外科醫のノート
精神外科
著者:
林暲
ページ範囲:P.609 - P.610
昨年,湯川秀樹博士と共にポルトガルのEgas Monizがノーベル医学賞を授けられた. いう迄もなくこれは,ロボトミーに於ける彼の創意を賞せられたものである. Monizが始めて発表した1935年以後,彼自身より寧ろアメリカのFreeman,Watt等を中心として経驗が重ねられ,最近に至つて漸く世界的に普及し,ロボトミーを中心として精紳外科Psychosurgeryなる概念も生れるに至つた. 精神外科の目的とする所は,一般外科手術の場合の如く生命の危險を救おうとするものでもなければ,叉麻痺,拘攣,痙攣発作というような目に見える身体的の障碍を除こうというのでもない. 全く心理的の現象である精紳症状を軽減し,それによつて人間らしい杜会的の適應性をとりもどそうというのである. 大体脳髄のような精巧な器官に刀を加えて,プラスの功果のみを得ようというのは無理な話で,実際の所,普通の智能検査の上などには目立つた変化は出てこないにせよ,我々が一口に人格変化といつているような,ある形の精神的の欠陷は残るのである.いわば,高い旗竿の周囲に四方から沢山の綱が張つてある.その一方の何本かの張りが強すぎて竿が傾いている時.その何本かを切り離して多少とも眞直くにしてやろうというようなもので,その後は少し竿の固定度がわるくなるよう所も出ることになる.それだけに適應症の選択や切り方に問題もあ軌愼重な態度が必要になるわけである.ロボトミーを一科の刺戟療法のように考えて,切截の位置より広さを問題とし,効果がなければ段々に切截面を大きくした手術を反覆すをという考えや人格変化を来さずして効果が上げられるというような意見もあるけれども,我々が松沢病院で広瀬君を術者として,長期間観察を重ねた結果から見ると全く賛成出来ない.術後の一過性に現れる刺戟性の症状を充分に除外して観察するならば,或程度の人格獻変化なくしては効果なく,寧ろこの人格変化が,ロボトミーの効果の核心であり,この効果は前頭葉下部の眼複脳の切截のみで充分あげられるとい5のが大体の結論である.此の点現在ロボトミーの大御所であるFreemanの考えより,Reitman,Hofstetter,Kalinowsky等の老えの方が正鵠に近い.
ロボトミーの対象になつている症例は分裂病が一番多いけれども,これはこの病気の数が多く,シヨック療法の如きも,常には確実にその効果を期待出来ず,結局欠陷状態に至るものも少くないから,割合無雜作にロボトミーを施行して大過ないからであつて,適應症としては,分裂病以外の或る種の精神病質や,生来性の性格的要素の大きい頑固な憩経症,抑鬱症のある場合.纈癇の欠階状熊としての性格異常等に,寧ろ重点があると思う.此等の場合は,更に症例の選択や,術後の精神療法的指導に愼重な態度を必要とするし,分裂病といえども,シヨック療法の如く初期から無雜離作にやるべき方法では決してない.