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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科17巻6号

1962年06月発行

雑誌目次

特集 手こずつた症例―私の経験した診断治療上の困難症(Ⅰ)

診断と治療の困難ということ

著者: 中田瑞穂

ページ範囲:P.395 - P.400

 野球でいえば,カーヴをうまくひつかけて,ヒットなり,時にはホームランをかつ飛ばすということは,外科でいえばうまく難症を診断し,手術に成功したということである.
 しかし,直球のストライクに空振りということもある.ファウルを捕られアウトということもある.無暗にボールに手を出すということもある.打撃率が3割といえば立派な打者であり,年間を通じて3割以上となればリーデングヒッタとなれる.1割以下しか打てないというのは職業人には少いが,4割以上長期コンスタントに打てるためしも殆どない.短期のゲームでは5割〜10割のヒットということも絶無ではないが,長期5割ということは野球では先ずむずかしい.それというのも相手が常に変り,球質もさまざまであり,グラウンドも同一ではない上に打者としても,そのコンデションは毎日同じということはない.体調の悪い日もあり,精神的に崩れる日もあろう.スランプとなれば全くあの人がと思われる位に不成績になるためしは珍しくない.すなわちいくら経験をつみ,練習をくりかえし,体調をととのえても,6割の打者とか,5割の打者というものは殆んどなく,大体4割近くが最高であつて,そこに抜き難い壁が厳然とあるということがわかる.

脳腫瘍—臨床上天膜下腫瘍が疑われた前頭葉腫瘍の2例

著者: 山本俊介

ページ範囲:P.401 - P.405

緒言
 頭部外傷,脳腫瘍等の診断にさいして,一般神経学的診断の他に脳血管撮影,気脳術等が重要な役割を果すことはすでに衆知のごとであるが,われわれは腫瘍の局在の診断において脳血管撮影が非常に重要な役割を果した例を述べて参考に供したいと思う.

脳の疾患—とくに脳腫瘍

著者: 景山直樹 ,   菊池晴彦 ,   鈴木陽一

ページ範囲:P.407 - P.412

Ⅰ.視床下部に現われる特殊な腫瘍
 視床下部あるいは視束交叉部に現われる腫瘍はいろいろあり,視力障害の外に,脳下垂体や間脳の障害症状,脳圧亢進症状等を現わしてくるものであるが,各腫瘍の現わす症候群の間には相互に多少の差異があり,それが臨床的に鑑別診断に役立つている.この部の代表的腫瘍としては下垂体腫瘍,Craniopharyngioma,鞍結節部Meningiomaが挙げられているが,これらの外にも余り人に知られていないが,案外時々遭遇するものに次のような例がある.

慢性硬膜下血腫

著者: 西島早見

ページ範囲:P.413 - P.419

Ⅰ.はしがき
 最近交通機関の発達はとみに著しいものがあり,産業,文化,経済などの向上に大恩恵を与えているが,一方交通災害も激増の一途をたどり,特に頭部外傷例は著しく増加し医家の注目を集めている実状にある.外傷による慢性硬膜下血腫(chronic subdural hematoma)は頭部外傷後硬脳膜と蜘蛛膜との間に血腫を形成し慢性の経過をもつて脳圧亢進症状を呈し時として死に至る疾患であり,頭部外傷例の増加とともに多発する傾向を示し,諸家1)−6)によつて治験例も報告されている.ここに教室における症例について報告し,考察を加えたいと思う.

食道疾患

著者: 中山恒明 ,   山本勝美 ,   高橋康

ページ範囲:P.421 - P.435

Ⅰ.はしがき
 食道疾患の最後の難関であつた食道癌も今日では安全に根治手術を施行し得る段階に迄到達したが,治癒成績向上への努力はたゆまず続けられ,教室を始め諸家により各種の工夫研究が臨床的に,実験的に報告されている.しかし何と言つても根本的には的確な診断ないし早期診断が,絶対の必要条件であることには変りない.そこで私の教室で現在行つておる,食道疾患に対する診断法を簡単に御紹介し,次に横隔膜ヘルニア,噴門痙攣症の症例について診断面を中心として検討を加えて見たいと思う.

食道狭窄

著者: 赤倉一郎 ,   中村嘉三 ,   三富利夫

ページ範囲:P.437 - P.442

はじめに
 食道疾患の診断は先ず食道のレ線検査,次いで食道鏡検査を行うのが通常であるが,これらにより診断および治療方針が決め難い場合,あるいは誤診に導びかれる場合も時にある.ここにはわれわれの経験したそのような症例について述べよう.
 第1例は高年者の食道癌が良性食道狭窄として,比較的長い間ブジールングを受け,その後に食道癌根治術が施行されたものである.第2例は約5年間Achalasiaとして姑息的に治療された後,手術的治療に移行して,噴門癌の併発を見出されたものである.第3例は術前に食道癌と診断されたが,手術により食道の良性ポリープと判明した症例である.第4例は8年前に胃潰瘍の根治術を受けたものに見られた下部食道癌にたいして,根治術の適応が疑われたが,意外にも手術に成功したものである.

胃外科の経験

著者: 堺哲郎

ページ範囲:P.443 - P.446

1.早期診断?
 今日,癌のいわゆる早期診断法によつて小さい癌の腫瘤を発見出来たとしても,それが果して癌全体の経過からみてほんとに早期であろうか.私はいつもその点に疑問を持つ.今仮りに径10cmの腫瘤と径1cmの腫瘤を比較する場合,われわれは肉眼で判定する習性があるから,前者は大きく後者は小さいとするのはいいとしても,後者の場合には早期に診断出来たという.しかし癌症という刻々と癌細胞が増殖を遂げつつあるものを対称とするからには,それが果して正しいであろうか.とも角も癌腫瘤が出来上つてしまつたからには五十歩,百歩の差でしかないように考える.
 胃癌で,手術出来るまでの病歴の長いことは必ずしも診断がおくれたという不利だけとは断定し難い.むしろ病悩の発現から手術までの期間が長かつた症例がむしろ術後生存率がよいとか,あるいは病悩期間と根治切除可能率とは必ずしも平行しないという,およそ早期発見の思想に抵触するparadoxica1なdataがMayo clinicやLaheyclinicから報告されている.少し許り早く発見したからといつて根治率がこれに伴つて向上するという簡単なことではないことを日常いやという程思い知らされている.

初期胃癌—胃癌の全治を内科医の手によつて

著者: 東陽一

ページ範囲:P.447 - P.452

1.胃癌は治る
 私たちが,まだ学生の頃,故入沢達吉教授の臨床講義で,耳に残つている数々の挿話の一つに,「諸君,胃癌で治る場合が,ただ一つある.それは,誤診のときである.」それは,内科的に胃癌を治療したときの話ではあろうが,外科医も,いわゆる根治手術を敢行して,術後5年生存の症例をつかまえることは,なかなか容易なことでなかつた.正直のところ,私も,今から20年前,熊本医科大学を去るときの記憶を辿つて見て,胃癌手術患者の1割も助け得たであろうか.
 戦後,わが国医学の急速なる進歩にかかわらず,胃癌の根治手術の成績は,日本の最優秀と思われる大学や大病院の成績でも,30%の5年生存率を挙げることは困難のようである.近年次第に40%に近づいて来たかも知れないが,それも,手術の技術の向上ということよりも,早期発見早期手術の例が増加したことによると言う方が正しそうである.

胃癌に対する胃全剔術後の困難症—特に栄養障害について

著者: 卜部美代志 ,   村上誠一 ,   高野利一郎 ,   橘貞亮 ,   太田順子

ページ範囲:P.453 - P.464

緒言
 最近における化学療法の発達,麻酔法の普及,手術手技の改善ならびに術前,術後の管理の進歩等2)5)8)9)10)11)12)17)22)は,外科手術の適応の著しい拡大と,治療成績の向上とをもたらした.
 このことは,胃癌の外科的治療においても例外ではなく,領域リンパ腺の廓清は従来に比較して一層徹底的に行われるようになると共に,噴門近く迄変化を伴つているような,相当進展している症例に対しても,積極的に胃全剔術が施行される場合が多くなつてきた.しかし胃癌に対する胃全剔術を,より安全且つ確実な治療方法とするためには,さらに工夫,改善を要する点が少なくない.

胃・十二指腸疾患

著者: 村上忠重 ,   大津留敬 ,   溝口一郎 ,   内藤正司 ,   今田英俊

ページ範囲:P.465 - P.469

 最近は麻酔や輸血の進歩のおかげで,ゆつくりと落着いた手術が出来るようになつたし,また化学療法や術後の管理法が進歩したために,腹膜炎,肺炎その他の術後合併症に苦しめられることもまずなくなつた.したがつて急性の出血や穿孔例に対して救急手術を行うような場合をのぞけば,胃切除術の後に,困難症を来たすことは殆んどないと言つてよい.私どもの最近の記憶では噴門癌の切除時,リンパ節の廓清のために知らずに胆嚢の壁を傷つけていて,術後外胆汁瘻を来たした1例を思い出す程度である.その例もしかし約1カ月の観察によつて自然に瘻が閉じた.したがつて編集者の丁度註文に応ずるような例ははなはだ少ない.
 そこで胃・十二指腸の疾患の診断に迷つた例1例と,術後の困難症としてダンピング症状を呈した1例,食道・空腸吻合に狭窄を来した例,腸閉塞症を発した1例,ならびに2回目の手術によつて,再発した胃癌の剔除に成功した例などについて経過をのべ責をふせぎたいと考える.

胃切除術後の出血

著者: 秋田八年 ,   尾辻三郎 ,   迫田晃郎

ページ範囲:P.471 - P.476

 出血はわれわれ臨床外科医が日常遭遇する事象で,従つてこれに関連してその診断や治療の上でいろいろ困難を経験することが多いが,ここでは胃切除術のあと下血を繰り返し,再手術を行つた症例を挙げて検討を加えたい.

噴門部粘膜裂傷による大量出血

著者: 綾部正大 ,   村上明

ページ範囲:P.477 - P.481

 大量消化管出血は種々の原因によつて惹起されることは,従来の文献にしばしば記載されているところである.大量の吐血を主訴として,顔面蒼白で全身状態の著しく不良な患者が私共臨床家のもとにかつぎ込まれることはそんなに珍しいことではない.このような場合にどのような処置をするかということは,患者が重体なだけになかなか難かしいことが多い.出血源の探究よりも先ず大量出血によるショックの対策が優先することが多く,救命のためには直ちに手術を敢行しなければならなくなることも多い.従つて開腹によつて初めて出血源が判明し,これに対して適切な処置が咄嵯の判断で施されねばならない場合がある.
 このために私共は平素から消化管出血(勿論出血のみに限らないが)の原因をよく知り,これに対する対策をよく研究してその知識を自分のものにして,上述のような咄嵯の判断においても誤りのないように努力しなければならない.

吻合病について

著者: 槇哲夫 ,   三浦光恵

ページ範囲:P.483 - P.489

Ⅰ.まえがき
 腸切除後の吻合方法として,側々吻合,端側吻合および端々吻合の何れかが行なわれるわけである.側々吻合は術式が簡単であり,縫合不全や吻合部の狭窄を伴なうことが少ないとされているが,端々吻合には起らない特殊の合併症をみる場合が多い.腸管吻合部の盲嚢形成,輸入脚吻合端の拡張と延長および空置腸管の悪循環がそれである.術後数カ月ないし数年後に腹部膨満,腹痛,悪心,嘔吐を訴え,時には貧血を伴ない,またイレウス症状や盲端部の穿孔による腹膜炎を併発し,重篤な症状を招来することがある.これらの不快な合併症は主として側々吻合または端側吻合,そしてあるいは側々吻合による腸管空置術後に発生するものである.このような合併症について,臨床的に最初に詳しく記載したのはHenschen(1936)である.彼は回腸一横行結腸吻合による短絡形成を行なつた場合,腸管悪循環Circulus vitiosusを伴ない,盲腸,上行結腸に腸内容がうつ滞して糞塊を形成し,腸管拡張による障害や,その他腸管の側々吻合による輸出入脚盲端の拡張,内容蓄積による盲嚢(Blindsack)形成による一連の障害を総称して吻合病Anastmosenkrankheitと呼んだ.最近これらについて種々反省されてきているので,自験例を中心としてその概要を記してみる.

癒着性イレウスに伴なつた多発性高位腸瘻

著者: 斉藤淏 ,   天野純治

ページ範囲:P.491 - P.496

 広範にわたる癒着に原因している腸閉塞についで発生した腸瘻および腸狭窄を主要な病態とした1例を巡つて述べようとしているが,このような症例は決して今日の外科医にとつては珍しいものではない.またその治療に難渋し空しい努力を続けた経験を持ち合わすものも少なくはないと思う.従つてこの症例もそうした症例中のただの1例にすぎないが,何時でも役にたつこれという明快な処置方法を持たない今日の外科医の1人のなし得たことを記してみるのもなんらかの参考になろうかと考えているのである.

虫垂炎

著者: 小原辰三

ページ範囲:P.497 - P.500

 日常診療する疾患のうちで,急性虫垂炎は頻度の多いものの一つである.この疾患の診療については,今まで機会ある毎に,その道の大家先輩から詳細に報告がなされつくされているということが出来る.このような疾患について,なお本誌のとりあげたわけは何故であろうか.急性虫垂炎ほど診断がやさしくつけられるものも少く,またその治療も早期手術によつて,極めて簡単に根治出来るものはないといえる.しかし,典型的な急性虫垂炎の場合には全く成書の通りであるが,毎常この典型的な虫垂炎にのみ遭遇するわけでもなく,また手術あるいはその術後の経過も型通りにいく場合のみであるとは限らない.従つて,自分が経験した症例のみでなく,他人が経験した症例について,その実情をきくことは,自分の経験をより豊富にすることによつて,今後の診療上に役立たすことが出来る.殊に他人の失敗例について,知つておくことは自分が再びその失敗を重ねないという点で,甚だ有意義のことと考える.
 このような意味で私共の病院で,最近に取扱つた症例について2,3検討を加えて,反省の資とすると共に,読者の参考としたい.

肝・胆道疾患—とくに肝内結石症

著者: 三宅博 ,   鍬塚登喜郎

ページ範囲:P.501 - P.505

 肝胆道疾患で最もしばしば遭遇する外科的疾患は胆石症であろう.胆石症の診断にあたつては,定型的な発作を欠くために困難を感ずることもあるし,また,治療にあたつても合併症あるいは胆道の奇型等の為に胆嚢の摘除に著しく苦労する場合もあるが,治療上最もむずかしく,且つ問題が多いのは胆管に発生する結石,特に肝内胆管に生ずるいわゆる肝内結石の場合である.本疾患は内科的には勿論のこと外科的にも不治の疾患と考えられて来た.外科的の技術や内科的療法の進歩した今日においても,依然として本症が難治の疾患であることは論をまたない.
 ここに,肝内結石症の1,2を紹介してその診断の問題,治療の問題を論じたい.

肝・胆道疾患

著者: 本庄一夫 ,   小坂進

ページ範囲:P.507 - P.513

 腹部内臓領域で,肝胆道系の疾患は実地臨床上必ずしも診断の容易でない場合が多く,なかんずく外科的療法の対象として重要な地位を占める肝癌に対し,近時,肝広汎切除が軌道にのつて根治的治療の途が開かれ1),その早期発見が強く要望されているが,肝癌の臨床症状は種々様々で,特異的な検査法もなく,初期には,その殆んどすべてが診断上の困難症であるといつても過言ではない.
 また,外科療法でも手の届かぬことが多く,治療に頭を悩ます疾患として肝内結石症が挙げられる.他方,黄疽をきたす病因も多種多様で,先天性胆道閉塞にもとずく黄疸と非常によく似た臨床像を呈する乳児の遷延性黄疸には,いろいろの原因を有する疾患が包含され,その鑑別診断も実際には容易でなく,治療法の選定に迷う症例も少なくない.

無石胆嚢炎—とくに手術について

著者: 石橋幸雄

ページ範囲:P.515 - P.517

 胆嚢は炎症の発生し易い場所である上に,胆石形成の好素地でもあるために,外科臨床ではしばしば剔除の対象とされていたが,近年は化学療法の長足の進歩によつて,急性胆嚢炎はもとより,慢性胆嚢炎も,感染自体はかなり有効に制禦出来るようになつた.最近,胆嚢の穿孔や壊死性胆嚢炎などの救急手術がとみに減つたのはたしかに化学療法のたまものであろう,かくして,胆嚢炎は排出不可能な胆石でもない限り,内科的に治療すべきであると言う思想がますます一般的となりつつある.しかし,内科的にいろいろやつて見たがどうも疼みがとれない.思い切つて胆嚢を剔つてもらつたらさつぱりしたと言う患者もある.外科医のセンスからすると,再発をくりかえすような胆嚢炎に対しては炎症の場をなくする意味で,胆剔が有意義であると主張することも出来るが,一方手術しても一向に改善されない場合も決して少くないから乱用はつつしまねばならない.
 胆剔後におこるいろいろの愁訴に対して胆剔後遺症の名称が与えられているが,内容は複雑多岐にわたつている.ところで,無石胆嚢を剔つた場合の術後愁訴は胆嚢欠如症状と言うふうに説明され勝ちである.それは胆嚢の機能的役割を重視する立場からおこる議論で,胆嚢を虫垂と同断に考えて手術することの誤りが内科医によつてしばしば指摘されて来た.

先天性胆嚢胆道奇形

著者: 岡宗夫

ページ範囲:P.519 - P.522

 「先天的な奇形が原因で診断に苦しんだ症例」として,比較的珍らしい胆嚢,胆道の奇形の2例を述べる.
 先天的な奇形がありながら,全然障害を起さないものは沢山あるが,その奇形臓器に病変が起つた場合,正常の場合とは全く異つた病相を呈することは当然のことであり,「医者泣かせ」ともなる訳である.第1例がそうした症例である.

急性膵炎

著者: 津田誠次

ページ範囲:P.523 - P.528

 急性膵炎には軽症と,重症と,超重症の3型があり,軽症は内科医がよく注意して観察すれば相当多いもののようである.しかしその診断は上腹部の疼痛,圧痛(特に左上腹部痛)等があつて,しかも胃や胆道疾患が否定され,その上尿のジアスターゼの増量が証明されれば確かであるが,尿ジアスターゼの増量が正常以上にない場合も比較的多いので,軽症型急性膵炎の診断は少なからず漠然としているようである.超重症型はまたたく間にショックに陥り,半日〜1日ですでに死の転帰をとるものもありその診断は極めてむずかしい.その中間に位する重症型は最も病症の明らかなもので,その外科的処置に対しては賛否なお相半ばするが,診断を確め,疼痛を急速に和らげ,諸種臓器なかんずく腸管,肝,腎等を膵酵素の影響から庇護するには,手術的療法もまた捨て難いものがある.最近独逸BayerからTrasylol1)(Trypsin—Kallikrein-Inaktivator)が発売せられるに当り,手術成績も向上するのではないだろうか.

再発性膵炎(Relapsing Pancreatitis)

著者: 上村良一

ページ範囲:P.529 - P.534

Ⅰ.緒言
 急性膵臓炎が重要な急性腹部症の一つであることは多くの人が知つているが,慢性の経過をとる膵臓炎が近年多くなつたにも拘らず,それを認識している者は少く,特に内科の人達にはその存在することすら忘れている人がいるのではないかと思われることがある.
 われわれ外科医は幸にも,他の疾患で開腹したさい,時折いわゆる慢性膵臓炎と考えられる病変に接する機会があり,中にはその患者の長い間の腹痛発作の原因がそのためであつたのではなかつたろうかと感ずることもあり,従つてわれわれの外科では上腹部痛を訴える患者を診る時には仮令痛みは弱くても,外来入院の別なく,また術前後を問わず,能う限り,尿中ジアスターゼの検査を行つておる.その結果その値が24以上を示した場合には膵臓炎およびそれを合併しやすい疾患を考え治療しながら,その他の検査を進めることにしている.もしも反復再発性膵臓炎のあることを意識して診療すれば,本症はわが国においても案外多い疾患ではないだろうか.ここに言う反復再発性膵臓炎とはいわゆる英米学派のRelapsing Pancreatitisのことであつて,多くの本では慢性膵臓炎と同じように定義しているが,実は慢性の経過をたどりつつしばしば発作を繰り返す形のものである,自家経験の症例を報告し,如何に本症が度々発作を起すものであるかを紹介しよう.

急性膵壊死—5度入院,遂に死亡した症例

著者: 東二郎

ページ範囲:P.535 - P.538

 これは私の失敗した症例である.下記に御覧のように殆んど毎年いわゆるAnfallがあつて入院しいてる.以下冗漫のようであるが順次病歴を記載する.
 患者は62歳(昭和28年当時)の女性,家族歴には特記すべき点はない.非常な肥満体である.約15年前胆石症と言われ,内科的に治療され治癒,その後は胆石症の発作はない.その他には著患はない.

肺化膿症

著者: 篠井金吾 ,   早田義博 ,   青木広

ページ範囲:P.539 - P.545

はじめに
 肺疾患診療の動向は,外国でも,わが国でも,この10年間同じような道をたどつてきている.10年前は肺結核の治療法が世界的な問題であつたが,近年は肺癌がこれにとつて代つている.肺化膿症は化学療法が進歩するまでは,かなりわれわれを悩ませた疾患の一つであつたが,諸種抗生物質の発見に伴ない症例も減り,予後も良好となつたが,それと同時に肺化膿症自体の臨床像も変貌し,診断の困難な症例が増加してきた.診断上の問題として,最近とりあげられてきた慢性肺炎の問題は重要である.慢性肺炎のなかには,吸収の遅延した肺炎,肉質化肺炎などの臨床症状の少ないSilent abscessや,リポイド肺炎,コレステロール肺炎,ビールス性肺炎のような各種のものがあり,肺癌との鑑別上極めて重要である.また,肺癌に続発して起る肺膿瘍や,癌性空洞と原発性の肺化膿症の区別が困難な場合もすくなくない.これらの問題は,最近の肺癌増加につれて,重要性をましてきている.
 治療上の問題は,化学療法の濫用により,Fusospirochetary typeのものでも,薬剤耐性ブドー菌が病巣の主体となつている場合が多く,また,慢性化したものでは手術の困難性を増し,種々な問題を提起している.以下診断および治療上に困難を感じた2,3の症例を検討してみよう.

良性肺腫瘍と肺癌

著者: 鈴木千賀志 ,   近藤敏

ページ範囲:P.547 - P.561

 私共は,昭和19〜36年抗酸菌病研究所において悪性肺腫瘍患者325例(原発性肺癌283例,転移性肺腫瘍42例)と良性肺腫瘍患者22例を診療したが,診断上あるいは治療上,または両面で手こずつた症例が少なくなかつた.これらのうち良性肺腫瘍2例と肺癌3例を次に掲げる.諸賢にとつて多少でも御参考になれば幸いである.

肺癌—緊急肺剔除例と心肺機能の考案

著者: 米山武志 ,   尾形利郎

ページ範囲:P.563 - P.569

症例
 患者:鈴○正○ 56歳,♂
 病名:左肺癌
 1960年12月,咳,痰,胸痛があり,肺炎の診断で化学療法をうけた.軽快はしたが,症状は持続した.

先天性心疾患

著者: 福慶逸郎

ページ範囲:P.571 - P.577

 診断と治療上の困難症も医師の経験の程度により異り,新しい治療を始めたときは,経験の深い医師には何でもない症例が困難症であつたに違いない.ここに記載する症例も経験が浅かつたための失敗例かも知れない.
 最初の症例は誤診によつて苦労したものである.

先天性心疾患

著者: 井上雄

ページ範囲:P.578 - P.581

1.術前左上大静脈残遺の合併を診断し得なかつた心房中隔欠損症
 症例 高○良○ 6歳,♂
 入院:昭和36年11月9日
 家族歴・既往歴には特記すべきことはない.

先天性心疾患

著者: 新井達太

ページ範囲:P.582 - P.588

 チアノーゼ性心疾患は種類も多く,複雑な奇形を伴つているので診断が困難な場合がしばしばあります.この中で,ファロー氏四徴症(三徴,五徴を含めて)は比較的容易に診断が下せるのですが,多くの症例にあたつてみて,ファロー氏四徴と診断を下して手術をした症例の中に,複雑な他の心奇形のある症例を数例経験して,この診断がなかなか容易でないことを痛感します.このような症例は,ふり返つて見ても臨床診断がなかなかむずかしく,手術はまた,非常に困難なことが多く,症例の多くは不幸な転帰をとつています.
 そこで,診断の困難な症例で,手術治療も困難であつた症例をあげて検討してみましよう.

後天性心疾患

著者: 西村正也

ページ範囲:P.589 - P.595

 後天性心疾患で外科的治療の対象となるものは主として僧帽弁狭窄症ならびに慢性心膜炎である.その他,大動脈弁膜症や僧帽弁閉鎖不全等もあるが,なお標準的手術法なく,最近では人工心肺による直視下手術の対象となりつつある.
 従つて,術前診断においては僧帽弁狭窄と閉鎖不全の鑑別,あるいは他の弁膜症特に大動脈弁膜症の合併の有無等を判定することが手術の適応決定に重要である.

アルドステロン症

著者: 石川善衛

ページ範囲:P.596 - P.602

 副腎皮質からは正常では糖質代謝ホルモンであるハイドロコーチゾン,コルチコステロン,電解質代謝ホルモンであるアルドステロン,性ホルモンであるアンドロゲン,エストロゲン等,その他種々の生物学的に不活性なステロイドも分泌されているが,これらのステロイドが絶対的または相対的に分泌過剰になる時,種々の症候が出現してくる.
 すなわち,ハイドロコーチゾン,コーチゾン様物質の産生が優勢となればクツシング症候群となり,アンドロゲンが優勢であるか,または末梢の標的器管がハイドロコーチゾン様物質に対していわゆるandrogenic mannerで反応すれば副腎性器症候群となる1).そして電解質代謝ホルモンであるアルドステロンの分泌が副腎原発性に過剰となれば原発性アルドステロン症が発現するのである.

骨疾患—大腿骨下端部の病変

著者: 児玉俊夫

ページ範囲:P.603 - P.607

1.症 例
 症例1 S.I.男,14歳
 主訴:左膝の自発痛
 家族歴および既往歴:特別のことはない.

熱傷の局所予後

著者: 大森清一 ,   倉田喜一郎

ページ範囲:P.608 - P.611

まえがき
 二度にわたる世界大戦により,熱傷による多数の犠牲者がでたことは衆知のとおりであるが,現在の平和な世の中にあつても,石油,ガス,電気,原子力等の熱源があり,また可燃性の建物のあるかぎりは,家庭生活の中での小さな熱傷から,高度産業化された工場での大惨事による熱傷まで,その犠牲者のあとはたたれていない.
 熱傷の恐しさは,生命の危険にさらされるということはもちろんであるが,たとえ生命をとりとめても,後遺症として,瘢痕による機能障害や外観の変形,醜形等の悲惨な結果をきたすことであり,わたくしたちの形成外科に来院するこれらの不幸な患者の数はあとをたたない.したがつて熱傷の治療はきわめて重要である.しかし,熱傷の治療とくに局所療法については,まだ一貫した治療法の結論がでていないのが現状である.

外国文献

若い婦人の"虫垂炎",他

ページ範囲:P.405 - P.405

 若い婦人の虫垂炎というので手術し,炎という所見のない場合は甚だ多い.本報はロンドン諸病院1956〜1957年間の40歳以下の虫垂炎18000例を検討したもので,さすがに英国であると感心させられる.男では虫垂炎で入院するのは12歳が最高(10歳で小峯をつくる年次あり)で17歳ごろ第2のピークをつくり以後漸減する.男の虫垂炎はそれ虫垂炎だというので直ちに入院するのが多い.女子虫垂炎は18歳ごろ急峻なピークをつくり,その前後はずつと少く,10歳ごろ小さいピークがある.そして直ちに入院するものもその峯に応ずるが,"直ち"でない入院者が男に比しずつと多い.腹膜炎合併は14歳以前の小児期に多く,20歳,30歳台には少い.1931から1957まで各年度の女子15〜24歳間の虫垂炎は同年男子の1.7倍になる.24歳までは既婚者より未婚者に多いが,25歳以後は既婚・未婚同率である.17歳女子が虫垂炎として手術される頻度は13歳少女の2倍である.抗生物質が出来る前も出来た後もこの傾向は変らない.これらは虫垂炎として退院するが,組織学的の知見は入手できない.それで真に虫垂炎であつたか否か確める方法がないから,腹膜炎・死亡の頻度から窺うことになるが,その範囲では女子に特に男子より多いという成績はない.米国でも同様らしい.この多い部分(extra)は少くとも虫垂炎ではあるまい.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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増刊号 —消化器・一般外科—研修医・専攻医サバイバルブック—術者として経験すべき手技のすべて

78巻10号(2023年10月発行)

特集 肝胆膵外科 高度技能専門医をめざせ!

78巻9号(2023年9月発行)

特集 見てわかる! 下部消化管手術における最適な剝離層

78巻8号(2023年8月発行)

特集 ロボット手術新時代!—極めよう食道癌・胃癌・大腸癌手術

78巻7号(2023年7月発行)

特集 術後急変!—予知・早期発見のベストプラクティス

78巻6号(2023年6月発行)

特集 消化管手術での“困難例”対処法—こんなとき,どうする?

78巻5号(2023年5月発行)

特集 術後QOLを重視した胃癌手術と再建法

78巻4号(2023年4月発行)

総特集 腹壁ヘルニア修復術の新潮流—瘢痕ヘルニア・臍ヘルニア・白線ヘルニア

78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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