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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科52巻11号

1997年10月発行

雑誌目次

特集 外来診療・小外科マニュアル Ⅰ.外来患者の診察法

1.病歴の採取法

著者: 畠山勝義

ページ範囲:P.10 - P.11

はじめに
 一般外科外来で取り扱う領域は広い上に,かなりの専門的知識が要求されることもある.近年はprimary careも十分できる全人的医療を身につけることが,卒後臨床研修の目標の1つとして挙げられている.したがって,一般外科外来での病歴採取時には,入院患者の場合と異なって時間に限りがあるかもしれないが,患者の社会的環境や生活面まで含めたプロフィールを十分に把握する必要がある.また,本邦では人種や宗教・宗派が問題になるケースは少ないものの,これによる特殊な食事習慣や輸血・血液製剤の投与拒否などについても十分な配慮が必要である.この場合,個人によって多少の許容範囲が異なっているので,具体的にどこまで許されるのかを採取しておく必要がある.

2.カルテの書き方

著者: 跡見裕

ページ範囲:P.12 - P.13

 多くの場合,外来診療は限られた時間内に患者を診察する必要があることから,カルテ(診療録)の記載もずさんであることが少なくない.しかし,医療行為の中で,カルテの作成はきわめて重要な医師の義務であることを常に認識し,正確で分かりやすい記載を心がけなければならない.

3.処方箋の書き方

著者: 柴田徹一 ,   水島規子 ,   内田智信

ページ範囲:P.14 - P.16

 院内で用いる薬剤は多種多様である.「処方箋」1)は,患者個人の錠剤や散剤などの内服薬や外用薬を,「注射箋」も患者個人の注射液,そして「薬品請求票」は病棟や手術室で処置に用いる消毒薬や滅菌用の薬液などを請求する方法である(表1).
 本稿では,「薬品請求票」,「注射箋」そして「処方箋」の順に,例を挙げて述べる.

4.身体所見の取り方

著者: 門田俊夫

ページ範囲:P.18 - P.19

診療の進め方
 外来診療では,いかにして必要かつ十分で正確な情報を,限られた時間内で得ることができるかが勝負の分かれ目となる.そのため,医師には医学知識だけでなく,communication skillを核とした診療技術の研鑽が求められる.米国の医学教育と比較して,日本では診療技術の教育が軽視されているのが現状で,きわめて残念なことである1)
 患者が医師を信頼し,安心して診察を受けられる雰囲気を作ることも,診療技術の大きな要素である.いかに医学知識が豊富でも,言葉使いや身なり,態度が粗雑であれば,患者との間に良好なdoctor-patient relationshipを形成することなど不可能である.これは自分が患者になった時のことを考えてみれば容易に理解できよう.きちんとした身なりで話し方もしっかりし,常ににこやかで患者に同情的な態度を持ちつつも自信に満ちた医師と,その一方で,身なりがだらしなく白衣も汚れ,素足にサンダルをつっかけただけの,ぶすっとしたぞんざいな医師(このようなプロ意識の欠如した医師を散見するが,どういう了見なのだろうか)のどちらを患者は信頼し,身と心をゆだねるであろうか.この際患者にとって医師の年齢や肩書きはあまり問題にならない.

5.基本的検査値の読み方

著者: 萩原優

ページ範囲:P.20 - P.23

はじめに
 外来での診療は,通常,①問診,②診察,③検査の3本柱で行われる.これら3つで70〜90%は正しく診断されるという.
 検査を行うにあたっての心構えは,なぜその検査をするのかの必要性を考慮した上でオーダーをするように心掛ける.そうすると,自然とそのデーターの成立機序ならびに読み方がわかってくる.

6.外来における画像診断

著者: 田島知郎 ,   久保田光博

ページ範囲:P.24 - P.28

 外来の初療における方向づけが患者の運命を決めることも多く,また,とりわけ急患では,入院させずに外来だけで帰宅させるということの決定は決して軽くない.対診や相談をして責任分担のできる相手も得られない状況であれば,せめて画像診断などを駆使して,入院治療,とくに緊急手術を要するような懸念病変がないこと,とりあえず外来だけで対応可能な病変であることの確認をしておきたい.
 最近の医療用画像は,高分解能,高画質,高速撮影などの技法によって生体機能の解明にまで肉薄している.またデジタル化による画像処理技術・解析プログラムなどの開発の流れも目覚ましく,自動解析による診断や,画像転送による遠隔地の専門医へのコンサルテーションも可能になりつつあるが,本稿ではそうした最先端画像についてではなく,日常的に外来で用いる基本的な画像診断,主として一般消化器外科領域に関するものについて,例示も加えて,総論的に解説したい.

Ⅱ.頭部・顔面・口腔・咽頭

7.頭部軟部組織の外傷

著者: 山上岩男

ページ範囲:P.30 - P.32

疾患の概念
 狭義の頭部軟部組織の外傷は,頭蓋骨骨折,硬膜損傷あるいは脳損傷を伴わない頭皮から骨膜までの頭蓋骨外の組織に限局した外傷である.しかし,実際の治療にあたっては,常に頭蓋内病変や頭部以外の多発外傷の可能性を考慮しなければならない.

8.頭痛

著者: 松本清

ページ範囲:P.33 - P.35

頭痛の疾患としての概念
 頭痛は基本的には症状の1つである.疾患とするならば,症状の特徴によって分類して複数の原因を1つにまとめることにある.1988年に提唱された新国際頭痛分類(表1)は13のうち1〜4までが機能的頭痛,5〜12までが器質的頭痛である.この機能的頭痛は痛みが激しい頭痛でも命にかかわらない頭痛で,一般的には対症療法にて治療されるが,器質的頭痛にはくも膜下出血,脳腫瘍,髄膜炎など直ちに原因的な処置を講じなければ危険な,いわゆる命にかかわる頭痛である.したがって,頭痛患者がどれに相当するかを診察時に直ちに察知しなければならないが,しばしば両者は症状が似ているので注意を要する.しかし,診察のポイントを押さえれば決して難しいものではない.

9.顔面外傷

著者: 石川尚子 ,   横田裕行

ページ範囲:P.36 - P.37

はじめに
 顔面外傷は救急外来で多く経験する外傷の1つであるが,眼などの重要な器官が存在するとともに,露出部であることから,その治療には専門的な知識が必要とされる.

10.にきび(尋常性痤瘡),面疔(せつ)

著者: 堀尾武 ,   原田暁

ページ範囲:P.38 - P.39

A.にきび(尋常性痤瘡)の概念
 にきび(尋常性痤瘡)は脂腺性毛包を侵す疾患で,その病理発生は面皰形成と炎症惹起の2段階に分けることができる.
 思春期になると男性ホルモンの作用により皮脂腺の機能は亢進し,脂質の生合成が増大,さらに毛包漏斗部の角化異常により微小面皰が形成される1).これは毛包管内に皮脂成分,皮膚と毛包の常在菌である痤瘡桿菌(Propionibacterium acnes)などの細菌,角化物質などが停滞し,小嚢腫を作った状態であり,これが更に大きくなって肉眼的に皮疹が観察できるようになった状態が面皰である.

11.顔面神経麻痺

著者: 石島武一

ページ範囲:P.40 - P.42

疾患の概念
 大脳皮質から延髄の対側の顔面神経核までの経路が遮断されたものを中枢性顔面神経麻痺(核上性顔面神経麻痺),顔面神経核から末梢が遮断されたものを末梢性顔面神経麻痺という.

12.三叉神経痛

著者: 松島俊夫 ,   名取良弘

ページ範囲:P.44 - P.45

疾患の概念
 三叉神経痛は三叉神経支配領域(顔面)に発作性に現れる疼痛で,三叉神経の刺激によって生ずる神経痛である.“顔面・神経痛”と呼ばれることがあるが,“顔面神経・痛”と誤解されるため使用しない.
 従来から,腫瘍・炎症などの疼痛の原因となる疾患が明らかな場合を症候性三叉神経痛,原因不明の場合を本態性三叉神経痛と呼んできたが,本態性の多くは頭蓋内で三叉神経が血管により圧迫され生じることが明らかとなった.真に本態性があるかは疑問である.

13.口腔外傷

著者: 白幡雄一

ページ範囲:P.46 - P.47

疾患の概念
 外力や熱,電気,アルカリ,酸,腐蝕剤などによる口腔軟組織の損傷である.
 口腔領域は表面は粘膜で覆われ,小唾液腺や大唾液腺の存在に加えて,歯牙に関連する組織など解剖学的にみて複雑な構造をしている(図1,2).粘膜には毛細血管が豊富に存在しており,創傷が治癒しやすい反面,創傷が深い場合は著しい出血や腫脹(血腫)をきたしたり,口腔常在菌などによる重篤な感染症を引き起こす危険性がある.このことは口腔外傷はたとえマイナーな外傷といえども軽々しく考えてはならないことを意味しており,その処置においては創の広がりと周囲組織との解剖学的位置関係などをしっかりと把握してかからなければならない.以下,一般的な概念での口腔軟組織外傷に限って記述する.

14.口腔・咽頭痛

著者: 矢野純

ページ範囲:P.48 - P.50

 急性の口腔痛あるいは咽頭痛を起こす疾患のうち,外科的処置を必要とするものには,口腔底蜂窩織炎,扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍,傍咽頭膿瘍,外傷,異物があるが,外傷および異物は別項に譲り,口腔,咽頭,頸部の膿瘍,蜂窩織炎の治療について,記述する.

15.口腔・咽頭魚骨異物

著者: 田部哲也

ページ範囲:P.52 - P.53

疾患の概念
 口腔の魚骨異物は発見が容易で摘出に苦慮することはなく,またほとんどの場合患者自身が触知し除去できるため,受診することも稀である.本稿では咽頭の魚骨異物について述べる.咽頭異物は,年齢的には10歳前後と40歳前後にピークがあるとされ,部位としては口蓋扁桃が最も多く,ついで舌根部とされている.異物の種類は魚骨がほとんどで,魚の種類には地域によって特徴がある.

16.餅(異物)による上気道閉塞

著者: 田部哲也

ページ範囲:P.54 - P.55

疾患の概念
 餅(異物)による上気道閉塞は,ほとんどの場合喉頭レベルで生ずる.餅が喉頭内腔を完全に覆った場合には,直ちに呼吸困難が生ずる.柔らかく煮た餅の場合その危険性が増す.気道閉塞の程度により,受診時の状況は異なる.完全閉塞の場合は,DOAあるいはそれに近い状況で受診することがほとんどである.かろうじて気道が確保されているような場合は,その状況を増悪させないよう注意しつつ処置を行う.

17.舌外傷

著者: 白幡雄一

ページ範囲:P.56 - P.57

疾患の概念
 外力や熱などによって起こる舌の損傷である.

18.舌小帯短縮症,舌癒着症

著者: 古賀慶次郎

ページ範囲:P.58 - P.59

疾患の概念
 本症は先天的に舌の下面が口腔底と癒合し,遊離が不十分な状態をいう.
 その程度はさまざまで,成長して自発的に舌を口腔外に突出できるようになった段階で,舌が全く門歯を越えない高度のもの,短い舌小帯が舌先端近くまで付着して,舌がかろうじて門歯上に達することができる中等度のもの,舌は門歯を越えるが,上唇に達しない軽度のものなどである.

19.味覚障害

著者: 池田稔 ,   生井明浩

ページ範囲:P.60 - P.61

疾患の概念
 味覚障害の受診例は50〜60歳代にピークを示す.受診例の男女比は2:3で女性が多い.各年代の人口構成を考慮して検討すると,味覚障害が高齢者で顕著に増加する疾患であることがわかる1)
 味覚障害は単なる症状でありその原因は様々である.その原因を表に示した.他疾患に対する服用薬剤を原因とした薬剤性味覚障害が最も多く,亜鉛欠乏性味覚障害,特発性味覚障害,内科的な全身疾患を原因としたものなどがそれに続く2)

20.唾液腺炎,唾石症

著者: 吉原俊雄

ページ範囲:P.62 - P.64

疾患の概念
 1.唾液腺炎
 急性炎症,慢性炎症,特殊性炎症に大別されるが,急性炎症として次のものがある.
 ①流行性耳下腺炎:mumpsウイルスの感染.

21.眼外傷,眼窩骨折

著者: 中村泰久

ページ範囲:P.65 - P.66

疾患の概念
 眼部の外傷には鈍的外傷,眼瞼裂傷,および眼窩骨折などがある.
 鈍的外傷では眼瞼の皮下出血,浮腫,ときに気腫などがみられ,開瞼することが困難な場合がある.この際に注意すべきことは,眼球損傷の有無を確認することである.

22.眼内異物

著者: 河合憲司

ページ範囲:P.67 - P.69

疾患の概念
 眼内異物はハンマーや草刈り作業中に多く発症する.加速度のついた異物は容易に角膜,強膜を穿孔し,眼内に飛入する.異物の多くは,1〜2mm程度の大きさであり,穿孔創は小さく自然に閉鎖されていることもあり,穿孔創をよく観察する必要がある.質量の大きいものは外傷性白内障,硝子体出血,感染に伴う眼内炎や,網膜剥離などの合併を招くことが多い(図1).
 眼内異物を疑ったら,まず頭部単純X線検査を行い,CT検査にて異物の部位を正確に確認する.眼内異物が判明したときは硝子体手術ができる施設に,72時間以内に紹介するのが望ましい.眼内異物摘出と合併症を同時に手術することにより予後が良くなるからである.

23.眼痛

著者: 松元俊

ページ範囲:P.70 - P.71

疾患の概念
 「眼痛」には多くの種類の痛みがあり,眼球そのものに原因がなくても「眼痛」として訴えることも多く,患者は多彩な表現でその症状を訴える.眼周囲の知覚は三叉神経に支配されており,眼球病変だけでなく,眼窩,頭蓋,副鼻腔内病変も「眼痛」として自覚されることがあるので注意が必要である.「眼痛」の原因の主なものを表にあげる.

24.眼瞼腫脹

著者: 坂上達志

ページ範囲:P.72 - P.73

 眼瞼の皮膚は薄く伸展しやすいため,また,結合組織が疎で組織間液が貯留しやすいため,さまざまな疾患で容易に眼瞼は腫脹する.

25.結膜炎

著者: 中村邦彦

ページ範囲:P.74 - P.76

疾患の概念
 結膜は眼瞼後面,円蓋部,強膜前面を連続して被覆する透明菲薄な粘膜組織である(図).結膜の感染防御機構としては,結膜上皮表面のムチン層による細菌などの侵入に対する物理的障壁,涙液中に含まれるIgAやリゾチームなどによる非特異的な免疫反応,リンパ組織を介した特異的な免疫反応がある.結膜は直接外界に面していることから,外からの刺激や微生物の感染を受けやすい.

26.鼻外傷,鼻骨骨折

著者: 深見雅也

ページ範囲:P.77 - P.79

疾患の概念
 交通事故などによる鼻外傷では,頭蓋など他の重要臓器の損傷を合併している場合があり,治療の優先順位はそれらの臓器のほうが上である.また外鼻外傷の治療の順序は,深部から始めて浅いほうへ,すなわち止血,創の清浄化,骨折の整復と固定,最後に皮膚縫合を行う1)
 開放創を伴わない鼻骨骨折は頻度が高く,原因としてはスポーツ,喧嘩によるものが多い2).骨折変位が明らかで,そのために鼻閉などの機能障害を生じたものは,鼻骨骨折整復が必要である.美容的な意味から治療が必要になる場合もあるが,完全に元通りの外鼻形態に戻らないこともあり,患者が整復後の結果に不満をもつ場合があるので,注意が必要である.整復を行うのは,線維性の癒合が起こらない2週間以内,小児では1週間以内がよいとされる,陳旧性の骨折では,外来で非観血的に整復することは困難で,全身麻酔下に手術を行って整復することが必要になる3).以下鼻骨骨折の新鮮例について述べる.

27.鼻出血

著者: 長船宏隆

ページ範囲:P.80 - P.82

疾患の概念
 鼻出血はきわめて一般的な症状であり,どの診療科においても,日常的に遭遇する機会が多く,救急処置の対象になりうる.鼻出血の好発部位(図)とその頻度は鼻入口部のキーゼルバッハ部位が50〜80%(小児では90%前後)の頻度であるとされており,特に専門的知識,経験がなくても鼻出血患者の大半の者は十分に止血することが可能である.鼻出血患者に対する対処法の要点について述べる.

28.鼻腔内異物

著者: 深見雅也

ページ範囲:P.84 - P.85

疾患の概念
 鼻腔内異物症例の大多数は,幼小児が故意にあるいは悪戯で挿入するもので,日常よく見られる.異物の種類としては,紙くず,おもちゃの弾丸や首飾りの玉,消しゴムやスポンジ,豆類などが多い1)
 成人の鼻腔異物は稀で,ほとんどが外傷性の異物である.この場合は異物の摘出に観血的手術が必要になることもある.

29.耳痛

著者: 奥野妙子

ページ範囲:P.86 - P.87

疾患の概念
 耳が痛い場合,耳疾患による痛みとそれ以外の場所に原因がありその放散による痛みとを鑑別しなければならない.
 耳に関連する神経分布を図に示した.

30.外耳道および鼓膜の外傷

著者: 奥野妙子

ページ範囲:P.88 - P.89

疾患の概念
 外耳道は長さ約3cmの管でその奥に鼓膜がある.そこに何らかの外傷が加わる場合,耳かきや綿棒による直達外傷と平手打ちや爆発による圧外傷がある.図1にその解剖を示した.

31.耳垢,外耳道異物

著者: 奥野妙子

ページ範囲:P.90 - P.91

疾患の概念
 いずれも外耳道を占拠し症状を現してくるが,耳垢は本来生理的なものであり,それが外耳道を閉鎖した場合についてのみ処置が必要となる.
 外耳道は長さ約3cmの管で,その奥に鼓膜がある.手前半分は軟骨部外耳道で,耳垢腺に由来する耳垢がたまるのはここである.奥半分が骨部外耳道と呼ばれ,異物はここまで入ることが多い(図1).

32.外耳瘻および耳介周囲の嚢胞性疾患

著者: 土佐泰祥 ,   保阪善昭

ページ範囲:P.92 - P.93

疾患の概念
 耳瘻孔は耳介およびその周辺に瘻孔が認められる先天性疾患であり,発生頻度は約3%で,耳輪脚部と耳前部でその90%を占めるといわれている1)(図1).発生学的には,胎生期5〜7週に第1鰓弓の後面に3個,第2鯉弓の前面に3個の計6個の耳介結節ができる.この第1〜3結節から耳珠や耳輪脚ができ,第4〜5結節から耳輪,対耳輪,対耳珠ができ,第6結節から耳垂ができると考えられている.これらの結節の融合の異常で耳瘻孔が生じる2)
 全く無症状で経過する場合もあるが,高度な感染を伴うと膿疱を形成し,瘻孔壁が不明瞭になることがある(図2).

33.ピアスなどによる耳介炎症

著者: 土佐泰祥 ,   保阪善昭

ページ範囲:P.94 - P.95

疾患の概念
 ピアスは,イヤリングを差し込むための小孔を耳垂にあけてイヤリングを装着することをいう.小孔をあけると同時にイヤリングを装着できるパンチ式器具ピアッサーを用いたり,単に18ゲージ針を使用しても小孔をあけることが可能である.そのため,医師でなくても容易にピアスの小孔をあけることができるが,手技上感染などの可能性が少なくない.また消毒液やピアスの金属が創面に接触するため,経真皮的感作によるアレルギー反応が生じ,接触性皮膚炎として耳介炎をきたす危険性もある1).反応が強いとその後大きな結節を耳垂に形成することもある(図1).
 また一方不注意から,ピアスの入れ替えの際小孔の内部を傷つけて感染をきたしたり,衣類の着脱の際ピアスに引っかけて,外傷性耳垂裂を生じることがある2)(図2).

34.耳介血腫

著者: 小林一女

ページ範囲:P.96 - P.97

疾患の概念
 耳介血腫は主に耳介の前面に血液が貯留して生じる.特に耳輪,対輪脚,三角窩,舟状窩など耳介の前上方にできやすい.解剖学的に耳介の後面には皮下に脂肪,筋組織が認められるが,前面は薄い皮膚が直接軟骨膜に接している.このため外力が加わると皮膚と軟骨との間(多くは軟骨膜と軟骨の間)が剥離され,ここに血腫を生じる.
 原因は繰り返し耳介に外力が加わる相撲,柔道,ラグビー,レスリングなどのスポーツが多い.その他オートバイのヘルメットの装着で生じることもある.また明らかな原因のない特発性の耳介血腫の報告もある1).特発性の血腫は中年男性に多く,再発しやすい.

35.サーファーズイヤー

著者: 小林一女

ページ範囲:P.98 - P.99

疾患の概念
 外耳道に発生する良性腫瘍はNelmsとPaparella1)の報告によると,上皮性原基,間質性原基,メラノーマに分類されている.上皮性原基では乳頭腫が最も多く,次いで腺腫が多く認められる.間質性原基では骨腫,外骨腫が多く,これに血管腫が次ぐ.
 外骨腫(exostosis)は骨部外耳道の骨の増殖である(図1).海水など冷水に長期間さらされる場合発生することが知られ,潜水を職業とする人に認められることが知られていた.外骨腫(exos-tosis)は近年サーファーにも好発することよりサーファーズイヤーとも呼ばれている.中嶋ら2)はサーファーを対象とした検診の結果,プロでは51人中41人(80.4%),102耳中71耳(69.3%),アマチュアでは186人中98人(52.7%),327耳中159耳(42.7%)に認められたと報告している.また経験年数が4年目頃より出現し,5年目以後進行すると報告している.特に海水の温度の低い冬季でもサーフィンを行うプロにおいて,高度のサーファーズイヤーが認められている.

36.顎関節脱臼

著者: 鈴木正志

ページ範囲:P.100 - P.101

疾患の概念
 顎関節では関節包,関節靱帯および側頭骨下顎窩の関節結節などにより下顎骨頭の異常過剰運動が抑制されている(図1).何らかの原因で下顎頭と関節窩の関節面が正常な相対的関係が失われ,下顎頭が下顎窩より脱出,転位を起こし,正常な位置に復帰しない状態を脱臼という.脱臼の方向により,前方脱臼,側方・内方脱臼,後方脱臼に分類されるが,大部分は下顎頭が関節結節の前上方に脱出転位した前方脱臼であり,以下これについて述べる.

37.下顎骨骨折

著者: 鈴木正志

ページ範囲:P.102 - P.104

疾患の概念
 下顎骨骨折は下顎骨に強い外力が加わることにより起こり,咬合不全,開口・閉口不全のために咀嚼や構音などの障害をきたす外傷性疾患である.加療する診療科によりその頻度は異なるが,耳鼻咽喉科においては顎顔面骨骨折の中で鼻骨骨折,頬骨骨折,眼窩吹き抜け骨折,上顎骨骨折などに次ぐ順となっている.単骨折のことも複数の骨折のこともあり,また他の顔面骨骨折も併存していることもある.

Ⅲ.頸部・肩

38.頸部表層の外傷

著者: 星栄一

ページ範囲:P.106 - P.107

 頸部は顔面と同じである.露出しており,人目につきやすく,美容的にも問題となる.ところが,頸部は全方向に可動範囲が広く,瘢痕拘縮や肥厚性瘢痕を生じやすい,したがって,頸部皮膚損傷では形成外科的配慮をもって処置することが必要である.
 また,頸部では皮下の比較的浅いところに重要な血管や神経,気管などがあり,開放創ではそれらの損傷にも注意を払うことが大切である.

39.頸部リンパ節腫脹

著者: 高木健太郎

ページ範囲:P.108 - P.109

疾患の概念
 頸部リンパ節腫脹で問題となるのは,炎症性か腫瘍性かを鑑別することである.すなわち,炎症性においては結核性などの特異炎症性リンパ節腫脹との鑑別が,また,腫瘍性においてはリンパ腫と悪性腫瘍の転移との鑑別が必要となる.比較的小さなリンパ節の場合はまず単純なリンパ節腫脹と考えられるが,硬いもの,軟らかくても大きいもの,多発しているものなどで原因がはっきりせず他疾患との鑑別上少しでも疑問がある場合には,吸引細胞診や生検による組織学的診断を行い,いたずらに経過をみてはならない.

40.前頸部腫瘤

著者: 高木健太郎

ページ範囲:P.110 - P.112

疾患の概念
 頸部には多くの臓器,神経,血管が集まっている.したがって,腫瘤の種類も多彩である(表).特に,前頸部では,喉頭,下咽頭,甲状腺,気管前,気管傍リンパ節および神経,血管などの組織から発生した腫瘍が問題となる.頸部にみられる腫瘤の起源はきわめて多彩であるので,手術の際には臨床経過,触診,好発部位を参考にした正確な術前診断と超音波エコー,CT,MRI,シンチグラムなどの各種画像診断により腫瘍の大きさ,広がりを正確に把握することが大切である.腫瘤が大きく深部まで達する場合は全身麻酔下の手術が必要となる.
 良悪性の鑑別においては,穿刺吸引細胞診(ABC)あるいは生検が必要となることも多い.

41.いわゆる五十肩

著者: 緑川孝二

ページ範囲:P.113 - P.115

疾患の概念
 「いわゆる五十肩」という呼び名は一般によく知られているが,はっきりした原因がわからず,その病態については混乱しているのが現状である.本邦では三木が最初に定義を示し,はっきりした原因がなく肩関節の疼痛と可動域制限をきたすものとしている.一方,海外ではDupleyがperi-arthritis humeroscapularisという病名を提唱した.その他,stiff and painful shoulder,frozen shoulderなどが同義語である.現在一般には,「肩関節周囲軟部組織の加齢に伴う退行変性を基盤として発症し,肩の疼痛と可動域制限をきたす疾患」として捉えられている.

42.頸肩腕症候群

著者: 山崎幸男

ページ範囲:P.116 - P.117

疾患の概念
 原因が何であれ臨床的に頸・肩・腕から手指にかけて,痛み,しびれ,脱力感,冷感などを主訴とする疾患群のうち,骨折,脱臼など局所疾患を除外した疾患群の総称をいう.これまで本症候群は,頸髄・神経根・腕神経叢・上肢末梢神経支配領域の連鎖的疼痛状態に血管症状および自律神経症状が合併したもの1)と理解されてきたが,近年の診断学の進歩により整形外科的原因疾患は明らかとなっており,現在では過去の診断となりつつある.すなわち,症状の発現する病態を明らかにする努力が必要で,除外診断の後に用いるべき診断名といえる.

43.鞭打ち損傷

著者: 石川誠一

ページ範囲:P.118 - P.119

 鞭打ち損傷の定義については確立された見解はないが,一般には頸部の過伸展,過屈曲外力によって生じる,骨傷および明らかな脊髄損傷のない軟部組織損傷と考えられている.鞭打ち損傷患者の多くは通常の保存的治療でよく治るが,中には長期に愁訴を訴える患者がいることも事実である.ほとんどが交通事故あるいは労災事故など保障がらみの外傷であるので,受傷当初から個々の損傷および性格に応じた適切な治療を行うことが必要である.

44.外傷性肩関節脱臼

著者: 松原統

ページ範囲:P.120 - P.122

疾患の概念
 肩関節は人体関節中最も脱臼しやすい.さらにほとんどが前方脱臼であり,後方脱臼との比率は100:1〜4である.診断は臨床症状およびX線所見で容易であるが,しばしば上腕骨頭や頸部に骨折(3 part,4 part脱臼骨折:図1)1)や腕神経叢麻痺を合併する,徒手整復は愛護的に行うべきであり,若年者では外傷性前方脱臼の90%が習慣性前方脱臼に移行するので注意を要する2)

45.鎖骨骨折

著者: 松原統

ページ範囲:P.123 - P.124

疾患の概念
 鎖骨骨折は体部骨折が80%,遠位部および近位部骨折が各々10%を占め,開放骨折は少なく,ほとんどの症例が保存療法で骨癒合が得られる.

46.肩鎖関節脱臼

著者: 松原統

ページ範囲:P.125 - P.126

疾患の概念
 広義の肩関節(shoulder-arm complex)のうち,肩鎖関節(acromioclavicular joint)の損傷は肩への直接外力で発生することが多い.肩鎖関節の脱臼は転位が残ったままであっても,急性期が去れば疼痛を残すことは少なく,肩関節の機能障害をきたすこともほとんどない.したがって,若年者でスポーツを目的とする症例と,老人の症例では治療の組み立てが異なってくる.

Ⅳ.胸部

47.胸壁外傷

著者: 小川純一

ページ範囲:P.128 - P.130

 胸壁外傷は刃物,銃弾による鋭的外傷(穿通性外傷)と交通事故,墜落などによる鈍的外傷(非穿通性外傷)に分けられる.胸壁外傷は単に胸壁の損傷だけでなく,胸腔内臓器の合併損傷を常に考慮しなければならない.

48.胸背部痛

著者: 小泉俊三

ページ範囲:P.132 - P.133

 外科医が外来診療に当たって診察する機会の多い胸背部痛の訴えの中にはさまざまの原因疾患が潜んでいる.

49.帯状疱疹

著者: 松尾聿朗

ページ範囲:P.134 - P.135

疾患の概念
 帯状疱疹は水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella—zoster virus:VzV)の感染症である.不顕性感染を含めて水痘に罹患の既往のある者が神経節に潜んでいたVzVが何らかの機序により活性化されて発症する,帯状疱疹患者から感染して帯状疱疹を発症することはないが,水痘の既往のない者には水痘を発症させる.皮疹は浮腫性の紅斑で初発し,同部に中心臍窩を有する小水疱が多発する.疱疹(ヘルペス)とは小水疱の集簇した状態を指す用語である.本症は皮疹が1つの神経支配領域に限局して,顔,体幹の片側にのみ帯状に生ずることからこの名がある.典型的な皮疹の分布を呈する帯状疱疹に加えて,全身に紅暈を伴った小水疱が散在するとき汎発性帯状疱疹という.一般に重篤で,水痘とは典型的な帯状疱疹がどこかにみられることから鑑別できる.帯状疱疹が両側性にみられることもごく稀にある.

50.肋骨・胸骨骨折

著者: 山崎史朗

ページ範囲:P.136 - P.137

原因
 肋骨・胸骨骨折は外傷性骨折と病的骨折に分けられる.肋骨骨折は胸部外傷の中で最も多く,前中の集計1)では全体の37.3%で,胸骨骨折は0.78%に見られたという.病的骨折は肺癌の胸壁浸潤例,胸壁の原発および転移性腫瘍,さらには全身性骨系統疾患で時に見られる.他にはゴルフなどの急激な体の捩転や咳嗽だけで発症することもあり,特に高齢者では骨の脆弱により少し胸を打っただけで容易に肋骨骨折をきたす.胸骨骨折はいわゆるsteering wheel injury(ハンドル外傷)に合併することがよく知られている.

51.気胸,血胸

著者: 半谷七重 ,   宮沢直人

ページ範囲:P.138 - P.140

疾患の概念
 胸腔内に気腔を有し,肺が虚脱した状態を気胸と呼び,血液が貯留した状態を血胸と呼ぶ.成因によってブラ,ブレブの破綻によるものを自然気胸,外傷やなんらかの肺疾患(肺結核,肺癌,肺真菌症など)および医原性(鎖骨下静脈穿刺後など)により起こるものを続発性気胸と呼ぶ.気胸のうち,空気漏出部になんらかのチェックバルブ機構が働いて胸腔内圧が異常に上昇した状態を緊張性気胸といい,ショック状態に陥ることもある重篤な病態である.血胸の原因には外傷医原性(ドレナージの際の肋間動脈損傷,手術後など),胸腔内病巣の破綻などがあるが,通常気胸を伴うことが多い.

52.急性乳腺炎,慢性乳腺炎

著者: 福島久喜 ,   松田実 ,   山東生弥 ,   田中良太 ,   花岡建夫 ,   呉屋朝幸

ページ範囲:P.141 - P.142

A.急性乳腺炎
 急性乳腺炎は初産婦の授乳初期に多くみられる.出産1〜2週後に母乳がうっ滞するとうっ滞性乳腺炎を起こす.これは真の炎症ではなく,症状も乳腺のびまん性の腫脹と発赤,熱感など軽度である.治療の第1は乳汁のうっ滞をとることで哺乳,搾乳を積極的に行う.
 うっ滞性乳腺炎の経過中2〜6週に主として黄色ブドウ球菌の細菌感染を起こすと,急性化膿性乳腺炎になることがある.症状は激しく,発熱(38℃以上)がみられ,局所所見は乳腺の発赤,腫脹,疼痛など炎症症状を伴っている.この炎症が膿瘍を形成するようになったときが穿刺または切開排膿の適応の時期である.

53.乳腺腫瘤,胸壁腫瘤

著者: 芳賀駿介 ,   清水忠夫

ページ範囲:P.143 - P.145

疾患の概念
 乳腺および胸壁に発生する腫瘤は,良悪性を問わず表在性腫瘤であることより,患者自身が発見し来院することが多い.したがって,検査診断ならびに治療にあたっては,十分理解が得られるよう説明がなされねばならない.

54.乳頭異常分泌

著者: 西村令喜

ページ範囲:P.146 - P.148

疾患の概念
 乳頭異常分泌は日常の診療においてしばしば遭遇する病態であるが,その原因となる疾患の同定は容易ではない.原因として乳腺内の器質的変化に伴うものと,ホルモン刺激などの機能的なものに大別される.外科の治療対象となるのは前者であり,その主な疾患としては乳管内乳頭腫,乳腺症,乳癌がある.とくに乳頭異常分泌が唯一の症状であるT0乳癌も含まれることより患者への説明などにおいては慎重な対応が求められる.
 Microdochectomyは1964年にAtkinsら1)が主乳管とそれに所属する末梢乳管と乳腺を切除する乳管区域切除を確立して以来,乳頭異常分泌症に対する標準術式として用いられるようになった.表は当科で経験した乳頭異常分泌で確定診断の得られた症例(腫瘤なし)をまとめたものである.肉眼的に血性か,細胞診で赤血球を認める症例で乳癌が発見されていることが分かる.これに対し,細胞診でのclass分類ではⅠ・Ⅱにおいても乳癌の可能性は否定できない.このことより診断手順としては,まず視触診での腫瘤の有無,マンモグラフィーでの腫瘤像,石灰化の有無,さらに超音波で腫瘤像の有無などの検索を行い,いずれにおいても異常を指摘できない時に分泌物の細胞診を行い,さらに検索を進める.ここで非血性で赤血球(−)例は経過観察とする.

55.女性化乳房

著者: 須田嵩

ページ範囲:P.149 - P.151

疾患の概念
 男性の痕跡的乳腺が正常の度を越えて肥大するもので,乳腺組織の肥大とそれに付随した周囲脂肪の沈着が少ないものから多いものまである.肥満体に見られる脂肪沈着のみの見かけ上の乳房肥大とは区別される.
 成因別には表のように,①生理的肥大(思春期肥大),②特発性肥大(老人性肥大),③内因性のもの(A.内分泌疾患を合併するもの,B.基礎疾患があるもの),④外因性のもの(薬物の副作用)の4つに分類することができる1,2)

56.気道内異物

著者: 猪口貞樹

ページ範囲:P.152 - P.153

疾患の概念
 気道内異物は健常成人にはあまり見られない状態である.好発するのは,1)乳幼児(主として3歳以下),2)入歯をしている高齢者あるいは泥酔,薬物服用などにより意識レベルの低下した成人,3)意識障害,麻痺,神経・筋疾患などを合併している患者,などである.状況としては上部気道(咽頭,喉頭,気管)が閉塞して窒息しているか,しかかっている場合と,末梢気管支の閉塞の2者に大別できるが,本稿ではより緊急性の高い前者を中心に述べる.窒息に対する処置はきわめて緊急性が高いので,判断に迷って時間を浪費してはならない.

Ⅴ.腹部・腰部

57.腹壁外傷

著者: 宮北誠 ,   山高浩一 ,   桜井嘉彦

ページ範囲:P.156 - P.158

疾患の概念
 腹壁外傷は,種々の鋭的および鈍的外力により発生し,腹壁の構成臓器の単純な外傷と,腹腔内臓器の損傷を伴うものとに分類される.重度外傷の80%以上は鈍的外傷によるものである.また,創傷の状態で,開放性と非開放性に分けられるが,腹部の非開放性(鈍的)損傷の半数以上が来院時に出血性ショックを伴うとされる.外傷の原因は,交通事故,墜転落,刺切創,銃創,その他である.

58.腹壁腫瘤

著者: 納賀克彦

ページ範囲:P.159 - P.160

疾患の概念
 腹壁は皮膚,皮下脂肪組織,筋膜,腱膜,筋肉,腹膜前脂肪組織,壁側腹膜から成っているが,ここでは皮膚,腹膜を除いた腹壁の軟部組織から発生した腫瘤について述べることにする(表).

59.腹痛

著者: 蓮見昭武 ,   杉岡篤

ページ範囲:P.161 - P.163

概念
 腹痛,特に急激に発症した腹痛(いわゆる急性腹症)を主訴として外科外来を受診する患者は数多く,それらの中には緊急手術を要する疾患も少なくない.したがって,迅速,的確な診断・治療方針決定が必要である.腹痛患者の初診時における実地臨床的判断としては,最低限,1)緊急手術・処置が必要,2)緊急入院が必要(経過により手術・処置が必要),3)入院の必要なし,のいずれであるのかを鑑別しなくてはならない.
 腹痛は内臓痛と体性痛(および関連痛)に分類される.内臓痛では局在不明瞭,間欠痛で副交感神経緊張症状(顔面蒼白,悪心,嘔吐など)を伴うことが多いのに比し,体性痛では局在明瞭,持続痛で,副交感神経緊張症状を伴わないことが多い.このどちらであるのかを知ることは非常に重要である.

60.胃内異物

著者: 佐久間正祥

ページ範囲:P.164 - P.165

疾患の概念
 異物を誤飲しても大部分は自然排出されるが,部位,異物の種類により,時に閉塞,潰瘍形成,穿孔などの合併症が発生する.食道内異物に比べ,胃内異物は一般に経過観察できることが多い.
 胃内異物には,誤ってまたは故意に嚥下した物質が消化されずに胃内でその原形をとどめている場合と,胃内で食物がその形状や容積を変えて異物化する場合(胃石)とがある.胃内で変化を起こす物(電池など)や針などの鋭的異物は早急に摘出するほうが安全である.胃石は開腹し,摘出するが,緊急性は少なく,最近では内視鏡的に破砕,摘出が可能となってきた.

61.縫合糸膿瘍

著者: 島津元秀

ページ範囲:P.166 - P.167

疾患の概念
 筋膜,皮下組織などを縫合した糸を中心に生じる細菌感染であり,皮下に膿瘍を形成し,皮膚創瘢痕部につながる瘻孔から膿を排出する.原因としては,①異物としての縫合糸の刺激性,②汚染された縫合糸,③術中の汚染,④局所の虚血,などが原因と考えられている.ほとんどが絹糸によるものであり,人工合成糸とくにモノフィラメント糸では発生頻度は少ない.通常,術後1〜2週間で発症することが多いが,ときに数か月あるいは1年以上経過してから生ずる遅発性のものもある.縫合糸が自然排出されることもあるが,原因となっている感染糸が残存する限り,瘻孔は閉鎖せず治癒しない.慢性に経過すると,縫合糸の周囲に炎症性肉芽腫を形成し,Schloffer腫瘍と呼ばれる有痛性腫瘤となる.

62.鼠径ヘルニア

著者: 高橋伸

ページ範囲:P.168 - P.170

疾患の概念
 ヘルニアとは,臓器または組織が先天性あるいは後天性に生じた間隙を通って,本来存在する場所から脱出した状態をいう.一般にヘルニアは門,嚢,内容および被膜から構成されている,ヘルニア門は腹壁から臓器または組織が脱出する隙間である.血管,神経などが腹壁を貫通している部分や,先天的または後天的原因による腹壁の欠損,脆弱な部分がヘルニア門となりやすい.
 鼠径ヘルニアは鼠径部に出るヘルニアの総称であり,これには外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアが含まれる.従来,大腿ヘルニアは鼠径ヘルニアとは別に記載されることが多いが,大腿ヘルニアも鼠径部に出てくるヘルニアであり,外鼠径ヘルニア,内鼠径ヘルニアと大腿ヘルニアの3つを鼠径ヘルニアとするのが妥当と考える.

63.腰痛,坐骨神経痛

著者: 若野紘一

ページ範囲:P.171 - P.173

疾患の概念
 腰痛や坐骨神経痛をきたす疾患は,腰椎原性の椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などに代表されるが,日常診療では明確な他覚所見のない,いわゆる「腰痛症」も少なくない.腰痛をきたす疾患は原因となる組織別に分けると表のようになる1)

64.褥瘡

著者: 宮島伸宜

ページ範囲:P.174 - P.175

疾患の概念
 褥瘡とは,皮膚および皮下組織が圧迫壊死を起こした状態をいう.老人,麻痺のある患者,運動障害などで,長時間同一体位で臥床していることによって皮膚,皮下組織が圧迫された状態が持続することで発生する.好発部位は仙骨部や踵などの骨の隆起する部位である(図).
 症状は,発赤だけのものから水泡を形成するもの,皮膚が壊死状態に陥ったもの,潰瘍を認めるものなどさまざまである.慢性に経過し,難治性であることが多く,低蛋白血症や敗血症を併発したりすると予後は不良である.

Ⅵ.直腸・肛門

65.直腸・肛門周囲膿瘍

著者: 岩垂純一

ページ範囲:P.178 - P.180

疾患の概念
 異物や外傷,結核,クローン病などを原因とする特殊なものもあるが,通常はcryptglandular infectionによって発生する痔瘻の前段階と言える病態を指す.
 直腸・肛門周囲膿瘍は炎症の拡大を抑えるために抗生剤の投与に頼るのではなく,一刻も早く切開排膿を行う.

66.痔瘻

著者: 岩垂純一

ページ範囲:P.181 - P.183

疾患の概念
 痔瘻は直腸,肛門と交通する後天性の瘻管と定義できる疾患であり,cryptglandular infectionにより発生する.
 つまりanal cryptから細菌が侵入し,anal cryptと交通する内外括約筋間に存在する肛門線に感染が生じて膿瘍が形成され,その膿瘍が切開されるか自壊するかして直腸肛門と交通ある瘻管,痔瘻が形成される.

67.裂肛

著者: 藤好建史

ページ範囲:P.184 - P.186

疾患の概念
 裂肛とは,肛門管移行部の裂けから始まる肛門上皮に生じた創である.裂創を繰り返して長期化すると,内括約筋の輪状線維が露出してくる.更に悪化すると,肛門ポリープとみはりイボと言われる線維化が起こる.原因は不明.便秘のみでなく,下痢に伴うこともある.妊娠時には浅く痛みの強い裂肛が出現することがある.治療は急性期と慢性期で異なる.

68.痔核

著者: 藤好建史

ページ範囲:P.187 - P.189

疾患の概念
 痔核には,内痔核,外痔核,血栓痔核,嵌頓痔核がある.このうち,外来治療の対象となるのは,内痔核よりの出血と,外痔核を伴わない内痔核の脱出および血栓痔核と嵌頓痔核である.外痔核を伴い脱出する内外痔核は,外来での根治療法の対象とは考えない.
 急性期と慢性期の治療に分けて記載した.

69.肛門掻痒症

著者: 鈴木和徳

ページ範囲:P.190 - P.192

 かゆみを主訴として,皮膚に原発疹の認められない疾患群を皮膚掻痒症という.全身性掻痒症と局所性掻痒症とがあり,肛門掻痒症は局所性掻痒症の一疾患である.
 皮膚には,かゆみのみで発疹はないが,掻爬により,また併発性皮膚炎のために紅斑,発赤,落屑,湿疹化をみるようになり,長期化すると皮膚肥厚,亀裂,色素沈着,苔癬化を生ずる.

70.毛巣洞炎,毛巣洞瘻

著者: 長谷川正樹

ページ範囲:P.194 - P.195

 毛巣洞(pilonidal sinus)炎とは仙尾骨部正中近傍にみられる皮下組織の化膿性疾患である.摩擦などの慢性機械的外力により,毛髪を含む皮膚が内部に入り込み,生じるとする後天説と,胎生期の脊髄管の遺残とする先天説がある1).後天説により説明できる場合が多いが,原因の確定はまだ意見の一致をみていない.

71.化膿性汗腺炎

著者: 鈴木和徳

ページ範囲:P.196 - P.197

 肛囲部に発症する化膿性汗腺炎は,アポクリン腺,皮脂腺などの感染により引き起こされ,局所的要因,先天的素因,後天的因子とあいまって,慢性的に経過する皮膚,皮下組織の化膿性炎症で,散在性,びまん性,進行性に広がり,肛囲部膿皮症の病像を呈し,hydradenitis suppurativa chronicaと呼ばれる.20歳,30歳代の青年男性にみられることが多い.

72.直腸内異物

著者: 高野正博

ページ範囲:P.198 - P.199

 直腸内異物には,経口的に侵入し直腸内にとどまるものと,肛門から逆行性に侵入するもの,また肛門周囲の会陰の皮膚を通して侵入するもの(杙創)などがある.本疾患ではその診断と除去が問題となるので述べる.

73.直腸脱

著者: 須田武保 ,   瀧井康公 ,   酒井靖夫 ,   畠山勝義

ページ範囲:P.200 - P.201

疾患の概念
 直腸脱とは,肛門から直腸が翻転脱出する病態をいう.直腸脱の本邦における発生頻度は直腸・肛門疾患の0.2〜0.5%とされる.性別では本邦では男性に多いが,欧米では女性に圧倒的に多い.年齢別では乳幼児から80歳以上まで広く発症する.成因としての主なものは,①Douglas窩の滑脱ヘルニア説,②直腸上部の重積説,③骨盤底支持組織の弱体化説,④肛門挙筋および肛門括約筋の機能失調説などがあげられるが,直腸重積説が有力視されている.
 治療は成因,患者の年齢,全身状態を考慮して行われるが,小児を除くと観血的治療が主体となる.外来では保存的療法として,①便通,食べ物,局所の清潔などに関する生活指導,②脱出部の還納,③消炎鎮痛剤,血液循環改善剤,痔疾用軟膏などの薬物療法が行われるが根本治療ではない.観血的には,①経会陰式(Thiersch法など),②経腹式(Ripstein法など),③混合式(Dunphy法など)など種々の術式があげられるが,最近は腹腔鏡を用いた直腸固定術も行われる.

74.尖圭コンジローマ

著者: 須田武保 ,   瀧井康広 ,   酒井靖夫 ,   畠山勝義 ,   伊藤薫

ページ範囲:P.202 - P.203

疾患の概念
 皮膚と粘膜の移行部の湿潤した部位にできるウイルス性疣贅である.発生頻度はヨーロッパでは全人口の0.05%とされ,女性に多く,増加傾向にある.小児から老人までみられるが,17歳から33歳までで80%を占める.男性では陰茎,尿道口,女性では陰唇,会陰部,男女の肛門周囲に好発する(図1,2).表面は顆粒状で乳頭状,鶏冠状に増殖し,集簇して多発する傾向がある.正常皮膚色から紅色ないし赤褐色調のものが多い.角化傾向は少なく,浮腫性で血管に富み,弾力性軟である.一般に自覚症状はないが,二次感染を起こすと分泌物を増して悪臭を放つ.大きさは数mmから2cm以下であるが,2cm以上で角化傾向の強いものは巨大尖圭コンジローマと呼ばれる(図3).これは組織学的には良性であっても悪性化の傾向が強いことが知られており,注意深い経過観察が必要である.
 成因はヒト乳頭腫ウイルスの6型と11型の感染によって起こるとされ,成人の大部分が性行為,小児では自家接種による.

Ⅶ.尿路・性器

75.尿路外傷

著者: 中野間隆

ページ範囲:P.206 - P.207

疾患の概念
 軽度の尿路外傷では,外来経過観察可能な症例が多い.腎外傷では,血尿,超音波検査で容易に経過がチェック可能である.しかし尿管損傷のように,受傷直後は異常所見が認められず軽傷と思われても,尿が漏れることにより時間的経過を経て発熱,腹痛を認め,外来受診する症例がある.

76.尿道内異物

著者: 中野間隆

ページ範囲:P.208 - P.209

疾患の概念
 尿道異物のほとんどが,自慰,いたずらによるため,問診が重要である.異物の部位,種類により用手的または内視鏡的操作が必要となる.

77.尿管結石,腎結石

著者: 荒木徹

ページ範囲:P.210 - P.212

疾患の概念
 疝痛と血尿を主症状とする腎・尿管結石の診断は腹部単純X線撮影(KUB),静脈性腎盂造影(DIP,IVP)と超音波検査が基本である.治療は疼痛処置,結石の排除と再発防止に大別される.自然排石しない結石の治療はESWL(体外衝撃波結石破砕)が主で,一部に内視鏡手術—PNL(経皮的腎尿管砕石術),TUL(経尿道的砕石術)—が行われる.ESWLの普及で再発予防への関心は低下しているが,結石再発は高率なので,少なくとも再発を防げる結石症には予防法を指導すべきである.

78.陰嚢水腫

著者: 谷風三郎

ページ範囲:P.214 - P.215

疾患の概念
 陰嚢水腫(瘤)には小児型と成人型とがある.小児型は鞘膜腔と腹腔との間の鞘状突起が開存しているため腹水が鞘膜腔内に下降することによって生じ,程度の差だけで,鼠径ヘルニアと同じ原因である.一方,成人型では鞘膜腔内に滲出液が分泌されるために生じるもので,両者はまったく異なる成因であるため治療法も異なる.

79.嵌頓包茎

著者: 谷風三郎

ページ範囲:P.216 - P.216

疾患の概念
 嵌頓とはいったん出たものが元に戻らなくなった状態を指し,嵌頓包茎とは狭小化した包皮輪から亀頭部が露出し,包皮が元に戻らなくなった状態をいう.包皮輪が締めつけるため包皮,亀頭ともに腫脹が増強し,悪循環でますます腫脹が進行し,最終的には壊死に陥る(図1).もともと完全に亀頭が露出している人や,仮性包茎で包皮輪に余裕があり,亀頭の露出が容易であればなり得ない状態である.包茎を自分で矯正することを目的として無理に翻転し,そのまま放置したり不自然な矯正具を用いたりすることで生じることが多い.小児では比較的稀であるが,思春期に自慰目的で無理に翻転し,生じることがある.

80.亀頭包皮炎

著者: 谷風三郎

ページ範囲:P.217 - P.217

疾患の概念
 亀頭包皮炎は,亀頭が完全に露出している状態ではほとんど生じない.そのため,成人では仮性包茎で包皮内を清潔に保てない人や,常に包茎の状態にある小児がほとんどである.特に包皮輪が狭小で亀頭の露出が困難な場合や,包皮と冠状溝周囲が癒着し恥垢がたまったようなときに生じることが多い.症状は包皮先端の発赤と疼痛が主たるもので,包皮を無理に翻転すると膿様の分泌物や付着物が観察される.起炎菌は大腸菌など常在菌のことが多い.1歳未満の乳児では尿道炎や膀胱炎,時には腎盂炎まで進展することがあり,膀胱尿管逆流症など他の疾患と紛らわしいことがある.

81.精巣炎,精巣上体炎

著者: 中島淳

ページ範囲:P.218 - P.219

疾患の概念
 急性精巣上体炎は前立腺などからリンパ行性に感染が波及することもあるが,精巣上体炎のほとんどは精管を介しての逆行性感染であり,尿路感染や尿道狭窄などの基礎疾患の検索や治療が必要である.慢性精巣上体炎は急性精巣上体炎に比べて臨床症状に乏しく,慢性的な硬結や疼痛を認めることがあり,急性精巣上体炎の遷延例や結核性精巣上体炎などである.精巣炎は前立腺炎や精巣上体炎に続発することもあるが,ほとんどは流行性耳下腺炎による精巣炎である.流行性耳下腺炎の約15%に精巣炎がみられ,発病後5日目くらいに発症し,70%が片側性とされる.半数の症例でさまざまな程度の精細管萎縮を起こし,約25%は造精機能の低下をみるが内分泌機能は保たれる1)

82.精索捻転症

著者: 中島淳

ページ範囲:P.220 - P.221

疾患の概念
 精索捻転症は,精索を軸として精巣および精巣上体が捻転することにより血行障害が生じた状態であり,時間の経過とともに精巣は壊死に陥る.本症は挙睾筋の攣縮によるものとされている.精索が捻転するとまず,精巣静脈の血流が途絶え,精巣のうっ血と腫脹が起こる.動脈の閉塞により,精巣は壊死に陥る.臨床的には捻転時間が4〜6時間以下ならば,解除により精巣は壊死を免れることが多く,12時間を超えると壊死に陥ることが多いとされる.

83.精管結紮

著者: 中島淳

ページ範囲:P.222 - P.223

手術の目的
 精管結紮術は男性の避妊および,前立腺手術後の逆行性感染による精巣上体炎の予防を目的として行われる.避妊を目的に精管結紮術を行う際には,患者,配偶者両人に手術を希望する理由を確認し,再開通の可能性や復元手術の困難さを十分に説明する.もちろん,前立腺の手術に際して行う場合も,患者と家族によく説明し承諾を得ることが必要である.

84.前立腺炎

著者: 廣本宣彦

ページ範囲:P.224 - P.225

疾患の概念
 前立腺炎は壮年に好発する男子性器感染症であり,良性前立腺疾患の中で前立腺肥大症と共に最も頻度の高い疾患である.細菌性と非細菌性,急性と慢性に大別される.
 急性症は高熱(38℃以上)と共に頻尿,排尿痛,排尿因難などの症状を呈する.

85.バルトリン腺嚢腫・膿瘍

著者: 三品輝男

ページ範囲:P.226 - P.227

疾患の概念
 バルトリン嚢腫(Bartholin's cyst)は,主として炎症,時に外傷(会陰切開など)によるバルトリン腺排泄管開口部が閉鎖して生ずる貯留嚢腫である.嚢腫がある程度大きくなり,外陰部の不快感,性交障害を訴えたり,感染を繰り返す場合(膿瘍)には手術の適応となる.疾患の発生部位から,本症は婦人科領域で治療される場合が多いが,泌尿器科領域でも時に遭遇する.

86.性感染症(STD)

著者: 広瀬崇興

ページ範囲:P.228 - P.230

疾患の概念
 性感染症(sexually transmitted diseases:STD)は人類の繁栄に必須な性交渉により伝播する.そして母子感染として新生児にも感染する.主なものを表1に示すが,ウイルスから寄生虫まで多数の病原体による疾患がある.しかし,本邦で遭遇する疾患は偏っており,流行している順にクラミジア感染症(男子尿道炎と子宮頸管炎),淋菌感染症(男子尿道炎と子宮頸管炎),性器ヘルペス,尖圭コンジローム,梅毒,ケジラミなどであり,これらが合併することもある.その他近年,STDとしてのエイズが問題となっている.

Ⅷ.四肢・皮膚

87.四肢損傷

著者: 米延策雄 ,   金澤淳則

ページ範囲:P.232 - P.234

概念
 四肢の新鮮外傷,とくに開放創に対する初期治療について述べる.初期治療は,損傷部位と損傷の程度により異なる.損傷の程度は,受傷機転と外力の大きさに左右される.適切な初期治療は良好な機能予後をもたらす.しかし,全身状態の正確な把握が最重要であることは言うまでもない.多発外傷の場合はなおのことである.

88.捻挫(足関節挫傷)

著者: 野村茂治

ページ範囲:P.236 - P.237

疾患の概念
 足関節部外傷の中で,捻挫は日常しばしば遭遇する外傷である.内果と外果の長さの違いと距骨滑車の解剖学的特徴より,外反底屈,すなわち内がえしを強制されて受傷する.そのため,足関節外側側副靱帯を損傷する頻度が高い.足関節に不安定性を残すと歩行時痛,運動痛を生じ,将来,変形性足関節症の原因となるため,慎重な初期治療を要す.

89.アキレス腱損傷

著者: 今村浩一

ページ範囲:P.238 - P.239

疾患の概念
 アキレス腱皮下断裂はスポーツ障害,転倒などで,腱に過剰負荷が加わった際に発生する.原因として,加齢による腱の変性,over useによる腱の弱化,ステロイド剤内服による腱の病的変性などが挙げられる.

90.膝関節靱帯損傷

著者: 関純

ページ範囲:P.240 - P.242

疾患の概念
 近年スポーツが盛んになり,膝関節部の靱帯損傷は日常の外来診療において比較的よくみられる外傷となってきた.膝関節は荷重関節であり,その安定性の保持には骨格によるものより靱帯などの軟部組織の役割が重要であり,靱帯損傷が起きた場合適切な処置をしないと膝関節の慢性的な機能障害が残存したり,将来的に二次性の変形性関節症を起こすこともあるので,注意して診察,治療を行うことが必要である.

91.一次性下肢静脈瘤

著者: 孟真 ,   安達隆二 ,   近藤治郎

ページ範囲:P.243 - P.245

疾患の概念
 一次性下肢静脈瘤は大伏在静脈,小伏在静脈,穿通枝の不全により下肢静脈が怒張・瘤化し下肢のむくみ,重圧感,痛み,うっ血性皮膚炎,皮膚硬化,静脈性潰瘍,血栓性静脈炎を引き起こす日常最も良く見られる血管疾患である.治療は保存療法として弾性包帯の装着を行い,さらに病型によりクモの巣状,網状,分枝型静脈瘤は硬化療法,伏在型静脈瘤の軽症例には結紮術併用硬化療法,重症例にはストリッピング手術が選択される.全身状態,症状,重症度により治療を使い分ける(図1).

92.下腿潰瘍

著者: 安野憲一

ページ範囲:P.246 - P.247

疾患の概念
 潰瘍とは,皮膚組織が壊死となり,表皮および真皮が脱落,欠損する状態をいう.外科治療の対象となる下腿潰瘍の大半は静脈瘤が原因で起こるうっ血性の静脈性潰瘍である.

93.小児の肘周囲の骨折

著者: 名倉直秀

ページ範囲:P.248 - P.249

疾患の概念
 小児の骨折の中でも,日常によくみられる骨折の一つが肘周囲の骨折である.頻度的には上腕骨顆上骨折が最も多く(図1),次いで上腕骨外顆骨折が多く(図2),橈骨頭頸部骨折,上腕骨内側上顆骨折などがある.受傷機転としては,肘関節を伸展した状態で転倒し,手をついた際に起きる骨折が多い.血管,神経の損傷を伴う例もあり,初診時の適切な診断と処置が大切となる.

94.テニス肘(上腕骨外側上顆炎・内側上顆炎)

著者: 萬納寺毅智

ページ範囲:P.250 - P.251

疾患の概念
 外側のテニス肘は上腕骨外側上顆炎,内側のそれは上腕骨内側上顆炎と呼ばれる.テニスでの主にバックハンドストロークで外側の短橈側手根伸筋が,フォアで内側の円回内筋が強く収縮することにより,腱の上腕骨起始部付近で炎症,ひいては変性を起こすに到る疾患である.テニスに限らず,ゴルフ・卓球・バドミントンなど上肢を使うすべてのスポーツで起こりうる.
 また家庭の主婦で,家事が原因となり発生することも珍しくない.

95.手・指・腱の新鮮外傷

著者: 成田雅治 ,   牧野睦夫

ページ範囲:P.252 - P.255

 手や指に外傷を受けた場合,初期に確実な診断と適切な処置が得られないと,腱癒着や瘢痕拘縮のため,重大な機能障害を遺すことになる.

96.突き指

著者: 宮坂芳典

ページ範囲:P.256 - P.258

疾患の概念
 突き指とは指の長軸方向に外力が加わって発生する指の外傷を総称するものである.野球などボールによる突き指が代表例でbaseball fingerという名称もある.突き指の重度な損傷を,指の損傷部位(関節レベル)の違いにより3つの代表パターンに分類した(図1a,b).損傷内容としては,伸筋腱・靱帯・掌側板など軟部組織の断裂,剥離骨折,脱臼骨折などであるが,これらに対する治療は決して簡単なものではなく,整形外科(手の外科)の治療に委ねるべきであろう.

97.腱鞘炎

著者: 益田泰次 ,   安達長夫

ページ範囲:P.259 - P.260

疾患の概念
 腱鞘に何らかの原因で,炎症を生じた状態を腱鞘炎と言う.通常よく見られるのは,前腕遠位橈側のDe Quervain(デ・ケルバン)腱鞘炎であり,中年女性で,日常よく手を使用する主婦,タイピストなどに多い.

98.ばね指

著者: 益田泰次 ,   安達長夫

ページ範囲:P.261 - P.262

疾患の概念
 MP関節掌側の運動時痛より始まり,次第に指の弾発現象“ひっかかり”を生ずる.進行すると,指の伸展障害(屈曲拘縮)を引き起こす.成人の場合,MP関節掌側部Alプーリー部に起こる慢性の機械的刺激による腱鞘炎より生ずる.炎症により狭窄した腱鞘入口部を屈筋腱が出入りする際に,滑動障害を生ずることが弾発現象を引き起こす.中年以後の女性の利き手母指に好発する.
 小児の場合は,屈筋腱の先天的な腫瘤状肥大のため,屈伸運動の際,弾発現象を引き起こす.母指に生ずる場合がほとんどで,男女差はない.

99.指骨骨折

著者: 小松崎文一

ページ範囲:P.263 - P.264

疾患の概念
 手指の骨折は,日常診療の場において遭遇する頻度の高い骨折で,末節骨が一番多く,次いで基節骨,中節骨の順になっている.
 手指は,その複雑な解剖ゆえに,高い巧緻性を有するのみならず,感情や意志までも表現できるが,ひとたび障害を起こすと,その手指のみならず,上肢の機能をも損なうことがある.そのため,手指骨骨折の治療は,正確な知識と診断が要求される.

100.切断指・肢

著者: 大樋信之

ページ範囲:P.265 - P.267

疾患の概念
 再接着や血管柄付き複合組織移植などの治療技術の向上により,切断症例は徐々に減少している.また,義肢製作技術の向上により原則として切断端をできるだけ長く残し,それを最大限に生かす方向にある.切断は機能再建の始まりであり,決して安易に決定してはならない.

101.皮下血腫

著者: 町田浩道 ,   中谷雄三

ページ範囲:P.268 - P.269

疾患の概念
 外傷などにより鈍的外力が加えられ,皮下の軟部組織損傷と血管の破綻により出血し,血液が皮下に溜まった状態を皮下血腫という.通常皮下血腫のみでは緊急治療の対象にならないことが多い.しかし,臓器損傷や骨折,筋・腱・大血管・神経損傷などを合併している場合には緊急治療の対象となる.また,基礎疾患(血液疾患や抗凝固療法などの出血性素因)がある場合や高齢者では(軟部組織が粗になっている),微力な外力でも出血量が多くなることがあり注意を要する.

102.爪下血腫

著者: 浜口実

ページ範囲:P.270 - P.271

疾患の概念
 指尖部を機械,車のドアにはさむなどの鈍的外傷により発生する,爪はこの指尖部を保護し副子の作用をなしているため,できるだけ温存的に取り扱う必要がある.
 解剖学的には,硬い皮膚と爪により閉鎖腔をなし,爪下に血腫ができやすく,小量の血液の貯留でも内圧の上昇により疼痛を生じる.

103.瘭疽

著者: 千葉庸夫

ページ範囲:P.272 - P.273

疾患の概念
 瘭疽は指趾先端近傍の炎症の総称であり,通常は軟部組織や爪周囲の蜂巣炎や膿瘍であるが,図1に示すような構造から血管,腱,骨などに沿って炎症が波及し,骨髄炎や関節炎にまで拡大する疾患である.

104.爪囲炎

著者: 岡博史 ,   原文雄

ページ範囲:P.274 - P.276

疾患の概念と診断
 指尖部の炎症は日常診療でよく遭遇するありふれた疾患である.瘭疽(felon)も爪囲炎(parony-chia)も一般臨床上はほぼ同義語化しているが,厳密に言えば,爪囲炎は炎症が爪周囲に限局し,掌側の指髄腔にまで及んでいない病態と定義される(図1).爪囲炎は深爪,陥入爪を含む爪溝の小外傷やささくれ,靴ずれ,皮膚炎などに伴って起こりやすい.具体例として,マニキュアや美容上爪半月を大きく見せるため後爪廓を後退させる処置,指尖部に小外傷を受けやすい農林土木園芸業や水産加工業,格闘技,球技に起因する感染などがある.慢性化している場合は,真菌症も疑い検査する.問診時には,発病時期,疼痛の推移,誘因,外傷があれば受傷機転,職業,生活習慣,糖尿病などの全身合併症の有無の確認が必要である.

105.嵌入爪

著者: 横畠徳行

ページ範囲:P.277 - P.279

疾患の概念
 嵌入爪(いわゆる巻爪)は日常しばしば外科外来で遭遇する疾患で,適切な治療が行われなければ治癒は遷延し,再発・再燃の多いやっかいな疾患である,嵌入爪の好発部位は足拇趾であり,他の指趾にはほとんど発生しない.嵌入爪による炎症・疼痛は爪の変形に加え,靴による圧迫,不適切な爪切りによる爪棘の形成により爪郭に爪が嵌入して引き起こされるもので,炎症を起こすたびに爪郭は肥厚し,さらに嵌入しやすくなるという悪循環を繰り返しやすい.

106.ガングリオン

著者: 村上隆一 ,   平野明喜

ページ範囲:P.280 - P.281

疾患の概念
 ガングリオンは手の軟部組織腫瘍の半数以上を占め,ゼリー状の粘液を含む嚢腫である.その発生原因は不明であるが,結合織の粘液変性を伴った退行変性にminor traumaが誘因となって発生すると考えられている1,2).悪性化の報告はみられない.ガングリオンの好発部位は手関節背側面であり,とくに舟状骨と月状骨間の靱帯部から発生している(図1).手背側の他の部位に認められる場合でも,大部分は茎が舟状骨,月状骨間の靱帯につながっている1).そのほか手関節掌側あるいは指屈側基部などにも認められる.

107.指輪の除去

著者: 岡崎武臣

ページ範囲:P.282 - P.283

疾患の概念
 指輪をはめた指が,何らかの原因で腫脹を起こすと,指輪がくい込んだ形となり,静脈やリンパ系を圧迫し,その流れを滞らせる.これを放置しておくと腫脹をさらに増悪させ,動脈まで圧迫するような悪循環となる.いったんは入ったものだからとタカをくくって処置にあたると,その処置に思いがけず難渋することがある.指輪を外す方法はいろいろ工夫されているが,以下に述べる方法が最も簡単である.

108.爪下外骨腫

著者: 南郷明徳

ページ範囲:P.284 - P.285

疾患の概念
 手足の末節骨に生じる外骨腫(骨軟骨腫,軟骨性外骨腫)で,良性の骨腫瘍である.指尖に突出したり,爪を下方から突き上げ,靴に当たって疼痛を発生する.

109.外反母趾

著者: 南郷明徳

ページ範囲:P.286 - P.288

疾患の概念
 慢性関節リウマチや痛風などの基礎疾患なしに,母趾が中足指節関節(MTP)で外方に傾き(外反)内旋した変形である.他趾との関係は手の対立位と似ている(図1).
 解剖学的には第1中足骨内反が主変化で,母趾は靱帯や腱に引かれ取り残された状態である.母趾の2つの種子骨は外側に変位する.

110.疣贅(いぼ)

著者: 大井綱郎

ページ範囲:P.289 - P.291

疾患の概念
 疣贅とは,皮膚・粘膜における上皮性良性腫瘍に対する言葉であるが,一般にはウイルス性疣贅のことを指している.ウイルス性疣贅はパポバウイルス群に属するヒト乳頭腫ウイルス(human papilloma virus:HPV)の感染によって起こる,臨床症状から,尋常性疣贅,青年性扁平疣贅,尖圭コンジローマ,ミルメシア,疣贅状表皮発育異常症,bowenoid papulosis,足底表皮嚢腫に分けられている.また,いわゆる「ミズイボ」は伝染性軟属腫のことであり,ポックスウイルスである伝染性軟属腫ウイルスの感染による.

111.胼胝,鶏眼

著者: 大井綱郎

ページ範囲:P.292 - P.293

疾患の概念
 胼胝,鶏眼は,繰り返される外的な刺激に対抗するために生じた角層の限局性の肥厚であるが,刺激が加わる部位や範囲により症状が異なってくる.胼胝は,長期間にわたる機械的な刺激に対して皮膚を保護するための防衛反応である.鶏眼は,かなり限局した範囲に機械的刺激が繰り返された場合に生じ,クサビ形をなした角質増殖が芯となり真皮を圧迫するために圧痛がある.両者とも治療しても刺激を除かなければ再発する.

112.伏針

著者: 小森山広幸

ページ範囲:P.294 - P.296

疾患の概念
 伏針(ふくしん)retained needlesとは縫い針などの鋭利な物が体表から皮下組織,筋肉,関節内などに迷入した状態をいう.摘出が容易なこともあるが,針が途中で折れて遺残している場合もあり,必ずX線検査を行う.さらに,関節内伏針や神経障害,血管損傷が疑われる場合は,速やかに専門医に相談する.

113.棘・釣り針・その他の異物迷入

著者: 酒井昌博

ページ範囲:P.297 - P.299

疾患の概念
 皮下異物迷入は簡単に摘出できることが多いが,深部の場合や他の臓器との位置関係で摘出に難渋することがある.症例によっては処置を行っても摘出できない場合もありうる.平易な処置として治療にあたるべきではない1).特殊な例として,腱鞘内に迷入した棘による腱鞘炎の例2),長期に異物(鋼線)が残存した異物肉芽腫の報告3)などがある.

114.咬傷

著者: 守田知明

ページ範囲:P.300 - P.301

疾患の概念
 日常よく遭遇する咬傷としては犬,ネコなどの動物咬傷,ハチ,ムカデなどのムシ咬傷が挙げられる.犬咬傷ではbiting forceによる組織の欠損,挫滅対策や口腔内細菌による創の感染防止といった傷そのものに対する処置がポイントとなる.毒蛇咬傷はほとんどがマムシ咬傷で死亡例の報告もあり1),農山村地域では注意を要する疾患である.刺入された毒素による二次反応をいかに抑えるかが重要であるが,初診時に重症度を判断することはむずかしく,受傷後24時間は注意深い経過観察が必要である.

115.虫刺され

著者: 岡村隆一郎

ページ範囲:P.302 - P.303

疾患の概念
 一般的に虫刺されの原因としては,蜂,蚊,ダニ,ノミ,毒蛾などが多い.症状としては局所の痛み,掻痒,腫脹などが一般的であるが,時としてアナフィラキシーショック様症状を呈することもあり,迅速な処置を必要とする場合もある.虫刺されの診断のためには,発疹の性質,分泌状態,また,患者の生活状況も必要となる.

116.新鮮熱傷

著者: 中川隆雄 ,   横山利光 ,   須賀弘泰 ,   出口善純

ページ範囲:P.304 - P.305

疾患の概念
 熱傷は,熱湯や熱したストーブへの接触,火災などでの熱による体表の損傷である.小範囲の熱傷は日常よく遭遇し,外来で治療されるが,外来で治療可能な熱傷は,Ⅱ度+Ⅲ度熱傷面積が15%未満(小児,老人は10%未満)で,なおかつⅢ度熱傷面積が2%未満の軽症例である.一方,広範囲の熱傷や気道熱傷,電撃傷,化学物質による熱傷,骨折などの外傷を伴う熱傷などは,入院治療や専門施設での治療を要する.

117.凍傷

著者: 金田正樹

ページ範囲:P.306 - P.307

疾患の概念
 医師にとって凍傷は稀な疾患であるが,冬山や高所登山者にとっては決して稀ではない.
 凍傷は寒冷はもちろんのこと,風,疲労,不十分な装備などの条件が重なりあって引き起こされる.

118.ケロイド,肥厚性瘢痕

著者: 加藤武男 ,   神保好夫

ページ範囲:P.308 - P.310

疾患の概念
 肥厚性瘢痕,ケロイドは皮膚の線維性結合織の過剰増殖により生じるが,いまだその定義,分類は明確でない.臨床的に肥厚性瘢痕は受傷範囲を越えて拡大することはなく,自然に平坦化することもある.これに対しケロイドは受傷範囲を逸脱して拡大し,年余を経て中央部はしばしば退色扁平化してあたかも蟹が足を広げたかのような型やひょうたん型を示すが,辺縁では常に活動性を有する.しかし両者の間には移行形と思われるような臨床像を呈するものも見られる.両者とも?痒や知覚過敏を訴えるが,ケロイドでは側圧痛(横からつまむと痛い)を訴えることが多い.組織学的には両者は区別できない.

119.靴まめ

著者: 黒田義則

ページ範囲:P.311 - P.311

疾患の概念
 靴ずれは,靴と靴下からできる.靴による不適当な圧迫と繰り返す摩擦によって生じる.鶏眼,胼胝(タコ)とは異なり,急性に生じたものを言い,新しい靴や足型にフィットしないものを着用した際に生じる.

Ⅸ.乳幼児の外来外科疾患

120.鼠径ヘルニア

著者: 里見昭 ,   川瀬弘一

ページ範囲:P.314 - P.315

疾患の概念
 小児鼠径ヘルニアはほとんどの場合,鼠径部あるいは陰嚢部の膨隆を主訴に来院する.しかし,膨隆に気付かず,機嫌が悪いという訴えで来院し,腸閉塞症状からヘルニア嵌頓としてはじめて発見されることも稀ではない.
 本症は自然治癒が約35%1)に期待できるとされるが,治療方針の決定には,待つことによる嵌頓(非還納)の危険性や成人後の再発を考慮すべきである.いかなる手術も100%安全とは言い切れないが,本症の場合,予定手術であれば合併症もなく安全に行い得る.したがって嵌頓による危険性の高い緊急手術を避ける上で気管支喘息,心血管系疾患といった手術禁の要因がない限り,診断がつき次第,早期に手術を行うのが望ましい.以上のことから外来で行うべきことは,確定診断(鑑別)とヘルニア嵌頓に対する処置につきる.

121.臍炎

著者: 平野敬八郎

ページ範囲:P.316 - P.317

疾患の概念
 出生直後に結紮切断された臍帯はおよそ1週で乾燥脱落し,脱落創は2週以内には上皮化して通常の臍ができる.臍帯脱落後の処置が不適切で不潔な場合には,脱落創に感染が及び,発赤・腫脹・痛みを伴う“臍炎”omphalitisの症状を呈する.“臍炎”になれば臍は湿潤化して膿性分泌物や軽度の出血を認め臭いを伴う.炎症が持続して慢性化すれば臍窩に小豆大〜大豆大の淡紅色の軟らかくて丸い“臍肉芽腫”umbilical granulomaの形成を認めるようになり,生後2〜4週頃までに“臍肉芽腫”を主訴に外来を受診することがしばしばある(図1).
 炎症が臍周囲に及んで“蜂窩織炎”や“腹壁膿瘍”,さらに“腹膜炎”にまで進展したり,臍静脈を経て全身性に感染が波及し“肝膿瘍”や“敗血症”にまで至る可能性もあるので,“臍炎”に遭遇したときには局所にのみ目を奪われずに,全身状態を注意深く観察することが大切である.また少し年齢の高い児に見られる“臍肉芽腫”には,“卵黄腸管遺残”(図2)や“尿膜管遺残”(図3)に起因する臍底部の瘻孔が慢性炎症の原因となっている場合がしばしばあり,これらの先天奇形の存在もチェックする必要がある.

122.臍ヘルニア

著者: 石黒士雄

ページ範囲:P.318 - P.320

疾患の概念
 出生後臍帯が脱落すると,臍輪は瘢痕収縮するが,何らかの原因で瘢痕化が遅れ,臍部の筋膜欠損を生じると,腹圧上昇時に腹腔内容が脱出してくる(図1).
 臍ヘルニアは生後1か月前後に発症し,2〜3か月時には最大となる.しかし,生後3か月を過ぎると縮小傾向がみられるようになり,ほとんどの症例では1歳までに自然に治癒する.自然経過ではヘルニアの嵌頓や破裂を起こすことは稀であり,美容的な面以外に問題となることは少ない.しかし,1歳以降もヘルニアが残ったり,ヘルニア門は閉じても臍部の皮膚のたるみが前方に突出し,臍窩の形成の無い,いわゆる“でべそ”の状態が問題となる.

123.腸重積症

著者: 山崎洋次

ページ範囲:P.321 - P.323

疾患の概念
 生後6〜9か月頃の離乳期前後に発生することが多く,新生児期にはきわめて稀であり,1歳以降に発症するものも少ない.腸重積症の大部分を占める原因不明のものは,特発性と呼称されているが,回盲部付近のリンパ組織の増殖,肥大が原因である.病的先進部が存在するもの,つまり器質的原因を有する症例は全体の10%以下である.器質的原因には,Meckel憩室,ポリープ,重複腸管,悪性リンパ腫,異所性膵組織Henoch-Schönlein病による血腫などが挙げられる.このような器質的原因による腸重積症は概して好発年齢(6〜9か月)から逸脱している症例が多いので,3か月未満や逆に3歳以上の腸重積症に遭遇した際には器質的原因の存在を想起する必要がある1)
 腸重積症の特殊型として術後腸重積症がある.術後腸重積症は手術操作に起因する腸管の蠕動不全や腸管壁の浮腫に,抗腫瘍薬投与,放射線照射,麻酔の影響,ある種の薬物の影響,中枢神経系の刺激などの諸条件が錯綜して発生するものと考えられている.開腹術後の0.1〜0.3%前後に発生するが,頸部,胸部,腹壁手術後にも発生することが知られている2)

124.消化管内異物

著者: 岩井直躬 ,   木村修

ページ範囲:P.324 - P.326

疾患の概念
 小児消化管異物は外来で頻繁に遭遇し,その内容も硬貨,おもちゃなど鈍的なものや,針などの鋭的なものまで様々である.大部分は無症状で自然排泄されるが,消化管穿孔,消化管閉塞などの合併症を起こすことがある.異物の存在部位,異物の材質,大きさや形状などにより注意を要するものもあるので,慎重に診断,治療を進めることが大切である.

125.肥厚性幽門狭窄症

著者: 本名敏郎

ページ範囲:P.328 - P.329

疾患の概念
 生後1ないし2週間以後に,非胆汁性,噴水状嘔吐で発症する疾患で,幽門筋の肥厚に基づく.原因は不明であるが,遺伝性素因も示唆されている.数か月の単位で筋肥厚は自然消退するが,保存的治療には時間を要し,低栄養状態となるため外科的治療の適応となっている.

126.乳児痔瘻・裂肛

著者: 韮澤融司

ページ範囲:P.330 - P.331

A.乳児痔瘻
疾患の概念
 外来を受診する乳児の肛門疾患として最も頻度が高い.肛門周囲の皮下の硬結・腫脹・発赤などを主訴として来院する.そのほとんどが男児で,生後6か月までの発症が多い1).膿瘍の貯留や瘻孔の開口部は肛門の側方に多く,数個が同時に発生することもある.このような特徴を持つ乳児痔瘻であるが,発生原因についてはいまだ定説がなく,肛門部皮膚付属器(汗腺,皮脂腺など)の感染から生じるという説2)と,肛門小窩(anal crypt)に形成された膿瘍から生ずる3)という2説に大別される.また局所免疫との関連を指摘する考えもある3).女児での発生は男児に比べると極端に少ないが,男児が側方に多く発生するのに比べ,12時方向,とくに膣前庭部や陰唇に開口し,先天性のperineal canalとの鑑別が困難である.

127.慢性便秘

著者: 鎌形正一郎

ページ範囲:P.332 - P.333

疾患の概念
 便秘という言葉の定義は難しいが,“排便の困難や遅延により,本人あるいは親が困る状態”と考えて良い.乳幼児を含め小児期に便秘を訴えて外来を受診する患児は多く,小児の0.3〜8%を占める.これらのほとんどは機能的な慢性便秘であるが,鎖肛やヒルシュスプルング病などの器質的疾患や二分脊椎などの神経学的な異常を見逃さないようにすることも重要である(表).

128.リンパ節膿瘍

著者: 上野滋

ページ範囲:P.334 - P.335

疾患の概念
 病原菌の感染がリンパ節に及び,膿瘍を形成したものがリンパ節膿瘍である.病原体の種類により,化膿性リンパ節炎,BCGリンパ節炎(結核性リンパ節炎),猫ひっかき病などがある.

129.停留精巣

著者: 関信夫 ,   伊藤泰雄

ページ範囲:P.336 - P.337

疾患の概念
 胎生期の精巣下降の過程が何らかの原因で障害され,精巣が陰嚢底に下降していない状態をいう.頻度は正常出生男児の約3%にみられるが,症例によってはその後自然下降が生じ,1歳時には男児の0.7%にみられる1)

Ⅹ.その他

130.各種の薬物中毒

著者: 中永士師明 ,   稲葉英夫

ページ範囲:P.340 - P.341

疾患の概念
 薬物中毒とは医薬品が体内に入って生じる病態をいう.中毒は起因物質や服毒量により発現する症状や重症度が異なってくるが,基本的な診断,治療方針には共通したものがある.

131.食中毒

著者: 田辺博

ページ範囲:P.342 - P.344

疾患の概念
 食中毒とは一般的に食事摂取によって起こる生体の機能的あるいは器質的障害をいう.その原因は,細菌,自然毒,化学物質と多岐にわたり,多様な症状,経過を示すものであるが,最近では病原性大腸菌O−157による集団食中毒が発生し,多数の死亡症例も報告されていることから,全国的な衝撃を与えており,いま新たな注目がなされている疾患である.食中毒は主に細菌性と自然毒が中心となるため,これらについて記載する(表1).

132.妊婦の虫垂炎

著者: 新谷史明

ページ範囲:P.345 - P.347

疾患の概念
 妊娠中も虫垂炎の発生頻度には差はない.妊娠1,500〜2,000例に1例くらいの頻度といわれ,妊娠の初期から中期に多い.妊娠初期は妊娠に関連した非特異的症状(悪心,下腹部痛,食思不振)のため,また妊娠後期には子宮の増大に伴い,腹部の圧痛点が変化するため虫垂炎の診断は難しい.

133.妊婦の外傷

著者: 鈴木伸明 ,   岡村州博

ページ範囲:P.348 - P.350

 妊婦は子宮が増大し下腹部が突出しているため,非妊時に比べバランスが悪い.とくに足元が見えにくいため転倒し下腹部を打撲しやすい.
 また交通事故の増加により妊婦の腹部外傷が増加している。妊婦の腹部外傷時,最も早期診断・早期治療が必要となる産科的疾患の一つである常位胎盤剥離について述べる.

134.妊婦の不正出血

著者: 鈴木伸明 ,   岡村州博

ページ範囲:P.352 - P.353

 妊婦が不正性器出血を主訴として来院した場合,その出血が直接妊娠に起因する疾患かどうか,また早期治療を開始する必要があるかどうか,産婦人科医にコンサルテーションして鑑別診断する必要がある.

135.ストーマ外来

著者: 森田隆幸 ,   久保田昭子 ,   相馬眞理子

ページ範囲:P.354 - P.355

概念
 ストーマ外来は,ストーマ関連の疾患の診断と治療を主たる業務とし,ストーマ保有者のストーマ管理法の指導および精神的,肉体的,社会的な援助を継続的かつ長期的にフォローする専門外来である.
 対象は消化器ストーマ,瘻孔,尿路ストーマなどを有する患者であるが,近年は保護剤の使用拡大に伴い褥創や皮膚潰瘍に対するスキンケアもストーマ外来で扱うようになってきている.

136.在宅自己注射指導

著者: 津田晶子

ページ範囲:P.356 - P.357

 糖尿病合併外科患者では,糖尿病のコントロールが不十分であると,手術創の治癒遷延のみならず,全身の栄養状態悪化や,術後合併症の誘因となるなど,主疾患の治療経過に大きく影響する.インスリン治療適応例(表1)では,血糖コントロール不良を放置せず,積極的にインスリン治療による代謝改善を図っていく必要がある.

137.在宅自己腹膜灌流指導

著者: 西沢理 ,   宮形滋

ページ範囲:P.358 - P.359

 在宅自己腹膜灌流(以下,CAPDに限局して述べる)は,患者が特定の医療施設で定期的診療を受けながら,患者自身が治療の主体者として,家庭や職場において1日4〜6回のバッグ交換を行い,1回1.5〜2lの腹膜灌流液を腹腔内に注入,排液する透析療法である.CAPD指導の原点は患者自身が主体性を持って,自己管理できるようにすることである.

138.在宅酸素療法指導

著者: 加賀谷学 ,   塩谷隆信

ページ範囲:P.360 - P.362

 在宅酸素療法(home oxygen therapy:HOT)は,慢性呼吸不全患者に対し,その生命予後の改善,生存率の向上という観点に加えて,生活の質の向上という立場からも重要な治療である.しかし呼吸不全の患者の治療という全体から考えると,HOTはその一部であり,併せて原疾患の治療,栄養管理,リハビリテーション療法などを行う必要があることは言うまでもない.
 HOTは,1985年に保険適用になり,現在その扱いは内服薬や注射薬に近いものとなっている.実際,内服薬と同様に処方箋にて処方される.

139.在宅中心静脈栄養法指導

著者: 蛇口達造 ,   加藤哲夫 ,   吉野裕顕 ,   水野大

ページ範囲:P.364 - P.365

 1986年10月以降,在宅静脈栄養法(home par-enteral nutrition:HPN)は在宅中心静脈栄養法として医療保険の適用となった.

140.在宅成分栄養経管栄養法指導

著者: 蛇口達造 ,   加藤哲夫 ,   吉野裕顕 ,   水野大

ページ範囲:P.366 - P.367

 1988年4月以降,在宅経腸栄養は在宅成分栄養経管栄養法(home elemental enteral hyper-alimentation:HEEH)として医療保険の適用となった.

141.在宅自己導尿管理指導

著者: 盧野吉和

ページ範囲:P.368 - P.369

 排尿障害がある場合に,尿道カテーテルを長期間留置することは,日常生活において不便であるばかりでなく,尿路感染症や膀胱壁の過伸展や,炎症に伴う線維化,あるいは膀胱尿管逆流および水腎症などの合併症を引き起こす可能性が高い.
 これを解決する手段が間歇的自己導尿であり,上肢機能が保たれた脊椎損傷,先天性二分脊椎,子宮癌・直腸癌の術後,脳卒中後,寝たきり老人の尿失禁などの疾患に適用される.これら疾患のうち外科においてとくに利用頻度の高い疾患は直腸癌術後の排尿障害であり,術後早期に残尿を測定し,適応のあるものでは早期に指導することが早期退院と排尿障害の改善につながる.

142.在宅人工呼吸指導

著者: 加賀谷学 ,   塩谷隆信

ページ範囲:P.370 - P.371

 在宅人工呼吸療法(home mechanical ventila-tion:HMV)は,慢性呼吸不全のため人工呼吸療法の長期継続を必要としながらも,病院外での生活を可能にするための方法である(図).先天性ミオパチー,運動ニューロン病などの呼吸筋障害や神経障害が主な対象疾患として認識され,その後慢性肺疾患や肺結核後低肺機能の患者へと適応が拡大されてきた.近年,肺気腫に対する外科治療が開始されるなどに伴い,今後外科領域においてもさらに適応が広がることが予想される.

143.在宅自己疼痛管理指導

著者: 蘆野吉和

ページ範囲:P.372 - P.373

 診療報酬では“在宅自己疼痛管理”は,“難治性慢性疼痛の患者の疼痛除去のため植込型脳・脊髄刺激装置を埋め込んだ後に,在宅で自らが送信機を用いて疼痛管理を実施すること”と定義されている.しかし,一般外科医が日常診療で遭遇することの多い在宅疼痛管理は,癌性疼痛を持つ患者に対する疼痛管理であり,本稿ではこの疼痛管理について触れることとする.
 癌性疼痛の治療においては“WHO方式”に従い,痛みの強さにより非オピオイド鎮痛薬・弱オピオイド鎮痛薬・強オピオイド鎮痛薬のいずれかを選択することになるが,最終的に強オピオイドであるモルヒネを使うことが多く,医師がこのモルヒネを使いこなせるかどうかが,患者自身にとって人生の大きな分かれ道となる.がんを扱う医師はモルヒネの適切な使用により,痛みを持つがん患者の9割以上が痛みという苦痛から解放され,自宅で安心して生活することができることを患者に説明し,自ら実践する使命がある.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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