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雑誌目次

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臨床泌尿器科59巻4号

2005年04月発行

雑誌目次

特集 ここが聞きたい―泌尿器科外来における対処と処方

企画・編集にあたって フリーアクセス

著者: 藤岡知昭

ページ範囲:P.13 - P.13

14年前の本誌増刊号「特集/外来泌尿器科マニュアル」の巻頭言において,町田豊平先生は,「病院に入院して行われる診療や治療は,先端技術での医療行為が目立つためにそれが泌尿器科の檜舞台のようにみえる。しかし,実際は外来診療で費やされる仕事が最も多く,華々しくないが個々の技量が最も問われるのは外来診療である」と外来診療の本質を述べられています。近年,泌尿器科診断学の進歩は著しく,また,外来治療とプライマリ・ケアが拡大している今日においても,その基本姿勢は変わりないものと思います。しかも,一般内科や外科の場合と違って,泌尿器科受診の患者さんは,ある程度,泌尿器科疾患を疑って来院するわけで,局所的な泌尿器科所見のみならず,全身的な異常や疾患の背景にも配慮が不可欠です。また,泌尿器科診療の多様性により,各領域に及ぶ広範な経験・知識が要求されることも少なくありません。

 今回,本増刊号では,多くの泌尿器科医が外来診療において日常遭遇している疑問・問題点に関して,各々の領域において幅広い経験を持つ精通者に直接相談するような形式の実用的な特集を企画しました。すなわち,まず準備段階として,本誌「病院めぐり」に登場された執筆者の各先生方を対象に,日常外来診療において実際に困惑している多様な問題についてアンケート調査を施行し,多くの質問事項を抽出しました。これら質問事項を,(1)尿路・性器の炎症性疾患,(2)神経因性膀胱障害と尿失禁,(3)前立腺肥大症,(4)尿路結石,(5)腫瘍(外来化学療法),(6)内分泌疾患,(7)腎不全,(8)そのほか,と疾患別に分類しました。さらに,それら各々の実際の質問事項に対する回答を,現在,第一線の医療機関において活躍されている新進気鋭の先生方に,「1.診療の概要」「2.診療方針」「3.対処の実際」「4.処方の実際」「5.ここがポイント」の各項目について,実際の日常診療で役立つように執筆していただき,本増刊号「ここが聞きたい―泌尿器科外来における対処と処方」が誕生しました。

1.尿路・性器の炎症性疾患 ■非特異性感染症 【膀胱炎】

1.受診時ごとに検尿を調べると膿尿を認める車椅子生活の高齢患者です。不定期に抗生物質を投与しましたが効果がありません。対処と処方について教えて下さい。

著者: 三木健太

ページ範囲:P.16 - P.17

1 診療の概要

 車椅子生活の高齢患者であるので,健康な一般成人の検尿の所見とは区別して考えるべきである。報告では,少なくとも65歳を超えた女性の20%,男性の10%に細菌尿が認められるとされ1),また細菌尿のある高齢者の大多数は症状がないとされている2,3)。しかしながら,今回の課題では触れられていないが細菌尿のある患者が昏睡,錯乱状態,食欲不振あるいは失禁のような症状を伴うような場合には,将来,尿路感染が重症化しないように注意が必要である4)。具体的には長期に尿道カテーテルを留置しているようなリスクファクターが存在するときなどが問題視される。

 2 診療方針

 診療のたびに検尿で膿尿を認めるとされているが,細菌尿を認めたわけではない。つまり,尿道常在菌の汚染がないときに採取された尿から104個/mリットル以上の細菌数があれば有意とするが,そうでなければ尿路感染症が存在するとはいえないので,そもそも抗生物質による治療の必要がないのではないかと考えるべきである。膿尿や細菌尿の存在があるか,あるいはさらに随伴する症状の有無により方針を計画するとわかりやすい。

2.頻尿,残尿感があるけれども,尿検査(尿沈査)では異常が認められない患者です。患者は,「どこへ行っても異常がないといわれる」と訴えています。対処と処方について教えて下さい。

著者: 三木健太

ページ範囲:P.18 - P.19

1 診療の概要

 頻尿や残尿感は,泌尿器科だけでなく,あらゆる診療科で経験するごく一般的な訴えであるが,その原因はさまざまである。症状の改善や正確な診断が得られないことが不満で,患者がほかの医療機関を受診してしまうことも比較的頻繁に経験する。設問の患者のように,尿検査で異常が認められない場合は深刻な病態である可能性は低いので,本人の心配する気持ちを理解しつつ不安感を取り除くような説明をすることが重要である。まず,頻尿の状態をできるだけ正確に把握する必要がある。また,残尿が本当にあるのかどうかの測定も不可欠である。このような患者は,いわゆる不定愁訴として考えられてしまいがちだが,現実に異常がないのであればそのことを説明し,不安感を取り除いてあげることが重要である。

 2 診療方針

 患者はすでにほかの医療機関を受診している可能性が高く,医師にすぐに回答を迫るような状況が考えられるが,まずは問診により新たな情報がないかを確認することが大事である。排尿の状態を把握するために以下の点に注意し情報を集める。(1)1回の排尿量はどのくらいか,(2)1日の排尿量はどのくらいか.多尿ではないか,(3)頻尿は昼間か,夜間か,1日中か,(4)残尿はどの程度か,(5)夜間頻尿のときは十分な睡眠がとれているのか,(6)排尿に影響するような他科の内服薬などはないか,(7)生活習慣のなかで水分や食物の摂取の方法に偏りがないか,などである。

3.排尿痛,頻尿を訴えている間質性膀胱炎が疑われる女性患者です。消炎鎮痛薬では除痛効果が十分ではありません。対処と処方について教えて下さい。

著者: 山口聡

ページ範囲:P.20 - P.23

1 診療の概要

 まず,間質性膀胱炎を正しく理解,診断したうえで,適切な対応を模索することが必要と思われる。消炎鎮痛薬の使用は治療の選択肢の1つとなりうるが,あくまでも対症療法にすぎない。

 間質性膀胱炎は,頑固な頻尿,尿意切迫感や膀胱部痛を主症状とする慢性難治性疾患である。本疾患は特異的な感染や病理所見を伴わず,米国の疫学調査では100万人以上の罹患患者数が推定されている。National Institute of Arthritis, Diabetes and Digestive and Kidney Diseasesによる研究診断基準(1988年)では,(1)膀胱鏡でのハンナー潰瘍または点状出血,(2)膀胱痛または尿意切迫感,の両者を有するものが間質性膀胱炎であると定義されているが,実に18項目もの除外規定があり1),多くの患者がこの基準に適合しないとの指摘がある。一方,最近ではその類縁症状群として,過活動膀胱,膀胱痛症候群,慢性骨盤痛症候群や頻尿・尿意切迫症候群などがあり2),間質性膀胱炎との鑑別に苦慮することが少なくない。

4.下肢拘縮のために開脚することができない高齢男性患者が血膿尿を訴えています。対処と処方について教えて下さい。

著者: 山口聡

ページ範囲:P.24 - P.28

1 診療の概要

 設問のような相談は,しばしばリハビリ施設や老人介護施設から寄せられ,泌尿器科医師にとってその取り扱いに迷うことも少なくない。このような患者のほとんどは,脳性麻痺などの神経疾患や脳血管障害などの後遺症により,長期臥床を余儀なくされている。何らかの排尿障害の合併も当然予想されるが,通常,それまでに専門医の診察を受けていないことが多い。また施設によっては患者の搬送が困難であり,容易に来院できない例にも遭遇する。

 これらを踏まえて,通常の患者と同様に診療することが基本であるが,患者によっては一般の診療ステップを踏めないこともしばしばである。また苦労して診断の確定に至っても,患者の社会的背景などにより,根本的な治療が選択できないことも多い。その際は,対症的に処置しつつ,無理のない範囲で診療を進めざるを得ない。このように,標準的な治療そのものが必ずしも患者のQOL改善に結びつかないことがこれらの患者の特殊性ともいえる。したがって,患者個々の状態を慎重に判断して,その時々で最も適切な方法を選択することが必要である。

【腎盂腎炎】

5.発熱,側腹部痛,膿尿により急性腎盂腎炎と診断した患者です。外来治療から入院治療に移行する基準について教えて下さい。また,外来,入院での治療方法について教えて下さい。

著者: 浅野友彦

ページ範囲:P.30 - P.31

1 診療の概要

 急性腎盂腎炎のうち,軽症の場合は外来での経口抗菌薬の投与で治療可能であるが,重症の場合には敗血症,ショック,DICを起こすことがあるので,入院のうえ点滴,抗生物質投与などの治療が必要になる。外来を受診した急性腎盂腎炎の患者が,軽症か,重症かを判断する重症度の分類基準というものは明確にされていないが,39℃以上の発熱,嘔吐の有無,脱水の程度,糖尿病などの基礎疾患の有無,年齢,尿路系の器質的疾患の有無などが判断の根拠となるであろう。また,検査データでは,CRP>15mg/dリットル,WBC>15,000である場合にも重症と判断してよいであろう。

 2 外来で治療可能な場合

 37~38℃台の発熱で嘔吐などの消化器症状がなく,尿路系の器質的疾患がなく,糖尿病などの基礎疾患がなければ軽症と判断して,外来での抗菌薬の内服投与で治療可能である。尿路系の器質的疾患の存在が疑われれば,この時点でKUBや超音波検査で結石や水腎症のないことを確認しておくのがよいと思われる。単純性急性腎盂腎炎の場合,約80%が大腸菌による単独菌感染であり,抗菌薬に対して良好な薬剤感受性を示す。日本感染症学会,日本化学療法学会編の「抗菌薬使用の手引き」1)では,軽症の急性腎盂腎炎に対する薬剤として,第一選択はニューキノロン系薬の7~14日間投与,第二選択として経口のペニシリン系またはセフェム系薬の投与が勧められている。

6.腎盂腎炎が疑われる患者です。CT,そのほかの画像診断の適応について教えて下さい。

著者: 浅野友彦

ページ範囲:P.32 - P.34

1 診療の概要

 急性腎盂腎炎は臨床症状,検尿所見,血液検査などにより比較的容易に診断が可能なので,通常は画像診断を行う意義は少ないと思われる。抗生物質の投与により発熱,側腹部痛などの臨床症状が速やかに軽快するような軽症の急性腎盂腎炎では,腎の形態的変化がみられることはほとんどなく,このような患者に対して画像診断を行う必要はない。

 急性腎盂腎炎が疑われる患者に対して画像診断を行う目的は,結石や水腎症などの尿路の基礎疾患がないか,膿腎症や腎膿瘍などの重症の感染病巣がないかを調べることにある。腎盂腎炎を起こした患者が男性や高齢者である場合,腎盂腎炎を繰り返している場合には,尿路結石,尿路閉塞,膀胱尿管逆流,神経因性膀胱などの尿路における基礎疾患が存在している可能性もあるので,KUB,静脈性尿路造影(IVU),超音波検査,CTスキャン,排尿時膀胱造影などの画像診断を行う必要がある。

【尿道炎】

7.尿道炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 檜垣昌夫

ページ範囲:P.35 - P.37

1 診療の概要

 尿道炎は性行為によって感染する性感染症の1つである場合と,性行為によらないものとに分けられるが,性感染症によるものが圧倒的に多い。いずれにせよ,診断には性的接触の有無を含めた現病歴を聴取することが重要である。症状は排尿時尿道痛と,男性では尿道から排膿が認められるが,女性では症状が乏しいこともある。淋疾では2/3が無症状といわれ,さらに症状のない一般婦人でもクラミジアの保菌率は5%前後と報告されている1,2)。性感染症では,男性は尿道炎として発症するが,女性ではむしろ子宮頸管炎,つまり頸管分泌物が認められることで診断されることが多い。

 診断は,尿道から膿状の分泌物が出ている場合には容易であるが,はっきりとした膿がみられない場合は,尿沈渣では見落とすことがあり,尿道分泌物を塗抹染色し白血球,菌の有無を確認する必要がある。染色標本でも菌の形態を観察することで起因菌の見当をつけることができ,治療には有用な情報である。少なくとも塗抹標本で白血球を認めれば炎症の存在が確認できるわけで,尿道分泌物の一般菌培養,双球菌を認め淋菌が疑われれば淋菌の培養を行い,クラミジア感染症の診断のために最近では遺伝子診断法による検査を行う。特にPCR法,LCR法では初尿の検体でも検査可能である。淋菌培養は適切な培地を使用しないと検出が困難なため注意を要する。近年では淋菌に対してもPCR法が臨床で用いられているが,最近問題となっている多剤耐性菌3)の判断は培養,感受性検査をしないとわからないので,菌の培養と感受性検査は行っておいたほうがよい。原則的には検出された細菌に対する抗菌薬を投与するわけだが,細菌培養やPCR法の結果が診療中に出ることはないので,現病歴,尿道分泌物の性状,分泌物の塗抹染色を検鏡して原因菌を推定し,治療を開始することになる。

8.尿道周囲炎と診断した患者です。保存的治療のポイントについて教えて下さい。また,ドレナージを必要とする場合はどんなときでしょうか。

著者: 黒川純

ページ範囲:P.38 - P.39

1 診療の概要

 一般的に急性尿道炎は男性に多く,性(行為)感染症(STD)の1つとされ,起炎微生物である淋菌やクラミジア・トラコマチスにより発症することが多いとされている。また,女性の純然たる尿道炎はごく稀で,膀胱(尿道)炎との区別は難しいとされている1)

 尿道周囲炎は,炎症が尿道周囲組織に波及して起こる感染症とされている。単純な急性尿道炎にとどまらず,周囲に炎症が及ぶ要因としては,以下の点が考えられる。(1)感染の機序としての,何らかの先行素因の存在が疑われることが多くみられる。(2)感染の病態としては,全身的な条件,病原微生物に対する防御機構,免疫機構が弱化すること,すなわちAIDS,血液疾患,代謝性疾患,悪性腫瘍,先天性疾患などに罹患の有無を確認することが必要である。(3)尿道に限られた原因としては,先天異常,尿流停滞,腫瘍,異物,瘢痕の存在,局所の粘膜の変性,狭窄,瘻孔など尿の流通障害があるときに起こることが多い。発生頻度は低く,稀な疾患とされている。

【尿管炎】

9.濾胞性尿管炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 黒川純

ページ範囲:P.40 - P.41

1 診療の概要

 濾胞性尿管炎とは,濾胞(囊胞)を形成する尿路疾患の1つである。濾胞とは,多数の細胞から成る完全に閉じた胞状構造を意味し,形態的な画像上の所見を表している。また囊胞とは,固有の壁を持ち,中に流動体などを含んだ囊を意味し,主に組織学的な所見を意味し,表している1)。よって,濾胞性の表現は濾胞(囊胞)性として解説をしていく。

 濾胞(囊胞)性尿管炎は尿管粘膜下に多数の小囊胞を形成する稀な疾である。尿管だけにとどまらず腎盂との両粘膜に発生する症例もみられるため,濾胞(囊胞)性腎盂尿管炎と診断されることもある。本症における囊胞の形成機序は,主に尿路感染症や尿路結石による慢性的な機械的刺激が誘因であるというBrunnら2)の説が有力とされている。そのほかの誘因としては,尿中に排泄される毒素,寄生虫3),ビタミンA欠乏,あるいは先天性因子なども提唱されているが,まだ定説を得るには至っていない4)

【前立腺炎】

10.急性前立腺炎の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 黒田昌男

ページ範囲:P.43 - P.45

1 診療の概要

 前立腺炎は50歳未満の男性では泌尿器感染症のなかで最も多いものであり,50歳以上でも前立腺肥大症,前立腺癌についで多くみられる前立腺疾患である。前立腺炎は小児にはほとんどみられないが,成人男性では全年齢にわたってみられ,30歳代後半から40歳代に多くみられるとされている1)

 急性前立腺炎は,前立腺全体に細菌感染が起こることがその病因である。下部尿路感染症を伴うことがほとんどで,敗血症となることもある。原因菌は腸内細菌であるグラム陰性桿菌がほとんどで,大腸菌が最も多い(表1)。ほかに緑膿菌,セラチア,クレブシエラなどが原因菌として多くみられる。グラム陽性菌では腸球菌が最も多く,ブドウ球菌もときおり原因菌となることがある。細菌感染よりも臨床症状は軽いが,クラミジア(Chlamydia trachomatis)も前立腺炎の原因微生物の1つである。

【精囊炎】

11.精囊炎を疑う患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 黒田昌男

ページ範囲:P.46 - P.48

1 診療の概要

 細菌感染,ウイルス感染,クラミジア感染,結核など精囊炎の原因はさまざまであるが,原因不明のこともある(表1)。その確定診断は困難で,確定診断のためには精囊液の検査が必要である(表2)。正確には経直腸超音波検査(TRUS)下に精囊穿刺を行い,精囊液を採取しなければならない。精囊穿刺は痛みを伴う侵襲の大きい検査であり,日常の外来診療で手軽に行うことはできない。

 通常,精囊炎は臨床症状と精液や前立腺液(expressed prostatic secretion:EPS)の検査に基づいて診断されており,前立腺炎との鑑別が困難で,精囊炎の有無は不正確である。隣接した臓器である前立腺,精巣上体の炎症を合併することが多い。特に急性炎症の場合は,前立腺炎,精巣上体炎の臨床症状が前面で出てくる。臨床症状は,下腹部痛,会陰痛,血精液症,膿精液症などであるが,急性炎症では前立腺炎を合併し発熱がみられ,下腹部に限局した腹膜炎症状がみられることもある。慢性では無症状で不妊を訴えて受診し精囊炎が見つかることもある。

12.血精液を呈する患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 中島耕一

ページ範囲:P.49 - P.51

1 診療の概要

 臨床医にとって体液に血液が混じるという現象を観察することは,診療上の何らかの重大な警告と考える。精液に血液が混入するいわゆる血精液症は,果たして重篤な疾患のサインなのであろうか。1894年に発表されたGaz1)のreviewにおいては,Hippocratesによる血精液症の記載を認めると記されており,古くから精液に血液が混入する現象は観察されていた。また,この現象に対する疫学,病態生理学に基づく発症機序の検討もなされてきているが,1910年代から1970年代前半までは,そのほとんどが医原性と考えられてきた。

 しかしその後,経直腸超音波診断装置やMRI(magnetic resonance imaging)などの新規検査装置の開発や,解剖学,生理学における新たな知見の蓄積に伴って,表1のように多岐にわたる原因の可能性が報告されている。大別すると,(1)炎症と感染,(2)精路の閉塞や囊胞,(3)腫瘍,(4)血管および凝固系の異常,(5)全身疾患,そして(6)医原性に分けられる。

【精索炎】

13.左精索の腫脹と硬結を訴え,精索炎を疑う患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 中島耕一

ページ範囲:P.52 - P.54

1 診療の概要

 鼠径部の違和感を主訴に来院する患者がいる。診察しても特に異常所見を認めないことも多いが,鼠径部であるからまず鼠径ヘルニアの存在を疑い診察を進めることになる。ヘルニアが除外されると,次にわれわれの専門領域である精索の異常の有無を検索する。表1に鼠径部に異常を訴えうる疾患を示す。

 ところで,設問は「左精索に腫脹と硬結を認める」患者の対応である。左側でかつ視触診でも実際に異常を認めるとなると,精索の閉塞性血栓性血管炎は想起すべき疾患である。決して報告例は多くないが,現在まで調べ得た限りでは桑原ら1)の報告で両側例を認めるだけで,1935年のMcGavinら2)の報告を最初にほかはすべて左側に生じた症例として報告されている。これらの報告のなかにBuerger病との関連を指摘するものがある3~5)

【亀頭包皮炎】

14.亀頭包皮炎を繰り返す幼児です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 守屋仁彦 ,   柿崎秀宏 ,   野々村克也

ページ範囲:P.56 - P.57

1 診療の概要

 亀頭包皮炎は,包皮と亀頭の間で感染を起こし,陰茎先端の痒み,疼痛,腫脹をきたす疾患であり,その原因としては,包皮下の不潔な環境が挙げられている1)。不潔な環境を改善するために包茎に対して外科的治療を行うことの有用性は古代エジプト時代より示唆され,その時代から環状切除(circumcision)が行われているものの,外科的治療による局所の衛生の改善に関しては実は確固たるエビデンスがないまま現在に至っている。

 実際,500名以上の新生児期を環状切除施行群と非施行群に分類し,8歳まで経過観察して陰茎疾患(炎症や包茎,環状切除術後の合併症など)の発生率をみた報告では,乳児期までは環状切除施行群に発生頻度が高く,それ以後になると環状切除非施行群において高くなるとしている2)。また,500名以上の12歳以下の男児の陰茎の問題を解析したほかの報告では,環状切除の施行の有無により,亀頭包皮炎の発生頻度や陰茎の衛生状態に有意差はなかったとされている3)

【閉塞性乾燥性(硬化性)亀頭炎】

15.短期間に包皮が肥厚し亀頭を露出できなくなった70歳の患者です。閉塞性乾燥性(硬化性)亀頭炎と診断しました。対処と処方について教えて下さい。

著者: 佐々木春明 ,   島田誠

ページ範囲:P.58 - P.59

1 診療の概要

 閉塞性乾燥性亀頭炎(balanitis xerotica obliterans)は,1928年にStuhmer1)により提唱された慢性進行性の陰茎亀頭,包皮,尿道の硬化性,萎縮性炎症を主体とする疾患で,硬化性萎縮性苔癬(lichen sclerosus et atrophicus:LSA)の部分型と考えられている。

 硬化性萎縮性苔癬は中高年女性外陰部皮膚に好発する慢性硬化性萎縮性病変であり,その臨床症状は,米粒~爪甲大,白色,扁平にわずかに隆起性の,やや硬い丘疹が多発し,しばしば融合して象牙色の局面を形成する。のちに表面が萎縮して羊皮状となり,毛孔性角栓が目立つようになる。ときに蚤痒・疼痛・不感症を伴う。女子外陰部を侵すことが多いが,項頸,上背,上腕,陰茎亀頭,肛囲にも生ずる。硬化性萎縮性苔癬の病理組織学的所見は,(1)角質の増生と角栓形成,(2)表皮萎縮と液状変性,(3)真皮上層の著明な浮腫と膠原線維の均質化,(4)真皮中層のリンパ球性帯状細胞浸潤,が特徴である。また,予後は外陰部発生の数%が有棘細胞癌化するとされる。

【精巣炎】

16.流行性耳下腺炎罹患後,右陰囊の疼痛,腫脹により精巣炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 佐々木春明 ,   島田誠

ページ範囲:P.60 - P.62

1 診療の概要

 ムンプスウイルスはパラミキソウイルスに属し,主に唾液を介する飛沫感染で,好発年齢は3~5歳である。ウイルスは耳下腺腫脹の7日前から9日後まで唾液中に排出されるが,感染性が強いのは耳下腺腫脹の1日前から5日後までとされる。また,ムンプスの潜伏期間は2~3週間で,通常は前駆症状なしに有痛性の耳下腺腫脹で発症する。約半数に顎下腺腫脹を合併する。流行性耳下腺炎としての発熱は1~4日,耳下腺腫脹は7~10日続き治癒する。ムンプス感染の85%は15歳以下の小児にみられ,感染は自然に消退するが,ムンプスウイルスは蛋白分解酵素に対して高い感受性を有しているため,耳下腺炎以外にも膵炎,卵巣炎,精巣炎,心筋炎,関節炎,甲状腺炎,乳腺炎,腎炎などの合併症を併発する。また,神経親和性であるため脳髄膜炎,内耳感染が起こりうる。聴力障害は蝸牛前提神経障害によって引き起こされ,その予後は不良とされる1)

 ムンプス精巣炎は耳下腺で増殖したムンプスウイルスが血行性に精巣に達して発病すると考えられ,思春期以前では稀だが,思春期以降のムンプス罹患男性の14~35%に発症し,罹患精巣の30~50%に萎縮性変化を起こすとされる2)。ムンプス精巣炎の好発年齢は10歳代後半から40歳までが多く,小児期男子では稀とされる。

【フルニエ壊疽】

17.フルニエ壊疽が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 吉田利夫

ページ範囲:P.63 - P.65

1 診療の概要

 壊死性筋膜炎は当初種々の名称で報告されていたが1924年にMeleneyがまとめた報告を行い,全例に溶血性レンサ球菌を検出したためhemolytic streptococcal gangreneと名付けた1)。しかしWilsonが1952年に原因菌が多岐にわたることを報告し2),筋膜の壊死こそが炎症の場であるとして,necrotizing fasciitisの名称を提唱した急速に進行する皮膚軟部組織感染症である。解剖学的に筋肉を包む深筋膜と,皮下脂肪組織と深筋膜の間にある浅筋膜の壊死性病変を主体とし,急速に深在性筋膜上を水平方向に拡大し皮膚の壊死をきたしてくる。さまざまな部位に発症するが,特に会陰部に生じた壊死性筋膜炎をフルニエ壊疽(Fournier's gangrene)と呼んでいる。

 患者背景には,糖尿病,アルコール常用者,免疫力低下状態,ステロイド薬内服,末梢血管疾患などに発症することが多いが,ごく健康的な人に生じた報告もある3)。感染の原因としては,虫さされ,打撲,擦過傷,過少,皮膚炎,血管造影,注射,褥瘡,開腹手術,肛門周囲膿瘍などが多いが,原因不明例も多い。起炎菌として,A群β-Streptococus,黄色ブドウ球菌,ビブリオ,プロテウス,クレブシェラ,緑膿菌,バクテロイデス,大腸菌とさまざまで混合感染の報告もあるが,すでに抗生物質が使用され菌が検出されないことや混合感染のため原因菌が同定されないこともある。多くの症例が報告されるにつれて,典型的な急速に進行する症例だけではなく,比較的ゆっくり進む全身症状の軽い症例が存在することが判明し,Jarrett4)は3つのタイプに分類した(表1)5)。予後は不良で,死亡率は30~70%である6)。発症後12時間以内の手術の死亡率が10%に対し,12時間以上経過したものは死亡率が50%と報告しており,迅速な対応が必要である7)。98例を集計した中西らは,基礎疾患に糖尿病を有する本疾患の死亡率は50%以上で,有さない症例の死亡率21.6%に比し有意に高いと報告しており8),糖尿病は重症化の危険因子であるともいえる。

【精巣上体炎】

18.左陰囊の疼痛と腫脹で精巣上体炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 吉田利夫

ページ範囲:P.66 - P.68

1 診療の概要

 精巣上体炎は,急性と慢性に分類される。急性精巣上体炎の原因はクラミジア・トラコマチス,淋菌など,一般細菌として大腸菌,変形菌,表皮ブドウ球菌,腸球菌など多岐にわたるが,尿路,性器感染症に続発するものが多く,10歳代の後半から30歳代までの急性尿道炎に続発する場合は,その大部分がクラミジア・トラコマチスや淋菌が起炎微生物と考えられる1)。つまり性感染症としての尿道炎の原因と同一であり,尿道炎の重症化といえる。したがって尿道分泌物の有無,性状についての情報が重要である。一方,高齢者などの明らかな性感染症のない場合には,腸内細菌が原因である尿路感染症によることが多い,慢性複雑性尿路感染症(残尿,カテーテル留置など),細菌性前立腺炎,経尿道的手術,経尿道操作などが原因となる。小児や高齢者の場合に尿路感染・細菌尿が原因と疑われれば,尿流の停滞の原因となる尿路奇形,尿路結石,前立腺疾患などの精査を治療後に行ったほうがよい。さらに肺外結核症として結核菌も原因となる。原発巣からの血行性感染,あるいは腎・膀胱結核からの感染経路が想定され頻度は低いが,高齢者だけでなく若年者にも散見される。

 一方,慢性精巣上体炎とは,精巣上体が短期的腫脹することなしに,何らかの硬結があり,軽度の疼痛が持続するものを総称したものともいえる。これらのなかには,細菌性やクラミジアによる急性炎症が治療によっても十分に寛解せず,遷延しているものをはじめ,当初から慢性症として診断されるものあり,一部には結核性精巣上体炎や精子侵襲症なども含まれ,初診時にその病態,原因を的確に捉えることは必ずしも容易ではない。直接精巣上体を穿刺して得た検体から遺伝子診断法あるいは免疫学的に菌を検出する方法も行われているようであるが,一般的ではない。したがって,通常の諸検査と同時に,治療的診断としてまず抗菌化学療法を行い,その反応により起炎微生物などの推定,あるいは手術療法の適応について考慮することとなる。

19.精子侵襲症または慢性精巣上体炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 吉田利夫

ページ範囲:P.70 - P.71

1 診療の概要

 精巣上体が短期的に疼痛を伴い腫脹する急性精巣上体炎以外に,精巣上体に何らかの硬結があり,軽度の疼痛が持続するもの,あるいは無痛性のものを総称として慢性精巣上体炎と呼ぶが,これらのなかには細菌性やクラミジアによる急性炎症が治療によっても十分に寛解せず,遷延しているものをはじめ,当初から慢性症として診断されるものあり,精子侵襲症もそのなかに含まれる。鑑別すべき疾患として結核性精巣上体炎,精液瘤,精巣上体腫瘍(adenomatoid tumor)などがある。

 精子侵襲症に関しては,1921年にWeglin1)が外傷性精巣上体炎および淋菌性精巣上体炎に合併した報告が最初であり,病因においてははっきりとした定説はないが,感染,外傷,性器の閉塞などの既往が認められたとの報告もあり2),最近は精管切断後の合併症として注目されている。無症状のものを含めるとその発生率は15%程度に認められるという3)。症状としては,精巣上体の腫脹と,疼痛が最もしばしばみられ,腫脹部位は尾部が多いといわれているが,その逆の報告も存在する4)。組織学的には間質内精子の侵襲とこれを取り巻く肉芽組織の発生であり,初期には精子が多数みられ,間質組織や破壊された精細管周囲に侵入している。あとには精子は大食細胞や組織球に食され,いわゆる食性現症(sperminophagia)がみられる5)

【ペイロニー病(形成性陰茎硬化症)】

20.形成性陰茎硬化症が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 石井泰憲

ページ範囲:P.72 - P.74

1 診療の概要

 ペイロニー病は陰茎に硬結を形成する比較的稀な疾患で,1743年にフランスの外科医Francois de la Peyronieにより報告され,40~70歳までどの年齢にも発生するとされている1)。発生原因は急性で反復性の外傷説が有力だが,慢性血管炎,動脈硬化,外傷,痛風,糖尿病,内分泌異常,過度の性交,老人性変化,自己免疫疾患などの説もあり,未だ明らかになっていない2)

 まず,陰茎白膜と海綿体の間の疎性結合組織で血管炎として始まり,出血,炎症のため線維化,石灰化を生じ,陰茎背面に線維化よる結節状・板状の硬結を形成する。陰茎背面の硬結が増大すると,勃起時の疼痛,硬結部の白膜が伸展・膨張しないため,陰茎の屈曲,性交不能を患者は訴えるようになる3)

【尿道憩室炎】

21.尿道憩室炎または尿道周囲炎が疑われる女性患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 石井泰憲

ページ範囲:P.75 - P.77

1 診療の概要

 女性の尿道憩室は尿道との交通を有する囊状腔を形成する憩室で,尿道腟中隔部にみられるものと定義されている1)。尿道憩室の発生については,Johnsonによると先天性と後天性があり,先天性ではWolf管の遺残であるGartner管の囊腫,Wolff管原基の不完全癒合による囊腫形成,尿道中隔囊腫などが尿道に開口して憩室になるとされている2)。しかし,後天性のほうが圧倒的に多く,(1)分娩による尿道損傷,(2)尿道腺の感染,(3)尿道の機械的操作による損傷(膀胱鏡など),(4)尿道狭窄,(5)尿道結石による損傷,が挙がっている。尿道の周囲に存在する分泌腺である尿道腺からの尿道傍管が外尿道口に多数開口しているが,この分泌腺は臨床的に慢性化した細菌感染の病巣になりやすい。先天的に感染に弱いこの部分では細菌の感染が起こりやすく,感染を起こすと尿道周囲炎になる。外傷,感染により尿道周囲腺が炎症を起こし膿瘍になり,尿道へ破裂して憩室になることも想定される3,4)

 尿道憩室の発生頻度は泌尿器科を受診する患者の1.85~4.7%に認められる。尿道憩室の好発年齢は分娩外傷の関与が多いためか22~25歳と報告されている5)。尿道憩室は尿道の後壁の中央部で形成され,ほとんど感染を伴っている。症状は外尿道口部の腫脹,圧迫感,性交や歩行時の不快感,下着の汚れなどである。診察すると腟前壁の腫瘤,外尿道口よりの排膿がみられる。血膿尿,排尿痛,排尿困難,反復性尿路感染症もあり,治療として細菌感染の治療と手術が必要になる6)

■特異性感染症 【尿路性器結核】

22.無菌性膿尿の患者です。尿培養で結核菌が検出されました。対処と処方について教えて下さい。

著者: 沼田功

ページ範囲:P.78 - P.81

1 診療の概要

 結核は,悪性腫瘍患者,高齢者,薬物治療で免疫不全のある患者やエイズ患者にかかりやすく,日本での発生数は50歳代以下では減少傾向にあるが,80歳以上では増加傾向にあり,60歳以上が新登録患者の約60%を占める。2001年の新登録者数は35,489人で,尿路性器結核は242人(0.7%)である1)

 尿路性器結核は肺内の初期感染部位より血行性に腎内の糸球体近くに付着して乾酪肉芽を形成し,周囲を破壊して腎結核となる。腎内の結核菌が尿路性に播種して尿管,膀胱結核となり,乾酪肉芽,潰瘍,線維化により腎の破壊,空洞形成,腎盂腎杯の拡張,水腎症,乾酪漆喰腎,尿管狭窄,膀胱尿管逆流症,萎縮膀胱を生じる。尿路の閉塞で膿瘍形成や尿路敗血症に進展することもある。両側の腎障害で腎不全になり,片側でも腎血流の減少で高血圧の原因にもなる。精巣上体結核は血行性に精巣上体尾部より広がり,精巣に進展することもある。若い性活動の高い男性で,有痛性腫脹,炎症を伴う陰囊症で結核の既往があることが多い。

【カンジダ感染】

23.寝たきりの高齢者が発熱しました。全身検索を行ったところ,尿培養によりカンジダを検出しました。対処と処方について教えて下さい。

著者: 沼田功

ページ範囲:P.82 - P.85

1 診療の概要

 高齢者,糖尿病患者,抗生物質・抗癌薬・免疫抑制薬・ステロイド剤などの薬剤を投与されている患者,残尿の多い患者や尿路留置カテーテルの使用者は細菌性尿路感染症とともに真菌感染症の発生頻度も高く,特に真菌ではカンジダ症が多い。Kauffmanら1)の入院患者についての多施設調査では,真菌がみられた患者の状態は外科的処置後52.3%,糖尿病39%,尿路疾患37.7%,悪性疾患22.2%,栄養不良17%などで,感染部位は尿路感染43.3%,肺炎40%,菌血症23.6%,骨・関節感染12.8%で,真菌の種類はC. albicans 51.8%,C. glabrata 15.6%,C. tropicalis 7.9%,C. parapsilosis 4.1%で,77.6%の患者に尿道留置カテーテルが使用されていた。尿路ではC. albicansが多く,C. krusei,C. tropicalis,C. glabrataなど数種類のカンジダ属がみられ,腎盂腎炎,膀胱炎,尿道炎を生じる。

 抗生物質の使用で正常細菌叢が欠如することにより尿中カンジダの増殖をきたし,抗生物質の種類によって抗カンジダ抗体の形成や貪食能が抑制される。尿道,膀胱カンジダ症は外尿道よりの逆行性感染であるが,腎カンジダは,通常,血行性播種が多い。

■性感染症 【HIV感染症】

24.HIV感染症の患者を診療する際のポイントについて教えて下さい。

著者: 小島弘敬

ページ範囲:P.86 - P.92

1 HIV/エイズとその流行像の概況

 1981年に米国CDCは,カリニ肺炎,カポジ肉腫を特徴とする若年男子の致死性の後天性免疫不全(エイズ)の多発を報告した。症例は指数関数で増加し,1983年3月までに2,000例に達し,95%が男子同性愛者(MSM),静脈薬常用者(IVDU),ハイチ人で,血友病者が1%であった1)。患者が非差別者群で,治療法がない致死性,病因不明の伝染病であったことから,1985年の感染血友病少年の登校拒否など差別問題が多発した。HBV類似の血液由来ウイルスが原因と疑われ,1983年にレトロウイルスのHIVが見出され,1984年に大量培養法ができてHIV抗体検出が可能となり,HIVが病因として確認された。

 IVDUでは,1970年代以後多用されたヘロイン静注による注射針の共用,MSMでは出血を伴う肛門性交,血友病者では1960年代の日本のHBV蔓延と同じく,1ロットに1,000人超の米国内外の売血者血液を混合してつくられ,全世界に供給された第8因子が病因であった。1983年,米国で加熱製剤使用が開始(日本では1985年)され,1985年,米国で輸血血液のHIV抗体検査が義務付けられた。直腸は腟と異なり円柱上皮でスワブで擦過すれば実感されるように,外力に弱く,易出血性である。MSMでも特に肛門性交受容者の感染率が高い。米国ではMSMは宗教的に差別されていたが,1970年代のセックス革命以後,サンフランシスコのゲイパレード(日本での第1回は1994年)など大都市では次第に許容された。MSMはパートナーが非固定的で,セックスに金銭が関与せず,パートナー数がマジックジョンソンのように1,000人超など莫大となる傾向がある。

【尖圭コンジローマ】

25.尖圭コンジローマの患者を診療する際のポイントについて教えて下さい。

著者: 小島弘敬

ページ範囲:P.93 - P.97

1 尖圭コンジローマとヒト乳頭腫ウイルス感染症の概況

 皮膚に生じる多種類のイボには皮膚科学的に多数の名称があり,その大部分は2年以内に無治療で自然消退し,日光被曝による悪性化もない。小児期に多く,本人や他人に接触伝染すること,暗示法による消失があること,稀に巨大化や悪性化があることが昔から知られている。電顕により伝染性軟属腫,尖圭コンジローマにウイルス粒子が見出された。性器に生じる乳頭状,鶏冠状,花野菜状のイボである尖圭コンジローマ(Condylomata acuminata, genital warts, Spitzen Kondylom)から1961年にウイルスが分離されヒト乳頭腫ウイルス(HPV)と名付けられた。HPVは培養不能で,ウイルス検出,抗体検出の方法は遺伝子技術の開発まで存在せず,現在,臨床的検出法はハイブリッドキャプチャーのみである。子宮頸管癌からもHPVが見出された1)。HPVは7,900塩基対のDNAウイルスで,菅生2)による58,59型を含め,100種以上の遺伝子型がある。乳頭腫ウイルスはパポバウイルスに属し,種特有にそれぞれ背椎動物を宿主とし,上皮基底細胞に感染して良性,悪性の皮膚,粘膜上皮の増殖〔イボ,squamous intraepitherial lesion(扁平上皮内異形成)またSIL, cervical intraepitherial neoplasma(頸管上皮内腫瘍):CIN〕を起こす。多数のHPV遺伝子型の各々と病変の各々との間に密接な対応関係が認められ,皮膚科学の視診による分類が本質に基づいていたことが裏付けられた(表1)。

 注目すべきは,イボと腫瘍また宿主免疫との関係である。細胞性免疫欠損症である疣贅性表皮異形成症(EV)はHPV感染を伴い,30~60%に扁平皮膚癌が生じる。EVに類似した皮膚病変は長期免疫抑制中の移植患者にも生じ,良性のイボ,ボーエン病(上皮内癌),その中間のボーエン様丘疹症(SIL:自然治癒があるが組織学的にはボーエン病と区別できない)が多発する,60%超がHPV陽性である。皮膚の扁平上皮癌,基底細胞癌の20~80%がHPV陽性である。免疫抑制状態のエイズ患者や妊婦では尖圭コンジローマが巨大化することがあり,悪性化もみられる(Buschke Lwenstein腫瘍)。尖圭コンジローマには免疫賦活剤の有効性が知られる。増殖速度が異なる各種のイボに対する免疫反応による抵抗性,自然治癒率の相違は,増殖の遅い表在性膀胱腫瘍に有効なBCGが浸潤性には無効である事実とも符号する。

【陰部ヘルペス】

26.陰茎の痛みを伴うびらんにより陰部ヘルペスが疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 小松崎眞 ,   小野寺昭一

ページ範囲:P.98 - P.100

1 診療の概要

 陰部ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:以下,HSV)による感染症である1)。感染経路はHSVに汚染された体液や分泌物に直接または間接(例えば体液や分泌物のついた手指や器物などを介して)に接触することによる接触感染で,陰部ヘルペスは主に性行為によって感染する性行為感染症である1)

 初感染すると2~12日間の潜伏期間を経て感染部位に紅斑,紅色丘疹,小水疱を生じ,疼痛や灼熱感を自覚する。初感染時には発熱,全身倦怠感,鼠径リンパ節腫脹を伴い重症で,皮疹が痂皮化して治癒するのに2~3週間を要する。初感染の急性期を経過したあともHSVは腰仙骨神経節に潜伏感染し,発熱,手術や放射線照射などの医療行為,疲労といったさまざまな身体的ストレスを契機に再発する。再発型では前駆症状として陰部のそう痒感や違和感を自覚することがある。

【淋菌性尿道炎】

27.淋菌とクラミジアの混合感染が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 小野寺昭一

ページ範囲:P.101 - P.104

1 診療の概要

 淋菌性尿道炎は,淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による性感染症で,性行為あるいはその類似の行為によって感染する。主たる感染部位は,男性では尿道,女性では子宮頸管であるが,上行性に感染が拡がって男性では精巣上体炎,女性では骨盤腹膜炎を起こすことがある。また最近は,性の多様化に伴って咽頭や直腸に感染を併発することもしばしばみられる。稀に,淋菌による菌血症から播種性淋菌感染症(disseminated gonococcal infection:DGI)に進展し,発熱や全身の関節痛,関節炎を起こすことがある。

 わが国の淋菌感染症患者数の最近の動向をみると,1991年頃から1995年頃にかけて急激な減少がみられたものの,その後再び漸増傾向となり,現在でも増加が続いている。一時的な減少の原因としては,1980年代半ばにわが国でエイズで亡くなった患者がいたことや,マスコミのキャンペーンなどを通してエイズという疾患に対する恐怖感が煽られ,結果として危険な性を避ける風潮が高まったためと考えられている。1996年頃からの再増加の原因として,性風俗産業でのオーラルセックスによって感染する淋菌性尿道炎患者の増加や,ニユーキノロン耐性淋菌など薬剤耐性淋菌の蔓延などが重要視されている。さらに無症候の淋菌感染症患者の増加も大きな問題である。女性の子宮頸管炎において,多くは感染の自覚がないことはよく知られているが,淋菌性咽頭炎や直腸炎においてもほとんど症状を呈さない。したがって,性風俗店で感染する場合,咽頭に淋菌を保有するキャリアーは自身が感染源となっているという自覚がなく,男性のほうもオーラルセックスだけで感染するとは考えていない場合が多い。性感染症治療においては,感染源を明らかにし,再び同じ感染を繰り返さないように患者指導を行うことが重要であるが,直接的な性行為によらない性感染症が最近は増えていることを患者に認識させることも必要である。

【非淋菌性尿道炎】

28.クラミジア性尿道炎が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 小野寺昭一

ページ範囲:P.105 - P.108

1 診療の概要

 STD(sexually transmitted diseases)性の尿道炎は淋菌性尿道炎と非淋菌性尿道炎に分類されるが,非淋菌性尿道炎の約半数はクラミジア(Chlamydia trachomatis)によるものと考えられている。非淋菌性尿道炎におけるクラミジア以外の原因微生物としては,Mycoplasma genitalium,Mycoplasma hominis,Ureaplasma urealyticum,Staphylococcus saprophyticus,Trichomonas vaginalisなどが挙げられているが,これらの微生物の尿道炎における分離頻度や病原性については未だ不明の部分も多い1)(表1)。

 疫学的にみると,男性における尿道炎と女性における子宮頸管炎を合わせた性器クラミジア感染症は,現在世界で最も頻度の高い性感染症である。わが国においても女性における性器クラミジア感染症の増加が問題となっており,特に10歳代後半から20歳代の若年女性における感染率の高さが大きな問題となっている2)。男性においては,淋菌性尿道炎の患者数とクラミジア性尿道炎との報告数はほぼ同数であるが,やはり近年,女性と同様に増加傾向が続いている(図1)。さらに性器クラミジア感染症において,女性では約70%,男性でも20%程度は無症候であるといわれており2),このことが患者の蔓延する大きな要因になっている。また,無症候性の感染が放置された場合,女性ではクラミジア性の子宮頸管炎から骨盤内炎症性疾患や卵管炎を起こし,男性でも精巣上体炎を引き起こすことが稀ではない。

【トリコモナス】

29.トリコモナス感染が疑われる男性患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 出口隆

ページ範囲:P.110 - P.111

1 診療の概要

 腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis)は原生動物,鞭毛虫類に属し,ヒトのみに寄生し病原性を発揮する。女子では腟,子宮頸管,尿道,バリトリン腺などに寄生し,男子では尿道,精巣上体,前立腺,精囊腺,包皮などに寄生する。女子では,多くの場合には泡状の悪臭の強い帯下の増加,外陰,腟の刺激,強い掻痒感を呈するトリコモナス腟炎として臨床上遭遇される。一方,男子では,トリコモナスが尿路性器に寄生した場合にも,一般的には無症候のことが多い。約3年間にも及ぶ男子の長期不顕性感染例の報告もみられ,おそらくは前立腺および精囊腺に棲息し尿道へ排出されるものと考えられている1)。不顕性感染例より顕性化の割合については,その頻度は不明であるが,ときに非淋菌性尿道炎(nogonococcal urethritis:NGU)の症状を呈し2),さらに精巣上体炎,前立腺炎を引き起こす。さらに,膀胱や腎盂からのトリコモナスが検出された例が報告されている1)

 トリコモナスによる感染症は,主に性行為によるものが多く,古くから性感染症(sexually transmitted diseases:STD)として取り扱われてきた。しかし,女子では性交渉の経験のないものや幼児からもトリコモナスは検出されており,浴場,便器,タオル,手指,検診台,診察器具などを介する家庭内感染や院内感染なども想定される3)。男子については,ほとんどの場合はSTDと考えられ,男子からトリコモナスが検出された場合には,女子パートナーのほぼ100%にトリコモナスが検出される1)

■前立腺痛 【前立腺痛】

30.頑固な前立腺痛の自覚症状を訴える患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 出口隆

ページ範囲:P.112 - P.114

1 診療の概要

 尿路性器に基礎疾患を有さず独立した前立腺疾患のなかで,前立腺痛をはじめとして,頻尿,残尿感,排尿困難,腰痛,下腹部痛などの多彩な症状を認める疾患群を前立腺炎症候群と呼ぶ。Drachら1)は,前立腺炎症候群を急性細菌性前立腺炎(acute bacterial prostatitis),慢性細菌性前立腺炎(chronic bacterial prostatitis),非細菌性前立腺炎(non-bacterial prostatitis),および前立腺痛(prostatodynia)に分類した(表1)。1995年には,米国のNational Institute of Health(NIH)2)により新たな疾病分類が提唱された(表1)。NIHの分類では,さらに,臨床症状は認められず,病理組織学的に炎症所見を認める,あるいはほかの疾患の検査時に前立腺分泌物中白血球を認める場合をasymptomatic inflammatory prostatitis(typeⅣ)としてカテゴリーが新たに設けられている。通常,急性前立腺炎とは急性細菌性前立腺炎,NIHのtypeⅠを指し,慢性前立腺炎とは慢性細菌性前立腺炎,非細菌性前立腺炎と前立腺痛で,それぞれNIHのtypeⅡ,typeⅢAとtypeⅢBに相当する疾患群を指す。

 慢性前立腺炎症状を示す疾患群の細菌の分離頻度は5~10%に過ぎない。主に,グラム陰性桿菌では大腸菌が,グラム陽性球菌では腸球菌,Straphylococcus属の細菌が分離される。非細菌性前立腺炎(NIH分類 ⅢA)は,一般細菌培養法で培養が不可能な細菌によるものや,前立腺組織内への尿の逆流(intraprostatic reflux)による炎症反応によるものなどの病因が想定されいるが,本疾患の病態は明らかではない。しかしながら,近年の分子生物学的な細菌検出法による前立腺組織内の細菌遺伝子の検出結果から,この病態にも何らかの細菌感染が関与している可能性が示唆されている。慢性前立腺炎症状を示す疾患群の60~65%を占める。前立腺痛(NIH分類 ⅢB)の病因は,非細菌性前立腺炎と同様に不明であるが,心因性要素によるもの,骨盤内静脈うっ血によるもの,骨盤底筋の過緊張によるものなどが想定されている。慢性前立腺炎症状を示す疾患群の約30%を占める。

2.神経因性膀胱障害と尿失禁 ■神経因性膀胱障害 【蓄尿障害】

31.頻尿を訴える患者です。蓄尿障害なのか排尿障害なのか,外来ですぐに行うことのできる鑑別法について教えて下さい。

著者: 横山修

ページ範囲:P.116 - P.118

1 新しい疾患概念「過活動膀胱」

 頻尿の原因がどのような疾患に起因するのか,蓄尿障害なのか排尿障害なのか,われわれ泌尿器科医が外来で最初に解決しなければならない問題である。特に最近,尿意切迫感,頻尿,切迫性尿失禁などの蓄尿症状を主体とした過活動膀胱と呼ばれる病態に注目が集まり1),非常に多くの過活動膀胱症例が存在するとの疫学調査がなされている2)。日本排尿機能学会が行った調査によれば,40歳以上の男女4,470人のうち,過活動膀胱の条件を排尿回数が1日8回以上,かつ尿意切迫感が週1回以上あるものとすると,全体の12.4%であることが判明した。この割合は欧米の16.6%に匹敵するものであり,わが国では約810万人が過活動膀胱であろうと推測される。

 過活動膀胱とは「尿意切迫感を有し,通常は頻尿および夜間頻尿を伴い,切迫性尿失禁が伴うこともある」という症状から定義される症候群であり,この新しい定義に基づいてより積極的な治療がなされるものと思われる。頻尿を含めた過活動膀胱の原因としては神経の障害に起因するものと,神経障害が見いだされない(非神経因性)ものがあり,後者には前立腺肥大症のような下部尿路閉塞,骨盤底の脆弱化,加齢,特発性などの原因が想定されている(表1)。前者には脳血管障害,各種の神経変性疾患,脊髄損傷などの脊髄疾患などが原因となり,これまで神経因性膀胱として包括されていた。

32.蓄尿障害の患者です。Autoaugmentationの適応について教えて下さい。

著者: 横山修

ページ範囲:P.119 - P.121

1 Autoaugmentationとは

 Autoaugmentation(自家膀胱拡大術)は自己の膀胱上皮を利用した膀胱拡大術の1つであり,1989年にCartwright & Snow1,2)により最初に報告された。この方法は,膀胱体部の平滑筋層を大きく切開して膀胱上皮および上皮下組織だけを残し,口の大きな人為的膀胱憩室をつくる手術である。膀胱上皮を損傷しないように縦切開を置き(図1a),膀胱内を生理食塩水で満たして伸展させ平滑筋の剝離を側方に進め(図1b),剝離した膀胱筋層は腸腰筋に掛けて憩室口が広がるようにする方法である(図1c)。その後,autoaugmentationは平滑筋層を切開するだけでなく切除してしまう方法も考案されたが,筋層切開法,切除法の成績に差がないと報告されている3)

 本法は回腸,結腸,胃などの消化管を利用した膀胱拡大術に比べ簡便で手術時間が短く,腸管を使わないため術後の合併症も少ないという利点もある。しかし術中,広がりの悪い症例では,術後穿孔などにより拡張が不十分になってしまう可能性がある。また,術後穿孔に対してドレナージを行うと拡張した膀胱が縮小してしまう恐れもある。

33.自己導尿を行っている外傷性脊髄損傷(第8胸椎)の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 中川晴夫

ページ範囲:P.122 - P.124

1 診療の概要

 脊髄損傷は人口100万人あたり40人程度発生しているとされ,本邦では1年あたりおよそ5,000人脊髄損傷患者が発生するといわれている1)。外傷性脊髄損傷による排尿障害(神経因性膀胱)は,その障害部位(脊髄レベルにおける高さ)と損傷の程度(完全損傷か不完全損傷か)によりその膀胱機能障害は異なってくる。脊髄排尿中枢より上位の核上型脊髄損傷と,それよりも下位の核・核下型脊髄損傷とに大きく区別される。また,受傷からの時期により,排尿障害は変化することが知られているが,ここでは急性期・回復期の排尿障害については割愛して慢性期の排尿障害・排尿管理について述べることとする。

 核上型障害による排尿障害は,蓄尿期には排尿筋過活動を呈することが多い。排尿筋過活動は蓄尿時の排尿筋の不随意収縮であり,頻尿・尿失禁の原因となるだけではなく,蓄尿期の高圧状態(高圧蓄尿)の原因でもある。さらに,排出時には排尿筋括約筋協調不全(排尿時の尿道括約筋の弛緩不全)を呈することが多く,排尿効率の悪化(残尿の増加)による頻尿や尿路感染症の原因となるだけではなく,高圧排尿の原因となる。これら,蓄尿・排出時の高圧状態は膀胱の変形,膀胱尿管逆流,水腎症の原因ともなり,上部尿路に対する対策も必要となる。

34.膀胱容量は100mリットル未満で,強い無抑制収縮が生じる脊髄損傷(高位胸髄レベル)の男性患者です。残尿はなく,抗コリン薬の内服でも改善しません。対処と処方について教えて下さい。

著者: 中川晴夫

ページ範囲:P.125 - P.127

1 診療の概要

 核上型の脊髄損傷による神経因性膀胱は,多くの場合,尿流動態検査では排尿筋過活動と排尿筋括約筋協調不全が合併していることが多い。無抑制収縮の存在は,切迫性尿失禁・反射性尿失禁の原因となるだけではなく,蓄尿中の膀胱内の高圧環境を引き起こすことから,水腎症や膀胱尿管逆流などによる腎盂腎炎,腎不全などの上部尿路合併症の原因となることも多い。また,この高圧環境は主に第6胸髄以上の脊髄障害の場合,自律神経過反射の原因ともなり,発作性の高血圧,徐脈などが引き起こされる。高血圧による脳出血,徐脈による心停止などが起こる場合もあり,自律神経過反射の予防が重要である。無抑制収縮に対する治療法としては抗コリン薬の内服が基本であるが,全例に対して十分な効果を示すとは限らない。また,口渇などの副作用,緑内障などの禁忌疾患の既往のために抗コリン薬の内服できない症例においてもその対策を検討することが重要である。

 抗コリン薬無効例・使用不能例に対しては,以下のごとくさまざまな治療法が行われている。すなわち,(1)電気・磁気刺激療法:a 仙骨部皮膚表面,b 干渉低周波,c 磁気刺激,d 仙骨部植え込み型,(2)膀胱注入療法:a オキシブチニン,b カプサイシン,c レジニフェラトキシン,d ボツリヌス毒素,(3)手術療法,などである。

【排尿障害】

35.尿道留置カテーテルが留置されているADL不良の尿閉状態の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 西澤理

ページ範囲:P.128 - P.129

1 診療の概要

 尿閉は膀胱内に大量の尿が貯留しているのに排尿ができない状態である。尿閉を起こす疾患は神経因性膀胱,前立腺肥大症,前立腺癌,尿道狭窄,尿道結石症,膀胱癌などがある。尿閉の原因は2つに区分される。脳血管障害,脊髄損傷,骨盤腔内手術後(子宮癌・直腸癌術後),神経変性疾患および糖尿病などに起因する神経因性膀胱に代表される膀胱収縮力がない場合と,前立腺肥大症に代表される尿道抵抗が高い場合である。尿閉の誘因は原因疾患により特徴があり,前立腺肥大症では飲酒時,かぜ薬の服用後,長時間の坐位後に起こりやすい。

 神経因性膀胱では,脳血管障害,脊髄損傷,骨盤腔内手術後(子宮癌・直腸癌術後)の場合には原因疾患の発症と同時に尿閉が急激に起こる。神経変性疾患および糖尿病では徐々に尿閉に至ることが多い。尿道留置カテーテルの適応はADL不良のみの場合にはなく,自排尿が可能であればオムツ排尿が選択される。神経因性膀胱の患者においてはADLの良,不良にかかわらず,膀胱収縮力が回復するまでは通常は尿道留置カテーテルを留置せざるを得ない。患者が尿道留置カテーテルの抜去を希望し,カテーテルを自分で操作できる場合には自己導尿を指導する。尿道抵抗の高い尿道閉塞性疾患では,閉塞病変自体を治療できない場合は自己導尿あるいは尿道留置カテーテルが適応となる。

36.排尿障害で受診した糖尿病患者です。エコー上多くの残尿を認めます。対処と処方について教えて下さい。

著者: 西澤理

ページ範囲:P.130 - P.132

1 診療の概要

 糖尿病患者において排尿障害の原因となる末梢神経障害による神経因性膀胱の頻度は1型糖尿病(インスリン依存型糖尿病:IDDM)の約80%,2型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病:NIDDM)の約40%に生じる。病因はシュワン細胞の代謝障害により生じた脱髄化と神経伝導障害である。原因のいかんにかかわらず,排尿障害の症状は下部尿路症状として国際禁制学会(International Continence Society:ICS)による2002年の用語標準化報告1)により,尿意切迫感,尿失禁,頻尿などの蓄尿の症状と排尿および排尿後の症状の3種類に区分されている(表1)。

 蓄尿症状のなかで尿失禁は,切迫性尿失禁,腹圧性尿失禁,混合性尿失禁,遺尿,夜間遺尿,持続性尿失禁,そのほかの尿失禁に分けられ,頻尿は昼間と夜間とに分けられる。そのほか膀胱知覚に関しては,正常,増強,低下,消失,非特異の5種類に区分される。排尿症状は尿勢低下,尿線断裂,尿線中断,排尿開始遅延,腹圧排尿,排尿終末時尿滴下に分けられる。排尿後症状は残尿感と排尿終了後尿滴下とに分けられる。

37.排尿障害で受診した糖尿病患者です。前立腺肥大と巨大な膀胱憩室を合併しています。対処と処方について教えて下さい。

著者: 西澤理

ページ範囲:P.133 - P.135

1 診療の概要

 膀胱憩室が前立腺肥大症による尿道の閉塞状態に続発して生じた場合は,憩室のほかに肉柱形成,松かさ様変形があることが多い。

 肉柱形成がある場合には排尿障害の原因として前立腺肥大症が考えられ,国際前立腺症状スコアが8点以上であり,尿流測定,残尿測定においても尿道閉塞の存在を示唆できる検査所見が得られるものと思われる。尿道閉塞が高度な場合は前立腺肥大症に対して経尿道的前立腺切除術が適応となり,その際に内視鏡的膀胱憩室凝固術を施行することで,一期的に前立腺肥大症による排尿障害と膀胱憩室とを治療できる。肉柱形成がない場合には排尿障害の原因として,糖尿病による膀胱収縮力の低下も念頭に置く必要がある。この場合には経尿道的前立腺切除術の適応はなく,膀胱憩室に対する積極的治療は見合わせるべきである。

■尿失禁 【腹圧性尿失禁】

38.腹圧性尿失禁の患者です。タイプ分類と,それぞれの標準的治療法について教えて下さい。

著者: 影山慎二

ページ範囲:P.136 - P.139

1 腹圧性尿失禁のタイプ分類

 腹圧性尿失禁のタイプ分類としては,造影による画像診断上の膀胱底の状態と尿道の可動性から,骨盤正面像によるBlaivas分類1)(図1)と骨盤側面像によるGrennの分類2)(図2)が使われることが多い。また,60分間のパッドテストにおける失禁量により,重症や軽症などに分類することもある(表1)。

 画像診断上の分類では,尿道が括約筋の位置から大きくずれるurethral hypermobilityと呼ばれるタイプと,尿道の位置は大きく変化しないものの括約筋力(圧)が低下するintrinsic sphincter deficiency(ISD)と呼ばれるものに大別される3)。ISDは画像診断からも推定されるが,ストレスLPP(leak point pressure)検査によっても診断される。すなわち,膀胱充満時の尿漏出の起こりうる膀胱内圧の高さとして,McGiureにより提唱された尿道抵抗の指標であり,60cmH2O以下であるとその機能低下を疑うと分類されている4)

39.TVT手術後に尿閉をきたした腹圧性尿失禁の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 影山慎二

ページ範囲:P.140 - P.142

1 診療の概要

 TVT手術の合併症として,術後の排尿困難は約5%程度合併すると報告されている1)。本邦でも,武井ら(4/114例)2),後藤ら(3/91例)3)などのいわゆるエキスパートでさえ3~4%に排尿困難を認めると報告していることからも,術前から排尿困難が起きることを想定した十分な対応策が必要である。

 排尿困難の起きる原因としては,テープの過挙上が一番考えられる。テープによる尿道の過挙上をきたさないために,尿道ブジーを用いてテープの引き下げを術中に行うなどの対策により(図1),ストレステストが術中に陽性化し,テープ長の調整が容易になるなどの利点がある4)ので,積極的に取り入れたいと考えられる。また,高位の砕石位による体位のために,術中の尿道の角度がテープの面と合わずに閉塞起点となることも考えられる(図2)。そのため,術中には尿道の角度を配慮したテープ調整時に,メッツェンバウム尖刃の支持に注意する必要がある。

【切迫性尿失禁】

40.トイレに行くまでに尿が漏れてしまうという50歳の女性患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 影山慎二

ページ範囲:P.144 - P.145

1 診療の概要

 設問からだけでは,問診を詳しく行なわないと腹圧性の尿失禁も合併している混合性の尿失禁かもしれないが,切迫性尿失禁が主体であると考え,処方などについて述べる。

 切迫性尿失禁は,文字通り切迫感(urgency)を伴う尿失禁である。切迫感はICSの定義によれば,急に起こる,抑えられないような強い尿意であり,我慢することが困難なものである1)。過活動膀胱(OAB)の一部として(図1),今後その疾患の概念が一般市民に普及するにつれ,治療患者が増加する疾患の1つであると考えられる。

【溢流性尿失禁】

41.脳梗塞後,「尿がちょろちょろ漏れる」という在宅療養中の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 朴英哲

ページ範囲:P.147 - P.149

1 診療の概要

 溢流性尿失禁は,膀胱内に尿が過度に充満し,腹圧動作などで尿道抵抗を超えたときに少量の尿失禁が出現する状態をいう。常に多量の残尿と排尿困難があるにもかかわらず尿失禁を起こすので,「奇異性尿失禁」と表現されることもある。残尿により有効膀胱容量が減少するため,頻尿・尿失禁という一見蓄尿障害と思われる症状を呈するが,この病態の本質は尿排出障害であり,通常,排尿筋の収縮力低下か下部尿路通過障害がその原因として関与している。日常よく遭遇する例では,抗コリン薬(総合感冒薬,尿失禁治療薬,鎮痙薬として)や抗ヒスタミン薬(総合感冒薬,アレルギー治療薬として),抗うつ薬・向精神薬(うつ病,精神病などの治療薬として)の過剰服薬や薬物副作用,糖尿病による末梢神経障害や排尿筋収縮障害,子宮癌や直腸癌の手術後遺症としての骨盤神経障害,そして脳・脊髄変性疾患や脳血管障害に伴う神経因性膀胱などが排尿筋収縮障害から溢流性尿失禁を引き起こす原因として挙げられる。また,男性では前立腺肥大症や前立腺癌,尿道狭窄が,女性では高度な膀胱瘤や子宮脱が下部尿路閉塞による溢流性尿失禁を引き起こす(表1)。

 設問の症例の場合,脳梗塞の既往があることから原因は排尿筋収縮力の低下を伴う神経因性膀胱と考えられる。脳血管障害に伴う尿失禁は排尿筋の不随意収縮による切迫性尿失禁であることが多いので,自覚症状から「過活動膀胱」と判断して安易に抗コリン薬治療を開始してしまうことがあるが,この症例のように多量の残尿を有する溢流性尿失禁であることも少なくないので注意を要する。神経因性膀胱に伴う溢流性尿失禁では,患者が苦痛を訴えないため残尿を見過ごされ,水腎症や腎後性腎不全の状態をきたしてから発見されることがあるので,特に注意深い観察が必要である。

【機能性尿失禁】

42.麻痺による機能性尿失禁の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 朴英哲

ページ範囲:P.150 - P.153

1 診療の概要

 機能性尿失禁は,身体運動障害(ADLの低下)や痴呆(失認や失行)による尿失禁であり,膀胱や尿道といった下部尿路機能の異常が原因ではないとされている。例えばADLの低下した患者では,正常な尿意を感じても身体運動障害のためトイレまでたどり着くことができない,たどり着いても排尿姿勢がとれない,衣服を脱げないといったことが原因で尿を漏らしてしまう場合がある。また痴呆患者では,トイレという場所の認識がない,あるいはトイレを間違える,正常な排尿への無関心,などといったことが原因でオムツが取れないことがある。

 以上のように機能性尿失禁を額面通りに捉えるならば,その治療の主役は介護やリハビリテーションを担当する家人やケアマネージャー,看護師,ヘルパー,理学療法士達であり,尿失禁治療に泌尿器科医の介入は不必要かもしれない。しかしながら,実際にはこの範疇に入る患者の多くが高齢者であることから,脳血管障害の後遺症や前立腺肥大症に伴う過活動膀胱を合併していることが少なくない。同様の理由で多量の残尿を伴う溢流性尿失禁を合併している場合もある。単にADLが不良だから,痴呆が高度だからという理由だけで機能性尿失禁と片付けてしまい,医学的介入を排除してしまうと,本来ならば薬物治療や外科的治療,そして場合によっては間欠的導尿法によって改善あるいは治癒が見込めた患者を無治療のまま放置することにもなりかねないので注意を要する。

【遺尿症(夜尿症)】

43.ときどき夜尿症のある男児(小学6年生)です。修学旅行に行くので予防薬を希望して受診しました。対処と処方について教えて下さい。

著者: 大島一寛

ページ範囲:P.154 - P.156

1 診療の概要

 遺尿症とは無意識のうちに排尿(尿漏れ)が起こる状態で,昼間に漏れるものを昼間遺尿,5~6歳を過ぎても夜間就眠中に漏れるものを夜間遺尿(夜尿症)と呼んでいる。乳幼児では膀胱にある程度の尿が溜まると仙髄の排尿中枢を介して反射的(無抑制的)に排尿するが,年齢が進むにつれて脊髄,上位の脳幹部,大脳皮質排尿中枢の発達とともに,無抑制の膀胱収縮に対する抑制径路が完成されて機能的膀胱容量が増加,蓄尿排尿機構が完成して随意の排尿が可能になる。この年齢が5~6歳というわけである。この成長過程にはもちろん個人差があり,3歳くらいで夜尿が消失する児もいるが,頻度は別として夜尿を主訴に病院を受診する年齢のピークが8歳で,それ以降の年齢では著明に少なくなるとする調査結果もあり,排尿機構の完成年齢には個人差が大きいことがうかがえる。

 ちなみに,海外では6歳児の夜尿症頻度は10%,14歳で5%1),本邦でも5~9歳児で11%,10~12歳で4%2)と洋の東西を問わず,ほぼ同様の調査結果がある。

44.抗コリン薬による口腔内びらんをきたした夜尿症患児です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 大島一寛

ページ範囲:P.158 - P.159

1 抗コリン薬の薬理作用と頻度

 夜尿症をはじめ泌尿器科領域で頻用されるoxybutinin(ポラキス(R))やpropiverine(バップフォー(R))に代表される抗コリン薬は,設問 43 でも述べたようにムスカリン受容体拮抗作用を持ち,副交感神経節後部でacetylcholinの作用を阻害する競合的遮断薬である。これらの薬剤で口渇を生じるのは,M3 receptorを介する唾液線分泌抑制によるもので,口腔内乾燥のために,ときに嚥下や話談が困難になるほど高度なこともあるとされている。また,胃では胃液,Hイオンの分泌低下,消化管では運動機能低下をきたし,これらの作用が便秘をはじめ種々の消化器症状をきたす原因になっている。膀胱では利尿筋収縮もM3 receptorが関与してこれを抑制し,またM2 receptorを介して充満時の切迫性失禁を軽減する1)

 すなわち,夜尿症ではこの薬理作用を期待して無抑制収縮を抑え,機能的膀胱容量の増大を期待しているわけで,膀胱以外の作用発現は使用目的に反する副作用ということになる。両薬剤の副作用報告書(医薬品インタビューフォーム)2)によると,口腔内病変の頻度は0.2~0.3%でほぼ同率である。具体的には,口角炎,口唇のあれ,口内炎,口腔内粘膜付着,口内疼痛,口内のあれ,舌炎,舌あれ,舌苔などが報告されており,口渇(口渇感)は9%にみられ,抗コリン薬の代表的副作用である。

■不安定膀胱 【不安定膀胱】

45.「冷えると尿が近くなる,漏れそうになる」と訴える不安定膀胱の患者です。そのメカニズム,対処と処方について教えて下さい。

著者: 大島一寛

ページ範囲:P.160 - P.162

1 改訂基準でみた患者の訴え

 2002年の国際禁制学会における下部尿路機能に関する用語の新基準1)に沿って本症例の訴えを見直すと,冷えるという限定条件はあるが,尿意切迫感(尿が漏れそうになる)と頻尿(尿が近い)があるので,切迫性尿失禁はなくとも過活動膀胱(overactive bladder:OAB)といえる。ちなみに新基準でいうOABとは症状症候群を意味し,ウロダイナミック検査所見は問わないことになっており,ウロダイナミック検査を行った場合は利尿筋過活動(detrusor overactivity)なる診断が与えられ,神経学的基礎疾患があれば神経因性利尿筋過活動,なければ特発性利尿筋過活動に分類される。現在,不安定膀胱という用語は廃止されているが,もし患者が膀胱内圧測定を受けて不随意収縮が証明され不安定膀胱の診断を受けているのであれば,新基準での後者に属する。すなわち,過活動膀胱で特発性(非神経因性)排尿筋過活動ということになる。

 文献的にはまだ新旧の用語が混乱しているところがあり,治療方針決定にも影響するので敢えて記した。以下これに沿って述べる。

3.前立腺肥大症 【前立腺肥大症】

46.尿閉をきたしている前立腺肥大症の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 斎藤誠一

ページ範囲:P.164 - P.166

1 診療の概要

1.定 義

 尿閉は,尿が膀胱に充満しているのに自力で体外へ排泄できない状態をいう。患者は,膀胱の緊満のために苦痛,苦悶状態となるため,何よりもまずそれらの症状を和らげてあげることが必要である。その後は,患者のperformance statusを考慮に入れ,どのような戦略をとるべきかを検討する。

2.原 因

 尿閉の原因としては,下部尿路通過障害(前立腺肥大症,前立腺癌など),神経因性膀胱(糖尿病,骨盤内臓手術後など)が挙げられる。ここでは前立腺肥大症について取り扱うが,尿閉は前立腺肥大症による閉塞そのもののほかに,前立腺肥大症が根底に存在していたところにアルコール摂取や薬物(風邪薬)が誘因となって惹起される場合がしばしば観察される。

47.夜間頻尿を強く訴える前立腺肥大症の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 斎藤誠一

ページ範囲:P.169 - P.171

1 診療の概要

1.夜間頻尿の定義

 夜間に排尿のため1回以上起きる必要がある場合を夜間頻尿という。

2.問題点

 夜間頻尿が問題となるのは,高齢者では転倒,骨折のリスクが高くなること,睡眠障害が生じるとともに日中の活動性が下がること(運動不足,思考能力の低下),疲労感を生じること,周囲(家族など)への影響が挙げられる1)。女性における夜間頻尿の研究では,QOLが夜間頻尿の回数にしたがって減少し,医師の診察を必要とする率や眠剤を必要とする率が有意に増加する。さらには,3回以上の夜間頻尿のある男性の死亡率は,男性全体と比較して1.9倍の死亡率を有するとの報告もある2)

48.前立腺肥大症を認めない50~60歳代に多い尿の切れが悪い(排尿後陰茎をしまってからジワーと尿が出て下着を汚す)という症状に対してα1ブロッカーを使用しても効果がありません。どのような対処が効果的でしょうか。

著者: 斎藤誠一

ページ範囲:P.172 - P.172

1 診療の概要

 設問の症状(post-micturition dribble:PMD)は排尿終了後に少量の尿が出てくるもので,terminal dribbling(終末時尿滴下)とは異なる臨床病態であり1),下部尿路症状(LUTS)の1つである排尿後症状として分類される2)。PMDは球部尿道を取り囲む筋(球海綿体筋)の異常により,尿道内の尿を完全に空にすることができずに球部尿道に残尿が生じるためと考えられている1,3)。しかし,球部尿道内の残尿が生じた患者の球海綿体筋反射や筋電図に異常はみられなかったとする報告もある4)。BPH患者にもPMDはみられるが2),この場合BPHそれ自体が原因なのか,加齢による球海綿体筋の問題が同時に存在するためなのかは明らかにされていない。PMDに関連しうる鑑別診断として,ほかに神経因性膀胱や尿道狭窄の有無をチェックする必要がある。

 治療としては,以前よりいい伝え的にurethral milking1)や骨盤底筋体操が効果的であるとされてきたが,これらの効果についての研究では,カウンセリングと比較して骨盤底筋体操が最も効果的で,次がurethral milkingであったとしている3)

49.前立腺肥大症に対するα1ブロッカーの使い分けについて教えて下さい。また,高温度療法の位置づけについても教えて下さい。

著者: 横田崇

ページ範囲:P.173 - P.176

1 前立腺肥大症に対する治療

 従来,前立腺肥大症(benign prostatic hypertrophy:以下,BPH)の治療は尿道閉塞を解除する手術療法が主体であった。しかし術後の状態に満足しない(できない)患者が約15~30%存在すること1)や,手術合併症(出血,尿路感染症,尿失禁,逆行性射精など)の問題,さらには排尿に対する膀胱内圧尿流同時測定(pressure-flow study:PFS)の検討で,BPH患者の排尿障害に尿道閉塞のほかに膀胱機能障害によるものもあることが判明し,BPH治療法は低侵襲療法が選択されるようになった。薬物療法はその最たる低侵襲性の治療法として認識され,そのなかでも薬理作用がほぼ解明されたα1ブロッカーは,速効性で安全性が高く,副作用が少ないという利点から第一選択薬に位置づけられている。

 一方BPH症例のなかには薬物療法のみでは症状が改善せず,手術療法に移行する症例が少なからず存在する。手術療法のなかで経尿道的前立腺切除術(transurethral prostatectomy:以下,TURP)は今もゴールド・スタンダードであることに変わりはないが,BPHは高齢者の病気であり,それゆえ全身的合併症のために手術困難なハイリスク症例も少なくなく,患者のQOLを考えた場合やはりより侵襲の小さい手術療法が選択されることも多い。高温度療法はTURPに代わる「夢の低侵襲性手術」として登場したわけであるが,さまざまな問題点を指摘され,治療効果の面でTURPを凌駕するまでには至っていないのが実情である。

50.α1ブロッカーを内服している前立腺肥大症の患者が頻尿を訴えています。残尿はほとんどありません。対処と処方について教えて下さい。

著者: 横田崇

ページ範囲:P.177 - P.179

1 診療の概要

 前立腺肥大症(benign prostatic hypertrophy:以下,BPH)に合併する夜間頻尿については別項で取り上げられているので,ここでは主に昼間頻尿について述べる。設問でα1ブロッカーを内服しているBPH患者と断っていることから,最近話題の尿道閉塞に伴って発症する過活動膀胱(overactive bladder:以下,OAB)を思い起こさせる。しかしBPHの有無にかかわらず頻尿を主訴に病院を受診する高齢男性患者は多く,その原因は表1に示すとおりである。

 たとえα1ブロッカーを内服していたとしても,頻尿の原因がOABに関連するものなのか,あるいはそれ以外のもので起こっているのかを鑑別しなければならない。そのなかでも高齢やBPH年齢に限った場合,(1)多尿,(2)機能的膀胱容量の減少(残尿の発生),(3)OABの合併の3つは特に鑑別の必要がある。この3つのなかで,設問の内容から残尿はほとんどないということなので(2)は除外され,今回の場合は多尿とOABを念頭に置かなければならない。鑑別診断については診療方針で述べることとし,ここでは最近話題のBPHに合併するOABについて概説する。

4.尿路結石 【腎臓(腎)結石】

51.高カルシウム尿症で腎に結石が多発している患者です。結石の予防法について教えて下さい。

著者: 西山勉 ,   高橋公太

ページ範囲:P.182 - P.185

1 診療の概要

 カルシウム結石形成の機序は尿中シュウ酸カルシウム過飽和,結晶核形成,結晶成長,凝集固化という結石形成の流れが考えられる。しかし,いろいろな因子が関連しており,再発予防を完璧にすることは困難なことが多い。明らかな内分泌異常や代謝異常がないにもかかわらず尿中へのカルシウム排泄が多い状態は,特発性高カルシウム尿症や,アセタゾラミド,グルココルチコイド,活性型ビタミンD剤などの治療薬剤などによるものが考えられる。

2 内服薬剤情報

 内服薬の情報は,尿路結石の予防に有用な情報を提供してくれる。アセタゾラミドは尿PHをアルカリ化し,尿中カルシウム,リン排泄を増加させる。グルココルチコイドや活性型ビタミンD3製剤は骨からのカルシウム動因,腸管からのカルシウム吸収の増加により,尿中カルシウム排泄を増加させる。過度のカルシウム製剤の摂取はカルシウム吸収の増加により尿中カルシウム排泄を増加させる。

52.X線透過性の腎結石患者です。アロプリノールとアルカリ化療法剤を投与していますが,尿pHは6で,結石は溶解しません。対処について教えて下さい。

著者: 西山勉 ,   高橋公太

ページ範囲:P.186 - P.188

1 診療の概要

 X線透過性の腎結石の代表的な成分として尿酸が考えられるので,ここでは尿酸結石を想定して概説する。わが国における尿路結石成分のなかで尿酸結石の占める頻度は5.2%と報告されている1)。40~50歳代を中心とする中年男性に好発する。近年の食生活の欧米化に伴い,尿酸結石も増加しているものと思われる。

 尿酸結石の成因として,(1)持続的な酸性尿,(2)尿中尿酸の過剰排泄(高尿酸尿症),(3)尿量減少(濃縮尿)が挙げられる。これらのうち最も重要なものは「持続的な酸性尿」と思われる。

【尿管結石】

53.頻尿,残尿感,排尿時痛を伴う下部尿管結石の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 滝花義男

ページ範囲:P.189 - P.191

1 診療の概要

 結石は腎臓内にあるときには無症状のことが多く,結石が腎盂尿管移行部または移行部より遠位の尿管に嵌頓すると疼痛が起こる。さらに結石が下降し膀胱壁に達すると,膀胱刺激症状である頻尿,残尿感,排尿時痛が出現してくる1)

 血尿は疝痛発作が出現しているときには,顕微鏡的血尿はほとんど全例に認められ,しばしば肉眼的血尿も認められる。しかし肉眼的血尿も薄い肉眼的血尿が多く,出血傾向がない患者や抗凝固薬を服用していなければ血塊が出ることはあまりみられない。明らかな感染を伴わなくても膿尿がみられるが,ほとんど軽度である。尿細菌培養でも陰性が多い2)。尿沈査で膿尿がひどいときには尿路感染症を合併している可能性を必ず考慮に入れる必要があるし,感染性結石の可能性もある。また尿管結石により尿管が完全閉塞していると,膿尿がほとんどみられなくても腎盂腎炎が合併している可能性もある。

54.妊娠中,疼痛発作を起こした尿管結石患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 滝花義男

ページ範囲:P.192 - P.194

1 診療の概要

 妊娠中の尿路結石は初産婦より経産婦が多いが,発症率は同年代の女性と比較して差がないと考えられている。疼痛発作により発見されることが多く,疼痛発作時の肉眼的血尿は37%に認められ,顕微鏡的血尿を含めると95%に血尿が認められる1)。尿路結石の疼痛発作は妊娠初期よりは中期や後期に症状が出現しやすく,一部の報告を除いて一般的には疼痛発作の左右差はないと報告されている。

 妊娠中に疼痛発作を起こしたときに注意が必要なのは,妊娠による水腎症との鑑別である。妊娠中の水腎症は,プロゲステロンの影響や妊娠子宮による圧迫によって発生すると考えられている。特に妊娠子宮による圧迫が強くなる妊娠26週から28週にかけて水腎症は強くなり,30週までは進行する2)。実際に妊娠中期から後期ぐらいで背部痛が出現して水腎症がみられることがある。両側または片側にみられるが,80%は右側の水腎症が優位である。左側の水腎症が軽いのはS状結腸が左側にあるため,圧迫の程度が軽いと考えられている。妊娠中は顕微鏡的血尿もよくみられ,肉眼的血尿も出現することがある。妊娠中に疼痛発作が出現した場合,症状や水腎症の存在だけでは尿管結石か妊娠による水腎症かの鑑別は難しい。

【膀胱結石】

55.軽度の下部尿路閉塞がみられる膀胱結石摘出後の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 今井智之 ,   冨田善彦

ページ範囲:P.197 - P.199

1 診療の概要

 下部尿路結石は,わが国では明治・大正時代に多く,1940年代までは尿路結石症の半数近くを占めていたものの,その後次第に減少し,近年,尿路結石全体の3~4%で安定している。ただし,尿路結石症全体の頻度は年々増加しているため,下部尿路結石自体の数も増加していることになる。下部尿路結石から上部尿路結石に比重が移る理由に,文明の近代化や食生活などの環境の変化がかかわっているとされる。下部尿路結石の男女比は4:1であり,上部尿路結石におけるそれが2.3:1と比べても男性の比率が高い1,2)。それは,男女の尿道長の解剖学的差のみではなく,下部尿路結石症の男性のピークが60~70歳にあることからわかるように,前立腺肥大症をはじめとする下部尿路閉塞が下部尿路結石の発生に大きくかかわっている。下部尿路結石において尿道結石はその10分の1未満で,ほとんどが膀胱結石である。

 膀胱結石の成因は上部尿路,いわゆる腎結石が下降して膀胱に落ちたものの排石されずに成長していった場合と,膀胱内で発生成長した場合がある。上部尿路から下降したとして,尿管結石で自然排石が期待できる大きさは一般的に5mm以下といわれており,正常ボランティアの膀胱頸部が8~11mmに開大すること3),尿道の太さも10mm弱には広がることを合わせて考えると,尿管を通り膀胱まで排石された上部尿路結石が,そのまま自然排石されずに膀胱にとどまったとすれば,通常その症例は排尿状態が悪いと考えられる。また,膀胱内で発生したとすれば,結石の形成初期の小さな段階で排石されていないことになり,やはり何らかの下部尿路通過障害が存在することになる。

【尿道結石】

56.排尿痛を伴う尿道結石の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 今井智之 ,   冨田善彦

ページ範囲:P.200 - P.201

1 診療の概要

 尿路結石症全体に占める下部尿路結石症の割合の減少とともに,わが国における尿道結石の頻度は,1955年の調査で全尿路結石症の3.8%,1964年では1.7%と1),近年まで年々減少傾向が続いていた。現在,尿道結石は下部尿路結石の1/10以下とされ,全尿路結石症の1%以下の頻度である2)

 尿道結石のかなりの部分は上部尿路,つまりは腎由来のものであり,ついで膀胱に発生した膀胱結石が移動し嵌頓したものである。ときに尿道憩室や尿道形成術後の尿道拡張部に発生する原発性の尿道結石がある。以前の尿道カテーテル留置をきっかけとした膀胱結石がもとで,カテーテル抜去後に尿道に嵌頓する場合もあるので注意が必要である。

5.腫瘍(外来化学療法) 【腎癌】

57.腎癌の患者です。インターフェロン療法の方法,継続期間について教えて下さい。

著者: 今井智之 ,   冨田善彦

ページ範囲:P.204 - P.206

1 診療の概要

 近年,超音波断層法の普及などで偶然に発見される早期の腎細胞癌が増加し,10年生存率が50%以上となっている。しかし,初診時にすでに転移を有する進行症例の比率は20~30%と,あまり減少していない1)。また,腎細胞癌の特徴として,消化器系の癌で根治の目途とされる術後5年を過ぎても再発が起こる症例が存在する。これら進行症例および再発予防に対する治療法はいまだ確立されているとはいえない。

 腎細胞癌は,現在のところ抗癌薬の単独療法や照射療法はほぼ無効と考えられている一方,免疫療法により長期完全寛解した有転移症例や,癌が縮小しなくともその進行が抑えられているstable diseaseの症例が存在するという特徴を有する。本邦で臨床的に施行可能な免疫療法には,サイトカインの投与と免疫担当細胞を用いた療法が挙げられる。後者は特別な設備と経験が必要であり,ごく一部の施設で施行されている。

【膀胱癌】

58.表在性膀胱癌の患者です。TUR-BTを行い,今までにBCGやTHP-ADM,MMCなどの膀胱内注入療法を行いましたが再発を繰り返します。対処と処方について教えて下さい。

著者: 堀川洋平 ,   羽渕友則

ページ範囲:P.207 - P.209

1 診療の概要

 表在性膀胱癌(Ta/T1)に対する経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-BT)後5年以内の再発率は50~70%と高く,何度も再発を繰り返しているうちに5~20%は浸潤性膀胱癌へ悪性進展するため慎重な経過観察が必要となる1)。膀胱内再発を抑えることは進展の確立を下げる可能性もあり,この意味で再発予防目的の膀胱内注入療法は重要である。膀胱注入薬は,アルキル化剤のマイトマイシンC,アンスラサイクリン系抗生物質のアドリアマイシン(ADM),エピルビシン(epi-ADM),ピラルビシン(THP-ADM),またはBCGなどが本邦では適応となっており,再発予防の有効性を示す多くの報告がある。

 これまでの研究から,膀胱注入療法はTUR-BT後短期(1~3年)の再発を約20%抑制できるが,5年以降の長期の再発予防効果は期待できないようである2)。また,残念ながら進展への予防効果も明確ではない。さらに投与方法について決まったレジメンはなく,各施設ごとにさまざまな投与方法が行われているのが現状である。

59.リンパ節転移を認めた膀胱全摘除術後の患者です。QOLを損なわない術後化学療法について教えて下さい。

著者: 井上高光 ,   羽渕友則

ページ範囲:P.210 - P.212

1 診療の概要

 1985年のSternbergらによる報告1)以来,従来のMVAC療法は転移性尿路上皮癌に対する標準的化学療法といえる。評価可能病変が存在する場合の奏効率は39~71%と高い1~3)が,6年生存率は3.7%と低く,生存期間の中央値は12か月前後と短い2)。また,MVAC療法には悪心・嘔吐12~34%,白血球減少が72~82%と副作用の強さなど解決すべき問題も残っている1~3)

 膀胱全摘術後にpT3以上あるいはpN1以上であった症例に対する約3コース以上のアジュバント化学療法は,前向きランダム試験で有意に非再発期間を延長する4~6)が,生存延長に寄与するというランダム試験の報告はない。したがって,現時点でアジュバント化学療法の利益は明確でないが,pT3以上またはpN1以上の症例に対し可能ならば3コースのアジュバント化学療法を行うことは,われわれはある程度妥当であると考えている。しかし,MVAC療法を3コース行うことは副作用や長期入院を考えると,QOLの観点からは非常に悪いといえる。

60.膀胱癌術後にM-VAC療法を行いCRとなった患者です。今後の維持化学療法について教えて下さい。

著者: 宮永直人 ,   赤座英之

ページ範囲:P.214 - P.217

1 診療の概要

 浸潤性膀胱癌(浸潤癌)は膀胱全摘術を行っても再発・転移をきたすものが少なくなく,5年生存率は50~60%である1)。浸潤癌における化学療法には,このような膀胱全摘術の予後を改善するための補助療法として行うものと,切除不能な進行癌に対して行うものとがある。いずれの目的においても,標準的な化学療法はMVAC療法またはCMV療法であり,特にMVAC療法は50~70%の奏効率が報告されている(図1)2)

 膀胱全摘術の前後に行う補助化学療法の目的は,術後の長期予後を改善することにある。術後に行われるadjuvant療法のメリットは,病理診断の結果に基づいて施行を決定できることである。Herrら1)は,全摘標本において切除断端陰性で郭清リンパ節数が10個以上のものは予後良好であると報告しているが,adjuvant療法では病理学的予後因子で化学療法の適否を決定できる。エビデンスとしては,CISCA療法を施行する群としない群の比較で,術後3年のdisease free rateが70%および46%との報告3)があるが,症例数が十分ではない。Adjuvant療法の臨床研究では十分な症例数を集めにくいという問題があり,これまでにエビデンスとなるような無作為化比較試験(RCT)は報告されていない。一方,術前に行われるneo-adjuvant療法のメリットは早期に微小転移に対する治療を行うことである。Neo-adjuvant療法に関するRCTとして,20か国のInternational Groupによる大規模な研究4)がある。この報告ではneo-adjuvant療法施行群でCR率が高いことが示されたが,3年生存率では有意差がみられていない。一方,米国でもUnited States IntergroupによるMVAC療法のneo-adjuvant療法に関する研究5)が行われ,5年生存率での有意差は出ていないものの(p=0.06),neo-adjuvant療法群における高いCR率は予後の改善につながるとしている。

61.表在性膀胱癌に対するBCG膀胱内注入療法を施行中に膀胱炎,発熱,関節炎などの副作用が発生した患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 宮永直人 ,   赤座英之

ページ範囲:P.218 - P.221

1 診療の概要

 BCG(bacillus Calmette-Gurin)の膀胱内注入療法(膀注療法)は,表在性膀胱癌の治療法として定着してきており,特に初発・再発を問わず,膀胱上皮内癌(CIS)ではBCGが第一選択の薬剤となっている1,2)。ただしBCG療法は高い治療効果が認められるものの,その作用機序は未だに明確にされておらず,また高頻度で多様な薬物有害反応(副作用)が出現することが課題の1つとなっている3)

 本邦におけるBCG膀注療法の全国使用成績調査4)では,2249例のうちの65%に何らかの副作用が認められている(表1)。発生しやすい副作用としては,排尿痛,頻尿,血尿,発熱などがある。Akazaら5)によれば,頻尿,排尿痛,発熱などの発現時期は多くが投与当日であり,持続日数は頻尿,排尿痛が2日,血尿,発熱が1日であった。一方,重大な副作用としては表2に示すようなものが知られており,播種性BCG感染や全身性過敏症反応に起因したと考えられる死亡例の報告もある。

【前立腺癌】

62.内分泌療法中に前立腺癌が再燃した患者です。外来通院で行える治療法について教えて下さい。

著者: 高橋敦

ページ範囲:P.222 - P.224

1 診療の概要

 前立腺癌の増殖は男性ホルモン依存性であるため,治療としては男性ホルモンを遮断する内分泌療法がきわめて有効であることは周知の事実である。しかし,この効果も平均2~3年で無効となる。いわゆるホルモン非依存性癌となり再燃する。ひとたび再燃を起こすと平均1年で不幸な転帰をとり,その予後はきわめて不良である。したがって,転移性前立腺癌の成績を向上させるためには,この再燃癌をいかに治療していくかが重要であるかは言を待たない。

 再燃癌獲得の機序としては,これまで多くの研究がなされてきた。大きく2つの機構に分けられ,1つはアンドロゲン受容体の異常であり,もう1つはアンドロゲン受容体とは別の機構によるものである1)。前者には,(1)アンドロゲン受容体(AR)の増幅(これにより少量のアンドロゲンが反応する),(2)アンドロゲン受容体遺伝子の変異(アンドロゲン以外の抗アンドロゲン剤,エストロゲン,ステロイドも結合し反応する),(3)アンドロゲン受容体の転写活性を増強する因子である共役因子co-activatorの異常,(4)成長因子(insulin-like growth factor-1)やサイトカイン(IL-6など)の産生異常による(多くはco-activatorの異常を伴う)アンドロゲン受容体の活性化,が考えられている。一方,アンドロゲン受容体が関与しない機構としては,(1)アポトーシス関連遺伝子群(Bcl-2など)の異常によるアポトーシスの回避,(2)神経内分泌分化細胞の出現・増殖,が挙げられる。ただし,これらの異常が単一に起きているというより,複合的に関与していると考えられている。

63.80歳代のPSA値がグレイゾーンの患者です。対処について教えて下さい。

著者: 高橋敦

ページ範囲:P.225 - P.228

1 診療の概要

 2002年度の日本人男性の平均寿命は78.32歳と世界でも有数の長寿国となっている(厚生労働省ホームページ:http://www.mhlw.go.jp/)。さらに,近年の出生率の低下に伴い,高齢者人口がますます増加していくことが予想される。前立腺癌は高齢者にみられる癌であり,年齢とともに罹患率が増加するとされ,今後,飛躍的に患者数が増えるものと推測されている。このような状況のなかで,設問にある「80歳代のPSA高値の患者」に遭遇する機会はますます増えてくることは十分予想される。したがって,これらの患者の対処法については,今後,泌尿器科医にとって重要な課題となることは想像に難くない。

1.80歳代の前立腺癌の特徴

 まず,80歳代の前立腺癌の特徴について考察する。臨床的に前立腺癌の徴候がなく,剖検によって初めて認められるラテント癌は,年齢とともに増加するといわれている。これまでの白石ら1)の検討では,臨床癌の罹患数に関しては日本人に比べて欧米人のほうがはるかに多いのにもかかわらず,ラテント癌では日本人と欧米人であまり差がないことがわかっている。彼らは,70歳以上の日本人高齢者の20~30%にラテント癌を認めると報告している。したがって,高齢者に対する積極的な生検により臨床的に意味のない癌が見つかってしまう頻度が高くなることが危惧される。一般的には高齢者の癌は進行が遅く,若年者の癌より予後が良好と思われがちであるが,前立腺癌においてはどうであろうか。

64.前立腺癌のadjuvant TAB療法の適応,継続期間について教えて下さい。

著者: 高橋敦

ページ範囲:P.229 - P.232

1 診療の概要

1.TABの理論

 ヒトのアンドロゲンの95%は精巣由来のテストステロンであり,残りの5%は副腎由来のdehydroepiandrosterone(DHEA)やandrostenedioneである。以前は,副腎由来のアンドロゲンは前立腺癌の増殖に対して軽度とされ,精巣由来のアンドロゲンを抑制すれば十分であると考えられてきた。しかし,1985年,Labrieら1)は,副腎性アンドロゲンが前立腺細胞内でテストステロンやジヒドロテストステロン(DHT)に変換され,実に前立腺組織中アンドロゲンの約40%が副腎由来であることを示した。以上の知見より,彼らは前立腺癌治療において精巣由来アンドロゲンだけの抑制では不十分であり,副腎性アンドロゲンをも抑制する必要があるとし,TAB(total androgen blockade)を提唱した。それ以来,本当に臨床的に有用であるかについて多くの研究(比較試験)が行われてきた。

 2.TABの治療成績

 TABが単独療法より優れているかについては,現在でも議論のあるところである。2000年,PCTCG(Prostate Cancer Trialists'Collaborative Group)は27のランダム化試験を集積し,転移性または局所進行性前立腺癌8,275例に対してメタアナリシスを行った2)。その結果,全体としてはTAB群と単独療法群の5年生存率はそれぞれ25.4%,23.6%であり,TAB群が1.8%優っていたが,その差は統計学的に有意差を認めなかった。ただし,抗アンドロゲン剤別の解析では,非ステロイド性抗アンドロゲン剤(ニルタミド,フルタミド)の併用で単独療法群と比較して生存率は2.9%とわずかであるが有意に上昇した(27.6% vs 24.7%)。一方,ステロイド性性抗アンドロゲン剤(酢酸シプロテロン)の併用では,むしろ単独療法より生存率が低下したという結果であった(15.4% vs 18.1%)。このメタアナリシスには,もう1つの代表的な非ステロイド性抗アンドロゲン剤であるビカルタミドの成績が含まれていない。

【術後排尿障害】

65.根治的前立腺全摘除術後の尿失禁の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 佐藤威文 ,   馬場志郎

ページ範囲:P.233 - P.236

1 診療の概要

 早期前立腺癌に対する対する前立腺全摘除術は,その確立された長期治療成績から,根治的治療のスタンダードとして広く施行されている。しかしながら,その術後合併症として,男性機能不全や尿失禁などは,程度の差はあるものの,一定の頻度で認められるものであり,術後QOL(quality of life)の観点からも大きな問題となっている。Stanfordらの報告1)では,術後18か月の時点で8.9%の症例に尿失禁を認めたと報告しており,Walshらの報告2)においても,尿失禁は術後18か月の時点で93%の症例でパッドを必要としない状態まで改善したものの,1%の症例については尿失禁に対する外科的治療による対応が必要であったと報告している。また,われわれの検討においても,術後18か月の時点で73%の症例がパッドを必要としない状態まで改善するが,70歳以上の高齢者や,術前内分泌療法の併用,術前PSA 10ng/mリットル以上の症例においては,有意な術後尿失禁との相関を認めている3)

 このように,近年の術式の安定や改善および要因の検討により,深刻な尿失禁を認める症例は稀ではあるものの,実際に尿失禁を有する患者にとっては大きな問題であり,特に術後の男性機能不全より術後の尿失禁のほうがQOL低下に強く関与した検討結果も報告されており4),同症状が長期に及ぶことを考えると,その的確な対処はきわめて重要なものと思われる。

【リンパ浮腫】

66.膀胱癌,前立腺癌の治療により併発したリンパ浮腫の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 住吉義光 ,   河村進

ページ範囲:P.237 - P.241

1 診療の概要

1.頻 度

 膀胱癌や前立腺癌に対する手術や放射線療法後の合併症であるリンパ浮腫についての最近の報告はそれほど多くない。排尿機能や勃起機能に対する報告が多数あるのと対照的である。手術あるいは放射線単独療法でのリンパ浮腫の頻度は10%前後と低く,程度も軽度なものが多い。しかしながら,両者を併用すればその発症頻度も高くなる。前立腺癌に対し,骨盤内リンパ節郭清術後に放射線療法を行った場合の頻度は25~40%と急増する。

 近年,浸潤性膀胱癌に対する膀胱温存を目的としたTUR後の化学放射線療法や前立腺全摘除術後の再発に対するサルベージ放射線療法が増えており,今後,合併症としてのリンパ浮腫も増加すると思われる。

【癌性疼痛】

67.癌性疼痛をきたした患者です。癌性疼痛に対する標準的な薬物療法について教えて下さい。

著者: 細川幸希 ,   武田純三

ページ範囲:P.242 - P.245

1 診療の概要

 進行癌患者の60~90%は中等度以上の癌性疼痛を経験するといわれている1)。癌性疼痛とは癌患者に生じたすべての疼痛を指し,その原因は,(1)癌自体が原因の痛み,(2)癌に関連した痛み,(3)治療に起因した痛み,(4)癌以外の合併症による痛み,の4種類に分類される。癌自体やそれに関連した痛みに対してはWHO方式がん疼痛治療法2)が基本となる。薬物治療を効果的に行うには,原因検索を含めた的確な疼痛評価が重要である(表1)。

 2 治療方針

1.WHO方式がん疼痛治療法2)

 WHO方式がん疼痛治療法は癌性疼痛に対する薬物療法の指針であり,この方法を正しく実施すれば70~90%の癌患者の痛みを消失,あるいは十分に緩和できることが実証されている。ここでは,鎮痛薬の使用法を次の5点に要約している。

68.前立腺癌の腰椎転移により腰痛をきたした患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 佐藤威文 ,   早川和重 ,   馬場志郎

ページ範囲:P.246 - P.249

1 診療の概要

 前立腺癌のnatural historyにおいて,骨転移はリンパ節と合わせて最も一般的な好発転移部位であり,同疾患を死因とした癌死症例のうち,その80%に骨転移を認めたautopsy studyも報告されている1)。また,前立腺特異抗原(PSA)測定が臨床導入された1990年以来,前立腺癌検出効率は飛躍的に向上し,欧米のみならず本邦においてもその発症頻度は急激に増加してきている。1994年における本邦での罹患数は10,940人であったが,2015年には30,285人へと著しい増加が予測されており,同じく米国においても,2004年度は230,110人が新たに罹患するとされ,成人男性における最も罹患率の高い癌として大きな社会問題となっている。このような早期発見を目的としたPSAスクリーニングが普及してきている現在,骨転移による疼痛を主訴に前立腺癌が診断される症例が減少してきている印象はあるものの,日常診療においては依然として多く認められる病態である。

 また術後再発から,内分泌療法不応性(hormone refractory prostate cancer:HRPC)に移行し,その後,骨転移を併発する病態も一般的な経過であり,症例母集団の増加も加わり,その対応に苦慮することが少なくない。さらに骨転移病巣は,疼痛のみならず,病的骨折,神経圧迫症状などの合併症を引き起こすことで患者のQOL(quality of life)を著しく低下させ,かつ同疾患の生命予後が比較的長いこともあり,その早期対応,初期治療の選択がその後の患者QOLを左右するといっても過言ではない。

69.癌性疼痛に対してモルヒネを使用したところ嘔気・嘔吐をきたした患者です。予防薬剤はどのくらいの期間使用するのがよいのでしょうか。また,中止する目安はありますか。

著者: 小杉志都子 ,   武田純三

ページ範囲:P.250 - P.252

1 診療の概要

 WHO方式癌疼痛治療法が普及し,わが国においてもモルヒネをはじめとするオピオイドが癌疼痛治療に広く用いられるようになってきた。最近では,モルヒネに代わるオピオイドとしてフェンタニルパッチやオキシコドン徐放剤などが発売され,薬の選択の幅が広がってきている。しかし,オピオイドによる副作用により,十分な鎮痛効果が得られるまで増量することができない例があることも事実である。

 オピオイドの副作用の1つとして嘔気・嘔吐があり,経口モルヒネで40~50%,経口オキシコドン,フェンタニルパッチで30~40%の発生頻度である。特にオピオイドの投与初期,あるいは投与量を増量したときに生じやすく,鎮痛用量の約1/10量という低用量でも出現する1)。しかし約1~2週間で耐性が形成されるため嘔気・嘔吐は減弱し,さらに十分な鎮痛用量に達すると嘔気・嘔吐は消失すると考えられている。

70.癌性疼痛に対してモルヒネを使用したところ,頑固なしびれ感をきたした患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 大西幸 ,   武田純三

ページ範囲:P.253 - P.257

1 診療の概要

 モルヒネの作用や副作用によってしびれ感が生じることはないが,このような訴えは少なくない。疼痛が緩和された結果,それまで自覚されていなかったしびれ感が意識されるようになったと考えられる場合が多いが,原因となる病態の進行に伴い,しびれ感が増強している症例もある。また,患者の訴える“しびれ感”は,感覚鈍麻,感覚異常だけでなく,神経因性“疼痛”や“麻痺”を指していることもある。しびれ感が増強してきている症例では,急速に麻痺が進行する可能性があるので注意が必要である。

 一方,感覚異常や疼痛は機能的に問題をもたらすものではないが,患者にとって耐え難く,NSAIDsやオピオイドが効きにくく,難治性のことがある。

6.内分泌疾患 ■副腎・後腹膜の疾患 【原発性アルドステロン症】

71.腺腫による原発性アルドステロン症の手術後,血圧のコントロールが難しい患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 簑和田滋

ページ範囲:P.260 - P.262

1 診療の概要

 原発性アルドステロン症(primary aldosteronism:PA)は,副腎での自律的なアルドステロン過剰分泌のために高血圧,低カリウム血症などを呈する症候群であり,二次性高血圧の主要な疾患である。PAの病型のなかで最も多いのが片側性のアルドステロン産生腺腫(aldosterone-producing adenoma:APA〔狭義のPA〕),ついで両側性副腎皮質(球状層)過形成(特発性アルドステロン症:idiopathic hyperaldosteronism:IHA)が多くみられる(表1)1)。厚生労働省「副腎ホルモン産生異常症」調査研究班による1997年の全国調査ではAPAが84.4%,IHAが8.3%であった2)。IHAは欧米では25~35%と比較的に多くみられるが,わが国では低率である。アルドステロン産生副腎皮質癌,糖質コルチコイド反応性アルドステロン症,片側性過形成,異所性アルドステロン産生腫瘍はきわめて稀である。

 副腎性高血圧のうちクッシング症候群や褐色細胞腫では腺腫,腫瘍の摘除手術により速やかに血圧は下降し正常化する。しかし,PAでは手術後速やかに血圧が改善するもの,正常化に至らず高血圧が遷延することも多い。斉藤ら3)が最近の治療報告をまとめた564症例の集計結果を示す(表2)。これによれば,高血圧の治癒率は全体で33~77%とばらつきがみられ,平均治癒率も57%と低値である。ほとんどの症例で血圧の改善は認められるものの,高血圧が治癒しない原因については以前からいろいろと検討されてきた4)

【クッシング症候群】

72.クッシング症候群の手術を行ったにもかかわらず,症状が改善しない患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 簑和田滋

ページ範囲:P.264 - P.265

1 診療の概要

 副腎の単発腺腫による一般的なクッシング症候群では腺腫の摘除により血中コルチゾールは急激に低下する。このためグルココルチコイドを補充しなければ血圧,循環系を維持できない。原発性アルドステロン症とは異なり,手術前後の臨床症状の変化は明白である。したがって,症状が改善しないということは通常の単発腺腫によるクッシング症候群ではないと考えられる。

 広義のクッシング症候群の分類と内分泌学的相違,鑑別診断を表1,表2に示した1)。ACTHに依存する病型,クッシング病では1日中ACTHの分泌亢進がみられ,また副腎の病変も両側の過形成であり,単発の腺腫によるクッシング症候群との鑑別は明白である。

【副腎性器症候群】

73.副腎性器症候群が疑われる患者です。分類およびそれぞれの対処と処方について教えて下さい。

著者: 簑和田滋

ページ範囲:P.266 - P.268

1 診療の概要

 副腎性器症候群とは副腎の種々の疾患により過剰な性ホルモンが分泌され,主に外性器系に何らかの異常を生ずる病態である。ほとんどの症例は先天性副腎過形成で,ごく一部が性ホルモン産生腫瘍である。前者と後者では臨床像は著しく異なり,今日ではこれを一緒のカテゴリーにくくるのは無理がある。また,副腎性器症候群という病名自体が乳幼児,思春期の患者,またはその両親などに提示する病名としては適切でない。これらのため,副腎性器症候群という呼称は今日では臨床の場では使用せず,具体的な病名を使用したほうがよい。

 先天性副腎過形成(congenital adrenal hyperplasia:CAH)は,副腎のステロイド生合成酵素系の先天的障害により性ホルモンが過剰に分泌されるものである。副腎皮質および性腺でのステロイド生合成経路とこれにかかわる酵素系を図1に,CAHの病型と臨床的特徴,内分泌所見を表1に示す1~3)。これらの酵素障害型のうち90%以上を占めるのが21-ヒドロキシラーゼ欠損症(21-hydroxylase deficiency:21-OHD)である。21-hy-droxylase(21-OH)が障害されると17-hydroxypro-gesterone(17-OHP)が蓄積し,これがアンドロステンジオン,さらにはテストステロンなどの男性ホルモンに変換されて性器系の男性化をきたす。第6染色体短腕に機能遺伝子(P450c21遺伝子)に異常を生じたもので,劣性遺伝を示す。臨床的には単純男性化型,塩喪失型の古典型が重要である。酵素障害の程度が強く,女児で生下時から外性器の強い男性化,特に陰核の著しい肥大がみられる。塩喪失型では生後1週間頃から塩喪失現象をきたして生命にかかわるので,特に注意を要する。また,酵素障害の程度が軽く,思春期頃に男性化症状を認める遅発型(late onset form),内分泌学的には異常がみられるものの,臨床症状を呈するに至らない潜在型(cryptic form)の存在も知られている。これらは非古典型と呼ばれている。臨床的には大きな問題とはならない。今日では古典型で成人まで放置される症例はきわめて稀であるが,治療が不十分な場合などに副腎の過形成に腫瘍の合併がみられることがあり注意を要する4)

■性分化異常 【性分化異常】

74.尿道下裂を呈する新生児です。今後の治療方針と対処について教えて下さい。また,どのように両親に説明すればよいでしょうか。

著者: 林祐太郎 ,   小島祥敬 ,   丸山哲史

ページ範囲:P.269 - P.271

1 診療の概要

 尿道下裂は,尿道口の位置が亀頭先端にない状態であり,しばしば陰茎の腹側への彎曲を呈する。尿道下裂の程度については,尿道口の位置によって,亀頭部型,冠状溝型,陰茎型,陰茎陰囊部型,陰囊型,会陰部型に分類されることが多いが,陰茎の索変形の程度にかかわりなく術前の状態で分類する場合と,術中に陰茎の屈曲が解消された段階の尿道口の位置で分類する場合がある。

 男児出生300人に1人の発生率といわれ,最近,増加傾向にあるのではないかともいわれている。北米では,尿道下裂患者の弟に尿道下裂が発症する確率は14%,尿道下裂患者の子に尿道下裂が発生する確率は8%といわれている。

75.外性器が男児か女児かわからない新生児です。今後の治療方針と対処について教えて下さい。また,どのように両親に説明すればよいでしょうか。

著者: 林祐太郎 ,   小島祥敬 ,   丸山哲史

ページ範囲:P.272 - P.276

1 診療の概要

1.男女の性別を規定する因子

 男女の性別を規定する因子は決して単一のものではない。(1)性染色体,(2)性腺,(3)内性器,(4)外性器,(5)性ホルモンによる第二次性徴(内分泌状態),(6)法律上の性,すなわち戸籍などに登録された性,(7)心理的要素を含んだ社会的な性,などさまざまなものがあり(表1),それらが女・男それぞれで統一された状態になるのが一般的な正常な性となる。これらに問題が生じた状態を性分化異常症という。

2.Y染色体と精巣決定因子,性決定遺伝子

 ヒトの性分化の過程における最初のステップは性染色体の構成である。1960年に国際的に哺乳動物の性染色体構成は,雄性がXY,雌性がXXであると取り決められた。性染色体の組み合わせからY染色体上に未分化な生殖腺を精巣に分化させる遺伝子が存在すると考えられ,その遺伝子産物が精巣決定因子(testis determining factor:TDF)と名付けられた。1989年にSRY(sex-determining region Y:性決定遺伝子)がクローニングされ,1991年にマウスXX個体へのSRYの遺伝子導入により雄性化が起こったことから,精巣決定因子としてSRYが確定した。性分化機構の解明と同時に性分化異常症の発生原因の解明が始まり,これまでにWT-1,SOX9,Ad4BP/SF-1,DAX-1などが性分化に不可欠な因子であることが明らかになってきた。

■精巣および性機能障害 【精巣機能障害】

76.両側精巣が萎縮しており,精巣機能障害が疑われる患者です。分類およびそれぞれの対処と処方について教えて下さい。

著者: 石川博通 ,   宮地系典

ページ範囲:P.277 - P.279

1 診療の概要

 精巣容量は打ちぬき式のオーキドメーターで測定する。それが14mリットル以下の場合を精巣萎縮と考える(図1)。

 両側精巣萎縮の原因は,中枢性(低ゴナドトロピン性)および精巣性(高ゴナドトロピン性または正ゴナドトロピン性)に分類される。中枢性のうち,視床下部の異常によるゴナドトロピン分泌障害が原因と考えられるものにはKallmann症候群1),Prader-Willi症候群2),および思春期遅発症3)などがある。また下垂体の異常によるものには下垂体の器質的疾患,下垂体腫瘍(特にプロラクチン産生腫瘍4))などがある。精巣性ものには半陰陽などの性分化異常,Klinefelter症候群に代表される染色体異常,AZF領域の欠損を中心とする遺伝子異常5)および停留精巣などがある(表1)。

【男性不妊症】

77.乏精子症を呈する患者です。対処と処方について教えて下さい。また,ART時代における薬物療法の今日的意義について教えて下さい。

著者: 石川博通 ,   宮地系典

ページ範囲:P.280 - P.281

1 診療の概要

 乏精子症とは,精子濃度が20×106/mリットル未満の場合をいう。一方,男性不妊の原因には,(1)精巣での精子形成障害,(2)精子輸送路の閉塞,(3)前立腺炎(精囊炎),(4)勃起・射精障害がある1)。このうち,乏精子症の原因のほとんどが精巣での精子形成障害であり,一部の症例では前立腺炎が関係している。そこで,乏精子症を呈する症例においては(1)および(2)があるかどうかを,以下のごとく診断することが必要である。

1.問 診

 精子形成能に関して,年齢,不妊期間,過去の配偶者の妊娠の有無について聴取する。また,前立腺炎の既往の有無を確かめる。

78.精液に白血球が多く混じっている病態は妊孕性に影響があるのでしょうか。また,症状がなくとも治療すべきでしょうか。なかなか治らないのですが,どの程度の期間,抗生物質の投与を続けるべきでしょうか。

著者: 石川博通 ,   宮地系典

ページ範囲:P.282 - P.283

1 診療の概要

 精液中に円形細胞(一応,白血球と考える)が5個/1視野以上認められた場合には膿精液症と診断する。一方,未熟な精細胞も円形細胞であるので,無染色の標本では白血球と見分けることはきわめて困難であり,特にこの細胞の脱落の多い高度精子形成障害例では,射出されたままの精液の所見で膿精液症と確診することは不可能である1)。最終的に2種類の細胞を鑑別するにはギムザ染色などを行う必要があるが,日常の臨床でこれを行うことは難しい2)

 そこで,一般的に精液所見で円形細胞が多く,細菌数も増加している場合に膿精液症と考え,前立腺の触診および尿所見で診断する。すなわち,直腸診で前立腺部に腫脹または圧痛があり,前立腺マッサージ後の尿(VB3)で白血球数10個/1視野以上を認めれば慢性前立腺炎3)が存在し,それが膿精液症の原因になっているものと考える。

【性機能障害】

79.向精神薬が投与されているEDの患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 上原徹

ページ範囲:P.285 - P.288

男性性機能をコントロールする神経系,血管系,内分泌環境に影響する種々の薬剤で勃起障害が起こることが知られている。そのなかで向精神薬を服用している患者にみられる勃起障害は,薬剤投与の原因疾患治療との兼ね合いなど対応に苦慮することが多い。

 向精神薬とは,中枢神経系に作用し,選択的に精神機能や情動,行動に影響する薬剤の総称であり,そのなかには抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬,睡眠薬などが含まれる。

80.射精障害を呈する患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 上原徹

ページ範囲:P.289 - P.292

クエン酸シルデナフィルをはじめとしたphosphodiesterase TypeⅤ阻害薬が勃起障害患者にとって非常に大きな恩恵をもたらした一方,性機能の充足として重要な射精障害についての診療に対しては,未だ明確な方針がないのが実状である。従来,男性性機能は,性欲,陰茎勃起,腟内挿入,射精,極致感の5つの要素があって初めて充足されるとしていたが,射精障害の研究は勃起障害ほど進展しているとはいい難い。また,射精障害によりパートナーが妊娠に至らず,夫婦間の重大な問題となる場合がある。この分野でのクエン酸シルデナフィルの登場のような画期的な成果が求められる。

1 診療の概要

1.射精のメカニズム

 射精は,精巣上体尾部および精管膨大部に貯留された精子が,前立腺液,精囊液などとともに急速に外尿道口から体外に射出される現象である。それは,内尿道口の閉鎖,後部尿道への精液の排出(seminal emission),精液の外尿道口から体外への射出の3つの要素から成っている。

81.精巣腫瘍に対し後腹膜リンパ節郭清を施行したのち,挙児を希望している射精障害の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 伊藤裕一

ページ範囲:P.293 - P.295

1 診療の概要

1.射精障害とは

 射精は,(1)精液の後部尿道への排出(seminal emission),(2)後部尿道へ排出された精液の体外への射出(projectile ejaculation)=狭義の射精,(3)射精時の内尿道口の閉鎖,という3つの現象で構成され,オーガズムはこれに付随して起こる。射精障害は,勃起性交障害(ED)とともに,男性性機能障害の重要な分野である。また射精障害は,生殖年齢層の男性では不妊症の重要な原因となっている。

2.射精障害の病型分類

 射精障害の病型分類法としては,従来より木村の分類が使用されているが,当科では,実地臨床上わかりやすいように修正した表1の分類を使用している1)

82.クエン酸シルデナフィルが無効である糖尿病性のED患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 伊藤裕一

ページ範囲:P.296 - P.298

1 診療の概要

 糖尿病性EDは,混合性EDの代表的疾患であり,糖尿病性神経障害や血管障害による器質的要因と糖尿病=EDという心理的要因の両方が原因となっている症例が多い。そして,糖尿病の罹病期間や重症度によってEDの程度も変化する1)。クエン酸シルデナフィル(バイアグラ(R))の有効率は52~69%と報告されているが2,3),脊髄損傷などの神経性EDの有効率に比べ残念ながら低いのも確かである。

 クエン酸シルデナフィル無効の原因に服薬方法の誤りが意外に多く存在する。食事直後の服用や服用直後の性行為では効果が得られない場合が多い。正しい服薬が行われるように服薬指導をもう一度徹底することで効果が得られる例が数多く存在する4)

7.腎不全 【急性腎不全】

83.急性腎不全をきたした患者です。対処と処方,および透析療法に入るタイミングについて教えて下さい。

著者: 武本佳昭

ページ範囲:P.300 - P.302

1 診療の概要

 急性腎不全は,その言葉どおり急激な腎機能の低下を示す症候群のことである。急性腎不全は多臓器不全の1つとして出現することもある。したがって,原因には種々のものがあり,急性腎不全の病態を的確に把握することが必要である。

1.急性腎不全の診断

 もともとの腎機能が正常な場合に,血清クレアチニン値が1日0.5mg/dリットル以上の上昇を続けるか,血清クレアチニン値が急激に2.0mg/dリットル以上に上昇した場合を急性腎不全と診断するが,明確な診断基準はない。本来,腎機能を血清クレアチニン値で表せないと考えられるが,急性腎不全のように緊急の病態では,臨床上は血清クレアチニン値を用いて上記の基準で診断を行うことになる。多くの場合に尿量は減少するが,腎障害の程度が軽度であれば尿量の減少は当然軽度になる。一般的には1日尿量が400mリットル未満を乏尿性急性腎不全,それ以上を非乏尿性急性腎不全と分類している。

【慢性腎不全】

84.肝硬変の合併により腹水管理に難渋している血液透析患者です。対処について教えて下さい。

著者: 武本佳昭

ページ範囲:P.303 - P.305

1 診療の概要

 肝硬変に伴う腹水が維持血液透析患者に発生した場合は難治性になることが多いが,まず腹水の原因および発生機序について考えていく必要がある。腹水とは生理的限界を超えて腹腔に貯留した液体または液体が貯留した状態のことを意味し,肝硬変における腹水発生の機序は2つに分けて考えられる。

1.血漿浸透圧の低下

 非代償性肝硬変では,肝臓での合成能の低下に伴いアルブミンの合成が低下し,血漿浸透圧が低下する。このため血管内に保持できる水分量が減少し,腹水が発生するようになる。特に慢性維持透析患者では透析間の水分増加があるため,溢水状態になりやすく,漏出性の腹水が発生しやすい病態を有している。血中アルブミン濃度は腹水の発生しやすさの指標になり,正常では3.8~5.1g/dリットルであるが,3.0g/dリットル以下になると腹水が発生しやすくなるといわれている。

85.慢性腎不全の患者です。腹膜透析を行うべきか,血液透析を行うべきか悩んでいます。対処について教えて下さい。

著者: 武本佳昭

ページ範囲:P.306 - P.309

1 慢性腎不全患者初診の心得

 慢性腎不全患者を初診で診察する場合,泌尿器科の医師にとっては患者の状態によって大きく分けて2つのパターンが存在する。

 第一のパターンは,初診時にまったく緊急性を要さない状態である。一般的にいうと血尿や蛋白尿は認めるが患者の状態としては安定しており,緊急の処置を必要としない場合である。多くの場合はこのような状況で患者を初診で診ることになる。このような場合に医療者が行う診療行為の原則は,目の前に坐っている患者がどのような原疾患で血尿または蛋白尿になっているかを診断することから診療が始まる。多くの腎疾患は慢性疾患であり,その患者の病歴を評価しながらその後の経過を推測していくことになる。これが最も一般的な慢性腎不全治療の治療計画になると考えられる。つまり,いかに保存期慢性腎不全をコントロールするかという本質的な腎疾患に対する医療を行うパターンである。第二のパターンとして実際の診療で遭遇するのは,初診時にすでに尿毒症症状があり,速やかに腎代替療法を施行する必要がある場合である。このような状況では,医療者および患者に時間的な余裕がなく,多くの場合は生命にかかわるため血液透析療法を選択することになる。

8.そのほか 【血尿】

86.健康診断で見つかった顕微鏡的血尿に対してはどこまで検査すべきでしょうか。また,心配のない顕微鏡的血尿を尿沈さで見分ける方法はあるのでしょうか。

著者: 奴田原紀久雄

ページ範囲:P.312 - P.315

1 診療の概要

 顕微鏡的血尿の検査の意義に関してはさまざまな議論がある。ここではアメリカ泌尿器科学会のガイドラインを中心に据え解説し1~3),これに対する意見を加えることで,顕微鏡的血尿に対する対処法を概説する。

 AUAのガイドラインでも述べられているが,肉眼的血尿に対して精査を行うことに対して異論を唱えるものはいない。一方,顕微鏡的血尿は必ずしも病的な状態を示すわけでなく,正常人でも9~18%にある程度の顕微鏡的血尿がみられるといわれている。このなかから,病的な状態を持ったものをいかに正確に見つけていくかが問題となる。

87.運動後(特に剣道のあとに多いようですが)だけに出現する血尿は治療を要するのでしょうか。高度な血尿を繰り返す患者には運動を禁止すべきでしょうか。

著者: 奴田原紀久雄

ページ範囲:P.316 - P.317

1 診療の概要

1.運動後の血尿(運動性血尿:sport hema-turia)

 運動後に血尿が出現することは以前より知られている。運動の種類としては,ボクシングのように体の接触があるものから,水泳やボートのように体の接触のないものまでさまざまである1,2)。実際の頻度であるが,90名に5kmのランニング負荷を行ったあとで32名(36%)に顕微鏡的血尿を認めたとの報告もあり3),顕微鏡的血尿のレベルまで含めると,かなりの数にのぼると思われる。血尿の原因としては次のものがある1,2)

 a)非外傷性の腎からの出血

 安静仰臥位では腎血漿流量は約700mリットル/分であるが,運動中には骨格筋,心,肺への血液供給が増え,約200mリットル/分に減少する。そして,この減少の程度は運動の程度に比例する。実際,長時間の激しい運動を行うとクレアチニン・クリアランスが減少し,尿量も減少する。このような血流変化はネフロンに低酸素状態をもたらし,糸球体の透過性を変化させ,蛋白や赤血球を透過させるようになると考えられている。また輸出細動脈で血管収縮が生じ,糸球体濾過圧が亢進し赤血球が透過するようになるという説もある。

【採尿法】

88.日常診療における実践的採尿方法について教えて下さい。特に小児,女性の場合の注意点,工夫などについて教えて下さい。

著者: 押正也

ページ範囲:P.318 - P.321

1 診療の概要

 泌尿器科において検尿は診察の第一歩であり,その採取法は大変重要である。特に尿路感染の診断には慎重を期すべきことが多い。

 通常の尿検には,成人男性においては中間尿,成人女性では中間尿あるいは導尿にて採尿が行われていると思われる。特に女性においては,採尿状況によってその沈渣の所見が大きく変わることがある。図1はその1例で,(a)は自排尿で採取した尿の沈渣であり,(b)は導尿にて採取した尿の沈渣である。便宜上パパニコロウ染色を行っている。(a)では大きな細胞が多数認められ,赤く見えるのが表層の扁平上皮,青いものは中間層の扁平上皮である。赤血球,白血球も認められる。これに対し(b)においては,細胞数が少なく,わずかの上皮と赤血球が認められるのみである。沈渣所見では(a)はR:5~9/強拡大,W:20~29/強拡大,扁平上皮:30~49/強拡大であり,(b)はR:0~1/強拡大,W:1~4/強拡大,扁平上皮:0~1/低拡大であった。(a)は採尿の際に十分尿が溜まっておらず,少量の尿をようやく採尿したことにより,外陰部からのコンタミネーションが生じたものである。このように,採尿の状況によりその沈渣の所見が大きく異なることがある。

【腎梗塞】

89.突然の腎部疼痛・肉眼的血尿で腎梗塞が疑われる患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 武藤智 ,   堀江重郎

ページ範囲:P.322 - P.324

1 診療の概要

 腎梗塞とは,片側あるいは両側性に腎動脈本幹またはその分枝が塞栓や血栓により閉塞し,その末梢での循環障害が起こり腎組織が壊死に陥った状態である。腎梗塞は突然発症し,側腹部痛を主訴とする場合が多く,初診時には尿路結石を疑われる確率が高い。しかし,患者の約70%に心房細動,心弁膜症などの心血管系合併症を伴うため1),心血管系合併症を有する患者が側腹部痛にて来院した場合には,腎梗塞を念頭に置かねばならない。本邦の集計では,平均年齢51歳,男性に多く,患側に左右差を認めない2)

 腎梗塞は腎動脈閉塞のため血行が遮断され生じるが,他臓器からの血栓による塞栓症と,腎動脈自体の異状による血栓症に大別できる。塞栓症の原因としては前述した心血管系疾患のほかに,人工弁置換術後,血管手術,血管造影時のカテーテル操作などの医療行為が挙げられる。塞栓症の場合,同時性あるいは異時性に両側性,または他臓器にも梗塞が生じることが少なくない3)。特に心房内血栓に関しては,経皮心エコーにて異常を認めない場合でも経食道心エコーにて心房内血栓を確認できることが少なくない。また血栓症の原因としてはアテローム硬化,線維筋性増殖,大動脈炎症候群,外傷,動脈瘤,結節性多発性動脈炎,解離性動脈瘤などが挙げられる。

【多発性囊胞腎】

90.腹部圧迫症状が著しいにもかかわらず,腎機能障害を伴わない多発性囊胞腎の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 武藤智 ,   堀江重郎

ページ範囲:P.325 - P.327

1 診療の概要

1.疫 学1)

 多発性囊胞腎は両側の腎の皮質,髄質に多数の囊胞を形成し,また実質の萎縮と線維化を伴う疾患で,常染色体優性遺伝をする囊胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)と,常染色体劣性遺伝をする囊胞腎(autosomal recessive polycystic kidney disease:ARPKD)に分類される。ADPKDは約1,000~2,000人に1人に発症する遺伝性腎疾患のなかで最も頻度が高い疾患であり,疾患遺伝子PKD1,PKD2がクローニングされている。ADPKDは以前はPCKあるいはPKDと呼称されてきたが,現在ではADPKDと呼ばれることが一般的である。ADPKDの本邦の推定患者数は約30,000人であり,透析患者全体の3~5%を占めている。

2.ADPKDの病態

 ADPKDの診断基準を表1に示す。最近,厚生省進行性腎障害調査研究班で診療ガイドラインが作成された。一側の腎にのみ囊胞が多発する場合はADPKDではない。腎囊胞の多発と,腎実質の萎縮,線維化により機能ネフロン数が減少し,60歳台までに患者の半数は終末期腎不全へと進行する。一方,腎機能の軽度低下以外,日常生活に支障なく経過する患者も多く存在し,古い教科書にあるようなADPKD患者は,結局,透析になるという見方は正しくない2,3)。囊胞は,腎のネフロンの約1%で発生するに過ぎず,残りの尿細管の萎縮と線維化の程度が腎不全の進展を規定する。したがって,大きい囊胞腎でも腎機能が保たれていることもある。

【水腎症】

91.無症候性の水腎症の成人患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 井口太郎 ,   坂本亘 ,   浅井利大 ,   石井啓一 ,   上川禎則 ,   金卓 ,   杉本俊門

ページ範囲:P.328 - P.330

1 診療の概要

 無症候性水腎症の多くは,健診や近医でのスクリーニング検査(超音波検査,CTなど)で水腎症を指摘されて泌尿器科を紹介される。水腎症とは,腎盂・腎杯が拡張した状態であるという形態的変化を示す語彙であり,原因となる疾患は先天性疾患と後天性疾患に大別されるが,それぞれにおいて多岐にわたる(表1)。また,原因の機序(器質的,機能的),発生部位(上部尿路,下部尿路),閉塞程度(完全,不完全),経過(急性,慢性),発生場所(片側性,両側性)などの要因により治療方針も千差万別であるが,水腎症がどのような治療の対象となるか否かを判断することが重要である。

 2 診療方針

 一般的に,水腎症を放置すれば腎実質の萎縮や腎機能障害に至る可能性があるため,水腎症が急激に発症する結石の尿管嵌頓などの場合は早急な原因検索と尿流停滞の解除が必要となる。また,腎機能低下を伴う高度の両側水腎症の場合には,原因検索よりも尿流停滞の解除を最優先すべき場合も多い。

92.エコーで水腎症が指摘された,経過良好な妊娠7か月の胎児です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 井口太郎 ,   坂本亘 ,   石井啓一 ,   浅井利大 ,   上川禎則 ,   金卓 ,   杉本俊門

ページ範囲:P.331 - P.334

1 診療の概要

 近年,産科的超音波診断技術の進歩により,胎児異常の早期診断が可能となってきている。胎児尿路異常もその1つで,水腎症は全妊娠の約1%にみられるが,在胎32週以降では胎児の尿量増加による腎盂腎杯の生理的拡張も多く,病的か否かの鑑別に注意を要する1)。出生後,泌尿器科的な検査や治療が必要とされるのは,そのうちの約2割に過ぎないといわれている2)。産科や小児科では水腎症の評価を腎盂前後径をもって評価することが多いが,小児泌尿器科では腎杯の変化を取り入れたThe Society for Fetal UrologyによるSFU分類が用いられてきた3)。最近では腎杯の変化を中心に同じ基準に沿って議論ができるように,日本小児泌尿器科学会(Japanese Society of Pediatric Urology)が作成した分類(JSPU分類)で評価することが推奨される(表1,図1)4)

 胎児水腎症をきたす疾患としては,腎盂尿管移行部狭窄(UPJO),膀胱尿管逆流(VUR),巨大尿管,尿管瘤,尿管異所開口を含んだ尿管膀胱移行部狭窄(VUJO),後部尿道弁などがあるが,特にUPJOとVURの頻度が高い。UPJOや巨大尿管以外による水腎症は,その多くが原疾患に対する外科的治療の対象となる。

【遊走腎】

93.遊走腎を呈する患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 檜垣昌夫

ページ範囲:P.336 - P.337

1 診療の概要

 腎臓は,腎動静脈で大動脈と下大静脈につながっている以外は腎周囲の脂肪組織に包まれて後腹膜腔に浮いているように位置している。通常,呼吸によって上下に移動する(呼吸性移動)。また立位によっても下降し,その範囲(生理的範囲)は,通常,一椎体から一椎体半といわれている。この生理的範囲を超えて移動し,かつ種々の臨床症状を呈する場合を遊走腎または腎下垂(症)という。また,単に下方に移動するものを腎下垂とし,何らかの症状を伴うものを腎下垂症あるいは遊走腎(症)とするものもある1)。また,立位で2椎体以上下垂する状態を遊走腎といい,立位負荷で増悪する側腹部痛,血尿,尿路不定愁訴などの症状が生じた状態を遊走腎症と定義するものもある2)。症状を伴わない腎下垂は日常診療上よく遭遇するし,静脈性尿路造影で立位での撮影でよくみられる所見である。

 本症は内臓下垂の部分症状と考えられ,発生頻度はやせ形や出産後の女性に多く,患側は右に多い。この理由として,腎は後腹膜腔の脂肪組織のなかに存在していること,腎は生理的にも左腎より右腎のほうが下方にあり,かつ腎床が広く,そのうえ右腎動脈は長く支持組織の少ないこと,立位での肝臓の圧迫などが挙げられている1)

【ナットクラッカー現象】

94.外来で行うことのできるナットクラッカー現象のスクリーニング法について教えて下さい。

著者: 橋本博

ページ範囲:P.338 - P.340

1 診療の概要

 ナットクラッカー現象とは,左腎静脈が大動脈と上腸間膜動脈との間で圧迫され,左腎静脈圧が上昇し,その結果,左腎出血をきたす現象である。ちょうど「クルミ割」がクルミを潰す様に似ていることからこの名称がある。血尿以外の症状として,左腎うっ血による左側腹痛,副腎静脈・性腺静脈や尿管静脈へ血液が逆流し生ずるこれら静脈の拡張,その結果としての尿管の圧迫,精索静脈瘤,骨盤内静脈うっ滞による諸症状などがある。思春期から30~40歳代の比較的若年者に多いが,高齢者での報告もある1)。明らかな性差は指摘されていない。

 病因は必ずしも明らかではないが,MRIや造影CTの観察から,上腸間膜動脈が大動脈から分岐する角度の異常によると考えられている1,2)。通常では上腸間膜動脈はほぼ直角に大動脈から分岐し,4~5mmそのまま腹側へ走行したあとに尾側へ向かい始めるが,ナットクラッカー現象を示している症例では鋭角に分岐し,起始部からすでに尾側へと向かっているという。そのため,大動脈との間隙が狭くなり,そこに走行する左腎静脈を圧迫することになる。

【ストーマ周囲炎】

95.難治な回腸導管のストーマ周囲炎の患者です。対処と処方について教えて下さい。

著者: 橋本博

ページ範囲:P.341 - P.343

1 診療の概要

 回腸導管のストーマ周囲炎は予防が第一の目標であり,専門ナースも交えた日頃の観察と患者指導が重要である。いったん起きてしまったときにも,速やかに適切な治療を施すと治癒も容易なため,どのような点に注意して観察するかを患者に十分に指導しておく必要がある。これら予防と早期の治療のためにはストーマ周囲炎の病態と原因をよく知り,それに応じた適切な対策を講じなければならない。本稿では難治な回腸導管のストーマ周囲炎について述べることになっているが,難治と思われている症例のなかにはストーマ周囲炎の原因が誤って認識されたり,漫然と同じ治療が続けられたりしている場合が少なくないのではないかと想像する。

 主なストーマ周囲炎の原因としては,尿による接触刺激,装具の剝離刺激などの機械的刺激,皮膚保護剤へのアレルギー反応,あるいは残留による刺激,感染症などが考えられる(表1)1)。日頃からこのようなことが起きないようなストーマケアが必要である。上述のように,難治性皮膚炎と思われる場合にも,原因を明らかにして適切に対応すれば速やかに治癒することもある。しばしばステロイド外用薬が処方されるが,原因を取り除かなければ無効であるし,原因によっては悪化させてしまうこともあるので注意が必要である。

【精巣捻転症】

96.陰囊の疼痛,発赤,腫脹で精巣捻転症が疑われる患者です。精巣付属器捻転などとの鑑別および対処について教えて下さい。

著者: 村雲雅志

ページ範囲:P.344 - P.346

1 診療の概要

 陰囊部に有痛性腫脹をきたす急性の疾患群を急性陰囊症(acute scrotum)と総称し,手術治療の必要なものと保存的に治療するものに大別する。精巣捻転では早急に手術を行わないと精巣機能を温存できなくなるため,急いで判断する必要がある。鑑別上重要な疾患には精巣・精巣上体付属器捻転,精巣上体炎,精巣腫瘍の出血,鼠径ヘルニア嵌頓,精巣外傷などがある(表1)。

1.精巣捻転症

 発症時期は乳児期と思春期に多い。乳児期のものは精巣鞘膜ごと捻転する鞘膜外捻転が多く,精巣鞘膜と周囲組織との接着が未熟なために起こるとされる。思春期以降のものは精巣鞘膜内で精巣や精巣上体に捻転が生じる鞘膜内捻転となり,構造上の問題が原因とされる。早期に血流を再開できなければ精巣機能の回復が望めないだけでなく,精巣を温存しても抗精子抗体の産生によって対側精巣機能も障害される可能性が高いとされる1)。精巣温存の限界は発症からおよそ6時間以内と考えられる2)。しかし不完全捻転例や小児例など,発症時期を特定することが困難なことも多い。

【エキノコックス】

97.多房性の囊胞性病変および北海道居住歴より,エキノコックスが疑われる患者です。対処について教えて下さい。

著者: 村雲雅志

ページ範囲:P.347 - P.349

1 診療の概要

1.病 因

 小型のサナダムシの仲間であるEchinocccus属条虫は,キツネ,イヌ,タヌキ,オオカミなどを終宿主とする寄生虫である。動物の糞便から排泄された虫卵は,水や植物を介してネズミ,ウサギ,ヒツジ,ウシなど草食動物の中間宿主の体内に入って肝臓で幼虫(包虫)となり囊胞状に発育し,これらを捕食したオオカミ,キツネ,イヌなどの小腸で成虫となる。ヒトへの寄生は感染したキツネやイヌ,ネコの糞便を介して,あるいは糞便の付着した水や野草などを直接飲食して成立する糞口感染による。この意味でヒトは中間宿主である(図1)。ヒトに寄生したエキノコックスは肝臓で包虫となり,きわめて緩徐に発育しながら周囲への圧迫や他臓器(肺,腎,脳,骨など)への血行性転移など,悪性腫瘍のような経過をたどる。病巣の切除以外に有効な治療法がなく,切除不能例では予後不良である(図2)。

 内容液が体内に漏れると重篤なアナフィラキシー症状を起こすため,経皮的な穿刺や生検は危険である。エキノコックスによる腎病変は患者全体の3%程度に過ぎないが,今後,増加することが予想されており,最低限の知識を持っておく必要がある。なお疑診例には,虫体由来物質に対する血清中の抗体がきわめて特異性が高く,有力な診断根拠となる1,2)

基本情報

臨床泌尿器科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1332

印刷版ISSN 0385-2393

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75巻3号(2021年3月発行)

特集 斜に構えて尿路結石を切る!―必ず遭遇するイレギュラーケースにどう対処するか?

75巻2号(2021年2月発行)

特集 複合免疫療法とは何か? 腎細胞癌の最新治療から学ぶ

75巻1号(2021年1月発行)

特集 朝まで待てない! 夜間頻尿完全マスター

74巻13号(2020年12月発行)

特集 コロナ時代の泌尿器科領域における感染制御

74巻12号(2020年11月発行)

特集 泌尿器科医のためのクリニカル・パール―いま伝えたい箴言・格言・アフォリズム〈下部尿路機能障害/小児・女性・アンドロロジー/結石・感染症/腎不全編〉

74巻11号(2020年10月発行)

特集 泌尿器科医のためのクリニカル・パール―いま伝えたい箴言・格言・アフォリズム〈腫瘍/処置・救急・当直編〉

74巻10号(2020年9月発行)

特集 令和最新版! 泌尿器がん薬物療法―手元に置きたい心強い一冊

74巻9号(2020年8月発行)

特集 泌尿器腫瘍の機能温存手術―知っておくべき適応と限界

74巻8号(2020年7月発行)

特集 これが最新版! 過活動膀胱のトリセツ〈特別付録Web動画〉

74巻7号(2020年6月発行)

特集 小児泌尿器科オープンサージャリー―見て学ぶプロフェッショナルの技〈特別付録Web動画〉

74巻6号(2020年5月発行)

特集 高齢患者の泌尿器疾患を診る―転ばぬ先の薬と手術

74巻5号(2020年4月発行)

特集 ここが変わった! 膀胱癌診療―新ガイドラインを読み解く

74巻4号(2020年4月発行)

増刊号特集 泌尿器科診療の最新スタンダード―平成の常識は令和の非常識

74巻3号(2020年3月発行)

特集 泌尿器科手術に潜むトラブル―エキスパートはこう切り抜ける!

74巻2号(2020年2月発行)

特集 いま話題の低活動膀胱―これを読めば丸わかり!

74巻1号(2020年1月発行)

特集 地域で診る・看取る緩和ケア―泌尿器科医として知っておくべきこと

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