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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科61巻6号

2006年06月発行

雑誌目次

特集 癌の播種性病変の病態と診断・治療

特集によせて

著者: 桑野博行

ページ範囲:P.729 - P.732

はじめに

 臓器の漿膜面に浸潤した癌細胞が腹腔・胸腔内に遊離し(播種),胸膜や腹膜の中皮細胞に生着し,増殖することにより成立する播種性転移は,消化器癌や肺癌など体腔に面した臓器に認められる特有な転移形式であるが,同時に高頻度にみられる転移形式でもある.一般に,このような癌の広がりは外科的切除の範囲を超えた進展であり,同時に治癒が望めない病期であることを意味している.さらに播種性転移では患者QOLが著しく損なわれる.胸水や腹水の貯留と呼吸障害や腸管通過障害がもたらす患者の苦しみは大きい.1日も早く播種性転移に有効な治療法の開発が待たれるが,ほかの部位への転移に対しては様々な集学的治療によって治癒効果があげられているにもかかわらず,播種性転移においては依然として有効な治療法の開発は立ち遅れている.

腹膜播種性転移の病態メカニズムと分子標的治療

著者: 八代正和 ,   平川弘聖

ページ範囲:P.733 - P.740

要旨:腹膜播種性転移の病態メカニズムについて分子生物学的な観点から述べる.癌細胞の原発巣からの離脱過程には,MMP-1産生による間質分解亢進,細胞間接着に関与するE-cadherinやdesmoglein-2の発現低下が重要である.腹膜との接着過程には,癌細胞CD44Hと中皮細胞ヒアルロン酸との接着,および癌細胞α2β1-integrin,α3β1-integrinと腹膜マトリックスとの接着が関与している.腹膜への浸潤過程には,腹膜の線維芽細胞が影響する.すなわち腹膜線維芽細胞により癌細胞の浸潤は強く促進され,また線維芽細胞の産生するHGFにより中皮細胞の形態変化や剝離が起こり腹膜転移をきたしやすくなる.これらの機序に基づいた細胞接着阻害剤や線維芽細胞抑制剤などの分子標的治療薬が期待される.

癌性胸膜炎の診断と治療(悪性胸膜中皮腫を含む)

著者: 瀬戸貴司 ,   一瀬幸人

ページ範囲:P.741 - P.746

要旨:肺癌では癌性胸膜炎を高頻度に合併する.癌性胸膜炎は,胸腔内に播種所見がまったくみられないが洗浄細胞診断で癌細胞が発見される段階のもの,開胸して初めて微少な胸水や播種病変を指摘し得る段階のもの,臨床的に悪性胸水が貯留した段階のものがある.大量の胸水を伴った症例に対する胸水コントロールは肺癌を扱う医師にとって大切な手技の1つである.これらに対する標準的治療法が確立されているわけではないが,現在までのエビデンスに基づき,それぞれの段階での診断と治療法を概説した.

胃癌腹膜播種の病態と診断

著者: 阪倉長平 ,   萩原明於 ,   山岸久一

ページ範囲:P.747 - P.754

要旨:腹膜転移(癌性腹膜炎)は消化器癌の死亡原因のうちで大きな割合を占め,重大な予後規定因子である.癌性腹膜炎に伴う腹水貯留や消化管閉塞は全身状態不良な終末期癌患者にみられ,食思不振,腹部膨満感,悪心・嘔吐,腹痛などの苦痛を伴い,患者のQOLは著しく低下する.これまで癌性腹膜炎を根治させることは不可能とされてきたが,近年の化学療法の進歩に伴いその予後も改善しつつあり,その正確な早期診断が望まれている.最近では胃癌手術時の術中洗浄細胞診が一般に広く行われているが,その正診率は必ずしも十分ではない.そこでDNAチップを用いて腹膜転移由来胃癌細胞株の遺伝子発現変化を網羅的に解析し,腹水胃癌で特異的に発現,上昇している遺伝子を複数個同定し,これらの新しい診断マーカーとしての有用性を検討した.また,胃癌の新規癌抑制遺伝子RUNX3の発現低下と胃癌腹膜転移についての最近の知見も併せて示した.これらの新しいマーカーを指標とする迅速定量RT-PCR法によって,腹腔内の微小癌細胞を従来の腹腔洗浄細胞診に比べてより高感度・特異的に検出することが可能となり,術中迅速遺伝子診断として腹腔内癌化学療法の適応決定や手術術式決定に応用し得ると考えられた.

スキルス胃癌腹膜転移に対する温熱化学療法―安全かつ効果的なchemo hyperthermic peritoneal perfusion(CHPP)の手技

著者: 片山寛次 ,   村上真 ,   廣野靖夫 ,   永野秀樹 ,   本多桂 ,   五井孝憲 ,   石田誠 ,   飯田敦 ,   山口明夫

ページ範囲:P.755 - P.762

要旨:われわれが開発した開腹法CHPPの手技の変遷と最新の手法について詳述し,スキルス胃癌における予防的および治療的CHPPの効果につき検討した.スキルス胃癌H0P0郭清切除症例におけるCHPP非施行例では5年生存率が12.5%であるのに対して,CHPP群では50%と腹膜再発予防効果と延命効果を認めた.スキルス胃癌H0P1に対する治療的CHPPでは,2年生存率44%,5年生存率は11%であり,CHPP非施行,非郭清切除症例に比して有意に延命効果を示した.CHPPにおいて20分以上のthermal doseを得た症例では20分未満の症例より有意に延命が認められた.開腹法の開発によりCHPPは効果的かつ安全に行えたが,術後は重症熱傷に準じた集中治療を要した.スキルス胃癌で腹膜転移を認めても,そのほかの非治癒因子が切除可能な場合は,積極的な切除とCHPPにより延命が得られる症例がある.CHPP施行中に加温効果を定量化することで精度の高い治療が行える.

胃癌腹膜播種の化学療法

著者: 沖英次 ,   掛地吉弘 ,   吉田倫太郎 ,   西田康二郎 ,   古賀聡 ,   江頭明典 ,   森田勝 ,   前原喜彦

ページ範囲:P.763 - P.767

要旨:腹膜播種には,腹水,腸管の狭窄,尿管の狭窄などの様々な症状がある.これらの症状に対して,以前は全身化学療法だけでは十分な効果が期待できなかった.しかし,S-1や塩酸イリノテカン,タキサン系などの新規抗癌剤による治療で,それらの症状が改善する症例が認められるようになってきた.一方,腹腔内に直接抗癌剤を投与する局所療法はdose intensityが高いと期待され,様々な治療法の工夫が行われてきた.しかし,臨床試験で明らかな延命効果を示したものはほとんどない.ただし,化学療法の本来の目的は延命もしくは症状の改善であり,局所療法によって症状の改善効果が期待できるのであれば,延命効果が明らかでなくとも行う意義はあると考えられる.

腹膜播種の先進治療

著者: 坂本純一 ,   大庭幸治 ,   小林道也 ,   弓場健義

ページ範囲:P.769 - P.774

要旨:癌の腹膜播種に対しては,化学療法や手術療法が主として行われているが,いまだ決定的な方法はなく,新しい先進治療の開発や,既存治療法との併用効果の評価が必要である.温熱療法は,高周波数のラジオ波を用いたり閉鎖灌流装置を使用したりして,41℃以上の温度を維持することによって,悪性中皮種の播種性病変に有効である.非特異的免疫療法としては,OK-432によってNK細胞,T細胞マクロファージの活性化をはかる試みやIFN-γ,TNF,IL-2などのBMRを用いる方法が提唱されている.また,in vitroで活性化した自己活性化リンパ球の注入や,ペプチドを用いたワクチン療法なども先進医療として進められている.遺伝子治療としては,Kras RNA発現プラスミドに対するantisenseをtransfectする方法や,アデノウイルス,レトロウイルスをvectorとした方法なども臨床応用が期待されている.

大腸癌腹膜播種の診断と治療

著者: 堤荘一 ,   浅尾高行 ,   桑野博行

ページ範囲:P.775 - P.778

要旨:大腸癌腹膜播種は,胃癌に比べてその頻度は低いが,予後は同様に不良である.現在,大腸癌腹膜播種に対してコンセンサスの得られた治療法は確立されていない.1990年から2004年までに経験した大腸癌腹膜播種49症例の治療成績を示し,文献的に診断と治療について考察した.治療成績は満足できるものではなかったが,根治度Bを目指した積極的切除にて,延命効果が期待できる可能性が示唆された.

腹膜偽粘液腫の診断と治療

著者: 七戸俊明 ,   福良厳宏 ,   竹内幹也 ,   仙丸直人 ,   樋田泰浩 ,   鈴木温 ,   狭間一明 ,   長靖 ,   加賀基知三 ,   平野聡 ,   近藤哲

ページ範囲:P.779 - P.781

要旨:腹腔内にゼラチン様の粘液が充満する腹膜偽粘液腫は,進行は比較的緩徐であるが,有効な治療法が少なく高率に再発するため,治療に難渋する疾患である.治療は腫瘍の外科的摘出と腹腔内への抗癌剤の投与が行われるが,再発を繰り返し長期の臨床経過をたどることが多いため,疾患に対する十分な理解が必要である.

カラーグラフ 診療に役立つ肉眼像と組織像の理解―マクロからミクロ像を読む・6

大腸悪性腫瘍

著者: 浅尾高行 ,   斎藤加奈 ,   桑野博行

ページ範囲:P.723 - P.728

はじめに

 発生頻度からみれば,大腸に生じる悪性腫瘍のほとんどは高分化・中分化型腺癌(以下,通常型大腸癌)である.稀な組織型を示す腫瘍も通常型大腸癌との内視鏡的・肉眼的な相違点に注目すれば,ある程度「ミクロ像を読む」ことが可能である.

 本稿では,最初に典型的な進行大腸癌の肉眼像を示し,各種悪性腫瘍の肉眼形態・大腸内視鏡像を病理組織像と対比しながら述べる.拡大内視鏡を用いた早期大腸癌の診断については繰り返し取り上げられているので割愛する.

病院めぐり

小笠原村診療所

著者: 越村勲

ページ範囲:P.784 - P.784

当院は,東京竹芝桟橋から週1便の定期船「おがさわら丸」で片道25時間半の小笠原諸島父島にある唯一の医療機関です.小笠原諸島は有史以来一度も大陸とつながったことのない海洋島であり,独特の進化を遂げた固有生物もみられることから,東洋のガラパゴスと言われています.当診療所は,昭和43年に小笠原が日本に復帰した際に米軍の診療所を引き継いで開設し,現在は医師2名,歯科医師1名,助産師2名,看護師4名,歯科衛生士1名,歯科技工士1名,事務職員5名が勤務する11床の有床診療所です.

 小笠原は東京都に属しながらも亜熱帯の気候で,一年中泳ぐことができ,ホエールウォッチングやダイビングなどの観光客が来島します.それら観光の方が診療所を受診されることもありますが,患者様のほとんどは島民の方々です.受診の内訳は整形外科疾患が最も多く,内科,精神科,小児科,耳鼻科,眼科,産婦人科など全科に及びます.有床診療所と言っても給食設備はなく,各科の専門医は不在であるため,専門治療が必要な患者様は定期船に乗って「内地」へ受診のための上京をしていただくこととなります.しかし,経済的・時間的に多大な負担を負うことになるため,簡単な検査程度での上京をしてくださる場合は少なく,当院でできる限りの診療を行っています.

天草地域医療センター外科

著者: 原田和則

ページ範囲:P.785 - P.785

当院は平成4年に熊本県の天草郡市医師会立で開設された,一般病床200の病院です.天草・島原の乱や隠れキリシタンで知られる天草は,風光明媚な大小120の島々からなり,独自の生活圏を有しています.天草五橋によって九州本島とは車での往来が可能ですが,熊本市には2時間余を要する遠隔地です.人口は2市1町14万1千人で,過疎・老齢化の強い医療圏です.昭和20年代は炭坑や漁業で24万人を数えた天草ですが,次第に人口の流出が続き,今後もゆるやかな減少が予想されます.高齢化率(65歳以上)30.1%と,全国19.5%の25年先を歩む超高齢化社会です.

 当院設立前は専門的な疾病や大手術の場合,天草医療圏外への受診・入院といった状況が多く,その流出医療費は年間50~60億と言われてきました.この医療環境のなかで,地域完結型医療,病診・病病連携の推進を目指し,紹介外来型・開放型・共同利用型として医師会立の当院が設立されました.平成11年には全国12番目,熊本県第一号の「地域医療支援病院」として,また平成17年には「医療機能評価機構認定病院」として現在に至っています.診療科は外科を含め11科,常勤医は32名(研修医4)で,全科とも熊本大学医学部との強い連携のうえで陣容を保っています.

外科の常識・非常識―人に聞けない素朴な疑問・30

うがいは有効か

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.786 - P.787

【はじめに】

 最近,京都大学保健管理センターのSatomuraら(川村孝教授の研究グループ)1)から「風邪予防には水うがい」が有効で,何もしない群に比べて約4割,風邪をひく確率が低く,またヨード液(いわゆるイソジンガーグル(R)でうがいをした群はしない群とほとんど差がなかった(すなわちイソジンガーグル(R)によるうがいは無意味)という研究成果を発表し話題になっている.外科の分野でも風邪の患者をみる機会は多く,また,「手術前には術後の肺合併症予防のためにうがいを奨励したほうがいいのだろうか」,「奨励するとしたら水がよいのか,あるいはイソジン(R)がよいのか,塩水がよいのか」,「術前あるいは術後,風邪をひいた患者の予防や治療は」などの避けては通れない問題を含んでいる.本稿では,この問題を検証してみる.

元外科医,スーダン奮闘記・2

ガダーレフの日々

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.789 - P.791

ガダーレフへ

 エジプトはナイルの賜物と言われるが,スーダンも正にそうである.ウガンダにあるビクトリア湖から流れる白ナイル,エチオピアのタナ湖から流れる青ナイルが首都ハルツームで合流し,スーダンの中心部を北に進んでいく.ハルツームでは,乾季では白と青のきれいなコントラストが見られる.

 さて,青ナイルを200kmほど南下し,そこから東に向かって250kmほど行ったところがガダーレフである.ガダーレフの州都である.そこから未舗装路を70km行くとドカ地区があり,ガダーレフで2番目に大きいとされるドカ病院がある.そこに,学生さんたちの協力によってスーダンに持ち込んだ(手荷物として),横浜市から提供された医薬品を贈呈した.日本の医薬品はパッケージから添付書まですべて日本語なので,そのままではスーダンの医師は使用できない.そこで,私がドカ病院に住み込んで薬の使用方法を説明するとともに,薬の管理を行い,もちろんそのほかの医療活動も協力することになった.

臨床研修の現状―現場からの報告・10

沖縄県立中部病院外科

著者: 上原哲夫

ページ範囲:P.793 - P.796

1 はじめに

 沖縄県立中部病院の卒後臨床研修は,1967年に当時戦後の医師不足の解消のために本土に留学していた医学部卒業生を招集し,離島や中核病院で即戦力となる医師の早期育成システムとして始まった.開設当時からハワイ大学臨床研修プログラムに基づいて招聘された米国人医師を中心に行われ,1972年の本土復帰後も数人の米国人医師と米国での留学を終え帰国した医師や,本院での研修を終了した医師を中心に,グローバルスタンダードの医療ができ,かつゼネラリストとしての臨床医の育成を目指して継続している卒後臨床研修システムである.

外科学温故知新・11

癌化学療法

著者: 今野弘之

ページ範囲:P.799 - P.806

1 はじめに

 Nitrogen mustardが悪性リンパ腫の治療に用いられてから約60年が経過したが,多くの研究者の努力によってアルキル化薬,代謝拮抗薬,抗癌抗生剤,植物アルカロイド,タキサン,白金製剤,カンプトテシン,ホルモン剤,biological response modifier(BRM),分子標的治療薬,酵素製剤など,化学療法剤を主体として多くの癌治療薬剤が開発された.わが国においても優れた化学療法剤の合成・開発がなされ,各種の癌に対するレジメンの臨床研究も行われてきた.しかし,その後のわが国における癌化学療法の展開は満足すべきものではなく,EBM,ICH-GCPなどの理解・認識や標準療法の提示は比較的最近のことであり,欧米のレベルに必死にキャッチアップしようとしているのが現状である.

 その一方で有力な新規化学療法剤が開発され,標準治療剤として次々と組み入れられており,一般臨床家が種々の癌に対する最新の標準化学療法をすべて理解するのは容易ではない.われわれ外科医も,固形癌に対する癌化学療法の急速な変化にどのように対応すればよいのか,多少困惑しているというのが実情であろう.このような現状を踏まえ,癌化学療法の歴史を振り返り,成果と問題点を今一度見直すことは意義深い試みと思われる.

連載企画「外科学温故知新」によせて・2

手術管理,感染対策―産褥熱の征圧に挑んだSemmelweissの悲劇

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.808 - P.809

 ハンガリー出身でウィーン大学の産科病棟に助手として勤務していたゼンメルワイス(Ignaz Semmelweiss:1818~1865)は,主に助産婦が分娩を取り扱う病棟(第1産科)と,医師や医学生が取り扱う病棟(第2産科)における産褥熱の発生頻度とその死亡率に著しい差があるのに気づき,その原因解明に取り組んだ(ちなみに1846年の集計によれば,第2産科における産褥熱での死亡率が11.4%であるのに対して,第1産科のそれは2.8%であったと言う).この一連の調査によって,産褥熱が(パスツールやコッホによって細菌学が勃興し,腐敗や化膿が細菌感染によって引き起こされることが明らかにされる以前のことであり,ゼンメルワイスが産褥熱の原因として細菌というものを特定したわけではない)医師や医学生によって(すなわち,外来で患者を診察したり,直前に剖検を行っていた医師や医学生の手によって)媒介されているという結論に至ったのであった.すなわち,今日的な意味での疫学的調査によって明かになったことは,「産褥熱の発生が多い病棟では,医師や医学生が産婦の診察や分娩に関与している」ということであった.

 ゼンメルワイスはこのことを直接の上司であるクライン教授に上申したが,かえって権威主義者の教授の怒りを買うところとなり,ゼンメルワイスの具申は無視されたのであった.そのためゼンメルワイスは気苦労から健康を害し,神経衰弱で倒れる寸前までになったという.その後,3週間ほどの休暇によって精神的安定を取り戻したゼンメルワイスがウィーンに戻ると,同僚の法医学のコレチュカ教授が解剖中に助手から受けた小さな傷から敗血症をきたして死去したことを知ったのであった.このコレチュカ教授の病理解剖を通じて,彼の死因が小さな傷から全身に拡がった敗血症であること,そしてこの敗血症にみられた臨床上の諸徴候と産褥熱のそれとがまったく同じであることに思い至ったゼンメルワイスは,「病理解剖を行った医師や医学生が,手指を洗うことなくそのままで病棟において産婦を診療することによって産褥熱が引き起こされている」との結論に達した.

胃癌外科におけるリンパ節郭清の始まりとその展開・4

Billroth―1881年―とその後

著者: 高橋孝

ページ範囲:P.811 - P.819

【1881年1月29日(1)―この日の胃切除の意味を探る手掛かり―】

 1881年1月29日が近代外科,特に腹部外科の発展の中で特別な日であることは言うまでもありません.この日WienのAllgemaine Krankenhausでは,Billrothが胃癌に対する胃切除(当時の用語では幽門癌に対する幽門切除)を成功裡に成し遂げ,その後,この患者の経過を4か月にわたって観察し得たのです.

 これは,一般には胃癌に対する外科手術の成功第1例として語り継がれていますが,当時の諸状況のなかに身を置いて考えてみますと,開腹して腹腔内の病巣を取り除くという外科手技を可能にしたこと,また消化管,特に上部消化管の連続性を離断しこれを再建することの可能性を実際に具現したということに第一義的な意味が置かれるべきものと思われます.つまり,1881年1月29日のBillrothにあっては,胃癌の手術という意識よりは,胃の切除手術という意味をより強く念頭に置いて手術を進めていたのではないかと考えるのです.

私の工夫 手術・処置・手順

鼠径ヘルニア手術時における形状記憶リングの入ったメッシュ挿入時の工夫

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.822 - P.823

はじめに

 最近の10年は成人鼠径ヘルニア手術ではメッシュを使用したtension freeの術式が標準となっており,メッシュは種々のものが発売され,使用されるようになってきた.Kugel法やdirect Kugel法で使用するメッシュには形状記憶リングが組み込まれ,メッシュを留置・固定する時にメッシュの形状が保たれやすくなっている.また,時間を経過しても収縮しにくい構造になっている.本稿では,このタイプのメッシュ使用する時の注意点と工夫を供覧する.

臨床報告・1

異常高値CA19-9血症を呈した総胆管結石・胆石症の1例

著者: 山本隆嗣 ,   大野耕一 ,   上西崇弘 ,   福本信介 ,   林勝吉

ページ範囲:P.825 - P.829

はじめに

 Carbohydrate antigen 19-9(CA19-9)は腺癌の腫瘍マーカーとして広く知られ,様々な悪性疾患,特に肝胆膵,婦人科悪性疾患の診断に利用されているが,非腫瘍性疾患でも血中濃度の軽度上昇がしばしばみられる.今回われわれは,血中CA19-9異常高値を呈した総胆管結石・胆石症症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

竹片による小腸憩室穿孔の1例

著者: 熊谷厚志 ,   川口正春 ,   山崎将典 ,   谷口正美 ,   松田巌 ,   米川甫

ページ範囲:P.831 - P.834

はじめに

 小腸憩室穿孔は比較的稀な疾患であり,わが国での報告例は検索し得た限り自験例を含め52例であった.なかでも異物が原因と考えられた小腸憩室穿孔の報告は魚骨によるMeckel憩室穿孔例の報告が散見されるのみで1),Meckel憩室を除く小腸憩室については検索した限りでは認められなかった.今回,われわれは竹片が原因と考えられた小腸憩室穿孔の1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

血胸にてショックに陥った肺動静脈瘻を合併したRendu-Osler-Weber病の1例

著者: 大堀俊介 ,   伊藤寿朗 ,   稲岡正己

ページ範囲:P.835 - P.837

はじめに

 Rendu-Osler-Weber病は遺伝性出血性毛細血管拡張症とも呼ばれる常染色体優性遺伝疾患であり,全身諸臓器に毛細血管の拡張や動静脈瘻を生じ,特に鼻出血と消化管出血,肺動静脈瘻などを特徴とする1).今回,肺動静脈瘻破裂による血胸によりショックに陥り緊急手術を施行したRendu-Osler-Weber病の1例を経験したので報告する.

ヒルシュマン型肛門鏡を用いて経肛門的に摘出し得た誤飲性有鉤義歯異物の1例

著者: 中尾健太郎 ,   長山裕之 ,   林征洋 ,   竹中弘二 ,   角田明良 ,   草野満夫

ページ範囲:P.839 - P.842

はじめに

 誤飲による消化管異物は自然排泄されることが多いが,異物の種類によっては穿通,穿孔などを起こすため開腹手術となることがある.特に有鉤義歯はクラスプ(有鉤部)が消化管に穿孔し,開腹手術に至る報告もみられる1).今回,有鉤義歯がほとんど停滞することなく直腸まで到達し,直腸で穿孔することを危惧しヒルシュマン型肛門鏡を用い直腸ならびに肛門管を傷つけることなく経肛門的に摘出し得た症例を経験したので報告する.

完全内臓逆位症に併存した急性胆囊炎に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した1例

著者: 田中浩史 ,   山本穣司 ,   永井基樹 ,   前田清貴

ページ範囲:P.843 - P.846

はじめに

 内臓逆位症は6,000~8,000出生に1例とされる稀な先天性異常である1)が,日常臨床において診療する機会もあると考えられる.今回,完全内臓逆位症に併存した急性胆囊炎症例に対して腹腔鏡下胆囊摘出術(以下,LC)を施行したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

急性虫垂炎を契機に発見された盲腸癌の2例

著者: 松田俊太郎 ,   峯一彦 ,   河野文彰 ,   種子田優司 ,   市成秀樹 ,   柴田紘一郎

ページ範囲:P.847 - P.850

はじめに

 急性虫垂炎を伴う盲腸癌の報告は散見されるが,いずれも術前診断が困難であることを述べている1~10).今回,急性虫垂炎を発症し,虫垂開口部盲腸癌がその原因であったと考えられた2症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

盲腸癌切除後切除結腸盲端部に再発をきたしlinear staplerによるimplantationの可能性が示唆された1例

著者: 小林達則 ,   上川康明 ,   上山聰 ,   里本一剛 ,   石根典幸

ページ範囲:P.851 - P.854

はじめに

 近年,消化器外科手術において多くの自動吻合器や縫合器が開発され,手術手技の標準化や手術時間の短縮がもたらされ,外科手術においては必須のアイテムとなった.一方,その使用頻度が増加するにつれ,性能の限界や問題点も知られるようになってきた.今回,われわれは自動縫合器によると考えられる縫合部再発をきたした大腸癌の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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