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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科52巻2号

1997年02月発行

雑誌目次

特集 消化器の“前癌病変”と“ハイリスク病変”

前癌病変とは

著者: 中村恭一

ページ範囲:P.143 - P.149

はじめに
 前癌病変precancerous lesionとは,その病変を放置しておけばある高い率をもって癌が発生する病変のことである.また,前癌病変と同義語的に用いられている用語として,癌類似病変,良性悪性境界病変,癌のハイリスク病変などがあり,「癌化するかも知れないから治療する』あるいは「癌であることの可能性があるから治療する』とかのように,日常の診療では便利な言葉としてよく用いられている.しかし,個々の病変についてそれが前癌病変であるということができるかどうかを考える時,病変の癌化率が何%以上の場合をもってそれを前癌病変と見做すか?という前癌病変の定義が不明確であることに気が付く.このように,前癌病変の定義は癌発生母地となっている,あるいは母地となりうる病変のことであり,それら病変の癌化率は問われていない.
 ある病変に対して,それを前癌病変であるとする場合には,その癌化率を明確に定義しておく必要がある.もし,そのように定義付けておかないと,癌発生率の高い臓器はある年代に達すると前癌状態であることになり,その極限は生あること自体が前癌状態であることなってしまうからである.

ヨード不染帯

著者: 吉田操 ,   葉梨智子 ,   門馬久美子 ,   加藤久人 ,   北岡吉民 ,   荒川丈夫 ,   榊信廣 ,   中村二郎 ,   小池盛雄

ページ範囲:P.150 - P.154

 食道粘膜にヨード染色を行うことで,扁平上皮の病的変化を不染帯として幅広く捉えることができる.食道上皮内癌・粘膜癌所見の特徴はすでに整理されており,染色所見のみを手がかりに鑑別しなければならないものとしては,平坦型上皮内癌(0—IIb)とその他の上皮の異常である.染色の程度と境界の性状ならびに大きさを考慮すると,1)淡染・境界不明瞭な不染帯は食道炎によるものが多く,2)境界明瞭な淡染・不染帯で5mm以上の大きさがあれば,異型性を有する上皮や基底層型上皮内癌の頻度が高い.3)黄白色・境界明瞭な不染帯は,高度の異型性を有する上皮あるいは上皮内癌である.中でも10mm以上の大きさがあれば,全層型上皮内癌あるいは粘膜癌である.高度の異型性を示す場合には上皮内癌と同一に考えるとする意見が多い.上皮内癌や高度の異型性を予測される所見を呈するヨード不染帯に対しては,治療を兼ねて内視鏡的粘膜切除法が適応となる.

Barrett食道

著者: 西巻正 ,   鈴木力 ,   藍沢喜久雄 ,   鈴木聡 ,   大日方一夫 ,   武者信行 ,   桑原史郎 ,   畠山勝義

ページ範囲:P.155 - P.160

 Barrett食道は食道腺癌の前癌病変でmetaplasia(腸型上皮)→dysplasia→carcinoma sequenceを経由して癌化すると考えられている.Dysplasiaは良性腫瘍性病変であるがhigh-grade dysplasiaはBarrett食道の悪性化を示唆する重要な病変である.最近,H-ras, p53,APC遺伝子異常がBarrett食道癌化の初期段階に生ずることが明らかにされ,Barrett食道悪性化の有用なマーカーとなる可能性がある.またBarrett上皮をレーザー焼灼し同時に制酸剤で胃液分泌を抑制すると,本来の食道上皮である扁平上皮が再生する場合があり新しい治療法として注目されている.High-grade dysplasiaに食道切除が必要か否かはまだコンセンサスが得られておらず今後の検討が必要である.

Helicobacter pyloi感染と胃癌および背景胃粘膜との関連

著者: 上村直実 ,   向井俊一 ,   岡本志朗 ,   山口修司 ,   三好信和 ,   中井隼雄 ,   佐々木なおみ ,   谷山清己

ページ範囲:P.161 - P.168

 ヒト胃粘膜では,Helicobacter pylori(H.pylori)感染により組織学的胃炎が惹起され,ひいては分化型胃癌の前癌病変または背景である腸上皮化生を伴う慢性萎縮性胃炎が生ずる.この胃粘膜萎縮の進行速度に対して局所の胃酸分泌能が大きく影響するものと思われた.また内視鏡的切除後の残存胃粘膜に対する除菌治療の結果,腸上皮化生が可逆的であり,分化型胃癌も初期の段階においてはH.pylori除菌により増殖が抑制される可能性も示唆された.今後,H pyloriと胃癌や前癌病変との関連については,臨床的な観察を分予生物学的に解明することや動物実験による新たな展開が期待されている.

血清ペプシノゲン

著者: 松原康朗 ,   岡政志 ,   一瀬雅夫 ,   三木一正

ページ範囲:P.169 - P.172

 血清ペプシノゲン(PG)ⅠおよびPG Ⅰ/Ⅱ比は胃粘膜萎縮の程度を反映する.萎縮性胃炎は胃癌の先行病変とされており,萎縮の程度を表すPGにより胃癌のハイリスク群をスクリーニングできることになる.切除された胃癌でのPG陽性率は65%で,分化型で陽性率が高い.PGの胃癌検診への応用では従来の間接X線法に比し遜色のない成果が得られている.しかしPG陰性癌もある割合で存在し,より効果的な検診にはX線法との併用などさらに検討が必要である.その他Helicobacter pyloriの除菌判定において早期の非侵襲的・簡便な指標として期待されている.最近のトピックスとしては胃癌肉眼型と血清PG値に相関が認められ,PG I値は陥凹型で高い傾向が,PG Ⅰ/Ⅱ比は隆起型癌で低い傾向がみられた.

大腸腺腫・腺腫症

著者: 岩間毅夫 ,   吉永圭吾 ,   樋口哲郎 ,   井上淳 ,   権田剛 ,   石田秀行

ページ範囲:P.173 - P.177

 大腸癌と大腸腺腫には密接な関連があると考えられる.そこで大腸腺腫について多角的方面から最近の知見を概説した.主として,1)腺腫の原因,2)年齢別腺腫の個数が一般と大腸腺腫症で異なる理由,3)大腸と癌との関連と大腸内視鏡検査の意味等について検討した.小さな腺腫の扱いおよび薬物治療についても言及した.

癌のハイリスク病変としての潰瘍性大腸炎

著者: 荘司康嗣 ,   楠正人 ,   池内浩基 ,   柳秀憲 ,   野田雅史 ,   山村武平 ,   宇都宮譲二

ページ範囲:P.179 - P.184

 潰瘍性大腸炎ulcerative colitis(UC)は大腸癌の高危険度群であり予防的大腸切除が提唱されたが,近年では癌に対する安易な予防的手術は行うべきでなく,7〜10年以上の病悩期間,全大腸炎あるいは左側大腸炎型の罹患範囲を考慮に入れた上でのsurveillance colonoscopyが必要であると考えられる.dysplasiaの分類においてhigh grade dysplasiaは多くが粘膜内癌と考えられるが,1ow grade dysplasiaが問題となる.K-ras突然変異やp53遺伝子変異などの研究がなされているが,明らかな腫瘍markerのない今日,surveillance colonoscopyによりdysplasiaあるいは早期癌での発見に努め,発癌の母地であり,抗原組織となる大腸粘膜の摘除を目的とした大腸全摘,回腸肛門吻合術を積極的に行うことが重要であると考えられる.

直腸・肛門部のハイリスク病変

著者: 高野正博

ページ範囲:P.185 - P.192

 直腸・肛門部は発生学的に種々の組織成分が混在し,前癌病変が発生する.直腸粘膜由来の大腸ポリープは特にvillous typeのものが多い.肛門ポリープは歯状線上の乳頭が肥大したもので癌化はしない.深部の複雑痔瘻が10年以上経過したものは痔瘻癌になりやすく,悪性化しやすい.この他重複腸管も発生する.平滑筋腫は再発・悪性化し肉腫となる.カルチノイドは直腸の粘膜下腫瘍として発生するが,直径1cm以上になると浸潤・転移など悪性の性格を帯びる.肛門癌は肛門内,肛門管外に発生し,squamous cell carcinomaやこの剖に特徴的なcloacogenic carcinomaなどがある.基底細胞癌basal cell carcinomaなどが肛門辺縁に発生するが悪性度は低い.この他,表皮内の前癌病変であるBowen病,Paget病,悪性度の高いmalignant melanomaなどがある.

腺腫様過形成

著者: 梅下浩司 ,   若狭研一 ,   門田守人

ページ範囲:P.193 - P.198

 硬変肝の結節性病変,特にAH(adenomatous hyperplasia)については,「原発性肝癌取扱い規約(第3版)」(1992)により整理がなされ,その後International Working Party(1994)においてdysplastic noduleの名が与えられ徐々に普及しつつある.HCC(hepatocellular carcinoma)の存在する肝にはAHがしばしば共存すること,AHを追跡すると高率にHCCが発生することから,AHはHCCの前癌病変であると考えることができる.AHの画像での検出はしばしば困難であり,また,検出された場合にも早期のHCCとの鑑別が容易ではない.現在のところ針生検による組織診に頼らなければならない.AHと診断された結節に対しては厳重な経過観察を行い,HCCを疑わせる所見が出現した際には遅滞なく治療を行うことが肝要である.

肝内結石症に合併する肝内胆管癌

著者: 内山和久 ,   谷村弘 ,   大西博信 ,   山崎茂樹

ページ範囲:P.199 - P.202

 筆者らが行った全国疫学調査によると,肝内結石症における肝内胆管癌の合併は4.2%(2,375例中100例)に認められた.胆管癌を合併した肝内結石症の特徴を非合併例と比較すると,性別ではいずれも男女比1:1.3と差はなかったが,平均年齢は胆管癌合併例では67.7歳と非合併例より10歳高齢であった.
 病型分類ではL型が60%も占め,I型が61%と癌非合併の47%より多く,IE型を含めると90%を越えた.しかし,成分95%以上の肝内コレステロール胆石症には胆管癌の合併率は3.8%と通常のビリルビンカルシウム石合併例に比較して少なかった.
 肝内結石症の初回治療後10年以上の経過観察症例の中に胆管癌を発生したのは9例あった.遺残結石を有する症例が6例もあり,癌発生までの期間は10年以上が多く,肝内結石症ではその治療後も十分な経過観察が必要不可欠であることが判明した.

胆嚢小隆起性病変と前癌病変

著者: 今岡洋一 ,   松代隆

ページ範囲:P.203 - P.207

 前癌病変は胆石症,膵・胆管合流異常などのいわゆるハイリスク病変と,良性腫瘍性病変ないし癌化の中間段階にある病変とに大別されるが,後者に相当する腺腫,過形成ポリープ,腺筋腫様過形成等の胆嚢小隆起性病変について,癌との関連,診断法,治療方針等について概説した.臨床上最も高頻度にみられるコレステロールポリープとの鑑別は大きさ,表面の性状,内部エコーなどから行うが時に鑑別困難例も経験される.胆嚢小隆起性病変の手術適応は超音波所見および大きさをもとに判断する.手術は腹腔鏡下に安全かつ容易に行いうるが,慎重な適応決定のもとに,無意味な手術を万が一にも行うことのないようにすべきである.

膵・胆管合流異常と胆道癌

著者: 新井田達雄 ,   高崎健 ,   吉川達也 ,   吾妻司

ページ範囲:P.209 - P.213

 膵・胆管合流異常と胆管癌について,両者の関連について209例の自験例から検討した.胆道癌は,54例(25.8%)に併存した.胆管の拡張形態によって胆道癌の発生部位に特徴があり,嚢腫状拡張型124例では,胆嚢癌11例(8.9%),胆管癌12例(9.7%)が併存した.円筒状拡張型47例では,胆嚢癌11例(23.4%),胆管癌2例(4.2%)が併存した。非拡張型38例では,癌の発生部位は,全例胆嚢で20例(52.6%)あった。膵・胆管合流異常を有する症例の胆管癌発生年齢は,膵・胆管合流異常非併存例に比べて10歳ほど若かった。膵.胆管合流異常に対する基本的術式として分流手術を上げ,さらに胆管非拡張例に対しては胆嚢摘出術のみでも良いとの結論を得ている.また,胆道癌併存例の治療成績は不良であり,膵・胆管合流異常は癌併存以前にこれを発見し適切な手術がなされるべきであると考えられた.

膵管内腫瘍・粘液性嚢胞腫瘍

著者: 高橋利幸 ,   道家充 ,   奥芝俊一 ,   奥芝知郎 ,   森田高行 ,   藤田美芳 ,   宮坂祐司 ,   加藤紘之

ページ範囲:P.215 - P.219

 膵管内腫瘍・粘液性嚢胞腫瘍の自験28例の診断,治療および病理学的特徴について述べた.本症の診断にはEUS, ERPが有用であった.また,近年新たに導人された膵管内視鏡,IDUSによる更なる診断能の向上が期待された.外科治療に当たっては機能温存を考慮した術式が適応されるべきであり,自験例に対しては胆道十二指腸温存膵頭部切除などの縮小手術を行い,全例再発なく,良好な結果を得た.本症は膵前癌病変として注目されているが,その病態,浸潤性嚢胞腺癌との相違などにはいまだ不明の点も多く,腫瘍化,癌化とKi-ras点突然変異,p 53過剰発現などに関する分子生物学的解明が今後の重要課題である.

カラーグラフ 内視鏡下外科手術の最前線・26 大腸

腹腔鏡下S状結腸切除術

著者: 宮島伸宜 ,   山川達郎

ページ範囲:P.135 - P.140

はじめに
 腹腔鏡下手術の発達とともに,大腸疾患に対しても多くの施設で腹腔鏡下手術が取り入れられるようになった,また大腸内視鏡検査や超音波内視鏡,CT scanなどの診断能の向上によって,悪性疾患であっても腹腔鏡下手術の適応となる症例も増加している1).筆者らはこれまでに80例の大腸疾患に対して腹腔鏡下手術を施行してきた.内訳は,良性疾患が20例,悪性疾患が60例と悪性疾患が多くを占めていた.悪性疾患の中には進行癌が21例含まれているが,再発はみられていない(表1).
 本稿では,S状結腸進行癌に対するD3郭清を伴うS状結腸切除術の手術手技について詳述する.

病院めぐり

佐野厚生総合病院外科

著者: 竹中能文

ページ範囲:P.220 - P.220

 佐野厚生総合病院は,栃木県安蘇郡の19町村の産業組合の共同出資により,昭和13年に設立されました.その後,戦争による種々の影響を受けながら,昭和25年に佐野厚生農業協同組合連合会経営の病院として再発足し,昭和47年に「佐野厚生総合病院」と改称して今日に至っています.現在,総病床数505床,診療科数14科で人間ドックも併設し,佐野市およびその周辺の安蘇地域の住民約10万人の方々の疾病治療と健康増進を担う中核病院として,また東北縦貫自動車道の交通救急センターとしての役割を担っています.
 外科は,昭和47年に脳神経外科が独立したため,一般外科・消化器外科を中心とした診療を行っており,日本外科学会認定施設となっています.スタッフは,慶應義塾大学医学部外科学教室より派遣されており,1年毎のローテーターの大住幸司を含めて,医長1名,副医長1名,常勤3名,非常勤1名の計6名です.医長の竹中能文(1996年医学書院発行の『外科学』第2版,第16章「肝臓・胆道・膵臓」を執筆)が肝胆膵疾患を,副医長の森俊雄が上部消化管疾患を,酒井信行が下部消化管疾患を,田中宝が表在疾患と創傷治癒を中心として研鑚を積み,常に新しい医学知識を習得すべく努力しています.学会活動としては,昨年度の学会・研究会などの発表が8件,雑誌などへの掲載が8件となっています.

利根中央病院外科

著者: 都築靖

ページ範囲:P.221 - P.221

 当院は,東は日光連山,西は子持山,南は赤城山,北は谷川連峰に囲まれた山紫水明の群馬県沼田市の中央に位置します.診療圏の人口は利根郡と沼田市の約10万人強で,医療を実践するうえで理想的な人口です.経営母体は診療圏の世帯数の75%が加入する利根保健生協です.群馬県の北端にあたり,関越高速道が通過する交通の要衡でありながら,古くは「文化果つる國」として医療の恩恵に浴しなかった地域でもあります.
 昭和29年,地域医療の向上を願う有志によって前身である利根中央診療所が設立され,昭和37年現在の利根中央病院の基礎が築かれました.当院は「一人は万人の為万人は一人の為」をモットーとする全国120余の生活協同組合経営の病院の一つでもあります.当外科は,設立当初よりの歴史を持っていますが,医師集団としての歴史は昭和37年,群馬大学第1外科出身の諸先輩が着任してからが本格的といえるでしょう.

臨床外科交見室

腹膜は2枚ある?

著者: 川満富裕

ページ範囲:P.222 - P.222

 虫垂切除のときMc Burneyの交錯切開で腹壁を開けると,鈍的に分けた腹横筋の間によく発達した脂肪組織が現われる.これが腹膜前脂肪組織だろうと思いながら腹膜を開けるとその奥に本当の腹膜が現われる.つまり,腹膜がまるで2枚あるように見える.そんな経験はないという方は次の機会に確かめるとよい.腹横筋の背側にある脂肪組織と腹膜との間には,しっかりした膜が必ずある.
 腹膜が2枚あるわけはないので,はじめに腹膜と思ったのは実は横筋筋膜だったのだと誰もが考える.解剖書に横筋筋膜は「腹横筋の内面を被う筋膜であるが,広義では腹壁の内面を被うすべての筋膜を総称し,内臓の接する部分以外は腹膜によって内面から被われる(分担解剖学)」と説明されているからである.しかし,この説明や補足説明をよく読むと,狭義の横筋筋膜は腹横筋に密着する固有筋膜であり,狭義の横筋筋膜と腹膜の間には(筋膜はなく)内臓を擁する漿膜下組織(tela Sub-serosa)という結合組織しかないことがわかる.

私の工夫—手術・処置・手順・28

肝左二区域切除における左肝静脈の処理

著者: 岸仲正則 ,   西浦三郎

ページ範囲:P.223 - P.223

 肝切除術において肝静脈の処理は最も注意を要する部位の1つである.今回,肝左二区域切除術(左尾状葉温存)における左肝静脈の処理について,われわれの行っている方法を紹介する.
 われわれは通常横切開に正中切開を加えて開腹し,全例に剣状突起の全切除を行っている.術野を十分に得るために,必要なら胸肋関節も切離する.これにより直下に下大静脈と肝静脈の合流部が見える術野を展開することが大切である.

メディカルエッセー 『航跡』・6

産学協同

著者: 木村健

ページ範囲:P.224 - P.225

 日本から衛星中継で送られて来るテレビ番組で,京大のスタッフが治験にまつわる原稿料や治験企画書作成の代金として受取った現金が収賄にあたるとして検察に逮捕されたというニュースを聞いて,一瞬わが耳を疑った.追いかけるようにファックスで送られて来た新聞記事によると,「公」の仕事に「私」から現金を受取ったのがけしからぬのだという.日本を離れて十年にもなると,「公」だの「私」だのという議論がまるで他の惑星の出来事のように思われる.自由の国アメリカに住んでいると,戦後自由民主の国になったはずの日本が,いかに不自由かよくわかる.
 たとえば警察官は日本でもアメリカでも公務員である.だが,アメリカでは一旦公務たる勤務時間が終ると只の人に戻る.只の人になった警官が警備会社の夜勤という二つ目の職を持つのは本人の自由として法的に保障されている.小学校の先生も公務員であるが,午後三時の授業が終ると只の人である.只の人だから,その職業的能力を生かして,家庭教師のアルバイトをして罰せられる筋合いはない.ただし,自分の勤める学校の生徒は教えてはならないという規則があるから,教えられるのは他の学校に通うこどもに限るのではあるが.

外科医のための局所解剖学序説・6

胸部の構造 2

著者: 佐々木克典

ページ範囲:P.227 - P.236

 大動脈弓にまつわるエピソードの中で,1938年Gross REが行った動脈管開存症の手術はその後に到来する絢爛たる心臓外科の始まりといっていいだろう.動脈管は肺動脈幹の頂点と大動脈弓をつなぐ管で,心嚢の外にあり胸骨柄の下縁にほぼ位置する.
 Gross REの手術は,1938年8月26日,サイクロプロパン麻酔下で次のように行われた.“左の第3肋間に切開を加え,第3肋軟骨を除き,第3肋骨を引き上げた.左肺が下方に虚脱するにつれ,縦隔の外側がはっきりと見えてきた.大動脈弓と左肺動脈を被っている壁側胸膜を切開し目的の構造を直視下に置くと,直径7〜8mm,長さ5〜6mmの太い動脈管が見えた.心臓に指を当てた.全体に持続的な振戦があり,肺動脈に近づくと著しく増強した.聴診器では,ほとんどつんぼになりそうな持続的でほえ声に似た音が聴取できた.ちょうど密室に大量の蒸気が流れ込むような感じだった.No.8の糸を動脈管に回し,3分間締めて様子を見た.血圧は110/35から125/90まで上昇したが,循環障害は起きなかったので,完全に結紮することを決意した.動脈管は切り離すには短かすぎたので,結紮だけにとどめた.完全に締め付けると,振戦は消えた.肺を膨らまして胸を閉じた.”

膜の解剖からみた消化器一般外科手術・6

結腸癌根治術・リンパ節郭清の考え方(2)

著者: 金谷誠一郎

ページ範囲:P.237 - P.247

はじめに
 消化器癌の根治術において,リンパ節郭清は原発病変の摘除・再建と同様にきわめて重要とされている.
 前回解説したように,結腸はその構造が比較的単純な臓器である.したがって,結腸癌に対するリンパ節郭清は,消化器癌の手術のなかでは比較的わかりやすく,その手術手技も基本的であるということができる.

抗生物質によるエンドトキシン血症・2

in vitro,in vivo,臨床報告

著者: 谷徹 ,   遠藤善裕 ,   藤野光廣

ページ範囲:P.249 - P.255

はじめに
 今世紀前半,抗生剤使用によりエンドトキシンが放出され,生体に有害な影響を与える問題点がすでに指摘された1).にもかかわらず,その評価は27年を経た1978年に再評価され2),さらに5年以上の経過があって再再度注目され評価,検討が盛んになった.その背景には,Shenep3)が述べているように,それまでの抗生剤の効果は十分満足のいくものであり,副作用に対してまで注目される環境になかったと思われる.
 1980年代に入り,Zieglerら4)によりグラム陰性菌敗血症治療として,E.coliに対する抗血清治療の有効性が報告された.つまり,抗生物質やsupportive care単独で助からない病態が,エンドトキシンの抗血清で助かるという事実が証明されたと考えられる.

手術手技

膵管拡張型慢性膵炎に対する新しい治療—経皮経胃経膵管ドレナ—ジ術

著者: 田中一郎 ,   山内栄五郎 ,   小森山広幸 ,   生沢啓芳 ,   金杉和男 ,   萩原優

ページ範囲:P.257 - P.260

はじめに
 近年におけるinterventional radiologyの進歩はめざましいものがある.その中でも最新の手法である経皮経胃的ドレナージ術を膵仮性嚢胞4例,術後膵液瘻1例に対し施行しその有用性を確認した.この成績から膵管拡張型慢性膵炎に対し新しい治療手段として経皮経胃経膵管ドレナージ術を施行したところ,有用であったので手技を中心に報告する.

臨床報告・1

副腎原発後腹膜神経節神経腫の1例

著者: 岸仲正則 ,   西浦三郎 ,   大塚隆生 ,   吉富聰— ,   木村誉司

ページ範囲:P.261 - P.263

はじめに
 神経節神経腫は後縦隔や後腹膜の交感神経節に好発し,小児の神経芽腫の類縁疾患である1,2).成人での発生は少ないとされていたが1),最近成人での発症例が散見される3〜8)
 今回副腎原発と考えられる後腹膜腫瘍より術後病理学的に神経節神経腫と診断された1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

横行結腸癌肝転移切除後に腹膜,リンパ節転移再発を再切除して長期生存中の1例

著者: 望月能成 ,   安井健三 ,   小寺泰弘 ,   平井孝 ,   加藤知行

ページ範囲:P.265 - P.268

はじめに
 大腸癌の腹膜再発は多発することが多いため,切除の適応となることは少ない.そのため予後は不良である.今回,筆者らは横行結腸癌肝転移切除後に2度の腹膜再発を切除して長期生存中の1例を経験した.本症例においては腹膜再発巣から下腹壁動脈周囲リンパ節と小腸問膜リンパ節に転移を認めたが,ともに切除可能であった.下腹壁動脈周囲リンパ節への転移についてはこれまで検索した文献上では報告はなく非常に稀であると思われた.

注腸X線にて遡及的検討が可能であった表面陥凹型腫瘍(Ⅱc+Ⅱa型)起源の大腸進行癌の1例

著者: 竹政伊知朗 ,   吉川宣輝 ,   柳生俊夫 ,   三嶋秀行 ,   西庄勇 ,   竹田雅司

ページ範囲:P.269 - P.272

はじめに
 大腸癌の自然史において,これまで無茎性隆起病変が進行癌への主経路であると考えられているが,表面陥凹型腫瘍は,隆起型腫瘍とは異なった発育進展様式をとり,大腸癌への重要な経路と考えられるようになった1).今回筆者らは,注腸X線による遡及的検討により表面陥凹型腫瘍(ⅡC+Ⅱa)から2型進行癌へと推移したと考えられる1例を経験したので報告する.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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