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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科63巻6号

2008年06月発行

雑誌目次

特集 肝・胆・膵領域における腹腔鏡下手術の最前線 肝臓領域

腹腔鏡下肝囊胞開窓術

著者: 中村典明 ,   有井滋樹

ページ範囲:P.765 - P.769

要旨:腹腔鏡下肝囊胞開窓術は,その低侵襲性から良性の単純性肝囊胞の開窓術に適していると考えられている.その適応は,悪性腫瘍を合併していない有症状の非寄生虫性単純性肝囊胞,または一部の多発性肝囊胞で,囊胞と胆管との交通のないものとされている.手術は囊胞壁をできるだけ大きく切除することが重要であるが,囊胞により肝内の脈管が著しく圧排されて思わぬ損傷をきたすことがあるので注意が必要である.腹腔鏡下開窓術後の画像上の再発率は20~44%,合併症率は数~20%と報告されている.今後,患者選択の工夫,手技の発達,経験の蓄積により合併症と再発率は改善されるものと期待される.

腹腔鏡下肝部分切除術

著者: 金子弘真 ,   片桐敏雄 ,   前田徹也 ,   鏡哲 ,   土屋勝 ,   田村晃 ,   鈴木孝之 ,   大塚由一郎

ページ範囲:P.771 - P.776

要旨:腹腔鏡下肝部分切除術を完遂するには出血の制御が最も重要である.そのためには肝切離に用いる手術機材の特徴や出血時の対処法に熟知した,肝実質の切離層に応じた使い分けや併用が必要である.特に腹腔鏡下肝部分切除では,肝切離面に露出する脈管を丹念に処理しながら浅い層から深い層へ実質切離を進め,切離面の可動域を増やすことによって,2次元でしかも視野の固定された腹腔鏡下手術の弱点を補うことができる.適応を考えるうえできわめて重要な点は解剖学的局在で,Couinaudの分類ではSegmentⅡ,Ⅲ,Ⅳ下,Ⅴ,Ⅵがよい適応になる.現時点で腹腔鏡下肝切除術は広く普及した術式とはいえないが,低侵襲手術として本術式が最も適した症例があることをわれわれはその経験から確信しており,今後さらなる手術機器の改良と適切な使用,および肝の解剖学的特性の理解,術野の展開を工夫して手術手技を研磨することにより,腹腔鏡下肝切除が低侵襲手術の1つとして確立された術式になると考えている.

腹腔鏡補助下肝葉切除術

著者: 新田浩幸 ,   佐々木章 ,   若林剛

ページ範囲:P.777 - P.780

要旨:わが国において腹腔鏡下または腹腔鏡補助下での肝葉切除を行っている施設は少ないが,開腹手術と比較して明らかに体壁の破壊が少なく,安全に行うことで手術侵襲を軽減する有用な術式であると考えられる.われわれは,肝葉切除などの大きな肝切除を右肋弓下に小開腹を置いた腹腔鏡補助下で行っている.肝の授動と胆摘を腹腔鏡下で,肝切離操作を腹腔鏡補助下で行う2段階の手術手技であるが,特別な内視鏡外科手技を必要としない.多少のコツを必要とするが,従来の開腹手術と同様に行える手技・器械も多く,今後の普及が期待される術式であると考えている.

胆道領域

困難例に対する腹腔鏡下胆囊摘出術

著者: 加納宣康 ,   草薙洋 ,   三毛牧夫 ,   山田成寿 ,   渡井有

ページ範囲:P.781 - P.789

要旨:腹腔鏡下胆囊摘出術は広く普及しているが,その困難例への対応は依然として難しい.本稿では困難例における腹腔鏡下胆囊摘出術の手術手技を詳述する.①緊満した胆囊ではまず内容を穿刺・吸引する,②剝離の開始点は頸部に捉われず剝離しやすいところから始める,③胆囊頸部からカローの三角にかけての癒着ないしは線維化が高度でオリエンテーションがつきにくい場合は,早めに胆囊近くで胆道造影を施行し,その段階での剝離部位および3管合流部までの間隔を把握する,④合流部結石例ではその直上で胆管を切開して結石を除去し,胆管を縫合閉鎖する.以上の操作も無理な例では,⑤胆囊の内腔を見ながら剝離を進め,時には胆囊のunroofingまたは亜全摘を施行する,⑥高度な癒着剝離には超音波凝固切開装置が有用である,⑦高難度例では2名の熟練者による両サイドからの手術操作をする.以上の対応策を用いてもなお困難な例では,タイミングを失することなく開腹へ移行する.

総胆管結石に対する腹腔鏡下手術

著者: 鈴木憲次 ,   照屋史子 ,   野澤雅之 ,   東幸宏 ,   岡本和哉 ,   山下公裕 ,   川辺昭浩 ,   木村泰三

ページ範囲:P.791 - P.795

要旨:総胆管結石に対する腹腔鏡下手術について説明する.ガイドラインに従い,自施設の合併症発生率などについて十分なインフォームド・コンセントを行ったのちに治療方針(手術術式)を決定すべきである.術式としては総胆管切開法,経胆囊管法に分けられる.切石後の状況をもとに総胆管一期的縫合法,Tチューブ留置法,Cチューブ留置法,胆囊管閉鎖法のなかから適切な方法を選択する.術式ごとにいくつかのコツがあり,各施設において多くの腹腔鏡下切石術を経験し,総胆管結石症に対する治療選択の1つとして認識されるようになることを期待する.

膵・胆管合流異常に対する腹腔鏡下手術

著者: 村井信二 ,   小島健司 ,   赤津知孝 ,   神谷諭 ,   磯貝宜広 ,   矢部信成 ,   井上孝隆 ,   北川雄光

ページ範囲:P.797 - P.802

要旨:膵・胆管合流異常においては,胆道拡張を伴うものは胆管癌の発症率が高く,なるべく早期に胆管切除・胆道再建を施行する必要がある.ただし,膵・胆管合流異常に対する分流手術はあくまで予防的な手術であるため,腹腔鏡下に施行することはきわめて意義がある.われわれは1997年11月~2007年12月までに膵・胆管合流異常に対する完全腹腔鏡下による胆管切除・胆道再建手術を7例に施行した.最長10年2か月の経過観察を施行しているが,これまでに胆管炎や胆道癌の発症は認められていない.手術は,完全腹腔鏡下に胆管切除および総肝管十二指腸端側吻合による胆道再建を施行する.本稿では,われわれの施行している膵・胆管合流異常症に対する腹腔鏡下の分流手術のコツと実際を詳述した.

膵臓領域

腹腔鏡下膵尾側切除術

著者: 森俊幸 ,   鈴木裕 ,   阿部展次 ,   杉山政則 ,   跡見裕

ページ範囲:P.803 - P.809

要旨:腹腔鏡下手術が発達した今日でも,膵管癌に対する根治的腹腔鏡下手術には否定的な見解が多い.系統的リンパ節郭清は解剖学的・技術的理由により困難であり,これを腹腔鏡下に行っても臨床上のメリットは見出しがたい.一方,膵内分泌腫瘍,囊胞性膵腫瘍などの低悪性度腫瘍においては,病変の進展度,存在部位により腹腔鏡下手術が行われる.MCN(径15cm未満)やSPT,手術適応を有するSCT,分枝膵管型のIPMNの一部などが腹腔鏡下手術の対象となる.また,insulinomaも存在部位により腹腔鏡下手術の適応となる.腹腔鏡下膵切除術のなかで最も広く行われているのは膵体尾部切除であり,症例により脾温存も可能である.腹腔鏡下手術での膵切離は自動縫合器を用いる.

腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術

著者: 高折恭一 ,   谷川允彦

ページ範囲:P.811 - P.818

要旨:腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術が最初に行われてから15年以上が経過するが,その安全性と有益性はいまだ証明されていない.これは,腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術がきわめて高度な技術を要することに加えて,もともと開腹手術でも合併症の頻度が高い術式であることが原因であると考えられる.そこで,われわれは腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術の経験がある国際的なエキスパートと意見交換を行いつつ,本術式を膵頭部疾患に対する低侵襲治療として確立する方法を模索してきた.2005年には腹腔鏡下膵切除術に関する情報交換を行う目的でSociety of International Pancreatic and Endoscopic Surgeons(SIPES)が発足した.本稿では,臨床研究として腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術を行う専門医を対象として,その手技について解説する.

慢性膵炎に対する腹腔鏡下手術

著者: 高畑俊一 ,   中村雅史 ,   清水周次 ,   当間宏樹 ,   佐藤典宏 ,   山口幸二 ,   田中雅夫

ページ範囲:P.819 - P.824

要旨:慢性膵炎に対する腹腔鏡下手術は,内科的治療や内視鏡的治療が奏効しない症例に対する低侵襲治療として報告が増加している.術式は各種病態に対する膵体尾部切除と膵仮性囊胞に対する囊胞消化管吻合術とに大別され,前者には脾温存や脾動静脈温存,後者には囊胞空腸吻合術や囊胞胃吻合術,さらにアプローチの方法によるバリエーションがある.膵液瘻や脾温存の場合の脾梗塞などの合併症の報告はあるが,自動縫合器の改良と腹腔鏡下の縫合技術の進歩などにより改善がみられ,今後さらに広く普及することが期待される.

カラーグラフ 外科手術における新しいテクニック―new art in surgery・14

トロッカー併用小開腹手術による幽門側胃切除Roux-en-Y再建

著者: 篠原尚 ,   佐藤元彦 ,   佐々木直也 ,   平田耕司 ,   佐々木勉 ,   白潟義晴 ,   澤田尚 ,   牧淳彦 ,   水野惠文

ページ範囲:P.749 - P.755

はじめに

 低侵襲医療への社会的関心を後押しに内視鏡外科は格段の進歩を遂げてきたが,胃癌の手術についてはいまだ普遍的な治療法とはなり得ていない1~3).内視鏡下手術の宿命である操作制限や長い手術時間に見合うだけの有益性が,たとえば大腸切除などに比べて見出しがたいためと思われる.しかし,郭清や切除範囲を手控えた縮小手術を行う場合,傷を大きく開ける従来の開腹法は,術後疼痛が小さく整容性も高い内視鏡下手術と比べて過侵襲の感が否めないのも事実である4,5)

 ところで,内視鏡下手術は道具に依存する部分が多いため,必然的にその進歩は医療器材に目覚しい技術革新をもたらした.たとえば超音波凝固切開装置(以下,LCS)や柄付きlinear staplerは組織の切離や腹腔内の深い位置での消化管吻合をより簡便で安全なものにしたし,独特の長い形状に作られた鉗子やトロッカーは手指に代わって臓器を把持することで遠隔操作による術野の提示を可能にした.これらの新しい道具の出現は伝統的な手術基本手技を重んじる外科医には歓迎されないかもしれないが,むしろその性能を享受し使い方を工夫すれば,開腹手術もより低侵襲化できる可能性がある.

 そこで,われわれは開腹による幽門側胃切除術に2つの内視鏡下手術的要素を取り入れた.1つは鉗子の遠隔操作による視野展開である.郭清や血管処理を行う領域はおよそ胃の四隅に位置し,そのままでは小開腹創から見えにくいが,かと言って一度にすべてを視野に入れる必要もない.そこで,体外から創を各領域の近くに移動したうえで,トロッカーを経由した体内からの鉗子操作によって一領域ずつ創内に誘導する.もう1つは操作の器械化である.通常の操作は使い慣れた剝離鉗子や電気メスを主体に進めるが,主要血管の切除側シーリングや深部組織の切離にはLCSを用いて結紮を省略する.再建も柄付きlinear staplerを用いたRoux-en-Y法により器械化した6).これらの結果,開腹手術でありながら,皮膚切開を腹腔鏡補助下幽門側胃切除(以下,LADG)と比べても遜色ない長さにまで短縮することができた7)

 本稿では,このようなコンセプトに基づくトロッカー併用小開腹手術(trocar-assisted minimally incisional surgery:以下,TMS)による幽門側胃切除術を術中写真とイラストで紹介する.

外科手術における新しいテクニック―new art in surgery・15

リンパ浮腫に対するリンパ管再建術

著者: 光嶋勲 ,   成島三長 ,   三原誠 ,   飯田拓也 ,   内田源太郎

ページ範囲:P.757 - P.763

はじめに

 リンパ浮腫の治療は保存的療法(マッサージ,圧迫)と外科的治療法(組織切除,直接的または間接的リンパ誘導術など)が行われてきたが,浮腫の長期間にわたる著明な改善は難しいとされている.一方,最近の形成再建外科領域では超微小(神経血管)外科(supramicrosurgery:0.8~0.5mmの血管吻合)の技術の完成によって,きわめて細い神経や血管吻合が可能となっている.この技術を用いた新しい超微血管吻合法の一応用分野として,四肢のリンパ浮腫に対するリンパ管-細静脈吻合術があり,術後15年以上にわたる著明な浮腫の改善例が報告されはじめている.

 本稿では,筆者らが現在行っている手術法と,治療効果に関与すると思われる因子につき若干の知見を報告する.

外科学温故知新・35

呼吸器外科

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.825 - P.827

 従来,呼吸器外科医が扱う疾患は国民病とまで言われた肺結核や,肺化膿症,肺膿瘍といった感染症が主体であったが,耐性菌の出現という問題はあるものの,それらが有効な化学療法剤の開発により克服されていくことにより,対象疾患は肺癌へと変わってきた.

 さて,癌に対する外科治療の歴史は,取りも直さず多くの先駆者たちの悪戦苦闘・試行錯誤の歴史でもあるが,たとえば胃癌に関してはBillrothの名前が特筆されるように,肺癌の外科治療の歴史を論じる際に重要なのが1933年に発表されたGraham(Evarts Ambrose Graham:1883~1957年:図1)による気管支の扁平上皮癌に対する肺切除手術の報告である.本稿ではこのGraham論文を紹介することにより,自分に与えられた責務を果たしたい.なお,肺切除手術の歴史的変遷に関しては文末に数編の参考文献を掲げておくので参照されたい.

外科学温故知新

「外科学温故知新」連載終了によせて

著者: 桑野博行

ページ範囲:P.829 - P.830

【外科学の「今」と「これから」,そして「これまで」】

 外科を志す医師の減少が危惧されるようになってから久しい.職場環境,経済的側面,労働条件,リスクの問題など多方面からの課題が指摘されており,これに対し行政の面から,また日本外科学会をはじめとする多くの組織,団体による努力が重ねられている.このような多角的,多面的な数々の莫大なる貢献を多とするものであるが,教育の現場においてもわれわれが何かできることはないかと自問自答を繰り返す毎日である.

 そのような現況において,われわれが次世代に伝える,もしくは啓蒙することとして,やはりこの「外科医」という存在に「誇り」を持つこと,およびその環境を提供することが肝要ではないかと思われる.このことは臨床の場,研究の場,教育の場において何も尊大な気持ちを持つことではなく,自己の内面においてその矜持を保つということである.その際に重要なことは,世間にもてはやされることではなく,1人1人の患者さんに心を砕いて接し,必ずしも患者さんの満足する結果が得られない場合でも,その人間性によって対応していくことである.

連載企画「外科学温故知新」によせて・19

大腸外科によせて―直腸癌診療の巨星:MilesとDukes

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.831 - P.834

1.腹会陰式直腸切除術を創始したMiles

 直腸癌に対する外科治療に関しては,1826年にフランスの外科医Lisfranc(1790~1847年)によって報告された会陰アプローチによる切除がその嚆矢とされ,その後,数十年間にわたってこの術式が直腸癌に対する外科手術として行われてきた.1884年にドイツのCzerny(1842-1916)がはじめて腹腔側と会陰側からアプローチをする,いわゆる「腹会陰式直腸切除(abdomino-perineal excision)」を行っているが,その結果は惨憺たるものであった.

 このような状況下に,今日「Miles手術」と呼ばれている系統的な腹会陰式直腸切除術を確立したのがイギリスのErnest Miles(1869~1947年:図1)である.Czernyを嚆矢とする従来の腹会陰式直腸切除術はその術死率が非常に高かったため,Milesは自身が工夫した「会陰式の直腸切除」(perineal excision)を行っていたが,この手術ではどうしても上方,すなわち上直腸動脈から下腸間膜動脈に沿ったリンパ系への拡がりに対するアプローチ(リンパ節郭清)が不十分であった.そこで,St Bartholomew病院の病理部で特に直腸癌とその進展について研究したMilesは,「より安全に」かつ「確実な」リンパ節郭清を行い得る「腹会陰式直腸切除術」(abdomino-perineal excision)を開発するに至った.この論文は1908年のLancet誌に「A method of performing abdomino-perineal excision for carcinoma of the rectum and of the terminal portion of the pelvic colon」と題して発表された.術式(手術手順)は現在われわれが行っているMiles手術と変わらず,言い変えれば,われわれがMileの原法を踏襲しているのであえて紹介しないが,Milesがこのような手術を開発するに至った過程がこの論文に述べられているので,これを要約して紹介したい.

外科診療に潜むピットフォール―トラブル回避のためのリスクマネジメント講座・3

腹腔鏡下胆囊摘出術で総胆管切離,再建胆管狭窄の事例

著者: 山本貴章

ページ範囲:P.835 - P.838

 腹腔鏡下胆囊摘出術は胆石症に対する標準手術として広く普及していますが,開腹手術に比較すると手術手技の自由度が低いことや視野確保が難しい場合もあるために,手術に関連してさまざまなトラブルが報告されています.そのなかで最も頻度の高い事故が胆管損傷であり,そのリカバリー方法についても多くの議論のあるところです.

 今回は,腹腔鏡下胆囊摘出術で総胆管を損傷し,再建手術もうまくいかず,再々手術が必要となってしまった事例について考えてみます.

元外科医,スーダン奮闘記・26

ロシナンテスを襲う黒い影

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.839 - P.840

高校時代の後輩外科医の死

 昨年末のことである.スーダンでの明け方に日本から電話があった.「Hが死にました」Hは外科医であり,私の高校時代のラグビー部の後輩である.スーダンへも来てくれ,手術をしてくれた.その彼の突然の死である.奥さんと2人の子供を残してである.彼が亡くなる前日に部屋の大掃除をして,Hが持ってきてくれた「頑張れロシナンテス!」と書かれた彼の同僚,家族からの応援メッセージが目にとまった.そして,ロシナンテスのメンバーである霜田君へプレゼントした彼のジャケットが出てきて,クリーニングに出したつぎの日に彼の訃報が届いた.日本に家族を残している私としては,彼の家族のことを考えると悲しみがたまらなく襲ってきて,スーダンで涙にくれた.彼のご冥福を祈っている.そして,ご家族のこれからの人生を思うばかりである.

病院めぐり

JR東京総合病院外科

著者: 田中潔

ページ範囲:P.842 - P.842

 当院の歴史はきわめて古く,今からなんと96年前の明治44年5月に常盤病院として発足しました.大正3年6月に「東京鉄道病院」と改称し,当時の鉄道省の所管となり,昭和33年10月には「中央鉄道病院」と改称されました.以来,国鉄の純粋な職域病院として医療を行ってきました.保険が有効なのは国鉄職員とその扶養家族だけでしたので,たとえ現役医師の両親であっても患者さんの健康保険が国鉄共済以外の場合は全額自費払いとなる有様でした.私事ですが,私の母が大腿骨骨折で骨頭置換術を受けた際には百数十万円の医療費をすべて自費で支払った思い出があります.当時の国鉄職員の定年は55歳でしたので,患者さんは基本的にはみな若く元気であり,疾患も偏ったものでした.

 しかし,このままでは疾患内容,患者数,診療レベルのどれをとっても病院の将来的な発展は期待できないと危惧され,近隣医師会との長期にわたる協議・折衝の結果,昭和62年4月に念願であった病院の一般開放が実現し,昭和63年4月には現名称に改められました.現在でもJR東日本旅客鉄道会社が直接経営する企業病院として社員の健康管理,病気治療にあたっていますが,同時に,周辺地域社会に貢献する第一線病院として地域医療も担っています.患者さんのうちに占めるJR社員の割合は,最近では入院患者の10%,外来患者の25%ほどであり,一般患者さんが大部分を占めるようになっています.

静岡県立こども病院外科

著者: 漆原直人

ページ範囲:P.843 - P.843

 静岡市は静岡県の中央にあり,平成15年に旧静岡市と旧清水市が合併して人口72万の政令指定都市となりました.富士山をいつも眺めることができ,日本平や三保の松原などの景勝地があります.気候は非常に温暖で,冬に雪が降ることはほとんどなく,コートもほとんど必要ないぐらいです.

 当院はその恵まれた環境のなかにあり,昭和52年にオープンして30年が経過しました.平成19年には新外科病棟が完成し,周産期センターやPICU,日帰りユニットが新設され,現在は病床数243床,医師99名で診療を行っています.屋上にはヘリポートがあり,24時間体制で重症患児の受け入れを行っていて,静岡県だけでなく県外からも多くの患者を受け入れています.また,平成21年からは児童精神科が開設されて280床に増床される予定です.最近は小児医療に携わる医師の減少が問題にされていますが,当院では現在のところその心配はないようです.

境界領域

新鮮外傷の外来閉鎖療法実施におけるドレッシング材の問題点と工夫

著者: 水口敬 ,   寺師浩人 ,   田原真也

ページ範囲:P.845 - P.851

はじめに

 従来の創傷治療(消毒,ガーゼ,包帯など)は,医学的根拠に沿わず慣習的に行われてきた部分が少なくない.ここ数年,湿潤環境理論などが一般にも認知されるようになり,各施設でも閉鎖療法が取り入れられるようになってきたが,現時点では各施設での治療法に大きな差があるといわざるを得ず,特に外来治療においてはその差は顕著である.また,残念ながら逆に患者にとって従来法に劣る治療となっている場合も少なくない.

 個々のドレッシング材の特徴と創の性質を十分把握したうえでの正しいドレッシング材の使い方はもちろんのこと,その問題点を把握し,対応法をもつことが重要である.そこで,われわれは新鮮外傷の外来閉鎖療法実施におけるドレッシング材の問題点と工夫を検討した.

臨床報告

虫垂憩室炎の1例

著者: 柏木伸一郎 ,   寺岡均 ,   大平豪 ,   玉森豊 ,   新田敦範 ,   筑後孝章

ページ範囲:P.853 - P.856

はじめに

 虫垂憩室炎は急性虫垂炎と臨床像の類似した比較的稀な疾患である1~3).虫垂憩室は注腸検査などで偶然みつかるケースを除き,術前診断は困難である4~7).また,穿孔率が高いため臨床的に問題となることが多いことより,欧米では無症状の憩室に対しても手術適応とする考えが主流である.

 今回,われわれは急性虫垂炎の診断で手術を施行し,病理組織学的に虫垂憩室炎の診断に至った1例を経験したのでわが国における報告180例を集計し3~9),若干の文献的考察を加えて報告する.

早期にFDG-PETにて発見した膵頭後部paragangliomaの1例

著者: 川崎誠康 ,   今川敦夫 ,   園尾広志 ,   出村公一 ,   林部章 ,   亀山雅男

ページ範囲:P.857 - P.860

はじめに

 Paragangliomaは,副腎髄質以外の自律神経系の神経節より発生する稀な腫瘍である.臨床的に無症候な場合は本疾患が発見される機会は少ないが,摘出例の20~30%が悪性で1),かつ全体の5年生存率が36%と報告されるなど悪性度が高く2),早期に発見して切除することが望ましい.

 今回,われわれはPET検査を契機に発見された無症候のparagangliomaの1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

エコーガイド下に下大静脈バルーン閉塞を行い良好な視野を得たaortocaval fistulaの1例

著者: 中村栄作 ,   桑原正知 ,   松山正和 ,   新名克彦 ,   西村正憲 ,   鬼塚敏男

ページ範囲:P.861 - P.864

はじめに

 Aortocaval fistulaは腹部大動脈瘤の合併症の1つで,大動脈瘤破裂例の3.1~3.9%に発生するといわれ,迅速な診断と加療を必要とする1~4).治療の第1選択は手術であるが,最近では血管内治療も報告されている.手術では下大静脈より行うfistulaからの出血のコントロールが重要と考える.

 今回,われわれは経静脈的にfistulaからの出血のコントロール行うことが可能であった症例を経験したので報告する.

腹腔鏡下に診断し得た非嵌頓両側閉鎖孔ヘルニアの1例

著者: 佐藤洋樹 ,   河内保之 ,   岡村琢磨 ,   渡邊隆興 ,   西村淳 ,   新国恵也

ページ範囲:P.865 - P.867

はじめに

 閉鎖孔ヘルニアは腸管の嵌頓による腸閉塞症状を呈してから診断される場合が多く,腸管切除率も高い1)

 今回,われわれは非嵌頓閉鎖孔ヘルニアに対して腹腔鏡が診断・治療に有用であった1例を経験したので報告する.

PET-CTで悪性病変が示唆され,肛門腺由来肛門管癌を強く疑い手術を施行した1例

著者: 池畑美樹 ,   加藤健志 ,   三宅泰裕 ,   飯島正平 ,   小島治 ,   吉川宣輝

ページ範囲:P.869 - P.872

はじめに

 肛門腺由来の肛門管癌は稀な癌である1).病変の主座を粘膜下に認め,しかも管外型発育をきたすために自覚症状が出にくく,確定診断にも難渋することが多い.確定診断には生検が必要だが,内視鏡的生検で診断を確定することは困難で組織が採取できるまで生検を繰り返すことが多く,内視鏡的に診断できないときは腰椎麻酔下で生検して診断を確定することも少なくない.

 今回,われわれはPET-CTが術前診断に有用であった肛門腺由来の肛門管癌を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

心不全・透析患者に発生した出血性直腸腺管絨毛腺腫の1切除例

著者: 久保秀文 ,   北原正博 ,   兼清信介 ,   多田耕輔 ,   山下吉美

ページ範囲:P.873 - P.876

はじめに

 大腸絨毛腺腫は腺管腺腫よりも悪性度が高いとされ,その癌化率は高率であるとされているが1),絨毛腺腫の報告はわが国では比較的少ない.絨毛腺腫は直腸に好発し,大きくて扁平なものが多く,また癌の併存率も高いためその治療方針に難渋することも少なくない.腺管絨毛腺腫は絨毛腺腫と腺管腺腫の混合型とされ,絨毛成分の割合に応じて癌化率も高くなるとされている1)

 今回,われわれは透析患者に発生し,出血を繰り返した直腸腺管絨毛腺腫の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

網囊に膿瘍形成し,急性腹症を呈した胃外発育性胃癌の1切除例

著者: 小河靖昌 ,   小池誠 ,   國友和善 ,   森賀威雄 ,   木村貴彦 ,   白石隆祐

ページ範囲:P.877 - P.880

はじめに

 胃外発育性胃癌は原発性胃癌のなかでも比較的稀で,わが国の報告例は80例あまりときわめて少ない.自覚症状に乏しく,診断時にはすでに肝転移や腹膜播種を有することが多いため,予後不良とされる1)

 今回,われわれは網囊に膿瘍形成し,急性腹症を呈するという特異な経過をたどった胃外発育性胃癌の1切除例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

肝転移切除後,術後2年無再発生存している胆囊原発腺内分泌細胞癌の1例

著者: 小原則博 ,   畑地豪 ,   松尾圭 ,   山尾拓史 ,   入江準二 ,   田川秀樹

ページ範囲:P.881 - P.885

はじめに

 胆囊腺内分泌細胞癌は消化器内分泌腫瘍のなかでも比較的稀であり,悪性度が高く,予後は不良とされる1,2)

 今回,われわれは肝転移を伴う胆囊腺内分泌細胞癌に対して肝中央2区域切除を伴う胆囊総胆管切除を施行し,術後2年以上無再発生存している1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

大腸癌に併存した腸管囊腫性気腫症の1例

著者: 渡邉幸博 ,   三毛牧夫 ,   草薙洋 ,   加納宣康

ページ範囲:P.887 - P.890

はじめに

 腸管囊腫性気腫症(pneumatosis cystoides intestinalis:以下,PCI)は,腸管の漿膜下や粘膜下に多発性の含気性囊腫を形成する比較的稀な疾患である1,2)

 今回,われわれは大腸癌に併存したPCIを経験したため,考察を加えて報告する.

膵外性に発育し結腸合併切除を行った非機能性膵内分泌腫瘍の1例

著者: 齋藤淳一 ,   小林直之 ,   鬼島宏 ,   上山義人 ,   岩田憲治 ,   栗原英二

ページ範囲:P.891 - P.895

はじめに

 膵内分泌腫瘍のうち膵外発育性のものは稀な疾患であり1),特に非機能性腫瘍は症状を呈さないため診断が困難なことが多い.今回,われわれは膵外性に発育し,結腸合併切除を要した非機能性膵内分泌腫瘍の1例を経験したので報告する.

昨日の患者

演歌歌手

著者: 中川国利

ページ範囲:P.789 - P.789

 病院には多種多様な職種の患者さんが種々の病気で来院する.そして,われわれ医療従事者は仕事を介して社会を構成する様々な市民に接触している.しかし,日常診療に忙しく,病気以外のことについては関心を持つ機会が少ないのが現状である.先日,ごく稀ながら患者さんの日常を垣間見る機会があったので紹介する.

 30歳代半ばのKさんが,乳腺にしこりを触れて来院した.明らかな乳癌であったが,仕事が忙しく手術をためらっていた.しかし,悪性であり,早期の手術やホルモン化学療法が必要なことを説明すると,やっと入院に同意してくれた.乳癌よりも仕事を優先する職業に関心を持って看護師さんの記録を見ると,「演歌歌手」と記載されていた.乳癌に対して手術を行い,術後の経過も良好であった.そして術後3日目には病棟を離れ,発声練習をした.

コーヒーブレイク

ワープ

著者: 板野聡

ページ範囲:P.818 - P.818

 ワープ(warp):「ゆがみ」の意.SFで,空間のゆがみを利用して瞬時に目的地に移動すること〔広辞苑〕.

 最近の当直のあとに,よく感じる奇妙な感覚があります.おそらくは若い頃にも感じてはいたのでしょうが,体力が衰えてきたために次第にはっきりと感じることになったものと推測しています.その奇妙な感覚とは,当直を終えて家に帰ったとき,特に入浴前にヒゲを剃っていたり,風呂上がりに髪を整えているときに感じるものです.それを一言で表現するとすれば,「あれっ,今日って何日?」と言うことになります.

外科医局の午後・45

子育てと医療

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.834 - P.834

 親となって約20年が過ぎた.幸い2人の娘に恵まれた.2人とも大学に進学し,少し肩の荷が下りた.子供を育てるということは苦労も多いが,実に楽しいものである.今,私の家の居間の壁には,小さいときからの2人の娘の写真がかけられている.ほんの赤ん坊の時代から,七・五・三のときの写真,中学時代や大学合格のときの写真などである.いつも妻と見ながら,なつかしさといとおしさの感情とともに,ついこの前のことのように感じる.

 最近,日本では家庭内で親と子供の悲惨な事件があいついでいる.親が子供を虐待したり,逆に子供が親を傷つけたり,また兄弟間でも悲惨な事件が報道されている.昔はこのようなことはほとんど聞かなかった.しかし,これが一概に昔はよくて,最近になって教育をはじめ世のなかがだめになったからとは言えないと思う.

ひとやすみ・34

先に手を挙げたほうが勝ち

著者: 中川国利

ページ範囲:P.856 - P.856

 世界のOECD各国と比較すると,日本の医師数27万人は12万人不足しているとされている.しかも,日本では医師免許証を持つすべての人を生涯現役医師として計算しているが,他国では65歳以上は集計に入れないのが通常である.昨年行われた日本消化器外科学会のアンケート調査でも外科医の不足は著明で,外科医の過労死さえ危惧されている.

 私と同期である妻は,しがない皮膚科開業医であった(2007年11月まで).あまり営業努力をしないこともあり,外来患者は1日あたり平均30人前後と閑散としていた.また,周囲に同業者が増えたこともあり,外来患者数はじり貧状態であった.さらに借りていたビルも古くなり,永らく勤務している看護師さん達も高齢を迎えた.それより何より,妻の就労意欲が減退していた.妻の廃業理由は「医学部時代の同級生は病気でもなければ現役として働いているけれど,高校時代の女性友達でフルに働いている人は数少ない.さらに夫は団塊の世代であり,すでに退職している人が大多数である.医師であるからといって,いつまでも働きたくない.そもそも子供らも社会人として独立しており,贅沢をしなければあなたの給料で生活でき,働かなくてはならない理由が見あたらない.それより,体が動けるうちに好きなことをしたい」というものであった.そして,シルクロードなどの旅行パンフレットを見ては,1人ほくそ笑んでいる.

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あとがき

著者: 島津元秀

ページ範囲:P.900 - P.900

 低侵襲手術という言葉が叫ばれ始めてから久しいが,「低侵襲」の真の意味は何かについては議論のあるところである.手術侵襲の程度により種々の生体反応が惹起され,それは神経内分泌反応やサイトカインの変動で説明できるようになり,逆にこれらの変動の程度により手術侵襲を評価・定量化する試みがなされている.手術侵襲を規定する因子としては手術時間,出血量,手術部位,切除臓器の量,重要臓器の虚血時間などとともに体壁切開の大きさが挙げられ,これらが最小限に抑えられていれば術後の回復も早いと考えられる.

 内視鏡外科は主として切開創を小さくして術後の疼痛を軽減し,さらに体腔内臓器の外気への曝露と乾燥を抑えて低侵襲を目指そうとするものである.しかしながら,内視鏡手術は間接視のため視野が不良,遠隔操作のため手技が制約される,操作空間が限定される,触覚が使えないなどの難点があり,手術時間が長くなり,ときに重大な合併症を引き起こす危険性があるなど,術者のストレスも大きい.これらの問題点はめざましい機器の進歩により改善されつつあるが,内視鏡手術が真に低侵襲であるためには,手術時間と出血量が許容でき,合併症が低く抑えられるなどの安全性の担保が必要である.そのためには手術手技の基本に習熟し,手術器械を適切に使いこなす知識と技術の裏付けが必要であることは論を俟たない.これは開腹手術であろうが,内視鏡手術であろうが共通の原則であり,開腹手術に熟達すれば内視鏡手術をマスターすることは困難ではないと考える.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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