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雑誌目次

雑誌文献

臨床泌尿器科50巻4号

1996年03月発行

雑誌目次

増刊号特集 前立腺疾患'96

Editorial—前立腺疾患へのアプローチ

著者: 秋元成太

ページ範囲:P.5 - P.8

 前立腺疾患というと,前立腺肥大症,前立腺癌,前立腺炎がまず思い浮かぶ。しかしながらその周辺の疾患,たとえば膀胱頸部硬化症などの病態について,診療上では十分な知識を要求される。
 さらには,前立腺の解剖学的事項として,膀胱,尿道,直腸など近接臓器との位置や相互臓器の関連,たとえば排尿,排便,射精などの動態を理解するとともに,前立腺および前立腺部尿道への影響があることも,つねに頭の片隅において診療にあたるべきであろう。

前立腺とその周辺領域の局所解剖

著者: 木原和徳 ,   佐藤健次

ページ範囲:P.10 - P.19

前立腺の発生と解剖
 前立腺は精液の一部を産生分泌する生殖のための臓器であり,正常では蓄排尿への関与はほとんどないと考えられる。胎生10週頃にテストステロン(T)の働きで尿生殖洞より発生し,思春期以降に急激に増大して成人レベル(平均20g:思春期以前は10g以下)に達する。Tが間質細胞に働き,間質細胞が尿生殖洞上皮を前立腺上皮へと誘導すると考えられる1)。まず上皮が周囲間質に向かって侵入し,腺管を形成しつつ末梢へ分枝していく一方,周囲の間葉組織が平滑筋線維と間質とに分化していき前立腺が形成される(図1)。間葉組織は辺縁では緻密化して前立腺被膜を形成する。完成された前立腺では重量の約70%が上皮性(腺性),残りが非上皮性(線維筋性)成分である。胎児および新生児では図1のように精丘付近に腺管群が開口している2)。これより前葉,左右の側葉,中葉,後葉の各腺葉ができ,さらに後に癒合して1個の前立腺になるとの考えから解剖学的にはこの5葉に分けられる。これらの腺管群は長い導管を持ち,その腺房は尿道より遠くにあるため外腺と呼ばれ,一方尿道の粘膜下に短い導管を持った腺管群があり,これは内腺(尿道周囲腺)と呼ばれ精丘より近位の尿道に開口している。前立腺癌は外腺に発生し,肥大症は内腺より発生する。

画像診断はどこまで役立つか—超音波像を中心に

著者: 斉藤雅人

ページ範囲:P.20 - P.31

はじめに
 前立腺疾患の超音波診断について,経直腸的超音波断層法(TRS,欧米ではTRUSと略すことが多い)を中心にして,すぐ臨床の場で役立つ知識を概説するとともに,前立腺の画像診断におけるトピックスも紹介する。

前立腺肥大症

前立腺肥大症は増加しているか

著者: 塚本泰司 ,   舛森直哉

ページ範囲:P.34 - P.37

前立腺肥大症は増加しているか?
 前立腺肥大症が加齢に伴う疾患であることを考えると,高齢者人口の増加が著しい本邦における前立腺肥大症の増加は想像に難くない。しかし,高齢者人口の増加率に比べ前立腺肥大症の増加率のほうがはるかに高いことも指摘されている1)。この理由の第一として,前立腺疾患に対する社会の一層の認識が挙げられる。すなわち,以前は排尿困難が存在しても,種々の理由で医療機関への受診をためらっていた高年齢者が,最近では社会的な啓蒙に触発され積極的に受診していると考えられる。第二に前立腺肥大症に対する有効な治療法,すなわち経尿道的前立腺摘除術の普及や交感神経アルファ-1受容体遮断薬および抗男性ホルモン剤,などの登場が挙げられる。これらの内科的治療法により泌尿器科医のみならず内科医を中心とする非泌尿器科医も比較的手軽(?)に治療を行えるようになった。また,このような医療サイドの変化はある程度一般社会にも反映され,患者の受診をさらに促していると考えられる。以上のように,社会サイドと医療サイドの双方の変化が前立腺肥大症患者の増加に寄与していると推測される。
 このように"いわゆる前立腺肥大症"の患者数は明らかに増加している。しかし,"疾患としての前立腺肥大症"の有病率が増加しているのかを議論するとなると状況は混沌とする。次の項で述べるように未解決の大きな問題が残されているからである。

前立腺肥大症の病理

著者: 原田昌興

ページ範囲:P.38 - P.44

はじめに
 前立腺肥大症は病理学的には良性結節性過形成と位置付けられる。肥大hypertrophyは見かけの容積の増大を意味し,組織を構成する個々の成分の容積増大によっても,構成成分の数的増加によってももたらされる。前立腺肥大症では細胞容積の増大も関与しているが,主体は腺上皮ないし間質細胞の増殖によることから,過形成hyperplasiaと表現される。肥大症組織の日常的検索で問題となる異型過形成を含め,いくつか過形成性病変の病理学的考え方を述べてみたい。

病因解明の進歩

著者: 杉村芳樹

ページ範囲:P.45 - P.47

はじめに
 前立腺肥大症の病因としては,高齢者に認められることと思春期前に去勢した場合この疾患が発生しないことから,加齢と男性ホルモンが重要と考えられているが,まだ病因の解明に至っていない。しかし,近年の前立腺における基礎的研究の進歩により,1)DHT仮説,2)上皮-間質の相互作用,3)幹細胞(Stem cell)仮説,4)エストロゲンの関与の4つの仮説が提唱されている1)。DHT仮説は,ヒトと同じように前立腺肥大が起きるイヌの研究から提唱され,この仮説をもとに最近は5α-還元酵素阻害剤による治療も行われている。
 上皮-間質の相互作用については,胎生期の前立腺誘導作用を持つ間質性小結節と上皮が反応し,新しい腺管分枝が起こり,肥大結節が形成される機序(McNealの仮説2))が興味深い。

Symptom Scoreと重症度・治療効果の判定基準作成の動向

著者: 本間之夫 ,   河邉香月 ,   阿曽佳郎

ページ範囲:P.49 - P.53

前立腺肥大症に伴う自覚症状
 前立腺肥大症(BPH)に伴う自覚症状は経験的ないくつかのものが分かっている。例えば排尿開始の遅延,排尿時間の延長,尿線の途絶,尿線の細小化,尿勢の低下,排尿開始時のいきみ,排尿途中のいきみ,排尿後のしたたり,残尿感(下腹部の不快感と不完全排尿感という2つの意味を含む),尿意切迫感,尿失禁,昼間頻尿,夜間頻尿などである。またこれらの症状を2つに分類して,閉塞症状と刺激症状のように総称することもなされている。したがって「自覚症状が強い」とか「自覚症状が改善した」とか「自覚症状のうち刺激症状のほうが強い」とかいう表現は,日常的に臨床の場で用いられてきている。
 しかし自覚症状全般をひとつの指標(例えばスコア)で表現することは余りなされてこなかった。それは妥当性の高いスコアを作成することが必ずしもやさしいことではなかったことにもよろう。

日常生活上の注意

著者: 勝岡洋治

ページ範囲:P.140 - P.145

はじめに
 前立腺肥大症はそれ自身悪性化することはないので,肥大した腺腫の完全除去は必ずしも必要ではない。腺腫が大きくなっても排尿困難を伴わないものは直ちに治療を始めなくてもよい。また,排尿困難の程度がそれほど強くなく上部尿路への障害がみられない場合には保存療法の対象となる。したがって手術療法か保存療法かという二者択一的な発想ではなく,全身状態を十分に把握し,病期に合った治療を組み立てることが必要である。手術適応については患者側の判断も重要である。なぜなら術後の症状と生活の質(QOL)の改善度は自分の症状をどの程度に自覚しているか,手術によってどの位改善が見込めるかの期待度が多分に影響するからである。
 前立腺肥大症の臨床症状は通常3期に分けられ,第1期(刺激期),第2期(残尿発生期),第3期(完全尿閉期)とされるが,各病期が順序どおりに出現するとも限らない。また,各病期の間には移行型があり,自覚症状や残尿量についても固定期に入るまでに大きな振幅がみられる。急性尿閉を経験した患者が1回の導尿後何年も無事に経過することもある。

検査法の実際とこつ

直腸内触診・残尿検査

著者: 蓮井良浩 ,   野瀬清孝

ページ範囲:P.54 - P.57

 前立腺肥大症の診断における直腸内触診と残尿検査は,泌尿器科診療の基本的手技である。これらの手技の修得は,泌尿器科医にとって必須であるので,筆者らの経験を交えて,概説する。

前立腺超音波検査

著者: 山崎春城

ページ範囲:P.58 - P.61

 今日,前立腺超音波検査は,経腹的あるいは経直腸的に施行されている。しかし経腹的アプローチでは,体積測定など前立腺のおおよその評価は可能なものの,詳細な情報は得られず,泌尿器科診療ではもっぱら経直腸的アプローチが一般的な検査法として施行されている。

静脈性腎盂造影

著者: 井口厚司

ページ範囲:P.63 - P.66

静脈性腎盂造影をするにあたって
 静脈性腎盂造影は造影剤静注後に左右腎から尿路への造影剤排泄の状態をX線撮影によって観察するもので,分腎機能検査のひとつとして用いられている。また,同時に上部尿路の形態が観察できるばかりでなく,下部尿路の変化もみることができるため,前立腺肥大症の診断・治療にあたっては不可欠ともいえる検査である。
 本法には水溶性ヨード系造影剤を使用するため,検査前にヨード過敏症やアレルギー歴の有無など十分な問診が必要である。最近,非イオン系造影剤が用いられることも少なくないが,これとてときに重篤な副作用がみられることがあるので,やはり細心の注意が肝要である。また,問診や採血の結果などであらかじめ腎機能の低下が予想される患者に対しては,安易な造影剤の使用は控えねばならない。検査は空腹時撮影が原則であり,午前中の検査では朝食時より,午後の検査では昼食時より絶食とする。また,一般に検査前3〜6時間は水分の制限が必要である。糞便や腸内ガスが多いと読影の妨げになりやすいので,とくに前立腺肥大症患者のような高齢者における検査では,前日に下剤の投与などの前処置が必要である。

ウロダイナミック検査—治療効果の判定

著者: 山口脩

ページ範囲:P.67 - P.70

はじめに
 前立腺肥大症(BPH)に対する諸検査のなかで,ウロダイナミック検査は,排尿障害の重症度や治療効果の判定に不可欠の検査法として位置付けられている。最近の知見によると,BPH患者の排尿障害には,肥大腺腫による尿道閉塞のみならず膀胱の収縮力障害も関与することが明らかにされた。このように複雑な排尿病態を扱うに際し,今一度ウロダイナミック検査法の有する意義と限界を再認識する必要があると思われる。本稿では代表的なウロダイナミック検査法として,尿流測定,膀胱内圧測定および圧—流量測定を解説した。

膀胱尿道鏡

著者: 神野浩彰

ページ範囲:P.71 - P.74

 膀胱尿道鏡検査は直視下に挿入することにより,合併症も少なく前立腺肥大症を診断でき,特に手術適応の決定には必要と思われる。

膀胱頸部閉塞症の鑑別

著者: 滝本至得

ページ範囲:P.75 - P.78

概念
 膀胱頸部閉塞症(Bladder neck obstruction;BNO)については,古くから論じられているが原因は多彩である。ここでは,土屋の分類1)をあげておくので参照されたい(表1)。さて,本症は,前立腺の肥大を伴わない,膀胱頸部における閉塞性疾患を総称して呼ぶが,器質的疾患と機能的疾患に分けたほうがよいと考えている。器質的疾患の代表が,いわゆる膀胱頸部硬化症(Bladder neck contracture:BNC)である。また,昨今の尿水力学的検査の進歩が機能的膀胱頸部閉塞症を見出しており,膀胱頸部硬化症からは除外して考えるべきであろう。さらに,本症による頻尿症状について,排尿筋過反射(不安定膀胱)の存在も考えられるところから,その発症メカニズムについても言及しておきたい。

治療法の選択と実際・薬物治療

薬物治療をめぐるcontroversy

著者: 保坂義雄 ,   河邉香月

ページ範囲:P.79 - P.82

薬物治療における新しい展開
 前立腺肥大症の治療薬に従来からある製剤に加え,5α—リダクターゼ阻害剤が登場しつつある。現在治験段階であるが有効性が期待されており,作用機序の異なる薬剤の開発は薬物療法の進歩に他ならない。1989年に塩酸プラゾシンがα—ブロッカーとして初めて前立腺肥大症に伴う排尿障害に適応が認められて以来の新しい展開である。また,前立腺癌の治療に既に使われているLH-RHアゴニストも副作用が少なく,前立腺肥大症での効果が十分に考えられる。これらに以前からある黄体ホルモン剤を加えると,薬物療法でも相当に良好な治療成績が得られるようになるものと予想される。この他,従来より使われている植物エキス製剤,アミノ酸合剤,漢方薬等による軽症例の治療を併せると薬物治療の幅が格段に広がり,それだけきめ細かな対応ができるようになり得る。しかし,選択の幅が拡がる分だけ,どういう基準でどのような薬剤治療を行ったらよいかを示すガイドラインの必要性が今まで以上に高まってくる。ここに投与プロトコールと効果判定をめぐる議論が改めてなされる理由がある。折しも国際的な統一基準を作成しようとの動きが現実のものとなり,すでに議論が始まっている。本稿でその一端を紹介しておきたい。

植物製剤・漢方製剤

著者: 朴英哲

ページ範囲:P.83 - P.86

はじめに
 ここでは植物製剤としてエビプロスタットを,漢方製剤として八味地黄丸を紹介する。これらの薬剤は前立腺肥大症という疾患に対する認識のない時代から,民間伝承で現在まで使用され続けてきたという歴史を持つ。時代の淘汰をかいくぐって生き残ってきた事実は,それだけでもこれら薬剤の臨床的有用性を物語ってはいるものの,その効果に関する実証的研究は少ない。そこで,ここではこれら製剤の配合成分や薬理作用を紹介するとともに,その適応や効果に関してできるだけ客観的事実に基づいた解析を試みたい。
 前立腺肥大症という概念は,病理形態学的にはその名の示すごとく前立腺内腺の良性腺腫であるが,臨床的にはいささか異なった意味を持つ。われわれ泌尿器科医は小さな前立腺がしばしば強い排尿困難や尿閉を引き起こすことや,大きな前立腺にも関わらず強い症状もなく,良好な尿流を示す症例があることを経験している。すなわち,臨床の場では前立腺の腫大は前立腺肥大症という病態の一側面にすぎず,排尿筋の状態や下部尿路閉塞の程度,自覚症状の強さなどが重なりあいつつも独立した事象としてこの病態を形成していると考えられる。

アンチアンドロゲン剤

著者: 堀武

ページ範囲:P.87 - P.90

はじめに
 前立腺肥大症の発生メカニズムは,いまだ完全には解明されておらず,したがって種々の薬剤が臨床の場で使われている。しかし,何らかの理由で精巣機能が低下した患者には前立腺肥大症が発生しないという事実や,精巣摘除による前立腺の縮小効果を基に,アンドロゲンの前立腺肥大症への関わりが明らかにされて以来,いくつかのアンチアンドロゲン剤が開発され,臨床でも大きな役割を担っている。

αブロッカー

著者: 横山英二 ,   内田豊昭 ,   川上達央

ページ範囲:P.91 - P.95

はじめに
 前立腺肥大症(BPH)の治療選択肢は,この10年間で急激に増えてきた。バルーン拡張法,尿道ステント,温熱療法,高温度療法,レーザー前立腺照射術,焦点式高エネルギー超音波照射法(HIFU),Transurethral electrovaporization(TUVP)などが次々に登場し,薬物療法でも各種のアンチアンドロゲン薬やαブロッカー(α交感神経受容体遮断薬)が開発されている。
 本稿ではBPHの排尿障害に有効とされているαブロッカーに焦点を絞って,これらの開発の経緯,BPH治療薬としての有効性,問題点について述べる。

治療法の選択と実際・経尿道的治療

経尿道的治療をめぐるcontroversy

著者: 小柴健 ,   内田豊昭

ページ範囲:P.97 - P.101

はじめに
 前立腺肥大症の手術は,かつては肥大し排尿障害の原因となっている腺腫を完全に除去するテクニックに重きがおかれていたが,近年になって必ずしも腺腫の完全切除にとらわれない方針に変わってきた。この方針の転換を抜きにしてこれからの前立腺肥大症の治療を論ずることはできない。すなわち程度の差こそあれ中年以後の男性の前立腺に腺腫はきわめて高率にみられるものであり,排尿障害の原因となってはじめて治療の対象となることから,治療も排尿障害の原因除去を目標とするように変わってきた。とくに80歳以上の高齢者の場合には,以後の腺腫の増大傾向は比較的緩徐となってくるので,腺腫の完全除去を図っていたずらに侵襲を多くするよりは,尿の通路さえ十分につけておけば排尿障害の再発をみることは少ないはずである。また前立腺肥大症の手術にまつわる合併症の多くは腺腫の完全除去にかかわればかかわるほど起こりやすくなる。医師たるものはできるだけ安全にかつ患者にとって楽な手術で排尿障害の原因を取り除き,患者に満足してもらうことを目標とすべきである。
 その故か,少なからぬ苦痛を伴い入院期間も長い恥骨上式,恥骨後式,あるいは会陰式の前立腺摘除術はどれも近年ではめっきり減少の傾向にあり,それらに代わってTUR-Pが前立腺肥大症手術の主流となってきている。TUR-Pはかつては50g程度までの中等度の腺腫までを適応としていたが,現在では切除鏡の改良が進み,100gを超す大きさの腺腫もさしたる苦労もなく行えるようになってきた。

尿道バルーン拡張法・尿道ステント法

著者: 安本亮二 ,   姜宗憲

ページ範囲:P.102 - P.104

はじめに
 尿道バルーン拡張法や尿道ステント法は肥大した前立腺にて閉塞された尿路を直径30mm大のバルーンや金属コイルで広げ排尿させようとするもので,全身合併症を伴う前立腺肥大症(BPH)症例を対象に行われてきた。いずれも合併症もなく安全に,しかも他の生理的機能を障害することなく,排尿改善という臨床効果を期待できる点から優れた治療法のひとつと考えられている。また,特殊な技術の習得の必要もなく,術者による成績差も少ない治療法で,患者のQOLの向上のために役立つ選択肢の一つと考える。
 以下に治療の実際について述べるが,治療法やその長期効果の点にまだ検討する余地があり,この記述を参考に各自工夫をして頂きたい。

温熱および高温度治療

著者: 馬場志郎

ページ範囲:P.105 - P.107

温熱療法と高温度治療の相違について
 温熱療法(hyperthermia)とはoncologyの立場から注目され,腫瘍細胞を温熱耐性を起こさずしかも正常細胞の壊死を起こさない加温範囲,すなわち42.5〜44.5℃に標的組織を加温し温熱致死効果を得ることである。一方,高温度治療(thermotherapy)とは前立腺肥大症などの良性腫瘍組織の治療法として近年開発された概念で,標的温度を45℃以上の高温度に加温し凝固壊死に導き,同時に周辺臓器を加温から保護する治療法である。熱源には電磁波によるジュール熱を用いる。周波数が100MHzより低いRF波では体内で減衰しにくく加温範囲が深いが,周波数200MHz以上のマイクロ波では減衰しやすいために加温領域は体表に密着したアプリケータの表面から0.5〜2.5cmである。以下にマイクロ波を使用した前立腺肥大症の高温度治療について述べる。

経尿道的前立腺切除術:TUR-P

著者: 内田豊昭 ,   横山英二 ,   小柴健

ページ範囲:P.108 - P.112

はじめに
 切除鏡を尿道に挿入して電気メスによって肥大した前立腺を切除する方法が経尿道的前立腺切除術(transurethral resection of the prostate:TUR-P)である。経尿道的手術は内視鏡を用いた手術のひとつで,前立腺肥大症のほかに前立腺癌,膀胱頸部硬化症,膀胱腫瘍の治療に用いられており,今や泌尿器科医にとっては必須の手術法である。

レーザー前立腺手術—接触法

著者: 野垣譲二 ,   千野健志 ,   岡田清己

ページ範囲:P.113 - P.116

はじめに
 医用レーザーの中で前立腺肥大症の治療に使用されているものは,現在のところNd:YAGレーザー(波長1064nm),KTPレーザー(波長532nm),Ho:YAGレーザー(波長2123nm)がある。しかし,後二者は蒸散効果は高いものの水分を多く含んだ前立腺組織において,しかも灌流液中で実施する経尿道的手術ではレーザー光が水分に吸収されて組織透過性が低くなる。また,凝固作用が弱いため止血効果が不十分であり,実際の臨床では他のレーザーとの併用などに頼らなければ使用しにくい。Nd:YAGレーザーはその点,凝固作用があってその上に組織蒸散が生じ,しかも水分に吸収されないため組織透過性が非常にすぐれており1),経尿道的前立腺手術に最もふさわしいと考えられる。
 しかし,Nd:YAGレーザーを使用しても非接触照射ではレーザー光の散乱,減衰,反射が生じて,レーザー光が組織内での熱エネルギーに変換されるときには大きなロスが生じていることになる。したがって高いエネルギーが必要な蒸散は起こりにくく,凝固が中心となり,深達度も浅くなる。これに対して接触照射ではレーザー光が即座に直接組織内に透過し,熱エネルギーに変換されるため,散乱,反射などのエネルギーのロスが起こりにくく,高いエネルギーで組織を照射していることになり,蒸散が生じる1,2)

レーザー前立腺手術—非接触法

著者: 那須保友

ページ範囲:P.117 - P.119

はじめに
 本方法(VLAP:Visual Laser Ablation of Prostate)は,内視鏡を用いて直視下にレーザーを照射することが可能であり,泌尿器科医にとってなじみやすい治療法である。1992年に導入されて以来,その症例数は近年増加している。現在,多数種類のレーザープローブが入手可能であり,それぞれの特徴を備えており,臨床の場においてはそれらに対するさまざまな評価が加えられている。本法はレーザー光(Nd:YAG)をケーブルにて前立腺部尿道まで誘導し,その部で屈曲させて照射するが,その屈曲角度は60〜90度であり,反射方法は金メッキ反射方式,プリズム反射方式などがある。照射方法により非接触型(noncontact),接触型(contact),接触非接触兼用型に分類される。本稿で述べる非接触法はその蒸散作用が接触型に比して弱く,主に凝固作用が中心であり,安全性は高い。接触型は組織と照射口とのあいだに水の層がないため,エネルギー密度が高く,組織は急激に高温に加熱され,組織の凝固のみならず,高い蒸散効果が得られ,十分な威力を発揮することが可能となる。しかし安全性については検討の余地がある。本邦では穿孔例は報告されていないが,欧米では散見される。本稿においては非接触型であるUrolaseについてその手技とこつについて述べる(図1)。

高密度焦点超音波

著者: 中村薫

ページ範囲:P.120 - P.123

 前立腺肥大症(BPH)に対する侵襲性の少ない治療法として,ここ数年来さまざまな原理・手技による温熱療法が開発され臨床応用されてきた。その際にTUR-Pとの比較が評価基準として用いられることが多いが,Holtgrewe1)は理想的な治療法の条件として以下の8つを提唱している。(1)症状からの早い解放。(2)出血のない手技。(3)術後感染症の心配がない。(4)強い麻酔を必要としない。(5)入院日数が短い。(6)治療法の習熟にあまり時間を要しない。(7)治療効果が数年間は持続する。(8)治療コストが安価である。
 この章で紹介する高密度焦点超音波(High Intensity Focused Ultrasound:HIFU)はこれらの条件をかなり満たす治療法として注目されている。日本でのHIFUの臨床治験2)をもとに,HIFUの原理方法,治療結果および術後1年間の臨床経過を解説する。

TUNA(ラジオ波)

著者: 松本哲夫

ページ範囲:P.124 - P.126

はじめに
 TUNAとは経尿道的ニードルアブレーション(Trans Urethral Needle Ablation)の略である。経尿道的に前立腺に刺入した針電極より460kHzのラジオ波(RF波)を発生させ,このエネルギーにより肥大した前立腺組織に熱変性を起こし,前立腺肥大症の治療を行うものである。本邦では,われわれの施設を含む3施設で治験実施中である。

治療法の選択と実際・開放手術のテクニックとこつ

開放手術をめぐるcontroversy

著者: 岡田謙一郎 ,   秋野裕信

ページ範囲:P.127 - P.131

はじめに
 前立腺肥大症(BPH)に対する手術治療は,紀元1世紀頃すでに会陰式に行われたという。もともと膀胱結石を標的としたもので,前立腺の部分摘出は偶然の産物という不完全なものではあったようだが1),人はいかに昔から排尿障害に取り組んできたかの証の一つと言えよう。
 周知のように,前立腺の開放手術には主に3つのアプローチがあり,これら術式の確立は19世紀にいたってであるが,その後およそ100年間,会陰式摘出の機会は比較的少なかったものの,BPHの手術はもっぱら開放術式であった。1932年McCarthyにより,現在のTUR-Pの原型が誕生して以来,周辺機器の技術的な進歩に伴って,手術は次第にこれが主流となった。欧米,ことに米国での普及はめざましく,1985年までには前立腺手術の95%はTUR-Pとなったが2),単一手術に対する膨大な医療支出に対して,その医療効果見直しの機運が生まれることになった3)。TUR偏重の反省はそののちBPH治療において次の4つの潮流を生んだと思う。

恥骨上式前立腺被膜下摘除術

著者: 森岡政明 ,   渡辺裕修

ページ範囲:P.132 - P.135

はじめに
 前立腺肥大症(以下BPHと略す)に対する治療法は保存療法,手術療法共に現在,変遷の過程にある。α1—ブロッカーなどの薬物療法の進歩により保存的治療を行うケースも多くなったが,高齢化社会を迎えて患者数は増加している。一方,手術療法も従来のTUR-Pと開放手術に加えてLaser療法や温熱療法などの種々の選択肢が増え,肥大腺腫の大きさ,症状,年齢,合併症を含めた全身状態の評価などから術式を決定すべきである。一方,前立腺特異抗原(prostate-specific antigen, PSA)の測定が普及したことで,臨床的にはBPHと思われても血清PSA値が高値であれば前立腺癌の合併を考慮して,超音波ガイド下前立腺生検を行って癌を否定しておくことも必要である。
 恥骨上式前立腺被膜下摘除術の適応は腺腫が大きい場合や(予測重量で50g以上),また膀胱内に結石や憩室があり一期的処置が要求される症例である。この術式の利点は小さな皮膚切開で短時間で行えることと,膀胱結石などの処置が同時に施行可能なことで,一方,欠点は膀胱を切開するために術後の膀胱刺激症状が強いこと,また腺腫摘出後の前立腺床からの出血のコントロールが時として困難なことが挙げられる。以下,手術手技と術前後の処置について述べる。

恥骨後式前立腺摘除術

著者: 広川信 ,   千葉喜美男

ページ範囲:P.136 - P.139

はじめに
 前立腺肥大症の治療法に多くの選択肢がある。TURが治療の主流をなす現在でも,筆者は高度の排尿障害がみられて大きな前立腺肥大症には恥骨後式前立腺摘除術を行っている。大きな前立腺肥大症といっても正確な判定は難しいが,超音波診断,尿道撮影,直腸診,内視鏡などからの推定重量で50g以上のケースである。当院の技量からみると,TURに比べ開放手術は手術目的が完遂されている。腺腫の確実な切除で排尿障害から解消されて良好な排尿感が得られ,尿路感染も早く消失している。手術での輸血は,技量がマスターされていればほとんど必要としない。しかし,かつての前立腺摘除でみる多量の出血は,第一線で働く泌尿器科医の大きな課題で,止血方法にさまざまな考案がなされてきている。これらの止血法をいちべつしておくことは,実地に役立つ知識と思われる。
 前立腺摘除術の要点は,腺腫の巧みな摘除,摘除に伴う出血の処理,膀胱頸部の形成の3点に集約される。ときに思わぬ出血も予想されるので400mlの輸血を準備しておくことは賢明である。

前立腺癌

頻度と病因

著者: 秋元晋 ,   島崎淳

ページ範囲:P.148 - P.152

はじめに
 1993年における本邦の癌死亡数は,男で142,222人であり,そのうち前立腺癌は4,262人で全部位のうち3.0%を占め,部位別では第10位にあった。前立腺癌の素死亡率は10万人あたり6.7%であった。1950年から1993年の主要部位の癌の年齢調整死亡率の動向をみると,前立腺癌の死亡率は上昇の一途をたどっている。本稿では,本邦と世界における前立腺癌とその病因について現時点での報告の概説を述べる。

病態からみた病理分類

著者: 原田昌興

ページ範囲:P.153 - P.159

はじめに
 前立腺の大部分は腺上皮に由来する腺癌で,基本的にはアンドロゲン依存性増殖を示す。しかし,実際には治療当初から内分泌療法に反応しない例,あるいは一時的に画像上腫瘍の縮小やPSAをはじめ血清中マーカーの減少などがみられても,やがていわゆる再燃を示す例は決して少なくない。本来,病理組織学的分類は臨床予後想定因子として悪性度の指標となり,治療法選択に対して有用であることが望まれる。このような視点から,腺癌の組織態様を中心に述べるとともに,腺癌以外の組織型についての考え方を概説する。

前立腺癌取扱い規約と問題点

著者: 前田修 ,   黒田昌男 ,   宇佐美道之 ,   古武敏彦

ページ範囲:P.217 - P.220

はじめに
 前立腺癌の診断と治療に携わる第一線の先生方により前立腺癌取扱い規約1)は1985年8月に第1版が出版された。これによりそれまで施設により異なっていた診断,病期分類,病理分類法などが統一され,前立腺癌の診断と治療の土俵作りがなされた。その後MRIなどによる画像診断の進歩,さらには薬物治療の効果判定基準の必要性から,改良が加えられ,1992年6月には改訂版2)(第2版)が出版された。この結果,日本の前立腺癌取扱い規約は国際的にみても遜色のないルールブックとなった。しかしながらここ数年の前立腺癌の診断と治療は目を見張るものがあり,第2版が出版されわずか4年弱の月日しか経ていないが,実状にそぐわない点が少しずつ出てきている。ここではこれらの問題点について述べていきたい。

診断のための検査と評価

直腸診

著者: 千葉隆一

ページ範囲:P.160 - P.162

はじめに
 前立腺疾患の基礎的診断法の手段は直腸診である。特に世界一の長寿国家である本邦においては,前立腺肥大症,前立腺癌の増加は著しく,泌尿器科医のみならず一般他科医においてもその手技に習熟する必要がある。
 しかし現在超音波診断装置,CTおよびMRIなどの診断装置の進歩と普及率の増加,さらには診断,読影法の向上からか,受診者のみならず医師側においても直腸診を避ける傾向にある。しかし前述した診断法は,前立腺の形態,大きさ等については他覚的所見を得ることが容易ではあるものの,直腸診の特微の一つである各種前立腺疾患の"硬さ"で表現される触診上の重大な病的所見を得ることは出来ず,さらに現代の医療にて減少傾向を示している患者とのスキンシップの面からみても,本検査法は決して粗略に取り扱われるべきものではないと考えられる。

腫瘍マーカーはどこまで役立つか

著者: 栗山学

ページ範囲:P.163 - P.165

はじめに
 前立腺癌診断における腫瘍マーカー測定は,1936年のEB Gutmannらの転移性前立腺癌の血中酸性ホスファターゼ(ACP)の高値の報告から始まっている。ACPの測定は,その前立腺分画であるprostatic acid phosphatase(PAP)の免疫学的測定へ発展し,さらにPAP以外の腫瘍マーカーの同定を目的とした研究の結果として1980年代から前立腺特異抗原(prostate-specific antigen:PSA)やγ-seminoprotein(γ-Sm)の利用が可能になってきている。その後の研究の結果,PSAは全固形腫瘍中最も優れた腫瘍マーカーとして認められているが,一方ではこうした腫瘍マーカーの利用に一定の限界があることも明らかになっている。
 本稿では,主としてPSAについて今日的問題点を述べるとともに,診断精度をより高めるための試みについて述べる。

超音波法および前立腺生検

著者: 澤村良勝

ページ範囲:P.167 - P.170

経腹壁的走査法による前立腺癌診断
 われわれは,前立腺癌のスクリーニング検査法として経腹壁的走査法を採用している。経腹壁的走査による前立腺肥大症と前立腺癌との鑑別点は,前立腺の輪郭と内部エコー像の異常所見を検討するもので,従来より行ってきた経直腸的走査法による診断規準と基本的には同じである1,2)。すなわち,輪郭の異常では前立腺被膜エコー像の限局性の突出や不明瞭化を伴う不整像を呈するもので,一言で言えば輪郭の非対称性である。内部エコー像の異常は限局性の低エコー域が初期癌の特徴とされているが,大多数は比較的広範囲の境界の不明瞭な不均質エコー域の存在が癌を疑う所見となる。さらに精嚢の変形,膀胱三角部の肥厚像や水腎症の存在が癌の浸潤像の所見である。
 経腹壁的走査法により1989年より1993年の5年間に前立腺肥大症と診断した293例に手術(TUR-P250例。前立腺摘除術43例)を行った。術後の病理診断にて21例(7.2%)に前立腺癌が発見された。この21例の中には腫瘍マーカーの軽度の上昇がみられたものも含まれているが直腸診では異常は認められなかった。われわれは,経腹壁的走査により異常所見が認められた症例ではさらに経直腸的走査を行い最終的には前立腺生検を行うという手順をとっているが,上記の症例は経腹壁的走査のみにより前立腺肥大症と診断したもので,7.2%の誤診率は本法による診断精度の限界ではないだろうか。

X線造影

著者: 野口純男 ,   佐藤和彦

ページ範囲:P.171 - P.173

はじめに
 前立腺癌のX線造影は主に尿道や膀胱への直接浸潤や上部尿路への影響を知るために行う場合が多く,尿道膀胱造影,排泄性尿路造影が一般的に行われている。リンパ管造影,血管造影,精嚢造影などのX線造影は検査の侵襲に比較して得られる情報が少なく,一般には施行されない。ここでは尿道膀胱造影および排泄性尿路造影について述べる。

CT,MRI診断

著者: 津ケ谷正行 ,   加藤誠 ,   丸山哲史 ,   郡健二郎

ページ範囲:P.174 - P.177

はじめに
 前立腺癌の診断は触診に頼ることが大きく,画像診断が果たす役割は少なかった。しかし,経直腸的超音波断層法の出現,そしてCT, MRIの出現は前立腺癌の診断に大きなインパクトを与え続けている。前立腺癌は比較的早期にリンパ節転移や骨転移がみられ,このような遠隔転移のみならず,癌が前立腺の被膜内に留まっているのか,あるいは被膜の外へ浸潤しているのかを診断することが治療上重要である。前立腺癌におけるCTとMRI診断について述べるにあたり,まず正常前立腺のzonal anatomyについて簡単に触れる。

腹腔鏡下リンパ節生検

著者: 田島惇

ページ範囲:P.178 - P.180

前立腺癌と腹腔鏡下リンパ節切除の役割
 前立腺癌において,所属リンパ節である内腸骨,外腸骨,閉鎖リンパ節転移陽性症例(stage D1)を前立腺全摘の適応とするか,否かについては,確定していない。前者はたとえリンパ節転移が存在しても術後adjuvant療法を施行することにより,良好な治療成績が得られるという立場である。後者は,もし骨盤内リンパ節転移陽性なら,前立腺全摘を行わずに,有力な抗男性ホルモン療法,放射線療法を行うという立場である。一方,この5〜6年泌尿器科領域では,骨盤内リンパ節切除(生検)を始めとして,多くの腹腔鏡下手術の急速な進歩・普及がみられてきた。その最大の理由は,腹腔鏡下手術は侵襲が少ないことにつきる。
 表に前立腺癌における腹腔鏡下骨盤内リンパ節切除(LPL)の役割を示した。次の2点が考えられる。ひとつは,摘出標本の迅速病理の結果,転移陰性であればそのまま引き続いて前立腺全摘を行う。全摘の術式としては,習熟しているなら会陰式のほうが恥骨後式より侵襲が少なく望ましいであろう。そして,もし転移陽性であれば,全摘を行わずに他の治療に切り換えるべきであるという考えである。他のひとつは,転移の有無に関わらずLPLと会陰式前立腺全摘を行うという考えである。もっとも,将来腹腔鏡下前立腺全摘除の術式が確立されたなら,別の役割が考えられるだろう。

骨転移の診断

著者: 新家俊明 ,   上門康成

ページ範囲:P.181 - P.183

はじめに
 前立腺癌は乳癌,肺癌などとともに高率で骨転移を生じる悪性腫瘍であり,脊椎,特に腰椎や骨盤骨や肋骨に転移することが多い。骨転移をもつ進行性前立腺癌が無症状であることもしばしばであるが,前立腺癌の初発症状が骨痛や脊髄圧迫による神経症状や病的骨折であることも稀ではない。
 転移性骨腫瘍の診断には単純X線撮影と骨シンチグラフィが最も頻繁に用いられてきた。最近では薄断面CTや局所MRIが診断の一助となることが知られている。しかし確定診断のためには骨生検が必要となることもある。

治療法の選択と予後

QOLからみた治療をめぐるControversy

著者: 島崎淳 ,   秋元晋 ,   赤倉功一郎

ページ範囲:P.184 - P.189

はじめに
 Quality of Life(QOL,生活の質)は個人的な満足度または幸福感であるが,がん患者についていえば疾患による影響,治療による影響,この両者による社会的立場への影響などが加わり,特別のものとなる。がんの治療においてQOLを評価し,各種の治療法の選択にQOLの高いものがよいとされるようになり,1990年頃よりがん化学療法について適用されだした1〜3)。患者に質問様式で解答を求めることにより医療側が分析するが,がん患者について共通な作業能力,人間関係,心理状態,身体状態,医療への満足度といった項目とともに疾患または症状に関係するもの,治療法たとえば薬物に特異的なもの,などを加えて質問が改良されている。解答についても当初は"はい","いいえ"の2段階であったものが5段階評価がとられるようになり,比較がしやすくなった。評価は経時的な検討に用いられることが重要である。

内分泌療法のプロトコール

著者: 金武洋 ,   酒井英樹 ,   斉藤泰

ページ範囲:P.190 - P.194

はじめに
 前立腺癌に対してHuggins博士が去勢術とエストロゲン療法による内分泌療法を確立して約50年が経過した1)。その間エストロゲンによる心血管障害が特に欧米で問題となり2),その後エストロゲンとは作用機序の異なる多くの薬物が開発された。転移性前立腺癌に対しては内分泌療法は絶対的適応ではあるが,内分泌療法の不応癌(最初から内分泌療法が無効)や再然癌に対しては未だ確立した治療法はないのが現状である。この問題を解決するために多くの試みがなされている。過去における内分泌療法の成績を検討し,さらに現在試みられている方法について解説する。

前立腺全摘術の適応とテクニック

著者: 荒井陽一

ページ範囲:P.195 - P.198

適応
1.病期と年齢
 癌病巣の完全切除という観点からみれば前立腺全摘の適応は病期T1およびT2と考えられる。T3に対する適応については議論の分かれるところである。最近ネオアジュバント・ホルモン療法の成績が報告されるにともない,T3にも適応が拡大されつつある。所属リンパ節転移陽性例では予後不良であり,全摘の適応は乏しいとされている。一方,全摘術と早期のホルモン療法で良好な成績が得られるとの報告もあり,必ずしも見解は一致していない。手術適応年齢の上限についてもまだ一定した見解はない。一般に期待生存期間が10年以上の症例とする意見が多い。これに従えば本邦では70歳前半までが一応の目安となろう。

放射線照射方法のプロトコール

著者: 山下孝 ,   古川雅彦 ,   小林雅夫 ,   宇木章嘉 ,   田中恵美子 ,   河合恒雄 ,   山内民男 ,   福井巖

ページ範囲:P.199 - P.202

はじめに
 手術,ホルモン療法,放射線治療の3つの治療法が主に主治医の判断で治療されている感がある前立腺癌は,他の領域の癌に比べても特異的で,治療法が一定していない。しかも,わが国では前立腺癌に放射線治療を行っている施設は欧米に比べて少なく,多くの施設で,前立腺癌の局所に放射線治療を行ったことがないので,どの程度効果があるのか泌尿器科医はもちろん,放射線科治療医でさえ知らないことがある。もともと前立腺癌は,腺癌なので放射線感受性はそれ程良くないため,照射線総量をある程度まで上げなければ効果は期待できない。癌研病院では泌尿器科医の放射線治療に対する理解が深いことから長年にわたって前立腺癌に放射線治療を行ってきたので癌研病院での経験を中心に述べる1)。ホルモン療法および手術を中心に行っている泌尿器科の医師が放射線治療に対して少しでも理解を深めて頂ければと考えている。なお,近年の高齢者の増加に伴い,高齢であるため手術できない前立腺癌症例は増加しているので,今後,侵襲の少ない放射線治療の適応となる症例が増えると考えられる。

化学療法のプロトコール

著者: 布施秀樹

ページ範囲:P.203 - P.208

はじめに
 前立腺癌の大部分は初回内分泌療法に反応するが,本療法に抵抗するもの,および再燃するものがみられる。これらホルモン非依存癌に対しては従来,副腎アンドロゲン除去のための副腎摘除術などの侵襲が加えられていたが,腫瘍がアンドロゲン依存性を失っているため,その意義は少ないものと思われる。そこで化学療法が期待されるが,1973年のNPCPの臨床試験では4.5%の有効率が示されたにすぎなかった1)。その後諸家により単剤および多剤併用療法が試みられてきたが,ここでは現在までに用いられてきた化学療法について治療法およびその成績について当科での経験を含めて述べることとする。

Combination therapyのABC

著者: 野口正典 ,   野田進士

ページ範囲:P.209 - P.212

Combination therapyが求められる背景
 前立腺癌の治療は大別して根治的手術療法,放射線療法,内分泌療法,化学療法の4種類がある。その選択は臨床病期を基になされるが,一般に病期A1は経過観察,病期A2,B1,B2と病期Cの一部に根治的前立腺全摘除術あるいは放射線療法が用いられ,その他の病期C,Dの進行癌に対して内分泌療法が行われている。化学療法は,内分泌療法に抵抗性の場合や再燃した場合にのみ用いられるのが現状である。
 これらの治療体系の中で問題とされている点をあげると,一つは根治的前立腺全摘除症例の半数以上の症例で術前病期が過小評価され,術後に切除断端陽性や被膜浸潤を多くの症例で認めることが指摘され,術前の補助療法すなわち「ネオアジュバント療法」や術後の補助療法をどうするのかという点である。次に,本邦では進行前立腺癌で発見される症例が多く,前立腺癌治療の主体は内分泌療法であるが,内分泌療法単独では治療限界があり,特に予後不良な病期D2前立腺癌の治療をどうするのかという問題がある。これらの症例に対して,LH-RHアゴニストによる去勢にアンチアンドロゲン剤を併用する「完全アンドロゲン遮断療法(Total Androgen Blockade:以下TABと略す)」や初回治療より内分泌療法に化学療法を併用する「内分泌化学療法」が検討されている。しかしながら,その適応や予後に与える影響については明確にされていない。

再燃癌に対する集学的治療

著者: 篠原信雄 ,   出村孝義 ,   野々村克也 ,   小柳知彦

ページ範囲:P.213 - P.216

はじめに
 進行性前立腺癌に対する内分泌療法の有用性は確立し,広く用いられている。古くは,除睾術,女性ホルモン剤の内服が行われていたが,近年,下垂体ゴナドトロピンに対する抑制作用を有するLH-RHアナログが使用可能となり,それに加えて標的臓器のアンドロゲンレセプター結合阻害作用を持つアンチアンドロゲン剤との併用療法であるtotal androgen blockade(TAB)も試みられてきている。しかしそれらの効果には限界があり,治療後,経年的に内分泌療法に対する反応性を喪失した再燃癌が増加し,5年後には約25%が制癌されているのみとなる。一度,再燃癌となると予後不良で,その生存期間は約1年と短い。
 本稿では,再燃癌に対する治療における問題点につき検討を加え,あわせて現在筆者らが行っている治療方針を示す。

前立腺結石・前立腺炎

前立腺結石の診断と治療をめぐるControversy

著者: 岡本重禮

ページ範囲:P.222 - P.225

疾患としての意義
 前立腺結石の大部分は無症状であり,治療の対象となる症例は少ない。そのためか泌尿器科領域でこの疾患に関する論議は決して多いものではなく,文献も散見するにとどまっている。
 前立腺結石は若年者にはみられず,主として50歳以降の男性にみられる疾患であり,前立腺癌,慢性前立腺炎(Prostatosis),結核性前立腺炎に合併することは稀といわれている。

前立腺炎の定義と分類

著者: 西村泰司

ページ範囲:P.226 - P.229

前立腺炎の定義
 前立腺炎についての著書は通常いきなり分類からはいるものがほとんどで,前立腺炎そのものの定義はあまり論じられていない。前立腺炎は一種の臨床的症候群であり,逆に前立腺炎の分類で述べる4つの疾患に当てはまれば前立腺炎と言えるが,あえて定義づけると,残尿感(通常の下腹部の残尿感のみならず尿が尿道に残った感じという訴えの場合もある),排尿痛,排尿時不快感,排尿困難,頻尿,夜間尿,射精痛および不快感,下腹部,腰部,会陰部,陰嚢部,そ径部,大腿部の疼痛や不快感などの症状があり,4検体検査法(図1,表1)での検体がVB1,VB2に比しEPSまたはVB3に最も白血球を認めるか(急性,慢性細菌性または非細菌性前立腺炎),すべてに所見がない場合(プロスタトデイニア)と言うことになるだろう。なお,4検体中の白血球中の細胞質内に多数の脂肪顆粒を含むマクロファージが多くみられれば,それらは前立腺由来であり前立腺炎が存在すると考えてよい1)

前立腺液の採取と針生検の意義

著者: 松本哲朗

ページ範囲:P.230 - P.233

前立腺炎について
 前立腺炎は,感染性と非感染性の病態が含まれ,感染に起因するものも一般細菌やクラミジアなどによる非特異的な炎症と結核や真菌などによる特異的な炎症がある。また,臨床病型により,急性細菌性前立腺炎,慢性細菌性前立腺炎,非細菌性前立腺炎などに分類され,炎症所見の明らかでない,前立腺症(痛)なども含まれる。このほか前立腺癌との鑑別が問題となる肉芽腫性前立腺炎がある。
 急性細菌性前立腺炎の主な起炎菌はEscherichia coliを中心とするグラム陰性菌(GNR)であり,慢性細菌性前立腺炎もGNRが主であるが,Staphylococcus epidermidisなどのグラム陽性菌(GPC)も起炎菌となる。また,複数の細菌が検出されることも多い。一般細菌が検出されず,Chlamydia trachomatis, Ureaplasma urealyticum, Trichomonas vaginalisなど尿道炎の起炎菌となる微生物についてもその病原性が議論されている。

細菌性前立腺炎の薬効評価基準

著者: 荒川創一

ページ範囲:P.234 - P.237

はじめに
 細菌性前立腺炎における薬効評価基準は,1989年に作成され1) UTI薬効評価基準第3版追補に収録されている。本基準は,新薬の臨床評価に用いられるとともに,「細菌性」前立腺炎に一定の定義を与えたものとしての意義を有している。本邦における尿路性器感染症の薬効評価基準としては,UTI研究会の手になるUTI薬効評価基準2)が標準的に用いられている。本基準は,現在日本化学療法学会に設けられた小委員会において,改定の準備が進められているが,現時点の本基準(第3版)では評価のエンドポイントは疾患の治癒ではなく,薬効におかれている。同じUTI研究会を母体として策定された細菌性前立腺炎における薬効評価基準も,同様に薬効をエンドポイントとしている。具体的には,急性前立腺炎は投与7日目,慢性前立腺炎は14日目が主たる評価日と規定されている。これら両疾患が細菌感染として起こっている場合,治癒効果に至るには,経験的に言ってそれぞれ上記の2倍の投薬期間が必要である。したがって,この評価基準にある評価日をそのまま一般臨床の場に適用するとすれば,抗菌薬の初期治療(empiric therapy)の効果のチェックという意味になる。急性前立腺炎で投薬3日目に症状に対する効果の確認を義務づけているのも,まさにその意味においてである。

特異性前立腺炎(クラミジアなど)の治療法

著者: 小野寺昭一

ページ範囲:P.238 - P.241

はじめに
 前立腺炎は,Drachらにより,1)急性細菌性前立腺炎,2)慢性細菌性前立腺炎,3)慢性非細菌性前立腺炎,4)prostatodynia(前立腺痛)に分類されている。このうち急性細菌性前立腺炎の起炎菌としては,E.coli, K.pneumoniaeといったグラム陰性捍菌が主であり,急性単純性尿路感染症の原因菌と類似している。慢性細菌性前立腺炎の起炎菌としては,E.coli, K.pneumoniaeの分離頻度がやはり高いが,それ以外のグラム陰性捍菌としてはP.aeruginosaが重要である。グラム陽性球菌としては,S.epidermidis, S.aureus, S.saprophyticus, E.faecalis(腸球菌)などが分離されるが,このなかではE.faecalisが最も重要であり,他の球菌については例え分離されてもcontaminationの可能性が高いとされる。
 慢性非細菌性前立腺炎は,EPS(expressed prostatic secretion)中に炎症反応としての白血球が存在しながら,原因微生物を証明し得ない場合をいうが,原因となる可能性がある微生物として,Chlamydia trachomatis(クラミジア),Mycoplasma hominis, Ureaplasma urealyticum, Trichomonasなどが考えられている。

前立腺痛の治療法

著者: 池内隆夫

ページ範囲:P.242 - P.246

はじめに
 Prostatodyniaは病態の解明がいまだ不十分であり,別の病因で起こる類似疾患が混入している可能性が高い。そのため,既存の画一的治療法では再発症例や難治症例が多く,患者はもとより担当医も日常診療での対応に苦慮しているのが現状と思われる。そこで,治療成績の向上を計るには病態や病因をできるだけ解明して,原因疾患を可能な限り鑑別診断したうえで,おのおのの病因に適応した専門的な治療法を選択することが特に重要となる。
 ここでは,本病型に包括していると推測される病態について筆者の考えを示し,外来での鑑別診断法,病因・病態別にみた治療指針(図)およびその治療成績を述べる。

トピックス

前立腺癌のホルモン依存性

著者: 山中英寿 ,   深堀能立

ページ範囲:P.248 - P.250

 アンドロゲン依存性臓器である前立腺より発生したほとんどの前立腺癌細胞は,その増殖および機能維持はアンドロゲンに依存している。それゆえに,前立腺癌内分泌療法は体内からのアンドロゲン除去を目的とした治療法が主流となっている。現在,アンドロゲン除去療法として除睾術,エストロゲン療法,LH-RH療法がある。また最近は,アンドロゲンレセプター阻害剤も内分泌療法の一員に加えられた。これら内分泌療法を前立腺癌患者に行うと,約95%は治療に反応するが,残りは治療に反応しない。また,初回治療には反応を示したほとんどの症例が療法を続けていると反応しなくなり,再発,再燃する。その意味からも,前立腺癌のアンドロゲン反応機構や前立腺癌の再燃機構の解明が最近の研究対象になり,積極的に研究が行われている。ここでは前立腺におけるアンドロゲン作用のメディエータとして注目されているKGF(Keratinocyte growth factor, FGF7)について紹介するとともに,前立腺癌増殖と食事に含まれるエストロゲン活性物質についても最近注目されているので,その研究も紹介する。

前立腺癌と遺伝子

著者: 市川智彦 ,   鈴木啓悦 ,   二瓶直樹 ,   小宮顕 ,   島崎淳

ページ範囲:P.251 - P.254

 近年の分子生物学的研究の成果により,前立腺癌の発生や進行について遺伝子レベルで解析が進んできた。この項では前立腺癌において報告されている癌遺伝子,癌抑制遺伝子を中心に,転移抑制遺伝子およびアンドロゲンレセプターを含めて述べたい。

高感度PSA測定法—(高感度アッセイ)

著者: 三木誠

ページ範囲:P.255 - P.258

はじめに
 前立腺特異抗原(PSA)は,前立腺癌の最も特異的なマーカーとして広く泌尿器科臨床で用いられている。1984年われわれは,わが国で初めてのPSA測定用RIAキットを栄研化学と共同で開発し,その臨床成績を報告した1)。その後EIAキットであるMARKIT-F2)など多くの測定法による報告が相次ぎ,前立腺癌診療におけるPSAの腫瘍マーカーとしての評価が確立された。当時の測定感度(sensitivity)は,前者が1.0ng/ml,後者が1.5ng/mlであったが,臨床的にそれほど問題にならなかった。それは治療法の多くは内分泌療法であり,その効果判定や再発の補助診断としてはほぼ十分であったからである。ところがわが国でも前立腺癌が急増してきて,早期のものに対して前立腺全摘除術が普及し,腫瘍の残存や再発の診断にPSAが利用されるようになったこと,またPSA検査が検診などにも広く利用されたが,対象者の多くが測定感度未満となってしまうことなどが明らかになり,測定感度の向上が望まれるようになった。
 わが国より前立腺癌が多く,かつ前立腺全摘除術例も多い欧米ではなおさらその要望が強く,測定法の改良が図られ,その結果高感度アッセイが登場することになった。

前立腺癌に対するフルタミド

著者: 赤座英之

ページ範囲:P.259 - P.261

はじめに
 ステロイド骨格を持たない,Pure-antiandrogen(non-steroidal antiandrogen)は,精巣でのtestosterone(T)産生には影響を与えず,標的器官の受容体レベルにおいて,アンドロゲンと拮抗すること,および前立腺細胞におけるアンドロゲン感受性はdihydrotestosterone(DHT)に対してのほうがTに対してよりも著明に高くpure-antiandrogenのレセプター拮抗作用の場は主として前立腺細胞と考えられている。これらによりpure-antiandrogenは血中Tの低下による筋力の低下,性欲の低下およびインポテンスの発現なしに前立腺細胞に対し抗アンドロゲン作用を示すものと考えられている。
 フルタミドは,本邦では最初に保険適用が承認されたpure-antiandrogen剤であり,これにより前立腺癌に対する内分泌療法の幅が広がったといえよう。

80歳以上の前立腺癌の治療

著者: 三浦猛

ページ範囲:P.262 - P.264

はじめに
 高齢者とは一般的に65歳以上をいい,65〜74歳を老年前期,75歳以上を老年後期,さらに85歳以上を超高齢者と呼ぶ。前立腺癌患者では,治療法の適応などから80歳以上を高齢者とする。高齢者前立腺癌患者は,前立腺癌患者の約20〜30%を占め,今後老年人口の伸びからさらに増加すると考えられる。高齢者では,心血管系を代表とする他臓器疾患の合併,老化の進行とともに自立した日常生活が困難となり,手術,抗癌剤の適応が問題となる。一方,これまでの治療成績から,前立腺癌自体の性質は年齢には関係なく,組織学的分化度(grade)と進展度(stage)に応じた臨床経過を示すと考えられる。そこで,80歳以上の前立腺癌患者では,治療の第一目標を延命とはするものの,日常生活機能とQOLの向上と維持を考え,余命を5〜7年(80歳で7.3年,85歳で5.3年:生命表による平均余命,1992,神奈川県)と考えて治療法を選択する必要がある。高齢者では,内分泌療法が主体となるが,愁訴が多く,多種薬剤投与となりやすく,一方服薬状況が不良で,薬剤の副作用が出やすいことを念頭におく必要がある。

米国における前立腺超音波検査の意義と前立腺癌に対するクライオサージェリー

著者: 篠原克人

ページ範囲:P.265 - P.268

 前立腺癌は米国では肺癌に次いで男性における癌死の原因の第2位にランクされている。1995年には40,400人が前立腺癌で死亡すると推定されており,国民の間で最も関心の高い疾患の一つである。近年前立腺癌がことさら注目されている理由には,PSAの普及と経直腸超音波(以下TRUS)ガイド下の前立腺生検手技の確立により,発見される症例が増大していることも挙げられる。TRUSの導入により前立腺生検が安全に,より正確に行われるようになり,またPSAの普及により,より多くの患者が生検されるようになった。これにより早期の癌の発見が増え,診断時の前立腺癌の病期の配分は大きく変わってきた。かつては前立腺癌は発見時にはすでにstage C,Dの症例が大半を占めるといわれてきた1)。しかし現在ではstage C,Dの症例の割合は激減しており,またstage A2(T1b)も減っている。かわりにstage B(T2)や触診上正常なT1cの症例が増えている。また同じStage Bであってもかつてのものより早期の症例が増えている2)
 さて,前立腺癌に対する国民の関心が高いことに比例して,米国でのTRUSの普及はめざましいものがある。わずか10年前にはTRUSを行っていた施設は米国内に10ほどしかなかったものが,現在ではほとんどの泌尿器科医の間に普及しているといっても過言ではない。

前立腺治療と保険診療の動向

著者: 吉田英機 ,   島田誠

ページ範囲:P.270 - P.271

はじめに
 前立腺肥大症に対する治療法も従来のいわゆる開放手術(前立腺被膜下摘出術)から内視鏡手術であるTUR-Pを経て,最近では高温度治療やレーザー治療へと急速な進歩がみられている。しかし急速な技術の進歩に保険行政が追いついていけない,あるいは追いつこうとしない(?)のが現状かと考えられる。

経尿道的前立腺電気蒸散術

著者: 河野学 ,   安本亮二

ページ範囲:P.272 - P.272

 TUR-Pの切除用ループのかわりに図に示したような溝のあるローラーを用いて,前立腺組織を蒸散することができる。蒸散の方法はほぼTUR-Pと同様の感覚で行うことができ,治療効果もほぼTUR-Pと同様である。その利点は従来のTUR-Pの手技にて行いうること,灌流液の吸収や出血が少ないこと,レーザー発生装置が不要で従来の電気メスの装置でよい(250ワット以上出る装置でなければならない)などが挙げられる。短所としてはTUR-Pの切除に比べ前立腺組織の蒸散に時間がかかり,あまり大きな前立腺には適さないこと,前立腺組織が採れず組織学的検討が不十分なこと,従来のTUR-Pの切除手術セットにはこの新しいローラーループはそのままでは取り付けられないので別にこの治療用に新しく内視鏡セットを購入しなければならないこと(一部は従来のTUR-Pセットに使えるものもある)などが挙げられる。前述した短所が改善されれば,今後この方法はTUR-Pに並びうる方法として広く行われるものと思われる。

指向性をもたせたマイクロ波を利用した前立腺肥大症の治療

著者: 塩澤寛明

ページ範囲:P.273 - P.275

はじめに
 前立腺肥大症に対する手術療法のgold standardである経尿道的前立腺切除術(TUR-P)より低侵襲的な方法として,レーザー,マイクロ波,ラジオ波,超音波等を利用した手術療法が行われるようになってきた。このうちマイクロ波はこれまで前立腺温熱治療や高温度治療に広く利用されてきたが,局所的にcavityを形成するような前立腺組織の焼灼には応用されていない。原田らにより,経尿道的なアプリケーターを使用して前立腺部尿道へ全周性にマイクロ波を放射する試みが報告されているが1),これは前立腺組織の凝固変性を目的としたもので,内視鏡下に確認しながらcavityを形成する方法ではない。そこでわれわれは,マイクロ波に指向性をもたせることができ,かつ内視鏡下に操作可能な経尿道的アプリケーターを試作した。マイクロ波を収束させて放射することで,組織焼灼が可能となるだけのエネルギーを得られると考えられ,これを確認するため基礎的及び臨床的検討を行った。

自動前立腺マツサージ装置の開発と臨床応用

著者: 吉田正林

ページ範囲:P.276 - P.278

はじめに
 前立腺マッサージは,古くより慢性前立腺炎に対する補助療法,診断および病勢の経過観察を行うために用いられてきた方法である。その意義としては,炎症性分泌物の排膿(ドレナージ)1)や前立腺のうっ滞を除去し血液の循環を改善する効果があるといわれており2),現在でも賞用されている1,2)。マッサージの回数は,当初週2〜3回行い,症状や所見が改善されるにつれ週1回位とするのが良いとされる。
 しかしながら,マッサージを有用と知りつつ,医師の忙しさ,煩わしさや医師の腕の疲労の問題,患者の差恥心や疼痛の問題などもあり,必要かつ十分なマッサージを行うことは,現実の外来診療では困難と考えられる。そこで慢性前立腺炎,前立腺痛(prostatodynia)に対し,頻回,簡便にマッサージを行い,治療成績の向上を図り,医師の腕の負担や患者の疼痛も軽減する目的で自動前立腺マッサージ装置を考案,開発した3)

ワンポイントレッスン

前立腺癌に対する骨盤内リンパ節吸引生検のコツ

著者: 星宣次 ,   高橋とし子 ,   毛厚平 ,   金田隆志 ,   折笠精一

ページ範囲:P.279 - P.281

 前立腺癌の治療において,骨盤内リンパ節転移の診断はきわめて重要である。リンパ管造影後の透視下のリンパ節穿刺細胞診は非侵襲的で,検査時間も30分以内であり,さらに陽性リンパ節には,neoadjuvant療法後,再度の穿刺吸引にてneoadjuvant療法の評価ができるので大変有用である。今回は,リンパ管造影,リンパ節吸引生検の手技と,最近われわれが開発したリンパ節吸引細胞を用いた前立腺癌リンパ節転移の遺伝子診断法について述べる。

前立腺全摘除術(神経保存)

著者: 岡田清己 ,   斎藤忠則 ,   熊谷振作 ,   尾上泰彦 ,   森田博人

ページ範囲:P.282 - P.283

 神経保存前立腺全摘除術を行うに際し,骨盤内解剖を熟知していることが重要である。その第一はサントリーニ静脈叢の解剖であり,第二は神経血管束の走行である。神経保存術は一般には恥骨後式で行われるが,順行性でも,逆行性でも解剖を理解していれば困難な術式ではない。これにより,出血のない術野で神経を温存でき,術後の尿失禁も最小限にすることが可能となる。

逆行性根治的前立腺摘除術におけるdorsal vein complex処理法—無結紮切断手技

著者: 頴川晋

ページ範囲:P.284 - P.285

 恥骨後式逆行性根治的前立腺摘除術においてdorsal vein complex(以下DVCと略す)の完璧な処理は,手術の成否を左右するきわめて重要な手技である。すなわち,この静脈叢の処理がうまくできなければ大量出血を避けられないのみならず,尿道の離断や,確実な神経血管束の処理が不可能となる。また,DVCは,筒状に尿道を取り巻いている外括約筋線維を多数含み,いたずらに結紮を繰り返し止血を図れば,外括約筋の機能長が短縮し,術後の尿失禁状態の回復にも悪影響を及ぼし得る。
 筆者はDVCの処理に際して結紮など処理を一切用いず,鋭的に切断する手技を用いている。小骨盤最奥の静脈叢を結紮せず切断するということに対しては,かなり抵抗を覚える読者が多いかと思われる。実際,ある程度の熟練が必要であることは言うまでもないが,確実な前立腺尖部の処理が容易であり,他の手技より優れている点も多いと思われるので以下に紹介したい。

Coffee Break

患者からの電話

著者: 蓮井良浩

ページ範囲:P.57 - P.57

 私は週平均3日間は当科外来を担当し,他の公立病院を合わせると4日間外来に従事することが多い。先日,当科の新患日に外線電話が鳴り,私が取ったところ,再診患者からの電話で,IVPを予約したいという内容であった。私は電話での予約は受け付けていないことを説明したが,途中で電話は切れてしまった。2回目の電話があり,1回目の電話の非礼を謝ることもなく,自分は単腎の結石患者で腰部が少し重いからIVPを撮れとのことであった。私は診察,超音波検査をしたうえで,必要なら緊急採血やKUBを撮ること,もしIVPを撮るなら次回となることも説明した。しかし,患者からの納得は得られず,電話は切れてしまった。この間約20分間で,ちょうど研修医が教授のポリクリ患者の膀胱鏡を施行している時で,私は研修医からBTの確認を頼まれており,その患者を待たせる結果となってしまった。
 検査・診察におけるインフォームド・コンセントは得られない場合も往々にしてあることを実感し,たとえもっと時間をかけても私には電話の患者を納得させることはできないと思われた。膀胱鏡を受けた患者には時間がかかったことを納得してもらえたが,私としては自分の無力さを思い知るとともに,後味の悪さだけが残った外来日であった。

前立腺肥大症の早期診断と超音波検査

著者: 山崎春城

ページ範囲:P.61 - P.61

 中高年齢男子の排尿困難では前立腺肥大症が多くみられる。したがって,こうした患者では直腸診で診察して,前立腺が大きく腫大していない場合でも,肥大症と診断し,安易に治療を開始し,また漫然と投薬を続けていることも多いのではないでしょうか。
 最近,肥大症治療の中でwatchful waitingが話題になっていますが,肥大症の症状が自然に軽快したり,あるいはいつも経時的にその症状が増悪するとは限らないことなどは,早期治療を不要とし経過観察を治療選択のひとつとする根拠と思われます。

百瀬先生と前立腺手術

著者: 井口厚司

ページ範囲:P.66 - P.66

「恥骨上式と恥骨後式,どちらがよいか」。前立腺被膜下摘除術の術式について,それぞれを得意とする2派に分かれて論争があった。いまから20年近く前の日本泌尿器科学会福岡地方会であったと記憶している。恥骨上式は短時間で手術できるというのが最大の長所であった。膀胱内に術者の手が入るや,瞬く間によく熟れた腺腫がもぎ取られてくるのは,見ていても爽快であった。一方,恥骨後式推進派は膀胱を開けない手術の長所を指摘するばかりでなく,"手術らしい手術"とこの術式を表現した。まるで血の海の中に手をつっこんで前立腺を剥離する恥骨上式手術に比べ,直視下に剥離・止血する術式は手術らしいと強調した。論議は大幅に時間を超過し,収拾がつかない様相を呈してきた。思い余った座長は当時の九州大学泌尿器科教授,百瀬俊郎先生に意見を求めた。百瀬先生はおもむろにその場にお立ちになり,論戦に終止符を打たれた。『慣れたほうをすればいいたい。』
 百瀬先生は外科のご出身であることから手術療法に深いご関心を寄せられ,その発展に生涯取り組んでこられた。なにより手術がお好きであった。手術が終わった日の夕方は決まって医局のソファーに腰掛け,ビールを口にされる。われわれ研修医がご相伴役を買って出ると大変ご機嫌で,手術のことをいろいろ教えて下さった。とくに先生が情熱を傾けた代用膀胱,膀胱拡大術に話題が及ぶと,ますます口調も滑らかになりビールも進んだ。ちなみに先生は恥骨上式で前立腺は手術されていた。

ある医師の尊厳死から学ぶ

著者: 森岡政明

ページ範囲:P.135 - P.135

 高齢化社会と言われ出して久しいが,80歳は言うに及ばず90歳以上の超高齢者を診る機会も多くなった。中でも前立腺癌の増加は統計からのみではなく感覚的にも実感される。PSAによるscreeningが普及した現在では以前に比べて発見時にすでに広範な転移を有する症例は減少してきた。しかし,絶対数ではなく相対的な減少であり,この様な状況下では高齢者に対する手術適応と共にターミナルケアの両者の問題が提起されていると考えられる。我々の施設では75歳を区切りに手術適応を考慮してきたが,実際には高齢でも十分に手術可能な症例が存在することも事実である。一方,広範な転移がみられる症例では,例え一時的に寛解が得られていても短期間であり,疼痛対策や造血機能低下に対する全身管理の必要に迫られる。疼痛対策としては経口あるいは座剤のモルヒネ製剤の使用が可能になり以前に比べ楽になってきた。このような医療側からの対応は種々の文献にも記載されているが,それと共に,あるいはそれ以上に重要なことは看護やmental careに関することである。病名告知の有無,各個入の性格や人生,観社会的地位,家族関係等で各人各様に病気や死に対する対応は異なっている。様々な人生の終末の一部を覗き見る機会を経て,印象に残る患者さんについて少しご紹介したい。

腎癌患者の遺産—生き続ける培養細胞

著者: 勝岡洋治

ページ範囲:P.145 - P.145

 組織培養から得られた知見は動的な細胞生物学という新しい学問体系を生みだし,とりわけ癌研究の領域において多大な貢献をもたらした。
 人癌細胞培養の歴史の中で,培養方法の飛躍的な進展の時期を画したものは,1952年Geyらによって子宮頸癌から得たHela細胞の樹立であった。人癌由来細胞株が半世紀にわたって死に絶えることなく連綿と植えつがれ世界中の研究室で用いられているのは驚きであり,患者にとっては負の遺産とはいえ,体の一部が培養瓶の中で生きつづけている事実に深い感動を覚える。

TUR雑感

著者: 岡本重禮

ページ範囲:P.152 - P.152

 長い間前立腺肥大症のTURをやってきてつくづく思う。肥大症は良性疾患,悪性腫瘍ではない。かつて市川篤二先生は前立腺肥大症を"健康な老人の病気"と言われたと聞く。実に的確な表現だと思う。つまり肥大症は早期診断の必要もなく,早期に治療することも無用である。例外を除いて,年齢も症状も十分という時期まで待って,治療を開始しても決しておそくはないというのが一般論であろう。
 老人の良性疾患であるから,治療の目的はQOLの向上だけで十分である。治療の効果判定は,シンプトーム・スコアによるのが適切である。

泌尿器科—今昔

著者: 千葉隆一

ページ範囲:P.162 - P.162

 私が入局した1960年(昭和35年)ごろは泌尿器科単独の講座を有する大学も数えれば十指に満たない,いまだ泌尿器科学黎明期のころであった。在局生活も約10年を数え,臨床医師としての存在感を喪いかけていた折,病院赴任の話がもち上り,喜々として承知した。しかしひるがえって考えてみると,実際臨床面では一体何を主題として仕事をすればいいのかまだ発展途上国(?)の泌尿器科においては,確たる目標をもたないままの赴任と相なった。幸い在籍医局の先達,教授が外科出身でもあり,泌尿器外科,特に悪性腫瘍の根治術の確立に目標をおくこととして毎日毎日手術の積み重ねで臨床をこなしているうちに,気がつけば尿路変更術も尿管皮膚瘻術よりIleal conduitを経て,Caecal reservoirへ,慢性腎不全も透析療法より腎移植へ,前立腺癌も去勢術より経恥骨式前立腺全摘出術へと,メス,クーパーを友として進歩発展をとげていた。

膀胱の褐色細胞腫

著者: 金武洋

ページ範囲:P.194 - P.194

 内分泌疾患に興味を持っているが,膀胱原発の褐色細胞腫はまだ経験がなかった。一度は診断を付けたいと考えていたが,その機会に恵まれたので紹介する。腎不全患者を主に治療している関連病院の泌尿器科医より,狭心症を合併した63歳男性の膀胱前壁に存在する膀胱腫瘍の治療を依頼された。患者は約20年前より狭心症,高血圧,前立腺肥大症の診断で内科および泌尿器科で治療を受けてきた。冠動脈造影では,冠れん縮型狭心症と診断され,器質的異常は否定されている。内科の主治医が前立腺肥大症(排泄性腎盂造影で膀胱底部が挙上されており,この診断で矛盾はない)の治療薬としてハルナール®を投与したところ,一時劇的に症状の消失があった。本人の話では排尿後にしぼるような下腹部不快感,尿道痛と共に頻脈発作が起こるので排尿するのが恐怖であった。これはと思い,すぐに排尿前後の血中カテコールアミンを測定するとノルアドレナリン1550(前),1950(後)pg/mlと上昇していた。膀胱部分切除を施行し,排尿するのが恐くなくなったと感謝された。腫瘍は膀胱頸部の前壁にある粘膜下腫瘍で径4cm,重さ31gであった。

たかが前立腺全摘,されど……

著者: 荒井陽一

ページ範囲:P.198 - P.198

 筆者が10数年に前立腺全摘術を行ったときに参考にした某手術書には実に印象的な記載がある。「……the urethra is then transected, the procedure often performed in the blood pool……」。当時,前立腺尖部の処理はいわば「血の海」の中で盲目的になされることが多く,当然,術後に尿失禁を来す頻度も多かった。
 サントリーニ静脈叢に対するanatomical approach については1979年にReiner and Walshによって発表されていた。しかしこの方法が真に理解されて手術が安全なものになったのは比較的新しい。筆者自身も当時この論文を読んではいたが,しばしば大出血に悩まされた。というのも原著に書かれた手術操作のイラストは多分に概念的であまり親切なものとはいえなかった。数年後に再度読みなおし,「・・the complex is 1 to 2cm thick・・・・」の記載を"再発見"して目から鱗が落ちる思いがしたのを記憶している。すなわちdorsal veinはcomplexを形成しており,たいへんぶ厚いということがこの一行に凝縮されていたのである。Compbell's Urology第6版では,前立腺尖部の付近の処理についての記載が大きく改められた。

国際化への道

著者: 本間之夫

ページ範囲:P.208 - P.208

 世は国際化を時代のテーマとしている。特に日本では,さまざまな分野での国際化を図るべく,英語教育の見直しや人的交流の促進などが推進されている。
 しかし,前立腺肥大症ひとつをとってみても,国際化を図ることは容易なことではない。協議の場でのAUAの力強さには,毎度のことながら圧倒されてしまう。これに抗する西欧のパワーも相当なものだ。いわゆる小国も活性が高い。これに対し日本は影が薄い。数が問題ではない。肉食と草食,狩猟民族と農耕民族,論理的かつ外への発想と情緒的かつ内への発想といった,肉体的・精神的な国民性の違いが大きいのだろう。特に,患者やパラメディカルとの接触の多い医師であればあるほど,欧米流には違和感を感じるに違いない。泌尿器科学が臨床医学である以上,それでもいいではないかという考えもあるだろう。とはいえ,研究成果や医療機器の大幅な輸入超過を抱える日本の医療の姿はいかにも情けない。

治療成績の解析

著者: 前田修

ページ範囲:P.220 - P.220

 転移病期の前立腺癌は,一般に内分泌療法が施行される。しかしながらその多くは再燃し,再燃すると有効な治療法がない。ということは欧米の論文に書かれている。しかしながら本邦では,多くの泌尿器科医はこの再燃癌に対してなんともならないと知りつつも治そうとし,一部の患者に抗ガン剤の投与を行っているのが現状である。再燃癌に対する化学療法の成績の中で良好なものは,5人に1人は部分寛解(PR)が得られ,5人に3人は現状維持(stable disease),残りの1人は進行するといったところと思われる。この治療成績は本邦において20%にPRが得られるのではなく,PR+stable diseaseが80%に得られるとされる。また化学療法を施行できる患者さんはperformance statusが比較的良好なため,施行していない患者さんとの生存率を比較すると当然よくなる。これは化学療法をしたため生存率が向上したとされる。70歳前後のおじいちゃんに,治療法は抗ガン剤の投与しかない,投与すればしない場合に較べ長生きできるというdataがあります。と説明すれば,まずよろしくお願いしますということになる。

現在の日本人が過去に置き忘れてきたこと

著者: 山中英寿

ページ範囲:P.250 - P.250

 1996年1月末にインドのバンガロールで開催された第29回インド泌尿器科学会にguest speakerとして札幌医大の熊本悦明名誉教授とともに招待をうけ,インドに行く機会を得た。世界7不思議の一つといわれているタージ・マハール廟などの史跡を一目見たいということと,"多様性"の国といわれているインド社会の一端に触れてみたいという思いもあり,即座にお引き受けした。非常に短い潜在期間であったが,両方の目的を満足させるものであった。バンガロール以外にもタージ・マハール廟,アグラ城があるアグラ,さらにバンガロールの西南140キロ,デカン高原の南端に近くニールギリ山塊麓の盆地にある古都マイソールを訪れた。これらの町にあるいくつかの寺院を訪れ,案内して頂いたインドの方々の振る舞いを通してインドの人々の信仰心の深さの一端を垣間見ることが出来た。
 しかし,今回のインド訪問での思いがけない収穫はMrs.Teruko Matsuoka(Thimmarayappa)さんとお会いしたことであった。ことの発端は,guest speakerとしての講演後の討論を充分にしたく,彼女にその通訳をお願いしたことにあった。彼女は聖路加国際病院,さらに米国で看護婦として働き,当時米国で医師をしておられたDr.Thimmarayappa氏と結婚し,ご主人の故郷バンガロールで小児科医の妻としてインド社会に溶け込んで生活しておられる方である。

アッ!俺の写真だ

著者: 三木誠

ページ範囲:P.258 - P.258

 先日送られて来た1996年度AUA Instructional and Postgraduate Coursesのセミナープログラムを見ていたとき,見たことのある内視鏡写真を目にし,思わず「アッ,俺の写真だ」と叫んでしまった。さらにページをめくっていくうちに,Laser Prostatectomy, Laparoscopyなど3ケ所で,自分が撮った膀胱鏡写真が掲載されているのを発見した。これらの写真は1984年に,それまで撮りためていた膀胱鏡写真の中から抜粋し丸善から出版し,主に米国で販売したSlide Atlas of Cystourethroscopyから引用されたものである。
 1975年頃から内視鏡に興味を持ち,まず広視野で明るい膀胱鏡を作り,明瞭な写真を撮れるようにしたいと考え,オリンパス光学の協力を得て種々の改良を加え,ほぼ満足できる写真が撮れるようになった。その後積極的に多くの臨床例の膀胱鏡写真を撮り,書物やスライド集を作成してきた。これらに発表した写真やスライドが,他の書物に引用されたり,学会で利用されているのに出会うと,旧知にあったようで嬉しくかつなつかしく思う。写真家が自分の撮った写真を忘れないのと同様,自分が撮った膀胱鏡写真は忘れないものである。そしてその原版をみると,撮影時の患者さんのことも思い出されてくるから不思議である。

前立腺癌脊椎転移の治療のタイミング

著者: 三浦猛

ページ範囲:P.264 - P.264

 がんセンターでは,緊急手術の機会がほとんどない。しかし緊急の判断の結果で悔やむことがないわけではない。55歳男性。腰痛を主訴に他院受診。前立腺癌骨転移と診断され,当センターに紹介。本人はがんと告知されて,身辺整理のために自宅に外泊中で,家族が来院。ところが入院待ちの間に突然腰が立たなくなったと家族から電話があった。そこで,緊急入院。幸いまだ不全麻痺であった。これなら除圧手術をすれば麻痺は回復するだろうと判断し,ステロイド,女性ホルモンなどの投与をすぐに行わなかった。組織診断がつく前に内分泌治療をしたくないという気持ちがあったと思う。翌日,MRI,ミエログラフィーにて部位診断後に除圧手術,前立腺生検を施行した。その後次第に神経症状が改善し,このまま順調に回復かと思われた。ところが腫瘍マーカー,骨シンチの所見が改善したにもかかわらず,麻痺は完全に回腹せず,悪い事に強度のシビレ感が出現して,坐位も困難となってしまった。モルヒネ投与,放射線治療,神経ブロックでも改善せず,亡くなるまでの約5年ベット上の生活を余儀なくされた。この反省から,組織診断前でもすぐに内分泌治療などを行い,その後の同様な症例は全例麻痺を残さず元気に通院している。一方,同じ脊椎転移でも腎癌では安易に緊急手術をすべきでない。腎癌では,手術以外に有効な治療法がないため,除圧手術にとどまらず,椎体置換などの大手術となり,また大出血などにより逆に麻痺を増強する可能性があるからである。

基本情報

臨床泌尿器科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1332

印刷版ISSN 0385-2393

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