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雑誌目次

雑誌文献

臨床泌尿器科63巻4号

2009年04月発行

雑誌目次

特集 イラストレイテッド 膀胱全摘除術と尿路変向術

フリーアクセス

ページ範囲:P.3 - P.3

企画・編集にあたって

著者: 大家基嗣

ページ範囲:P.7 - P.7

 膀胱全摘除術と尿路変向術は泌尿器科医が行う手術の醍醐味といえる。そこには,さまざまな外科的基本手技が集約されているからである。リンパ節郭清,膀胱の摘出,腸管の吻合,尿管と腸管の吻合,尿道摘出などの各行程において,さまざまなコツがある。1998年に増刊号として,「膀胱全摘除術と尿路変向術のすべて」を発行し,読者からはたいへんご好評をいただいた。それから11年が経過し,手術手技の進歩を始めとしたさまざまな変化が見受けられ,今回再び特集を企画した。この11年間の主要な変化として,以下のことが挙げられる。

 骨盤内の神経解剖の知見を反映して,骨盤外科全般において,術後の機能温存を重視した術式が行われるようになり,膀胱全摘除術においても神経温存手術が試みられるようになった。また,鏡視下手術が普及したことにより,膀胱全摘除術も鏡視下手術の対象になりつつあるが,問題点も指摘されているのが現状であろう。11年前と比較すると,さらに自排尿型の尿路変向術が普及し,標準術式として確立した。一方,尿禁制型のパウチの造設術が行われる頻度は低下した。医療全般でQOLを評価することが定着し,尿路変向をQOLの視点で評価する傾向が出てきた。

局所解剖

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ページ範囲:P.9 - P.9

1.膀胱の臨床解剖学

著者: 秋田恵一

ページ範囲:P.11 - P.20

要旨:膀胱は骨盤内に総排泄腔の前部が独立してつくられる。膀胱は単に尿器として機能するだけではなく,生殖器と非常に関連が深いために,発生は単純ではない。また機能的にも非常に複雑であるために,多くの神経と血管が分布する。これまでの骨盤の解剖は,男性を中心にして行われることが多く,記述のほとんどは男性の所見を基にしてきたといえる。しかし,女性骨盤の解剖を進めるうちに,特に骨盤内の神経の分布において,男性との違いがみられることがわかった。本稿では,膀胱の動脈を中心とした脈管系の変異をどのように考えるかについて考察し,さらに骨盤内に神経の達する経路について概説する。

膀胱全摘除術の適応と選択

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ページ範囲:P.21 - P.21

2.膀胱全摘除術の適応と選択

著者: 山中望 ,   日向信之 ,   山崎隆文 ,   大場健史 ,   結縁敬治

ページ範囲:P.23 - P.29

要旨:膀胱全摘除術と骨盤リンパ節郭清術は,浸潤性膀胱癌に対する標準治療である。しかし,手術侵襲が高いことや尿路変向術によるQOL低下などから,たとえ浸潤癌であっても,患者も医師もその受け入れを躊躇せざるを得ない場合があった。1980年代に登場したneobladderは,術後のライフスタイルにほとんど変化がないことから急速に普及し,T1G3から局所浸潤癌まで適応が拡大されつつある。本稿では,①neobladderを選択する場合の腫瘍学的考察,②T1G3の概念と膀胱全摘除術の適応,③骨盤リンパ節郭清の意義,④尿路変向術の選択,などにつき筆者らの経験を概説するとともに,若干の文献的考察を加えた。

手術手技

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ページ範囲:P.33 - P.33

(1)基本手技

3.リンパ節郭清

著者: 冨田京一

ページ範囲:P.35 - P.42

要旨:膀胱癌に対する骨盤内リンパ節郭清術は確立された術式であり,病期の決定に寄与するだけでなく,治療的意義も存在すると考えられる。本術式は,膀胱癌に対する膀胱全摘除術および尿路変向術と同時に行う長時間の手術のため,手術時間の短縮,出血量の減少ならびに合併症の防止を考慮して手術を行う必要がある。骨盤内リンパ節郭清を安全かつ確実に行うには,血管および神経を中心とした骨盤内の解剖をよく理解し,血管,神経および筋肉からその間にあるリンパ組織を含めた脂肪組織を剝離して,すべて摘除することが重要である。骨盤内リンパ節である総腸骨,内外腸骨,閉鎖および仙骨正中リンパ節の解剖と,リンパ節郭清術について解説した。

4.腸管の扱い方―腸管吻合における創傷治癒と手術手技

著者: 藤本康二

ページ範囲:P.43 - P.49

要旨:腸管吻合部の創傷治癒過程は,力学的癒合期,組織学的癒合期,成熟期の3段階に分かれる。吻合においては粘膜下層を合わせることが重要であり,その耐圧性は,縫合糸による物理的張力とcollagenによる生化学的張力の合計で表される。腸管吻合部の良好な創傷治癒のためには,腸管の十分な授動と吻合部の動脈血流保持とうっ血の回避が重要である。吻合法には手縫い吻合(Albert-Lembert,Gambee,層々吻合)と器械吻合(functional end-to-end, double stapling)がある。器械吻合は,手術時間の短縮,出血量の減少が期待でき,正しい使用法に習熟すれば均一で正確な吻合が可能であり,有用な吻合方法といえる。

5.血管の扱い方

著者: 尾原秀明 ,   松本賢治 ,   北川雄光

ページ範囲:P.51 - P.57

要旨:近年,麻酔を中心とする周術期管理および手術手技・器材が格段に進歩し,それとともに悪性腫瘍に対する手術の拡大は目覚ましいものがある。しかしながら,手術が拡大するにつれ,血管に対してより侵襲的な手術操作が加えられることとなり,術中血管損傷の危険性は必然的に高まることになる。粥状硬化症の高度な病的血管を扱う血管外科疾患とは異なり,泌尿器科医が遭遇する手術の中で対象となるのは健常血管であることが多く,血管外科の基本的知識と手技に習熟することで対応可能であることが少なくない。本稿では,基本的血管外科知識と技術および術中血管損傷の処置について解説する。

6.骨盤内自律神経の扱い方―外科的立場,特に直腸癌手術の場合から

著者: 山口茂樹 ,   小澤修太郎 ,   佐藤貴弘 ,   石井利昌 ,   田代浄 ,   細沼知則

ページ範囲:P.59 - P.66

要旨:直腸癌手術では下腹神経,骨盤内臓神経,骨盤神経叢のすぐ内側で直腸固有筋膜に沿って直腸授動を行うことにより,これら自律神経系を壁側に付着させたまま温存する。内腸骨領域のリンパ節郭清(いわゆる側方郭清)では,さらにこれら神経系の外側の郭清を行う。このとき,神経系を尿管下腹神経筋膜の層に沿って剝離することにより,ある程度の厚みをもって温存することになり,術後機能障害に配慮している。また最近,下部直腸と神経血管束(neurovascular bundle)との関係が注目されており,neurovascular bundleを損傷しないよう,直腸枝のみ凝固切離する方法がとられている。

7.骨盤内神経の扱い方―婦人科的立場から

著者: 仲村勝 ,   藤井多久磨 ,   今西宣晶 ,   青木大輔

ページ範囲:P.67 - P.70

要旨:婦人科領域において術後合併症として問題となるものの1つとして,膀胱機能障害が挙げられる。特に,この合併症がかかわってくる術式は,主に子宮頸癌に対して行われる広汎子宮全摘出術である。この広汎子宮全摘出術においては,膀胱機能温存を目指して術中に骨盤神経を意識したさまざまな工夫が報告されている1~4)が,今回はそのような報告も紹介しながら婦人科手術における骨盤内神経の扱いについて解説する。

8.骨盤内神経の扱い方―泌尿器科的立場から

著者: 武中篤 ,   藤澤正人

ページ範囲:P.71 - P.76

要旨:膀胱全摘除術において泌尿器科医が扱う末しょう自律神経は,神経ボリュームが非常に少なく,また個体差が大きいという特殊性がある。したがって,その外科解剖は“NVB”theoryのみで説明できるような単純なものではない。順行性アプローチの場合,まず下膀胱動脈を中心とする血管処理の際,骨盤神経叢近傍の神経損傷に注意が必要である。次いで,前立腺より末しょうにおいては,個々の症例における神経分布やその機能的分類に言及することが不可能に近い現状を考えると,可能なかぎり広範囲かつplate状に神経を温存することが重要である。体性神経においては,陰部神経,閉鎖神経,大腿神経の走行を熟知しておく必要がある。

9.吻 合―尿管と腸管の吻合

著者: 長岡明 ,   冨田善彦

ページ範囲:P.77 - P.85

要旨:尿路変向には,尿失禁型,尿禁制型,代用膀胱など,さまざまな方法があり,用いられる消化管も,胃,小腸,結腸と数が多い。尿路変向で一般的に用いられる吻合法は,尿管-小腸吻合と尿管-結腸吻合である。尿管-小腸端側吻合の代表がBricker法,LeDuc-Camey法であり,端々吻合の代表がWallace法である。尿管-結腸吻合法は端側吻合が主に用いられ,端側吻合にはrefluxing anastomosisとnonrefluxing anastomosisがある。前者の代表がNesbit法であり,後者の代表がLeadbetter-Clarke法,Goodwin法である。尿管-腸管吻合法において最も重要なポイントは,尿管の血流を維持することにより,尿管ならびに尿管-腸管吻合部狭窄を予防することである。

10.吻 合―新膀胱と尿道吻合

著者: 加藤正典 ,   海法康裕 ,   石戸谷滋人 ,   荒井陽一

ページ範囲:P.87 - P.92

要旨:自排尿型尿路変向術における新膀胱,尿道吻合において重要なのは,尿路再建後の排尿機能を最大限に発揮できるように,あらかじめ尿道や新膀胱の処理を行うことである。尿道については,①外尿道括約筋の解剖と機能を最大限に温存させる,②骨盤底筋群へのダメージを回避する,ことが必要不可欠である。さらに,③勃起神経の温存により性機能が温存されれば,患者QOLの一層の向上が期待できる。この考え方は,基本的には前立腺全摘術のそれと同じである。一方,新膀胱の側に求められることは,排尿時にも変形しない逆三角形の頸部を形成することである。これらのことを念頭に置きつつ,tension freeでwater tightな吻合を目指す。

(2)膀胱全摘除術

11.男性の膀胱全摘除術

著者: 加藤晴朗

ページ範囲:P.95 - P.105

要旨:男性膀胱癌における根治的膀胱全摘術は,女性におけるものと比較すると難易度は高いが,解剖学的知識の集積はもちろんのこと,手術器具の進歩によって,以前に比べるとより根治的に,より短時間に,出血量も最少で施行できるようになった。よりよい尿路再建を患者さんに提供するためにも,安全確実で根治性の高い膀胱全摘術を追求すべきである。今回,われわれが施行している膀胱全摘術の手術手技の概要を,腹膜の切開および側方・後方靱帯の処理を中心に紹介する。特に勃起機能温存や射精機能温存を考慮しない方法である。

12.女性の膀胱全摘除術

著者: 藤元博行

ページ範囲:P.107 - P.116

要旨:女性の膀胱全摘除術は,男性に比して比較的容易である。これは男性より骨盤が広く,手術操作がしやすいこと,前立腺が存在しないため尿道前面の展開が容易であることなどによる。しかし,静脈叢の処理という骨盤内臓器特有の問題がある。具体的には子宮あるいは腟周囲の静脈叢は男性のサントリーニ静脈叢のごとく定型的な処理法を理解しておかないと出血につながる。さらに,この手術において最も注意を要する尿道周囲の処理は大切である。その手術法について概略した。

13.尿道全摘除術

著者: 藤岡知昭

ページ範囲:P.117 - P.124

要旨:膀胱腫瘍に対する膀胱全摘除術後の尿道再発の頻度は,4~18%とされている。尿路ストーマの症例と代用膀胱造設例では尿道再発は異なり,後者で有意に低率である。代用膀胱を想定した場合は,前立腺尿道腫瘍,前立腺浸潤癌を除き,尿道温存が適応とされる。膀胱全摘除術に引き続き施行される男性および女性症例の尿道全摘徐術の概要を解説する。

14.神経温存膀胱全摘除術

著者: 木原和徳

ページ範囲:P.125 - P.131

要旨:後腹膜リンパ節郭清における射精機能温存は,交感神経幹とそれより出る腰内臓神経を同定して行うが,膀胱全摘除や前立腺全摘除における勃起機能温存では,骨盤神経叢とこれより出る神経群を同定することは難しいので,神経走行を想定して手術操作を行うことが求められる。陰茎海綿体神経は,精囊の外方にある骨盤神経叢から出て,主経路は前立腺の後外縁を走行し,副経路は前立腺を取り巻くように走行しているとされる。これらの神経群は前立腺被膜の外を走るため,この被膜に沿って剝離すれば主経路,副経路はともに温存されることになる。膀胱癌では前立腺癌に比し,前立腺被膜に沿って剝離する操作が根治性を脅かすリスクは少ないので,神経温存により適しているともいえる。われわれの行っている(現在はミニマム創内視鏡下に行っている)陰茎海綿体神経温存膀胱全摘除について解説した。

15.腹腔鏡下膀胱全摘除術

著者: 松本和将 ,   入江啓 ,   岩村正嗣 ,   馬場志郎

ページ範囲:P.133 - P.138

要旨:膀胱癌に対する腹腔鏡下手術を施行する際,いくつか克服すべき問題点が挙げられる。浸潤性膀胱癌に対する膀胱全摘除術においては,おのおのの症例により術式が大きく異なる。すなわち,症例により尿道全摘除術の有無があり,それに付随し尿路変向術の選択が多種多様となる。また,リンパ節郭清術の治療成績に対する影響や推奨される郭清範囲など,確立した知見が得られていない。さらに,腹腔鏡下手術における,腸管利用時の清潔操作を含めた手技的な問題も残されている。本稿では腹腔鏡下膀胱全摘除術の現状と展望について考察する。

(3)尿路変向術

16.膀胱全摘除術の適応と選択―尿路変向の選択の動向

著者: 山下亮 ,   庭川要

ページ範囲:P.141 - P.144

要旨:WHOが1971年~2004年までに8施設で実施した7,129例の尿路変向選択の動向を分析したところ,47%の患者に自然排尿型の新膀胱,33%の患者に回腸導管,10%の患者にanal diversion,8%の患者に自己導尿型の新膀胱を造設していた。自然排尿型の新膀胱を造設する機会の増加に伴い,新膀胱造設術の適応,長期成績について欧米のガイドラインを参照にしながら考察を行った。数ある自然排尿型の新膀胱において,どの作成方法が最適なのか,現在も結論が得られていない。尿路変向の方法により,疾患特異生存率は変化しないものの,選択する腸管(結腸,小腸)によって術後の排尿状態が異なっており,その違いを認識して患者説明に反映させる必要がある。

17.膀胱全摘除術の適応と選択―尿路変向の選択とその留意点

著者: 武藤智 ,   堀江重郎

ページ範囲:P.145 - P.151

要旨:膀胱全摘除術後の尿路変向術は,患者の生命予後や社会および家庭でのQOLに直結する重要な手術である。また尿路変向術の選択については,患者の希望を優先することが第一であり,膀胱癌の状態,それぞれの術式の長所および短所を患者および家族に十分に説明し,徹底した議論を行うことが必要である。特に,それぞれの方法の問題点を十分に理解していただく必要がある。本稿では,本邦で多く選択されている自然排尿型代用膀胱(新膀胱),回腸導管,尿管皮膚瘻を中心に,その選択のポイントを概説する。

18.膀胱全摘除術の適応と選択―尿路変向のQOL

著者: 菊地栄次 ,   大家基嗣

ページ範囲:P.153 - P.158

要旨:QOL調査は,選択された尿路変向術式が患者にどのような影響を及ぼしたのかを知る重要な手がかりとなる。QOL調査にはSF-36,EORTC QLQ-C30,FACT-BLなど,信頼性や妥当性が証明された質問票を使用すべきであり,その調査時期は術後1年以降が適切である。調査方法も自己回答式が望ましい。今までの尿路変向術後のQOL調査報告はretrospectiveな研究がほとんどで,尿路変向術後のQOLは比較的良好に保たれ,術式間に明らかなQOLの違いは認めないとしている文献が多い。今後はprospectiveな研究,また尿路変向術式に対する独自のQOL調査票の開発に期待が持たれる。

19.尿失禁型―尿管皮膚瘻―チューブレス尿管皮膚瘻術

著者: 宮地禎幸 ,   永井敦

ページ範囲:P.159 - P.165

要旨:尿管皮膚瘻はストマ狭窄の頻度が高いことが難点とされるが,チューブレスにさえなれば低侵襲で腸管の合併症もなく,回腸導管を凌駕する術式である。われわれは,チューブレスの率が高いとされる広川法に加え,腹壁の尿管貫通部(腹壁トンネル)の腹直筋鞘の前葉と後葉を縫合する方法を併用することで腹壁トンネルの太い径を保ち,筋膜による屈曲を回避する安定化処置を行って,チューブレスの成功率25/26腎(96.2%)という良好な成績を得ている。チューブレス尿管皮膚瘻作成には,①良好な尿管の血流の確保,②ストマ対側の尿管の十分な長さ,③腹壁トンネルの安定化,④ストマと腹壁トンネルがずれないこと,が重要と考えられる。

20.尿失禁型―回腸導管造設術

著者: 住吉義光

ページ範囲:P.167 - P.172

要旨:尿路変向術として,回腸導管造設術は非常にポピュラーであり,中心的役割を果たしている。この手術法は,1950年にBricker1)により発表された術式で,腸管腸管吻合や尿管導管吻合にさまざまな改良が行われ,安定した手術法となっている。泌尿器科医としてマスターしておかなければならない手術の1つである。

21.尿失禁型―結腸導管造設術

著者: 三宅秀明 ,   藤澤正人

ページ範囲:P.173 - P.178

要旨:結腸導管造設術が選択される頻度はそれほど高くないが,骨盤内臓器全摘除などを施行した後の失禁型尿路変向術として有用な場合がある。本術式においては,尿管導管吻合など,回腸導管造設術とはまったく異なる手技を要するいくつかのステップがある。本稿では実際の手術の流れに沿って,結腸導管造設術の中で最も頻用されるS状結腸導管造設術に関する,これらの手技上のポイントを概説する。

22.尿禁制型

著者: 栗田豊 ,   大園誠一郎

ページ範囲:P.179 - P.185

要旨:現在,代用膀胱の手術は尿道を温存した新膀胱造設術が主流であり,自己導尿型の代用膀胱の適応は減少している。しかし,前立腺部尿道に病変が及んでいる場合など尿道温存が不可能な症例に対し,泌尿器科医は自己導尿型の代用膀胱の手術手技に慣れておく必要がある。尿路変向術のoutcomeは,手術の質に大きく依存する。腸管吻合や尿管腸吻合においても,まず組織の剝離および遊離が愛護的かつ適切に行われていることが重要である。すなわち,解剖,デザイン,手順などの正しい理解と適切な手技の実践が術後成績の向上に不可欠である。

23.自排尿型―Hautmann法

著者: 松下一仁 ,   吉岡邦彦

ページ範囲:P.187 - P.193

要旨:自排尿型代用膀胱形成術の長期成績に関して,短期的,長期的合併症は回腸導管より少ないか,ほぼ同等であることから,これらの手術手技も標準医療として確立されつつある。また,体外装具装着を不要とし,随意的排尿を可能とするため,術後のQOLを向上させる意味では,泌尿器科の手術の中でも最も重要な手術の1つである。一方,尿意の欠落による夜間尿失禁など,いまだ解決すべき問題も多い。本稿では泌尿器科医にとって最も扱いなれた回腸を用いた新膀胱造設術のうちで,Hautmann法について,その利点を最大限活用し,かつ合併症発生の防止策を中心に述べる。

24.自排尿型―Studer法

著者: 戸辺豊総 ,   五十嵐辰男 ,   市川智彦

ページ範囲:P.195 - P.204

要旨:Studer法による新膀胱は回腸を55cm遊離し,15cmを輸入脚に,40cmをパウチに使用する。40cmの回腸は脱管状化し,U字型に縫合して折りたたむことにより,ほぼ球形のパウチが作成される。輸入脚には,尿管は逆流防止機構を作らず,単純なend-to-side anastomosisにて吻合する。そのために,形状は単純で作成しやすい。新膀胱の機能を良好に保ち,患者QOLを維持するには,手術手技だけではなく,術前の患者の選択および術後のきめ細かいケアが重要である。ここでは,新膀胱作成のポイントとともに,術後のケアにもフォーカスを当てて解説する。

25.自排尿型―Reddy法

著者: 原勲

ページ範囲:P.205 - P.211

要旨:Reddy法は新膀胱としてS状結腸を利用する代表的な尿路変向術式で,1987年に初めて報告された。現在では回腸利用新膀胱術が普及しており,Reddy法に関する報告は少ない。しかし,Reddy法では経年変化によっても排尿効率が悪化することが少ない点や,回腸利用で問題となる女性症例での尿閉の頻度が少ない,などの利点もあることがわかってきた。また,新膀胱作成に関しては種々のトラブルも考慮し,回腸を利用した術式だけでなく,S状結腸を利用するReddy法についても習熟しておくのは決して無駄なことではないと思われる。筆者の前任地である神戸大学では,本法を早くから取り入れ,種々の改良を加えてきたので,これらの点も含め解説する。

術前・術中・術後の管理とその対策

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ページ範囲:P.213 - P.213

(1)術前管理と処置

26.術前管理と処置

著者: 安部崇重 ,   丸山覚 ,   佐澤陽 ,   篠原信雄 ,   野々村克也

ページ範囲:P.215 - P.217

要旨:膀胱全摘除術は,泌尿器科定型手術の中で最も侵襲が大きい手術の1つである。また,尿路変向術を行う場合がほとんどで,患者の術後のライフスタイルを大きく変える可能性がある。疾患,手術の利点,起こり得る合併症など十分なインフォームの後,患者とともに治療に向かう姿勢が重要である。また,高齢者を対象とすることが多く,心血管系,呼吸器系を代表とする併存疾患を術前に評価し,可能な限り改善した後に,手術に臨む必要がある。さらに,ストーマを造設する場合,その管理の容易さは術後の患者のQOLに極めて大きな影響を与えると考えられ,ストーマサイトマーキングも重要な術前の一処置である。

(2)術中合併症とその対策

27.術中合併症とその対策

著者: 藤本清秀 ,   岡島英二郎

ページ範囲:P.219 - P.224

要旨:尿路変向術を必要とする膀胱全摘除術は,泌尿器科手術の中では侵襲が大きく,手術結果が術後の治療成績やQOLに大きく影響する手術である。また,多くの手術工程があり,多様な手技が求められるため,骨盤・腹部の局所解剖を熟知したうえで行うことが要求される難易度の高い手術でもある。そして,原疾患の予後や術前の全身状態を評価し,手術時間,出血量,あるいは術中・術後合併症など手術侵襲のリスクを考慮したうえで,膀胱全摘術から尿路変向・再建術まで予定した術式の手技や特性を理解して手術に臨む必要がある。さらに,手術に際しては,良好な術野を確保し,直視下で常に安全確認をしながら操作を進め,途中休憩など余裕を持って計画的に手術に臨むことが大切である。

(3)術後早期合併症とその対策

28.術後早期合併症とその対策

著者: 塚本泰司 ,   廣部恵美 ,   武藤雅俊

ページ範囲:P.225 - P.230

要旨:膀胱全摘は筋層浸潤性膀胱癌に対する標準治療であるが,軽度なものも含めるとその合併症の頻度は22~57%と報告されており,泌尿器科領域の手術の中で術後合併症の頻度が高い手術の1つである。本稿では,膀胱全摘の術後早期に出現しやすい麻痺性イレウス,手術部位感染(SSI),深部静脈血栓塞栓症などの代表的な合併症を取り上げ,その予防に重点を置き解説した。麻痺性イレウスの予防では,術後の疼痛管理,経鼻胃管非留置などが重要であることを指摘した。SSIの予防には抗菌薬の適切な投与が不可欠であり,術前からガイドラインに沿った対処が必要であろう。深部静脈血栓塞栓症も増加傾向にあるので,この予防を熟知することが大切である。

(4)術後晩期合併症とその対策

29.腎機能障害

著者: 藤山千里 ,   魚住二郎

ページ範囲:P.233 - P.239

要旨:尿路変向術の晩期合併症としての腎機能障害を,①失禁型,②自己導尿型,③自排型別に分けて説明した。それぞれに特有の尿路合併症が存在し,それが腎機能障害の大きな原因となっている。失禁型では,皮膚瘻口狭窄,尿管腸管吻合部狭窄による水腎症,および腎盂腎炎が問題であった。自己導尿型は尿の貯留による代謝異常,結石形成によることが多い。自排型は尿道新膀胱吻合部狭窄などがみられ,回腸を利用した新膀胱が他の部位の腸管よりも代謝性アシドーシスをきたしやすかった。腎機能保持のためには,oncological outcomeと同様に,永続的な尿路管理および患者生活指導が必要である。

30.腎盂腎炎

著者: 松本哲朗

ページ範囲:P.241 - P.244

要旨:膀胱全摘除術後の尿路変向には,尿管皮膚瘻や腸管を利用した回腸導管,尿禁制型尿路変向術や新膀胱形成術などが行われる。尿管皮膚瘻ではカテーテル留置に伴う腎盂腎炎や結石の形成などがみられ,カテーテルフリーの尿管皮膚瘻も,吻合部狭窄などの合併症に伴う腎盂腎炎が起こりやすい。カテーテルの留置は,細菌感染の温床となり,カテーテルに付着した細菌はバイオフィルムを形成し,慢性感染症の原因となる。カテーテルを留置しない場合にも,尿管の通過障害が発生すると腎盂腎炎の基礎疾患となる。一方,腸管利用尿路変向では,カテーテルの問題はないが,腸管上皮には細菌を付着していることが多く,術後の腎盂腎炎の原因となることがある。回腸導管では10~20%に腎盂腎炎が術後合併症として起こり,その中には敗血症を発生して死亡に至ることもある。尿禁制型の尿路変向術や新膀胱形成術などでは,腔内の圧が高くなること,尿管腸吻合部狭窄や結石形成が起こりやすいことなどにより,さらに腎盂腎炎の頻度が高くなる。腎盂腎炎を繰り返すことにより,腎機能障害を発生することも稀ではなく,その予防が必要であり,腎盂腎炎を防止するための術式の工夫も行わなければならない。

31.ストーマ合併症

著者: 田中達朗 ,   鈴木孝治

ページ範囲:P.245 - P.248

要旨:尿路変向術のうち,ストーマ形成が必要となるのは失禁型尿路変向術と自己導尿型の禁制型尿路変向術である。晩期のストーマ合併症は,失禁型尿路変向術のうち,主に回腸導管型と尿管皮膚瘻型にみられる。回腸導管におけるストーマ合併症は,ストーマの狭窄や粘膜壊死,脱出,傍ストーマヘルニアなど,尿管皮膚瘻の場合はストーマの狭窄がほとんどである。予防には,正しいストーマの位置の決定と,回腸,尿管の処理に際しての,血流や過緊張などへの配慮が大事である。また,ストーマ装具の扱い方によっては周囲皮膚障害からストーマ狭窄に至ることもあるので,ストーマケアの専門ナース(ET:enterostomal therarist)の役割が重要である。

32.代謝異常

著者: 山形仁明 ,   中川昌之

ページ範囲:P.249 - P.253

要旨:腸管利用尿路変向術の主な合併症の1つである代謝異常をさらに細分化し,その病態と対策について検討した。血清電解質および酸塩基平衡異常は使用する腸管によりタイプが異なり,それぞれの腸管特有の病態生理に対しての理解と適切な対処が必要である。そのほかに,アンモニア代謝の変化が主な原因である感覚異常や,腸管より吸収され腎で未代謝のまま排泄される薬剤の代謝異常,アシドーシスとビタミンD抵抗性が関与する骨軟化症,小児症例に対する成長と発達への影響,尿路感染症や尿路結石の発現の増加,栄養問題として水分や電解質に加え,胆汁酸,脂肪,ビタミン各種の異常,癌の発生率の上昇などについても,同様に理解と対策を講じる必要がある。

33.排尿障害

著者: 朝倉博孝

ページ範囲:P.255 - P.261

要旨:自然排尿型新膀胱造設術は,膀胱が摘出され,新膀胱と患者固有の尿道に吻合する術式である。排尿時に新膀胱自体は収縮しないので腹圧により排尿され,骨盤や尿道括約筋が協調して弛緩しないと排尿障害となる。新膀胱からは尿意などの知覚の求心性情報は伝達されないので,尿が過剰に貯留しやすくなる。産生される粘液も尿閉の原因となり得る。術後の解剖学的特性により新膀胱が後方へ落ち込みやすくなり,尿道が屈曲して排尿困難となる。一方,尿失禁を発症する原因は,尿道の機能不全と新膀胱の無抑制収縮を含めた内圧上昇である。このように,排尿・蓄尿障害の原因をさぐることが対策の第1歩である。

34.その他の合併症―結石など

著者: 橋本良博 ,   戸澤啓一 ,   郡健二郎

ページ範囲:P.263 - P.266

要旨:尿路変向術後の晩期合併症としての尿路結石症は,治療が困難であり大きな問題となる。尿路結石の成分では,リン酸マグネシウムアンモニウムなどの感染性結石が主たるものであり,尿非禁制型尿路変向術では上部尿路結石のリスクが高く,尿禁制型の場合は下部尿路結石発生のリスクが高い。結石成因として,代謝性アシドーシスによる尿中結石関連物質の増加,吻合部狭窄などの尿路閉塞によるリザーバードレナージ不良などの尿停滞や易感染性,ステープルなどの異物の存在が挙げられる。尿路変向術後は,常に尿路結石を念頭に置いて,腎超音波検査,CT検査を定期的に施行し,尿流停滞が存在する場合には,狭窄の治療を施行し,必要に応じて抗菌剤の投与,水分を十分に摂取するよう指導することが重要である。

メディカルエッセイ

「エビデンス」ってなんだ? 「常識」ってなんだ?

著者: 篠原信雄

ページ範囲:P.30 - P.31

 現在,医療の現場でエビデンス・ベースド・メディスン(EBM)という言葉をよく耳にする。これは,いわゆる「エビデンス」に基づいた医療を行うことで,医療レベルを一定に保ち,医療の均てん化をはかるという意味で結構なものである。しかし,この「エビデンス」という言葉はなかなかくせ者である。使っている医師もどこまで「エビデンス」という言葉を理解して話しているのだろうか?

 例えば,総回診の場面などで,患者さんの紹介の後,治療方針を議論する場面を考えてみる。ある医師が「“A”という治療法を行いたい」と述べると,他の医師から「“A”という治療にはエビデンスがあるのか」といわれる。しかし,聞かれた医師は,はたと困ってしまう。なぜか? 聞いた側の医師は,どのレベルのエビデンスを求めて聞いたのか,わからないのである。優秀な医師なら,「この“A”という治療は,欧米でのコホート研究から出されたもので,レベルⅡbのエビデンスです」と答えるかもしれない。しかし,そんなことを常に意識している医師はほとんどいない。結局,聞かれた医師はエビデンスレベルもわからず,困って立ち往生してしまうのである。

ブラキ外来

著者: 丹治進

ページ範囲:P.50 - P.50

 コメントを書き込んだPSAグラフを受け取ると,K氏はすぐに「また下がっている! 先生の予想通りですね」と言って表情を和らげた。「紙にも『よく起こる現象なので心配ないです』と書いておきましたよ」とややオーバーな笑顔で返した私に対し,「でも先生,また上がる可能性はあるでしょう?」と言い,さらにもぞもぞしながら「先生には言わなかったけど,1年前から酒を飲んだときに小便が痛かったんですよ。ずーと効いてくれるよう酒やめようかなあ?」と付け加えられた。K氏は気の小さい飲ん兵衛さんである。結局,私は「そうですねぇ。少しは節制したほうがいいのかなぁ」とトーンを下げていた。

 これは,当科前立腺癌小線源療法I-125 seed implant:SI外来(通称『ブラキ外来』)の一コマである。K氏は全摘と迷ったあげくSIを希望された62歳,中間リスク群のcT1cN0M0前立腺癌患者である。4か月間のNeoadjuvant ADT後にSIを行い(前立腺D90は171Gy),28か月が経過していた。NADTで4.4ng/mlから2.1にまで下がったPSAがSI後一時上昇したが,12か月後からは予想通り再下降した。ところが,18か月後には8.4へ再上昇し,その後なかなか下がらずにいたが,ここにきてやっと1.6になり正直私もほっとしたところであった。実は,私には同じようにNADT後にSIを行い,1年以内に全身骨転移を生じた苦い経験例があった。それでPSA上昇が続いたときには,K氏には再生検やADT再開について含みを持たせて話していた。直腸診では前立腺の圧痛はわずかで,PDE5阻害薬を希望されたこともあり,血中テストステロン値のチェックも考えないではなかった。

出身大学の垣根を越えた泌尿器科医ネットワーク

著者: 影山幸雄

ページ範囲:P.86 - P.86

 2006年春に東京医科歯科大学から埼玉県立がんセンターに移り,上司の東 四雄副病院長の全面的な支援のもと,地域住民によりよい医療を提供すべく奮闘努力している。埼玉県は東京に隣接しながら人口あたりの医師数が最も少ない医療過疎県だが,増え続ける泌尿器科の需要を反映して先生方の数も徐々に増え,埼玉地方会はいつも会場があふれるほどのにぎわいになっている。名の知れた実力のある先生方もたくさん活躍されているが,出身大学に関係なくよくまとまっている。現在,獨協医大越谷病院の岡田 弘先生が中心となって,埼玉医大総合医療センター,自治医大さいたま医療センター,埼玉医大国際医療センター,防衛医大などの先生方と共同で臨床研究を進めようと画策している。一昨年12月には,国立埼玉病院の門間哲雄先生,防衛医大の住友 誠先生,埼玉医大国際医療センターの吉村一良先生,埼玉医大総合医療センターの諸角誠人先生,獨協医大越谷病院の新井 学先生,埼玉県央病院の重城 裕先生など若手の精鋭が集まって,限局性前立腺がんの最新治療についての話題を集めた「泌尿器科低侵襲治療研究会」を開催,たくさんの先生方にお越しいただき活発な討論を行うことができた。増え続ける前立腺癌を前にして,PSA検診の普及は泌尿器科医の大事な使命と考えるが,昨年3月にさいたま市で『かしこいPSAとの付き合い方』という市民公開講座を開き,門間先生,春日部市立病院の蜂矢隆彦先生,そして群馬大学から駆けつけてくださった伊藤一人先生とともに,前立腺癌診療の最前線についての話題をご紹介した。

 県外の先生との交流も着実に増えている。センターに講演に来ていただいたのをきっかけに虎の門病院の小松秀樹先生ともおつきあいいただくようになり,その縁で昨年春から東京泌尿器科研修協議会にも参加させていただいている。駒込病院,聖路加国際病院,NTT東日本関東病院,国立がんセンター中央病院,関東中央病院,旭中央病院,亀田総合病院,癌研有明病院など実力派の病院が集まって,学会では発表しにくい難渋例などについて若手の先生が中心になり活発に討論しており,病院間の手術交流も積極的に行われている。今後,診療方針に関する検討なども進めていく予定であり,新臨床研修制度のもとで求心力が低下している大学に替わり,意欲のある若い泌尿器科医を育てていくための1つのモデルになるのではないかと期待している。

2008年のノーベル賞

著者: 白木良一

ページ範囲:P.94 - P.94

 連日,新聞をにぎわしているのは,アメリカのサブプライム・ローンに端を発した世界同時不況,株価の暴落,といった経済の暗いニュースばかり。そんな中,「ノーベル物理学賞を日本の3人が受賞!」に続き,ノーベル化学賞も日本人が受賞し,まさに“ノーベル賞ラッシュ!!”の明るいニュースであった。化学賞を受賞した下村 脩・米ボストン大名誉教授の研究は,緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見である。GFPは,ターゲットとなる分子,蛋白に組み込み発光させることで,それらを生態内などで直接観察することが可能となる。タンパク質を光らせる『分子イメージング』に役立つ研究を地道に重ねた。今回同時にノーベル賞を受賞したマーティン・チャルフィー氏らが,GFP遺伝子を別の遺伝子と連動させることで,生体内でいつ,どの遺伝子が働いているかを把握する標識に使えることを示した。見えない現象を見えるようにすることで,新たな理論を生み出したり,病気の解明が進んだりしている。

 細胞レベルでは癌細胞がどのように広がるかなど,これまで見ることができなかった現象を追跡する手法が開発された。GFPを作り出す遺伝子を調べたい細胞のDNAに組み込むと,細胞内で光を放つタンパク質が作られる。この光を「標識」にすれば,細胞を生かしたままタンパク質や細胞の働きを観察できる。実際,私たちの研究室でも,腎細胞癌に対する治療用抗体にGFPを標識することで,マウスに移植したヒト腎細胞癌に標識した抗体が分布することを証明した。

2009年冬,雑感

著者: 武内巧

ページ範囲:P.132 - P.132

 徒然なるままに順不同で,脳が混乱したまま思いついたことを書き連ねてみる。泌尿器科とは外科と内科を合わせた,スキーでいえばジャンプと距離スキーの結果を合計する複合競技のようなものだろう。ここで仮に,内科とは極論をいえば科学的,基礎的医学研究と言い換えられるものとしよう。この2つは本質的にかなり異なるものであり,これを両立させるとすれば困難に陥って,自己矛盾を発生する可能性がある。基礎的研究を一泌尿器科医が自分自身で継続して行うことは難しい。大学院や留学といった時期以降も,自分で自立して基礎的研究を施行しようとしても,それはもう基礎的研究に値しないことを行っているのかもしれない。あるいは,自分が若い泌尿器科医を使って成果を発表していくというスタイルは可能かもしれないが,しかしこの場合でも基礎や内科のラボと同じように運営するのは,鵜も泌尿器科医なので,一般には困難ではないだろうか。内科の人などをみると,結局は完全に基礎医学者になってしまう人もいるが,よき,賢明な古典的泌尿器科医に普通はそういう考えはないだろう。結局は,いずれは泌尿器科医は泌尿器外科医,あるいは手術をおおむね放棄した泌尿器内科医として生計を立てていくしかないのだろうか。とすれば,どうすれば泌尿器科は儲かるだろうか。

 泌尿器科手術ということについては,私たちの若い頃は大きく開く開放性手術と,低侵襲手術としてはせいぜいTURやTULを習得すればよかった。今は,これらに加えて腹腔鏡手術やミニマム創手術を学ばねばならないとしたら,いろいろと大変である。大胆に,こっそりといえば,手術をやるほうの醍醐味は,大きく開いてやることにあるともいえるのではないだろうか。このある種の醍醐味を無理やり抑制しながら,患者さんのために“低”侵襲手術をやるとすれば,術者の脳内エンドルフィンは低下するのだろうか,増加するのだろうか。ヒトによるかな。でも,術後何年もたった患者さんの傷あとを見るのは,大きくても小さくても感慨深い。

医療への逆風と泌尿器科への追い風

著者: 林祐太郎

ページ範囲:P.139 - P.140

 平成20年は,さまざまな意味で医療が注目された年であった。平成16年から始まった新医師臨床研修制度が5年目を迎え,その影響なのか,医師の地域偏在化,診療科の偏在化が明らかになった。これらの問題は,当初はわれわれ医療従事者だけが危惧したものであったが,今や新聞,報道テレビなどのマスコミのどこかで毎日のように特集されるようになり,国民の関心事の1つになった。

 テレビドラマや小説でも医療の世界は相変わらず人気が高い。その代表格のテレビドラマが『チーム・バチスタの栄光』と『風のガーデン』である。『栄光』は,現役医師で超人気作家である海堂尊のベストセラーのドラマ化で,大学の心臓外科チームの活躍を描くミステリーである。『風のガーデン』は,主演の中井貴一が自らも進行性の癌を持つ,麻酔科・ペインクリニックの少壮准教授の最後の余命半年を演じたテレビドラマであった。録画しておいたものを帰宅後に観るのを楽しみにしていたが,残念ながら2つのドラマには泌尿器科医は1人も登場しなかった。ほぼ同時期に『小児救命』という24時間体制で働く小児科開業医のドラマも放映された。気管支喘息,脳腫瘍,腹部損傷などさまざまな疾患のこどもが登場したが,膀胱尿管逆流症による高熱の尿路感染症や急性陰囊症の代表疾患である精索捻転症などは登場しなかった。そういえば,2年ほど前の人気ドラマ『医龍』は,手術室での外科系のストーリーであったにもかかわらず,登場するのは,消化器外科医,心臓外科医,麻酔科医などであり,泌尿器科医が尿管損傷のレスキューで呼ばれたり,尿路確保のために導尿を依頼されたりする場面にはお目にかからなかった。つまり泌尿器科は世間的にみれば“凪”の状態が続いている。

尿失禁―究極の選択

著者: 加藤久美子

ページ範囲:P.186 - P.186

 尿失禁は,溢流性尿失禁から腎後性腎不全になるような状況を除けば,基本的に命にかかわることはない。しかし,当人の悩みはときに深刻で,医師が思う以上の犠牲を払っても治したいと望む人もいる。記憶に残る2人の患者について述べる。

 1人は新米医者のときに出会った30代女性1,2)。二分脊椎の神経因性膀胱で,それまで泌尿器科を受診せず,自己流に腹圧排尿で対処していた。腹圧性尿失禁の治療を求めて,名古屋大学の近藤厚生先生のところに来られた。1980年代前半は,腹圧性尿失禁に対して針式膀胱頸部挙上術のStamey法が日本でも導入された時代であった。

恩師の影響力

著者: 菊地栄次

ページ範囲:P.194 - P.194

 泌尿器科医として15年が経過した。診療,手術,研究に従事するだけでなく,後進の教育にも身を入れて取り組まなくてはならない時期を迎えた。教育指導,これがなかなか難しく,力技で相手にわからせたようで,その実,何も伝わっていなかったりもする。そもそも教育指導には明確なゴールはなく,教える側もなかなか満足感が得られないのが実際のところであろう。この執筆を機会に自分が受けてきた教育指導を振り返ってみた。それは恩師との出会いから始まった。まずここでは3人の恩師に登場してもらう。

 恩師Aは厳格な人である。決して後進をほめず,厳しさの上に厳しさを上乗せして指導を進めていく。教室での学会発表の予演会のことである。我ながら内容のまとまったスライドを作成したと自負して臨んだが,恩師Aはスライドが映写されるや否やスライドの背景の色が気に入らないと,発表の冒頭,30分も説教を始めた。おそらく内容だけにこだわらず,聞き手に視覚的にわかりやすい発表をすべしとの教えであったと,今では冷静に判断できるが,そのときの私は若輩者で,そのお叱りにむくれてしまったことを覚えている。その恩師Aになぜ魅了されたかというと,時折みせる責任感とほのかな優しさが絶妙なタイミングで訪れ,また「自分のすべてを君たちに教える」と全身を使って指導にあたられたからであろう。私たちは恩師Aに認めてもらいたくて,おのずと仕事に打ち込んでいくわけである。

Endourologyに魅せられて

著者: 辻畑正雄

ページ範囲:P.212 - P.212

 「先生はどうして泌尿器科を選択したのですか?」 現在,大学で研修係をしている関係上,学生や初期研修医よりこのような質問を受けることがよくある。現在の学生や初期研修医は専攻科を決定するときにはさまざまな観点から総合的に判断している場合が多いようだが,私の場合は非常に単純で,臨床実習のときに見学したTUR-Pに興味を持ち自分で手術をしてみたいと思ったことが泌尿器科医を選択した理由である。しかし私が泌尿器科医になって20年の間にEndourologyはめまぐるしく変化した。

 私の志望理由であるTUR-Pにおいても,現在BPHに対する外科的治療ではまだまだ主流ではあるが,この20年間でさまざまな方法が開発され登場してきた。最近では内視鏡的に腺腫を核出する方法が登場し普及しつつある。私も最近はTUR-PよりもHoLEPを行う機会が多くなり,その術式のおもしろさに惹かれているところである。

外国の泌尿器科医師とは比べたいけど比べない

著者: 稲元輝生

ページ範囲:P.231 - P.232

 サブプライムローン問題にゆれる近年の米国であるが,2006年11月から滞在していた米国は日本よりも贅沢な生活を送っているように目に映った。M. D. アンダーソンの泌尿器科にpostdoctoral fellowとして勤務していた間,米国,カナダ,アイルランド,シンガポールの同年代の泌尿器科医師たちと研究を共にした。12人ものフェローがいたのでその生活はさまざまで,400坪くらいの広い一軒家を購入しているフェローもいれば,大学の宿舎を借りている者もいた。アイルランド,シンガポールのフェローは私と感覚が似ていて,「米国のフェローたちは派手に生活してるな」と言っていた。そもそも,米国の医療業界を支える収入面が完全に患者の自己負担に支えられていて,赤字にならないシステムが存在しているおかげでか,医師を取り巻く環境はまったく日本と異なっている。ちなみに,アイルランドとシンガポールでは日本と同じく保険医療制度で支えられており,大学病院の薄給と,遅くまで毎日働く環境も似ているようであった。

 テキサスの泌尿器科医師は全員早起きで朝の5時半に病院に来て,膀胱全摘をして執筆活動をして夕方6時には帰宅するのが典型的であった。このゆったりのペースでどうしてあれだけ多くの論文が書けるのかと不思議に思っていたのだが,これは医師をアシストしてくれるコメディカルの多さに由来しているようである。病院では看護師だけでなくPA(physician's assistant)という資格の業種があり,彼らが医師の行う多くのことを代行してくれるようである。なんとassistant professor(日本でいう助教,昔の助手)以上の管理職のみならず,フェローやレジデントにも当直業務がないということであった。PAが実際の当直を行っており,点滴や必要な投薬も医師に代わって行い,何かあるときだけ電話でレジデントに聞いてくるということである。研究面でも日本とは大きく異なり,実際の研究を行うのはフェローまでで(それでもリサーチアシスタントが泌尿器科に10人前後もいて,彼らが多くの実務をこなしていた),統計処理もinstituteが統計学者を雇っていて,臨床の患者データ集計もリサーチナースが担当し,さらに,assistant professor以上のfacultyには個人秘書がついて論文の投稿もやってくれるというゴージャスさである。ちなみにM. D. アンダーソンではPAの年収が10万ドル(1,000万円)前後,泌尿器科のスタッフはassistant professorは20万ドル(2,000万円)前後もあり,わが国の現状と比べるとため息しか出ないような差があった。ちなみにフェローの給料は3~4万ドル程度で,日本の助教を取り巻く環境は実際には米国のassistant professorに及ばず,フェローに近いものであろう。

特許申請にトライしてみては?

著者: 野瀬清孝

ページ範囲:P.254 - P.254

 大学の普通の医局に在籍している者にとって,今も昔も論文書きは重要であることにかわりない。しかし,これからは特許の数も評価される時代がくるのではないかと思い,練習を兼ねて特許を申請してみた。何もわからず,周囲に聞く人もなく,試行錯誤した経験をお話しする。

 当時,術場は雲の彼方ではあったが,手術にからみたかったので手術に関するもので出してみた。TVT導入時,生食を入れるルートと穿刺針を通すルートを完全に一致させるのが難しかった。そこで穿刺針に内腔をあけ,水圧をかけながら穿刺できるといいな,という思いつきを申請することにした。まずは医学の論文検索をしてみるがみつからない。次に特許庁の日本の特許文献を検索してみる。世界の検索は難しいが大事な特許は日本でも申請しているはずなので,初心者には十分である。PubMedのように特許庁のページからキーワードでネット検索できる。だが文面が解読しづらい。何を隠そう自分の書いた特許でも読みにくい。これは特許特有の書き方に原因があるのだが,外国人の特許は専門を理解していない人が翻訳しているからよけいわからない。わからないなりに調べると,TVTの針を作っているJ & Jによる内視鏡やガイドを使ったTVTの特許があった。当然これらの針には内腔があり,これだけでは新たな特許にならないので付随事項をつけて申請した。臨床的には付随事項は不要で内腔付き穿刺針さえあればよかったのだが,練習を兼ねて申請した。特許を申請したら,今度は協力してくれる会社探しである。特許のあるJ & Jなら試作品を作ってくれるのではないかと思って同社に相談した。このときがいわゆる“営業”の初体験だったので交渉がうまくいくわけもなく,ここには書けないさまざまな理由から,よいお返事は得られなかった。その後も大した進展もなく,特許審査をせず,数年後に特許権を放棄した。これ自体は結局役に立っていないが,特許のイメージが湧き,その後の特許申請はしやすくなった。例えば,TOT関連特許などは論文を見ただけで現物を見ずして特許をとっている。研究費や研究時間がなく研究ができないという人も,アイディアさえあれば簡単に特許申請ができることは知っておいたほうがよいと思う。

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編集後記 フリーアクセス

ページ範囲:P.272 - P.272

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臨床泌尿器科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1332

印刷版ISSN 0385-2393

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