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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科62巻1号

2007年01月発行

雑誌目次

特集 良性腸疾患における腹腔鏡下手術の適応と限界

潰瘍性大腸炎に対する腹腔鏡下手術の適応と工夫

著者: 大塚幸喜 ,   若林剛

ページ範囲:P.13 - P.18

要旨:炎症性腸疾患の外科的治療は良性疾患であることと若年者に多いことから,整容性や早期社会復帰が期待できる低侵襲下の腹腔鏡下手術(laparoscopic surgery:LS)が理想である.特に潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:UC)の手術は一般的に大きな開腹創と大腸全摘という過大侵襲となり,小開腹創で行えるLSのメリットはより大きいものと考える.しかし,UCに対するLSは技術的に難易度が高く,さらにより低位での直腸切離が困難なことから,いまだ普及していないのが現状である.われわれはそのLSの問題点を解決すべく直腸反転法を併施した大腸亜全摘・回腸囊肛門管吻合(IACA)を行ってきた.本稿では,その手術手技を中心に述べる.

クローン病に対する腹腔鏡下手術の適応と限界

著者: 石井良幸 ,   長谷川博俊 ,   西堀英樹 ,   遠藤高志 ,   北島政樹

ページ範囲:P.19 - P.24

要旨:クローン病は比較的若年者に発症する慢性炎症性腸疾患で,しばしば再燃し手術が複数回に及ぶこともある.このため,創が小さく,腸蠕動の回復が早く癒着の少ない腹腔鏡下手術はクローン病のよい適応と考えられる.手術に際しては,術前に炎症を十分に寛解させておくことが重要であり,これによって安全に施行することが可能となる.腹腔鏡下手術のクローン病への導入は狭窄に対する手術に始まり,瘻孔や膿瘍を形成する穿孔型にも適応が拡大されて良好な成績が得られるようになった.また,再手術例にも安全に施行することが可能であることから,現在,当科では待機手術が可能な症例であれば全例を腹腔鏡下手術の適応としている.しかし,強固な癒着や複雑瘻孔を合併するような症例では開腹移行率が高く,現在の適応の限界と考えられる.

大腸憩室炎に対する腹腔鏡下手術―その適応と限界

著者: 田中慶太朗 ,   奥田準二 ,   山本哲久 ,   近藤圭策 ,   谷川允彦

ページ範囲:P.25 - P.34

要旨:大腸憩室炎に対する腹腔鏡下手術の適応は,再燃を繰り返す憩室炎や憩室炎に続発した狭窄,限局した膿瘍などの合併症を伴うものとしているが,症例ごとに慎重に対応している.大腸憩室炎に対する手術では炎症によって正しい剝離層の同定が困難となるため注意が必要である.特に腹腔鏡下手術では的確なランドマークを指標として確実に尿管・精巣/卵巣動静脈を温存した剝離操作がポイントとなる.われわれは右側結腸では十二指腸水平部を,左側結腸では上直腸動静脈をランドマークとして,腸間膜側から剝離を開始する内側アプローチを用いている.内側アプローチには,特に炎症が外側腹膜に及ぶような高度の大腸憩室炎に対して,炎症のある腸管を授動する前に尿管・精巣/卵巣動静脈の確認と温存が安全に行える利点がある.腹腔鏡下の解剖を十分に理解して内側アプローチを適切に用いることによって,高度な大腸憩室炎に対しても安全に腹腔鏡下手術を施行できる.

虫垂炎に対する腹腔鏡下手術の適応と限界―EBMに基づいた適応指針

著者: 猪股雅史 ,   二宮繁生 ,   田島正晃 ,   切手俊弘 ,   安田一弘 ,   白石憲男 ,   北野正剛

ページ範囲:P.35 - P.40

要旨:腹腔鏡下虫垂切除術は1983年のSemmの報告に始まる.わが国でも腹腔鏡下手術の導入時期から行われており,ほかの腹腔鏡下手術と同様に低侵襲治療として普及しつつあるものの,悪性疾患ほどその適応指針が明確化されていない.本稿では,虫垂炎に対する腹腔鏡下手術の適応について,国内外から報告された論文をレビューし,EBMに基づいた現時点での適応指針について述べた.その結果,腹腔鏡下手術は開腹手術と比較して手術時間が延長するが,創感染が少なく,疼痛の軽減,在院日数の短縮,早期の社会復帰など低侵襲性のメリットが示されていた.一方,穿孔性虫垂炎の場合の腹腔内膿瘍の発生頻度増加などのディメリットも示されており,全身麻酔が必要な状況や経済性も考慮して,さらなる評価が必要と考えられる.一方,診断的腹腔鏡手術として不必要な虫垂切除を減らし得る点が評価されており,術前に確定診断が困難な場合や腹壁の厚い肥満患者など特殊な場合は本術式のよい適応だと考えられる.

直腸脱に対する腹腔鏡下直腸後方固定術の適応と限界

著者: 花井恒一 ,   前田耕太郎 ,   佐藤美信 ,   升森宏次 ,   小出欣和

ページ範囲:P.41 - P.46

要旨:従来,直腸脱に対する手術は様々な方法が行われてきたが,近年は低侵襲とされる腹腔鏡下手術が導入され,さらに手術の幅が広がってきた.筆者らは,Well's法に準じた腹腔鏡下の直腸固定法を第一選択として行っている.本手術の手技のポイントは,(1)子宮を吊り上げることや,直腸にテープをかけ,それを把持牽引することによって小骨盤腔内の視野を確保すること,(2)下腹神経および骨盤神経を温存し,直腸を授動したのち,神経や動静脈に注意し,直腸を2/3周メッシュで固定すること,(3)切開した腹膜を再修復すること,としている.われわれは14例に本術式を行ったが再発例はなく,便失禁も軽快し,本術式で危惧される便秘も軽度であった.一方,直腸脱患者は高齢で既往症のあることも多く,より低侵襲なThiersch法やGant-Miwa法の選択をすることや,腹腔鏡下手術特有の条件から開腹術を選択することもある.

癒着性腸閉塞に対する腹腔鏡下手術の適応と限界

著者: 松尾勝一 ,   志村英生 ,   田中伸之介 ,   牧将孝 ,   安波洋一 ,   池田靖洋

ページ範囲:P.47 - P.52

要旨:1996年から2006年までに癒着性イレウスと診断され,われわれが手術を行った72例について検討した.腹腔鏡下癒着剝離術を35例に施行し,腹腔鏡のみで完全に遂行された症例は22例(64.7%),小開腹を併用した5例(14.7%),通常開腹への移行は8例(22.9%)であった.術前に減圧のためイレウス管を挿入し,狭窄部位の近傍で小腸造影を施行した.造影で先細り型の所見の認められた20例の腹腔鏡下手術による完遂率は80%であった.また,消化管マルチスライスCT(MSCT)を行うことによって狭窄部を3次元で表現することが可能であった.さらに,再癒着防止のため合成吸収性癒着防止材を15例に挿入し,現在まで最長7年間(平均観察期間42か月間)経過を観察しているが,1例に再発を認め,開腹で癒着を剝離した.腹腔鏡下手術の適応は腸閉塞を繰り返す「腸管癒着症候群」がよい適応と考えられ,小腸造影やMSCTによって狭窄部位の診断を詳細に行えば低侵襲な手術も可能であると考えた.

大腸穿孔に対する腹腔鏡下穿孔部閉鎖術の適応と限界

著者: 林賢 ,   宗像康博

ページ範囲:P.53 - P.58

要旨:大腸穿孔症例の21例に腹腔鏡下穿孔部閉鎖術を行った.腹腔内を観察して穿孔部を確認したのち,リニアステープラー法か手縫い法かを選択した.19例で穿孔部が確認でき,UCを除く18例で閉鎖術後の成績が良好であった.同期間の開腹手術症例に比較して創感染が少なく,腹腔内の感染の遷延化が少なかった.また,経口摂取,入院期間が短期であった.本術式は腹膜炎の中等度までの症例では確実で低侵襲な手術手技と考えられた.

小児腸重積に対する腹腔鏡下手術の適応と限界

著者: 佐藤正人 ,   濵田吉則 ,   高田晃平 ,   棚野晃秀 ,   徳原克治 ,   畑埜武彦

ページ範囲:P.59 - P.64

要旨:われわれは1996年から現在までに23例の小児腸重積症患児に腹腔鏡下手術を試みた.23例中20例が腹腔鏡下腸重積整復術症例で,残り3例が反復性腸重積症患児に対する腹腔鏡検査症例であった.腸重積整復例のうち回腸結腸型の10例に腹腔鏡下整復がなされ,器質的疾患を合併していた3例と,整復後に腸管の壊死が確認された1例に腹腔鏡補助下小腸切除術が施行された.4例で手術時に重積の自然整復が確認され,2例が開腹術に移行となった.小児腸重積症における腹腔鏡の応用は治療目的だけではなく診断的価値においても期待できる.ただし,開腹移行例もあるため,今後も引き続き検討することが望まれる.

ヒルシュスプルング病に対する腹腔鏡下手術の適応と限界

著者: 広部誠一 ,   鎌形正一郎 ,   東間未来 ,   吉田史子 ,   奥村健児 ,   武藤充 ,   岡部圭介 ,   林奐

ページ範囲:P.65 - P.73

要旨:ヒルシュスプルング病に対するprolapsing techniqueを用いた腹腔鏡補助下手術の実際を概説する.乳幼児の腹腔は小さく,特に骨盤腔における鉗子操作は成人のそれと比較して困難性が高い.よって,腹腔外でできることをあえて腹腔内で行おうとしない工夫が有用であり,腹腔鏡操作では主に腸管の授動と血管処理を行い,直腸の剝離,離断は肛門側へ直腸を飜転して肛門側の腹腔外での視野で行う.本法は腹腔鏡操作による低侵襲で創が小さい利点とともに,結腸間膜の切離を最小限とすることで上行する骨盤神経叢直腸枝を温存でき,術後の大腸運動の回復が良好である利点もある.さらに,直腸を肛門側へ飜転しての操作によって粘膜抜去での歯状線付近の剝離を直視下に行え,筋筒の後壁切開も全長にわたって確実にできる利点があり,術後の排便機能の成績に良好な結果をもたらしている.

鎖肛に対する腹腔鏡下手術の適応と限界

著者: 石丸哲也 ,   岩中督

ページ範囲:P.75 - P.79

要旨:近年,小児領域においても腹腔鏡下手術が普及してその適応は拡大しつつあり,高位,中間位鎖肛に対しても腹腔鏡下手術が行われるようになってきた.その手術のポイントは瘻孔の確実な切離と正確なプルスルー経路の作成にある.そのために,当科では術中に尿道鏡(腟鏡)と腹腔鏡用筋刺激装置を使用している.腹腔鏡補助下造肛術は従来法(後方矢状切開法)と比較して直腸肛門付近の神経筋損傷が小さいため,術後の良好な排便機能の獲得が期待されており,今後,標準術式になる可能性があると思われる.一方で遺残瘻孔という合併症の報告もあり,瘻孔の処理を骨盤深部で行わなければならない中間位鎖肛に対してはその適応に議論がある.瘻孔の正確な処理が行えるような安全性を考慮した術式の開発が今後の課題である.

カラーグラフ 診療に役立つ肉眼像と組織像の理解―マクロからミクロ像を読む・13

甲状腺

著者: 亀山香織 ,   宮部理香 ,   高見博

ページ範囲:P.5 - P.11

 WHOの組織分類が改定されたことに伴い,昨年改定されたわが国の「甲状腺癌取り扱い規約」(第6版)1)では,低分化癌,乳頭癌の亜型,CASLEなどが新たに加えられた.本稿では,日常の診療で遭遇する頻度の高い甲状腺腫瘍性病変につき,そのエコー・カラードップラ所見,手術標本の肉眼像および組織像について概説する.

胃癌外科におけるリンパ節郭清の始まりとその展開・11

1910年前後からの実践(2)―本道と逸脱:直腸癌外科Miles,子宮癌外科Wertheimの場合

著者: 高橋孝

ページ範囲:P.81 - P.91

【直腸癌外科:Gerota,Quenu,Cuneoの直腸リンパ流研究】

 前回はGrovesの大網切除について考えてきました.それが胃癌リンパ節郭清の本道にあるのかそこからの逸脱であるのか今もって結論は下されていませんが,少なくともわが国では腹膜播種の対抗策として実践に応用されてきました.

 今回は再び横道に逸れますが,直腸癌のリンパ節郭清の展開をみていきます.そこには明らかに本道からの逸脱があります.リンパ流研究の理論を無視した臨床の専横があります.理論という羅針盤のない航海に乗り出した結果は,リンパ節郭清の展開のための方向を見失い,その後の長い間,直腸癌の暗黒時代を経過することとなるのです.

外科の常識・非常識―人に聞けない素朴な疑問・37

腹腔鏡下胆囊摘出術に術中胆管造影は必要か

著者: 漆原貴

ページ範囲:P.92 - P.93

 腹腔鏡下胆囊摘出術において術中胆管造影(以下,IOC)は主に胆管結石の有無の確認と胆管,胆囊管の走行を確認する目的で行われるが,ルーチンに施行すべきか否かはいまだに議論されている.胆管損傷を避けるためにはIOCが有用であり,ルーチンで行うべきであると主張する報告において,その利点に胆管の解剖学的位置関係や副右肝管の存在の把握ができることや,胆管内の結石の有無の確認やOddi括約筋の機能を確認ができることを挙げている1~3).一方,選択的に行えばよいとする意見ではIOCは必ずしも胆管損傷の防止に役立っておらず,短所として手術時間が延長することと,胆囊管が短い場合には断端処理が困難となるなどを理由としている4~6)

 日本内視鏡外科学会による「内視鏡外科手術に関するアンケート調査―第7回集計結果報告」では,腹腔鏡下胆囊摘出術214,935例における胆管損傷は1,468例で,0.68%に認められた7).さらに術後の胆管狭窄117例を加えると0.74%となり,135例に1例の割合で発生していた.その原因は総胆管の誤認と止血操作によって生じる.腹腔鏡下胆囊摘出術は低侵襲で社会復帰が早期である利点の裏腹に合併症としての胆管損傷の代価は大きい.

病院めぐり

石巻市立病院外科

著者: 伊勢秀雄

ページ範囲:P.94 - P.94

 石巻市は人口17万人の都市で,仙台の東方約50kmに位置し,太平洋に面して旧北上川が街中を流れる風光明媚なところです.水揚量がわが国第3位(166,000 t),水揚高が第11位(190億円)の漁港と大型岸壁を有する工業港を持ち,稲作や畑作も盛んで,豊富な食材に恵まれており,安くて美味しい寿司の街としても知られています.毎年8月1日には川開き祭りが開催され,1万5,000発の花火が旧北上川の川岸で打ち上げられて夜空を輝かせ,腹に響く音とともに多くの見物人を楽しませています.

 当病院は石巻市民の要望に応えて平成10年1月7日にオープンした新設の病院です.施設規模は一般病床206床で,14診療科を標榜しています.平成18年6月からは7:1の看護基準を取得しており,手厚い看護体制をしいています.本院建設の目的は約23万人の石巻医療圏の二次医療を充実し,仙台医療圏への依存と市民の経済的・精神的負担を軽減すること,隣接する石巻市夜間急患センターの後方病院として機能すること,市民の健康を管理し,病診連携,病病連携ならびに病薬連携を重視して地域医療の中核病院となることなどです.平成15年に管理型の臨床研修病院の指定を,平成16年には病院機能評価(Ver4.0)一般病院の認定を受けています.市民に信頼され,愛され,満足していただける医療を提供できる病院づくりをモットーに日々診療に励んでいます.

白石共立病院外科

著者: 岸川正彦

ページ範囲:P.95 - P.95

 白石町は佐賀県の南西部地区,JR長崎本線沿いにあり,江戸時代以来の有明海の干拓によってできた広大な農村地帯です.人口は約3万人で,周辺地域の住民を含めた約10万人が当院の診療患者です.有明海の沿岸地帯は全国有数の米,蓮根,玉葱の産地であると同時に,癌の多発地帯でもあります.肝癌は全国第1位,胃癌8位,大腸癌14位です.

 当院は昭和55年に開設され,現在は病床数150床,診療科9科,医師18人,看護師170人,従業員数270人です.外来患者数は450人/日(外科45人/日),入院患者はほぼ満床状態で,入院基本料B,在院日数18日,ベット稼働率98%です.当院は佐賀県南部地区の急性期一般病院および救急病院(災害拠点病院)として高度の診療を求められているため,画像診断部ではMRI,MDCT,アンギオグラフィ,エコー検査,マンモグラフィ,マンモトーム,拡大ハイビジョン内視鏡システムを備えています.

外科学温故知新・16

大腸外科

著者: 小野寺久

ページ範囲:P.97 - P.103

1 近代の大腸外科の発展

 大腸手術の歴史は古く,Litterの腸閉塞に対する大腸の開放による減圧術に始まる(1710年).それ以降,18世紀の大腸手術はほとんどが腸瘻によって治療がされていたことがPillore(1776年),Fine(1797年)らの報告で窺われる.

 大腸癌に対する最初の切除と吻合は19世紀半ばにReybard(1844年)1)によって行われ,端々吻合で成功した.しかし,縫合不全の危険性が高かったため,Lembert,Halsted(1826年)らは吻合法の改善を検討し,安全な腸管吻合を確立すべく努力した.Micklicz(1898年)2)は大腸癌イレウスにおける切除と救命という目的を果たすため,腫瘍を含む腸管を腹腔外に出して腫瘍を切除し,その後,二期的に腸瘻を閉鎖する方法を開発した.

連載企画「外科学温故知新」によせて・9

―[Roux-en-Y]吻合の創始者― César Roux(1857~1934)

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.105 - P.107

 今日,消化器外科の領域特に消化管再建に際して重要な手術手技になっている「ルー・ワイ(Roux-Y)吻合」が,これを始めたCésar Roux(1857~1934:図1)というスイス人外科医の名前に由来することは案外と知られていない.そこで今回は,消化器外科に関連した各論が始まるにあたって,「腸管吻合の歴史的変遷」に引き続いて「ルー吻合」の創始者であるCésar Rouxを紹介する.

 消化器外科領域の再建に際して広く繁用されているルー(Roux-Y)吻合を創始したCésar Rouxは1857年のスイス生まれで,「Roux(ルー)」という名前からうかがい知れるようにフランス移民の家系出身である.ベルン大学医学部を卒業後,数千例にも及ぶ甲状腺切除手術の実施などの功績により,のちに第1回ノーベル医学賞を受賞して世界的な名声を博することになる外科学の泰斗コッヘル(Theodor Kocher)のもとで助手となって外科医としての第一歩を踏み出し,1880年から3年間にわたってKocherから薫陶を受けつつ研鑽を積んでいった.さらにRouxは,師Kocherの助言を受けてドイツに遊学することとなり,BillrothやVolkmannなどその当時の外科学の大家と交友した(図2).そして,そのようなその当時の諸大家との交友を通じて見識を広めていき,1887年にローザンヌ大学の外科学教授に迎えられたのである.折しもRouxが教授に就任した頃は,Listerの防腐法やそれから発展していった無菌法,さらにMortonらが開発した麻酔法などが徐々に外科臨床に浸透していき,外科とくに腹部内臓外科が新時代を迎えようとしていた時代であった.

元外科医,スーダン奮闘記・9

ラマダン

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.109 - P.111

スーダンでのラマダン

 スーダン北部にはイスラム教徒が多い.イスラムの教えのなかにラマダンの励行がある.ラマダンとは,日の出から日の入りまで飲食が禁止される.唾を飲みことすら禁止されるのである.これが,1か月間続く.今年のラマダンは9月23日から開始した.イスラムでは太陰暦を用いているので,太陽暦に比べて1年が10数日ほど短い.そのため,ラマダンは1年10数日ずつ早くなっていくのである.来年のラマダンは9月の初旬ということになる.

 さて,ラマダンのときの人々の暮らしぶりを紹介したいと思う.日の出前の4時半くらいに起きだし,お祈りをしたあとに簡単な朝食をとり,またしばらく休む.それから職場に行くのであるが,ラマダン月は,役所をはじめ多くの職場で始業時間が1時間遅くなる.冷房の効いたオフィスで働く人はまだよいが,外で働く肉体労働者などは午前中の早い時間のみの仕事になる.そうしないと体が持たないからである.昼前くらいから,もう木陰でゴロゴロしている人をたくさん見かけるようになる.レストランの類もいっせいに店を閉めている.売店などでも飲食物の販売を禁止しているところもある.そして,肉体労働者のみならず,オフィスワーカーも早々と職場を離れることになる.これでは,ラマダン月はまったく仕事にならないといってもよい.事実,ロシナンテスなどのNPOを管轄する官庁でも仕事は遅く始め,早く終了するために,まったく仕事が前に進まない.これに慣れた人たちはラマダン月に仕事を作らないように工夫している.私はラマダン月に仕事がまったくはかどらないことを知ってはいたが,うっかりしており,日本からの仕事を処理する必要性がこの月に発生した.もちろん,1か月間が無駄に流れていった.

私の工夫 手術・処置・手順

ジオン®注射硬化療法を利用した嵌頓痔核に対する非観血的治療の工夫

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.112 - P.113

はじめに

 嵌頓痔核は,脱出した痔核が肛門括約筋群の痙攣などによって締め上げられた状態で,急激に発症する病態と考えられている.治療法は保存的治療後に結紮・切除術の根治手術を行うべきという意見と,早期手術を推奨する意見がある.しかし,どちらにしても観血的な手術が必要である.

 嵌頓痔核に対し,保存的治療後に新しい硬化剤であるジオン®を用いて硬化療法を行い,非観血的な治療を工夫したので報告する.

臨床研究

大腸癌待機手術症例における創感染の検討

著者: 境雄大 ,   佐藤浩一 ,   小栁雅是 ,   須藤泰裕 ,   木村由佳 ,   長谷川善枝

ページ範囲:P.115 - P.119

はじめに

 大腸手術の特徴は,大腸が腸内細菌の多数通過する管腔臓器で,術式も数多く存在する点にある1).これらはほかの臓器の手術に比べて手術部位感染(surgical site infection:以下SSI)の頻度を上昇させる要因となる.SSIのうち2/3は切開部SSI(狭義の創感染)であり2),入院期間の延長や費用の増加,QOL(quality of life)の低下を引き起こす.

 今回,われわれは当科における最近の大腸癌手術例を対象として創感染に影響を与える因子を分析した.

臨床報告・1

胃および横行結腸の脱出を認めた白線ヘルニアの1例

著者: 早稲田龍一 ,   平野勝康 ,   黒川勝 ,   芝原一繁 ,   魚津幸蔵 ,   長谷川洋

ページ範囲:P.121 - P.124

はじめに

 白線ヘルニアは白線の間隙から発生する腹壁ヘルニアの1つで,わが国では60余例の報告をみるに過ぎない稀な疾患である1~3)

 今回,長い経過観察ののち,上腹部に胃および横行結腸の脱出を認めた白線ヘルニアの1例を経験したので報告する.

肛門近傍に増大する皮下腫瘤として認められた副乳の1例

著者: 澤田俊哉 ,   小棚木均 ,   最上希一郎 ,   佐々木靖博 ,   作左部大 ,   大内慎一郎

ページ範囲:P.125 - P.129

はじめに

 副乳は,胎生期の両側腋窩から胸部~腹部~鼠径部~大腿内側外陰部に向かう乳腺堤,いわゆるmilk line上に形成された胸部乳房以外の乳腺組織である.副乳の発生頻度は日本人では5.9~14.4%とされるが,その80%は腋窩にみられ,外陰部あるいは肛門近傍に認められるものは稀である1)

 今回,われわれは増大傾向を示した肛門近傍の副乳を経験したので報告する.

保存的治療で治癒した銃弾による食道穿孔の1例

著者: 藤田昌久 ,   中川宏治 ,   中村純一 ,   佐藤忠敏 ,   門山周文

ページ範囲:P.131 - P.134

はじめに

 欧米諸国に比べて,わが国における銃器による外傷の発生頻度は稀であるが,最近では報道で発砲事件を見聞することも多く,今後増加することが予測される1)

 今回,われわれは改造エアガンが使用された銃弾による外傷性食道穿孔に対して保存的治療で治癒し得た1例を経験したので報告する.

狭窄型虚血性小腸炎をきたした重症マムシ咬傷の1例

著者: 中野正啓 ,   田辺大朗 ,   近藤圭一郎 ,   野田健治

ページ範囲:P.135 - P.138

はじめに

 わが国におけるマムシ咬傷患者は年間で1,000~2,000人と推測され,死亡例は10~20人程度とされている1).今回,われわれはマムシ咬傷後に急性腎不全に陥り,かつ狭窄型の虚血性小腸炎を合併した1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

大腸内分泌細胞癌の1例

著者: 河野文彰 ,   松田俊太郎 ,   種子田優司 ,   市成秀樹 ,   峯一彦 ,   木佐貫篤

ページ範囲:P.139 - P.143

はじめに

 大腸内分泌細胞癌は,その発生頻度は原発性大腸癌の0.2%程度と非常に稀とされ1),わが国における報告も散在する程度である.本稿では直腸原発の内分泌細胞癌の1例を報告し,わが国における報告例を集計してその臨床病理学的特徴を検討した.

手術手技

ポート並列による2孔式胸腔鏡下肺部分切除術

著者: 池田秀明 ,   山下裕 ,   大石正博 ,   小寺正人 ,   瀬下賢 ,   山村方夫

ページ範囲:P.145 - P.148

はじめに

 胸腔鏡下手術は低侵襲で整容上の利点を有するため,胸部外科領域で広く利用されている.多くは自然気胸,肺末梢性腫瘍,肺生検に対して3か所のポート挿入部を設置したうえで施行されるが,最近は2孔式の術式がよく報告されている1~3)

 われわれは整容上の利点をそのままに,さらに効率的な2孔式胸腔鏡下肺部分切除術を工夫したので報告する.

外科医局の午後・27

「学会」雑感

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.52 - P.52

 私が学会発表にはまるようになったのは,そう昔からではない.若い頃に出張した病院は,実にゆったりとしたところで,医局内で学会発表をしている医者は誰もいなかった.かくいう私もまったく興味がなく,たまに出向くことはあっても夜の出歩きのほうが主であった.大学での学位仕事を終え,田舎の温泉病院,それから都会の県立病院に勤務したが,その前半はまわりに学会発表などする医者も雰囲気もまったくなく,学会にも行かなかった.

 40歳少し前あたりから,これからは専門医資格が必要という風潮になり,そのためには筆頭論文や学会発表が必要であるという規定があった.それではひとつ症例報告でも書こうと決め,まず論文の執筆にとりかかった.2~3編が掲載されると,少し面白くなってきた.ついでに学会発表をということで,この論文の内容をもとに学会発表を始めた.あらかじめ論文執筆時の資料は揃っているので,学会発表自体は楽であった.そのうち症例報告だけではつまらなくなり,手術のビデオ発表も行った.実際に学会に発表して参加するのと,単に聞きに行くだけとは面白みも緊張もまったく違った.そのうちに,分野をある程度絞って,発表を聞いていると,今この分野ではなにがホットなことであるかも,また,その道の権威が誰であるかも序々にわかるようになってきた.

ひとやすみ・16

外科教育と魚釣り

著者: 中川国利

ページ範囲:P.124 - P.124

 多くの先輩のご指導により,外科医として人生の舞台を演じている.特に,研修医時代にお世話になったM先生には外科医としての基本を教授された.

 M先生の車に乗せられ,助手として他施設への手術に同行することがしばしばあった.M先生はもともと知識欲旺盛なこともあるが,行きと帰りでは必ず道が異なった.道を変えることによって新たな発見をし,気分転換にもなった.そして,多数の間道を知っていることは,交通渋滞が生じた場合には大いに役に立った.

コーヒーブレイク

覚悟をもって言い切る

著者: 板野聡

ページ範囲:P.138 - P.138

 NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」をご覧になっている先生方も多いと思いますが,私も毎回色々と教えられる思いで観ています.毎回心に残る言葉がたくさんあるのですが,そうしたなかでも昨年,特に強い印象を受けたものが表題の言葉です.これは脳神経外科医の上山博康先生の言葉ですが,同じ外科医であり,また番組タイトルが「医者は人生を手術する」という外科医の心をくすぐるようなものであって,番組の冒頭から引き込まれるように観てしまいました.そして,番組で上山先生が発する言葉には今の医療界が忘れている多くのことが含まれているように思わされました.

 上山先生が言われたことを要約すると,「外科医というプロであれば,自分ができると思ったことは覚悟をもって言い切る.それだけの責任を持ち努力をするのがプロである」ということになります.また,「患者さんは命を掛けてやって来るのだから,医者も自分の医師生命を掛けてやる覚悟がいる」ということであり,それを支えるものは「医者としての,プロとしてのプライドだ」ということになります.

書評

佐々木克典(著)「外科医のための局所解剖学序説」

著者: 岡村均

ページ範囲:P.150 - P.151

 本書は,日本で初めての,臨床の役に立つ本格的な「局所解剖学」の書である.臨床外科医の経験を持たれる解剖学者の著者が,臨床に役に立つ解剖学実習とは何かという疑問に正面から取り組まれた,実にオリジナルな書であり,目から鱗が落ちる記述が満載され,解剖学を学ぶ学生や教師にとっても,外科臨床に携わる医師にとっても非常に有用な本であると言える.私は,解剖学教育に長らく携わって来た者として,これから医師になるために人体解剖学実習を行っている多くの医学生に,特にこの本を推薦したい.

 いったい解剖学とはどんな学問であり,解剖学実習とは何を目的にするのであろうか? 解剖学は体の形態と構造から生体の秘密を探ろうとする学問である.その手法は,見えるものすべてに名前をつけ,形を認知することから始まる.構造を明らかにするために,解剖学〔anatomia(anaすっかり,tomia切る)〕の名のごとく,外部のみではなく,内部を切り分けて研究し,名前をつける.医学部で行われる人体解剖学実習の目的は,言うまでもなく医学の基礎知識としての解剖学の取得であるが,実は,日本においては,先に述べた解剖学の本来の学問の意味の追体験として行われている.これは,何が医学的に重要かの知識を持ち合わせていない学生に対し,最初に行われる体系的な専門教育としてやむを得ない措置であるが,医学生にすれば,名前を覚えることはむやみに漢字や英単語を覚えることのように無味乾燥なものとなり,その学習意欲が削がれることが往々にある.

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あとがき

著者: 畠山勝義

ページ範囲:P.156 - P.156

 宇和島徳洲会病院で2005年9月に行われた生体腎移植で,レシピエント側からドナーに対して現金30万円と車が手渡されていたとの報道があり,レシピエント,ドナー,仲介者ともに逮捕され,起訴された.愛媛県警の調べによると,レシピエント(59歳,男性)の内縁の妻(59歳)が仲介者となり,借金をしている女性(59歳)を妻の妹と偽ってドナーとして手術を実施したという.医療側はこの関係をうのみにしたことになる.また,この病院には倫理委員会はなく,腎移植の執刀医が日本移植学会の会員ではなかったことも問題視された.もし,倫理委員会があって審議されたならば,レシピエントの「内縁の妻」と「内縁の妻の妹」という関係が問題となったであろうし,また妹と称する人が同じ59歳であることも問題となり,まったくの他人をドナーとして移植することは避けられたように思える.まったくの他人からの生体移植であるからには,そこに金銭的配慮が存在するであろうことは容易に理解できる.

 現行の臓器移植法では,脳死ドナーの取り扱いについては非常に厳密に定めてあるが,生体移植に関しては移植臓器の売買の禁止以外は明確な規定がないのが現状である.一方,日本移植学会では生体移植の倫理指針を出している.これによると,ドナーになれるのは親族が原則で,この親族の範囲が「6親等以内の血族と3親等以内の姻族」とされている.姻族とは配偶者の血族を指しているので,配偶者の兄弟姉妹や甥姪などまでが対象となる.これを遵守して生体移植を行うとすれば,血族でも遠い親族の場合や姻族の場合には十分な審議が必要と思われる.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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