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文献詳細

雑誌文献

病院80巻5号

2021年05月発行

文献概要

特別記事

“病院船”で何ができるか?—艦船による医療を考えるための予備知識

著者: 柳川錬平1

所属機関: 1防衛医科大学校病院総合臨床部

ページ範囲:P.442 - P.446

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■はじめに
 サンフランシスコ平和条約が発効してから令和の始まりに至るまで,日本本土は幸いにして戦災を免れている一方,地球全体の気候変動のためか大災害に直面することは増えており,そうした国難に苛まれるたびに“病院船”が話題に上ることも増えている.これまでの国会議員有志らによる“病院船”動議は政策の一部に反映されて海上自衛隊の輸送艦や海上保安庁の大型巡視船の配備あるいは新造自衛艦の医療設備充実に寄与したものの,米・露・中のように戦時国際法(現在はジュネーブ第2条約)に適合した病院船を常備することにまで国民の賛意は得られそうにない1).現在では,国際法規の主体となる国家間での武力紛争(=戦争)の蓋然性は低下しており,そもそもソマリアの海賊もアルカイダもイスラミック・ステートも正規の国家ではないため戦時国際法の締約国たり得ず,彼らに病院船を保護する法的義務は発生しない.そのような今,条約に定められるように船体を白く塗りつぶして巨大な赤十字を表示する意義は乏しいとも言える.
 ところで,“病院船”について議論する上では,その定義が一定しないことも混乱の一因となっているようである.ジュネーブ第2条約の規定を定義とする,病院船の保有は対戦国の存在(=戦争)を前提としたものであることから,戦争を放棄した日本がこれを用意するのは具合がよろしくない.逆に,何らかの医療設備を搭載した船舶を全て“病院船”と呼ぶならば,大きさも機能も運用主体(目的)も多種多様な船が俎上に並ぶことになり,議論は空中分解を免れない.内閣府による「災害時多目的船」という呼称には,議論を戦時病院船からは慎重に隔離した上で,これに一定の方向性を与えることを意図したような絶妙の語感が香り立つ.
 本稿では,“”に「いわゆる」の意を含ませて,時代ごとの戦時国際法で明確に定義されている病院船と定義が一定しない“病院船”とを区別しつつ,“病院船”の定義に深入りすることによる紙幅の空費を避け,医療提供の一手段として艦船(艦艇+船舶)の持つ可能性について徒然なるまま思いを巡らすこととする.

参考文献

1)内閣府:災害時多目的船(病院船).2020 http://www.bousai.go.jp/jishin/sonota/tamokutekisen.html
2)伊庭想太郎,荒井鎌吉:旧幕府史談会席上に於いて.旧幕府 3(8):41,1899
3)大本営野戦衛生長官部:第五 航海中発生患者員数.明治二十七八年役陣中日誌,下,附録.pp103-198,大本営野戦衛生長官部,発行年不詳
4)海軍省医務局:第五章 病院船.日清戦役海軍衛生史,第二編.pp304-377,海軍省医務局,1904
5)柳川錬平:日独戦役における病院船「八幡丸」の医療活動.日本医史学雜誌63:407-426,2017
6)柳川錬平:パシフィック・パートナーシップ2012ベトナム行動参加報告—外科医官の視点から.防衛医科大学校雑誌 39:58-63, 2014
7)砂田向壱:「病院船」が日本を救う.pp117-122,へるす出版,2015
8)米国国防省:Emergency War Surgery Course—Joint Trauma System,2021 https://jts.amedd.army.mil/index.cfm/education/ewsc
9)防衛省:東日本大震災における海上自衛隊の活動概要,2012 http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/tamokutekisen/2/pdf/shiryou01.pdf
10)海軍省:海軍病院船.日本映画社,1943
11)稲田清,地曳創陽:クルーズ船 自衛隊は何をした?NHK政治マガジン,2020 https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/31928.html
12)Hafner K:Hospital ship USNS Comfort heads home to Norfolk on Thursday. The Virginian Pilot, 2020 https://americanmilitarynews.com/2020/04/hospital-ship-usns-comfort-heads-home-to-norfolk-on-thursday/
13)柳川錬平,清住哲郎,礒井直明,他:日本に病院船は必要か? 日本集団災害医学会誌16:385,2011

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1383

印刷版ISSN:0385-2377

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