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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科69巻11号

2014年10月発行

雑誌目次

増刊号 ERAS時代の周術期管理マニュアル

著者: 小寺泰弘

ページ範囲:P.3 - P.3

 術前術後の管理が外科医にとって重要であることは言うまでもありません.外科医は手術だけやっていればよいわけではないんだ,自分の手術の術後には責任を持つんだ等,誰もが先輩医師に耳にタコができるくらい聞かされた(あるいは聞かされている)ことと思います.というわけで,若いころに徹底的に叩き込まれた……ようでいて,実は細かいところまでわかりやすく教えてくれる先輩はおらず,麻酔学の成書で勉強したりもしました.もちろん,網羅的に勉強するのは時間的に不可能に近く,知りたいことがあったときにちょこちょこと調べる程度でした.その後,周術期管理は雑誌の特集号などで取り上げられがちなテーマであることを知り,当時出版されたものを勇んで購入した記憶もあります.しかし,私たちの世代の医師たちにとって,こうして身につけた管理法の多くが現在では時代遅れであったり,かえって行ってはいけないことであったりします.

 近年,手術手技は大きな発展を遂げましたが,周術期管理の進歩もまさに同様であり,ある項目は手術手技の進化と連動し,ある項目はこれとはまた別に独自に進化し,場合によりかつては周術期管理などと縁のなかったメディカルスタッフの協力も得て,手術後の短期成績を表す様々な指標の向上に寄与しております.例えば自動吻合器,縫合器の開発に伴う吻合の安全性の向上により,かつては1週間の局所の安静,減圧のうえで胃透視を行ってから経口摂取を許可するほど慎重に扱っていた食道空腸吻合部も,今や普通の消化管吻合部にすぎません.内視鏡外科手術の普及に伴う低侵襲性や消化管運動の早期の回復により,腹部手術の翌日には普通に歩いたり経口摂取を開始したりもします.周術期の徹底したリハビリは特に高侵襲な手術の術後の立ち上がりを大きく後押ししています.

Ⅰ 周術期管理・総論

ERASとは何か

著者: 福島亮治 ,   矢口義久 ,   堀川昌宏 ,   小川越史 ,   熊田宜真 ,   飯沼久恵 ,   稲葉毅

ページ範囲:P.10 - P.14

最近の知見と重要ポイント

□ERASはエビデンスに基づいた様々な周術期管理法(elements)を集学的に実行するプログラムで,従来の外科医の常識を大きく見直す内容が数多く含まれている.

□多方面の疼痛軽減策で早期離床をはかることと,経口摂取を制限しない(禁食にしない)ことが最も基本的なコンセプトである.

□回復力強化,術後合併症減少,入院期間短縮,安全性向上,経費節減などをめざしている.

ERAS時代の術前術後栄養管理

著者: 志田大 ,   落合大樹 ,   塚本俊輔 ,   金光幸秀

ページ範囲:P.15 - P.17

最近の知見と重要ポイント

□“ERAS時代の術前術後栄養療法”=「術前術後の絶飲食期間の短縮」である.

□2012年7月に日本麻酔科学会から,麻酔導入2時間前までの清澄水の摂取を可とする「術前絶飲食ガイドライン」が発表された.

□手術侵襲により腸管蠕動は一時的に麻痺し,また消化管吻合部を安静にする目的もあって,従来は排ガスを確認などしてから術後経口摂取を再開していたが,そのエビデンスはなく,ERASでは術後早期からの経口摂取再開が推奨されている.

ERAS時代の輸液管理

著者: 佐藤弘

ページ範囲:P.18 - P.20

最近の知見と重要ポイント

□過剰輸液により腸管浮腫が生じ,術後の腸管機能回復遅延の原因となりうる.

□禁飲食期間の短縮をはかり,過剰な輸液を回避する.

□術中の低濃度の糖質投与,アミノ酸投与により,体蛋白異化の抑制が期待される.

□目標指向型の輸液(GDT)により,過不足ない適切な輸液量を投与し,術後回復を促進させる.

ERAS時代の疼痛管理

著者: 佐藤哲文

ページ範囲:P.21 - P.23

最近の知見と重要ポイント

□術後鎮痛はERASプロトコールの重要な要素の一つである.

□運動神経遮断作用の少ない局所麻酔薬を用いた中位胸部硬膜外鎮痛法が推奨される.

□オピオイド使用を避け,非オピオイド鎮痛薬・非ステロイド性抗炎症薬を使用する.

□硬膜外鎮痛法が適応できない症例には,末梢神経ブロックや創部浸潤麻酔を考慮する.

周術期感染対策

著者: 松田直之

ページ範囲:P.24 - P.27

最近の知見と重要ポイント

□周術期感染管理における検出菌として,ESKAPEの薬剤感受性に注意する.

□全身性炎症では,水溶性薬剤の分布容積は増大する.

□全身性炎症では,脂溶性薬剤の胆汁排泄は遅延する可能性がある.

□急性期はアルブミン濃度が低下しやすいため,薬剤の蛋白結合率に注意する.

□持続濾過透析では,透析,濾過,吸着の3つの観点から,薬剤排泄を考える.

周術期静脈血栓症対策

著者: 國崎主税 ,   牧野洋知 ,   高川亮 ,   木村準 ,   小坂隆司 ,   秋山浩利 ,   遠藤格

ページ範囲:P.28 - P.32

最近の知見と重要ポイント

□静脈血栓塞栓症(VTE)は深部静脈血栓症(DVT)と肺塞栓(PTE)の総称である.

□その発生頻度は低いものの,PTEから死に至る可能性もあり,予防に努めることが重要である.

手洗い・滅菌

著者: 大久保憲

ページ範囲:P.33 - P.36

最近の知見と重要ポイント

□手術時手洗い用の水は,これまでの滅菌水から水道水に変わってきた.

□手術時手洗い手技は,スクラブ法(ブラッシング法)からアルコールラビング法(速乾性擦式消毒法)が主流となりつつある.

□わが国における新しい低温滅菌法として,過酸化水素ガス低温滅菌法,低温蒸気ホルムアルデヒド滅菌法,ホルムアルデヒドガス滅菌法が加わった.

Ⅱ 併存症を持つ患者の評価とその術前・術後管理 1.心疾患

不整脈

著者: 三澤吉雄

ページ範囲:P.38 - P.40

最近の知見と重要ポイント

□不整脈を疑う場合にはホルター心電図により不整脈の種類と頻度を把握する.

□種類や頻度によっては心エコー検査などで原因を検索する.

□手術直前まで不整脈治療を継続し,術中の頻脈予防にはβブロッカーを使用する.

心疾患・心不全

著者: 戸田宏一 ,   澤芳樹

ページ範囲:P.41 - P.44

最近の知見と重要ポイント

□高齢化社会の到来とともに心疾患・心不全を合併した一般・消化器外科手術は増加している.

□心疾患合併症例の術前・術後管理のポイントは,①合併心疾患に伴う心機能・心予備能低下に対する術前評価と周術期管理,②合併心疾患に伴う抗血小板療法,抗凝固療法の周術期管理,にまとめられる.

高血圧

著者: 中嶋博之 ,   新浪博士

ページ範囲:P.46 - P.48

最近の知見と重要ポイント

□臓器障害の原因となっている高血圧や拡張期110 mmHg以上,収縮期180 mmHg以上の管理不良な高血圧に対しては,手術の延期も考慮する.

□βブロッカーは,心臓合併症のリスクを有する症例に対して,中等度以上のリスクの手術が行われる際の周術期に有用である.

□術後の降圧薬は,降圧以外の作用を考慮して選択されるため,病歴や検査結果から心事故のリスクを術前に十分評価しておくことが重要である.

抗凝固薬使用時

著者: 杉本昌之 ,   古森公浩

ページ範囲:P.49 - P.51

最近の知見と重要ポイント

□冠動脈疾患に対して薬剤溶出性ステント(DES)が多用されている.旧来のステントと比較し,DESが留置されている患者での抗血小板薬の中止は急性ステント血栓症のリスクが高い.留置されたステントの種類,留置時期に応じた対策が必要である.循環器内科医にコンサルトを行う.

□ワルファリンに代わる新規経口抗凝固薬(第Ⅹa因子阻害薬;アピキサバン,リバロキサバン)(トロンビン阻害薬;ダビガトラン)がわが国においても使用開始された.ワルファリンと異なり効果は速やかに消失するため,手術には好都合である.反面,早すぎる中止は血栓リスクが増大する.周術期の中止期間に留意する.

□閉塞性動脈疾患(ASO,Buerger病)に対して処方されている抗血小板薬はほとんどの場合,問題なく中止可能である.しかし,出血リスクが小さな手術であるならば,内服続行のまま手術を行う選択が勧められる.

2.呼吸器疾患

慢性閉塞性肺疾患

著者: 茂木晃 ,   東陽子 ,   桑野博行

ページ範囲:P.52 - P.55

最近の知見と重要ポイント

□慢性閉塞性肺疾患(COPD)は,「タバコなどの有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患で,呼吸機能検査で正常に復すことのない気流閉塞を示す.気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こり,進行性である.臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳,痰を特徴とする」と定義されている1)

□COPDは呼吸器疾患であるが,虚血性心疾患,糖尿病,骨格筋の萎縮,悪液質,骨粗鬆症,うつ病など,多くの全身徴候や併存疾患との関連が深い2,3)(図1).

□COPDは心疾患と並ぶ術後合併症発生・術後死亡率の独立リスク因子であり4),ERAS実践のためにはCOPDを全身性疾患と捉えた包括的な周術期管理が重要である.

気管支喘息

著者: 星川康 ,   玉田勉 ,   近藤丘

ページ範囲:P.56 - P.59

最近の知見と重要ポイント

□直近1か月の喘息症状の特徴,肺機能検査成績とその日内変動,さらに現在の治療ステップから重症度を評価し,手術に向けたコントロール戦略を立てる(現治療継続,現治療ステップ内の治療内容強化,あるいは治療ステップアップから選択する)1)

□特定の薬剤投与により致死的な急性増悪をきたすおそれのあるNSAIDs過敏喘息あるいはその疑い症例では,鎮痛薬の選択に厳重な注意を要するほか2),喘息治療に一般的に用いられるコハク酸エステル型ステロイド製剤静注も危険であること3,4)を忘れてはならない.

3.肝疾患

肝硬変

著者: 二宮瑞樹 ,   調憲 ,   前原喜彦

ページ範囲:P.60 - P.63

最近の知見と重要ポイント

□acoustic radiation force impulse(ARFI)を用いた術前肝硬度評価は見かけ上,肝機能良好な高度肝線維化症例の検出に有効である.

□術後早期経腸栄養,エネルギーバランスを考慮した栄養療法が術後感染性合併症の抑制に有効である.

ウイルス性肝炎

著者: 荒川悠佑 ,   島田光生 ,   石川大地 ,   斉藤裕 ,   岩橋衆一 ,   池本哲也 ,   居村暁 ,   森根裕二 ,   宇都宮徹

ページ範囲:P.64 - P.67

最近の知見と重要ポイント

□B型慢性肝炎に対する抗ウイルス治療では,インターフェロン,エンテカビルによる治療方法に大きな変化はないが,HBe抗原の有無のみならず,ALT値および肝線維化の有無により,その適応が細かく分類されたことに留意が必要である.

□C型慢性肝炎に対する治療では,治療抵抗性であったgenotype 1,高ウイルス量に対してテラプレビルを使用した3剤併用療法が適応となった.さらに,2014年5月より副作用が少なく,より高いSVR率をもつシメプレビルが使用可能となった.

□術前栄養管理に関して,慢性肝炎症例では耐糖能異常を合併することが多く,安静時エネルギー消費量が亢進し,蛋白・エネルギー栄養障害を呈しやすいことが報告されている.このため術前・術後の絶食は飢餓状態を引き起こすことから,できだけ避けることが望ましい.さらにlate evening snack(LES)などを導入し,分枝鎖アミノ酸製剤を眠前に投与することで,飢餓状態を予防し栄養状態を改善する.

4.腎疾患

腎不全

著者: 西田正人 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.68 - P.70

最近の知見と重要ポイント

□術前に腎障害の重症度を評価し,それによる全身の病態生理学的リスクを把握しておく.

□残存腎機能を悪化させないことが最も重要である.

透析患者

著者: 西田正人 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.71 - P.71

最近の知見と重要ポイント

□基本的に腎不全症例に対する評価,管理に準じるので,前項「腎不全」を参照する.

5.内分泌・代謝疾患

糖尿病

著者: 山形幸徳 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.72 - P.73

最近の知見と重要ポイント

□術前には糖尿病とその合併症についての正確な評価が必要不可欠である.

□術前後の血糖管理にはインスリンを用いる.

□術後急性期を過ぎたら速やかに術前の血糖コントロールに戻す.

甲状腺疾患

著者: 山形幸徳 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.74 - P.76

最近の知見と重要ポイント

□術前に甲状腺機能異常の症状を見逃さず,甲状腺機能検査を行うことが重要である.

□甲状腺クリーゼや粘液水腫性昏睡の兆候を見逃さないこと.

□周術期の甲状腺ホルモン補充療法は経口摂取が早まったことで容易になった.

□甲状腺ホルモンの補充が必要な病態で,長期の経口摂取困難が予想される症例には,腸瘻留置などの処置が必要である.

ステロイド投与例

著者: 山形幸徳 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.77 - P.79

最近の知見と重要ポイント

□ステロイド長期投与患者では副腎皮質機能が低下しており,周術期では副腎不全の予防としてステロイドカバーが必要である.

□ステロイドカバーの用量は旧来の高用量のものから,侵襲の程度に応じた低用量のものにシフトしつつある.

□術後では急性副腎不全の兆候を見逃さないよう注意する.

□経口摂取時期の早期化により,ステロイドカバーを要する期間も短縮されつつある.

□ステロイド長期投与の副作用が術後経過に与える影響にも注意を払うべきである.

6.その他

精神疾患

著者: 森和彦 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.80 - P.81

最近の知見と重要ポイント

□精神疾患の存在は手術成績に影響を与えるとは限らず,在院死亡や合併症率は非併存症例と同じとされる1)

□治療への無理解や抵抗がみられる症例では,精神科病棟を有する施設での手術が望ましい.

□メジャートランキライザーの使用による悪性症候群の発症は1%前後とされ,周術期の脱水,低栄養,精神面のストレスが発症のきっかけとなることもある2)

□メジャートランキライザーにはアドレナリンα1受容体への遮断作用があり,常用により受容体の感受性が低下し,カテコラミンへの反応性不良につながる.

□悪性疾患においては検診発見の機会が少なく進行期病変が多い.

妊娠中

著者: 森和彦 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.82 - P.83

最近の知見と重要ポイント

□妊娠中の手術には,急性虫垂炎,胆囊炎が多く,腸閉塞,外傷がこれに次ぐ.つまり良性疾患に対する緊急手術が多い.待機する選択肢が可能な場合も,原疾患が感染性疾患である場合は積極的に手術を行う.

□腹腔鏡下手術はおもに炭酸ガス気腹に伴う問題から,妊娠経過に悪影響を生じる可能性がある.

□悪性疾患では,乳癌,白血病,リンパ腫,メラノーマ,卵巣癌の頻度が多いとされる.卵巣癌では臨床病期と妊娠週数により手術または化学療法のタイミングが様々である1)

□悪性疾患の場合は妊娠中の手術は可能であるが,妊娠初期,中期には使用可能薬剤に制限があり,妊娠全期においてX線の使用は最小限にとどめたいため,原疾患のステージを勘案して手術のタイミングを選択する.

□特に妊娠初期での悪性腫瘍は,妊婦に腫瘍の標準治療を勧めるうえで中絶をオプションとして提案する.中絶を推奨することはなかなかできないことであるが,妊娠中期,後期であっても癌治療に関連する未熟児,低体重児のリスクはあり,安易に妊娠継続を勧めることは慎む2)

□妊娠継続に強い希望がある場合は,リスクを説明しながら悪性腫瘍の治療が可能である.妊娠中期以降では抗悪性腫瘍薬のうち胎児への悪影響が知られていないものもあり,抗腫瘍薬の投与も選択肢としてありうる.

高齢者

著者: 森和彦 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.84 - P.86

最近の知見と重要ポイント

□術死,在院死亡が多いことに加え,創感染,せん妄などの軽症とされる合併症でも入院期間の遷延化,ADLの喪失を伴う.手術適応,適用術式の決定が重要な要素となる.しかしながら,緊急手術では適応に関して論じる術前の時間的余裕が,医療者,家族ともに少ないため,手術治療が選択されるケースが多い1)

□痛みや呼吸苦などの訴えは,聴取や把握がしばしば困難であり,見過ごされやすい.高齢者では中枢神経,末梢神経ともに神経細胞の変性が認められ,痛みや苦痛の閾値が高く,異変の把握が遅れる傾向にある2)

□術後せん妄の対策は薬物療法を中心に積極的に行う.

□薬物療法に関しては,薬効,副作用に関して個人差が大きい.

□頻繁に心疾患,呼吸器疾患が基礎疾患として認められ,過剰な輸液は厳に慎まなければならない.しかしながら極端なドライサイド管理はさらに危険であり,体液管理の安全域は狭い.

□独居の場合も含め,退院支援に関与できる親族との連絡を緊密にする.家族による退院後の生活支援が約束されない場合は,術前のADLが良好でも過大侵襲を伴う手術の適応は控えるべきである.

Ⅲ 術式別の術前・術中・術後管理 1.食道

頸部食道癌

著者: 中島政信 ,   加藤広行 ,   百目木泰

ページ範囲:P.88 - P.90

最近の知見と重要ポイント

□ERASプロトコールが頸部食道癌手術に適応できるかは,現段階では明らかではない.

□頸部食道癌の術前は,経口摂取が不可能であり,絶食期間の短縮が図れないことがしばしばである.

□頸部食道癌に対して遊離空腸移植を伴う再建術を行った場合,血管吻合部の安静保持のために早期離床が困難なことが多い.

□胃瘻,腸瘻を用いて早期からの経管栄養を行うようにすることが大切である.

胸部食道癌

著者: 阿久津泰典 ,   松原久裕

ページ範囲:P.91 - P.94

最近の知見と重要ポイント

□胸部食道癌の手術は,頸部,胸部,腹部と手術操作範囲が広いため,消化器癌手術のなかでも最も侵襲が大きい手術の一つである.呼吸器合併症や嚥下機能の障害を容易にきたしやすく,ひとたび合併症が起きると致命的となることも少なくない.

□ERAS実践に関しては,胸部食道癌手術の場合はバリアンスが多いため必ずしも定型的な管理ができるわけではないが,ERASにもとづく周術期管理がいくつか取り入れられている.たとえば,術前術後に絶食は半ば常識であったが,最近では絶食期間を可能な限り短縮した管理が行われている.また,術前口腔ケア,クリニカルパスの導入,NST(nutrition support team)の介入,術中術後のステロイドの使用が取り入れられ,実臨床に活かされている.

化学放射線療法後のsalvage手術

著者: 山﨑誠 ,   宮田博志 ,   土岐祐一郎

ページ範囲:P.95 - P.97

最近の知見と重要ポイント

□salvage手術は高い合併症率と在院死亡率を伴う治療であるため,十分なインフォームド・コンセントのもと,十分な経験をもつ施設・スタッフのもとで行われるべき治療である.

□基本的な周術期管理においては,通常の食道癌手術と大きく異なることはないが,サルベージ手術独特の放射線照射に伴う線維化や血流障害による気道系(気管・肺)・再建消化管の合併症の予防および発症時の速やかな対応が極めて重要である.

接合部癌

著者: 松田達雄 ,   竹内裕也 ,   北川雄光

ページ範囲:P.98 - P.100

最近の知見と重要ポイント

□術前の外来から,禁煙指導,呼吸機能訓練を開始する.

□術翌日からリハビリテーション科と連携し,早期離床を行う.

□ハイリスク症例は,空腸瘻を造設し帰室直後より早期経腸栄養を行う.

食道アカラシア

著者: 宮崎達也 ,   宗田真 ,   酒井真 ,   原圭吾 ,   本城裕章 ,   熊倉裕二 ,   福地稔 ,   久保和宏 ,   斉藤繁 ,   草野元康 ,   桑野博行

ページ範囲:P.101 - P.104

最近の知見と重要ポイント

□術前に,拡張した食道内の内容物を十分に排出する.

□麻酔は急速導入法で導入し,レミフェンタニルを用いた全身麻酔で管理する.

□術後1日目に,酸素投与off,モニターoff,離床,バルーンカテーテル抜去,ドレーン抜去(あるいはノードレーン),経口摂取開始を行う.

食道裂孔ヘルニア(GERDを含む)

著者: 小村伸朗 ,   矢野文章 ,   坪井一人 ,   星野真人 ,   柏木秀幸 ,   矢永勝彦

ページ範囲:P.105 - P.108

最近の知見と重要ポイント

□術後は食事内容が必ずつかえる(ひっかかる)こと,つかえは術後1か月でおおむね改善し,術後3か月の時点でほぼ消失することを説明する.

□術後入院期間中に,食事摂取指導を徹底的に行う.

2.胃

幽門側胃切除術・幽門保存胃切除術

著者: 山下裕玄 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.109 - P.111

最近の知見と重要ポイント

□幽門側胃切除術(DG)は,全国胃癌登録の結果に基づくと胃切除全体の約60%を占めており,胃癌手術のなかで最も多く行われている術式といえる.

□DG後の再建法としてはBillrothⅠ法(B-Ⅰ),Ⅱ法(B-Ⅱ)あるいはRoux-en-Y法(RY)があるが,B-Ⅰ,RYのいずれかを選択することが多い.

□幽門保存胃切除術(PPG)は,遠位側縁が幽門から4 cm以上離れている早期胃癌を対象とした縮小手術の位置づけであり,胃上部1/3と幽門前庭部3,4 cm程度を温存するものと胃癌治療ガイドラインに記載されている.

□PPGは全国胃癌登録の結果に基づくと胃切除全体の3%程度を占める.

噴門側胃切除術

著者: 山下裕玄 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.112 - P.114

最近の知見と重要ポイント

□噴門側胃切除術(PG)は,胃上部(U領域)の早期癌を対象とした縮小手術の位置づけであるが,全国胃癌登録の結果に基づくと胃切除全体の4〜5%に選択されている術式である.

□PGは,U領域の腫瘍で1/2以上の胃を温存できる場合に適応を考慮してよい.

□PG後の再建法は,簡便な食道胃吻合,逆流性食道炎の予防を目的とした空腸間置,ダブルトラクト法などがあるが,一定見解はなく至適再建法については継続的な課題である.

□再建法にかかわらず,経口摂取開始時期は幽門側胃切除や胃全摘と同様であり,特別に対応を変更することはない.

□近年増加傾向にある食道胃接合部癌では,#4,5,6への転移頻度が極めて低く,予防的郭清の治療効果も低いことがわかっており,進行癌であっても胃全摘が必ずしも必要がないことが明らかとなってきた.これまでU領域の早期胃癌に施行してきた本術式を食道胃接合部癌に適応できる可能性があり,本術式の選択が増加する可能性がある.

胃全摘術

著者: 山下裕玄 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.115 - P.117

最近の知見と重要ポイント

□10年前は,胃全摘術後は術後7日目までは絶飲食とし,栄養は場合によっては中心静脈栄養が選択されたが,多くは末梢輸液での経過観察であった.術後の腸管麻痺が軽快するまでは経口摂取は望ましくないのではないか? 食道空腸吻合部の経口摂取物の通過が縫合不全と関連するのではないか? したがって可能な限り安静にするのがよいのではないか? という考えに基づく経験的な対応であった.

□近年は,経口摂取による経腸の栄養補給が手術後の早い時期から行われることで早期に退院できるという報告が多く,この10年で胃全摘後の経口摂取開始時期は格段に早まってきた.

術前補助化学療法後の胃癌手術

著者: 八木浩一 ,   山下裕玄 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.118 - P.121

最近の知見と重要ポイント

□胃癌手術のERASガイドラインは存在しないが,“ERAS時代”となり,術後の経口摂取は以前と比較し早くなった.

□通常の胃癌手術と術前補助化学療法後の胃癌手術で周術期ERASプロトコルに違いを設ける必要性はないと考えている.

□2011年に胃癌手術に対するERASの実践について概説されている1).その後,Yamadaら2)が胃外科領域でのERASの有用性について報告し,Dorcarattoら3)によるReviewも報告された.Jeongら4)は術翌日からの経口摂取の安全性を報告している.

十二指腸腫瘍の手術

著者: 八木浩一 ,   山下裕玄 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.122 - P.123

最近の知見と重要ポイント

□十二指腸腫瘍に対する手術も,通常の胃癌手術も周術期ERASプロトコルは同じである.

□十二指腸腫瘍の手術に対するERASプロトコルはこれまで記載がなく,ここ数年で新しくなった点も不明である.

□ただし,ERAS時代となり,術後経口摂取の再開は早くなっていると思われる.

3.小腸・大腸

小腸切除術

著者: 山本隆行

ページ範囲:P.124 - P.126

最近の知見と重要ポイント

□小腸切除に関するERASの報告はみられない.しかし,大腸切除時のERASのエビデンスを取り入れて,小腸切除の周術期管理を行うことが可能である.

□腹腔鏡下手術は,患者の術後早期回復を可能にする.ERASプロトコールに腹腔鏡下手術を導入することで,より早期の術後回復が期待できる.

□術後早期からの経口摂取の開始により,合併症のリスクを高めることなく,在院期間を短縮させることができる.

□術前に感染性合併症を有している症例や緊急症例では,待機手術例とは異なった周術期管理が必要になる.

結腸切除術

著者: 大毛宏喜 ,   上神慎之介 ,   渡谷祐介 ,   繁本憲文 ,   嶋田徳光 ,   村尾直樹 ,   亀田靖子 ,   村上義昭 ,   上村健一郎 ,   橋本泰司 ,   近藤成 ,   佐々木勇人 ,   末田泰二郎

ページ範囲:P.127 - P.129

最近の知見と重要ポイント

□機械的腸管前処置を行わないというプロトコールを遵守する必要はない.

□ドレーンはもし留置するなら目的を明確にし,短期留置にとどめる.

□術直前まで炭水化物飲料を付加することで術後の腸管運動の早期回復が期待できる.

直腸前方切除術

著者: 清松英充 ,   清松知充 ,   石原聡一郎 ,   須並英二 ,   渡邉聡明

ページ範囲:P.130 - P.133

最近の知見と重要ポイント

□直腸手術においても近年,世界的にERASが広がりをみせている.

□直腸手術においてはERASプロトコルを取り入れる際に,腸管前処置,早期経口摂取,ドレーン留置に関して検討が必要である.

□施設ごとにERASプロトコルを部分的に組み込んでいくことを検討すべきである.

腹会陰式直腸切断術

著者: 緒方裕

ページ範囲:P.134 - P.137

最近の知見と重要ポイント

□腹会陰式直腸切断術は,腹部操作と会陰操作により直腸から肛門までを切除し,S状結腸を用いて単孔式人工肛門を造設する侵襲の大きい術式である.

□ERAS Societyなどが新しく提唱しているGuidelines for perioperative care in elective rectal/pelvic surgery1)を基に,わが国でも実践可能な腹会陰式直腸切断術の周術期管理について考察する.

□術前,術中,術後と管理法を時系列で概説し,特にERASプロトコルの介入項目については〈丸付番号〉で示す.

大腸全摘術

著者: 池内浩基 ,   内野基 ,   松岡宏樹 ,   坂東俊宏 ,   広瀬慧 ,   平田晃弘 ,   佐々木寛文

ページ範囲:P.138 - P.141

最近の知見と重要ポイント

□潰瘍性大腸炎(UC)に対する内科的治療の選択肢が増加している.各治療薬や治療法と術後合併症との関連性に関する報告が増加している.

□compromised hostと考えられているUCであっても,予防抗菌薬の投与や創処置に関しては他疾患と同じである.

□UC術後の上部消化管病変からの大量出血症例の報告例が増加しており,UCは大腸に限局した疾患ともいえないのが現状となりつつある.

肛門疾患手術

著者: 北山大祐 ,   松尾恵五 ,   新井健広 ,   岡田滋 ,   石川健二 ,   藤解邦生 ,   辻仲康伸

ページ範囲:P.142 - P.145

最近の知見と重要ポイント

□近年,抗血栓薬服用患者は増加しており,冠動脈ステント留置後など抗血栓薬の休薬が不可能である患者も多く,手術術式,麻酔方法に配慮が必要となる症例が増加している.

□2005年に保険収載された痔核局所注射薬であるALTA(Aluminum potassium sulfate hydrate・Tannic Acid,ジオン®注)療法の登場により,痔核治療においては,外来手術(day surgery),短期入院手術(2〜5日の入院)が可能な症例が以前より増加している.

□手術とALTA療法の併用により,痔核根治術の外科的切除部位を縮小することが可能になり,術後疼痛の緩和および術後出血などの合併症を未然に回避することにつながっている.

虫垂切除術

著者: 鈴木貴久

ページ範囲:P.146 - P.148

最近の知見と重要ポイント

□ERASとは,術後回復能力強化を目的とした包括的な周術期管理プログラムである.

□急性疾患である急性虫垂炎に対する虫垂切除術においても,ERASの概念の導入により術後早期回復を図ることが重要である.

□ただし急性虫垂炎の程度(穿孔や膿瘍形成,麻痺性イレウス,敗血症の併発の有無など)によって,いくつかの点で周術期管理が異なるため,その見極めが重要である.

4.肝

肝細胞癌に対する肝切除

著者: 井口友宏 ,   調憲 ,   前原喜彦

ページ範囲:P.150 - P.152

最近の知見と重要ポイント

□腹腔鏡下手術は低侵襲であり,肝切除の分野でも広く応用されてきている.

□周術期の運動療法により有意にインスリン抵抗性やBTRは改善し,肝機能の維持に有用な可能性がある.

□術後難治性胸腹水は重要な肝切除後の合併症であり,肝線維化と関連するが,ARFIにより術前に肝線維化を予測しうる可能性がある.

肝腫瘍に対するablation

著者: 森安史典

ページ範囲:P.153 - P.156

最近の知見と重要ポイント

□日本では肝癌の局所治療のほとんどがRFAであるが,欧米,中国では第2世代のマイクロ波焼灼療法(MWA)が主流になりつつある.また,非熱的ablationである,IRE(irreversible electroporation)も普及しつつある.

□正確で安全な局所治療を行うために,fusionイメージングや針ナビゲーションといった,治療支援の画像診断の技術が発達している.

転移性肝癌に対する肝切除

著者: 松村聡 ,   田邉稔

ページ範囲:P.158 - P.161

最近の知見と重要ポイント

□近年腹腔鏡下肝切除術が急速に広まってきており,より低侵襲な手術が,術後早期回復に大きく寄与する.

□肝切除後の腹部ドレーンは基本的に留置しない方針とし,留置しても極力早期に抜去する.

□術後は適切な疼痛コントロールのもと,早期離床プログラムを行っていくことが重要である.

化学療法後の肝切除

著者: 益田邦洋 ,   吉田寛 ,   片寄友 ,   海野倫明

ページ範囲:P.162 - P.164

最近の知見と重要ポイント

□大腸癌をはじめ転移性肝癌肝切除症例では,術前に化学療法が施行されていることが多い.

□術前の化学療法により,肝障害や術後合併症が増加する危険がある.

□イリノテカンによる脂肪性肝炎,オキサリプラチンによるsinusoidal obstruction syndrome(SOS)など,レジメン特有の肝障害が知られている.

□化学療法後の肝切除では,肝障害のリスクと程度を十分に評価する必要がある.

□化学療法後の肝切除においても,ERASプログラムの導入は可能である.

肝移植(成人)

著者: 高原武志 ,   若林剛

ページ範囲:P.165 - P.167

最近の知見と重要ポイント

□手術手技に関連した合併症に対して迅速かつ定型的に対応すべきである.

□肝移植後特有の感染症を乗り切るためにも個別化栄養管理が重要である.

肝移植(小児)

著者: 内田孟 ,   笠原群生

ページ範囲:P.168 - P.171

最近の知見と重要ポイント

□小児肝移植領域においても腸管免疫能を賦活化する目的のために,積極的に補助栄養剤を導入している.

□術前にドナーの肝臓を3次元画像に構築し,血管系を含めグラフトの評価を行っている.

5.胆道・胆囊

肝門部胆管癌手術

著者: 鈴木大亮 ,   古川勝規 ,   宮崎勝

ページ範囲:P.172 - P.174

最近の知見と重要ポイント

□肝門部胆管癌に対する手術は,胆管切除,尾状葉切除を含む肝葉切除,左右の3区域切除を要することが多く,消化器外科手術のなかでも,非常に侵襲が高度な術式の1つである.

□ERASプロトコルは元来,大腸手術において広まったプロトコルであり,さらに侵襲が高度である術式に対し,どこまで適応可能であるかということを,胆道癌手術におけるエビデンスが明らかでない現状を踏まえ,慎重に検討しつつ導入していく必要がある.

中下部胆管癌

著者: 松田明敏 ,   奥田善大 ,   栗山直久 ,   臼井正信 ,   伊佐地秀司

ページ範囲:P.175 - P.180

最近の知見と重要ポイント

【膵頭十二指腸切除の場合】

□術後早期から経腸栄養を開始する.

□ドレーンは胆管空腸,膵空腸吻合部近くに1本,閉鎖持続吸引式のものを留置し,胆汁漏,膵液漏の兆候がなければ早期に抜去する.

□膵空腸吻合は,当科で開発した膵管粘膜吻合(pair watch suturing technique)1,2)を行う.

□胃空腸吻合を手縫い吻合(A-L吻合)から側々器械吻合に変更する(術後胃排出遅延の発生率軽減).

胆囊癌

著者: 松山隆生 ,   森隆太郎 ,   熊本宜文 ,   武田和永 ,   遠藤格

ページ範囲:P.181 - P.184

最近の知見と重要ポイント

□教室の治療方針では術前診断T3以上の深達度(肝床浸潤,肝十二指腸間膜浸潤,他臓器浸潤)をもつ症例に対しては積極的に術前化学療法を行っている.

□術前化学療法の期間は3か月であり,術前化学療法時には少なからず経口摂取不良となるため栄養サポートとしてn-3系脂肪酸を含む経口半消化態栄養剤を1日400 mL摂取してもらっている.

□術前化学療法の期間中は閉塞性黄疸を認める症例では胆道ドレナージチューブが必須である.胆管炎の発生ではENBDチューブに劣るものの,胆汁酸循環,術前のADL低下を予防する目的としてERBDチューブを用いた内瘻化を基本としている.

□ERBD閉塞による胆管炎発生は術前化学療法の施行率を下げる原因となるので,日頃より消化器内科と十分にコミュニケーションをとり,胆道系酵素などの上昇から胆道炎発生が予想される場合にはチューブ交換を迅速に行っている.

胆囊摘出術

著者: 横山政明 ,   中里徹矢 ,   鈴木裕 ,   杉山政則

ページ範囲:P.185 - P.187

最近の知見と重要ポイント

□主として良性疾患に行われる.

□消化器悪性疾患手術と比較し,患者の平均年齢は若年である.

□術式として開腹手術,腹腔鏡手術(4 ports/reduced port surgery)があり,時代とともにsmall incisionへと変遷している.

□胆囊摘出術におけるERASプロトコル導入・検討は結腸切除術と比較し発展途上である.

6.膵

膵頭十二指腸切除術

著者: 浅田崇洋 ,   藤井努 ,   小寺泰弘

ページ範囲:P.188 - P.191

最近の知見と重要ポイント

□高難度手術である膵頭十二指腸切除術(PD)は,近年その手術成績は以前より改善傾向にあるが,依然として術後合併症の頻度は高い(表1).

□2012年に欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)より,ERASに基づいたPDのガイドラインが報告された(表2)1)

□PD特有のERAS管理は少なく,またその有用性を実証した報告は今のところ多くはない.

十二指腸温存膵頭切除術

著者: 浅野之夫 ,   石原慎 ,   伊東昌広 ,   津田一樹 ,   志村正博 ,   清水謙太郎 ,   林千紘 ,   越智隆之 ,   堀口明彦

ページ範囲:P.192 - P.195

最近の知見と重要ポイント

□低悪性腫瘍の多くは,膵頭部癌と異なり,soft pancreasの症例が多い.

□膵液瘻が懸念された場合,早急に洗浄ドレナージを施行する.

□ドレナージ不良が疑われる場合,迷わず再ドレナージを施行する.

膵体尾部切除術

著者: 甲斐真弘 ,   大内田次郎 ,   旭吉雅秀 ,   今村直哉 ,   近藤千博

ページ範囲:P.196 - P.199

最近の知見と重要ポイント

□術前・術後の耐糖能異常に対しては積極的なインスリン療法を行う.

□膵液漏を防止する膵切離法は確立されていない.

□膵液漏の発生を念頭に置いたドレーン留置,術後のドレーン管理が重要である.

7.その他

脾臓摘出術

著者: 島田淳一 ,   矢永勝彦

ページ範囲:P.200 - P.202

最近の知見と重要ポイント

□腹腔鏡(補助)下脾臓摘出術の普及に伴い,ERASプロトコールに即した周術期管理をより一層進めることが可能になった.

□脾摘後重症感染症のリスクは一生涯続くため,術後長期にわたる予防・患者教育が必要である.

鼠径ヘルニア(成人)

著者: 長尾厚樹 ,   伊藤契 ,   針原康

ページ範囲:P.203 - P.206

最近の知見と重要ポイント

□安全性,利便性,根治性を提供できる手術および周術期管理を目指す.

□具体的には低侵襲,低リスク,低コスト,患者満足度の向上,合併症のない再発0根治を目指した手術を行う.

□当院では,原則として全例に膨潤局所麻酔法を用いて,日帰り〜2泊3日までの入院期間を患者さんに選択していただき,それぞれのパスを導入し,それらに沿って手術および周術期管理を行っている.

□最終目標は,患者への身体的,精神的,経済的負担をできる限り軽減し,臨床的に鼠径ヘルニアが治ることである.

鼠径ヘルニア(小児)

著者: 渡井有 ,   大橋祐介 ,   田山愛 ,   土岐彰 ,   藤井智子 ,   岩本泰斗 ,   世良田和幸

ページ範囲:P.207 - P.210

最近の知見と重要ポイント

□従来の鼠径法に加えLPECも標準化され,患側と反対側の観察・手術が可能となった.

□国内外で術前絶飲食ガイドラインが作成され術前・術後の長時間の絶飲食は改善され,経口摂取を積極的に勧めるエビデンスが確立されてきた.

□神経ブロック用超音波装置の開発・改善により安全に局所麻酔ブロックが行えるようになり,小児の鼠径ヘルニア手術においても施行され,良好な結果が得られている.

Ⅳ 術中・術後合併症とその管理 1.消化器系

縫合不全(上部消化管)

著者: 田中善宏 ,   吉田和弘

ページ範囲:P.212 - P.215

最近の知見と重要ポイント

□厳格な輸液計画,早期の経腸栄養剤の開始は縫合不全を予防しうる.

□食道切除後幽門形成術に縫合不全の予防効果は認めない.

□縫合不全の確認として,食道切除後のルーチンの術後透視に有益性は認められない.

□注意すべき点は,下部消化管ほど上部消化管(特に食道)ではERASプログラムは確立されてはおらず,今後の報告が待たれる.

縫合不全(下部消化管)

著者: 志田大 ,   塚本俊輔 ,   落合大樹 ,   金光幸秀

ページ範囲:P.216 - P.218

最近の知見と重要ポイント

□「下剤による腸管前処置なし」は,ERASにおいて結腸および多くの直腸手術で推奨されているが,わが国ではコンセンサスは得られていない.

□ERASで推奨されている「術後早期の経口摂取再開」により,縫合不全は増加しない.

□腹腔鏡手術が増加していることに加え,ERASで推奨されている「硬膜外麻酔の積極的利用」「術中過剰輸液の回避」「術後早期の経口摂取の再開」などにより,手術侵襲に伴う術後腸管麻痺からの腸管蠕動回復が早期に起こるようになったため,縫合不全発症の時期が早くなってきている.

膵液瘻

著者: 村上壮一 ,   平野聡 ,   中村透 ,   七戸俊明 ,   岡村圭祐 ,   土川貴裕 ,   田本英司 ,   倉島庸 ,   海老原裕磨

ページ範囲:P.219 - P.222

最近の知見と重要ポイント

□膵切離手術の術後膵液瘻(POPF)を完全に防止する方法は現状では存在しない.

□POPFが存在しない場合,ドレーンの早期抜去が推奨される.

□POPFの存在が疑われる場合,ドレーンの早期交換が推奨される.

□ERASは膵切離および全摘手術におけるPOPFの発生率に影響を与えないが,合併症全体の発生率を有意に抑制する.

□POPFが発生しても,ドレナージが良好であれば治療としての禁食は不要である.

□最近,ソマトスタチンアナログがPOPFを減らすという報告がある.

胆汁瘻

著者: 宗景匡哉 ,   宗景絵里 ,   花﨑和弘

ページ範囲:P.223 - P.225

最近の知見と重要ポイント

□術後胆汁漏が遷延した際,胆汁漏出部と皮膚の間に瘻孔を形成し胆汁瘻となる.

□2011年に肝胆膵手術の術後胆汁漏の診断基準が以下のように定義された.①血清ビリルビン値の3倍以上の排液ビリルビン値が術後3日目に認められる,または,②胆汁貯留のため侵襲的処置を要する,または,③胆汁性腹膜炎により再開腹を要する.

□胆汁瘻は総胆管との交通により交通型と非交通型に分類される.

□治療はできるだけ非侵襲的な手技から対応する.

肝不全

著者: 菅原元 ,   江畑智希 ,   横山幸浩 ,   伊神剛 ,   水野隆史 ,   山口淳平 ,   梛野正人

ページ範囲:P.226 - P.229

最近の知見と重要ポイント

□ISGLSは術後肝不全を,術後5日目におけるINRの増加および高ビリルビン血症(いずれも各施設の基準値を超えるもの)と定義し,術後死亡のstrong predictorであるとしている.

□ISGLSは術後肝不全を,Grade A(術後管理に影響なし),Grade B(FFP,利尿薬投与などの非侵襲的術後管理が必要),Grade C(透析,気管内挿管などの侵襲的術後管理が必要)に分類している.

□肝不全に対する特効薬や特異的な治療は存在しないので,肝不全に陥った原因を突き止め,これを除去し,全身管理を行うことが唯一の治療法である.

乳び腹水

著者: 岩崎善毅

ページ範囲:P.230 - P.231

最近の知見と重要ポイント

□手術後の乳び腹水は,比較的稀な合併症であるが確立された治療法はなく,治療に難渋することがある.

□乳び腹水に対するオクトレオチドの臨床有効例の報告がある.

□腹腔鏡下手術の普及に伴い,術後の乳び腹水が報告されている.多くは軽症であるが,術中に太いリンパ管の存在を疑えば,結紮やクリッピング,シーリングを行うなど予防に努めるべきである.

門脈・脾静脈血栓症

著者: 杉本博行 ,   小寺泰弘

ページ範囲:P.232 - P.236

最近の知見と重要ポイント

□血栓症の原因として,①血流停滞,②血管内皮傷害,③血液凝固能亢進,が古くからVirchowの三徴として知られているが,門脈切除再建時はこれらの条件をすべて満たす.特に門脈吻合部の狭窄や捻れがあると容易に血栓を形成する.

□腹腔鏡手術では血栓症発症の危険性が高いとされており,肝硬変,炎症性腸疾患,血栓性素因など危険因子を有する症例においては,特に周術期門脈血栓症に注意が必要である.

□深部静脈血栓症に対する関心が高まり,肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症に関するガイドラインの公表や新たな薬剤の開発とともに周術期抗凝固療法が積極的に行われるようになってきている.門脈・脾静脈血栓症に対する予防的治療法のエビデンスはないが,危険因子を有する症例においては今後検討する必要がある.

イレウス

著者: 李相雄 ,   河合英 ,   内山和久

ページ範囲:P.237 - P.239

最近の知見と重要ポイント

□イレウス(腸閉塞)は,腸管に器質的な閉塞起点が存在する「機械的イレウス」と,腸管の麻痺や痙攣,血行障害などに起因する「機能的イレウス」に分類される.さらに機械的イレウスは血行障害の有無により「単純性イレウス」と「複雑性イレウス」に分けられる(表1).なお,欧米では機械的イレウスを“bowel obstruction”,機能的イレウスを“ileus”として区別している.

□腸管の血流障害を伴う病態である絞扼性イレウスは,的確な診断と迅速な外科的処置が必要となる.また,発症時には血流障害を伴わない腸閉塞が,経時的に複雑性イレウスに移行する場合があることを銘記する.

□術後早期の経口摂取は,一般的に腸管運動を促進させ,排ガス・排便までの時間を短縮させる.しかしながら,高齢者や全身併存疾患を有する症例では,術後の腸管麻痺が遷延し,麻痺性イレウスに至ることがある.対応の遅延により誤嚥性肺炎や敗血症,ひいては縫合不全などの重篤な合併症が続発する危険性があり注意する.

輸入脚症候群

著者: 宮崎安弘 ,   瀧口修司 ,   土岐祐一郎

ページ範囲:P.240 - P.242

最近の知見と重要ポイント

□本疾患は比較的稀な合併症であるものの,重症膵炎や輸入脚穿孔などを生じると致死率が高率となること1),また,初回手術から長期間経過後に発症する場合2)や典型的な症状,所見を呈さないこともあり,注意が必要である.

□胃切除後あるいは上部消化管再建後の腹痛を訴える患者については,本疾患も念頭に入れておく必要がある.

ダンピング症候群

著者: 中田浩二 ,   羽生信義 ,   三森教雄 ,   矢永勝彦

ページ範囲:P.243 - P.246

最近の知見と重要ポイント

【最近の知見】

□インクレチンが注目されている.

 ▶インクレチン(消化管由来インスリン刺激物質)としてGIP(glucose-dependent insulinotrophic polypeptide),GLP(glucagon-like peptide)-1が注目されている.

 ▶インスリン分泌作用とグルカゴン分泌抑制作用があり,後期ダンピングの増悪因子となる.

 ▶胃切除後に経口的な糖負荷を行うとGLP-1分泌が亢進することが報告されている.

 ▶GLP-1分泌が亢進し,膵β細胞からのグルコース応答性のインスリン分泌を刺激し,また膵α細胞からのグルカゴン分泌を抑制することが後期ダンピングの発症に大きく関与すると考えられている.

 ▶GLP-1の分泌細胞は主に下部小腸のL細胞であり,腸管内のグルコース,ガラクトース,長鎖脂肪酸,胆汁酸などの刺激により分泌される.

 ▶GLP-1には交感神経刺激作用があることから早期ダンピングにも関与している可能性も示唆されている.

【重要ポイント】

□ダンピング症候群は胃の手術後にみられるよく知られた後遺症の一つである.

 ▶胃疾患に対する胃切除後だけでなく,食道・膵疾患に対する胃切除を伴う手術後,胃-空腸バイパス術,幽門形成術,迷走神経切離術などの後にもみられる.

 ▶全身症状の出現によりQOLの著しい低下を招くことを認識するべきである.

□適切な食事指導を行い患者に理解させ,身体に合わせた新しい食事習慣を確立することが最も重要である.

 ▶初期に発見し対処するために,外来診療における問診は大切である.

 ▶術後の体力の回復を速めようとして患者が過食することも誘因となる.

 ▶食事の摂り方の注意を促すとともに,患者が不安を抱き過度の食事制限によって栄養障害をきたさないよう留意する必要がある.

吻合部潰瘍

著者: 藪崎裕

ページ範囲:P.247 - P.250

最近の知見と重要ポイント

□吻合部潰瘍(anastomotic ulcer,stomal ulcer)とは胃切除後症候群の器質的障害の1つである.

□診断と治療には胃手術の既往の有無と詳細を確認することが必須であり,診断後には胃酸分泌動態を正確に把握することが的確な治療を行ううえで有用となる.

□古くから提唱されている疾患概念ではあるが,H. pyloriに対する除菌や機能温存縮小手術が行われている現況から,今後も臨床的に重要な疾患であると考えられる.

腸炎

著者: 有光秀仁 ,   鍋谷圭宏

ページ範囲:P.251 - P.254

最近の知見と重要ポイント

□術後の下痢症・腸炎では,抗菌薬関連性腸炎(AAC)があり,そのなかでもClostridium difficile(CD)感染症が重要である.

□シンバイオティクス(synbiotics)はCD感染症をはじめとするAACの治療として,重要な治療戦略の1つである.

2.循環器系

不整脈

著者: 上田希彦 ,   小林欣夫

ページ範囲:P.255 - P.259

最近の知見と重要ポイント

□術中・術後の頻脈に対し短期作用型β1遮断薬の有効性が明らかになっている.

□不整脈デバイスを植え込まれている症例が増えており,周術期のマネジメントが必要である.

□不整脈発生の背景にある麻酔,手術侵襲による因子の補正が今なお重要である.

心不全

著者: 皆川正仁 ,   福田幾夫

ページ範囲:P.260 - P.263

最近の知見と重要ポイント

□心疾患や心不全の既往がない症例に発生した心不全では,表1のような術中と術後の要因が考えられる.

□急性心不全では早期発見と初期治療が重要であり,救命とバイタルサインの安定化を最初に図る.

3.呼吸器系

肺炎

著者: 内門泰斗 ,   奥村浩 ,   夏越祥次

ページ範囲:P.264 - P.267

最近の知見と重要ポイント

□周術期の肺炎は,頻度も高く重篤化しやすい.周術期の肺炎予防,および早期発見と迅速かつ適切な治療により重篤化を回避できることはいうまでもない.

□2012年に改定されたERASのガイドライン1〜3)では,手術4週間前からの禁煙や術後疼痛コントロール,インスリンを含めた高血糖予防の項目が追加された.

□ERASを導入することにより,入院前のガイダンスで,患者自身が禁煙の必要性を自覚し,口腔ケア,呼吸器リハビリテーションを積極的に受けるようになる.

□また術後には,積極的な疼痛コントロールや適切な血糖管理を行うことにより,周術期の肺炎が予防可能となる.

無気肺

著者: 廣野靖夫 ,   山口明夫

ページ範囲:P.268 - P.271

最近の知見と重要ポイント

□無気肺は全身麻酔手術後の患者に非常に高率に発生する呼吸器合併症であり,肺炎や低酸素血症などの重篤な合併症につながることを認識すべきである.

□胸部X線写真で横隔膜の挙上,肺門や縦隔陰影の偏位を見逃さずに早期診断することが大切である.

□十分な鎮痛を図り早期離床を促すことが最も重要であるが,術前から高リスクと判断されている患者には肺リハビリテーションの介入や,無気肺を認めた際は非侵襲的換気療法なども考慮する.

気胸—食道癌術後の対処を中心に

著者: 久保尚士 ,   大平雅一 ,   平川弘聖

ページ範囲:P.272 - P.276

最近の知見と重要ポイント

□気胸とは,さまざまな原因で,肺実質から吸気が胸腔内に流入し,胸腔内圧が上昇することによって胸痛や呼吸困難,血圧低下などを生じる疾患である.肺のブラ(肺胞の一部が囊胞化したもの),ブレブ(胸膜直下にできた囊胞)の破裂で生じる自然気胸と,開胸手術時や外傷などで生じた肺挫傷から生じる気胸に分類される.

□消化器外科手術後の気胸の発生原因を表1に示す.このうち経験する頻度が高いものとして,胸部操作を伴う食道癌の術後気胸や人工呼吸器の陽圧換気に伴うbarotraumaなどが挙げられる.陽圧換気による気胸は,胸腔内圧の上昇により,容易に肺や心臓などの縦隔臓器を圧迫し,循環不全を生じるため,緊急の脱気が必要である.

□近年,難治性の気胸に対して,50%ブドウ糖液による胸膜癒着術が安価で有効性が高いと報告されている.

肺血栓塞栓症

著者: 石田敬一 ,   松宮護郎

ページ範囲:P.277 - P.281

最近の知見と重要ポイント

□急性肺血栓塞栓症は,術後合併症として頻度は低いものの重症例(心肺停止例)では死亡率が50%以上と高く,初期の診断,適切な治療が重要である.

□造影CT検査,心臓超音波検査により重症度を分類し治療を選択する.

□合成Ⅹa阻害薬フォンダパリヌクス(アリクストラ®)はモニタリングによる容量調節の必要がない抗凝固薬であり,ヘパリンの代わりとして使用される.

□経口新規抗凝固薬(NOAC)の急性肺塞栓症や深部静脈血栓症に対する有効性が報告されており,今後これらの薬剤の導入により確実な効果とともに管理が容易となり,入院期間短縮や出血性合併症の減少につながる可能性がある.

呼吸不全

著者: 森毅 ,   松原恵理 ,   鈴木実

ページ範囲:P.282 - P.285

最近の知見と重要ポイント

□術後呼吸不全は,手術侵襲の大きい手術(食道癌,肝移植,合併切除を伴う手術など)で生じることが多いが,それ以外の手術でも起こりうる.

□術後呼吸不全には,早期の対応(診断および治療)が重要である.呼吸困難や低酸素血症を呈する症例に対し,早急に原因検索を行い,その対処を行う.必要であれば,呼吸器内科医や集中治療医へのコンサルトを行い,早期に治療を開始する.

□ARDSの新しい定義であるベルリン定義が発表されており,理解しておく必要がある.

4.精神・神経系

術後せん妄

著者: 吉野相英

ページ範囲:P.286 - P.289

最近の知見と重要ポイント

□せん妄診断の標準規格であるDSM-ⅣがDSM-5に改訂された.

□高齢者の術後せん妄のリスク因子としてfrailtyが注目されている.

□メラトニン受容体作動薬のラメルテオンのせん妄予防効果が期待されている.

不眠症

著者: 吉益晴夫 ,   工藤行夫

ページ範囲:P.290 - P.293

最近の知見と重要ポイント

□不眠は精神的な不調をスクリーニングするための最も重要な指標である.

□不眠はその特徴から4つに分類することができる.入眠困難,中途覚醒,早朝覚醒,熟眠障害である.

反回神経麻痺

著者: 小熊潤也 ,   小澤壯治 ,   數野暁人 ,   山崎康 ,   二宮大和

ページ範囲:P.294 - P.296

最近の知見と重要ポイント

□食道癌根治手術後の反回神経麻痺は手術操作に起因する合併症であるため,両側の反回神経周囲リンパ節郭清の際は神経の過度の牽引や,神経近傍でのエネルギーデバイスの使用は極力避ける1)(図1,2).

□術中に明らかな神経損傷がなくても食道癌根治術における上縦隔郭清例の約2割に発生し,そのほとんどが左側の片側麻痺である2)

嚥下障害

著者: 唐帆健浩 ,   甲能直幸

ページ範囲:P.297 - P.299

最近の知見と重要ポイント

□術後の合併症として,手術操作による嚥下関与筋や神経のダメージだけでなく,長期禁食,長期気管挿管,高侵襲手術後の全身状態の悪化などが要因となり,嚥下障害を生じることがある.

□頭頸部腫瘍術後のみならず,胸部外科や腹部外科後にも嚥下障害は生じうる.

□術前からすでに嚥下障害のある患者が,全身麻酔下に手術を受けることで,嚥下障害がより高度になる可能性がある.

□高齢者は潜在的な嚥下機能低下があり,これに侵襲性の高い手術を実施することで,嚥下障害が顕在化することがある.

□一般人口に占める高齢者の割合が増加して超高齢社会を迎え,より高齢で併存症の多い患者への手術件数が増えていくことで,術後の嚥下障害は今後増加していくと予想される.

□特に高齢者においては,術後の嚥下機能低下の可能性を念頭に置いて経口摂取開始時には細心の注意を払うとともに,周術期の口腔ケアや早期嚥下リハビリテーションの介入を考慮したい.

5.内分泌・代謝系

術後耐糖能異常

著者: 土田明彦 ,   勝又健次 ,   粕谷和彦 ,   猪俣圭 ,   笠原健大 ,   西村絵美

ページ範囲:P.300 - P.304

最近の知見と重要ポイント

□高齢化と生活習慣の変化で,耐糖能異常または糖尿病患者の外科手術対象症例が増加している.

□糖尿病は,糖のみならず脂質および水分と電解質の異常をきたす疾患であり,術前の血糖管理に加え,栄養状態および水分の十分な管理が必要で,そのうえで術中および術後管理を行うことが肝要である.

□術後血糖は150 mg/dL前後を目標とし,低血糖に注意する.

□腎症,網膜症,神経障害の3大合併症の有無の把握も重要である.

□最近行われているERASの概念に基づく術前の経口炭水化物負荷は,異化を抑制し,術後のインスリンの抵抗性を改善するため,外科的糖尿病を抑制するには有効であり,2型糖尿病患者においては安全に施行可能であると報告されている.

6.腎・尿路系

急性腎不全

著者: 岩本整 ,   中村有紀 ,   千葉斉一 ,   河地茂行 ,   島津元秀

ページ範囲:P.305 - P.308

最近の知見と重要ポイント

□急性腎不全(ARF)とは,数時間〜数日の間に急激に腎機能が低下し,尿から老廃物を排泄できなくなり,さらに体内の水分量や塩分量など(体液)を調節することができなくなる病態のことである.

□近年,患者の高年齢化や高侵襲手術の増加により手術を原因としたARFが増加している.

□周術期に発症するARFは生命予後を悪化させる.多臓器不全の一臓器として発症する術後ARFの生存率は50%程度とされ予後不良である.

□その理由として周術期のARFは多臓器不全や感染症との併発が多いことが挙げられる.

□ERASの概念に照らすと,いかに周術期のARFを回避するかという視点が必要である.そのためには,①ARFを引き起こしやすい合併症(糖尿病,膠原病,心血管合併症,高血圧など)を把握するための十分な問診,②術前の脱水状態を避けるための適切な水分・栄養管理が必要である.術前から栄養士の介入などが考慮されるべきである.

□従来,ARFは血清Cr値で評価されていた.2000年代に入り腎機能だけではなく尿量も取り入れて評価する急性腎障害(AKI)という概念が定着してきている.

□AKIの定義は,①腎機能の低下(血清Cr値の1.5倍への上昇,もしくはGFRの25%を超える低下),②尿量の減少(尿量0.5 mL/kg/時未満が6時間以上持続)などである.

排尿障害

著者: 篠島利明 ,   大家基嗣

ページ範囲:P.309 - P.311

最近の知見と重要ポイント

□尿道カテーテル留置は,周術期の尿量モニターのため,また脊髄麻酔による術後尿閉(POUR)を避けるために広く行われている低侵襲な医療行為である.

□留置中は患者に苦痛や不快感を生じさせるだけでなく,離床の遅れ,尿路感染併発のリスクとなるため,必要最小限・短期間であることが望ましい.

□POURの診断の遅れは,膀胱の過伸展による収縮障害や,逆流による腎盂腎炎などの有熱性尿路感染の合併,さらには入院期間の延長と関連しうる.

□ERAS時代においてはPOURリスクを有する患者を同定し,膀胱過伸展に至らせないための迅速な診断・対応を行うことが必要である.

尿路感染症

著者: 渡邊良平 ,   草地信也

ページ範囲:P.312 - P.317

最近の知見と重要ポイント

□尿道カテーテル留置は,尿路感染症のリスクとなるため24時間以内に可能な限り抜去する.

□尿道カテーテル留置中に尿路感染症と診断されたときは,カテーテルを抜去もしくは交換後に抗菌薬を投与する.

□尿道カテーテルを留置しないことが,尿路感染症の最大の予防策であるが,留置が必要な患者では予防策を徹底する.

7.感染系・その他

腹腔内膿瘍

著者: 山本智久 ,   里井壯平 ,   豊川秀吉 ,   柳本泰明 ,   權雅憲

ページ範囲:P.318 - P.320

最近の知見と重要ポイント

□治療の原則はドレナージ,抗菌薬投与,全身管理である.

□腹腔内感染症治療に関するガイドラインとしては,2010年に米国外科感染症学会と米国感染症学会の共同のガイドラインが発表され,高リスク腹腔内感染症の治療において,タゾバクタム・ピペラシリン(TAZ/PIPC)およびカルバペネム系抗菌薬が推奨されている1).わが国においても,TAZ/PIPCの腹腔内感染症に対する第Ⅲ相臨床試験の結果が報告されており2),それに伴い,TAZ/PIPCが腹腔内感染症に対して保険適応となった.

創感染—予防の観点から

著者: 武岡奉均 ,   村田幸平

ページ範囲:P.322 - P.325

最近の知見と重要ポイント

□真皮埋没縫合は,下部消化管手術では創感染を減少できる可能性が示されている.

□開腹手術における創縁保護具の有用性を検討する多施設共同RCTの結果,創縁保護具は創感染発生率を減らさないことが示された.

□NICEのガイドラインによると,腹部外科手術では創感染予防目的で抗菌縫合糸の使用が推奨されている.

□近年,消化器外科手術後の離開創・開放創に対して,局所陰圧閉鎖療法(NPWT)が創傷治癒を促進し,治療日数を短縮させるという報告がある.術後SSIによる離開創・開放創に対しては,感染を制御したうえでNPWTを用いて二次治癒を促進するのが有効である.

壊死性筋膜炎

著者: 三好篤

ページ範囲:P.326 - P.329

最近の知見と重要ポイント

□近年では壊死性筋膜炎,ガス壊疽などを総称して「壊死性軟部組織感染症(necrotizing soft tissue infections)」として取り扱うことが多い.

□本疾患は急速に進行し,死亡率が30〜50%と非常に致死率の高い疾患である.早期診断・治療が予後改善のためには最も重要である.

□診断の一助としてLRINEC(Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis)scoreの有用性が最近報告されている.

□術後の好発部位,危険因子を十分理解し,疑わしい皮膚所見を認めた場合,早急にCTなどを施行し,外科的試験切開を行い診断・治療を行うことが重要である.

各種耐性菌による感染症

著者: 橋本章司

ページ範囲:P.330 - P.337

最近の知見と重要ポイント

□院内耐性菌の主役のMRSAでは,感染症発症と重症化の予防,および感染臓器・薬剤感受性と合併病態に基づく適切な抗MRSA薬の選択と効果的な投与が重要である.

□市中の腹腔内感染症の主役の腸内細菌科(大腸菌・肺炎桿菌など)と嫌気性菌(バクテロイデス属など)でも各種β-ラクタマーゼを産生する耐性菌が増加し,スルバクタム/アンピシリン(SBT/ABPC),クリンダマイシン(CLDM)やセフメタゾール(CMZ)を初期治療の第一選択では使いにくくなっている.

□カルバペネマーゼ産生菌が院内の緑膿菌やアシネトバクターから市中の腸内細菌科に拡大し,これら多剤耐性菌の迅速な検出と,伝播・感染症発症の予防が重要である.

敗血症性ショック

著者: 櫻井聖大 ,   木村文彦 ,   高橋毅

ページ範囲:P.338 - P.341

最近の知見と重要ポイント

□2013年に敗血症診療のガイドラインであるSurviving Sepsis Campaign Guideline (SSCG)20121)が公表された.

□わが国でも日本集中治療医学会のSepsis Registry委員会により,日本版敗血症診療ガイドラインが作成された2)

□これらのガイドラインに沿って,敗血症性ショックについて概説する.

□なお,術中・術後の敗血症性ショックでは,感染のみならず手術による侵襲も病態に大きな影響を及ぼすことに留意する必要がある.

DIC

著者: 増井亜紗実 ,   岩下義明

ページ範囲:P.342 - P.344

最近の知見と重要ポイント

□DIC(disseminated intravascular coagulation)は早期治療が重要である.

□DICの治療で最も重要なのは,原疾患の治療である.

□遺伝子組み換えトロンボモジュリン製剤はDIC治療での有効性が期待されている.

 ▶これまでDICは,臨床症状や特異的凝固マーカーの推移などから診断し,治療を開始していた.しかし,病状が進行すると出血症状の増悪や多臓器不全に至ってしまい制御困難な状態になる.そのため,DIC治療では早期に診断して,治療を開始することが重要である.

 ▶現在DIC治療薬は抗凝固薬を主として数多く存在しており,抗凝固療法以外にアンチトロンビン製剤や抗線溶療法,血液補充療法などが存在する.これらの薬剤を用いたDIC治療戦略は国外のみならず国内でも意見の分かれるところであり,さらなる知見の集積が待たれるところである.ただ,凝固活性化の根本的な制御のためには基礎疾患の治療が最も重要であり,基礎疾患のコントロールなしには抗DIC治療薬は無効であることはほぼ一致した見解といえる.

 ▶これまで抗凝固療法の中心はヘパリンやヘパリン類などであったが,2008年にトロンボモジュリン製剤が発売となり,徐々に使用量が増えてきている.今後のDIC治療,特に敗血症性DICでの効果が期待されている.

ひとやすみ・117

同僚の手術

著者: 中川国利

ページ範囲:P.79 - P.79

 生体にメスを入れる手術は危険を伴い,絶対に安全であるという保証はない.したがって手術の危険性を熟知している医療関係者は,熟慮の末により充実した施設を選択するとともに,最も信頼できる外科医に自らの命を託すものである.

 自分が勤める病院のアメニティーや外科の得意分野は,勤務しているだけに熟知している.また職員も同僚なだけに頼みやすく,日程などにおいても少々の無理は効く.したがって手術を受ける際には,勤める病院を選択しがちである.

1200字通信・71

口八丁手八丁

著者: 板野聡

ページ範囲:P.195 - P.195

 「先生,上手く伝わったようですね.」

 毎週水曜日と土曜日のお昼には,入院患者さんやご家族に,病状の経過や手術の内容の説明,さらには退院日の相談などを行う時間を設けています.この仕事では,良い話ばかりではなく,辛い話もしなければならないのが実際ですが,何故か,最近は後者のほうが増えてきており,時には私自身のメンタルケアの時間を設けて欲しいと感じています.

昨日の患者

外科医冥利

著者: 中川国利

ページ範囲:P.293 - P.293

 医師と患者との関係は基本的には診療に関してだけであり,診療行為が終了すれば互いに無関係となる.しかしながらごく稀には患者さんやその家族に,医師は一生をも左右する大きな影響を与えることがある.

 研究会終了後の懇親会で,突然見知らない医師から声を掛けられた.「実は私の父は30年程前に,先生に胃癌術後の吻合部狭窄に対して内視鏡的に切開拡張術を施行していただきました.当時私は高校生でしたが,生来健康であった父親が胃癌で入院して驚きました.さらに胃全摘術を受けましたが,縫合不全となり全身状態が大変不良となりました.ドレナージ手術などでなんとか縫合不全は治癒しましたが,吻合部狭窄が生じました.バルーンで頻回に拡張しましたが,症状はまったく改善しません.入院期間が長期に及び,子供ながらにも将来を大変心配しました.そうしていたら大学から若い先生が来て,内視鏡で狭窄部を切開拡張すると一発で症状が改善しました.むせたり吐いたりしていた症状が,1回の内視鏡治療で治ることに驚きました.その後の経過は良好で,父はいまだ元気に暮らしております」と,語った.

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