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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科17巻8号

1962年08月発行

雑誌目次

特集 手こずつた症例―私の経験した診断治療上の困難症(Ⅱ)

麻酔に関する反省

著者: 稲本晃 ,   渋谷欣一

ページ範囲:P.703 - P.708

 近年麻酔管理が進歩すると共に,次第に手術の適応は拡大し,ために従来は到底手術不能とされた重症患者にも,メスが加えられて救命的効果が期待されるようになつたことは喜ばしいことであるが,一面われわれ麻酔医の手に任せられる患者も,一般状態の重篤な麻酔導入さえも困難な症例が多くなり,われわれの精神的負担も責任もいよいよ重大になりつつある.
 もとよりわれわれの使命は,安全を第1とし,たとえ一万例の中で一例でも麻酔が原因となつて失われる生命があつてはならないのであるが,一方最近筋弛緩剤,静脈麻酔剤の普及により,気管内挿管はもはや安易な手技となり,なんらの顧慮も慎重もなく,不用意に行われる傾向があることは,厳に戒しむべきことである.ここに私共が京大中央手術部で行つた最近2年間約4000例の大手術に対する麻酔管理の経験から,気管内挿管および気道確保,循環系維持等の諸点において特に困難であつた症例,あるいは失敗例を,数例選び出して,その検討と反省について述べたい.

麻酔

著者: 田中亮

ページ範囲:P.709 - P.712

 麻酔学領域における診断と治療上の困難症は,特殊な診療専門分野であるので,多くは麻酔がその中心となり,常に診断と治療を主体とした他の臨床専門科におけるそれとは異なるものである.私達は,極めて短時間に,ある疾患または病状などに対処しなければならないことが多い.患者は少くとも生理的状態を保つていることは稀である.全身麻酔,局所麻酔,あるいは低体温の状態で,私達は,出来るだけ患者の苦痛をとり除き,生理的状態に保ち,術者に協力しようとしているものである.かかる時の困難症とは,私達の領域では,いわゆる麻酔の合併症をも含まれると思う.
 筆者が経験し,また観察した麻酔症例中,以下に述べる数例は,合併症としては,重症でなく困難症と云えないかも知れないが,特に印象に残つたものである.これらの症例は,術者の協力を得なければ解決出来ない諸問題を残し,実地臨床家の為に,なんらかの御参考になるものと思うので紹介する.

両側気胸,その麻酔的考察

著者: 米沢利英

ページ範囲:P.713 - P.717

 麻酔前に患者の手術治療に対する危険率を予測し,準備し手術するのが普通であるが,術前数値的に現し得ない生理機能上の特異性や体質的な異常のある患者では治療経過中に極めて処置の困難な事態に出合うことがある.肺外科領域は近事肺結核から肺癌,Bleb,肺気腫にまで拡大されているが,肺気腫を伴う患者は麻酔管理上最も重要な肺機能上に著しい特異性があるので,常識的な呼吸管理によると突然重大な結果が生ずることがある.この死因は死後の剖検によつても特にとり上げられるべき死亡原因が明かでないことも多く,死因は生存中の生理機能の異常により決定されている.これは麻酔にとつて重大なことで,生存中の患者状態の慎重な観察によって対処すべきものである.今まで小数ではあるが,肺気腫の合併のあるために手術死の原因の一部となつたと思われる例1)や,手術中患者管理に困難を伴つた症例を経験して居る.また患者自宅で肺気胞の破裂によつて両側気胸を起し,その手術までの処置や手術および手術後の処置にいろいろと考えるべき例を経験したのでこの症例を述べ,麻酔の立場から考察を加えて見る.

心疾患の麻酔

著者: 岡村宏 ,   新津勝宏

ページ範囲:P.719 - P.729

 当教室独自の低体温ならびに超低体温法の研究はすでに実験的基礎的研究の域を脱し,広く一般臨床に適用し得る段階に至つた1)-15).このことは種々の重症疾患治療に新生面を拓くこととなろう.特に心疾患患者に大きな福音を与え,また同時に心臓外科発展にも寄与するところ大なるものがあると信ずる.現在一般には開心術は人工心肺法に依らねば危険と考えられ,従つて手術可能の場所は自ら限定されてくる.すなわち大量の血液が確保出来,高価な人工心肺を設備し得,しかも多人数の医者のいる大都市の大病院でしか治療出来ぬこととなり,一人の患者治療に伴う家族の犠牲,さらにはその経済的負担は並大抵でない.結果として診断治療の時期は遅延し,ますます重症度を加え,治療的にも困難を増し期間も長びく,一方では生涯医学の恩恵に浴し得ぬ心臓患者も出来る訳である.この点手軽にしかも安全に何処でも実施可能な超低体温法の意義は大きいと確信している.われわれはすでに123例の各種心疾患の手術を本法で行ったが,中85例は25℃以下最低16℃と云う超低体温で6分30秒から55分に及ぶ長時間の血流遮断下に開心根治手術が遂行され,その成績は誠に誇り得るもので,すでに日本1)-15)のみならず諸外国にも度々発表16)-20)し注目21)-23)されているところである.著者等は現在本法のみで2時間の血流遮断下の開心術が可能との線を出し得ている.

輸血

著者: 砂田輝武

ページ範囲:P.731 - P.737

 昭和26年日本にはじめて血液銀行が設立されて以来10年を経過し,今日では全国津々浦々いたる所で輸血がきわめて容易に実施できるようになつた.その間輸血に関する知識は年々歳々増加し,副作用発生の頻度はその原因解明とともにすくなくなってきたが,なお未解決のまま残つているものもかなりある.輸血の副作用にはその程度が軽微で医師・看護婦にほとんど気付かれずに経過するものから,死に至るほど重篤なものまで種々あり,このうちには不可抗力と考えられるものもあるが多少の注意と予防を行えばその発生を防止できるものも多い.本誌では私の教室で経験した症例を中心に若干の考察を試みてみたい.

乳児の外科

著者: 若林修 ,   森田建

ページ範囲:P.739 - P.743

はしがき
 私共が小児外科に興味を抱き,この方面の診療に従事して以来,約4年間の歳月を経過した.その間,小児外科的疾患といわれるものを大凡一通り経験し得たが,この私共の経験からみると,2,3歳以上の幼児においてはある程度の小児外科的知識を持ち,適切な麻酔や術前術後の管理を行う限り,予想以上の好成績を収めることができることを知りえたが,新生児,幼若乳児のように,患児の年齢が著しく幼い場合には,未だ種々の問題があり,診断上あるいは治療上困惑を感じた症例も少なからず経験した.これらの困難を感じた理由について,今になって顧りみると,当時の私共に知識や経験の少なかつたことによることも多いが,またなかには現在でもなお明らかにし得ない点もあるので,その困難を感じた理由について読者諸氏の共感を呼び,御参考に供し得ると考えられる症例を掲げることは,なかなか困難であるようにも思われる.
 しかし,最近本邦においても新生児や乳児の開腹症例は増加する傾向にあり,また特発性総胆管拡張症や先天性胆道閉鎖症は本邦においても比較的症例数に恵まれているものであるので,ここでは乳児開腹術後の創破裂の問題と胆道吻合手術後の上行感染の問題とを取挙げ,私共の経験した症例について述べてみたい.

新生児・小児の外科—2,3の困難症について

著者: 林田健男 ,   古屋清一 ,   森岡幹登 ,   上村実

ページ範囲:P.745 - P.752

 小児外科の歴史が浅いばかりでなく,対象とする患児の病態生理学的知見に乏しい点もあつて,遭遇する困難は枚挙にいとまがないが,幾つかの特徴を挙げることも不可能ではない.個体差が大きく,同一疾患でも成人のごとく,比較的画一的な手術手技や術後管理をあてはめることを許さない.従つて一例毎新しい工夫を考え,新しい経験を積み,言わば暗中模索に近いことを繰返していることは,あながち経験した症例が少いためのみではなく,こういうこと自身が,むしろ小児,新生児外科の特徴であるとすら感じられるのである.昨秋来日した米国小児外科医のDr. C. E. Koopも術後の輸液は多分に経験にたよつているといつている.
 また年齢が幼弱であればある程,予後の明暗が明瞭で,一旦良くなり始めれば,その回復は期待以上であるのに反して,悪化し始めるとしばしば急速に手が付けられない程の状態に陥入る傾向がある.このことは新生児・乳児の術後の副腎皮質反応1)2)や開排現象3)の推移からみると,幼弱乳児や新生児では,それぞれ特有な反応を示すことと並んで,この時期の患児の術後の経過に特徴を与えていると思われる.

血管の疾患

著者: 橋本義雄

ページ範囲:P.753 - P.759

 診断上の困難性という問題にはいろいろな意味が含まれている.先ず第1に疾病に対する医学的知識が十分でなかつたために診断がつきにくかつたということも少くない,また知識は十分あつても疾病の現わす症状がはつきりしていないために診断が容易でなかつたということもある.一般に疾病は一つの経過によつて症状もいろいろに移行,変化する場合がある.従つて初期においては診断が困難であつてもある経過の後に観察すると,これがはつきりすることもある.また臨床的にはたとえ如何なる検査成績を揃えても組織学的診断をまたなければその診断の判明しないこともある.以上のような考えを含めて血管疾患の診断上の困難点について述べることにする.ここで取り扱う血管疾患とは末梢血管とともに大動脈疾患をも含めて私どもの経験を話してみたい.
 末梢血管疾患といえば一般には四肢における血管の疾患を指すことになるが,私の教室では末梢血管疾患とともに脳血管疾患をも取り扱うことが少くないので,この両者も含めて主題の問題について2,3述べることにする.

脳腫瘍・聴神経腫瘍・松果体腫瘍

著者: 植木幸明 ,   富田拓

ページ範囲:P.761 - P.768

 非定型的症状を呈し,全く積極的治療を為し得ず終つた小脳腫瘍,脳腫瘍の中では診断され易すく,手術的予後も良好である聴神経腫瘍で診断に迷つた例および診断に誤りはなかったが,術前術後の管理で,非常な困難を感じさせた,松果体腫瘍の例の計3例についてその経過を報告し御参考に供し度い.

脳腫瘍

著者: 光野孝雄

ページ範囲:P.769 - P.775

Ⅰ.肺癌の脳転移例
 肺癌は早期に転移を起こし易いが,とくに脳はその好発部位で,肺癌の20%前後に脳転移がみられ,転移性脳腫瘍のうち肺癌よりのものがSimionescu1)38.1%,Rohr2)27.9%でかなり高頻度であり,比較的多いものである.しかし実際には転移癌の診断,治療の点で困難な場合がしばしばある.ここにのべる第1例は手術所見,biopsyで診断がつかず,解剖によつてはじめて診断確定した症例である.

視床下部腫瘍

著者: 景山直樹 ,   和賀志郎

ページ範囲:P.777 - P.782

視床下部腫瘍とPubertas praecox
 種々の頭蓋内疾患のさいにPubertas praecoxを伴うことはよく知られているが,その中でも特に松果体腫瘍にしばしば起ると言われている.1896年Gutzeitが松果体奇型腫を持つた7歳の男児に著明なPubertas praecoxを認めて以来,この症状は松果体腫瘍の特徴の一つとして重視されるようになった.そして1908年Marburgはそれ迄の類似報告例を集め,それらの例で皆松果体が破壊されていたことから,「松果体は個体が成熟期に達するまで,その性成熟を抑制する物質を出すのであろう」との説を提唱した.以来松果体は内分泌腺の一つと考えられるようになり,その裏付けとして,多くの松果体剔出実験や,松果体移植またはその抽出物の投与実験等が行われたが,その結果はまちまちで,現在では大方の趨勢が上述のMarburg説を否定する方向に向つている.これを否定する理由の一つとして挙げられるものの一つが,Pubertas praecoxを伴う間脳疾患の存在である.すなわち視床下部のみの病変で,松果体になんら変化を認めなくても,Pubertas praecoxを伴つている例が,1940年頃以後いろいうと報告されてきたのである.

肺結核の偽治癒と肺化膿症

著者: 加納保之 ,   野崎正彦 ,   古谷幸雄 ,   佐藤孝次

ページ範囲:P.783 - P.789

症例1 16歳男子 学生
 現症歴:昭和33年9月(3年4月前)入院,主訴として特別なものはない.
 既往歴;ツベルクリン反応は幼時から陽性であつた.5歳のとき肺炎.

肺腫瘍

著者: 宮本忍

ページ範囲:P.791 - P.795

原発性肺癌か転移性肺腫瘍か
 症例1 48歳 女
 昭和35年10月11日保健所の集団検診で胸部X線撮影を受け,右下肺野に異常陰影を発見され,精査を受けるため同年11月15日当外科に入院した.入院時の胸部X線所見は第1図のごとくで,右側の腹側第4肋間,心臓陰影の右縁に接し2.8×2.7cm2の充実性円形陰影が認められる.

肺腫瘍

著者: 福間誠吾

ページ範囲:P.797 - P.803

はじめに
 「肺腫瘍の外科における診断と治療のむずかしさ」という課題であるが,肺腫瘍の大部分を占める肺癌にしぼつて述べてみようと思う.
 肺癌症例の発見が最近急速に増えていることは,その主因が何れにあるか判然としないが,医療に従事する人達のみならず,一般の人達の肺癌に対する認識が高まつてきたことと共に,診断や治療面の進歩に従つて肺癌摘発の可能性が多くなつたこともその一因であろう.しかし,ひるがえつて肺癌の治療成績をみると,各方面の非常な努力にもかかわらず,その予後は依然として不良であり,治療の根幹であると思われる外科手術の成績にも著明な改善は認められていない.

縦隔腫瘍

著者: 葛西森夫 ,   寺沢懿徳 ,   星野文彦

ページ範囲:P.805 - P.810

 手術または剖検によらずに縦隔腫瘍の種別を確定することは通常困難であり,一般に胸部レ線写真上腫瘍陰影の形と位置から比較的発生頻度の高いものを予想し得るのみであるが,縦隔に腫瘍が発生していることは胸部レ線単純撮影のみでも容易に知り得るものが多い.縦隔腫瘍以外の疾患で鑑別を要するものでは,縦隔内の他の疾患,特に大血管,心臓に関係するものと肺疾患が最も重要である.良性縦隔腫瘍とこれら疾患との鑑別は多くの場合困難でないが時には他の疾患と誤診されて長い間無駄な治療をされている例も少なくない.次に示す症例はその意味で示唆に富む症例と思われる.

食道疾患

著者: 桂重次 ,   阿保七三郎

ページ範囲:P.811 - P.815

 私がこれ迄経験した食道疾患の中では,何といつても食道癌が圧倒的に多い.すなわち最近16年間に桂外科を訪れた嚥下障害患者692例中食道癌は403例で過半数を占めている(第1表).
 そこで嚥下に関するなんらかの訴えある場合には先ず食道癌を念頭においてレ線検査や食道鏡,細胞診等必要な検査を行つているが,これらによつてなお癌の確診がつかない症例に相遇することも稀ではない.そこで今回はこれらの中特に診断ならびに治療上困難であつたものについて赤裸々に苦心談を綴つてみることにした.

胃炎出血

著者: 浜口栄祐 ,   宮川兜 ,   星子直躬 ,   野中拓之 ,   平間栄生 ,   松尾泰伸 ,   松崎淳 ,   宮永忠彦 ,   山上明倫 ,   畑宏 ,   牧田憲太郎 ,   山田栄一

ページ範囲:P.817 - P.826


 上部消化管からの急性出血が問題にされるのは,出血源の診断がしばしば困難であり,また出血が時に致命的でさえあるという事実に依つている.
 それまで全く無症状に経過していた者に突如として吐血,あるいは失神を来す程の下血が現われ急激にSchock状態に陥入るような場合も少なからず経験され,Schock状態の改善に努力しても余り効果が無く,緊急手術を余儀なくされる場合には,術前の診断が不確実なまま手術を行うことになるが,幸いに輸血・輸液または止血剤の投与などによつて状態が改善され,その後,充分に出血源の検索を行うことが出来た症例においてさえも,術前に正確に出血源を診断し得ない場合が決して稀ではない.

消化管出血

著者: 中山恒明 ,   山本勝美 ,   高橋康

ページ範囲:P.827 - P.834

Ⅰ.まえがき
 吐血,下血を以て現われる消化管出血は,それが大量の場合に惹起されるショック状態に至れば勿論のこと,仮令少量でも患者を初め,その家族を大きな不安に陥れ,医師にとつてもこのさいに採る可き処置如何で,予後に大きな影響をもたらす.近年出血に対する治療や予防は,その病態生理解明への努力,輸血,代用血液の進歩と普及,化学療法の発達により大きな発展を遂げたが,未だ完全とは云えず,外科治療と出血の問題は昔から現在,さらに将来に亘つて,外科医にとつて離れがたい関心事である.外科的立場から消化管出血を扱う場合,問題は術前,術中,術後の出血に大別されよう.
 明らかに大量の吐血,下血を主な訴えとして外来を訪れる患者に対しては速やかによつて来る原因を究明し,治療方針を立てなければならない.すなわち①出血の程度はどの位か(量),②何処から出血しているか(部位),③現在も続いて出血しているか(血液循環不全への移行),④出血を来した原因疾患は何か,⑤応急処置,⑥治療方針の決定と云うことが臨機応変に行われなければならない.

胃癌の脳膜転移について

著者: 陣内伝之助 ,   西本詮 ,   貞本和彦

ページ範囲:P.835 - P.841

まえがき
 転移性脳腫瘍は,しばしばその原発病巣が発見されないため,単なる原発性脳腫瘍として手術され,死後剖見により,はじめてそれが転移性であることが判明する場合が多い.特に瀰漫性に軟脳膜に癌転移をきたす,稀有な瀰漫性軟脳膜癌腫症(diffuse metastatic meningeal carcinomatosis)等では,たとえ生前に原発病巣が発見されたとしても,確実にその脳膜転移の診断を下すことは困難であろう.
 私たちは,最近幸いにも,生前に本症の原発病巣を発見し,さらに脳穿刺を行つて軟脳膜のみへの転移を証明して診断を確実にした症例を経験した.この症例はさらに死後剖見の結果,脳内に「転移性癌性脳炎(diffuse metastatic carcinoma-tous encephalitis)」を併発しおることを知り,貴重な1例と考えられるので,ここに報告し諸家の御批判を仰ぎたいと思う.

胃平滑筋肉腫

著者: 梶谷鐶 ,   山田肅

ページ範囲:P.843 - P.847

 胃悪性腫瘍の大部分は癌であつて非癌悪性腫瘍は稀である.癌研外科において1946年より1960年までに手術された胃癌患者は2632例であるが,胃肉腫は32例にすぎず,この中平滑筋肉腫は8例であつた.ここに紹介する胃平滑筋肉腫の1例は再発を繰返しつつ3回にわたる手術によつて現在7年余を経過した珍らしい症例である.

胆道疾患

著者: 綿貫重雄 ,   窪田博吉 ,   福島之之

ページ範囲:P.849 - P.857

 診断や治療に困難を伴なう場合のあることはどんな疾患でも同じではあるが,胆道疾患でも全身的にまた局所的にしばしば複雑な因子がからみ合つているために,難儀することがある.編集の趣旨によつて,実際にわれわれが今まで経験した症例をあげて困難を感じた原因とその対策について検討してみたい.

胆管末節癌

著者: 吉岡一

ページ範囲:P.858 - P.866

まえおき
 ここに本例を提示する理由をまずのべておく.
 (1)本患者は黄疸のため某病院内科に入院し,鑑別診断が困難なため荏苒2カ月半を費し,ために筆者らの手に渡つた時は肝・腎の障害強く,極めて重篤に見えたが,一次的膵頭側切除を敢行して成功した例である.かかる場合,膵切除を実施して果して肝機能が回復し得るか,あるいは回復し得ないで遂に不幸の転帰を採るかを予め推測することは,手術者として極めて重用であるが,現在われわれは何を目標として,それを決定しているかを述べたい.

内胆汁瘻

著者: 槇哲夫 ,   小野寺隆一

ページ範囲:P.867 - P.871

 診断,治療に困惑した症例を呈示せよとのことであるが,最近2例の内胆汁瘻に遭遇し,2例共に術前確診を付し得なかつた.もともと内胆汁瘻は一種の自然治癒機転とも見倣し得,臨床上患者に重大な障害を与えることはあまりないが,本症は胆道疾患の予後観察上重要でもあり,またX線診断上の興味もある.ここにそれらの2症例について記述し,内胆汁瘻の2,3問題点について触れてみようと思う.

膵壊死

著者: 調来助 ,   鳥越敏明 ,   麻生弘之 ,   手塚博

ページ範囲:P.872 - P.876

 急性膵炎および膵壊死はもともと予後不良の疾患で,奔馬性に発症した膵壊死では即時に手術しても間もなく死亡する例が多いので,たとえ不幸の転帰をとつても面目を失するようなことは少ないが,膵炎から腹膜炎に移行したものには兎角手こずらされ勝である.
 私の教室で終戦後に取扱つた膵炎および膵壊死は総数25例であるが,これを分類すると,比較的軽い膵浮腫程度のものが10例,急性膵壊死と診断された中等症が6例,重症4例,化膿性膵炎5例で,膵浮腫では診断確定のため試験開腹を行なつたものが4例あつたが,他は尿ジアスターゼ(以下D)の値を指標として保存的に治療し,全例が治癒した.中等症6例は全て開腹して網嚢にドレン(私は好んでシガレットドレンを用いる)を挿入したが,これも大過なく治癒せしめ得た.

膵癌

著者: 本庄一夫 ,   宮崎逸夫

ページ範囲:P.877 - P.881

 膵腫瘍で診断治療上最も問題となるのは膵癌である.われわれは膵癌の手術適応の拡大に関し多少研究を行ないつつあるので,膵癌の症例と共に研究の結果も併せ述べ諸家の参考に供したい.
 膵癌の早期診断は非常にむずかしいが,それは膵の解剖学的位置,膵癌の症状の非特異性,確実な検査法のないことなどによるもので,診断の遅延は膵癌の比較的速かな転移形成と相俟つて根治手術を困難ならしめ,殊に膵背面を走る門脈への炎症性癒着,癌性浸潤によつて膵と門脈とを剥離できない場合,膵癌の根治手術は諦めざるを得ない現状である.

膵癌

著者: 鈴木礼三郎 ,   高橋希一 ,   板原克哉 ,   牛山武 ,   中村省三 ,   柳川一成

ページ範囲:P.882 - P.888

 著者の一人鈴木は昨年アメリカに渡り世界で初めて原発性膵頭部癌の手術成功例を持つSt.Memorial Cancer HospitalのBrunschwigを尋ねたが,彼は今を去る26年前の1936年の膵頭十二指腸切除例の摘出標本を示してくれ,現在にいたつても依然として根治手術の成績が芳しくないのは,早期診断が困難で外科医を訪れる頃にはすでに根治手術の時機を失したものが多いことを強調しておられた.一方Mayo clinicのWaughは世界で一番多くの症例をもち,また立派な成績をあげられておる方ではあるが,やはり診断と手術の困難性を強調しており,私の持参した論文の中の「膵臓癌早期診断の可能性として腹部疼痛に関する問題」が臨床的に価値あるもので,いわゆる成書記載の膵癌のいろいろの症状の現われる頃は永久治癒の可能性が非常に薄れる.極く早期に試験開腹するのが現在の所最も大切なことだといつて居られた.滞米2カ月半の間に膵臓癌についての研究者(主として外科医)を各地に訪ねたが概ね同様の意見であり,またこの間2例手術台上に開腹されたのを見てきたが,1例は腫瘤過大,1例はすでにリンパ腺転移のあるという理由で胆道のBypassの手術のみで閉腹された.すなわち2例ともすでに根治手術の域に非ずと判定された訳で如何に早期診断が彼我共に困難であるかを痛感した.

直腸瘻

著者: 小平正 ,   蔵本新太郎

ページ範囲:P.889 - P.891

はじめに
 診断に手を焼いたとか,治療にてこずつたとかいうのでなく,始めから終りまでてこずつて,どうともしようがなかつたという症例もある.それも結局は,早期に診断が下せなかつたからということになるのであろうが,ここに述べるものもそんな症例である.
 一般に瘻孔というものは,先天性のものでも後天性のものでも,概して厄介なものが多い,直腸膀胱瘻などはそのよい例であろう.幼小児に見られるものは,多くは直腸形成不全を伴つているので,診断上も治療上も,なかなか困難を伴うことは周知の通りであるが,後天性のものの多くは炎症を伴つていることが予測されるので,一層厄介である.何に原因しているかを知り,どの部分に瘻孔を生じているかをつきとめないと方策が樹たない.悪性腫瘍によると判つていれば話は別であるが,この種の瘻孔は,瘻孔を閉ぐということを建前としていろいろ試みるべきであり,単純に,どうとも判定できぬから直腸膀胱の全剔をしてCoffeyの手術を行なつてしまうというわけには行かない.したがつて膀胱鏡と直腸鏡検査は不可欠のことになるのだが,それすらもできないで死亡したこの症例について,その経過をかえりみて,なぜそうなつたかを検討するのも意義あることと思うのである.

鎖肛

著者: 石橋幸雄

ページ範囲:P.893 - P.894

 鎖肛の手術はその程度や種類によつて難易があるが,異常開口を有する鎖肛の治療は慎重に計画しないと失敗することがある.ここに紹介する1例は腟直腸瘻,膀胱腟瘻を合併した鎖肛で,相当難行したのでとりあげて見た.
 患者は昭和29年12月5日生れの女子で,お産は順調であつたが,元気がなく,3日間お乳をのまなかつた.チアノーゼがあり,某病院に約1週間入院して,酸素吸入などをうけた.その後1週位たつて,大便の出が少いこと,而も本来の肛門の位置から便が出ていないことに気付き,再入院してレントゲン検査をうけ,直腸—腟瘻を合併する鎖肛と診断された.同病院から大学の外科外来に紹介されて来た.

腎盂癌

著者: 林周一 ,   村松正久 ,   高橋駿

ページ範囲:P.895 - P.899

緒言
 われわれは最近,巨大な腎結石を合併した,右腎盂扁平上皮癌の1例を経験した.腎結石は本邦では稀れなものとされており,またあまりに結石が大きく,しかも腎臓そのものの位置異常が強度であつたため,術前診断の困難であつた症例である.

後腹膜腫瘍

著者: 大越正秋

ページ範囲:P.900 - P.904

緒言
 後腹膜疾患としては,腎と尿管の疾患が主であつて,その他のものはあまり多くないが,最近は副腎疾患が注目を浴びるようになり,従来のクツシング病,アジソン病,副腎性器症候群などのほかに,褐色細胞腫や原発性アルドステロン症などが新たに加わるようになつた.
 後腹膜疾患は,視,聴,打,触診がほとんど不可能であり,診断はもつぱら間接的方法によるほかない.それらのうち,逆行性あるいは静脈注射腎盂尿管撮影法と,気体後腹膜法が最も役に立ち,大動脈撮影法や下大静脈撮影法などはその助けとなりうる.その他尿や血液の諸検査,試験切片検査なども必要であることはいう迄もない.

女性性器異常

著者: 赤須文男

ページ範囲:P.905 - P.908

 臨床検査法の著しい進歩は,昔のように,診断困難を来さしめることを少くさせたことは否定出来ない.けれども,Needle biopsyや体液のSmear testなどをしない限り,組織学的の診断は依然として困難で,組織所見と臨床経過とは密接な関連があるからこの面で,困難することは少くない.もう1つ臨床検査が詳細に且つ広汎に行われるようになつたにしても,病体内の変化は時々刻々変つてゆくものであるから一応の検査成績が出ても,それが数日後にはがらりと変つてしまうこともある.といつて,凡ての検査をしばしば実施することは容易でないし,また,多くの検査は即座に結果を示してくれるものではなく,数日を要するものも少くないからこの点でも診断の困難さはある筈である.十分な検査をせずに,たとえば開腹を行うことなどは,つまり診査開腹などということは極力さけなければならないことは云うまでもない.十分な検査もせず,ただ慢然と開腹して,病変がなかつたなどは倫理的にも背徳行為であることは勿論,医師の特権の濫用のそしりを受けても止むを得ないだろう.けれども,多くの臨床検査のデータにもかかわらず診断が困難のときはメスをとることも止むを得ない.
 以上の私見を裏書きして,2,3の症例を記述する.この中で,後の2つの症例は,医師の依頼で往診してのものであるから,正確な記載は先方のカルテをみないと不明であるから骨子だけを思出すままに記述した.

尿道下裂

著者: 原田直彦 ,   福山和宏 ,   福住弘雄 ,   服部洋 ,   佐々木巌 ,   森本譲 ,   朝倉保 ,   大西確次郎 ,   西崎登

ページ範囲:P.909 - P.916

緒論
 尿道下裂は比較的少ない奇型であつて,男子300人に1人位の割合に認められる疾患である.この奇型は外尿道口が異所的開口したものであつて,開口部の位置によつて第1図のごとく,会陰部,陰嚢部,陰茎陰嚢部,陰茎部さらには冠状溝部等の尿道下裂(perineal-,scrotal-,penoscrotal-,penile-,glandulal-hypospadia)に分けられる.
 この疾患は診断の点では全く問題はないが,治療上複雑な要因があり,Diefenbach(1836)以来多くの治療法が発表されてきたことはこの疾患の治療が難しいことを物語つている.

黒色上皮腫

著者: 川村太郎

ページ範囲:P.917 - P.921

 黒色上皮腫(Melanoepitheliome,Ota)については他1)にも書いたことがあるから理論的興味に関する煩雑な事柄はそれらに譲ることにして,ここでは臨床的の事項につき,2,3述べて見たい.この病名は遺憾ながらあまり広く用いられて居ないが,病気そのものは決して稀なものでない.その由来を簡単に述べると,この病名は故太田先生2)が昭和15年日本皮膚科学会総会の宿題報告のときにはじめて用いられた.原語のMelanoepitheliomeは1927年B. Bloch3))がはじめて用いたbenigne nichtnaevoide Melanoepitheliomeに由来するものである.何れの場合も複数であつて,1群の腫瘍の綜称である.そして黒色上皮腫(太田)は黒色を呈する上皮性腫瘍の総てを含む広い概念である.因みに次の分類は,悪性黒色腫や色素細胞母斑(母斑細胞母斑)の系列の腫瘍と上皮性の黒色腫瘍とを対立させる必要に迫られて作られたものである.
 黒色腫

手の外科

著者: 田島達也

ページ範囲:P.922 - P.929

Ⅰ.診断上の困難症
 「手の外科」の対象となる症例を正確に診断する基礎は機能的解剖学である.これを熟知していれば一見非常に複雑にみえる症状もその発現メカニズムを氷解できる場合が多い.もちろん手の機能解剖学はかなり複雑なものなので個々の症例をみて直ちにその解剖学的変化と症状発現の関連性を見破ることができるほどそれに精通するにはかなりの熟練を要する.この意味では手の疾患の診断はむずかしい場合が多いとも言える.
 つぎに機能解剖学を熟知していてもある症状をきたす原因が単一でない場合鑑別診断の手がかりが得難いことがある.たとえばある関節運動が数個の協同筋で行なわれる場合そのうちの1個の筋の筋力を臨床的に知ることは困難であり,また挫創後指関節拘縮を呈する場合それが皮膚性か腱性か靱帯,関節嚢性かあるいは関節性のいずれであるか,またはそのうち何が合併しているかを判定することは非常にむずかしい.しかしこのような場合においても筋電図や機能解剖を基礎として発展した特殊な臨床テストを応用することによつて,ある程度見当をつけることができる.

最近経験し困難であつた2,3の症例

著者: 喜種善典 ,   樋口国器

ページ範囲:P.930 - P.934

まえがき
 最近の医学の進歩は実にめざましいものがあり,その発達は将来どこまで達するかわからない.しかし一歩後退して考えてみると,疾患の成因がわからないままに治療が行われている場合もある.また疾患の成因がわかつていても治療に非常にてこずる場合もある.診療の理想は学問的な基礎の上にたつたものであり,成因を解決してこそ新しい臨床的対策が出現するものである.この診療の理想へ一歩前進することが,われわれ若い臨床医家の残された道である.
 ここに診療上てこずつた症例の再検討というかかる企画があるのは,はなはだ有意義であると考えざるをえない.いま該当した症例を供覧すると共に,検討を加えていきたい.

外国文献

他臓器癌によるCushing症候群,他

ページ範囲:P.708 - P.708

 下垂体・副腎腫瘍なしに,他臓器腫瘍でCushing症候群を呈した文献症例58例あり.胸腺腫18例,気管支癌22例,膵癌8例(うちラ島癌3),その他10例である.さて,Mayo Clinic 1932年以来Cushing症候群232例が記録されているが,下垂体・副腎以外の腫瘍22例を見出しうる.悪性腫瘍13例,良性腫瘍9例.悪性腫瘍は膵腺癌2.胸腺癌3(その1例は上皮小体腺腫合併)hypernephroma 3(うちmesothelio-ma合併1,髄膜腫合併1).耳下腺混合腫瘍1.甲状腺乳嘴状腺癌1.結腸腺癌2.悪性myoblastoma 1で,Cushing症候群と同時発現半数.クより先行2例.クより遅れた発生5例で,6〜21年おくれて発生というのは,Cushing症候群成立には直接関係はなかつたのであろう.その副腎は大部分hyperplasiaで,小腺腫形成が4例あつた.気管支癌というのが1例もないのは面白い.良性腫瘍合併は卵巣嚢腺腫1,皮様嚢胞1,気管支カルチノイド1.甲状腺良性腺腫3.甲状腺の腺腫合併は因果関係というより偶然の合併のように見える.その1例は副腎癌があつた.さて,他臓器癌にもとづくCu-shing文献症例58例のうち,48例は胸腺・気管支・膵の3臓器に限られている.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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