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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科48巻11号

1993年10月発行

雑誌目次

特集 Dos & Don'ts外来の小外科

外来患者の診方,取り扱い方

著者: 田島知郎

ページ範囲:P.10 - P.13

 はじめに
 外科系の外来診療では併存する傷病への配慮や,背景として存在している可能性のある病態を見逃さないように注意する必要があるなど,取り扱う範囲が広い上に,かなり深いものも要求される.しかしながら,小外科という括り方をすると,きわめて局所的〜部分的で,しかも生命を脅かさないものだけを扱うというイメージになりがちである.
 医療費の高騰が国民経済を破綻させてしまいそうな国では,それを削減する必要性からもdaysurgeryが盛んになり,成人の鼠径ヘルニアはもちろん,最近では腹腔鏡下胆嚢摘除術までもこれに含めてしまうこともある.個々の傷病や術式についての適否は別にして,安全性が確保されるのであれば,生活スタイルをあまり変えずに済む外来のほうが一般的には患者側には都合がよいことが多い.いずれにしても,外来で扱う患者の比率がこれからは上昇することは確かで,重症な例や合併症発症の可能性が高い例がより多くなると予測される.本稿では,診療の一般的な留意事項については理解が十分にあるという前提に立って,入院患者との違いという観点から浮き彫りにされる問題点などについて総括的に考えてみたい.

Ⅰ.頭部・顔面・口腔

1.頭部軟部組織の外傷

著者: 江塚勇

ページ範囲:P.14 - P.15

 頭部軟部組織の外傷の処置に際し,頭蓋内病変の有無を念頭におく.頭皮損傷ではしばしば多量の出血を伴い,圧迫止血をしながらバイタルサインと頭蓋内損傷の有無を把握しなければならないことも多い.挫滅の程度や出血にもよるが,10c「m以上の傷であれば手術場で処置するほうがベターである.

2.頭痛(頭部痛)

著者: 川上敬三

ページ範囲:P.16 - P.17

 頭痛を生命に危険がある悪性の頭痛と危険のない良性の頭痛に大別して考えることが実際的である.国際頭痛学会の新分類1)(表1)では,2の緊張型頭痛が代表的な良性の頭痛で,これは従来の筋収縮性頭痛あるいは緊張性頭痛,心因性頭痛などに相当する.日常の臨床においては良性の頭痛が大部分を占めるが,時には,くも膜下出血,脳腫瘍,脳炎,髄膜炎などの患者も頭痛を主訴とするので,これら命に関わる疾患を見逃さないことが最も大切である(図1).

3.顔面外傷

著者: 山本潔 ,   本多拓

ページ範囲:P.18 - P.19

 顔面外傷は救急外来で遭遇する機会の多い外傷の1つである.しかし,ほかの部位と異なり顔面に醜状創を残した場合には,その患者に与える心理的影響は多大なものがある.それゆえ,初期治療に当たる医師には“時間と労力を惜しまない”という心構えが大切である.そうでないと,医師も患者も“面目丸つぶれ”という事態に陥る.

4.顔面神経麻痺

著者: 土田正

ページ範囲:P.20 - P.21

 顔面神経麻痺は,ある日突然発症する場合と緩徐に出現してくる(聴神経腫瘍など〉場合の二通りがあり,また中枢性か末梢性かによって原因を異にする.これを的確に診断し,初期治療を誤ることのないようにしたい.顔面筋を支配する重要な神経であるだけに,診断・治療を誤ると,一生顔面に醜形を残すことになる.

5.三叉神経痛

著者: 亀田宏 ,   亀山茂樹

ページ範囲:P.22 - P.23

 顔面の神経痛はふつう顔面神経痛といわれている(顔面神経麻癖と混同している場合も多い).これを解剖学的にきちんといえば,顔面の知覚神経は三叉神経であり,顔面の神経痛は三叉神経痛というのが正確である(顔面神経は主として顔面の表情をつくる運動神経である).三叉神経痛には病因の明らかな症候性と明らかでない特発性があるが,特発性と考えられていた三叉神経痛の本態が,三叉神経根を脳血管が圧迫することにより生ずる神経圧迫症候群であることが明らかになり,手術療法(微小血管減圧術)が確立され,好成績を挙げている.

6.面疔,蜂窩織炎

著者: 北條俊也 ,   小山真

ページ範囲:P.25 - P.25

 面疔は顔面に生じた癤または癰であるが,顔面は安静を保ちにくく血管に富むため,炎症が限局しがたく蜂窩織炎性に発展しやすい.そのため,疼痛,発熱など全身症状が強く,時として血栓性静脈炎を起こし髄膜炎,敗血症を併発する1).蜂窩織炎は粗な皮下結合組織中を急速に進行拡大する急性化膿性炎症で2),局所はび漫性に発赤,浮腫状腫脹を呈し境界不明瞭である.局所熱感,圧痛強く,拍動性自発痛を訴え,悪寒・戦慄を伴って発熱し,敗血症を起こす危険がある.

7.粉瘤

著者: 三科武 ,   鈴木伸男

ページ範囲:P.26 - P.27

 粉瘤は日常外来診療においてよくみられる皮膚良性腫瘍である.組織学的には表皮嚢腫(epider-mal cyst),外毛根鞘性嚢腫(trichilemmal cyst)が含まれている(図1).頸部,背部,耳後部,顔面などに好発し,皮下あるいは皮内の腫瘤として触知する.表面に黒い点状の開口部があり,圧迫により灰白色の臭気をもった粥状の内容が排出されることがある.感染を引き起こした場合には,疼痛,発赤,腫脹をみる.外科的に摘出すれば根治できる.

8.口腔内外傷

著者: 五十嵐文雄

ページ範囲:P.28 - P.29

 口腔内外傷には裂傷,挫傷,咬傷,熱傷,穿通傷などがある.口腔内は血管に富むため出血しやすいが,確実に止血操作を行えば止血は困難ではない.気道の確保が第1である.症例によっては気管内挿管,気管切開が必要となる.「3人寄れば文殊の知恵」,判断に困ったときには即座に同僚,先輩に相談する.顔面骨骨折,歯牙,唾液腺や顔面神経の損傷などを伴うこともあるので,周囲臓器,器官の状態にも注意を払おう.

9.口腔・咽頭痛

著者: 行木英生

ページ範囲:P.30 - P.31

 急性の口腔・咽頭痛は炎症反応,神経痛(舌神経,舌咽神経あるいは上喉頭神経),異物あるいは外傷により生ずる.一方,慢性の口腔・咽頭痛は炎症反応,新生物,過長茎状突起・茎状舌骨靱帯骨化症・茎状舌骨筋腱炎などによる舌,舌咽あるいは上喉頭神経刺激の神経痛あるいはヒステリーにより生ずる.外来で遭遇し外科処置を必要とするものに,口腔底蜂窩織炎,扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍,口腔内外傷,魚骨異物などがあるが,外傷および異物は別項に譲る.

10.魚骨異物

著者: 小出千秋

ページ範囲:P.32 - P.33

 魚骨異物は発症機転が明らかなため診断は容易であるが,魚骨が咽頭や食道に刺入したままなのか,それともすでに胃に落下して傷だけが残っているのかの判断に迷うことが多い.
 口蓋扁桃に見当たらないからといって,魚骨がどこにも刺さっていないと即断してはならない.食道異物の場合には,数日経過して食道穿孔1)やまれには大動脈穿孔2)などの重篤な合併症を生じる場合がある.通常,全身的には問題のないことが多い.

11.舌外傷

著者: 大野吉昭

ページ範囲:P.34 - P.35

 舌の外傷は,顔面や口腔内損傷との合併,あるいは単独に起きてくる.その原因としては,交通事故,殴打,転倒,義歯のフック,歯科治療,自殺目的,精神障害,全身痙攣などがある.最も多く遭遇するケースは舌咬傷であろう.
 舌は血管に富む実質臓器であるので,小さな損傷であっても一時的にかなりの出血をみることが多く,患者も医師も慌てさせられるが,創傷の部位,大きさ,深さ,出血点などを冷静に確認して対処することが肝要である.舌背部や舌縁部にはそれほど太い血管は存在しないが,舌下面では舌深動静脈が表面近くにあり.粘膜も薄いので注意を要する(図1,2).

12.舌小帯短縮症,舌癒着症

著者: 白石輝雄

ページ範囲:P.36 - P.37

 舌小帯の異常の程度は,薄いフイルム状の軽いものから,短く索状となり舌の運動を制限している中等症,さらに高度になると,舌と口腔底の間が癒着し舌の可動性が失われるものまで多岐にわたる.多くは先天的であるが,外傷や潰瘍後の瘢痕形成でも生ずる.嚥下,咀嚼には影響はないが,中等度以上になると構音障害をみることが多い.したがって,安易な切り離し手術は,後に瘢痕化を招いて症状の悪化をきたす場合があり,手術は確実に施行しなければならないのは当然である.

13.唾液腺炎

著者: 今井昭雄 ,   小出千秋

ページ範囲:P.38 - P.39

 唾液腺の急性炎症を引き起こす疾患の代表的なものは流行性耳下腺炎(おたふくかぜ),急性化膿性耳下腺炎,小児反復性耳下腺炎,唾石症(主として顎下腺)である1).これらのうち,切開・排膿を要するような急性炎症を起こすものは大部分が顎下腺唾石症であり,次いで急性化膿性耳下腺炎である.

14.眼外傷,眼窩骨折

著者: 武田啓治

ページ範囲:P.40 - P.41

 眼瞼裂傷は複雑な形に切れることが多く,そのため誤った位置に縫合されることがある.そのような場合,瘢痕拘縮が強くなり,対応に苦慮することになる.創面の合う位置を間違えないようにていねいに縫合したほうが良い結果を生む.
 眼窩骨折の手術適応は術者により異なっている.筆者はcoronary CTを撮って判断している(図4).眼窩骨折を疑ったら眼科医と相談してほしい.

15.眼痛

著者: 岩田和雄 ,   阿部春樹

ページ範囲:P.42 - P.43

 眼痛を伴う疾患は表1のごとく多岐にわたるが,このうち緊急処置を要する重篤な眼疾患を表2に示した.これらの疾患はいずれも適切な処置がなされないと,重篤な視機能障害を残すので注意が必要である.これらの疾患のうち,本稿では眼化学外傷について述べる.
 眼化学外傷の原因は酸アルカリなど種々あるが,その予後は重症度および治療開始の早さによって決定されるので,特に受傷直後の適確な緊急処置が重要である(表3).さらに,外傷の瘢痕期に行われる角膜移植術の成功率を高めるために,近年では角膜上皮を移植する新しい手術方法としての角膜上皮形成術が効果を挙げている(図).

16.眼瞼腫脹

著者: 藤井青

ページ範囲:P.44 - P.46

 眼瞼は皮膚が薄いうえに,皮下の結合織が粗であるため,種々の原因で容易に腫脹し,浮腫の移動・拡張を起こす.
 眼瞼に原因のある場合のほか,隣接臓器から波及する場合,全身疾患の部分症のこともある(表1).
 適切な治療を行うには,発症時の状況,自覚症状,既往歴などの問診と,視診,触診の結果を総合し,適確に鑑別診断する必要がある.また,観血的治療は眼瞼の構造と機能に十分配慮しなければならない(図1).

17.眼内異物

著者: 関伶子

ページ範囲:P.48 - P.49

 眼内異物は,異物が角膜あるいは強膜を穿孔して眼内に留まっている状態である.穿孔創は小さく自然に閉鎖されていることもあり,眼内組織の脱出は少ない.しかし,異物による感染や化学的あるいは物理的反応の発生が高く,眼内異物が判明したときには,即,摘出手術が必要である.

18.鼻骨外傷,鼻骨骨折

著者: 井口正男

ページ範囲:P.50 - P.51

 鼻骨外傷・鼻骨骨折は,単独で起こることもあり,顔面外傷,顔面骨骨折の一部として起こることもある.交通事故,スポーツ,労働災害,暴力事件などの原因により,今後とも増加するものと思われる.全身状態,外傷の状態をよく把握し,緊急を要する処置,あるいは一次的にどういう処置をすべきかということを,機能的・美容的に考えることが要求される.

19.鼻出血

著者: 北條和博

ページ範囲:P.52 - P.53

 鼻出血は局所的,全身的そして生理的(特発性)原因により日常好発する症状あるいは疾患であり,救急処置の対象となる.そして,鼻出血患者が来院すれば,原因検索うんぬんの前に,何としても止血させなければならない.止血テクニックは,鼻腔形態の特殊性もあり専門的経験を要することもあるが,ここでは一般外来で可能と思われる局所処置を主に述べる.

20.鼻内異物

著者: 宮尾益征

ページ範囲:P.54 - P.55

 鼻内異物は日常よくみられる症例であるが,咽頭や外耳道のそれに比し数は少ない1),また,対象となる患者もほとんど5歳未満である.したがってここでは,成人の鼻内異物には触れない.表は1988〜1992年の5年間に当院を訪れた26例をまとめたものである.男女差はなく,2歳台が最も多く.異物の種類も表のごとくいろいろであった.
 幼小児は興味本位で異物を鼻腔内に入れたり出したりしてそのまま取れなくなる.そのとき親が見ている場合もあるが,まったく知らないことも多い,しばらく時間がたって一側性の悪臭を伴う鼻漏,鼻出血,鼻閉を訴えて来院することも多いので注意を要する.

21.耳痛

著者: 佐藤弥生

ページ範囲:P.56 - P.57

 耳痛の60〜80%は耳疾患によるが,耳の知覚神経は同時に他領域にも知覚枝をもつため放射性耳痛も多く,耳痛,即,耳疾患とはならないので注意を要する1)(図1).いずれにせよ患者の痛みをやわらげることが最優先となる.その後,専門医により原因の精査と治療を行う必要がある.

22.外耳道および鼓膜の外傷

著者: 長場雅男

ページ範囲:P.60 - P.61

 外耳道鼓膜外傷は比較的頻度の高い疾患で,耳鼻科領域の外傷による救急疾患の約30%にも及ぶといわれている.
 耳の外傷は単純なひっかき傷から交通事故などによる裂傷や挫傷が,耳介,外耳道,鼓膜,中耳内耳にまで及ぶ重篤なものまでが含まれる.鼓膜損傷は頻度は高いが,多くの場合,外来レベルの処置で完治する.しかし,中には耳小骨や内耳にまで損傷が及んでいて,手術の対象となるケースもある.

23.外耳瘻および耳介周囲の嚢胞性疾患

著者: 高戸毅 ,   赤川徹弥

ページ範囲:P.62 - P.63

 耳介は胎生第6〜7週に第1鰓弓および第2鰓弓上のそれぞれ3つ,計6つの耳介結節が癒合して形成される.このような耳介結節の癒合機転の異常で生じるものとして,耳介前方に瘻孔を形成する外耳瘻が比較的よくみられる(図1).
 治療としては,瘻孔内にピオクタニンを注入してその位置を確認し,完全摘出することが必要である.外耳瘻はしばしば二次感染を起こして化膿するが,無症状で経過することも少なくない.本人が整容面から切除を希望しないなら放置しておいてもよい.

24.耳垢,外耳道異物

著者: 鳥山稔

ページ範囲:P.64 - P.65

 耳垢は生体より排出した耳垢腺(汗腺)の分泌物と外耳道上皮の剥脱物,外耳道の脱毛したもの,それに外耳道より入った小石,塵埃の集まったもので,特に粘性のある耳垢の人(優性遺伝)はこれらが一塊となって外耳道を閉鎖する(耳垢栓塞).また,幼小児にあっては,遊びのなかで,外耳道より,ビー玉,かざり玉,豆,ガムなどを挿入して取れなくなったり,成人を含めては,外耳道より虫が入り異物となったり,近年,補聴器のための耳型が異物となることもある.
 洗髪,水泳などで耳垢が膨大すると耳閉感,難聴,耳鳴などを,虫などが入ると耳痛,外耳道を動く音などが聞こえる.

25.ピアスなどによる耳介炎症

著者: 高山幹子 ,   石井哲夫

ページ範囲:P.66 - P.67

 ピアス型のイヤリングは,耳垂に穴をあけ,金属性の細い管を通してイヤリングを行うものである.耳垂は耳介と異なり軟骨がなく,皮膚と結合織からなる柔らかい部分である.このため,ピアス用に穴をあける場合,医師でなくても容易にあけることができ,感染の可能性が高い.また,ピアスの金属が穴をあけた創面に接するため,経真皮的感作1)が成立してアレルギー反応が生じ,接触性皮膚炎としての耳介炎をきたすのである(図1).

26.耳介血腫

著者: 高山幹子 ,   石井哲夫

ページ範囲:P.68 - P.69

 耳介は外界に露出しているため易受傷性であり,外力が加わったことにより耳介に血腫をきたしたものが耳介血腫である.耳介の皮膚は前面では密に軟骨と結合し,後面では前面に比較し疎に結合しているため,血腫は耳介の前面に形成される(図1).その原因は,スポーツでは相撲,ボクシング,柔道,ラグビー.レスリングなどにより機械的な外力が反復して加わることによる.血腫を形成する部位は軟骨膜下と考えられている.

27.サーファーズイヤー

著者: 高山幹子 ,   石井哲夫

ページ範囲:P.70 - P.71

 外耳道深部の鼓膜に接する部位に広基性の1個ないし数個の骨隆起としてみられる.好発部位は外耳道の前壁が多く,次いで後壁で,全周性にみられるものもある(図1),女性より男性に多い.原因はかつては潜水によるものが多かったが,最近ではサーフィン,スキューバダイビングによるものもみられる.これは素因とともに,低温の海水が外耳道に入ることによる刺激が原因とされ,海水が低温となる秋から春の季節にもサーフィンなどを行うものに多くみられる.このことからアマチュアよりプロに多く,必ずしもダイビングの経歴とは関係がないようである.外骨腫ともいい,以前はswimmer�s earといわれていた.多くは無症状であるが,骨隆起が大きくなり外耳道の狭窄が高度になると,耳閉感,難聴などを訴えるものもある.

28.顎関節脱臼

著者: 鳥山稔

ページ範囲:P.72 - P.73

 顎関節は側頭骨の下顎窩で,前方は関節結節,後方は鼓室鱗裂に接するが,外側は頬骨弓上のあいだにある側方靱帯を通して皮下に,内側は外側翼口蓋筋に接し,図1に示すように後方も外側靱帯で補強し,斜位をとって下顎骨頭を下顎窩に保持させて脱臼を防御している.関節嚢のなかには上関節腔と下関節腔があり,その間に関節円板という線維性被覆層があって,これが骨膜として下顎骨頭の前後への滑走と同時に回転運動を行うことを容易にしている.また,側方運動を混合して行える.
 あくび,哄笑,叫喚,歯科・口腔治療などの際に過度に開口させたとき,この骨頭が前方に滑走して関節結節を越えたとき,頬骨下顎筋,咬筋などの緊張のために前上方に移動し,閉口が不能になる.これは両側に同時に起こることも,片側に起こることもある.ただし,近年の研究では,X線学的に閉・開口時の下顎頭運動をみると,最大開口時にはほとんどの症例で関節結節を越えて,下前方へ滑走運動をしているという説もある1)

29.下顎骨骨折

著者: 鳥山稔

ページ範囲:P.74 - P.75

 下顎骨骨折は,顔面外傷のなかでは鼻骨骨折に次いで多く,頻度は高い.その原因は,交通事故,災害,スポーツ,殴打などの外傷によるもので,受傷時の外力の方向,強さ,種類部位のほか,開・閉口の状態,歯の有無により多様な骨折を起こす.特に直接外力の加わりやすい前歯部,下顎角部,臼歯部に多く,また介達性に関節突起にも骨折が起こりやすい.時には筋突起正中部に起こることもあり,骨折線が1つだけのことより多く分断されることもあり,また上顎骨の骨折,歯の障害,顎神経の障害を伴うこともある.多くの場合,口唇,頬部粘膜,舌などの軟部組織の障害も強い.特に下顎骨には側頭筋,咬筋など筋力の強い力が加わっているので,骨片は筋肉の走行に一致した方向に,小骨片は内上方に,大骨片は外下方に転位することが多い.下顎関節突起頸部骨折では,関節突起は外側翼突筋により前内方に引かれて脱臼したり,関節窩から遠くにあることもある.

Ⅱ.頸・肩

1.頸部表層の外傷

著者: 山下眞彦

ページ範囲:P.78 - P.79

 頸部は,顔面同様,整容的に重要な意味をもつが,さらに可動範囲の大きさなどから,顔面とは比較にならない高頻度で,瘢痕拘縮,肥厚性瘢痕を発生するため,その表層外傷の処置に当たっては,特別な配慮をもって,細かい形成外科的技術を駆使しなければならない.

2.頸部腫瘤

著者: 三村孝

ページ範囲:P.80 - P.81

 頸部には,気管,食道,甲状腺,上皮小体,唾液腺などの臓器のほか,多数の神経,血管が密集している.どの臓器,組織からも腫瘍が発生する.したがって,頸部にみられる腫瘤の性格はきわめて多彩である.外来手術の施行に当たっては,正確な術前診断と腫瘍の広がりを知ることが必要である.臨床経過,触診所見,腫瘍の好発部位などが診断の手助けとなる.また超音波エコー,CT,MRIなどの画像診断も診断と腫瘍の広がりをみるのに有効である.良悪性の鑑別に,生検,切除が必要なこともある.穿刺吸引細胞診断で診断可能なものも多い.
 深頸部の腫瘍では,生検といえども入院して全身麻酔下の手術が望ましい.ここでは.頸部脂肪腫の手術について述べる.

3.頸部リンパ節腫脹

著者: 三村孝

ページ範囲:P.82 - P.83

 頸部リンパ節腫脹には,炎症性のものと悪性腫瘍の転移とがある.この両者を鑑別することが必要である.炎症性リンパ節腫脹には,全身性のものと局所性とがあるが,いずれも自発痛,圧痛を伴い,原因となる炎症が存在することが多い.これに対し悪性腫瘍の転移では,無痛性で硬く不整形であることが多い.穿刺吸引細胞診で診断できる症例もある.腫瘍性のリンパ節腫脹では,生検を行い診断を確定することが必要である.

4.気道内異物

著者: 鳥山稔

ページ範囲:P.84 - P.85

 気道内異物は,その異物のある部位によって,救急度,生命への危険度はまったく異なる.鼻腔内であれば,急性の鼻炎,副鼻腔炎を起こすが,ネラトンチューブなどで口腔内に落とせばよい.しかし,声門下より気管・気管支異物となると,少なくとも基礎麻酔の必要な局所麻酔下,または全身麻酔下に摘出しなければならなく,1人の医師だけでは(看護婦,看護助手なしでは)困難である.都内ではこの10年間は減少しているが,特に3歳以下の子供にはピーナッツを食べさせてはならないという言葉が耳鼻科医のモットーとなっているくらい,ピーナッツ,豆類の気管内異物は生命に危険であり,また術者も慎重に扱わなければならない.これはピーナッツが粘液を吸収して膨大し,気道を閉塞して無気肺を起こしたり,肺炎を合併し,またこの破片の位置が移動して,他肺野にまでこうした病変を拡大し,重篤な症状を起こすからである.

5.肩峰下滑液包炎

著者: 大井淑雄

ページ範囲:P.86 - P.87

 肩峰下滑液包は,狭義の肩峰下滑液包,三角筋下滑液包,烏口下滑液包から成る人体最大の滑液包である1).本疾患は,肩関節周囲炎の範疇に含まれるものであり,肩峰下滑液包自体の炎症による一次性のものと,腱板断裂などに引き続いて起こる二次性のものがあるが,多くの場合,腱板の障害に引き続いて起こる二次性のものと考えられる.
 症状としては,挙上時に痛みを訴え,疼痛のために可動域制限を認める.また,運動時に轢音を触知することもある.疼痛や肩の不快感は夜間に強く,睡眠がしばしば妨げられることがある.

6.いわゆる五十肩

著者: 大井淑雄

ページ範囲:P.88 - P.89

 いわゆる五十肩は疼痛を伴った可動域制限であり,真の病因についての定説はないが,肩峰下滑動機構と上腕二頭筋長頭腱滑動機構の障害が主病変と考えられる.前者に関しては,腱板とくに棘上筋が挙げられ,腱板炎や肩峰下滑液包炎を起こし疼痛の原因となる.後者に関しては,腱炎,腱鞘炎を引き起こし,反射性筋痙攣から関節拘縮へと発展する1).疼痛は多くのばあい肩に限局し,肩の運動により増強し,また上肢に放散する.夜間に症状が増悪し睡眠が障害されることもある.

7.頸肩腕症候群

著者: 大井淑雄

ページ範囲:P.90 - P.90

 頸肩腕症候群は,頸椎およびその周辺の軟部組織の解剖学的,生理学的弱点に基礎をもち,これに退行変性性変化が加わり,発症した頸肩腕手指の連鎖的な痛み,しびれ,脱力,冷感を主訴とし,これに神経症状,後部頸交感神経症候群とRaynaud症候群などを伴うものと理解されている1)

8.鞭打ち損傷

著者: 朝妻孝仁

ページ範囲:P.92 - P.93

 鞭打ち損傷(whiplash injury)の定義については,確立された見解はない.広義には国分1)の述べるように,“骨折や脱臼のない頸部脊柱の軟部支持組織,すなわち,靱帯,椎間板,関節包および頸部筋群の筋,筋膜の損傷”と解釈するのが一般的である.土屋2)の病型分類によると,5型に分類される(表).

9.外傷性肩関節脱臼

著者: 小川清久

ページ範囲:P.94 - P.95

 肩関節は,人体中もっとも脱臼の多い関節である.診断は容易であるが,しばしば骨折や末梢神経損傷を合併するので,整復前のX線撮影と神経学的検査は必須である.X線撮影には,二方向撮影(前後方向とScapular Y撮影)を用いる.整復は,新たな骨折や末梢神経損傷を生じさせないよう,できるだけ速やかに,かつ愛護的に行うべきである.

10.腰痛,坐骨神経痛

著者: 佐藤安正

ページ範囲:P.96 - P.97

 ここでは急性に起きた坐骨神経痛を伴う腰痛として話をすすめる.この症状は,たいていL5またはS1神経根の障害による(表).代表的な疾患は腰椎椎間板ヘルニアであるが,その他,椎間板症,椎間板炎,椎間関節捻挫,潜在性の脊髄腫瘍,脊椎腫瘍,骨髄腫の急性発症,腰仙部の帯状疱疹などがある.

11.鎖骨骨折

著者: 松井健郎

ページ範囲:P.98 - P.99

 鎖骨骨折は,外来診療において遭遇する頻度の高い骨折の1つであり,小児・青年・成人のいずれの時期にも生ずる機会が多い.
 新生児・小児期の本骨折の治療は,特に異論がなく保存療法のみが行われている.青年・成人期においても保存療法が優先されることが多いが,観血療法を必要とする場合も少なくないとする意見もある.
 本稿では,主に青年・成人の鎖骨骨折に対する保存療法について述べる1,2,3)

12.小児の肘周囲の骨折

著者: 佐々木孝

ページ範囲:P.100 - P.102

 小児の肘関節周囲骨折は,発生頻度の高い,一般的な外傷であるにもかかわらず,診断および治療上の問題点が多く,合併症にはVolkmann拘縮のような上肢の機能の全廃に到る重篤なものがある.受傷後1〜2日の初期に予後の決まってしまう例が多く,初期に的確な診断と適切な治療が要求される.救急外来などでの診療に際しては,専門家への相談を必要とする病態であるか否かの判定が最も重要なポイントとなる.

Ⅲ.胸部

1.胸壁外傷

著者: 大久保和明

ページ範囲:P.104 - P.106

 胸部には生命維持に必要な循環・呼吸に関係する臓器が含まれている.また,胸部外傷に頭部,腹部,四肢外傷などを合併することもまれではない。したがって,胸部外傷患者を診るときには,胸壁の外傷のみでなく全身状態の的確な把握が必要である.

2.胸背部痛

著者: 大久保和明

ページ範囲:P.108 - P.109

 胸・背部痛の原因疾患は数多くあり,心筋梗塞,解離性大動脈瘤,肺塞栓症など致命的なものから,単なる筋肉痛まで様々である.まず患者の重症感を把握し,救命救急処置を行いながら,緊急処置を要する疾患から鑑別していく必要があろう.

3.肋骨骨折,胸骨骨折

著者: 大久保和明

ページ範囲:P.110 - P.111

 肋骨骨折,胸骨骨折の治療のポイントは,肝,脾,心,肺損傷などの合併損傷を見逃さないことと,骨折による疼痛,筋緊張を緩和することにより呼吸,喀痰を容易にすることである.骨折そのものは,大部分の症例において時間とともに自然治癒する.

4.気胸,血胸

著者: 大久保和明

ページ範囲:P.112 - P.114

 胸膜腔内に空気,血液が貯留した状態をそれぞれ気胸,血胸という.気胸には先天性肺嚢胞(ブラ,ブレッブ)の破裂による自然気胸,肺結核・肺気腫などに合併する続発性気胸,刺創・交通事故などによる外傷性気胸,胸腔穿刺・肺生検・中心静脈ライン挿入などの合併症として発生する医原性気胸がある.また,空気が胸腔内に貯留するばかりで排気されないと,胸腔内圧が上昇して心,縦隔,肺を圧排し,致命的となることがある.これを緊張性気胸といい,一刻を争う処置が必要である(図1).気胸,血胸の治療の基本は胸腔ドレナージチューブの挿入であり,外来でみる胸部外傷の大部分は胸腔チューブのみで軽快する1)

5.帯状疱疹

著者: 金子健彦 ,   石橋康正

ページ範囲:P.115 - P.115

 帯状疱疹は,日常診療でしばしば遭遇する疾患で,水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus,VZV)による感染症である.一定の神経支配領域に一致して皮膚に帯状に配列し,集簇傾向のある小水疱を特徴とする.皮疹の出現する1週間ほど前から知覚異常や神経痛様の疼痛を自覚して,皮膚科以外の外科系外来を初診することも多い.早期に的確な診断をつけることが最も重要である.

6.急性乳腺炎,慢性乳腺症

著者: 冨永健 ,   稲田一雄

ページ範囲:P.116 - P.117

 急性乳腺炎の治療に当たって重要なのは切開排膿のタイミングであり,それが早すぎても遅すぎてもいけない.また,急性乳腺炎症状の患者と外来で遭遇したとき,常に頭にいれて鑑別しないといけない疾患に炎症性乳癌があり,むやみにメスを入れてはならない.
 慢性乳腺症のほとんどは治療の必要のない例が多く,その治療としては内分泌療法か対症療法が主体である.ただし,ここでも常に癌の可能性を考慮しで慎重に対処する必要がある.

7.乳腺腫瘤,胸壁腫瘤

著者: 冨永健 ,   稲田一雄

ページ範囲:P.118 - P.120

 乳腺および胸壁の腫瘤に遭遇した場合は,まず十分に理学的所見を観察し,マンモグラフィー,エコー,CTスキャンなどの補助診断を用いて悪性腫瘍との鑑別を行う.その上で悪性が否定できないときは,迷わず細胞診や生検(針生検,腫瘤摘出術)を行い質的診断を進めるべきである.また,まれではあるが転移性腫瘍の可能性もあることを念頭におき,局所に限らずつねに全身に注意を配ることが大切である.

8.乳頭異常分泌

著者: 稲治英生 ,   小山博記

ページ範囲:P.122 - P.123

 乳頭異常分泌(広義)とは,妊娠・授乳期以外の乳頭からの分泌を指すが,これはさらに乳腺の器質的病変の有無により乳頭異常分泌(狭義)と乳汁漏出症とに大別される(表).後者では血中プロラクチンの上昇を伴い,多くは無月経となるので前者との鑑別は容易である.したがって,以下,乳腺疾患としての乳頭異常分泌(狭義)で,しかも腫瘤を触知しない場合に話の焦点を絞る.乳頭異常分泌の原因となりうる主な乳腺疾患には,乳管内乳頭腫,乳腺症,乳癌などがある.われわれの乳頭異常分泌症に対する診断手順を図1に示す.生検の適応は,surgically significant discharge(液の性状が血性,漿液性,水様)1)であることを前提として,①細胞診,②分泌液CEA2),マンモグラフィーや乳管造影などの所見,年齢を参考に決定すべきである.少なくともnonsurgica11y sig-nificant discharge(膿性,乳汁様,粘性)1)はその対象とすべきでない.以下,生検法として最も一般的なマイクロドケクトミー3)の手技について述べる.

9.女性化乳房症

著者: 稲治英生 ,   小山博記

ページ範囲:P.124 - P.125

 女性化乳房症とは,男子の乳腺があたかも女性乳房様に肥大したものを指す.年齢的には思春期ならびに50〜60歳代にピークがある.その病因の詳細については他の総説1,2)に譲るが,成因別にみた女性化乳房症の分類2)を表1に示す.
 女性化乳房症が臨床上問題となるのは男子乳癌との鑑別においてであるといっても過言ではない.偏心性,皮膚固定,乳頭陥凹などのほか,乳頭異常分泌や嚢胞形成は男子乳癌を強く疑う所見として重要である3).治療方針としては,基礎疾患のあるものはその治療を行うのは当然として,他は一過性のことが多いので軽症例では経過観察のみとすべきである.治療が必要となるのは強い疼痛や心理的負担を訴える場合のみである.その場合でも内科的療法(表2)を優先させるべきである.外科的療法(あるいは生検)が必要となるのは,①内科的療法に反応しない.②癌の可能性がある,のいずれかの場合のみであろう.なお,女性化乳房症が男子乳癌の発生母地となりうるかどうかに関しては,なお議論のあるところであるが,明らかな因果関係は証明されていない.以下,外科的療法について述べる.

10.食道異物

著者: 木田亮紀

ページ範囲:P.126 - P.128

 食道異物は適切な診断,治療を行えば致命的となることは少ない.しかし,異物の診断が遅れることによって食道穿孔を生じたり,内視鏡的に異物を摘出する際,食道に穿孔をきたし重大な合併症を引き起こすことがある.最近,撓性食道ファイバースコープによる異物摘出が行われるようになっているが,その利点と欠点も知っている必要がある.

Ⅳ.腹部

1.腹壁外傷

著者: 大野博通

ページ範囲:P.130 - P.132

 腹壁の開放性損傷は,わが国ではほとんど刺切創で銃創はまれである.暴力による他傷が約7割,自傷が約2割を占め,ほかに事故によるものがある.非開放性損傷の原因は交通外傷が多い.
 腹壁外傷の診療で最も重要なことは,腹腔内臓器損傷を見逃さないことである.非開放性損傷では,臓器損傷があっても初期には無症状で,時間が経って症状が発現することが少なくないので注意しなければならない.

2.腹痛

著者: 大野博通

ページ範囲:P.133 - P.135

 腹痛を主訴とする疾患は数多いが,外科外来で診察する腹痛はいわゆる急性腹症が少なくない.初診時には最低限,①緊急手術や緊急処置が必要な疾患,②経過観察や治療のため入院が必要な疾患,③外来治療でよい疾患の三者を鑑別することが必要である.
 緊急手術の適応のない場合は,治療と平行して,確定診断のための検査計画を立てる.この際,悪性腫瘍を見逃さないことが重要である.

3.胃内異物

著者: 磯山徹 ,   豊島宏

ページ範囲:P.136 - P.137

 胃内異物には,嚥下した物質が消化されずに胃内に存在する状態と,食物等が胃内で異物化する場合(胃石)に大別される.嚥下した物質の内容・大きさ・形により,救急摘出処置の必要性が決定される.胃内で変化を起こす物(電池など)や針などの鋭的異物は早急に摘出するほうが安全である.胃石は開腹し摘出する適応であるが,一般的には緊急性は少ない.

4.脂肪腫,デスモイド

著者: 磯山徹 ,   豊島宏

ページ範囲:P.138 - P.139

 脂肪腫は,腹壁の軟部組織腫瘍では線維性腫瘍と並び日常経験することの多い腫瘍である.被膜を含めて完全に摘出することにより完治するが,時に筋層内に入り込み取り残すことがあるので注意を要する.デスモイドは,主に腹壁筋層から発生する線維性組織増殖であるが,転移しないが浸潤性発育を示し再発しやすい.

5.せつ,癰,腹壁膿瘍

著者: 堀明洋 ,   蜂須賀喜多男

ページ範囲:P.140 - P.141

 せつは黄色ブドウ球菌による毛嚢周囲の急性化膿性炎症で,進行すると軟化し膿瘍を形成する(図1).切開を加え排膿を図るのが原則である.最近MRSAの起炎菌に占める割合が増加しており,抗菌剤の選択も慎重に行うべきである.
 腹壁膿瘍には,せつ,癰,感染性粉瘤など皮膚病変に起因したものに加え,大腸癌などの腹腔内病変に起因したものもある.難治例では,瘻孔造影,消化管造影などで十分に原因の検索をする必要がある.

6.縫合糸膿瘍

著者: 磯谷正敏

ページ範囲:P.142 - P.142

 腹壁縫合糸膿瘍とは,腹壁の縫合,主に筋膜縫合に用いられた縫合糸(通常は多線維非吸収糸)を中心に生じる創感染である.深部縫合糸から腹壁皮膚縫合瘢痕部に小膿瘍を形成する.本症を念頭に置かないと,難治性肉芽創あるいは瘻孔と診断され,漫然と創の処置のみが行われることになる.治療の原則は感染糸の除去である.感染糸が除去されれば2〜3日で治癒する.

Ⅴ.肛門部

1.痔核

著者: 岩垂純一

ページ範囲:P.144 - P.145

 痔核は歯状線より上方の内痔核と下方の外痔核に分類される(図1).外痔核が問題となるのは血栓を形成した血栓性外痔核に限られており,また,このような血栓性外痔核は通常は保存的に治療されることが多い.したがって,痔核に対する外来での小外科(処置)としては,出血する内痔核に対する硬化(注射)療法1-3)が適応となる.
 硬化療法は痔核に硬化剤を注射して痔核を硬化縮小させる方法で,永続性はないものの止血効果は十分である.痔核に単に注射するだけの比較的簡単な方法であるが,効率よく安全に行うためには実行に際して注意やコツが必要となる.

2.脱肛

著者: 岩垂純一

ページ範囲:P.146 - P.147

 脱肛とは肛門の脱出を示す臨床的総称であり,痔核の脱出するものや肛門粘膜脱,また,痔核内に多数の血栓を形成し嵌頓状態になった痔核の急性期である嵌頓痔核などが含まれる.嵌頓痔核に対しては保存的治療が優先され,脱肛に対する外来における小外科処置としては,内痔核の脱出や粘膜脱に対するゴム輪結紮療法1,2,3)が適応となる.嵌頓痔核に対しては保存的治療が優先される.ゴム輪結紮療法は,ゴム輪結紮器を使用し,痔核根部にゴム輪をはめ込み結紮する方法である.

3.裂肛

著者: 岩垂純一

ページ範囲:P.148 - P.149

 裂肛とは肛門上皮に生じた亀裂,びらん,潰瘍の総称で,肛門上皮の浅い単純な損傷程度のものから慢性化し潰瘍状となって筋層まで達し,肛門狭窄や肥大乳頭やskin tagなどの二次的変化を伴うようになったものまで様々である.
 裂肛に対する外来での小外科としては,肥大乳頭やskin tagなどの二次的変化を伴わない,単に狭窄や疼痛によるspasmを有するものに適応となる側方皮下内括約筋切開術(LSIS1,2))がある.側方皮下内括約筋切開術とは,内括約筋を側方で粘膜下,皮下に切開することによって肛門のspasmを取り,肛門管の伸展性を取り戻す術式である.

4.痔瘻

著者: 藤好建史 ,   藤本直幸

ページ範囲:P.150 - P.152

 基本的には成人の痔瘻は,後方の低位筋間痔瘻および裂肛その他の原因により生じた皮下の痔瘻を除いて,外来手術の対象とは考えにくい.過去には,外来治療とは薬物による保存療法との考え方が主流であったが,近年は欧米流の考え方が導入され,痔瘻に関しても積極的に外来治療が取り入れられつつある.しかし,外来処置を行うためには,その適応を正確に見極める必要がある.そのためにも,痔瘻の形態の的確な診断がまず大切である.一方,乳児痔瘻に関しては,よほど複雑なものでも外来治療が可能であり,ここでは成人と乳児を分けて述べることにする.

5.肛門周囲膿瘍

著者: 藤好建史 ,   藤本直幸

ページ範囲:P.153 - P.155

 肛門周囲膿瘍の治療の基本は,まず切開排膿にある.肛門周囲膿瘍は肛門小窩の感染によって始まる痔瘻の初期症状であり,感染によって破壊された肛門小窩は乳児期を除いて元に戻ることはない.このため,膿を確認すればただちに切開を行い,膿瘍の拡大を防ぐことが肝要である.病院や患者の都合で切開を延期し,その間,抗生物質による治療を続けることは膿瘍拡大につながる可能性があり,好ましくない.

6.肛門掻痒症

著者: 衣笠昭 ,   鈴木和徳

ページ範囲:P.156 - P.157

 肛門掻痒症とは,我慢できず掻かなくてはいられない肛門部のかゆみの総称である.原因はきわめて多岐にわたるため(表)1),症状,治療もそれぞれ異なるが,全身性疾患に起因し,皮膚面に発疹や発赤などの他覚的所見の少ない,いわば特発性掻痒症と,肛門部や女性性器の疾患による二次的掻痒症に分けることができる.
 特発性掻痒症のなかで代表的なのは最近増加しつつある糖尿病による掻痒症であるが,肝疾患により発生した黄疸や,尿毒症のために起こる皮膚掻痒の分症としても時に見受けられる.また,加齢や精神障害で発生する掻痒も皮膚の変化は少ない.婦人科的疾患であるエストロジェン分泌異常は,少なく,特発性の範疇に入れるべきかもしれない.
 二次的掻痒症の原因で最も多いのは接触性皮膚炎・湿疹である.この中に分泌物より真菌を認めるものもあるので鑑別を要する.
 その他,痔核・痔瘻・裂肛などの肛門疾患や,性行為関連疾患,婦人科的疾患,アレルギー性疾患、によるものが日常遭遇するもので,治療に当たっては原因の解明が重要なポイントとなるであろう.

7.慢性化膿性汗腺炎

著者: 衣笠昭 ,   鈴木和徳

ページ範囲:P.158 - P.159

 肛門部の汗腺炎は慢性の経過をとることが多く,化膿しては自潰して膿皮症の病像を呈するのでHidradenitis suppurativa chronicaまたはPyodermia fistulans sinificaといわれ,Verneuil病とも称される.原因はアポクリン腺の感染症とされているが,このほかに痔瘻より続発したもの,肛門周囲の毛嚢炎,粉瘤,小膿瘍,毛巣洞,皮様嚢腫,浅い外傷などに起因することもある(図1)1).起炎菌としては,Staphylococcus, Pseudomonas, Enterococcusなどが検出されるが,長期にわたり抗生物質の投与を受けた者のなかには,膿よりMRSAを検出した症例もある(図2).
 症状は肛門周囲に膿瘍形成があり,皮下組織に広がり自潰して多数の瘻孔を作り,悪臭のある膿汁を分泌する.急性期には発熱,白血球増加をみるが,慢性期には全身症状は少なく,皮膚の肥厚や色素沈着を認め,次第に範囲は拡大し,殿部・鼠蹊部・大腿部にまで広がる症例もある.治療は侵された皮膚部分を完全に切除することが必要であり,再発・再燃もしばしばみられるので,経過観察を怠らないようにする.痔瘻の併発をつねに念頭に置かなければならない.

8.毛巣洞炎

著者: 原宏介

ページ範囲:P.160 - P.162

 毛巣洞(あるいは毛髪洞pilonidal sinus)炎は仙尾骨部の正中付近にみられる,皮下組織を中心とした化膿性疾患で,膿瘍を形成した急性期と,膿瘍が自潰あるいは切開により瘻孔を形成した慢性期があり,それぞれ治療法が異なる.癤,癰,痔瘻,汗腺炎などとの鑑別が必要になることもあるが,本疾患では,①仙尾骨部背面正中部で,肛門寄り皮膚の小凹窩の存在(図1),②繰り返す炎症の既往,③好発年齢および性別(若年者で,男性に多い)などの特徴に注意すれば,診断は容易である.

9.直腸異物

著者: 原宏介

ページ範囲:P.164 - P.166

 日常の診療で比較的多くみられる上部消化管(食道,胃など)の異物に比べると,直腸異物はきわめてまれな疾患である.しかし,本疾患の特徴として異物の侵入経路がいくつかあり,異物の種類もきわめて多彩なため,治療法にも様々な工夫を必要とする(表).治療法は経肛門的摘出を原則とするが,無理をすると腸管壁を損傷する危険のある場合や,すでに穿孔性腹膜炎を起こしている場合には開腹手術が適応となる.

Ⅵ.尿路・性器

1.尿路外傷

著者: 福井準之助

ページ範囲:P.168 - P.170

 腎,尿管,膀胱,尿道の外傷のうち,外来で可能な処置は軽度損傷に限られる,小児では奇形腎の損傷のことが多いので,超音波検査などによる原疾患の追及が必要.尿管は骨盤内臓器手術時に損傷されることが多く,外来で診ることは稀である.骨盤骨折を伴う男性の膀胱外傷や尿道外傷の後遺症として,インポテンスに注意する必要がある.

2.陰嚢水瘤

著者: 福井準之助

ページ範囲:P.172 - P.173

 陰嚢水瘤は,鞘膜腔に水溶液が貯留する疾患である(図1),1歳未満の乳児の陰嚢水瘤は自然消退が期待できるので経過観察する.乳幼児の多くは穿刺を繰り返すことで消退する.頻回に穿刺が必要なときは手術か薬液注入療法を行うが,成人の陰嚢水瘤は手術か薬液注入法が必要.また,固有鞘膜が肥厚すると透光性が低下し,精巣腫瘍との鑑別が困難となるため超音波検査が必要である.

3.尖圭コンジローム

著者: 福井準之助

ページ範囲:P.174 - P.175

 尖圭コンジロームは男性陰茎の冠状溝,包皮との境界,外尿道口,前部尿道,肛門,女性では外陰部,尿道,会陰,腟,肛門に生じるベルベット状の腫瘍で,多発集簇する傾向がある.性交2〜3か月後に出現し.再発しやすい.尖圭コンジロームは巨大尖圭コンジローム(Bushke Loewenstein腫瘍)との鑑別が重要で,前者は乳頭腫ウイルス(HPV 6,11)感染で発生するが,後者の原因は不明.後者は扁平上皮癌の一種で隣接する組織破壊を生じ,巨大化すると陰茎切断が必要.転移は稀であるが,転移のあるときは初発病巣の悪性化を疑う.
 尖圭コンジロームの治療には液体窒素による凍結療法,電気凝固療法が原則.Bleomycine局所注射療法,Interferon局所注射療法,Bleomycine軟膏密封療法,Fluorouracil軟膏密封療法などがあるが.無効なら切除する.巨大尖圭コンジロームは陰茎温存腫瘍切除術が原則であるが,補助療法としてBleomycineやInterferonを使用する.局所の単独化学療法は効果が少ない.放射線療法は悪性化促進の可能性がある.レザー療法は局所の欠損小であり,再発予防に有効とする報告がある.

4.かんとん包茎

著者: 鈴木恵三 ,   堀場優樹

ページ範囲:P.176 - P.177

 かんとん包茎は,患者の背景に包茎があり,無理に包皮を飜転することにより,包皮の循環不全を招いた状態をいう.日常最も多くみられる原因は,思春期の青年の自慰,包茎を苦にして自ら行う矯正行為に失敗した例などである.このほかに小児では,親が無理に包皮を飜転させることや,包茎を伴った高齢者で尿道留置カテーテルを用いている例などにもしばしばみられる.包皮の循環障害が高じると,陰茎は異常な浮腫を伴って腫脹する.強い陰茎の痛みを訴えて受診する.早期に包皮を正常にもどし,循環を改善しないと包皮が壊死する恐れがある.

5.亀頭包皮炎

著者: 鈴木恵三 ,   堀場優樹

ページ範囲:P.178 - P.179

 亀頭包皮炎は,陰茎の亀頭部と包皮の非特異的炎症で,軽いものは発赤程度の皮膚炎であるが,高ずると包皮内に膿がたまる.小児では包茎があるので,包皮と亀頭部の間に尿や恥垢が蓄積しやすい.これに細菌感染が生じたときに発症する.成人では包茎があって不潔にしていたときのほかに,性行為,ヘルペス,自慰,外用薬の塗布,尿道炎の際に生ずる膿などが原因で生ずる.このほかに,高齢者で尿道留置カテーテルを用いている例にしばしばみられる.

6.睾丸炎,副睾丸炎

著者: 藤田公生

ページ範囲:P.180 - P.181

 睾丸(精巣)炎,副睾丸(精巣上体)炎は,保存治療が基本である.膿瘍が形成され,皮膚に自潰するようなら,摘除の対象になる.慢性肉芽腫になった副睾丸炎は組織像の確認の目的もあり,副睾丸摘除術を行うことがある.

7.精索捻転症

著者: 藤田公生

ページ範囲:P.182 - P.183

 精索捻転症は鑑別診断が重要である.睾丸が回転し,精索が捻れるために睾丸が血行障害を起こして壊死に陥るものであり,鑑別診断を行うためには,このような疾患があるということを知っておくことが何よりも大切である.

8.尿管結石,腎結石

著者: 村上信乃 ,   五十嵐辰男

ページ範囲:P.184 - P.185

 上部尿路結石(腎結石,尿管結石)は,代謝障害,尿路通過障害などいろいろな原因で発生するので(表1),その原因を把握したうえで治療を行うことが原則である.腹痛や血尿などの自覚症状を契機に発見されることが大部分であるが,最近は自覚症状がなくても健康診断などの尿潜血や超音波検査で偶然にみつかる例が増えている.疝痛発作は激烈で,他疾患による腹痛より強いが,緊急手術の適応はなく,対症療法で対応すればよい.

9.前立腺炎

著者: 村上信乃 ,   五十嵐辰男

ページ範囲:P.186 - P.187

 本疾患は,前立腺部圧痛,会陰部痛,腰痛など様々な症状を示す前立腺の炎症性または炎症類似様疾患であり,35〜45歳の壮年男子に多くみられる.炎症性は,前立腺液中に有意の白血球数(一般に10個/hpf以上)の存在を認めることにより診断され,病型は急性と慢性,細菌性と非細菌性に分類される.一方,前立腺液に白血球を認めなくても,前立腺炎と類似の症状を呈するPros-tatodyniaも広義の前立腺炎に含まれることが多い.

10.バルトリン腺膿瘍

著者: 宮川美栄子

ページ範囲:P.188 - P.189

 会陰切開後の瘢痕や炎症などが原因となってバルトリン管が閉塞し,膿や濃縮されたバルトリン腺からの分泌液が貯留するとバルトリン腺嚢腫(正確には偽嚢腫)やバルトリン膿瘍が発生する.有痛性の急性期膿瘍は適切な化学療法によって治癒するが,問題はそれをしばしば繰り返すことにある.急性期の膿瘍は,切開し開窓術(marsupialization)をするのが一般的である.腺が硬く触れ,周期的に再燃する慢性のバルトリン腺炎では切除が必要になる.

11.精管結紮

著者: 宮川美栄子

ページ範囲:P.190 - P.191

 手術的避妊法として精管結紮術は簡単かつ有効な方法である.しかし,安易に行うものでは決してない.精管結紮後に再びこれをもとに戻すことは不可能ではないものの,非常に困難で100%有効な方法はない.したがって,一生不妊になることを覚悟し.十分に納得したうえで行うべきであることを説明する.逆に術後直ちに妊娠の心配がなくなるのではないことや,手術の方法によっては再び自然開通することもあり得ることを知ってもらっておく必要がある.

12.尿道異物

著者: 染野敬 ,   土谷順彦

ページ範囲:P.192 - P.193

 尿道異物の大部分は,自慰の目的で経尿道的に挿入されたものであり,針,ヘアピン,鉛筆,マッチ棒,針金,ビニール管,植物など,外尿道口から挿入可能なものは何でも異物となりうる.異物の除去には内視鏡的操作を必要とすることが多いが,ちょっとしたコツを知っていると役に立つことがある.

13.STD

著者: 染野敬 ,   川原敏行

ページ範囲:P.194 - P.195

 泌尿器科領域の性感染症(STD)には,淋菌,クラミジア,ウイルス,各感染があり,最も頻度の高い疾患は,淋菌,クラミジアを原因とする尿道炎である.このうち,クラミジアを主体とする非淋菌性尿道炎は,淋菌性尿道炎の2〜3倍を占めている.また,男女性器に生じるウイルス感染症である性器ヘルペス,尖形(圭)コンジロームは増加傾向にある.STDは,診断がつけば治療法はおのずと決まってくるので,診断までの流れを述べる.

Ⅶ.四肢・皮膚

1.四肢損傷

著者: 野村茂治

ページ範囲:P.198 - P.199

 四肢損傷の予後は初期治療の良否と外力の大きさにより決まる.多臓器損傷を伴う多発外傷では救命処置が最優先される.四肢損傷に限れば,新鮮損傷の段階でX線による骨折の有無はもちろん.神経,血管,筋肉,腱,靱帯といった軟部組織の損傷を見逃してはならない.致命的合併症として,脂肪塞栓,ガス壊疽,破傷風などがあることを留意すべきである.

2.足関節挫傷(捻挫)

著者: 野村茂治

ページ範囲:P.200 - P.201

 足関節部外傷のなかで,捻挫は日常しばしば遭遇する外傷である.内果と外果の長さの違いと距骨滑車の解剖学的特徴より,外反底屈,すなわち内がえしを強制されて受傷する.そのため,足関節外側側副靱帯を損傷する頻度が高い.足関節に不安定性を残すと歩行時痛,運動痛を生じ,将来,変形性足関節症の原因となるため,慎重な初期治療を要す.

3.アキレス腱損傷

著者: 田畑四郎 ,   山口栄

ページ範囲:P.202 - P.203

 アキレス腱皮下断裂は,スポーツなどで急激な外力が足部に加わることによって生じる.問診すると,患者自身が「ブスッ」と切れる音がしたと述べることが多い.よく不全断裂と診断する場合が多いが,経験的には完全断裂と考えて差し支えない.治療方法には観血的縫合,保存療法,経皮縫合法などがある.

4.靱帯損傷

著者: 山口栄 ,   田畑四郎

ページ範囲:P.204 - P.205

 靱帯とは骨と骨とを連結している結合組織で,関節運動時の安定性保持に重要な役割を担っている.そのため,これらの靱帯が損傷されると,初期には関節の可動域制限および運動時痛をきたし,慢性化すると関節の不安定を引き起こす.単純X線では骨傷を認めないのが大部分なので,見逃されることが多く注意が必要である.

5.下肢静脈瘤

著者: 小川勇一郎 ,   福田篤志

ページ範囲:P.206 - P.207

 下肢静脈瘤は日常最もよく遭遇する血管疾患であり,多くは表在静脈または交通枝静脈の弁不全によって生じた1次性静脈瘤である.出血は稀であるが,下腿に色素沈着,硬結,静脈性潰瘍を伴うもの,静脈瘤の血栓性静脈炎を生ずるもの,立位で下腿鈍痛を訴えるもの,醜形の改善を希望するものが手術適応となる1).全身状態不良で手術不適応のときは,弾力ストッキングの着用を勧める2)

6.下腿潰瘍

著者: 前田正之

ページ範囲:P.208 - P.209

 下腿は様々の要因によって循環障害を起こしやすく,その結果,慢性難治性潰瘍を生じやすい.一般に狭義の下腿潰瘍は静脈瘤性潰瘍を意味し,一般外科で治療の対象となる下腿潰瘍は静脈瘤性潰瘍が主である.ここでは静脈瘤性潰瘍について述べる.

7.褥瘡

著者: 高野邦雄

ページ範囲:P.210 - P.211

 褥瘡とは,皮膚,皮下組織が壊死に陥った状態をいう.一般的には,同一体位での長時間臥床による骨と外部物体との間での皮膚,皮下組織の圧迫,阻血状態が持続することに起因する.褥瘡は軽度なものから深部に及ぶものまで種々みられる.概して全身状態の不良な患者に形成されやすく,治療にあたっては,褥瘡の深さと患者の全身状態を考慮して,その方法を適宣選択すべきである.しかし,一番重要なことは,予防であることを肝に銘じておくべきである.

8.毛巣洞,瘻

著者: 高野征雄

ページ範囲:P.212 - P.213

 毛巣洞,瘻(pilonidal cyst, sinus)は仙骨部正中線上の皮下に生じ,排膿として発症する疾患で,毛深い青壮年期の男性に好発する.病因論的には.胎生期の脊髄管の遺残によると考えられる症例もあるが,多くは摩擦などの慢性機械的外力によって毛髪を含む皮膚が,後天的に殿裂の陥凹(尻の裂け目)から内部に入り込んだと考えられている.

9.肘内障

著者: 安藤正 ,   高橋定雄

ページ範囲:P.214 - P.215

 幼児期の子供が転びそうになり手を引っ張られたとき最も発生しやすく,肘の輪状靱帯が橈骨頭より滑脱して腕橈関節内に一部嵌入した状態である.早期には無麻酔で容易に徒手整復され,予後も良好であるが,陳旧化すると治療が困難となる.明らかに肘内障と思い整復しても,患児が手を使用しないときにはX線撮影をし,骨折が疑われるときには無理に徒手整復しないで,専門医とのタイアップを考慮する.

10.テニス肘(上腕骨外上顆炎,内上顆炎)

著者: 安藤正 ,   高橋定雄

ページ範囲:P.216 - P.218

 テニス肘には肘関節の外側に痛みを生じる上腕骨外上顆炎(バックハンドテニス肘)と内側に痛みを感じる上腕骨内顆炎(フォアーハンドテニス肘)とがある(図1).前者が大半を占め,テニス以外のラケットスポーツやゴルフでも同様にみられる.また,必ずしもスポーツに限るわけではなく,職業上よく手を使う中高年労働者や主婦などのほうが,むしろ日常の外来診療では多いかもしれない.筋,腱のover useと加齢による退行変性が原因といわれている.治療は初期の局所の安静,その後のストレッチ,筋力強化でほとんどが治癒する.

11.手・指・腱の新鮮外傷

著者: 日高典昭 ,   土井照夫

ページ範囲:P.219 - P.221

 手指における腱損傷は,癒着による拘縮のため重大な機能障害をきたしやすい.特に,MP関節からPIP関節までの間は,古くからno man�s landと呼ばれ,この部位における屈筋腱損傷の修復は手の外科における長年の課題の1つである.したがって,手指の腱損傷の初期治療の要点は,正確な診断ならびに感染予防のための基本的な創処置を行うことであり,腱自体の修復手術は手の外科を専門とする医師に委ねるべきであろう.

12.突き指

著者: 土井照夫 ,   日高典昭

ページ範囲:P.222 - P.223

 「突き指」というのは日常よく見られる外傷であるが,指の長軸方向に外力が働いて発生する指の外傷の総称であり,いろいろの損傷を含んでいる.主な損傷部位は遠位指節間関節(DIP関節と略す),近位指節間関節(PIP関節と略す),親指の中手指節間関節(MP関節と略す)などであるが,伸筋腱・靱帯の断裂,剥離骨折,脱臼骨折などもあって(図1),その診断・治療を軽んじると重大な機能障害を残すようなことになる.

13.腱鞘炎

著者: 伊勢紀久 ,   中村隆二郎

ページ範囲:P.224 - P.225

 腱鞘に起きた炎症の総称が腱鞘炎で,腱鞘のある場所であれば足や肩などでも起こり得るが,通常みられるのは前腕部である.特に中年の婦人で農作業,手工業,サービス業などの従事者に多く,機械的刺激の反復が引き金になって,手を使うと前腕に痛みを訴えるようになる.

14.ばね指

著者: 伊勢紀久 ,   中村隆二郎

ページ範囲:P.226 - P.227

 指の“こわばった”感じから次第に“ひっかかる”という訴えになり,遂には指の弾撥,いわゆるバネ指に進行し,最悪の場合には指が屈曲位あるいは伸展位で固定されてしまう疾患である.初期のこわばった感じの時点でリウマチの“朝のこわばり”と誤りやすいが,MP関節掌側に限局した圧痛があることと,腫瘤を触れることで容易に鑑別できる.保存的治療で軽快することがあるので手術を急いではならない.

15.指骨骨折

著者: 松本昇

ページ範囲:P.228 - P.229

 手指は種々の外力を受けることが多く,手指骨骨折は日常しばしば認められる.指節のうち基節骨と中節骨では骨の掌側は指屈筋腱と接しており,この部位の骨折は腱の滑動性を障害したり癒着を生じやすい.また,骨折の転位によっては筋腱バランスがくずれ,指関節運動が制限されたり,回旋転位のために指の交叉現像を残すこともある.したがって,本骨折に対しては解剖学的整復を行うことはもちろんのこと,固定期間や後療法に関しても適切な治療が要求される.

16.切断指・肢

著者: 岩田清二

ページ範囲:P.230 - P.232

 マイクロサージャリーや装具(義肢)療法の進歩により,切断指・肢に対して積極的に再接着が試みられ,古典的な至適切断高位にこだわることなく可及的に長く残す傾向にある.したがって,初期治療においては,安易に断端形成をしたり,必要以上に短く切断したりすることのないようにし,再接着の可能性がある場合には,然るべき施設に直ちに転送すべきである.

17.皮下血腫

著者: 皆川清三 ,   長家尚

ページ範囲:P.234 - P.235

 皮下血腫は,鈍的外力(打撲,圧挫,牽引など)により,皮下軟部組織の損傷と血管の破綻をきたし,血液が軟部組織間隙に溜まった状態をいう.表在性と深在性があり,放置して自然に吸収されるものから,骨折や主要血管・神経損傷,筋・腱断裂を伴って観血的治療を要すものまで種々の段階がある.保存的か外科的治療かの見極めが非常に重要である.一方,血友病,白血病などの出血性素因性疾患によることもある.

18.爪下血腫

著者: 皆川清三 ,   長家尚

ページ範囲:P.236 - P.237

 指尖部は特殊な解剖学的構造を有しているために,車のドアに指尖部をはさんだりすると爪甲下に血腫ができやすい.このとき爪は暗紫色を呈しており強い疼痛を伴っている.治療は早期に血腫を除去することに尽きる.ただし,疼痛が軽度であって血腫貯留が小範囲である場合は,創部を冷却するだけで何ら特別な処置を要さず自然治癒することも少なくない.したがって,爪下血腫すべてが処置の対象になるとは限らないことを知っておくことが必要である.

19.ひょう疽

著者: 吉川宣輝 ,   玉木康博

ページ範囲:P.238 - P.239

 ひょう疽は指先の脂肪織や爪下に膿瘍を形成したもので,疼痛が強いのが特徴である.また,この部の解剖学的な特性から(図1)容易に末節骨の血流障害をきたしたり,腱や腱鞘にそって炎症が拡大するので注意が必要である1)

20.爪囲炎

著者: 吉川宣輝 ,   玉木康博

ページ範囲:P.240 - P.241

 爪囲炎は爪郭の小外傷や皮膚炎などより感染して炎症をきたした状態であり,日常よく遭遇する疾患である.

21.嵌入爪

著者: 吉川宣輝 ,   玉木康博

ページ範囲:P.242 - P.243

 嵌入爪は日常頻繁にみられる疾患であるが,不適切な治療を繰り返されている場合が多いのも事実である.嵌入爪の状態を十分に観察して適切な治療を施し,治療後も生活指導などのアフターケアをする必要がある.

22.ガングリオン

著者: 岸清志 ,   山本清司

ページ範囲:P.244 - P.245

 ガングリオンは腱鞘や関節嚢から発生し,それらと交通するゼリー状の透明な粘液性物質を含む嚢腫である.通常,疼痛あるいは機能障害をきたすことはないので,再発を繰り返す場合,何らかの機能障害のある場合,あるいは美容上の目的で患者が希望する場合を除き,外科的切除は極力避けるべきである.その理由は,手技がけっして易しくないことと,再発が皆無ではないことなどによる.

23.指輪の除去

著者: 宮城良充 ,   真栄城優夫

ページ範囲:P.246 - P.247

 指輪は,古代エジプト時代より宗教的,政治的な意味合いをもつ装飾品として愛用され,婚約指輪,結婚指輪をはめるようになったのは11世紀ごろからである.日本では古墳時代に大陸からもたらされたが,その後長く途絶し.指輪が出回るようになったのは江戸時代で,“ゆびわ”と呼ばれるようになったのは明治時代からである.この小さなリングが起こす思わぬ損傷は,ring constriction,ring avulsion injuryである.

24.新鮮熱傷

著者: 宮城良充 ,   真栄城優夫

ページ範囲:P.248 - P.249

 熱傷は外来通院で治療可能の軽症から,治癒まで長期の管理を要する重症など様々である.したがって,初療時のポイントは重症度の判定にある.重症,中等症は初期に大量の補液を必要とするので,速やかに加療のできる施設に搬送する.軽症(II度15%,III度2%以下)が外来で治療可能である.近年,II度熱傷を浅いもの,深いものに分けて治療を進めるようになってきた.

25.爪下外骨腫

著者: 野村茂治 ,   佐藤実

ページ範囲:P.250 - P.251

 爪下外骨腫は,足の骨病変として頻度の高い疾患である.第1趾に好発し,10歳代に多くみられる,性差はない.手では稀である.爪甲の先端の皮膚の下に硬い腫瘤を形成し,爪甲を圧迫して変形をきたす.潰瘍をつくることは稀であるが,靴による圧迫により痛みを訴える.診断はX線で容易に確認できる.通常,骨の正中ではなく左右どちらかに偏位して存在し、しばしば陥入爪や尋常性疣贅として治療されることがあるので注意を要する(図1).

26.外反母趾

著者: 加藤哲也 ,   関宏

ページ範囲:P.252 - P.253

 母趾が中足趾節関節(MTP-J)において腓骨側に屈曲(外反)変形を起こし,第1中足骨頭が脛骨側へ突出した状態をいう.生活の洋式化に伴い増加傾向にある.慢性関節リウマチ,痛風などの関節炎後にも発症する.第1中足骨骨頭の背脛骨側は発赤,腫脹して軟部組織あるいは骨性隆起である腱瘤腫(bunion)を形成し,圧痛および運動痛をきたす.第1中足骨の内反が増強すると開張足(横軸扁平足)を呈するとともに,第2ないし第3中足骨頭部足底や鷲爪趾,槌趾変形の趾背側に疼痛性腓胝を形成するようになる.

27.疣贅(いぼ)

著者: 栗原誠一

ページ範囲:P.254 - P.255

 疣贅はヒト乳頭腫ウイルス(HPV)の感染による表皮増殖疾患の総称で,一般にイボと称される疾患,たとえば頭部顔面に好発する脂漏性角化症や頸部のスキンタッグなどHPVと関係のない小腫瘍は疣贅とは呼ばない.臨床形態から尋常性疣贅,扁平疣贅,糸状疣贅,足蹠疣贅,ミルメシア(深部掌蹠疣贅),尖圭コンジローマに分けられている.特異な病型として疣贅様表皮発育異常症やbowenoid papulosisがあり,最近では足底に生じた表皮嚢腫とHPVの関連性が注目されている.また,多発・汎発化した例では癌やリンパ腫,膠原病など全身的な免疫不全状態を伴っていることがあり,デルマドロームとしての意味がある.

28.鶏眼,胼胝

著者: 橋爪敬 ,   勝又昇一

ページ範囲:P.256 - P.257

 繰り返される機械的刺激によって生ずる表皮角層の限局性肥厚である.鶏眼は趾腹,趾背,趾間,足縁など下床に骨のある部分に好発する.角化は下方に広がり,中心に半透明な角栓があり,圧痛を伴う.胼胝は,やはり反復する圧迫,摩擦などに対する防御機転としての角層の増殖であり,いわゆるペンだこ,坐りだこや靴ずれだこなどである.通常,自覚症状はない.機械的刺激を排除しない限りは,治療しても必ず再発することを患者に理解させることが大切である.

29.伏針

著者: 杉田輝地 ,   山近勝美

ページ範囲:P.258 - P.259

 伏針は鋭利であり.刺入点より離れた部位,それも筋肉内や関節へ留まっていることがある.また,刺入に気づかず不良肉芽形成で来院することもある.したがって,伏針の有無の確認のみでなく,立体的な局在部位の把握が不可欠であり,X線透視の可能な場所で治療することが原則で,安易な気持での除去手術は思わぬ結果を招くことになる.

30.棘,釣り針,その他の異物刺入

著者: 洲崎兵一

ページ範囲:P.260 - P.261

 棘,釣り針の刺入などは,日常,最も多く遭遇する外傷で,多くの家庭医学書にその処置が簡単に述べられており,心配なときは医師の治療を受けるよう記されているが,専門の成書にはその項目すら載っていないことが多い.それぞれ,自己の経験に基づいて処置されているのが現状であろう.ここでは,私の行っている処置にっいて述べる.

31.咬傷

著者: 小泉俊三

ページ範囲:P.262 - P.263

 咬傷の処置においても一般の汚染創を取扱うときと同様,創の挫滅と汚染の程度を注意深く判断し,異物の有無を確かめ,安易に縫合しないことが大切である.日常臨床上よく遭遇するのは飼い犬,飼い猫,野良犬などの動物咬傷であるが,ケンカなどでのhuman bite,特に拳が前歯に当たるcrenched fist injuryは予期せず重篤な感染を引き起こすことがある1).本邦の毒蛇咬傷はほとんどがマムシ咬傷(沖縄,奄美地区ではハブ)であるが(図1,2),ヤマカガシ蛇毒によるDIC死亡例も報告されている.

32.虫刺され

著者: 小泉俊三

ページ範囲:P.264 - P.265

 昆虫毒にはヒスタミン,セロトニンなどが含まれるが,ほとんどの場合,局所の痛み,痒み,腫脹などに対する一般的な処置で十分である.蜂刺傷では,毎年,アナフィラキシー様反応により死亡する人がある.アドレナリンや輸液,ステロイドなどの適切なショック対策で救命できるはずであり,ファーストエイドはきわめて大切である.そのほか,屋外での様々の小動物による刺傷は数え切れないが,虫刺され以外の皮膚病変との鑑別が必要な場合には,皮膚科医に相談する.

33.凍傷

著者: 伊藤紀之

ページ範囲:P.266 - P.267

 0℃以下の寒冷に曝された体の組織が凍結し,解凍後に生じる障害である.温度のほか,湿度,風の影響が大きく左右する.寒冷による細胞,細胞外液の氷結晶化,赤血球,血小板の凝集や細動脈収縮による局所循環障害が原因となる.指,耳,鼻,頬に好発し,冬山登山,寒冷地での作業,冬期スポーツ,冷たい金属への接触などにより発生する.損傷が広範に及ぶと死の転帰をとる.

34.肥厚性瘢痕,ケロイド

著者: 伊藤孝徳

ページ範囲:P.268 - P.269

 肥厚性瘢痕には,創の治癒過程が皮膚の緊張や肉芽形成によって障害されてできるカマボコ型に瘢痕が肥厚する治療反応型のものと,ケロイドと同じ前胸部,上背部,肩,耳,下腹部にキノコ型に瘢痕が過剰に増生する治療抵抗型の2種類がある.いずれも受傷範囲を越えて拡大することはない.これに対してケロイドは,上記好発部位で腫瘤が周囲皮膚に拡大浸潤し,いかなる治療にも抵抗する.

35.靴まめ

著者: 橋爪敬 ,   勝又昇一

ページ範囲:P.270 - P.270

 靴の慢性の機械的刺激によって生ずる.「靴ずれ,たこ」と呼ばれる.胼胝腫の俗称(鶏眼,胼胝腫の項参照).新しい靴や足に合わない靴をはいたときに生ずるが,1〜2時間から数時間〜1日の歩行で生ずる急性の場合もある.

Ⅷ.乳幼児の外来外科疾患

1.鼠径ヘルニア

著者: 監物久夫

ページ範囲:P.272 - P.273

 小児鼠径ヘルニアは,自然治癒が約35%にみられるものの1),嵌頓の危険性や成人後の再発を考慮すると,発見次第,早期に手術を行うことが望ましい.通常は患児を入院させて手術をするため,われわれが外科外来で行うべき重要なことは,正確な診断と嵌頓ヘルニアに対する処置である.陰嚢水腫では,手術を急ぐ必要はまったくない.

2.臍炎

著者: 難波貞夫

ページ範囲:P.274 - P.275

 外来受診時期は,産科を退院後,数日あるいは数週たってからが多く,臍帯が脱落してから臍部に膿様分泌物や出血が続くと訴えて受診してくる.軽度の炎症が持続することによって生ずるとされる肉芽組織,いわゆる臍肉芽腫(umbilical granuloma)を認めることが多い.臍部の炎症は腹壁膿瘍,肝膿瘍,敗血症へと進展しうるし,そのほかに,もう少し高年齢児にみられる持続する分泌物を主徴とする臍形成時の遺残器官である臍腸管開存症や,尿膜管瘻を原因とする臍炎があるので注意を要する(図1,2,3).

3.臍ヘルニア

著者: 大橋映介

ページ範囲:P.276 - P.278

 臍ヘルニアは,生後1か月前後に発症し2〜3か月までは急速に大きくなる.多くはこの頃来院する.嵌頓はほとんどないが,女児は成人してから妊娠中に嵌頓などのトラブルを起こしやすい.放置すればほとんどの症例が5〜6歳までには自然治癒する.しかし,小さな「でべそ」の状態で治癒するものが多く,当院で行ったアンケートでは,自然治癒した症例の半数が何となく気になると答えていた.生命に関わらないからと本症を軽く考えてはならない.子供にとって「でべそ」といわれることは大変なことである.そのため,治療の目的は子供が「でべそ」といわれないようにすることにある.ところが,ヘルニアの状態は治せても「でべそ」にならぬよう本当に満足できる治療をしたと思えることは難しい.保存的か手術的かの適応も,未だ医師個人の考えに左右され,臍の形については主観が入り,その観点からの報告は少なく,問題点を含め述べる.

4.腸重積症

著者: 橋都浩平

ページ範囲:P.279 - P.281

 腸重積症は,小児外科的腹部救急疾患のなかでも最も症例数の多い疾患である.そのほとんどは回盲部腸重積症であり,乳児期に多発する,典型的な症例では診断を誤ることはないが,非典型的な例も多い.治療は,空気もしくはバリウムの注腸整復であり,その整復率は80〜90%である1).最悪の合併症は腸管の穿孔であり,この防止のためには注意深い診断,治療操作が必要である.その危険があると思われる症例は,とりあえず輸液を行ったあとに専門施設に搬送すべきである.

5.消化管内異物

著者: 河野澄男

ページ範囲:P.282 - P.283

 小児消化管内異物はほとんどが誤飲によるもので,硬貨,おもちゃ,ヘアピン,画鋲,メトロノーム,針,釘など多種多様で,大部分の症例において無症状に経過し,異物は自然排泄することが多いといわれている.患児の年齢や症状,異物の種類や大きさ,異物の存在部位など多彩であり,食道穿孔や腸管穿孔・穿通など重篤な合併症の報告もあり1),その診断や治療は慎重に行わなければならない.

6.肥厚性幽門狭窄症

著者: 森川康英

ページ範囲:P.284 - P.285

 肥厚性幽門狭窄症(HPS)は生後3週前後に発症するものが多く,特徴的な噴水状嘔吐と幽門部腫瘤の触知によって比較的容易に診断されることが多い.強度の脱水と低栄養状態に陥った重症例に今日出会うことはほとんどなくなったが,このような重症例についてはnutritional supportが必要で,術前の補正に十分時間をかけるべきである.本症は術前の体液と電解質の補正が治療の大部分を占めるといっても過言ではなく,不十分な術前治療は患児を危険にさらすだけである.近年,本症に対する超音波診断が確実に行われるようになり,ときに腫瘤触知困難例には有用である.

7.ヒルシュスプルング病

著者: 林奐

ページ範囲:P.286 - P.287

 ヒルシュスプルング病は消化管の肛門側に神経節細胞が欠如する疾患であるが,病変の長さは数ミリと短いものから小腸以下ほとんどの腸管にわたる長いものまで大きな開きがある.したがって,学童期まで便秘以外に症状のない軽症のものから,新生児期に腹満,嘔吐に加えて腸炎を併発する重症なものまで,症状や発症時年齢は症例によって異なっている.本症の存在をいつも念頭におくとともに,検査を行える準備をしておくことが一般診療の場では大切なことである.確定診断やストーマ造設などの治療は可能なかぎり小児外科専門医のもとで行うべきであり,本稿ではおおよその診断の進め方について述べるとともに,初期治療の方法を説明する.

8.直腸肛門奇形

著者: 佐伯守洋

ページ範囲:P.288 - P.289

 先天的に肛門を欠如する直腸肛門奇形に対する治療は,外科手術により新たに肛門を形成することにあるが,形成された肛門のもつ機能は患児生涯のQOLに影響を及ぼす重大事である.本疾患を扱う際には,外観はもとより,できるだけ良好な機能を有する肛門を形成する努力が必要であり,そのためには病態,病型の正しい理解に立脚した適切な方針の下に正しい手術を行うことが重要である.

9.リンパ節膿瘍

著者: 中平公士 ,   竹内敏 ,   大野耕一

ページ範囲:P.290 - P.292

 病原体が原病巣からリンパ行性に散布すると,所属リンパ節に炎症が波及し炎症細胞が浸潤してリンパ節腫大が起こる.リンパ節被膜や周囲組織まで炎症が拡大すると硬結は増し,可動性がなくなり,圧痛,熱感,発赤(炎症所見)が明らかとなる.その後,膿瘍・壊死形成が起こると発赤・波動が出現して1),理学的にもリンパ節膿瘍(化膿性リンパ節炎)と診断される.小児のリンパ節膿瘍は頸部,特に顎下部に多く(表,図1)2)その起炎菌の大部分は黄色ブドウ球菌またはA群β溶連菌である3,4),頸部リンパ節腫大には日常しばしば遭遇するが,孤立性で炎症所見に乏しいlcmφ程度の小さなリンパ節(nonspecific reactive hyperplasia)の大部分は心配ない3,4).全身リンパ節腫大(頸部,腋窩,鼠径部など)や肝脾腫を伴ったり,炎症所見を欠く大きなリンパ節腫大(2cmφ以上)には,悪性リンパ腫,白血病や神経芽細胞腫などの悪性疾患を念頭におく1)

10.停留睾丸(精巣)

著者: 羽金和彦

ページ範囲:P.294 - P.296

 睾丸は胎生期に腹腔内から陰嚢まで下降するが,この過程のいずれかの部位にとどまって陰嚢内に下降しない睾丸を停留睾丸と呼ぶ.停留睾丸は放置すると精子形成能および性腺機能の低下と高率な悪性化を認める.睾丸機能の障害は温熱障害と考えられており,睾丸を陰嚢内の低温環境へ移す睾丸固定術の適応となる.種々の病型を理解して合理的な手術方法を選択することと,患児の将来に対する両親の不安を和らげる努力が重要である.

Ⅸ.その他

1.各種の薬物中毒

著者: 安藤義孝

ページ範囲:P.298 - P.299

 医薬品による中毒事故は,日本中毒情報センターの問い合わせのなかでは常に上位を占め,頻度の高い中毒である.複合剤服用や多剤服用により複雑な症状を呈する特徴がある.薬物中毒の診断にあたって重要なことは,服用薬剤名,服用量,服用時刻を明らかにすることはもちろんであるが,多くが意識障害を伴うため,他の意識障害を起こす疾患と鑑別することである.治療にあたっては,呼吸循環の安定化,薬物の吸収を最小限に抑え,吸収された薬物をできるだけ速やかに除去し,意識障害に伴う合併症を予防することである.

2.食中毒

著者: 伊東範行

ページ範囲:P.300 - P.302

 食中毒とは,一般的に食物摂取によって起こる生体の機能的あるいは器質的障害をいう.その原因は,細菌,自然毒,化学物質と多岐にわたり,その症状,経過,治療法も多様であるので詳細は専門書に譲るが,診断にあたっては,バイタルサインのチェック,症状,摂取した食品の種類,発症までの時間経過の確認が最も重要である.

3.妊婦の虫垂炎

著者: 伊藤博之

ページ範囲:P.304 - P.305

 妊婦の急性腹症のなかで,急性虫垂炎は最もしばしば遭遇する疾患の1つである.その特徴としては,①妊娠に付随する生理的変化(つわり症状,白血球増多,微熱,虫垂の位置移動1)(図1))により診断が難しい,②妊婦なるがゆえに使用薬剤の制限や手術へのためらいにより治療が遅れがちとなる,③増大する妊娠子宮により虫垂炎の限局化が起こりにくく,穿孔性腹膜炎を併発しやすい,などである.

4.妊婦の外傷

著者: 伊藤博之

ページ範囲:P.306 - P.307

 妊婦は,非妊婦に比しバランス悪く,不安定で,容易に転倒などにより外傷を受けやすい.外傷の原因にはいろいろあるが,最近では交通事故によるものが増加しつつある.ここでは,妊婦でとくに問題となる腹部外傷(abdominal trauma)を中心に述べる.妊婦の外傷の際,特異的なのは母児両方の救命を同時にはかることで,そのため救急チームに産科医や新生児科医の参加が求められる.腹部外傷での胎児死亡の原因のほとんどは胎盤早期剥離であり(表1)2),軽症で1〜5%,重症で20〜50%に発生する.

5.妊婦の不正出血

著者: 伊藤博之

ページ範囲:P.308 - P.309

 妊婦が不正出血を訴えて来院した際にまず必要なことは,原因が直接妊娠に関係するものと,そうでないものとを鑑別することである.主な疾患名を表1に示したが,これらを鑑別するため,問診のあと腟鏡診や内診により出血の状態(色調,量,期間)を観察し,超音波診断法,尿中hCG,細胞診などの補助診断法を行い,それぞれの疾患について対処していくのが原則である.

6.ストーマ外来

著者: 國井康男 ,   沼田美幸

ページ範囲:P.310 - P.311

 ストーマ外来は,ストーマ造設患者(オストメイト〉に対しストーマ関連の疾患の診断と治療並びに社会的,肉体的,精神的な援助を個別に行う外来である.対象は消化器ストーマ,泌尿器ストーマであるが,胃瘻,腸瘻,胆汁瘻を有する患者が対象になることもある.オストメイトの抱える問題の特徴は,原疾患が複雑な経過をとるものが多く,またストーマの造設に伴う2次的な生活の問題点を有することであり(表1,2),これらは継続的にフォローされなければならない.診察にかかる時間は,ひとり最低30分を要し,初診は1時間程度みておく必要がある.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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