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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科65巻5号

2010年05月発行

雑誌目次

特集 消化器外科手術における新しい潮流

ページ範囲:P.619 - P.619

 消化器外科の手術には,長年にわたって考案・実施・検討・改良が行われ,今日確立された定型的手技がある一方,新たに開発されて臨床応用が始まり,新しい潮流になろうとしているものもある.

 そのような斬新な手技は,すでに多くの施設で行われつつある現実的なものから,特殊な器械と技術を用いて限られた施設でのみ試みられている未来志向的なものまで,普及の程度は様々ではある.

 今回の企画では,消化器外科の各分野において新しい潮流となっている,あるいは,なるかもしれない手術手技について,それぞれのエキスパートの先生方に現況ならびに今後の展望を解説していただいた.

左半腹臥位による胸腔鏡下食道切除術

著者: 礒垣淳 ,   春田周宇介 ,   河村祐一郎 ,   吉村文博 ,   石田善敬 ,   平松良浩 ,   谷口桂三 ,   金谷誠一郎 ,   小森義之 ,   櫻井洋一 ,   宇山一朗

ページ範囲:P.620 - P.627

要旨:食道癌に対する胸腔鏡下食道切除術は開胸手術に代わる低侵襲手術として普及しつつある.本術式は癌の根治性を確保しながら手術後の肺炎などの合併症率が低いことが報告されている一方,煩雑で習得が容易でないと考えられている.一般に胸腔鏡下食道切除術は開胸と同様に左側臥位で行われることが多い.当科では2006年に気胸併用左半腹臥位での胸腔鏡下食道切除術を開始した.腹臥位での胸腔鏡操作では肺,気管,縦隔内臓器が重力によって腹側に偏位し,良好な術野展開を容易に得ることができる.本稿では当科での経験を報告する.

経口アンビルを用いた食道-空腸吻合

著者: 福永哲 ,   比企直樹 ,   明石義正 ,   野原京子 ,   片山宏 ,   窪田健 ,   愛甲丞 ,   熊谷厚志 ,   大山繁和 ,   佐野武 ,   山口俊晴

ページ範囲:P.628 - P.632

要旨:上部消化管に対する腹腔鏡下手術において食道-空腸吻合をより簡便に行うために,われわれは自動吻合器のアンビルを口から入れて食道断端まで誘導する方法を2000年にわが国ではじめて行い,「経口的アンビル挿入法」と命名した.この経口的アンビル挿入法は肥満手術のgastric bypassでの胃囊-空腸吻合に試された方法を応用したもので,当初は既存のPC-EEAのtilt-top Anvilを加工して使用したが,2007年からOrVilTMとして商品化され,使用することが可能になったため,より便利になった.この方法の利点は,①消化管を開放せずに,容易かつ安全に吻合予定部にアンビルを誘導できること,②難易度が患者の体型に左右されないこと,③ほかの吻合法と比べて食道周囲の剝離範囲が少なくてすむこと,④食道の切除が高位になった場合でも対応できることなどである.単純で習得も簡単なために急速に普及し,現在では腹腔鏡下手術だけでなく開腹や開胸の手術にも取り入れられつつある.また,吻合部位についても,食道-空腸吻合のみならず食道切除後の食道-胃管吻合や幽門側胃切除後のRoux-en-Y再建の胃-空腸吻合などにも使われており,今後のアンビルのサイズ展開によって上部消化管のみならず全消化管に応用することが可能となると考えている.

超低位直腸癌に対する内・外括約筋切除を伴う肛門温存術

著者: 赤木由人 ,   龍泰彦 ,   白土一太郎 ,   吉田武史 ,   衣笠哲史 ,   石橋生哉 ,   白水和雄

ページ範囲:P.634 - P.640

要旨:超低位の進行直腸癌でも永久的な人工肛門を回避できる肛門括約筋切除を伴う肛門温存術が徐々に拡がりを見せている.この術式は,短期の成績では腫瘍学的にも機能的にも比較的良好な報告がされている.しかしながら肛門周囲の解剖は複雑で,肛門機能には様々な要素が関与している.したがって,本術式が安全に行われるには腫瘍学的な知識と熟練した技術が必要と思われる.本稿では,直腸癌に対する術式の変遷,括約筋切除術の手技について概説した.

Indocyanine green(ICG)蛍光観察による肝切除

著者: 金子順一 ,   石沢武彰 ,   國土典宏

ページ範囲:P.642 - P.649

要旨:Indocyanine green(ICG)は暗緑青色の色素で,肝機能検査で頻用される薬価収載された検査薬である.ICGは励起光によって蛍光を発するが,この蛍光は不可視な近赤外光で生体内透過性が高く,約5~10mm程度の組織を通過し,近赤外光を観察するカメラ装置で観察することが可能である.この特性を利用し,近年,肝区域,胆囊静脈環流領域,胆管の同定や肝切除後の胆汁リークテスト,肝細胞癌や転移性肝腫瘍の同定,生体肝移植,腹腔鏡下手術に応用され始めている.この古くて新しい薬物を用いた,ICG蛍光法によるナビゲーション手術は肝切除術をより安全にする可能性がある.今後,さらなる発展が期待される.

単孔式腹腔鏡下胆囊摘出術

著者: 北城秀司 ,   奥芝俊一 ,   川原田陽 ,   川田将也 ,   海老原裕磨 ,   佐々木剛志 ,   宮坂大介 ,   塩田充恵 ,   加藤紘之

ページ範囲:P.650 - P.655

要旨:胆囊摘出術は,腹腔鏡下に3~4か所の創孔から施行する方法が一般的である.筆者らはさらなる整容性を求め,安全性にも優れた単孔式手術を体験したので,その詳細を紹介する.臍部に2cmの切開を加え,その創に3本のトロッカーと1本の胆囊挙上用の把持鉗子を直接挿入して腹腔鏡下に胆囊を摘出する方法である.使用する鉗子は通常の内視鏡手術器具である.本手術はトロッカーの挿入法に若干の工夫が必要であるが,手術手技は従来の腹腔鏡下手術と変わりがなく,安全に施行することが可能である.また,術後の創は臍のなかで認知しがたくなる.われわれの経験例では術後合併症を認めていない.また,患者の満足度が非常に高いことから,炎症の程度の軽い症例には広く適応されるべき手技と思われる.

膵癌に対する腹腔鏡(補助)下手術

著者: 趙明浩 ,   山本宏 ,   貝沼修 ,   滝口伸浩 ,   早田浩明 ,   永田松夫

ページ範囲:P.656 - P.660

要旨:近年の内視鏡外科の驚異(脅威?)的な進歩・普及は,ついに肝胆膵のmajor surgeryにまで及んできた.膵体尾部切除術はもちろん,消化器外科における内視鏡下手術の究極の到達点の1つであると考えられる膵頭十二指腸切除術でさえ,1つ1つの手技を丁寧に行えば可能となってきた.しかし,通常型浸潤性膵管癌にまで適応を拡大するには,膵癌に特有な腫瘍学的な問題や技術的な問題が山積している.これらの問題が解決されたとき,膵癌のminimally invasive surgeryとして腹腔鏡下膵切除が認知されていくことが期待される.

Natural orifice translumenal endoscopic surgery(NOTES)

著者: 安田一弘 ,   河野洋平 ,   赤木智徳 ,   鈴木浩輔 ,   吉住文孝 ,   川口孝二 ,   猪股雅史 ,   白石憲男 ,   北野正剛

ページ範囲:P.662 - P.666

要旨:Natural orifice translumenal endoscopic surgery(NOTES)の論文報告を臨床例を中心に紹介し,現況と今後の展望についてまとめた.NOTESの基礎研究は2004年に始まり,2007年から本格的に臨床応用されるようになった.それから3年が経過し,腹腔鏡デバイスの補助を利用したhybrid NOTESによる臨床例は年々増加している.Pure NOTESの実現を目指した機器開発とともに,臨床試験による有用性の評価が今後の重要な課題である.

ロボット手術―いよいよ本格化するわが国のロボット手術の今後の展望

著者: 家入里志 ,   橋爪誠

ページ範囲:P.668 - P.673

要旨:わが国では欧米とほぼ同時期に臨床試験が開始されたロボット手術であるが,医療機器としての製造・販売承認に時間を要したため,本格的な臨床導入はこれからスタートすることとなる.この間,わが国における低侵襲外科治療は内視鏡外科手術を中心に発展をとげ,世界有数の内視鏡外科手術の技術を有するようになった.このような状況のなかで,今後,ロボット手術がわが国で普及するにあたって,ロボット手術のコストに見合う診療報酬を確保できるかという医療制度と,手術のクオリティを担保する医師の教育・トレーニングが課題となると考えられる.

メタボリックサージェリー

著者: 木内誠 ,   柴田近 ,   鹿郷昌之 ,   内藤剛 ,   田中直樹 ,   佐々木巖

ページ範囲:P.674 - P.682

要旨:欧米では重症肥満患者に対する減量手術が多数施行されている.なかでも,減量手術が代謝疾患の改善・治癒に結びつくことが着目され,その術式を体重減少のためでなく代謝疾患の治療に用いるという「メタボリックサージェリー」という概念が近年提唱されている.特に糖尿病に対する高い治癒率が注目されており,一部の国ですでに臨床応用されているものの,現時点では症例数が少なく,基礎的なデータも十分なものとは言えない.欧米と比較すると日本人の2型糖尿病患者はbody mass index(BMI)が低く,メタボリックサージェリーによる恩恵が大きい可能性があるが,日本人に対する臨床応用にはさらなる基礎的・臨床的検討が不可欠である.

カラーグラフ エキスパート愛用の手術器具,手術材料・16

下大静脈再建に愛用の手術器具・材料

著者: 有井滋樹

ページ範囲:P.613 - P.617

はじめに

 消化器外科領域において下大静脈再建は,癌腫が下大静脈(IVC)に浸潤し,その壁を合併切除する際に施行される術式である.ただし,IVCが完全に癌の浸潤のために閉塞し,側副血行が十分に発達しているときには再建は必ずしも必要ではない.筆者の経験では下大静脈肉腫において切除のみで再建を行わなかった症例を経験している.再建方法としては,壁の単純縫合閉鎖,パッチグラフトによる再建,人工血管による分節的置換がある.また,再建に際しては循環動態を維持する工夫が必要となる.

 本稿では,本術式に際して筆者が使用している手術器具・材料と,循環動態維持の工夫について筆者の経験を述べる.

内視鏡外科トレーニングルーム スーチャリング虎の穴【最終回】

脳に効くカメラワーク

著者: 内田一徳

ページ範囲:P.683 - P.690

ご愛読に感謝!

 この連載もようやく今回で最終回となりました.この1年,ご愛読頂いた先生方に心より感謝いたします.思い起こせば1年前,「迷惑メール設定をし続けても増えて行く見ず知らずの女性からのお誘いメール」と「いつも読まずに削除しているメルマガ」に挟まれた「臨床外科編集部の方からの執筆依頼メール」を発見したのが始まりでした.

 以来,マイペースながら月一連載の任務をほぼ守ってまいりました.時折微妙に締め切り期日を過ぎ,編集部の皆様には多大なご心労と後悔の念を抱かせましたことを,心よりお詫び申し上げます.

病院めぐり

社会保険栗林病院外科

著者: 前場隆志

ページ範囲:P.692 - P.692

 全国学会ではいまだに「栗林」を「りつりん」とは呼んでいただけませんが,当院は昭和25年に香川県高松市に設立された公的な社会保険病院グループの1つで,今年で60周年を迎えます.香川県はご存知のように讃岐うどんで近年特に有名となり,ETC割引効果もあって週末には多くのうどん店が県外客で満ちあふれ,1~2時間待ちも珍しくないほどの盛況ぶりです.高松市は人口約42万人と県下最大の都市で,そのなかで特に多くのマンションや学校が密集する文教地区に当院はあります.すぐ近くにはミシュラン観光版の3ツ星に認定された名園栗林公園もあり,病院として大変恵まれた環境に位置していますが,周辺数km以内に県立中央病院や赤十字病院,市民病院などの大病院がひしめき合っています.病床数は271床で,29床の回復期リハ病棟以外はすべて急性期病床です.内科,呼吸器科,小児科,放射線科,皮膚科,婦人科,泌尿器科,眼科,脳神経外科,整形外科,外科,麻酔科,歯科および健康管理センターの14常勤診療科で診療を行っています.

 外科は筆者を含め6名の外科医(うち1名は健管センター長専任)で,年間350~370例の一般・消化器外科の予定手術を1日1~2例のペースでほぼ毎日行っています.当院の外科の特徴は,消化器外科手術症例の約4割が肝胆膵外科疾患であり,そのため日本外科学会,日本消化器外科学会の専門医修練施設に加えて日本肝胆膵外科学会の高度技能医修練施設(県下3施設)にも認定されていることと,最新の外来・入院癌化学療法をより早く積極的に導入し,外科を中心とした化学療法チームによって進行大腸癌症例にMSTの県下でも有数のめざましい向上を得ていることなどが挙げられます.

聖マルチン病院外科

著者: 見市昇

ページ範囲:P.693 - P.693

 当院は瀬戸大橋の架橋によって四国・香川の玄関口となった坂出市にあるカトリック系の病院です.昭和24年に開院され,昨年で創立60周年を迎えました.太平洋戦争中に官憲に囚われ,終戦で放免された2人のスペイン人神父が当地の資産家に身を寄せたことがきっかけとなり,カトリック教会と病院が開設されました.今でも教会と修道院が病院に隣接しており,院内には礼拝堂があります.

 開設当時の病院は聖ドミニコ宣教修道女会から派遣された女医を含む5名のシスターが中心となって運営されました.バチカンから日本を訪れていた修道女会総長から「1人の人でも救われれば病院を設立する意義があります」と派遣に際しての激励があり,その言葉が今でも病院の理念の根源を成しています.「聖母マリア」と,17世紀に南米ペルーで病める人と貧しい人に生涯を捧げた黒人修道士兼医師の聖者「聖マルチン」の保護を願い,開院日と病院名が決められました.その後,どのような政治的配慮があったのか,開院の翌年に高松宮殿下の御訪問を受けてから徐々に地域の人々に病院として受け入れられていったそうです.

外科専門医予備試験 想定問題・3

心臓・血管

著者: 加納宣康 ,   本多通孝 ,   青木耕平 ,   松田諭

ページ範囲:P.694 - P.702

出題のねらい

 外科専門医予備試験のオンライン申請は済ませましたか? 申請期間を過ぎると1年遅れになってしまうので,早めに済ませておきましょう.後日,受験票が郵送されてきますがこれには指導医責任者の署名と返送が必要です.異動された方は手続きが遅れないように注意しましょう.

 第3回は心臓および末梢血管です.受験者のレベルでは心臓手術の経験は少ないことが予想され,解剖と臨床症状中心の易しい問題が多いです.教科書の復習でほとんどが対応できますが,ステントグラフトに関してはまったく経験のない方も多いのではないでしょうか.比較的新しい治療法ですが,基本事項はチェックしておく必要がありそうです.

臨床研究

大腿ヘルニア嵌頓症例の臨床的検討

著者: 葉山牧夫 ,   久保雅俊 ,   宇高徹総 ,   前田宏也 ,   水田稔 ,   白川和豊

ページ範囲:P.703 - P.707

要旨:大腿ヘルニア嵌頓によって緊急手術となった60例を対象として臨床的に検討した.嵌頓症例の年齢は80.2±8.3歳で,80歳以上が34例(57%)であり,女性が53例(88%)を占めた.嵌頓臓器は小腸が50例(83%)を占めた.小腸嵌頓症例50例のなかで,発症から手術までの経過時間が24時間を超える症例が28例(56%)を占め,そのうち19例において小腸切除を必要とした.24時間以内に手術となった症例では22例中6例のみで小腸切除が必要となり,両群間に有意差を認めた.術後合併症は小腸切除症例において有意に多く認めた.小腸切除を回避するためにも,早期診断および早期治療が肝要であると考えられた.

急性虫垂炎手術例のsurgical site infection(SSI)と細菌学的検討

著者: 梅邑明子 ,   郷右近祐司 ,   遠藤義洋 ,   梅邑晃 ,   北村道彦 ,   中島佳子

ページ範囲:P.709 - P.714

要旨:急性虫垂炎術後のsurgical site infection(SSI)発生とその起因菌について検討した.過去8年間の急性虫垂炎手術例261例を対象に,年齢,炎症の程度,術式・手術時間,抗菌薬投与日数,術中腹水培養につきSSIの有無別に比較した.SSIは21例(8.0%)に発生し,発生率は16~39歳で低く,穿孔性で高かった.SSI発生群は高齢かつ高度炎症例が多かった.手術時間はSSI発生群で長く,抗菌薬はほとんどの症例でcefmetazoleを使用し,投与日数に差はなかった.腹水培養の培養陽性率,検出菌株数,複数菌感染率,嫌気性菌感染率,上位検出菌種に差はなかった.SSI発生率の高い穿孔性症例に対しては複数抗菌薬を併用することが必要と考えられる.

重症肥満に対する腹腔鏡下袖状胃切除術の成績―体重減少と肥満関連併存疾患の改善

著者: 木内誠 ,   笠間和典 ,   関洋介 ,   根岸由香 ,   梅澤昭子 ,   黒川良望

ページ範囲:P.715 - P.720

要旨:われわれが施行した腹腔鏡下袖状胃切除術(laparoscopic sleeve gastrectomy:LSG)の術後成績,特に体重減少と肥満関連併存疾患の改善について報告する.対象は2005年10月から2009年9月まで施行されたLSGの40例である.術後3か月,6か月,12か月,18か月目の平均体重減少はそれぞれ21.2±7.5kg,29.1±10.9kg,35.7±18.2kg,37.0±13.6kgであった.肥満関連併存疾患の改善率は術後1年経過後で83~100%であり,高い改善率が得られた.われわれの施行したLSGは諸外国の報告と同様に良好な体重減少,肥満併存疾患改善率が得られた.LSGはわが国でも今後広く行われていく可能性がある術式と思われた.

手術手技

酸化セルロースを用いた腹腔鏡下大腸切除術

著者: 坂本一博 ,   石山隼 ,   杉本起一 ,   高橋玄 ,   小島豊 ,   五藤倫敏

ページ範囲:P.721 - P.727

要旨:腹腔鏡下大腸切除術において,術中の湧出性出血をコントロールするために局所止血剤である酸化セルロース(サージセルTMニューニット)を用いた手術手技を報告する.湧出性出血が起こると剝離層が不明瞭となったり,ガーゼによる止血に時間を要することがある.また,熱エネルギーを伴う止血機器の有効性は低く,使用する際には周囲臓器の損傷にも注意しなければならない.このような出血に対して酸化セルロースを用いると,視野の邪魔をすることなく短時間で止血することが可能であり,手術のリズムを保ちながら手術操作を進めることができる.この手技は術中止血および視野をドライに保つ方法の1つとして,簡便で安全な方法であると考えられた.

臨床報告

Direct Kugel Patch®を用いて鼠径法で修復した大腿ヘルニア嵌頓の1例

著者: 大谷裕 ,   岡伸一 ,   倉吉和夫 ,   河野菊弘 ,   吉岡宏 ,   金山博友

ページ範囲:P.729 - P.733

要旨:患者は83歳,女性.2008年9月に急性腹症で近医から紹介され,当院の消化器内科に入院した.保存的治療が行われたが腹部症状は改善しなかった.入院から5日目に大量に嘔吐し,イレウスの診断で当科を紹介された.

 左鼠径部に示指頭大の皮下腫瘤を触知し,超音波検査で左大腿ヘルニア嵌頓と診断して緊急手術を施行した.全身麻酔下に鼠径法でアプローチして鼠径管を開放したのち,鼠径靱帯の尾側を明らかにして大腿管に陥入したヘルニア囊を確認した.そして裂孔靱帯を頭側から開大させ,ヘルニア囊を還納させた.ヘルニア内容は小腸の一部であり,Richter型の嵌頓をきたしていたが,穿孔には至っておらず温存することとした.腹膜前腔の十分な剝離を行い,prosthesis〔Direct Kugel Patch®(M)〕を挿入してmyopectineal orificeを十分にカバーした.

 同術式は基本的に鼠径部に発生するすべてのタイプのヘルニア症例に応用することが可能であり,必要時には同一創から嵌頓臓器に対する処置を行うこともできる.大腿ヘルニアに対する手術術式は諸家により様々なものが報告されているが,治療の大原則はヘルニアの発生部位になるべく近い部分で修復あるいは閉鎖を行うことであり,この観点から大腿ヘルニアに対する手術術式として鼠径法は大変理に適った術式であると考える.また,何らかのprosthesisを用いた術式は簡便に確実なヘルニア修復が可能と考える.大腿ヘルニア修復術に対する私見も含めて,今回経験した症例について報告する.

中毒性巨大結腸性イレウスで発症した結腸癌術後劇症型偽膜性腸炎の1例

著者: 西江学 ,   岩垣博巳 ,   村上敬子 ,   友田純

ページ範囲:P.735 - P.739

要旨:患者は横行結腸癌で結腸部分切除術を施行した53歳の女性である.術後3日目には食事を開始し,特に問題はなかったが,術後11日目にイレウス症状を認めた.イレウス管を挿入したが改善しないため,術後13日目に緊急大腸内視鏡検査を施行し,偽膜性腸炎の確定診断を得た.Vancomycinの投与を開始したが,術後15日目には敗血症性ショックをきたし,持続的血液濾過透析などの集中治療を施行したが,多臓器不全で術後23日目に死亡した.近年,国内でClostridium difficile(CD)感染による偽膜性腸炎は増加しているが,下痢症状を伴わない中毒性巨大結腸症として発症するタイプは稀ではある.劇症型であることが多く,不幸な転帰をとることが多いので報告する.

内視鏡的治療が局所制御に有用であった大腸癌気管・気管支転移の2例

著者: 福岡秀敏 ,   竹下浩明 ,   澤井照光 ,   野中隆 ,   安武亨 ,   永安武

ページ範囲:P.741 - P.745

要旨:大腸癌気管・気管支転移の2症例に対してintervensional bronchoscopyを施行し,良好なquality of life(QOL)が得られた.

 〔症例1〕患者は70歳,女性.S状結腸癌に対してS状結腸切除術を施行した.肺転移に対して2回の肺切除の既往があった.左主気管支壁に1cm大の気管支転移を認め,photodynamic therapyおよびレーザー治療を施行した.現在,生存中である.

 〔症例2〕患者は68歳,男性.直腸癌に対して低位前方切除術を施行した.肺転移に対して肺切除の既往があった.気管分岐部直上に2cm大の気管転移を認めたためレーザー治療を施行し,症状は消失した.

 大腸癌気管・気管支転移に対する内視鏡的治療は局所制御によって良好なQOLを保つことが可能であり,有用な治療法である.

勤務医コラム・12

起承転結理論

著者: 中島公洋

ページ範囲:P.691 - P.691

 尊敬する大先輩曰く,「医者の人生っちゅうのは卒後10年区切りで起・承・転・結や.起の10年は体力仕事+勉強また勉強.承の10年は脂が乗って拡大また拡大.転の10年は組織管理と文字通り“興味の転換”や.結の10年,これが難しいんや」

 私自身,今現在は“転の真最中”であり,どういう方向に転んだらよいのかまったく見えない状態で,外来,手術,日当直などをこなしているわけです.目の前のことが忙しくて,“転”など考えている暇もありません.読者の先生方も大半は,私と同じような感じなのではないでしょうか.

ひとやすみ・59

医学生時代の思い出

著者: 中川国利

ページ範囲:P.708 - P.708

 大学を卒業して,早くも30数年が過ぎ去った.過去を振り返ることなくつねに前を見続けてきたが,歳を重ねるに従い学生時代が懐かしく思い出される.

 私が大学に入学した頃は,最初の2年間には医学と無関係な教養課程があった.さらに医学部に進学しても,2年間は臨床とかけ離れた基礎医学が中心であった.しかも肉眼解剖の講義に多くの時間が割り当てられ,名物教授のI教授が教鞭を執っていた.

1200字通信・13

書く楽しみ―その次にくるもの

著者: 板野聡

ページ範囲:P.728 - P.728

 卒後30年目を過ぎ,最近はこうしてエッセイを書かせていただくことになっていますが,今あらためて数えてみると,現在までに私が筆頭著者の原著は22編,症例報告は35編ありました.これに論文への質問(Letter to editorやDiscussion)なども含めると,学術論文を60編以上書いてきたことになります.もっとも,質より量と言われそうで赤面の思いもないわけではありませんが,そんなことに挫けず,今後も学会発表や論文の執筆を続けていきたいと思っています.

 こうして文章を書くことになった原点は,最初の研修先で指導していただいた先生から,学会抄録や論文の書き方の御指導をいただき,ものを書く楽しみを教えていただいたことにあると感謝しています.まさに,「三つ子の魂百まで」とはよく言ってあるものと感心し,若いころの教育の大切さをあらためて実感することになっています.

昨日の患者

ピーちゃんの財布は魔法の財布

著者: 中川国利

ページ範囲:P.740 - P.740

 この世で最も愛しいものを挙げるとしたら,何であろうか.人それぞれであるが,女性の高齢者には孫,そしてひ孫を挙げる人が圧倒的に多い.

 80歳代半ばのTさんは直腸癌で3年前に手術を受けた.外来で経過を観察していたら,腹壁瘢痕ヘルニアが生じた.腹部CT検査で腸の脱出を認めたため,ヘルニア修復術を施行した.退院時にTさんから,「今後は何に気をつけたらよいでしょうか」と質問を受けた.そこで,「ヘルニアは風船の破裂と同じですから,食べ過ぎに気をつけてください」と答えた.Tさんは,「わかりました.今後は減量に努めます」と宣言し,退院した.

書評

NPO法人マンモグラフィ検診精度管理中央委員会(編)「デジタルマンモグラフィ品質管理マニュアル」

著者: 石田隆行

ページ範囲:P.746 - P.746

 乳癌の撲滅,検診の早期受診を啓蒙・推進することを目的とする世界規模キャンペーンのピンクリボン運動は年ごとに活発化し,広く国民に知られるところとなった.それに伴い,マンモグラフィ検診の受診率も年々増加している.このことは,全国各地で行われているマンモグラフィの品質管理の重要性を高めている.また,近年になってマンモグラフィのデジタル化が急速に進んだことから,これまでのアナログマンモグラフィの品質管理の方法を見直したデジタルマンモグラフィの品質管理マニュアルの必要性が高まった.

 わが国で,この必要性にいち早く応えたのが,日本でマンモグラフィ検診の精度管理の核となって活動を続けているNPO法人マンモグラフィ検診精度管理中央委員会(精中委)である.精中委が編集した『デジタルマンモグラフィ品質管理マニュアル』(医学書院)は,International Electrotechnical Commission(IEC)がまとめた国際標準の精度管理法や欧米の精度管理のガイドライン,日本画像医療システム工業会の表示モニタの品質管理ガイドラインなど,世界中で採用されている国際的な精度管理の方法を参考にしながらまとめられており,国際水準の品質管理法が一読しただけで実践できるようにまとめられた優れた書籍といえる.

Mary Dobson(著),小林 力(訳)「Disease人類を襲った30の病魔」

著者: 岩田健太郎

ページ範囲:P.747 - P.747

 「将来の人々は,かつて忌まわしい天然痘が存在し貴殿によってそれが撲滅されたことを歴史によって知るだけであろう」

 トーマス・ジェファーソン.エドワード・ジェンナーへの1806年の手紙 本書134頁より(以下,頁数は本書)

 

 われわれは,ジェファーソンの予言が1979年に実現したことを知っている.個人の疾患は時間を込みにした疾患である.社会の疾患は歴史を込みにせずには語れない.目の前の患者に埋没する毎日からふと離れ,俯瞰的に長いスパンの疾患を考えるひとときは貴重である.

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あとがき

著者: 島津元秀

ページ範囲:P.752 - P.752

 本号の特集は「消化器外科手術における新しい潮流」である.新しい術式を臨床応用するには,動物を用いた基礎的な検討や,その術式の前段階の手術についての多くの臨床経験が必要である.また現在では,実施にあたって倫理委員会や適応委員会などの客観的な審査を要することも少なくない.さらに,患者への十分な「説明と同意」が必須であることは言うまでもない.

 従来は,医師が主導する治療について素人である患者が正確に理解するように努力する姿勢は医師・患者相方に乏しかった.もちろん,以前から「説明と同意」は両者の間で行われてきたことであるが,その内容についての今昔の差は大きい.最近では「インフォームド・コンセント」としてリスクとベネフィットについて具体的なデータを示して詳しく説明するようになった.十分な「説明と同意」は診療を円滑に行うために不可欠であり,医師の義務,患者の権利として尊重すべきであることに異論はない.しかしながら,高難度手術やハイリスク手術の場合,その内容はしばしば患者にとって不安や緊張を与えるものとなり,その治療への期待と希望を削ぐ結果になることもあるのではないだろうか.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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78巻12号(2023年11月発行)

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特集 ロボット手術新時代!—極めよう食道癌・胃癌・大腸癌手術

78巻7号(2023年7月発行)

特集 術後急変!—予知・早期発見のベストプラクティス

78巻6号(2023年6月発行)

特集 消化管手術での“困難例”対処法—こんなとき,どうする?

78巻5号(2023年5月発行)

特集 術後QOLを重視した胃癌手術と再建法

78巻4号(2023年4月発行)

総特集 腹壁ヘルニア修復術の新潮流—瘢痕ヘルニア・臍ヘルニア・白線ヘルニア

78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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