文献詳細
--------------------
文献概要
緒言
monteggia(伊,1814)が初めて橈骨小頭脱臼を件う尺骨骨折の2例を報告し,Perrin(1909)が該骨折をmonteggia骨折と命名してより,ヨーロツパに於ては此の名稱が一般に用いらるゝに至つた(Huntの記載による)。米國に於ても"Monteggia fracture"の名稱の下にSpeed及びBoyd(1940)は本症の62例を集めて詳細な記載をなし,最近にはSmith及びCurry(1947)が各々其の症例を報告している。本骨折に隨伴する橈骨小頭脱臼中後方脱臼は極めて稀で,大部分は前方腔臼である。本報告も前方脱臼の定型例であるが,受傷後3ケ月半を經た不完全治療陳舊例であり,且つ再術後の經過を長期に亙り觀察し得たので,從來餘り知られていなかつたMonteggia骨折の名稱を紹介旁々茲に概略を報告する。
monteggia(伊,1814)が初めて橈骨小頭脱臼を件う尺骨骨折の2例を報告し,Perrin(1909)が該骨折をmonteggia骨折と命名してより,ヨーロツパに於ては此の名稱が一般に用いらるゝに至つた(Huntの記載による)。米國に於ても"Monteggia fracture"の名稱の下にSpeed及びBoyd(1940)は本症の62例を集めて詳細な記載をなし,最近にはSmith及びCurry(1947)が各々其の症例を報告している。本骨折に隨伴する橈骨小頭脱臼中後方脱臼は極めて稀で,大部分は前方腔臼である。本報告も前方脱臼の定型例であるが,受傷後3ケ月半を經た不完全治療陳舊例であり,且つ再術後の經過を長期に亙り觀察し得たので,從來餘り知られていなかつたMonteggia骨折の名稱を紹介旁々茲に概略を報告する。
掲載誌情報