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臨床例
脊髓腫瘍の症状を呈した頸部弓間靱帶肥厚の1例
著者: 宮入鴻一1
所属機関: 1東京帝國大學醫學部都築外科教室
ページ範囲:P.34 - P.38
文献購入ページに移動緒言
弓間靱帶(黄靱帶)肥厚によつて脊髓神經根の壓迫症状を惹起した例を最初に起載したのはElsberg氏(1913)である。次いで同氏が2例(1916)を追加した後,十數年間本症に就いての報告は見られなかつたのである。
然るに,最近腰痛竝びに所謂坐骨神經痛の問題が諸家の注意を引き,その原因の探求に努力が向けられる様になつて以來,歐米に於いては,Jowne,(1931),Pūusepp(1932),Abbott,(1936),Hampton,(1936),Gelbert(1936),Spurling,(1937),Brown,(1938),Nafiziger,(1938),Bradford & Spurling(1939)諸氏によつて腰推部,腰仙部に發生した本症の報告が相次いで行はれ,本邦に於いても,安齋(1923),井上(1940),小林(1940),光安(1942)氏等の自家經驗例の報告及び文獻考察がなされ,昨春外科學會に於いて近藤氏が「所謂坐骨神經痛」の宿題報告中に於いても本症が椎間軟骨ヘルニアに次いで屡々所謂坐骨神經痛の原因となる事を報告した。
弓間靱帶(黄靱帶)肥厚によつて脊髓神經根の壓迫症状を惹起した例を最初に起載したのはElsberg氏(1913)である。次いで同氏が2例(1916)を追加した後,十數年間本症に就いての報告は見られなかつたのである。
然るに,最近腰痛竝びに所謂坐骨神經痛の問題が諸家の注意を引き,その原因の探求に努力が向けられる様になつて以來,歐米に於いては,Jowne,(1931),Pūusepp(1932),Abbott,(1936),Hampton,(1936),Gelbert(1936),Spurling,(1937),Brown,(1938),Nafiziger,(1938),Bradford & Spurling(1939)諸氏によつて腰推部,腰仙部に發生した本症の報告が相次いで行はれ,本邦に於いても,安齋(1923),井上(1940),小林(1940),光安(1942)氏等の自家經驗例の報告及び文獻考察がなされ,昨春外科學會に於いて近藤氏が「所謂坐骨神經痛」の宿題報告中に於いても本症が椎間軟骨ヘルニアに次いで屡々所謂坐骨神經痛の原因となる事を報告した。
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