては腸炎ビブリオ食中毒,後者としてはブドウ球菌性食中毒などがあります.これらの細菌は,単に食品を汚染しただけで健康障害を起こすことは少なく,汚染後に食品中で増殖や毒素産生のための十分な時間と温度条件が必要です.このため調理後速やかに喫食した場合は,食中毒を起こす危険性は極めて低いと考えられます.

アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第196回

兵庫県立加古川医療センター

著者: 河﨑邦生 ,   川上憲一

ページ範囲:P.391 - P.397

 旧県立加古川病院の前身である兵庫県立加古川懐仁病院は,1936年6月から東播磨地域における中核的病院としての役割を果たしてきたが,施設の老朽化,狭隘化が進むとともに,疾病構造や住民の医療ニーズの変化への対応が困難となっていた.そこで兵庫県の政策医療の充実を図るとともに,県立12病院のネットワークによる医療機能分担と地域住民の中核的医療施設として整備するために,交通アクセスの優れた新しい敷地へ全面移転することになり,兵庫県立加古川医療センターとして2009年11月にオープンした.

 新病院の果たすべき5つの役割は,①生活習慣病に対する医療の充実,②緩和ケア医療の充実,③東・北播磨地域における3次救急医療の提供,④感染症医療の提供,⑤神経難病医療の提供であり,一般的な地域の中核病院とは異なる機能を備えた病院づくりを目指した.

リレーエッセイ 医療の現場から

緩和ケア医からのお願い

著者: 髙橋正裕

ページ範囲:P.399 - P.399

麻酔科医から緩和ケア医に

 こんなことを言うと麻酔科の諸先輩におしかりを受けるかもしれませんが,多くの麻酔科医は,そんなにハードワークを強いられているわけではありません.しかも,毎日毎日,麻酔をするだけの単調な仕事…….だから,10年もやっていると,だんだん物足りなさを感じてしまい,ペインクリニックやICUなどのサブスペシャリティーを求め始めます.

 さて,麻酔科医になって10年が経ち,ご多分に漏れずサブスペシャリティーを求めていたある日,欧米では麻酔科医が中心になって,術後の痛みに対処するAcute Pain Serviceというものが普及しつつあることを知ります.俄然魅力を感じた僕は,見よう見まねでAcute Pain Serviceを開始しました.麻酔業務開始前(早朝)と夕刻に病棟へ行き,新たな仕事(疼痛管理)をすることは,僕に満足感を与えてくれました.しかし,ある日僕は,自分が診ている患者さんの隣のベッドで,苦しんでいる患者さんがいるのに気づきます.同級生の外科医に「あの人は?」と聞くと,

「あぁ,ターミナルやねん.いろいろやってんねんけどな……」

「えらい痛がってるなー」

「そやねん……」

「よかったら,俺に疼痛管理任せてくれんか?」

「ええけど…….どうするねん?」

「んー,術後と同じ方法でやってみてええか?」

表紙

「とり」

著者: 赤木主税

ページ範囲:P.331 - P.331

 1980年岡山県生まれ.生後1か月でダウン症と診断される.中学卒業後に入所した岡山県吉備の里能力開発センターで絵画の才能を開花.97,98年「Tシャツアート展」受賞,世界人権宣言50周年記念切手デザインコンクール佳作入選ほか.2006年4月より茨城県つくば市にあるNPO法人自然生クラブに参加.絵画制作の他,田楽舞の舞台にたち,アイルランド,ベルギー等の演劇祭に参加,国内外問わず精力的に作品展,公演を行う.


【今月号の作品】

彼の作品の中にはこのような「とり」が沢山描かれている.そして色合いも似ている.青,赤,黄,緑など,これらの色が微妙にバランスをとって描かれている.(母 赤木真里子)

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書籍紹介

ページ範囲:P.397 - P.397

次号予告/本郷だより/告知板

ページ範囲:P.400 - P.400

基本情報

病院

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1383

印刷版ISSN 0385-2377

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