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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科53巻12号

1998年11月発行

雑誌目次

特集 肝癌治療のupdate

—巻頭言—肝細胞癌の治療戦略

著者: 門田守人

ページ範囲:P.1391 - P.1394

はじめに
 わが国で初めて肝癌の集計が行われたのは1969年のことである.その集計によると,その時までの胆管細胞癌や肝芽腫などを含む肝癌手術総数は452例,肝切除例数は125例(切除率28%)であり,その切除成績は直接死亡率23.2%,3年生存率13.6%,5年生存率8.0%となっている1).一方,最新の報告を見ると,調査対象期間2年間(1994〜1995)の肝細胞癌新規症例数は15,804例,うち手術施行例4,525例,その94.7%の症例に切除術が行われ,手術死は53例(1.2%)と報告されている2).さらに,1978年から1995年までの全切除症例の3年および5年生存率が集計され,それぞれ62.6%,45.3%となっている.これらの数値を単純に比較しただけでも,この間の肝細胞癌の診断・治療の進歩には目覚ましいものがあることがわかる.しかし,残念ながら,本疾患による死亡率は未だに年々増加する一方で,わが国においては重要な癌の一つであり,新しい治療戦略が期待されているところである.本稿では,肝細胞癌の治療において外科が果たしてきた役割を振り返り,今後の展望について述べてみたい.

Ⅰ.非手術的治療法の適応と限界

1.肝細胞癌に対するマイクロ波凝固壊死療法の適応と限界

著者: 奥田康司 ,   木下壽文 ,   斉藤如由

ページ範囲:P.1395 - P.1399

 肝細胞癌に対するマイクロウェーブ凝固壊死療法(MCN)298例の治療経験を報告する.298例中92例が再発症例で,13例が臨床病期Ⅲの肝機能不良例,168例が多発例であった.腫瘍病期別の累積生存率には差は認められず,肝機能不良例,多発例に対する治療として有用であった.単発例で肝切除とMCNの予後の比較をしたところ,多変量解析にて腫瘍径が41mm以上の例では,MCNは有意に予後が不良であったが,腫瘍径40mm以下の例では肝切除とMCNで予後の差は認められなかった.

2.経皮的エタノール注入療法(PEI)

著者: 江原正明 ,   福田浩之 ,   吉川正治 ,   杉浦信之 ,   税所宏光

ページ範囲:P.1401 - P.1405

 過去15年間に小肝細胞癌245症例に経皮的エタノール注入療法(PEI)を施行した結果,PEIには以下の特徴がみられた.①侵襲が小さいため,重篤な肝不全例を除く大多数の肝細胞癌例に対し適応になる.②腫瘍径3cm以下の肝細胞癌に対し確実な腫瘍壊死効果を示し,治療後の局所再発は3年で4.7%と低率であった.③治療後の5年生存率は全例で54.2%であり,生存率に影響する因子として肝障害度が最大であった.主腫瘍の大きさ(2cm以下vs2.1〜3.0cm),組織分化度(高分化vs中・低分化)別では生存率に有意差がなかった.④治療後の肝内非治療部の再発率は初回治療時の腫瘍が単発で2cm以下では低かった.

3.動注・化学塞栓療法

著者: 末吉智 ,   打田日出夫 ,   阪口浩 ,   西村幸洋 ,   穴井洋 ,   中込将弘 ,   山本清誠 ,   山本孝信 ,   三浦幸子 ,   山根登茂彦 ,   吉岡哲也 ,   大石元

ページ範囲:P.1407 - P.1414

 画像診断の進歩により,区域や亜区域に限局した肝細胞癌の検出能が向上している中で,担癌領域のみを抗癌剤混入Lipiodol(Lp)とgelatine sponge(GS)によりTAEを行うSegmental Lp-TAEは,手術例における病理組織学的検討と累積生存率から有効性が実証され,肝細胞癌の主役的治療法の一つとなっている.TAEの種類と選択基準,Lp-TAE,Segmental Lp-TAEの適応・方法と治療成績,リザーバーを中心とした肝動注化学療法,局注療法をはじめとする各種IVRとSegmental Lp-TAEの併用療法のポイントについて概説した.

Ⅱ.標準的手術療法の現況

1.肝予備力評価と肝切除術式の選択

著者: 宮原成樹 ,   山際健太郎 ,   川原田嘉文

ページ範囲:P.1415 - P.1421

 肝癌の外科的治療では,癌の進行度とともに肝予備力を的確に評価し,術後肝不全などの合併症をきたすことなく,かつ治癒切除を目的とした適切な術式を選択することが重要である.われわれは,肝切除範囲の決定にはICG R15を中心として,アシアロシンチ,さらに肝類洞壁細胞機能を重視し,ICG R15が20%未満,LHL15が0.9以上,HA値が100ng/ml未満であれば肝葉切除は安全に行えると考えている.しかし肝機能低下例では,このような広範肝切除には限界があり,肝切除の拡大をめざすために術前にPTPEを行うことも一つの方法である.また,開胸開腹下に肝脱転操作を行わず病巣に到達し,microwave coagulatorを用いての低侵襲肝部分切除は,術中出血量も少なく,安全,確実に癌の切除が可能であり周術期のQOLを良好としている.

2.肝部分切除・亜区域切除の適応と実際

著者: 今村宏 ,   島田良 ,   宮川眞一 ,   川崎誠治

ページ範囲:P.1423 - P.1428

 多くの症例に肝予備能の低下を伴う肝細胞癌に対して,系統的亜区域切除は合理的な解剖学的切除であり,その有効性は短期・長期双方の成績から支持される.過去の報告,およびわれわれの施設の症例での検討からは,区域切除以上の拡大切除による長期予後の改善は認められておらず,腫瘍が亜区域にとどまるような症例ではおそらく亜区域切除が標準術式であり,たとえ肝機能が良好であっても区域切除などの広範囲切除は第一選択の術式とはならないと考えられた.一方基準以下の肝機能不良例では部分切除の適応となるが,正しい切離方向を頻回に超音波で確認しながら肝離断を行い,腫瘍が切離面に露出しないよう手術を行うことが重要である.

3.肝区域切除・広範囲切除の適応と実際

著者: 嶌原康行 ,   佐藤誠二 ,   飯室勇二 ,   山本成尚 ,   山本雄造 ,   猪飼伊和夫 ,   森本泰介 ,   山岡義生

ページ範囲:P.1429 - P.1434

 肝細胞癌の外科治療の適応は,病変が確実に切除され,かつ残肝機能が十分保たれることであり,それが可能な術式を選択しなければならない.腫瘍因子からみた区域切除の適応は,H1以下,脈管侵襲はあっても二次分枝以下,肝内転移はIM1以下が一般的であるが,実際の症例では,定型的区域切除に加えて,他区域部分の追加切除,腫瘍栓摘出,血行再建,さらにアルコール注入やMCTの追加などを余儀なくされる場合が多い.葉切除以上の広範囲切除では,H2以上,IM2以上,脈管侵襲も一次分枝以上に及ぶ高度進行癌が適応となってくるが,定型手術の枠を超える症例がさらに多くなる.これらに対する積極的な外科治療の試みが全体としての治療向上に役立つと思われる.

4.肝切除前門脈塞栓療法の適応と意義

著者: 田中宏 ,   木下博明 ,   広橋一裕 ,   久保正二 ,   塚本忠司 ,   半羽宏之 ,   首藤太一 ,   檜垣一行

ページ範囲:P.1435 - P.1439

 肝癌114症例に施行した経皮経肝門脈枝塞栓術(PTPE)の経験をもとに,PTPEの適応と意義について考察した.門脈右枝にPTPEを行うと,2週間後の肝左葉体積は平均29%増加し予後得点は5点改善した.これらの変化は肝右葉体積比率が大きく肝炎のgradeが低いほど顕著であった.一方,PTPEにより右葉切除後の予後は改善し,経動脈的治療と併施した非肝切除症例でも比較的良好な成績が得られた.したがって,右葉切除が望ましいが肝機能上切除限界域にある肝癌症例に対して,腫瘍側因子や肝炎ウィルス動態などの総合的評価に基づいて施行されるPTPEは,治癒切除への適応拡大や安全性向上に寄与し,集学的療法としても有用であると考えられた.

Ⅲ.肝細胞癌外科治療の展開

1.腹腔鏡下肝切除術の現状と将来

著者: 若林剛 ,   大上正裕 ,   島津元秀 ,   上田政和 ,   北島政樹

ページ範囲:P.1441 - P.1445

 腹腔鏡下肝切除術は欧州を中心に1991年頃より施行され始め,本邦では現在数例の切除症例を経験している施設が20施設位あると推察される.腹腔鏡下肝切除術は技術的な難易度が高く,現時点では解剖学的切除は外側区域切除と左葉切除の報告が散見されるのみで,ほとんどは部分切除である.したがって,適応はきわめて限られるが,腹腔鏡下手術の技術的困難が克服できれば開腹手術に劣らない手術成績が期待できるはずである.しかし,本術式が広く普及するためには,手術手技上の工夫が必要であり,われわれは出血のコントロールを目的に肝門血行遮断と自動縫合器を用いて腹腔鏡下肝切除術を行っている.腹腔鏡下肝切除術は低侵襲かつ根治的に切除標本を得ることができ,将来的には外科的治療と内科的治療の中間に位置し,一定の普及を示すものと考える.

2.全肝血行遮断下肝切除術

著者: 小山研二 ,   佐藤勤 ,   安井應紀 ,   草野智之 ,   黒川敏昭 ,   加藤健

ページ範囲:P.1447 - P.1451

 全肝血行遮断下肝切除は,固有肝動脈,門脈,肝上部・下部下大静脈を遮断して,無出血下に肝切除を行うものである.肝門部での動脈・門脈一括遮断に比べ止血にはより有効で,肝静脈の下大静脈流入部近辺の大きな腫瘍や巨大腫瘍で切除の際に出血が多いため,速やかに腫瘍を摘除した後に肝切離面の止血操作をする方がよいものにきわめて有用で,特に,肝切除に慣れていない術者には全肝血行遮断のための血管剥離をしておくことが勧められる.大静脈および門脈バイパスを伴う低温肝灌流下全肝血行遮断は,現在では考えにくい手術をも可能にする潜在的能力をもつもので,この基本手技に習熟することは今後のこの領域の発展に有用と考える.

3.肝細胞癌切除後再発例の治療戦略

著者: 佐野圭二 ,   高山忠利 ,   幕内雅敏

ページ範囲:P.1453 - P.1456

 肝細胞癌は治癒切除後も高率に再発する.その理由は,肝細胞癌が門脈侵襲を伴い経門脈的散布により肝内転移を起こすためと,切除後残肝も発癌の準備段階にあり新たな発癌(多中心性発癌)を起こすためである.肝切除術後再発に対して,肝内転移再発か多中心性発癌再発かを診断し,より適切な治療法を選択することが重要である.肝動脈塞栓療法(TAE)は,切除・PEI適応外の全肝多発症例に残された唯一有効な治療法であり,施行可能回数も限られているので安易に施行しない.肝内再発の進展とその治療は,肝不全という最終的結末の直接的・間接的な原因となりうるので,再発治療においても癌細胞の可及的除去と肝機能保持のバランスを十分考えた治療戦略を立てるべきである.

4.多発進行肝細胞癌に対する肝切除術と経皮的肝灌流化学療法(PIHP)の2段階治療

著者: 具英成 ,   富永正寛 ,   岩崎武 ,   福本巧 ,   楠信也 ,   黒田嘉和

ページ範囲:P.1457 - P.1461

 多発進行肝細胞癌に対する新しい治療戦略として減量肝切除と経皮的肝灌流(PIHP:per-cutaneous isolated hepatic perfusion)の2段階治療を実施した.対象例13例は,主腫瘍の肝内分布により偏在型(6例)と多中心型(7例)に大別され,偏在型の6例では肝葉切除,多中心型の7例では部分切除を施行した.肝葉切除の2例は肝外転移の急速な進展によりPIHPの追加を断念したが,残り11例ではアドリアマイシン(60〜120mg/m2)によるPIHPを肝切除後1〜3回反復した.2段階治療が完遂できた11例中,肝腫瘍の完全消失は4例,部分消腿は4例で未判定の1例を除くと80%の症例で良好なlocal controlが得られた.以上より両葉多発例でもPIHPの併用により肝切除の適応拡大が可能と考えられた.

カラーグラフ 消化器の機能温存・再建手術・3

咽頭,喉頭,食道切除後の噴門食道管挙上による発声機能再建術—T・E・Gダブルシャント法

著者: 池内駿之

ページ範囲:P.1385 - P.1389

はじめに
 下咽頭,頸部食道に浸潤する癌により咽頭,喉頭,食道が摘除されることが多い.胃管などによる食道再建により食事摂取は可能となるが,音声は失うこととなる.胃管による自然発声は稀に可能となることがあるが,ほとんどの例で不可能である.気管と胃などとのダイレクトシャントは胃液の気道への誤嚥の問題,胃管血流の虚血が懸念され,無理があるように思われる.そこで,筆者は13年前より下部食道噴門接合部の生理学的逆流防止機構を用いた誤嚥のない,発声効率のよい音声再建法T・E・Gダブルシャント法を考按した.

臨床外科交見室

“Day Surgery”について—米国から一言

著者: 町淳二

ページ範囲:P.1462 - P.1463

 「臨床外科」第53巻6号の特集『ここまできたDay Sur-gery』を興味深く読みました.日本においてもday surgeryが積極的に導入されつつある一方で,全国アンケートの集計ではday surgeryは手術件数の10%にも満たないことを知りました(米国では40〜50%近い).米国での状況については,北浜昭夫先生が「米国におけるDay Sur-geryの現状」としてまとめられていますが,ここでは私自身のの経験からいくつかの点について述べたいと思います.
 Day surgeryは,日本語では“日帰り手術”と訳されているようですが,米国ではambulato-ry surgery,outpatient sur-gery,same-day surgery,one-day surgery,in-and-out sur-geryなど,様々な表現が使われています.日常会話ではday surgeryという呼び方が一番よく使われますが,論文などではambulatory surgery,out-patient surgeryという言葉が主に用いられています.また,ニュースなどでは多少皮肉を込めてdrive-through surgeryと呼んだりもしています.

病院めぐり

手稲渓仁会病院外科

著者: 樫村暢一

ページ範囲:P.1464 - P.1464

 手稲渓仁会病院は1987年12月札幌市手稲区に,高度医療をめざす急性期病院として開院しました.手稲区は札幌市の郊外,小樽市との境に位置し,石狩湾と手稲山に囲まれ,夏は海水浴に,冬はスキーにと自然環境に恵まれた地域です.開院当初は,稼動病床160床,勤務医20名ほどでしたが,1990年には500床が稼動し,現在では勤務医は100名を超え,職員も1,000名を超える規模となり,21診療科,524床,各種教育施設認定を有する総合病院へと発展しています.1997年には救急部が設立され,厚生省の臨床研修病院の指定も受け,地域の基幹病院から北海道の基幹病院になるべく努力しています.
 当院の外科は,松波 己副院長,樫村暢一部長,増田知重,道家 充,成田吉明主任医長,中村文隆医長の6名のスタッフと研修医4名の計10名となっており,いずれも北海道大学第2外科出身であります.1990年1月,日本外科学会認定医修練施設,次いで日本胸部外科学会認定医認定指定施設,日本呼吸器外科学会専門医制度関連施設,日本消化器外科学会専門医修練施設に認められ,当院の理念である「1.患者主体の医療に徹する」,「1.地域に開かれた病院を見指す」,「1.高度の医療も分かり易く提供する」,「1.学習の機会の積極的活用による前向きのチーム医療を実践する」を念頭に,幅広いバランスのとれた外科治療を目指してまいりました.

公立周桑病院外科

著者: 雁木淳一

ページ範囲:P.1465 - P.1465

 公立周桑病院は,眼前に瀬戸の多島美を誇る燧灘を望み,背後に西日本最高峰であり御山信仰の霊山として知られる石鎚山を抱く道前平野のほぼ中央に位置する東予市にあります.当院は,東予市とその周辺の丹原町,小松町を含めた周桑地域の医療を担っており,その対象人口は約6万人であります.
 当院は昭和13年に開業され,昭和36年に現在の公立周桑病院となり,以後地域の中核病院として発展をとげ,平成3年に総合病院となりました.平成7年8月31日には老朽化が進んだ旧外来棟の新築工事も完成し,現在診療科15科,一般病棟185床,精神病棟165床(老人性痴呆病棟50床を含む)の計350床の入院施設で,1日の外来患者数は約760人という規模となっております.

私の工夫—手術・処置・手順・47

open tension-freeヘルニア修復術における接着剤によるメッシュ固定

著者: 山本俊二 ,   中野正人 ,   坂野茂 ,   山本正之

ページ範囲:P.1467 - P.1468

 open tension-freeヘルニア修復術でメッシュを固定しないと,プラグの逸脱やパッチのずれが生じ,再発が起こる1).針糸を用いてメッシュを固定する場合は,針糸の間に生じるメッシュと周囲組織との間の間隙が問題になる.特に,プラグとヘルニア門との間やパッチ下縁と鼠径靱帯のshelving edgeとの間に間隙が生じ,この部位からヘルニアの再発が起こる危険がある.針糸の数を多くすれば間隙が小さくなるが,時間がかかる.われわれは,針糸の間隙を被うために生体組織接着剤であるBiobond®(吉富製薬,大阪)を塗布しているので,今回その経験について報告する.
 ヘルニア嚢の剥離を十分に高位(ヘルニア門の奥)まで行い,ヘルニア門を全周にわたり同定する.ヘルニア嚢は結紮・切離する.ヘルニア門(外鼠径ヘルニアでは内鼠径輪,内鼠径ヘルニアではHesselbach三角,大腿ヘルニアでは大腿輪,再発ヘルニアでは再発部)にプラグを挿入して,ヘルニア門の閉鎖を行う.ヘルニア門の周囲の組織に針糸を用いて,4針縫合・固定する.Biobond®をプラグの縁に塗布する(図1).約10秒で接着固定が完了する.次に,鼠径管後壁にパッチを当て,パッチの外側に作製したスリットの部分に精索を通す.パッチの内側下縁を恥骨結節前面に,下縁を鼠径靱帯のshelving edgeに,針糸を用いて各々2針ずつ縫合・固定する.

メディカルエッセー 『航跡』・27

チーフレジデント物語—ニッポンの常識はアメリカの非常識

著者: 木村健

ページ範囲:P.1470 - P.1471

 小児外科の外来は,オフィスと称するフィッシャー教授診外来と,単にクリニックと呼ぶレジデント診外来に分かれていた.教授診は,1人15分の予約時間を買うことのできる裕福な患者を自身のオフィスで教授が診るクリニックである.厚いカーペットを敷きつめたオフィスには両親用のクラシックな椅子と,幼い患者用の小さな椅子が用意されている.1860年にロンドンで誂えたというマホガニーのデスクに座った教授とむかい合って直に訴えをきいてもらうというセットアップである.横のドアを開けると別室に診察台がある.教授は診察を終えると直ちに秘書に口述記録を速記で書きとらせ,クリニックが終わるまでにはタイプに打ち上った診療記録(カルテの記事)がデスクの上でサインを待っているという仕組みであった.教授は毎火曜日の午後,2時間余りの外来で10人しか診ない.新患の10中9人までが手術患者で,翌週の手術予定に組み込まれる.海外や他州からの患者は市内のホテルに滞在して翌週の手術日までを過ごすのであった.
 一方,レジデント外来は教授のオフィスと同じ建物の1階にあって,各科が時間帯を決めて共同で使っていた.床はリノリウム,患者さまもレジデントも質素な椅子に腰掛けての診察は,教授オフィスでの診察と大変な違いである.週2回レジデント診にあてられた火,木の午後,手術の合間に10人程の患者を診るのが外来であった.

外科医に必要な耳鼻咽喉科common diseaseの知識・6

副鼻腔嚢胞性疾患

著者: 藤谷哲

ページ範囲:P.1472 - P.1473

疾患の概念
 副鼻腔嚢胞は副鼻腔の腔内に分泌物が貯留し拡大した病態を指し,嚢胞壁内腔は副鼻腔自体の粘膜によるものをいう.副鼻腔嚢胞は手術との関連,内容液の性状,解剖学的区分,歯との関連により分類される(表).
 手術との関連では非手術性と術後性(経手術性)とに分類できる.非手術性嚢胞は外傷や鼻腔・副鼻腔の形態異常により各副鼻腔の鼻腔への開口部閉塞や狭窄が起こり,発症すると考えられ,前頭洞や篩骨蜂巣に多く認められる.術後性(経手術性)嚢胞は,手術時の遺残粘膜の腺組織からの分泌物により成立するとする粘膜遺残説,鼻粘膜侵入説,対孔の閉鎖によるとする説など諸説あるが,一般的には粘膜遺残説が信じられている.手術後の嚢胞は初回手術から10〜20年後に至って発症することが多く,大多数は上顎洞に認められる.

外科医に必要な産婦人科common diseaseの知識・6

子宮外妊娠

著者: 鬼怒川知香

ページ範囲:P.1474 - P.1476

概念
 子宮外妊娠とは正常の着床部位である子宮腔以外の場所に受精卵が着床した妊娠の総称である.しばしば急性腹症を呈し,迅速な鑑別診断を行い,早急に外科的治療を含めた的確な治療を行うことが要求される.子宮外妊娠の頻度は全妊娠の0.3〜0.7%程度である.しかし近年,クラミジア感染症による子宮付属器炎の増加や,体外受精などの生殖補助医療の普及により,子宮外妊娠は増加傾向にある.クラミジア感染症による子宮付属器炎は卵管閉塞などをきたし,不妊症の原因の1つとなり,生殖補助医療を必要とするようになることもある.また感染によって卵管上皮に炎症をきたし,絨毛運動による受精卵の子宮腔内までの輸送を障害し,受精卵はそのまま卵管に着床,卵管妊娠の原因ともなる.子宮外妊娠の着床部位は卵管,卵巣,腹腔,頸管など多岐にわたる.そのうち卵管妊娠が全体の95〜98%を占め,卵管妊娠の部位別頻度では膨大部妊娠が最も多く,次いで峡部,間質部の順となる1).最近は微量尿中hCGキットや経腟超音波診断装置の普及により,子宮外妊娠の早期診断が可能となり,急性腹症を呈して初めて子宮外妊娠を疑うということは以前に比べて少なくなった.しかしそれでも子宮外妊娠と正常妊娠の極初期,あるいは流産や絨毛性疾患との鑑別が困難な症例も多い.
 本稿では,子宮外妊娠のなかでも下腹部痛を主訴に来院し,緊急処置を必要とすることの多い卵管妊娠について述べる.

癌の化学療法レビュー・7

乳癌の薬物療法

著者: 市川度 ,   清水千佳子 ,   長内孝之 ,   仁瓶善郎 ,   杉原健一

ページ範囲:P.1477 - P.1485

はじめに
 乳癌は固形癌の中では化学療法が奏効しやすい腫瘍に分類され,化学療法が乳癌治療に果たす役割は非常に大きい.また,固形癌の化学療法の歴史は,乳癌を中心に発展してきたといっても過言ではない.
 乳癌の薬物療法に特徴的なことは,内分泌療法も有効なことがあげられよう.乳癌の増殖因子であるestrogen(女性ホルモンの総称,estradiolが最も強力)は,癌細胞の核に存在するestrogen receptor(ER)に結合する1).この結果,DNAのhormone responsive elementが刺激され,auto-crineやparacrineに各種の蛋白や成長因子が産生され,癌細胞は増殖する.このため,内分泌療法によりestrogen作用を阻止することは抗腫瘍効果につながる1)

臨床研究

消化器外科領域における自己血貯血症例の検討

著者: 小林利彦 ,   吉田雅行 ,   川辺昭浩 ,   和田英俊 ,   礒垣淳 ,   数井暉久

ページ範囲:P.1487 - P.1491

はじめに
 近年,消化器外科領域でも自己血輸血が行われているが1,2),慢性貧血患者が多いことや悪性腫瘍を取り扱うこともあり,整形外科や心臓血管外科領域3,4)ほど普及していない.当科では1995年1月より,消化器外科領域において予想出血600g以上の手術や,特殊な血液型症例を対象として自己血貯血(輸血)を行ってきた2).その実際は表1に示すが,基本的には予定貯血量を術式別に設定しておき,患者の状態や病変の進行程度に応じて適宜貯血量を決定する方式をとってきた2).今回,当科における自己血貯血症例を検討することで,消化器外科領域において同種血輸血の回避がどの程度可能かを考えてみた.

手術手技

食道アカラシアに対する腹腔鏡下手術(Heller-Dor手術)

著者: 川辺昭浩 ,   木村泰三 ,   小林利彦 ,   竹内豊 ,   伴覚 ,   数井暉久

ページ範囲:P.1493 - P.1497

はじめに
 1990年に腹腔鏡下胆嚢摘出術が本邦に導入されて以来,手術手技および器具は飛躍的に向上し,それに伴い様々な疾患に対して腹腔鏡下手術が応用されるようになった.特に,これまで内科的治療が中心であった,逆流性食道炎やアカラシアなどに対する腹腔鏡下手術についても近年注目を集めている1〜3)
 われわれは,内科的拡張術(ブジーやバルーンによる拡張術)が無効であった食道アカラシア2症例に対して,腹腔鏡下Heller-Dor手術を施行し良好な治療成績が得られた.今回は,われわれの行っている手術手技を中心に,若干の文献的考察を加えて報告する.

臨床報告・1

切除可能であった早期胃癌術後肝転移の2例

著者: 田村昌也 ,   山田哲司 ,   藤岡重一 ,   中川正昭 ,   車谷宏 ,   山崎四郎

ページ範囲:P.1499 - P.1503

はじめに
 早期胃癌の肝転移症例は1%前後1)と報告されている.胃癌肝転移は大腸癌肝転移に比べ外科的治療の対象となることは少ない.今回われわれは,早期胃癌手術後に肝転移をきたし,外科的に切除が可能であった2例を経験したので,本邦における過去の報告例も交え報告する.

術前診断が可能であり,腹腔鏡下に切除されたメッケル憩室の1幼児例

著者: 大津一弘 ,   古田靖彦 ,   檜田泰 ,   原三千丸 ,   久保典生

ページ範囲:P.1505 - P.1508

はじめに
 腹腔鏡下胆嚢摘出術が保険適用となって以来,腹腔鏡手術は爆発的に広まり,小児外科領域でも応用されてきている1).われわれは再発性腸重積症で発症した男児に術前診断を得た後,腹腔鏡下に切除し得たメッケル憩室の1例を経験したので報告する.

リンパ節転移陽性で6mm径十二指腸カルチノイドの術後長期生存の1例

著者: 小西一朗 ,   二上文夫 ,   上田順彦 ,   広野禎介 ,   斉藤勝彦

ページ範囲:P.1509 - P.1512

はじめに
 消化管のカルチノイドは,ほぼ全例が悪性であるといわれている1).本邦カルチノイド2,504例の集計2)をみると,十二指腸カルチノイドにおけるリンパ節転移は254例中45例,35%にみられたと報告されているが,腫瘍径別の分類はなされていない.一方,真次らの報告3)によれば,腫瘍径10mm未満の十二指腸カルチノイド47例でリンパ節転移をみた症例はない.今回われわれは,腫瘍径6mmでNo.13a,17a,17bリンパ節に転移を認め,膵頭十二指腸切除術(以下,PD)施行後6年4か月を経て健在な十二指腸カルチノイドの1例を経験したので報告する.

臨床報告・2

保存的治療をしえたポリペクトミー後の直腸穿孔の1例

著者: 館花明彦 ,   福田直人 ,   東原裕治 ,   飯泉誠司 ,   浦川陽一 ,   山川達郎

ページ範囲:P.1513 - P.1515

はじめに
 大腸穿孔は汎発性腹膜炎に移行することが多く,予後不良の転機を辿ることが多い病態であるが1,2),今回われわれは,内視鏡的大腸ポリープ切除時の穿孔を保存的に治療しえた1例を経験した.

臨床報告・3

経皮的気管切開術29例の経験

著者: 青柳光生 ,   鴨宣之

ページ範囲:P.1517 - P.1521

はじめに
 1909年,Chevalier Jacksonにより気管切開術はその手術適応や手技が確立された.1990年,オーストラリアのGriggsら1)はSeldinger法およびガイドワイヤー・ダイレーティング鉗子(鉗子の先端部にガイドワイヤーを通す穴があいている)を用いた経皮的気管切開術を考案した.単純でありベッドサイドで簡単に行うことができ,重症患者を手術室まで移動させる必要がないという利点がある.
 今回われわれは,Griggsらにより開発されたPortex Percutaneous Tracheostomy Kit®を試用した.本術式は安全,迅速,容易に気管切開が可能と思われたので,われわれの行っている手技,症例を呈示し,標準的気管切開術(以下,ST)と経皮的気管切開術(以下,PCT)との比較を文献的に検討したので報告する.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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