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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科61巻10号

2006年10月発行

雑誌目次

特集 今どうしてNSTなのか?

各診療科における栄養療法の必要性―全国アンケート調査結果から

著者: 井上善文

ページ範囲:P.1309 - P.1314

 要旨:各診療科における栄養療法の現状について,日本静脈経腸栄養学会の栄養療法サーベイ委員会のアンケート調査結果より推察した.その結果,経腸栄養法の実施率が上昇しつつある,PEGが普及しつつある,という傾向が明らかとなったが,経腸栄養法の適応であるのに静脈栄養法が選択されている,PEGの適応であるのに経鼻胃管が選択されている,静脈栄養法の選択率が高い領域もある,という問題点もみられた.すべての医師が栄養療法のエキスパートになる必要はない.適正な栄養管理を実施するためにNST(nutrition support team)を利用すればよい.NSTは各診療科の領域を侵すものではなく,適正な栄養管理を実施するためのパートナーとしての役割を果たすべきであり,今NSTが必要とされる理由の1つがここにある.

NST稼動施設認定と質の保証

著者: 東口髙志 ,   大柳治正

ページ範囲:P.1315 - P.1321

 要旨:2001年,日本静脈経腸栄養学会は学会主導のもと,全科型Nutrition Support Team(NST:栄養サポートチーム)導入の有用性を啓発し,その設立,運営を支援するNSTプロジェクトを立ち上げ,活動を開始した.その結果,2005年末までにNST稼動施設は684にまで増加し,今もなお236の施設でNST稼動の準備が着々と進められている.2006年4月の診療報酬改正に際して,「栄養管理実施加算」が入院料加算として認められ,この加算取得のためには実質的なNSTの設立,活動が必要とされるようになり,加えて活動の質の保証が重視されることになった.今後も多くの施設でNSTの稼動が開始されるものと思われるが,その質の保証や向上を念頭においた運営や活動が問われる時代に突入したものと考えられる.

NSTスタッフとしての医師の役割と展望

著者: 大村健二

ページ範囲:P.1325 - P.1328

 要旨:NST(nutrition support team)医師の役割は,まずNST活動の開始を指示しNST活動の責任の所在を明確化することである.さらに,栄養アセスメント結果を把握し,必要に応じて栄養管理計画素案を修正することもきわめて重要な役割である.このことはNST活動の質の確保とNSTスタッフの教育に直結する.また,稀ではあるがNSTスタッフと他の医師との間に摩擦が生じることがある.NSTスタッフを守る盾の存在になることも大切である.そのような立場であるため,NST医師には高度な代謝・栄養学の知識が要求される.臨床栄養学の教科書を一読するとともに,生化学を少しずつ勉強することを勧める.NST医師には,NSTスタッフのいっそう頼れるリーダーになっていただくことを切望する.

NSTスタッフとしての看護師の役割と展望

著者: 矢吹浩子

ページ範囲:P.1329 - P.1334

 要旨:看護師は患者に最も近い立場でケアを行っていることから,SGA情報の取得や栄養療法の直接的実施において専門性を発揮できる.しかし,わが国ではまだ栄養管理を専門に行う看護師は存在せず,実際には看護師が栄養管理のほとんどの領域に関与するジェネラリスト的業務を行っている.さらにNST(Nutrition Support Team)活動は多くの病院がPPM(Potluck Party Method)方式で行っており,NSTスタッフはそれぞれの業務と兼務して活動を行うことになる.そこで,NST看護師の役割は,病棟看護師への教育やNST各職種間の連携をはじめとする栄養管理におけるコーディネーターとしての活動が重要になる.

NSTスタッフとしての栄養士の役割と展望

著者: 徳永圭子

ページ範囲:P.1335 - P.1339

 要旨:栄養士は,経口摂取においてはスペシャリストとして患者の摂取状況までも把握してほかの職種にはない食品や料理の知識を適正に発揮できる.そして,NST(nutrition support team)のなかでは実務や調整役をこなし,患者に適切な栄養について,それが経口,経腸,静脈のいずれの投与ルートであっても,ほかの職種とともに意見を述べる立場にある.そのためには,栄養士が判断を間違えないように検証し基準をつくることが重要であり,さらには患者をよくするという情熱をもち続けなければならない.また,NSTの活動の一端として,院内だけでなく地域に向けて勉強会を催し,全体の意識の向上を目指すことも必要である.

NST専門薬剤師の役割と展望―薬剤がもたらす栄養管理上の諸問題

著者: 林勝次

ページ範囲:P.1341 - P.1348

 要旨:投与薬剤が栄養管理上で問題になるケースは少なくない.消化器症状はもとより薬剤の味覚障害,嚥下障害への関与が明らかにされており,食事や栄養素との相互作用も多数報告されているし,実際のNST(nutrition support team)回診でも経験している.また,近年の代謝・栄養管理学の発展と製剤技術の進歩はめざましく,多くの新しい経腸栄養剤や高カロリー輸液剤が発売され,それらに対しては適正な使用が求められている.NST専門薬剤師は,薬剤がもたらす栄養管理上の問題について医師,看護師,栄養士,臨床検査技師らに適切な情報提供と解決策の呈示を行うことや,医薬品の適正使用を推進し,医療の質,ひいては患者のQOLの向上をはかっていく役割を担っていると考える.

NSTスタッフとしてのNST専門臨床検査技師の役割と展望

著者: 北西朱美

ページ範囲:P.1349 - P.1354

 要旨:臨床検査技師は,患者ごとに検査値から分かる栄養状態や全身状態などの情報を提供することにより,チーム医療と密接にかかわることが可能となってきた.これからの臨床検査技師に求められるのは,検査室から出て専門職種としてチーム医療に参画することである.従来の分析中心から解析中心の業務へと移行できる転機の1つにNST(nutrition support team)活動がある.他職種の集まるNST活動を通して,チーム医療における検査の専門性を生かしながら治療に参加していくことを学んでいかなければならない.

NSTとクリニカルパスの現状と展望

著者: 山中英治

ページ範囲:P.1355 - P.1361

 要旨:クリニカルパスは科学的根拠に基づいた良質の医療を提供するツールである.近年のパスの普及は医療を標準化させ,平均在院日数を短縮させた.パスを導入し活用する過程でチーム医療も推進された.一方で,栄養不良患者に対して適切な栄養管理を行わなければ,パス通りに順調に経過しないことも多い.パスで病院全体の医療の質を向上させるとともに,NST(nutrition support team:栄養サポートチーム)活動により個々の患者に適した栄養管理を行うことで,合併症も減少して患者のQOLが改善される.

カラーグラフ 診療に役立つ肉眼像と組織像の理解―マクロからミクロ像を読む・10

膵:良性疾患

著者: 平野聡 ,   近藤哲

ページ範囲:P.1294 - P.1302

はじめに

 近年の光学診療機器の発達に伴い,管腔臓器疾患に対する肉眼診断能の向上は著しいものがある.一方,実質臓器である膵臓においては,病変の切除前にその肉眼像を捉えることは膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary-mucinous neoplasm:IPMN)など一部の主膵管病変を除いて困難である.すなわち,膵疾患においては,ほかの実質臓器疾患と同様にUS,CT,MRIなどの間接的な情報から病変の形態や組織の良・悪性を診断しなくてはならない.最近では高度の空間・時間分解能を有するmultidetector CT(MD-CT)による多断面情報や,超音波内視鏡(以下,EUS)・管腔内超音波検査(以下,IDUS)などの病変に極近接して得られる詳細な画像情報を総合することにより,各種の病変の立体構築やおおまかな組織学的構成要素までを把握することができるようになった.病変の典型的な組織学的所見の理解は,その画像情報を読み解くうえできわめて重要であり,正確な診断に至るための必須事項であると考えられる.

 本稿では,adenoma-carcinoma sequenceが認められているIPMNや,悪性化のpotentialを有することが知られている粘液囊胞性腫瘍(mucinous cystic neoplasm:MCN),さらに悪性例の頻度が比較的高い膵内分泌腫瘍を除外したうえで,良性疾患としてまとめた.

病院めぐり

男鹿みなと市民病院外科

著者: 下間信彦

ページ範囲:P.1362 - P.1362

 男鹿市は秋田県の中央にあり,日本海に向かって少し飛び出た東西約24kmの半島で,なまはげや観光で有名な地です.当院は平成10年夏に現在の海岸通りに移転・新築し,同時に男鹿市立総合病院から名称変更したもので,その前身は昭和19年開設の日本医療団船川病院だそうです.180床を有し,公立病院として地域の医療の中核を担っています.

 外科スタッフは院長の私を含めて3名ですが,いずれも秋田大学出身の経験年数10年以上の40歳代で,少ないながらも充実した外科医療を行っています.私が赴任した10年前には内視鏡下手術も行われていなかったため,これを導入し,乳腺甲状腺の外科も前面に出して充実させることを目標に仕事をして参りました.10年近く経って感じたことは,周囲の患者構成の変化,すなわち超高齢化(何でも「超」をつけてしまうのは今時の若いもんみたい)です.自然に目標は変化し,現在の当外科のモットーは「高齢者に,合併症が少ない安全な医療を提供すること」です.2005年は全身麻酔80例と少し症例数が減少したものの,90歳以上は7例と増加しました.全員が元気に退院し,現在も健康であることに満足しています.85歳以上の手術対象患者には症例ごとに状態を評価し,最適の外科治療を提供できるように研鑽を積みたいと考えています.

ブレストピアなんば病院

著者: 難波清

ページ範囲:P.1363 - P.1363

 1991年,宮崎市内に19床の有床診療所ブレストピアなんば外科を開設しました(現在36床).ここでは乳癌の啓発,検診,再発の診断・治療,そして終末期まで実践することを明確にし,恩師の坂元吾偉先生,秋山太先生を顧問として病理診断を核にした専門医療を開始しました.すべての患者さんから得られる貴重なデータをコツコツと蓄積,整理し,活用し,進歩というかたちで返すことの実現のため,毎日が臨床研究という姿勢で全スタッフが取り組んできました.業務を効率よくこなし,患者さんの安心満足度を上げるという相矛盾するテーマも,様々なシステムを構築し,人を育成することで達成してきました.また,全スタッフがデータ集積に参加するチーム医療や,安全確実な経過観察を可能にする予約管理システムなどの体制も構築し実践しています.内分泌療法の副作用管理を目指した婦人科クリニックも開設しました.開院後10~15年間は主に診断分野で,15年目前後からは治療分野も含めて学会や論文発表などの学術活動を通して積極的に成果を公表してきました.以下に,いくつかの実例を挙げます.

 (1)『超』早期乳癌診断システム:正しい病理診断に裏打ちされた視触診,MMG,超音波検査を組み合わせた検診・診断データからMMGと超音波検査の組合せ検診の有用性を証明し,移動検診車(マンモバスTM)4台で全国的な検診を実施中です.

外科の常識・非常識―人に聞けない素朴な疑問・34

開腹に正中切開は必要か

著者: 松股孝

ページ範囲:P.1364 - P.1365

 【知ったかぶりの横切開】

 その昔,アメリカ帰りの先輩が「女性はビキニがはけるようにしてやらなければダメ」と教えてくれた.大先輩のいる出張先の病院で,12歳の女の子の急性虫垂炎症例にbikini incisionといわれるファンネンスティール切開を行って苦労した.アッペが遠すぎた.知ったかぶりをする外科医は恐ろしい.その後,アッペの切開で苦労したことはないが,麻酔で苦労した.腰椎麻酔で何人苦しめたことか.患者の苦しみが術者に伝わり,焦燥感に襲われる.腰椎麻酔はよくない.

 いま,年間手術症例が1,000例に満たない地域中核病院に2名の麻酔科常勤医がいる.アッペの麻酔は必ず全身麻酔である.カタラーリスなどを切ることはまずないので,外科医も発想を変える必要がある.盲腸周囲膿瘍まで起こしていても経過観察すれば1週間程度で治癒するので,症状の安定している患者にあえて開腹する必要はないが,炎症の強い虫垂炎は大腸癌よりも手術が難しいのだから,「アッペは腰椎麻酔」という発想は変えたほうがよい.

外科学温故知新・14

ガイドライン

著者: 國枝克行

ページ範囲:P.1367 - P.1372

1 はじめに

 ガイドラインは「指標・指針・指導目標など」と訳され,組織・団体における個人または全体の行動(政府における政策など)に関して,守るのが好ましいとされる規範や目指すべき目標などを明文化し,その行動に具体的な方向性を与えたり,ときには何らかの「縛り」を与えるものと定義されている.筆者がはじめて「ガイドライン」という言葉を耳にしたのは,防衛における日米協力のためのガイドラインのように記憶している.1978年の第17回日米安全保障協議委員会(SCC)で了承された「日米防衛協力のための指針」(「指針」)は,その後の日米安全保障体制の信頼性を大きく増進させる基盤となった.1997年に改訂されたが,「日米防衛指針」を指して,固有名詞として「ガイドライン」と言われることもあるという.

 さて,生命科学(医療を含む)の領域でも,遺伝性治療や生殖細胞技術などの急速な進歩に伴い,医療倫理に関するガイドラインの制定が急務となってきた.さらに,患者中心の医療や開かれた医療が叫ばれ,インフォームド・コンセントが重要視されるなか,各領域における診療ガイドラインの作成は世界的潮流となり現在に至っている.

 本稿では,生命科学技術に関するガイドラインの歴史および診療ガイドライン作成の動向,現状,関連する諸問題について概説する.

元外科医,スーダン奮闘記・6

マラリア?

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.1373 - P.1375

中古医療機器

 スーダン東部・ガダーレフ州の保健大臣から電話があり,わがロシナンテスが日本から持ってきた中古医療機器の引渡し式を行うから,保健省まで来てくれとのことであった.早速,車を飛ばしてガダーレフに向かった.中古医療機器は九州大学の関連病院で集めたもので,超音波診断装置,電気メス,内視鏡,滅菌器など40フィートコンテナ満載分である.日本における輸出規制などの難題はあったが,それをクリアして,計画から1年余りでスーダンに届けることができた.

 事前に保健省と打ち合わせておけばよかったのであるが,まるっきり保健省のペースで引渡し式をしたのが,どうも気に入らなかった.なにせ,まるで小さな子供が大人からおもちゃをもらって,早く中身を見てみたく喜んで包装紙をグチャグチャにして開いたそのままの状態であった.スピーチの場面もない.ガダーレフ州の副知事と保健大臣,それにマスコミが来ていたのみであった.少し華々しくして,日本大使でも招待すればよかったかなとも思ったが,後の祭りである.しかし,引渡し式のいかんにかかわらず,日本で捨てられる運命にあった,まだ使用できる医療器材が別天地で使用されるというのは,実に有意義なことであると考える.これら医療機器はガダーレフ州の中央病院,腎センター,救急センターの3つの医療施設に設置されることになった.その施設にあったもともとの医療器械は,今度来た日本のものよりさらに古く,これらが地方の医療機関に送られることになった.

 それぞれの医療器材には,ロシナンテス本部で提供してくださった医療機関の名称と日の丸,スーダンの国旗を貼り付けてある.これら医療器材が日本・スーダン間の架け橋になってくれることを期待する.

連載企画「外科学温故知新」によせて・6

癌化学療法(1)―化学療法(chemotherapie)の開拓者:Paul EhrlichとGerhard Domagk

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.1376 - P.1377

 今日,化学療法(chemotherapy)と言うと,抗ガン剤を用いた薬物療法を想起することがほとんどであろうが,そもそも化学療法というものは細菌感染症に対する薬物療法として始まったものであり,この化学療法の創始者がドイツのポール・エールリッヒ(Paul Ehrlich:1854~1915)である.

 長年にわたって組織や細胞の合成化学染料(色素)に対する選択的な染色性の研究に取り組んできたエールリッヒは,日本からの留学生である秦佐八郎の助力を得て,梅毒の特効薬として砒素を含む合成化学薬剤「サルバルサン」を開発するに至り,秦と連名で1910年に「Die experimentelle Chemotherapie der Spirillösen」と題した論文を発表した.大きな期待を寄せられて魔法の銃弾とまで呼ばれたサルバルサンを用いた化学療法(chemotherapie)がここから始まり,歴史的にはこれをもって化学療法(chemotherapy)の嚆矢とする.ちなみに,世界初の化学療法剤として期待されたこの薬剤は,「salvare」が「preserve」ないし「save」を意味し「sanitas」が「health」を表すことから,「health preserver」すなわち「健康を守護する者」,言い換えれば「感染症(梅毒)からヒトを守る者」という意味で,「サルバルサン(salvarsan)」と名づけられた.

胃癌外科におけるリンパ節郭清の始まりとその展開・8

Mikuliczの胃癌外科とその時代(2)―理論から実践へ

著者: 高橋孝

ページ範囲:P.1379 - P.1388

【Pólya, Navratilの胃リンパ流の研究】

 臨床の壁を破るべき武器としての胃リンパ流の研究はGerotaと同郷,ブダペストの外科医PólyaとNavratilによってなされました.その論文1)はハンガリー王立ブダペスト大学解剖学教室からのものですが,筆者らの役職は前者がOperateur, Secundälrarzt,後者がOperationszöglingであり,王立医学会外科部会での1903年3月12日の講演をまとめたものです.

 読者はPólyaの名を冠した胃切除後の胃空腸吻合法(BillrothⅡ法での結腸後・全胃断端空腸端側吻合)を思い出すことでしょう.GerotaとPólyaとの間には何らかの交流,意見交換があったことは容易に想像できますが,論文上ではGerotaの方法を採用したことのみを淡々と記述しているに過ぎません註1

臨床外科交見室

リスターは「傷を消毒」してではなく,「傷を外部環境から(侵入してくる細菌から)遮断」して感染を防止した!

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.1390 - P.1391

 近年,消毒薬は細菌に対するのと同じように生体細胞にも傷害的に作用するということが医療従事者に知られてくるのにつれて,「消毒薬を使わない創傷管理」が注目されるようになり,実際に日常診療の場に採用されつつある.しかし,そのような新しい創傷管理を取り上げた解説書において,「リスターは石炭酸で傷を消毒することによって創感染を減らしたが,実際には石炭酸の殺菌力は弱いものなので,創感染の減少は石炭酸によるのではなく,石炭酸で創を洗うことによって物理的に細菌を減らしたためだ」というように記されている(たとえば,夏井睦氏の「傷に消毒は必要か」1)).

 今回,筆者が取り上げるのは,消毒薬を使わない創傷管理に関連して,リスターが防腐法を取り上げた原著論文である.Brit Med J誌に載った有名なリスターの論文2)を読むと,リスター式防腐法の主旨が,創面に消毒薬を塗って感染を防止するのではなく,創の感染を防ぐために「傷を外界から(すなわち,外部から侵入してくる細菌から)遮断する」ことにあることがわかるのである.すなわち,「致命的な敗血症に移行していく創感染は,腐敗と同じように外界の細菌によって生じる」というパスツールの説を受け入れたリスターは,石炭酸を滲みこませたガーゼで傷を被覆することによって,「創を細菌が浮遊している外界から遮断した」のである.この点に関して,前述したリスター論文において「I arrived at the conclusion that the essential cause of suppuration(化膿)in wounds is decomposition(筆者訳:腐敗=化膿と同じ意味), brought about by the influence of the atmosphere upon blood or serum retained within them, and in the case of contused wounds, upon of tissue destroyed by the violence of the injury(筆者意訳:創化膿の本質は,創内の血液や血清,挫滅組織に外部環境が影響して生じる腐敗である)」,「Pasteur showed that the septic property of the atmosphere depended on minute organisms suspended in it(筆者意訳:パスツールが示した外部環境からの感染の本体は,空中に浮遊する微生物である)」,「It occurred to me that decomposition in the injured part might be avoided without excluding the air, by applying as a dressing some material capable of destroying the life of the floating particles(筆者意訳:浮遊する粒子,すなわち微生物ないし細菌を破壊することができるものでドレッシングすれば,空気を排除せずとも挫滅した部分に生じる腐敗すなわち化膿は回避できる)」,「All that requisite is to guard against the introduction of living atmospheric germs from without(筆者意訳:感染防止のための必要条件は,創を外部からのgermすなわち細菌の侵入から守ることである)」,「The material which I have employed is carbolic or phenic acid(筆者意訳:その目的のために,石炭酸ないしフェノールを選択した)」というような記述がみられる.また,論文内には「aseptic curtain」という記述があり,「油に混ぜた石炭酸を滲み込ませたガーゼは“防腐用の仕切(aseptic curtain)”として働く」と述べている.なお,このリスター論文の中程には「The carbolic acid, though it prevents decompsition, induces suppuration-obviously by acting as a chemical stimulus;and we may safely infer that putrescent organic materials(which we know to be chemically acrid)operate in the same way」という一節があり,リスターはきちんと「石炭酸が化学的刺激物であることから,(組織を傷めて)化膿も引き起こすものである」ことに言及しているのである.

臨床研究

腹膜外腔アプローチによる腹腔鏡下手術により修復された閉鎖孔ヘルニア8例の経験

著者: 荒巻政憲 ,   坪井貞樹 ,   鈴木浩輔 ,   平本陽一朗 ,   重光祐司

ページ範囲:P.1393 - P.1396

はじめに

 閉鎖孔ヘルニアは,以前は術前診断が困難で緊急開腹術となることが多い疾患であった1).当科では,鼠径部周辺ヘルニアに対する手術の第一選択として腹膜外腔アプローチによる腹腔鏡下ヘルニア手術(totally extraperitoneal preperitoneal repair:以下,TEPP)を行っている.

 TEPPにて修復された閉鎖孔ヘルニアを8例経験し,その臨床的特徴とTEPPの有用性について検討したので報告する.

臨床報告・1

上行結腸への穿通を認めた虫垂粘液囊胞腺癌に対し腹腔鏡下大腸切除を施行した1例

著者: 早川善郎 ,   入野田崇 ,   目黒英二 ,   小林慎 ,   高金明典 ,   池田健

ページ範囲:P.1397 - P.1400

はじめに

 虫垂粘液囊胞腺癌は比較的稀な疾患であり1),通常の大腸内視鏡での診断も困難なことが多い.今回,乳癌手術時に高CEA血症を認め,術後も高CEA血症が続いたため精査したところ,上行結腸に腫瘍の穿通を認めた虫垂癌症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

乳腺glycogen-rich clear cell carcinomaの1例

著者: 道上慎也 ,   小川佳成 ,   池田克実 ,   矢田克嗣 ,   火伏義純 ,   裴英珠 ,   井上健

ページ範囲:P.1401 - P.1404

はじめに

 Glycogen-rich clear cell carcinoma(以下,GRCCC)は乳癌の1~3%を占めるが1),その病態は十分に解明されていない.今回,われわれはGRCCCの1例を経験したので,これまでの報告例を集計し報告する.

膵臓癌が眼窩転移をきたしたと思われる1例

著者: 米山公康 ,   今津嘉宏 ,   大山廉平

ページ範囲:P.1405 - P.1407

はじめに

 眼科疾患のなかで眼窩腫瘍の占める割合は0.01~1.47%であり,そのうち転移性眼窩腫瘍は4.51~5%を占めるに過ぎない1).なかでも膵臓癌の眼窩転移はきわめて稀である.今回われわれは,手術不能膵癌に対する治療経過中に眼窩転移をきたしたと思われた1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

妊娠中に発症した下肢深部静脈血栓症に対し,血栓除去および動静脈シャント造設術を施行した1例

著者: 長磨美子 ,   垣伸明 ,   権重好 ,   秦一剋 ,   入江嘉仁 ,   今関隆雄

ページ範囲:P.1409 - P.1412

はじめに

 深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:以下,DVT)の発症は下肢に多く,腫脹,疼痛,チアノーゼを呈し,重篤な合併症として肺塞栓症を引き起こすことがある1,2).治療法としては外科的治療と保存的治療があるが,早期治療が予後に大きく影響するため,的確な早期診断と治療選択により合併症の予防に努めることが重要である.

 今回われわれは,妊娠早期に発症した急性期の左下肢深部静脈血栓症に対し外科的治療を行い,重篤な合併症を発症することなく分娩し得た1症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

腹腔動脈周囲に発生した後腹膜原発神経節細胞腫の1切除例

著者: 小川雅生 ,   首藤太一 ,   羽生大記 ,   大谷恒史 ,   久保正二

ページ範囲:P.1413 - P.1416

はじめに

 神経節細胞腫は交感神経節由来の比較的稀な良性腫瘍である1).今回筆者らは,腹腔動脈幹周囲に発生した後腹膜原発の神経節細胞腫の1切除例を経験したので報告する.

腹腔鏡下に切除した空腸石灰化線維性偽腫瘍の1例

著者: 村上泰介 ,   中川国利 ,   鈴木幸正

ページ範囲:P.1417 - P.1420

はじめに

 石灰化線維性偽腫瘍(calcifying fibrous pseudotumor:以下,CFP)は砂粒体を伴う硝子化膠原線維の豊富な腫瘍性病変で,慢性炎症性細胞の浸潤を認めるきわめて稀な良性疾患である1~3)

 最近われわれは,空腸に発生したCFPによる腸閉塞例に対して腹腔鏡下にCFPを含む空腸部分切除術を施行したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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