ケースレポート
地域医療構想と民間病院・30
オーストリアにおける医療サービス付き高齢者施設:20世紀ユートピア建設のレガシー
著者:
松田晋哉
ページ範囲:P.596 - P.602
■はじめに
人口の高齢化とそれに伴う傷病構造の変化は,わが国のみならず先進国共通の問題となっている.いずれの国も,脳血管障害の後遺症などによるADL障害や認知症に罹患した高齢者の医療・介護ニーズへの対応に加えて,衣食住の日常生活支援など,わが国と共通の課題に直面している.また,こうした要介護高齢者のケアを担う労働力が不足しているため,ドイツ,オーストリア,オランダといった欧州諸国は外国人の活用を精力的に進めている.
他方,欧州諸国においては住宅政策が社会保障制度の一環として行われてきたため,わが国に比較すると地域包括ケア的な対策を行っていく基盤整備ができている.具体的には,第一次世界大戦後,都市部の労働者階級の居住環境整備の一環として,日常生活上の便宜にも配慮された大規模アパート群が建設されてきた.例えば,ドイツのジートルンク(代表的なものとして世界遺産に登録されたジーメンス・シュタットなどがある),ウィーンのカール・マルクス・ホフ(全長1.2km,1,400戸からなる巨大集合住宅で現在も使われている)などがその例である.これらの施設は当時の先進的建築家の「庶民にも快適な生活をいきわたらせよう」というユートピア建設に係る強い信念に基づいて行われたものであり1),これまでその画一性などに種々の批判はあったものの,現在もなお都市部における低所得層の住民の住まいを保障する上で重要な役割を担っている.
わが国においても,例えば東京の同潤会アパートの建設に当たってそのような欧米の経験が参考にされたが,その後の高度経済成長の過程で住宅政策が経済政策の一環(持ち家政策)として行われてきたため,地域包括ケアシステムを構築していくための住宅保障の基盤が貧弱であり,このことが今後地域包括ケアシステムの構築を進めていく上で障害の一つになっている.
本稿では,住宅政策から地域包括ケアを考えるための基礎資料を提供する目的で,Geriatriereform(高齢者ケア制度改革)の一環として大規模型高齢者複合居住施設を整備しつつあるオーストリアの実践例を紹介する.