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COVID-19パンデミック下の人工呼吸器トリアージ問題にどう取り組むべきか—学際的協働に向けた医事法学からのアプローチ
著者: 一家綱邦1 船橋亜希子2
所属機関: 1国立がん研究センター 社会と健康研究センター 生命倫理・医事法研究部 医事法研究室 2東京大学医科学研究所 公共政策研究分野
ページ範囲:P.610 - P.616
文献購入ページに移動本稿の執筆を構想したのは新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)の拡大に対する緊急事態宣言下であり,その後,事態は日々変遷している.仮に現在の感染拡大が収束しても,新たな感染流行の波の到来も予測されている.COVID-19のパンデミックが現実のものになると,さまざまな医療資源の中でも患者の生命の保持をダイレクトに左右する人工呼吸器の不足が危惧されている*1.そこから,使用可能な人工呼吸器の数を上回る数の患者の中から,人工呼吸器を使用する患者を選択しなくてはならないトリアージの問題(以下,本稿では「人工呼吸器トリアージ問題」とする)が生じる恐れがある.
筆者らは,この問題は大きく分けて2つの場面で生じると考える.第一例は,患者Aと患者Bが同時に人工呼吸器を必要とし,使用できる呼吸器が病院内に1台しかない場面である(Case1).しかし,従来にもこれに類似した場面は,顕在化の程度は別として,医療機関の中で一定程度生じていたのではないだろうか.すなわち,緊急手術が必要な患者が複数名いるが,手術室が1部屋しか空きがない,当該手術をできる医師が1人しかいないような場面である(素人の想像をご海容いただきたい).従って,人工呼吸器トリアージ問題でもCase1であれば,従来の考え方や対応と大きく変わることはないと考えられる*2.
第二例は,2人の患者を何らかの基準で比較して,患者Bの救命を優先するために,患者Aが使用中の人工呼吸器を取り外し,Bに装着させる選択が迫られる場面である(Case2).このCase2については,わが国の法学・生命倫理学はほとんど扱ってこなかったようだが*3,海外の深刻な状況が伝えられ,にわかに検討対象になってきた問題である*4.医療者が通常有する倫理観(担当患者の救命に全力を尽くすこと)に照らして非常に過酷な問題であり,法学からのアプローチとしては,ある行為を行った場合に,その行為から発生した損害の公平な分担の場である民事責任の検討よりも,その行為を行うことがそもそも許されるかどうかを検討する刑法的検討の方が,医療者の倫理観への影響も勘案して,より重要であると考える.
本稿は,人工呼吸器トリアージ問題に関して,上記Case1とCase2を念頭に置いて,さまざまな論点を広くカバーすることよりも,今後の実務的対応の中で必要となる議論の礎の一つとなることを目指して管見を示したい.今のままでは人工呼吸器トリアージ問題が現実のものになった場合には,その対応が医療現場に委ねられてしまうことが予測できるが,法的・倫理的に解決されていない論点は多く,個々の医療機関が独自に取り組むことには限界があり,学際的協働が必要であると考える.
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