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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科70巻12号

2015年11月発行

雑誌目次

特集 同時性・異時性の重複がんを見落とさない—がん診療における他臓器への目配り

ページ範囲:P.1313 - P.1313

 最近のがん治療の長足の進歩に伴って「がんサバイバー」が急増しています.また高齢社会の到来も相俟って,ある「がん」を治療により克服しても,他臓器に異時性重複がんをきたすことも決して稀ではありません.「がん」の診断を得て治療を開始する際に,他臓器にも「がん」が存在する同時性重複がんも,臓器によっては高頻度にみられます.
 一方,「がん」発生の原因もしくは要因として,①様々な化学物質による化学的因子,②紫外線や放射線などの物理的因子,③ウイルス,④食物・嗜好物・大気・風習などの環境因子,さらには⑤素因や遺伝などの内的因子,などが挙げられます.これらの要因は複数臓器における発がんのリスク因子となっていることも少なくありません.

巻頭言

がん診療における他臓器への目配り—術前検査および術後follow upのあり方をもとめて

著者: 桑野博行 ,   横堀武彦

ページ範囲:P.1314 - P.1315

 外科的がん切除術,化学療法,放射線治療など,現行の標準的ながん治療法が発達していない時代は,がんを発症した患者を助けることはできず,がん患者を治療後にfollow upする考え方は存在しませんでした.また,現在では当たり前のように知られている酒,タバコ,ピロリ菌,放射線,遺伝性素因など発がんに関与する因子に対しても,昔は十分に注意を払うことはできず,発がんの高リスク患者を対象にしたスクリーニングは行われていませんでした.しかし,その後の疫学的知見の蓄積,がん診断検査技術の進歩,外科的切除術の確立,患者管理体制の改善などにより,たとえがんを発症しても早期に発見され,治療により長期生存し,その経過観察中に他臓器に別のがんが発見される症例も少なからず存在するようになってきました.そのため,治療と同様に重要なのが,今回注目した詳細な術前検査による重複がん,併存合併症の発見と,適切な術後follow upプログラムの実施による再発病変への早期治療と考えています.
 術前検査は言うまでもなく,適切な治療を行うために必須の検査であり,がん原発巣の進行度や遠隔臓器への転移の存在などを正確に診断することは,患者それぞれに対する適切な治療法,治療戦略の実施につながります.この際に特に注意を払うべきは重複がんの存在です.ご存知のように一部のがんは別臓器のがんと併存することが稀ではなく,特に気管支・肺・上部消化管領域に頻発する重複がんは,領域性発がん(field carcinogenesis)と呼ばれる,細胞レベルだけではなく領域性の発がんメカニズムも提唱されています.また,遺伝的な重複がんの発見には採血検査,画像検査だけでなく,近年発達の著しい遺伝子検査を適切に運用することも非常に重要な問題です.

総論

遺伝性腫瘍・家族性腫瘍の観点から

著者: 冨田尚裕 ,   松原長秀 ,   野田雅史 ,   山野智基 ,   塚本潔 ,   吉村美衣 ,   濱中美千子 ,   馬場谷彰仁 ,   田村和朗

ページ範囲:P.1316 - P.1320

【ポイント】
◆ほぼすべての臓器がんにおいて,何らかの遺伝要因をもって発がんに至るものがあり,遺伝性あるいは家族性腫瘍と呼ばれる.
◆家族性腫瘍の重要な特徴の一つに,同時性・異時性の重複がんの発症がある.
◆重複がんのなかには家族性腫瘍がある割合で含まれており,その診断は重要である.
◆家族性腫瘍を疑った場合には,その疾患における好発がんのスペクトラムを念頭においた複数臓器の綿密なサーベイランスが重要である.

多臓器発がんに関するOncology

著者: 早瀬傑 ,   竹之下誠一

ページ範囲:P.1321 - P.1325

【ポイント】
◆近年の診断技術,治療技術の向上により,がん治療後の生存率は年々高くなっており,それに伴い同時性,あるいは異時性の重複がんと診断される人の数が増えている.
◆重複がんの要因には様々なものがあり,それらが互いに影響しあって重複がんを引き起こすと考えられている.
◆重複がんの発生については未知の部分も多く,今後,その疫学的,分子生物学的研究をはじめ,様々な分野におけるさらなる研究が必要になると思われる.

放射線診断医からみた多臓器発癌

著者: 縄田晋太郎 ,   金田朋洋 ,   井上登美夫

ページ範囲:P.1326 - P.1330

【ポイント】
◆多臓器発癌はがん罹患数の増加や,診断・治療技術の向上により増加傾向にある.
◆多臓器発癌の診断において,FDGによるPET/CT検査が有用である.
◆FDG-PET/CT検査の限界をふまえ,各種検査と組み合わせて評価することが望ましい.

同時性・異時性重複がんの実態と診療戦略

甲状腺・副甲状腺腫瘍

著者: 鈴木聡 ,   大河内千代 ,   中村泉 ,   水沼廣 ,   福島俊彦 ,   鈴木悟 ,   鈴木眞一

ページ範囲:P.1331 - P.1335

【ポイント】
◆散発性の甲状腺分化癌では,乳癌,呼吸器癌,頭頸部癌,膵癌,皮膚癌,食道癌の順に重複癌が多い.
◆副甲状腺癌は重複癌の報告例が少なく,他臓器との関連は見出せない.
◆甲状腺髄様癌,副甲状腺機能亢進症では遺伝性疾患の可能性を考え,適切な診断を進めることが重要である.

乳癌

著者: 徳永えり子 ,   秋吉清百合 ,   中村吉昭 ,   古閑知奈美 ,   石田真弓

ページ範囲:P.1336 - P.1340

【ポイント】
◆わが国の乳癌罹患者数は増加しているが,比較的予後良好であり,乳癌サバイバーも増加している.
◆乳癌発がんのリスク因子には,他臓器のがんのリスク因子と共通しているものが多い.
◆遺伝性乳癌が疑われる症例においては,卵巣癌や対側乳癌,他臓器のがんの発症に関する注意が必要である.

肺癌

著者: 杉尾賢二 ,   宮脇美千代 ,   小副川敦 ,   橋本崇史 ,   安部美幸

ページ範囲:P.1341 - P.1345

【ポイント】
◆肺癌との重複がんは,消化管癌と頭頸部癌が多い.
◆重喫煙者については,頭頸部癌,食道癌,胃癌の重複に留意し,肺癌診断時および手術後の経過観察中の精査をすすめる.
◆多発肺癌は増加しており,腺癌との組み合わせが圧倒的に多い.

食道癌

著者: 森和彦 ,   瀬戸泰之

ページ範囲:P.1346 - P.1351

【ポイント】
◆食道癌および頭頸部癌は,他領域のがんに比べ,圧倒的に重複がんが多い.
◆胃癌に関しては内視鏡を必ず行うため同時がんの見逃しは少ないが,頭頸部癌に関しては耳鼻科,口腔外科に術前より腫瘍性疾患のスクリーニングを依頼することが推奨される.
◆術後のフォロー期間における後発重複がんも多いと想定される.
◆胃管癌に関しては,リンパ節制御も含めた十分な外科治療を行うことが困難であり,内視鏡による早期発見に努めるべきである.

胃癌

著者: 小林大介 ,   小寺泰弘

ページ範囲:P.1352 - P.1355

【ポイント】
◆胃癌の重複がんでは,大腸癌,肺癌,その他の消化器癌の頻度が高率であった.
◆多発胃癌では,見逃し病変の存在の可能性と,遠隔期に残胃癌の発生があることを念頭に置くべきである.
◆術後5年以降でも,個々の患者の疾病リスクに応じて,消化管内視鏡検査,CTの継続を考慮する.

大腸癌

著者: 永田洋士 ,   田中敏明 ,   渡邉聡明

ページ範囲:P.1356 - P.1359

【ポイント】
◆大腸癌罹患歴と関連する重複がんは明らかでなく,特化したサーベイランスの必要性は示されていない.
◆術後フォローアップの検査で,他臓器の原発腫瘍が偶発的にみつかる可能性に留意する.
◆遺伝性大腸癌では腸管外随伴腫瘍が知られており,スクリーニングとして家族歴の聴取が重要である.

肝・胆道癌

著者: 高屋敷吏 ,   清水宏明 ,   大塚将之 ,   加藤厚 ,   吉富秀幸 ,   古川勝規 ,   高野重紹 ,   久保木知 ,   鈴木大亮 ,   酒井望 ,   賀川真吾 ,   野島広之 ,   宮崎勝

ページ範囲:P.1361 - P.1364

【ポイント】
◆肝・胆道癌手術では,他臓器重複癌を念頭に置いた全身の術前スクリーニング,術後フォローアップを要する.
◆原発性肝癌では転移性肝腫瘍との鑑別のため,原発巣となる頻度の高い消化管スクリーニングが必要となる.
◆胆道癌においては膵・胆管合流異常や家族性大腸腺腫症といった背景疾患を念頭に置くことも重要である.

膵癌・IPMN

著者: 宮坂義浩 ,   大塚隆生 ,   森泰寿 ,   中村雅史

ページ範囲:P.1365 - P.1368

【ポイント】
◆膵癌の他臓器癌の発生頻度は一般人口における癌発生頻度とほぼ同等で,胃癌,大腸癌,乳癌などが多い.
◆膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)は他臓器癌合併の頻度が高いという報告が多いが,一方で一般人口と同等という報告もある.
◆IPMN患者では通常型膵癌の発生頻度が一般人口の9〜26倍高い.

膵・消化管NET

著者: 工藤篤 ,   伴大輔 ,   上田浩樹 ,   千代延記道 ,   水野裕貴 ,   大畠慶映 ,   赤星径一 ,   大庭篤志 ,   伊藤浩光 ,   光法雄介 ,   松村聡 ,   藍原有弘 ,   落合高徳 ,   田中真二 ,   田邉稔

ページ範囲:P.1369 - P.1374

【ポイント】
◆多発性内分泌腫瘍症1型(MEN-1型),von Hippel-Lindau(VHL)病,神経線維腫症1型(NF-1),結節性硬化症(TSC)などは神経内分泌腫瘍(NET)関連疾患と呼ばれる.
◆NET関連疾患は常染色体優性遺伝で,良性・悪性腫瘍が時間的・空間的に多発し,遺伝子診断は早期発見・早期治療のサーベイランスに役立つだけでなく,重複癌や他疾患治療の優先順位に関係する.
◆NET関連疾患における膵・消化管NETの治療方針は,散発性NETと異なる.

FOCUS

ICG蛍光法による肝区域染色法を用いた系統的肝切除術

著者: 宮田明典 ,   石沢武彰 ,   有田淳一 ,   赤松延久 ,   金子順一 ,   阪本良弘 ,   長谷川潔 ,   國土典宏

ページ範囲:P.1375 - P.1379

はじめに
 肝腫瘍の切除術式は腫瘍核出術や部分切除などの非系統的切除と,亜区域切除,区域切除,左または右肝切除などの系統的切除に二分される.系統的切除はCouinaud1)による門脈枝の解剖的分布に基づく8つのsegment(S)に沿った切除であり,肝離断中に処理するべきグリソン枝が少なく,出血量の低減や胆汁漏の防止に有利であると予想される.また,肝細胞癌に対する手術の場合,腫瘍細胞が門脈系を介して肝内へ転移すると考えられ,門脈の支配域に沿った肝切除は予後を改善することが示されている2).しかし,解剖学的左葉(S2+S3)と右葉(S4〜S8)との境界(門脈臍部および肝鎌状間膜付着部)など一部の分葉を除けば,肝表面からS1〜S8の区域境界を識別することはできない.よって,系統的肝切除を施行するためには,まず切除対象の肝区域境界の同定が必要となる.
 1985年,Makuuchiら3)は術中エコーガイド下に門脈を穿刺,indigo-carmineを注入し,肝表面に出現する染色域に基づいて肝区域を同定する方法を報告した.この肝区域染色法により正確な系統的肝切除が可能となり,以後おもに肝細胞癌症例に適応されてきたが,肝硬変による線維化が強い症例や,肝表面が結合組織で被覆された再肝切除症例などでは,肝表から染色域を視認することが困難であることも経験された.
 近年,indocyanine green(ICG)が近赤外光(760 nm)照射下に830 nm前後にピークを示す蛍光を発する性質4)を利用し,赤外観察カメラでICGを含む生体構造を手術中に描出する方法(ICG蛍光法)が開発され,乳癌センチネルリンパ節の同定5)や動脈血流の評価6),胆管7,8),肝腫瘍9,10)の描出に臨床応用されてきた.また,2008年には肝区域染色にICGを用いる方法がAokiら11)によって報告され,その後,腹腔鏡手術にも導入が試みられている12).当院ではindigo-carmineに極微量のICGを混合した染色液を用いた新たな肝区域染色法を施行し,再肝切除症例や肝硬変症例でも肝区域同定が明瞭にされることが確認された13)

遺体による手術手技研修の現状

著者: 七戸俊明 ,   平野聡

ページ範囲:P.1380 - P.1383

はじめに
 医療技術は年々高度化し複雑になっている.高度な医療を安全に提供するには,十分な解剖学的知識と手術を確実に遂行しうる技術が必要であり,手術手技向上のトレーニングが欠かせない.トレーニング方法には従来からあるon the job training(OJT)やシミュレーション,動物を用いたトレーニングなどが挙げられるが,OJT以外は一般的ではなく,新規の術式の導入や高難易度手術の実施に際して,術前に手術手技のトレーニングや手術シミュレーションを実施するかどうかは,医師個人やそれぞれの施設の判断に任されているのが現状である.
 遺体(cadaver:カダバー)を用いた手術手技研修(cadaver training)は,実際の手術に則した手術手技の修練が可能であり,教育手法としての有用性が示されているが,わが国では2012(平成24)年に「臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン」(ガイドライン)1)が公表されるまでは実施基準がなかったために,現在まで広く普及するには至っていない.本稿では,このガイドラインを紹介し,遺体による手術手技研修の現状と今後の普及に向けた課題を提示する.

図解!成人ヘルニア手術・6 忘れてはならない腹壁解剖と手技のポイント

Lichtenstein法

著者: 渡部和巨

ページ範囲:P.1384 - P.1390

 鼠径部腹壁は腹膜,横筋筋膜,腹横筋(腹横筋腱膜),内腹斜筋(内腹斜筋腱膜),外腹斜筋(外腹斜筋腱膜)からなるが,機能的には外腹斜筋(外腹斜筋腱膜)とその他の二層に分けられる.
 内腹斜筋(内腹斜筋腱膜)前方にメッシュを敷くことで,外腹斜筋(外腹斜筋腱膜)とに挟まれたメッシュが瘢痕形成を助長し強固に修復された腹壁となる.これがLichtenstein法である.簡便性,普遍性,再現性,安全性,経済性にすぐれており,世界標準に相応しい術式として,広く行われている16).本稿ではこれについて述べる3〜5)

病院めぐり

伊万里有田共立病院外科

著者: 山本一治

ページ範囲:P.1391 - P.1391

 有田町および伊万里市は佐賀県の西部に位置し,伝統ある「焼き物のまち」として知られています.毎年春の陶器市期間中は全国からの100万人以上の人出で賑わいますが,普段は豊かな自然に囲まれて穏やかな時間が過ぎていく風光明媚で温和な土地柄です.
 当院は佐賀県西部医療圏(伊万里市・有田町,人口計約7万8千人)における地域圏内完結型医療・救急災害対応の供給を目指し,2011年3月1日に有田共立病院と伊万里市民病院の2つの公的病院の統合・移転により開設されました.有田町と伊万里市の市町境に立地しており,病院外観には有田町産の有田焼タイルを,また内観には伊万里市加工の木材を使用しており,両市町の地場産業を活かすことで「統合」をデザインとして強く表現しています.総病床数206床,常勤医師は外科5名,内科8名,脳外科・神経内科4名,小児科1名,麻酔・救急科3名,整形外科1名,婦人科1名,検診科1名の計24名で,ほかに泌尿器科・眼科・耳鼻科・専門内科外来などを非常勤医師により施行しています.設備面ではドクターヘリポート・24時間体制救急室を備え,日本外科学会専門医制度指定施設・日本消化器外科学会専門医制度関連施設・日本消化器病学会専門医制度認定施設などの認定を受けています.

具体的事例から考える 外科手術に関するリスクアセスメント・8

チェックリストにかかわるトラブルをどう防ぐか

著者: 石川雅彦

ページ範囲:P.1392 - P.1396

 外科手術では,術前・術中・術後に,各種確認が実施され,WHOの提唱するSurgical Safety Checklist1)など,さまざまなチェックリストが活用されていると思われるが,チェックリストに関連するインシデント・アクシデントが発生している.本稿では,日本医療機能評価機構の「医療事故情報収集等事業」の公開データ検索2)を用いて,外科手術におけるチェックリストに関連して発生した事例を抽出し,発生概要,発生要因と再発防止策について検討した.

臨床報告

腹膜前脂肪層に広がった膵膿瘍の1例

著者: 河本慧 ,   門脇嘉彦 ,   横田祐貴 ,   田村竜二 ,   岡本貴大 ,   石堂展宏

ページ範囲:P.1397 - P.1401

要旨
重症急性膵炎後に腹膜前脂肪層を占拠する巨大膵膿瘍を形成した症例を経験した.症例は75歳,女性.前日からの腹痛を主訴に当院へ紹介され,精査にて重症急性膵炎と診断した.保存的加療にて全身状態は改善したが,第39病日に行ったCTにて後腹膜腔から腹膜前脂肪層に続く液貯留を認めた.感染像を伴わなかったため経過観察としたが,第67病日に発熱および造影CTでの囊胞内ガス像を認めたため膵膿瘍と診断し,経皮的ドレーンを留置した.その後,膵膿瘍は縮小し第138病日にドレーンを抜去した.膵仮性囊胞や膵膿瘍が腹膜前脂肪層に及ぶことは稀であるが,この進展経路は後腹膜腔の解剖やinterfascial planesの概念を理解するうえで興味深いと考えられる.

甲状腺乳頭癌膵転移の1切除例

著者: 加納俊輔 ,   桐山正人 ,   萩野茂太 ,   経田淳 ,   岩田啓子 ,   高川清

ページ範囲:P.1403 - P.1408

要旨
症例は77歳の女性.4年前に甲状腺乳頭癌に対して,気管合併切除を伴う甲状腺右葉峡切除術が施行された.2年後に多発性肺転移が出現したが,以後の画像所見で著変なく,経過観察となった.術後3年目のPET-CT検査で膵頭部にFDG集積を伴う腫瘍を指摘され,甲状腺癌の膵転移が疑われた.肺病変に変化がなく膵病変が徐々に増大するため,膵原発の腫瘍を完全には否定できず,膵頭十二指腸切除術を施行した.腫瘍は膵頭体部境界に局在し被膜を有する1.5 cm大の結節性病変で,組織学的に甲状腺乳頭癌の転移と診断された.甲状腺癌の膵転移切除例の報告は非常に稀で,国内外合わせて20例の報告を認めるのみである.これら症例に自験例を加えた21例で,臨床病理学的さらに膵切除後の予後に関し検討を加え,手術適応に関して考察したので報告する.

コーラ溶解療法と内視鏡的破砕術併用で手術を回避できた胃石の1例

著者: 升田貴仁 ,   齋藤徹 ,   野澤聡志 ,   永井啓之 ,   郷地英二 ,   宮崎勝

ページ範囲:P.1409 - P.1413

要旨
症例は62歳,女性.腹痛,嘔吐を主訴に救急受診した.CTで胃内および落下胃石を認め,胃石イレウスの診断で入院となった.入院後に施行した上部消化管内視鏡検査で胃内に5 cm大の胃石を2個認めた.コーラ溶解療法と内視鏡的破砕術併用で胃石を破砕・回収した.落下胃石は翌日のCTで消失しておりイレウスは解除された.近年,胃石に対してコーラ溶解療法が有用であるという報告が増加している.自験例も胃内胃石に対してコーラ溶解療法および内視鏡的破砕術を併用することで,ほぼすべての胃石を回収できた.さらに,これまで手術が第一選択とされてきた胃石イレウスも同時に保存的に解除され,手術を回避し得たので報告する.

乳房温存療法後にPaget型再発をきたした1例

著者: 石原和浩 ,   山本悟 ,   高橋治海 ,   田中秀典 ,   鷹尾千佳

ページ範囲:P.1414 - P.1418

要旨
症例は56歳,女性.左乳癌の診断で乳房扇状部分切除術(Bq+Ax)を施行した.病理診断は浸潤性乳管癌(乳頭腺管癌),断端陰性,リンパ節転移なし,ER陰性,PgR陰性,HER2陽性(3+)であった.術後補助化学療法と残存乳房の放射線治療を行った.初回手術から2年半経過した頃から左乳頭部の湿疹様変化が出現したため当科を受診した.マンモグラフィにて乳頭部に線状の石灰化が認められ,乳房Paget病を疑った.乳頭部生検にてPaget病と診断され,全乳房切除術を施行した.乳房温存術後にはPaget病の形式で再発をきたすことがあることを認識し,乳頭部石灰化所見などに注意し経過観察する必要がある.

腸重積症を呈した腺腫を伴う早期空腸癌の1例

著者: 千田峻 ,   松本進 ,   井上典夫 ,   竹之下誠一

ページ範囲:P.1419 - P.1422

要旨
症例は66歳,女性.腹痛・嘔吐を主訴に当院救急外来を受診した.腹部CTにて空腸腫瘍を先進部とした腸重積症と診断した.腸管の血流障害は認めず待機的に手術を行った.Treitz靱帯から5 cmの空腸に腫瘍を触知し,それを先進部とし5 cm重積しており,用手整復したのちに小腸部分切除を施行した.標本では2つのIsp型腫瘍が存在した.肛門側腫瘍は腺腫成分を伴う深達度mの径28 mmの高分化型腺癌であり,口側腫瘍は径28 mmの腺腫であった.同一標本において癌と腺腫が存在し,小腸においてもadenoma-carcinoma sequenceによる発癌理論が示唆される症例を経験した.

海老の殻による食餌性虫垂裂傷のため虫垂出血をきたした1例

著者: 二井諒子 ,   御井保彦 ,   沢秀博 ,   岡成光 ,   岩谷慶照 ,   黒田大介

ページ範囲:P.1423 - P.1427

要旨
症例は45歳,男性.夜間に多量の鮮血便を認め当院に救急搬送された.緊急下部消化管内視鏡検査にて虫垂開口部からの湧出性の出血を認めた.出血部位同定のため,出血部に造影剤を注入したところ,虫垂が造影され出血は認めなくなった.しかし,翌日に貧血の進行とともに,大量の下血から出血性ショックをきたしたため,緊急開腹手術を行った.出血部位の同定のため,術中内視鏡を併用し,出血部位が虫垂であることを確認し切除を行った.虫垂内腔を観察すると,海老の殻と粘膜の裂傷を認めた.術後出血は認めなかった.虫垂異物による出血の報告はなく,稀な症例を経験した.診断の補助として術中内視鏡は手術方法の決定において有用であった.

書評

—永井英司(編)—完全腹腔鏡下胃切除術—エキスパートに学ぶ体腔内再建法[DVD付]

著者: 山本学

ページ範囲:P.1315 - P.1315

 ご存知の先生も数多くおられるとは思うが,本書は医学書院から発売されている雑誌『臨床外科』で,2013〜2015年にわたって連載された「必見!完全体腔内再建の極意」をまとめたものである.その内容は,完全腹腔鏡下胃切除術における再建術式に焦点を当てたもので,極めて貴重かつ実践的なものである.しかも,本書はただ掲載論文をまとめただけでなく,新たに実際の手術映像を収録したDVDを加え,まさに「完全腹腔鏡下胃切除術」を目指す読者にとってバイブルとなる,唯一無二のテキストである.
 本書が出版されるまでの経緯は,編者の永井英司先生が「序」で述べておられるように,腹腔鏡下胃切除術を行っている外科医の技術向上に対する熱意が作り上げた一冊と言ってよい.

ひとやすみ・131

医局人事の功罪

著者: 中川国利

ページ範囲:P.1330 - P.1330

 かつて大学の医局は多数の医局員を擁し,教育,臨床,研究,そして若手医師を育成して地域の医療機関にスタッフとして供給する役目も担っていた.しかしながら初期研修医制度制定を契機に,入局者が激減して医師供給制度の維持が困難となった.その結果,医局からの医師派遣は途絶え,地域医療の崩壊が深刻化した.大学医局による人事の功罪について,主に地域医療側からの私見を述べたいと思う.
 医局人事の最大の功績は,医局の関連病院になると確実にスタッフが供給されることが挙げられた.すなわち関連病院は医局と良好な関係を維持していれば,医師不足に苛まれることはなかった.さらに勤務する医師が学会出張や病気で急に足りなくなっても,医局は必ず面倒をみてくれた.また言動で問題を起こす医師が派遣されても,医局に相談すれば医師を交代してもらえた.医師側も就職活動をすることもなく赴任でき,さらに赴任先に不満があれば,医局に願い出ることにより異動もできた.

昨日の患者

天国のあなたへ

著者: 中川国利

ページ範囲:P.1345 - P.1345

 様々な治療が行われる昼の外科病棟と異なり,静寂な夜の病棟では患者は様々な思いに耽る.そして帳に包まれた病室で静かに寄り添うことにより,時には患者の秘めた思いを聴くことができる.
 70歳代後半のFさんは大腸癌患者さんで,高齢にもかかわらず生来元気で一人住まいをしていた.手術前日に見舞うと,娘さんが付き添い世話をしていた.Fさんは,「十分生きましたので,悔いはありません.天国で待つ夫のもとへ,早く行きたいものです」と,述べた.娘さんは,「もう少し,この世を楽しんだら.お父さんも理解して,待っててくれるから」と,励ました.

1200字通信・85

論文今昔物語—私の場合

著者: 板野聡

ページ範囲:P.1402 - P.1402

 今年の6月号で,文明の利器のお陰で論文を書きやすくなったと申しましたが,学会の専門医取得には学会発表や論文の掲載が必須ですので,参考までに自分が行っている方法をご紹介したいと思います.
 まずは,テーマを決めること.そのためには,常にアンテナを張っておく必要があります.学術雑誌に目を通し,学会へも出席してどんな話題が取り上げられているのか勉強しておく必要があります.症例報告も同様で,目の前の症例が稀なものと気付く知識が必要ですので,こまめにチェックしておきます.

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原稿募集 「臨床外科」交見室

ページ範囲:P. - P.

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P. - P.

あとがき

著者: 桑野博行

ページ範囲:P.1434 - P.1434

 筆者の勤務する大学附属病院では,電子カルテやオーダリングシステムも含めた医療情報管理システムの新しいバージョン,「新病院システム」への移行作業が行われている.これらはきわめて有用であり,新システムによって更なる利便性の向上も大いに期待されるのであろう.一方で,移行作業の「繁雑さ」もさることながら,トラブルが発生するとその影響も大であり,各部署において迅速かつ慎重に作業がすすめられている.またその後の運用も,その利便性と裏腹に,「リスク」も多く存在し,「リスクマネージメント」も更なる重要性を増すものと思われる.
 このような例に限らず,私達の身の廻りには,飛躍的な技術革新とそれによってもたらされた膨大な種類の「ツール」が存在し,それらに囲まれて生活している.私達はその利便性に多く目を奪われているが,一方に存在する「リスク」を然程,意識せずに居ることも少なくない.また,それら「ツール」の目まぐるしい「バージョン」の進化にも追い付いていないのは私だけであろうか.言い訳がましいかもしれないが,「紙ベース」の媒体が必要な局面や「メール会議」ではない,一堂に会した会議の意義も忘れてはならないのであろう.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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特集 術後QOLを重視した胃癌手術と再建法

78巻4号(2023年4月発行)

総特集 腹壁ヘルニア修復術の新潮流—瘢痕ヘルニア・臍ヘルニア・白線ヘルニア

78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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