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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科61巻5号

2006年05月発行

雑誌目次

特集 手術のための臨床局所解剖

乳腺手術のための臨床局所解剖

著者: 園尾博司

ページ範囲:P.557 - P.563

要旨:乳腺は表在性臓器であるので,皮膚切開による瘢痕や不適切な皮膚剝離による皮弁壊死,乳房の変形などが起こらないように整容上の配慮が必要である.また,乳房や乳管の構造を知っておくことはもちろんのこと,乳房温存手術では狭い視野で腋窩リンパ節郭清を行うことが多いため,腋窩の解剖をよく理解していないと円滑な手術ができない.すなわち,長胸神経や胸背神経はもちろんのこと,下胸筋神経,肋間上腕神経の走行を熟知していないとこれらを損傷し,患者のquality of life(QOL)を損なう結果となる.本稿では,乳腺手術に必要な乳房および腋窩の臨床局所解剖のポイントについて乳腺手術に即して述べた.

甲状腺手術のための臨床局所解剖

著者: 内野眞也 ,   野口志郎

ページ範囲:P.565 - P.571

要旨:頸部は甲状腺,気管,喉頭,食道,咽頭が存在し,主要な動静脈や神経がごく限られた領域にコンパクトに集中して存在している領域である.したがって,外科医が甲状腺手術に臨む際は,甲状腺を中心とした頸部解剖を熟知しておく必要がある.甲状腺手術後の主な合併症である反回神経麻痺や副甲状腺機能低下症,乳び瘻などは,頸部解剖の熟知によってかなり減らすことができる.実際に,熟練した甲状腺外科医はそうでない外科医に比べて術後合併症を引き起こす割合ははるかに低い.本稿では,甲状腺手術の際に熟知しておかねばならない局所解剖のキーポイントについて解説した.

肺手術のための臨床局所解剖―外科医に必要な開胸操作の解剖と手技

著者: 土田正則 ,   青木正 ,   橋本毅久 ,   篠原博彦 ,   斉藤正幸 ,   岡田英 ,   小池輝元 ,   保坂靖子 ,   林純一

ページ範囲:P.573 - P.578

要旨:本稿の前半では,外科医が開胸操作の際に知っていると役立つと思われる呼吸器外科の解剖と実際の手技について,(1)開胸方法と開胸肋間,(2)横隔膜の修復,(3)筋肉温存開胸法,(4)癒着剝離,(5)肺損傷,血管損傷の対処,(6)気管・気管支の解剖,(7)閉胸法と胸腔ドレナージ,の順に簡潔にまとめた.後半では肺葉切除,特に不完全分葉症例における葉間での肺動脈の露出,葉間作製方法に重点を置いて述べた.また,リンパ節郭清については縦郭リンパ節郭清の際に目安となる周囲臓器の解剖を中心に要点を述べた.

食道手術のための臨床局所解剖

著者: 宇田川晴司 ,   堤謙二 ,   上野正紀 ,   木ノ下義宏 ,   峯真司 ,   江原一尚 ,   鶴丸昌彦

ページ範囲:P.579 - P.586

要旨:食道癌手術において安全性と根治性を両立させるためには,en bloc郭清の範囲を的確に認識し,そのなかに含まれる重要構造に対する解剖学的理解を深めることが必要である.反回神経の走行と縦隔の膜構造・106recリンパ節との関係の理解は郭清の徹底のみならず反回神経麻痺の回避と気管血流の保持に重要であり,右気管支動脈の通常の走行と変異を知ることは気管支動脈温存の確率を上げる.胸管の走行と縦隔の膜構造との関係の理解は後縦隔郭清の徹底化に役立ち,胸管の変異に関する知識は乳び胸の防止につながる.迷走神経肺枝の認識も肺合併症の減少に寄与する.本稿では,実際の食道癌根治術の術野を念頭に置いてこれらについて解説を加えた.

胃手術のための臨床局所解剖

著者: 上之園芳一 ,   愛甲孝 ,   中条哲浩 ,   有留邦明 ,   夏越祥次

ページ範囲:P.587 - P.595

要旨:胃癌手術では,術前・術中診断に基づく個々の症例に応じた切除術式の選択とリンパ節郭清範囲の設定が必要であり,浸潤範囲によっては他臓器の合併切除が必要となることも少なくない.これらの点から,周囲臓器との関係や間膜と層構造,血管やリンパ管の走行や走行異常,神経の走行などの局所解剖の十分な理解が必要となる.局所解剖の把握によって,(1)適切な切除およびリンパ節郭清による根治性,(2)術野の確保や血管処理における安全性,(3)神経温存や臓器温存による軽愁訴の3つの要因に留意し,手術を進めることが重要と考えられる.

下部直腸癌根治手術のための臨床局所解剖

著者: 森武生 ,   安留道也 ,   山口達郎 ,   松本寛 ,   高橋慶一

ページ範囲:P.597 - P.602

要旨:本来の解剖学と異なり,手術の実際に応じて視野に展開するものを順序を追って理解し,かつ不測の損傷や出血などが起きたときにいかに処理すべきかを知ることが臨床解剖学的知識である.低位直腸癌に対して自律神経温存側方郭清を伴う直腸切除術を念頭に,どのように展開し手術を進めるかを示した.(1)上方郭清に伴う下腸間膜動脈,尿管の走行や処理,ついで(2)標本切除に伴う仙骨前面剝離,尿路生殖器系の血管神経束の処理と出血の際の止血法,最後に(3)側方郭清の概念と閉鎖腔の郭清法,下腸間膜動脈末梢部の中直腸領域の理解とその終末点などについて,略図や術中写真などを用いて述べた.

肝手術のための臨床局所解剖

著者: 竜崇正 ,   趙明浩 ,   山本宏

ページ範囲:P.603 - P.612

要旨:肝臓の解剖を門脈segmentationとドレナージ静脈から見直した.左はCouinaudと同様S2,S3,S4とし,右は前腹側区域と前背側区域と後区域の3区域とし,これに尾状葉を加えた7区域を新肝区域とした.肝前腹側区域のドレナージ静脈は中肝静脈に,背側区域のドレナージ静脈は右肝静脈に流入する.左肝静脈がドレナージする区域はS2とS3,中肝静脈がドレナージする区域はS4と前腹側区域,右肝静脈がドレナージする区域は前背側区域と後区域である.主肝静脈は頭側では区域の境界を走行するが,尾側では区域の境界を走行しない.後区域尾側枝が右肝静脈の腹側を走行する頻度は全体で55%である.7%の症例は中肝静脈が後下区域もドレナージしていた.門脈の破格は少なく通常型を呈さないものは前区域の前腹背側別々分岐の3%,後区域頭尾側別々分岐の6%のみであった.胆管の破格はすべて肝門板内であり,肝内では門脈と併走するので胆管も肝内では破格は少ない.

胆道手術のための臨床局所解剖

著者: 佐田尚宏 ,   遠藤和洋 ,   志村国彦 ,   小泉大 ,   永井秀雄

ページ範囲:P.613 - P.620

要旨:胆道手術において重要なことは,肝十二指腸間膜内および膵内の胆道系,動脈系,門脈系の走行,変異について熟知することである.当科ではDIC-CTを応用したmulti-cholangiography法,およびvirtual duodenography法を施行し,術前診断および術中ナビゲーションとして利用している.同法は比較的低侵襲で,脈管系,臓器,病変の相互関係を短時間・単一の検査で把握できるという利点があり,症例ごとの検討が可能である.胆道疾患の術前検査としては,生検などinterventionを除けば,ほかの検査は実質的に不必要なことが多く,今後の普及が期待される.

膵手術のための臨床局所解剖

著者: 鈴木康之 ,   藤野泰宏 ,   黒田嘉和

ページ範囲:P.621 - P.626

要旨:膵臓の外科手術は消化器外科領域でも難易度が高く,膵液瘻など術後合併症の頻度も低くない.習熟した膵臓外科医のチームが充実した設備を有し,かつ複数の診療科の協力を常時得られる環境で行うべき手術である.周囲には総胆管,総肝動脈,固有肝動脈,上腸間膜動脈,上腸間膜静脈,門脈など重要な脈管が走行し,それらの正常な解剖を熟知していないと,術中に大量出血や深刻な副損傷につながり得る.炎症や腫瘍の進展などで修飾が加わると,さらに手術の難易度が上がる.術式は多様であり,病変部位によって膵頭十二指腸切除術,膵体尾部切除術,膵全摘術,また慢性膵炎や急性膵炎に対する手術,良性腫瘍に対する核出術やいくつかの低侵襲手術も考案されている.膵手術のための臨床局所解剖を述べるにあたり,本稿では「総論」および「各論」を「膵頭十二指腸切除術」,「膵全摘術と膵体尾部切除術」,「脾動静脈温存膵体尾部切除術」に分け,必要な局所解剖を項目ごとに概説した.

鼠径部ヘルニア手術のための臨床局所解剖

著者: 篠原尚 ,   水野惠文

ページ範囲:P.627 - P.636

要旨:鼠径部のヘルニア手術にあたっては,鼠径管と大腿管の3次元的な理解が不可欠である.鼠径管を構成するのは体表側から順に外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋,横筋筋膜の4層であり,それぞれ外腹斜筋腱膜(脚間線維)は前壁を,同腱膜から移行する鼠径靭帯は下壁を,内腹斜筋と腹横筋腱膜弓は上壁を,さらに横筋筋膜(と腹横筋腱膜線維の一部)は後壁を担っている.また,大腿管は横筋筋膜から続く大腿血管鞘の大腿静脈と裂孔靱帯との間隙である.病的な状態であるヘルニアは,腹膜が腹膜下筋膜を伴った構造のまま袋状に伸展し,横筋筋膜を被った状態で脱出したものである.

カラーグラフ 診療に役立つ肉眼像と組織像の理解―マクロからミクロ像を読む・5

膵悪性腫瘍

著者: 山口幸二 ,   渡部雅人 ,   中村雅史 ,   許斐裕之 ,   古賀裕 ,   長田盛典 ,   田中雅夫

ページ範囲:P.547 - P.555

はじめに

 膵臓は充実性臓器であり,管腔臓器である消化管などのようなマクロとミクロへの対応というより,術前の断層画像や切除標本の中央割面像,組織像の対応が可能である.膵悪性腫瘍には通常型膵管癌や粘液囊胞腺癌,膵管内乳頭粘液癌,膵内分泌癌などが挙げられる.本稿では,これらの画像診断(おもに断層像)と切除標本の割面像,組織所見との比較・検討について概説した.

元外科医,スーダン奮闘記・1

まずは自己紹介から

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.639 - P.641

はじめに

 私ははぐれ者である.立派な外科医になることなく,はぐれはぐれてスーダンという国で医療活動をしている.それも収入をなくしてである.日本に残された家族は,こんな頼りない父親では自分達がしっかりするしかないと考えているようだ.貧することは,3人の子供達に対しての「究極の教育方法」であろう.

 昨年1月まで外務省に医務官として働いていた私は外務省を辞し,非政府組織(NGOロシナンテス.名前の由来に関しては稿を新たに書く予定)なるものを自分で設立し,北東アフリカのスーダンという国で医療活動を展開している.この模様を1年の予定で連載する予定である.私が死なない限り,連載は続くと思いますのでよろしくお付き合いください.

外科の常識・非常識―人に聞けない素朴な疑問・29

メッケルの憩室の切除は必要か

著者: 猪股雅史

ページ範囲:P.642 - P.643

【Meckel憩室と虫垂炎手術】

 「虫垂炎の診断で開腹した場合,虫垂に異常がなければ回腸末端のMeckel憩室を検索せよ」.これは十数年前,筆者がまだ医学生の頃,外科学系統講義の虫垂炎の話題のなかで,当時のK教授から教わった言葉である.学生時代の講義内容はいまではほとんど記憶にないが,この言葉はなぜか鮮明に記憶している.早く臨床医になって手術がしたいという外科志望の学生の気持ちを刺激する印象深い言葉であったのだろうか.外科医となったのちも,虫垂炎の手術に際してはこの言葉を忠実に遵守するようにしてきた.若い外科医と一緒に虫垂炎手術を行う立場となったいまでは,K教授の言葉をmodifyして「虫垂に異常がなければ,小児ではMeckel憩室と腸間膜リンパ節炎を,若年成人ではクローン病,成人では大腸憩室炎,女性では卵巣囊腫や骨盤内臓炎を考え,その検索を怠ってはならない」と自分に言い聞かせるつもりで術中,若い後輩たちに話をするようにしている.

 ところで,「Meckel憩室を検索せよ」とのK教授のお言葉であったが,検索の結果,Meckel憩室が実際にあった場合にはどのように対処すべきなのか.切除すべきか放置でよいのか,切除するならば憩室のみの局所切除でよいのか広めに分節切除すべきなのか,この点に関しての記憶は定かではない.

病院めぐり

JA北海道厚生連―遠軽厚生病院外科

著者: 稲葉聡

ページ範囲:P.644 - P.644

当院は北海道の東部,オホーツク海やサロマ湖近くの内陸に位置する遠軽(えんがる)町にある北海道厚生連を母体とした病院です.昭和17年に22床の遠軽久美愛病院として開院しました.現在の病院は平成4年に新築・移転し,さらに2回の増改築を経て現在に至っています.現在は標榜診療科14科,1日外来患者数約1,100人(外科:約60人),入院病床数346床,常勤医師数36名,非常勤医師数8名で,地域に根ざした医療を実践し,信頼される病院を目指しています.遠軽町は人口約24,000人の小さな町(面積は広い)ですが,近隣には大きな市や町がなく,この地区では唯一のいわゆる総合病院として,北海道からもオホーツク地区の地域センター病院の指定を受け,遠軽町および周辺住民の医療を担っています.また,外科関連では,日本外科学会外科専門医制度修練施設および日本消化器外科学会専門医修練施設となっています.

 しかしながら遠軽町の知名度は低く,全国学会の演題発表では「えんけい」厚生病院とか「つがる」厚生病院と紹介され,寂しい思いもしています.さて,外科は矢吹副院長を筆頭に6名の医師で日々の診療にあたっています.消化器外科を主体としていますが,地域の特性からもあらゆる疾患に対応しなければならず,外傷全般および呼吸器外科,乳腺・内分泌外科などの手術も行っています.年間手術数は約400例で,平成16年度の主な内訳は,甲状腺6例,乳腺24例,肺14例,胆囊41例,膵癌4例,胆道癌3例,肝臓8例,食道癌2例,胃癌33例,小腸22例,大腸・直腸癌41例,大腸良性疾患5例,肛門33例,虫垂炎39例,鼠経ヘルニア46例,下肢静脈瘤7例などでした.

カレス アライアンス―天使病院外科

著者: 中山雅人

ページ範囲:P.645 - P.645

札幌市は明治2年の開拓使設置以来,130年を北海道開拓の拠点として発展し続け,今や人口187万人(北海道の人口の約3割)を擁する全国5番目の都市に成長しています.北海道各地から山海の幸を集め,夏のビール園や冬の雪祭りをはじめ,最近ではよさこいソーラン祭りも人気があります.ウインタースポーツに加え,日本ハムファイターズやコンサドーレの本拠地としてスポーツを楽しむ文化も成長しています.また,万人に親しまれる名曲,石原裕次郎の「恋の街札幌」に歌われるようにロマンスの街でもあります.

 本院は明治44年にキリスト教のシスターらによって開設され,地域の医療,福祉を担ってまいりました.外科は大正2年に新設されました.現在は病床数260床,診療科は15科を数え,常勤医師40名と6名の研修医を擁しています.本年度はさらに5名の研修医が新たに加わりました.

外科学温故知新・10

創傷管理

著者: 岡村吉隆

ページ範囲:P.647 - P.653

1 はじめに

 各地の温泉地に行けば,効能に「切り傷,火傷……」と記載されている.温泉の保温効果や新陳代謝亢進が創傷治癒を促進すると考えられるが,鶴,鷺,鹿,猿,熊など,きずついた動物が温泉発見に関与した伝説は多い.病気の歴史は人類の歴史よりはるかに古く,創傷,感染,腫瘍など,地球に生命が誕生して以来,病気の実態に変化はないとさえ言われる.5億年前の貝の化石や100万年前の恐竜などの化石に,損傷や骨折などの明らかな証拠がある.人類も歴史に登場以来,つねに敵と戦わねばならなかった状況で,しばしばきずに見舞われたことを疑う余地はない.先史人は体内の病気は神秘的な存在と考えたが,体外の病気は自明であり,手当てが可能であった.その第一段階が創傷の保護であった.創傷の治癒が自分で確認できることも大きな関心を呼んだことは間違いない.

 最近,外科の各分野で話題になる低侵襲手術であるが,その条件の1つはきずの小ささである.いかに小さなきずでも低侵襲性においては薬による治療には及ばない.きずは疼痛,感染,美容など多くの問題を生む.外科医は細分化した専門領域の知識以外に,創傷管理という共通の問題に対処しなければならない.

臨床研修の現状―現場からの報告・9

聖マリア病院外科

著者: 谷脇智

ページ範囲:P.655 - P.658

1 はじめに

 2004年度から始まった新たな研修制度改革は,研修医に対するマスメディアを中心とした批判,改革の目的として医療の質の向上を求めるといった社会の厳しい目を背景にスタートした.さらに,高齢化社会を迎えるにあたって,現在のような専門医過剰状態から,今後は全人的医療の需要が高まっていくものと考えられたことも背景にある.

 これらの批判や改革は,現行の医療教育システムでは将来に不安があると社会から判断されたことにほかならず,われわれはこれを真摯に受け止めなければならない.

 今回の研修制度に対する当院の基本理念は,後輩を育てていくのは先輩医師として当然のことと捉え,やらねばならないという使命感で対応すべきと考えており,今回の報告が単なる制度への批判ではなく,形成的評価につながればと考えている.

胃癌外科におけるリンパ節郭清の始まりとその展開・3

Billroth―1881年―まで(2)

著者: 高橋孝

ページ範囲:P.659 - P.668

【Gussenbauer,Winiwarter論文(1)―胃切除の実験】

 Rokitansky剖検例の解析はGussenbauerとWiniwarterによってなされました.2人は当然Billroth門下であり,のちに前者はBillrothの跡を継いでWien大学第2外科の教授に,後者はLuttichの外科教授となりました.その結果を報告する論文1)は33頁に及ぶ膨大なものであり,副題からもわかるように,2/3はイヌを用いた胃切除の実験とその結果の考察に費やされています.そして後段に,61,287の剖検症例から903の胃癌例を抽出してこれを解析しているのです.本連載の主題である「胃癌とそのリンパ節への広がり」からは横道に逸れますが,後段への序論として,まずイヌにおける実験結果をまとめてみましょう.

 当時(最初の実験は1874年2月24日)は,開腹し,幽門・十二指腸を含めて胃をリング状に切除し,吻合し,閉腹するという手技上の問題,これに付きまとう危険性についての情報は皆無でした.それまでにもいくつかのイヌを用いた実験があったとは言え,まったくの処女実験,五里霧中の試みであったと言えましょう.特に切除部分の胃の間膜を剝離すること,吻合の方法と吻合後の胃の機能に不安を抱き,ここに実験と観察の重点が置かれました.

連載企画「外科学温故知新」によせて・1

麻酔―「エーテル・デイ」とAnesthesia(麻酔)の語源

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.670 - P.671

 アメリカでは毎年10月16日をモートンの功績を讃えて「エーテル・デイ(Ether Day)」と呼ぶ.ちなみに,紀州名手において華岡青洲(1759~1835)が通仙散を用いて60歳の女性の乳癌の核出手術を実施したのは,西暦1804年すなわち文化元年10月13日のことであった.

 1846年の10月16日に米国ボストンのマサチューセッツ総合病院において,エーテル吸入による全身麻酔下に公開外科手術が実施された.簡単にその公開手術の模様を紹介すると,患者は側頸部(顎下部とも言われている)に瘤(血管腫とされる)を生じたギルバート・アボットという小さな印刷・出版業を営む若者で,執刀医はその当時のアメリカ外科学界の大御所ジョン・コリンズ・ウォレン(John Collins Warren:1778~1856)が務めた.そしてこの時,エーテル麻酔を実施したのが27歳の歯科医ウィリアム・モートン(William Morton:1819~1868)であった.このエーテル麻酔下の公開外科手術(腫瘤摘出術)は,手術中に患者がまったく痛みを訴えることなく成功裡に終了した.そして,この公開手術の終了時には執刀したウォレンがおごそかに「これはペテンではありません」と宣言したという(なお,このエーテル麻酔下の公開手術が行われた講堂は「エーテル・ドーム」と称されて現在ボストンのマサチューセッツ総合病院の一角に残っている).

臨床研究

腹腔鏡下胆囊摘出術後に診断された潜在胆囊癌に対する対処法の検討

著者: 林洋光 ,   横溝博 ,   平田稔彦 ,   山根隆明

ページ範囲:P.673 - P.678

はじめに

 腹腔鏡下胆囊摘出術(laparoscopic cholecystectomy:以下,LC)は胆石症や胆囊ポリープなどの胆囊の良性疾患に対する標準術式として普及している.しかし,LC後に胆囊癌と診断される,いわゆる潜在胆囊癌の合併を認め,その頻度は0.23~2.85%と報告されている1).これら潜在胆囊癌に対しては根治的再手術の適応や施行するべき術式の選択が問題となる.また,初回手術をLCで行ったために重大な結果を招いたと思わざるを得ない症例が存在するのも事実である.

 本稿では,当院で経験した潜在胆囊癌の9症例を呈示し,当院における胆囊癌の治療成績をもとに潜在胆囊癌に対する対処法を検討した.

パーキンソンニズム症例における消化器手術の問題点

著者: 田中恒夫 ,   真次康弘 ,   石本達郎 ,   香川直樹 ,   中原英樹 ,   福田康彦

ページ範囲:P.679 - P.683

はじめに

 パーキンソンニズムは振戦,筋硬直,無動,歩行障害を主症状とする慢性進行性神経疾患であり,70歳以上の高齢者に多いので1),術前よりすでに各種の合併症を有している.消化器手術を行う場合には,一定期間,抗パーキンソン剤の内服ができないので症状の悪化(悪性症候群)や術後の腸管運動麻痺,誤嚥性肺炎などの合併症に特に注意が必要である.

 これまで,パーキンソンニズムの消化器手術に関しては,高橋ら2)がパーキンソンニズム併存例と脳血管障害後遺症併存例の比較検討している以外は,周術期の管理について症例報告が散見されるのみである3~5).本稿では,当科で経験したパーキンソンニズム併存例の消化器手術を検討し,その問題点を検討した.

臨床報告・1

胃に穿破した破裂性脾動脈瘤の1手術例

著者: 足立尊仁 ,   青木幹根 ,   花井雅志 ,   山田成寿 ,   鷹尾博司

ページ範囲:P.685 - P.688

はじめに

 脾動脈瘤は比較的稀であるが,最近の画像診断の進歩によって発見が増えてきている.最も重大な合併症は破裂であり,予後も不良である場合が多い.今回,われわれはコントロール不良な糖尿病患者に生じた,胃へ穿破した破裂性脾動脈瘤に対し,術前transcatheter arterial embolization(以下,TAE)を施行し,安全に手術し得た1例を経験したので,破裂の原因およびその治療法につき文献的考察を加えて報告する.

後腹膜出血をきたした肝細胞癌副腎転移の1例

著者: 野村修一 ,   河合俊典 ,   上野剛 ,   澤田芳行 ,   太田徹哉 ,   東良平

ページ範囲:P.689 - P.691

はじめに

 外科臨床上で問題となる後腹膜出血は外傷か動脈瘤破裂がほとんどであるが,稀なものとして副腎出血がある.なかでも腫瘍出血の場合には止血のみにとどまらないため注意が必要である.今回,肝細胞癌の副腎転移の出血症例を経験したので報告し,診断・治療上の問題点のいくつかを述べた.

Meckel憩室の結節形成による絞扼性イレウスの1例

著者: 白相悟 ,   中川国利 ,   遠藤公人

ページ範囲:P.693 - P.696

はじめに

 Meckel憩室は多くの場合には無症状で経過するが,稀にイレウス,憩室炎,出血,穿孔,腸重積などの合併症を生じることがある1).今回われわれは,きわめて稀なイレウスの発生機序である2),Meckel憩室による結節が小腸を絞扼していた症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

若年に発症した巨大乳腺線維腺腫の1例

著者: 岡田としえ ,   多賀谷信美 ,   岩崎喜実 ,   濱田清誠 ,   窪田敬一

ページ範囲:P.697 - P.700

はじめに

 線維腺腫は若い女性に好発する乳腺の混合腫瘍で,若年時に急速に増大し,巨大な塊状腫瘤を形成することがある1).その整容性については,発症年齢を考慮すると患者の精神的負担は大きい.今回,われわれは巨大な若年発症の乳腺線維腺腫に対して腫瘤摘出術を施行し,形成外科的手技によって残存乳房を良好に再建形成した1例を経験したので報告する.

術前診断し得た特発性大網捻転症の1例

著者: 鈴木孝之 ,   市東昌也 ,   石井誠一郎 ,   曽我茂義 ,   井上政則 ,   成松芳明

ページ範囲:P.701 - P.704

はじめに

 特発性大網捻転症は比較的稀な急性腹症の1疾患で,大網の一部もしくは全体が捻転してその末梢が血行障害に陥るものであり,術前診断が困難とされている.今回,われわれは術前に腹部CT検査で診断し得た本症の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

外来経過観察中に腫瘍の増大を認めたため切除を行い,2年間無再発の膵原発カルチノイド腫瘍の1例

著者: 藤本大裕 ,   田口誠一 ,   木下敬弘 ,   太田信次 ,   足立巌 ,   飯田茂穂 ,   原田憲一

ページ範囲:P.705 - P.708

はじめに

 カルチノイド腫瘍は神経内分泌腫瘍の分類において最も頻度の高い腫瘍であるが,膵原発のカルチノイド腫瘍は非常に稀であり,その頻度は11,343例中156例(1.4%)である1).膵カルチノイドにおいてカルチノイド症候群が認められるのは23.3%で,そのほかの症状は腹痛(40.4%),下痢(30.8%),腹部腫瘤(21.9%),肝腫大(15.1%)などである1).典型的な症状が現れることは稀で,膵カルチノイドは診断時において76%に遠隔転移が認められ,5年生存率は28.9%である1,2).早期診断の難しさが予後に悪影響していると考えられる.

 われわれは膵原発のカルチノイド腫瘍を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

胃癌術後の異時性卵巣転移を切除し長期生存中の1例

著者: 鈴木裕之 ,   諏訪敏一 ,   伊藤博 ,   山下純男 ,   尾本秀之 ,   石川文彦 ,   新田宙 ,   瓦井美津江

ページ範囲:P.709 - P.712

はじめに

 胃癌の卵巣転移はKrukenberg腫瘍と呼ばれ,腹膜播腫性転移の一種と考えられており,その切除後の予後はきわめて不良であると報告されている.今回,われわれは胃癌の胃全摘術後2年で異時性発症した卵巣転移を切除し,化学療法などの追加治療をせず,約7年間無再発生存中のきわめて稀な症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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総特集 腹壁ヘルニア修復術の新潮流—瘢痕ヘルニア・臍ヘルニア・白線ヘルニア

78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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