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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科70巻6号

2015年06月発行

雑誌目次

特集 胃切除後再建術式の工夫とその評価

ページ範囲:P.667 - P.667

 胃切除術後に再建法を工夫して術後障害を最低限に抑えるのは,胃外科の重要な課題であり続けている.古くは長期生存が見込める早期癌がおもな対象であったが,近年は術後補助化学療法の忍容性の観点から,経口摂取量の増加,栄養状態の改善につながる術式は進行癌でも重要視される.しかし,長年かけて開発した再建術式にこだわりをもつ外科医は多数存在するものの,客観的なエビデンスの構築が難しいことから,こうした工夫はなかなか日の目を見ないのが現状である.腹腔鏡の普及で複雑な方法が敬遠されがちなのもその一因であるが,本特集では夢のある,あるいは現実的な再建術式をいくつか紹介し,さらに誰にでもできるエビデンスの構築法についても述べていただいた.

総説

再建術式の歴史的変遷と現在の状況—安全性・QOLから個別化へ

著者: 瀬戸泰之 ,   山下裕玄 ,   八木浩一 ,   西田正人 ,   清川貴志 ,   野村幸世

ページ範囲:P.668 - P.675

はじめに
 1992年当時,筆者は東京築地の国立がんセンター病院胃外科でチーフレジデントとして修練を積んでいた.当時の胃外科医長 丸山圭一先生の著作1)には,次のような記述がある.「再建術式は幽門側切除でのBillroth-Ⅰ法と全摘でのインターポジションが大部分を占めている」.その後,2001年に日本胃癌学会から胃癌治療ガイドラインが出版され,昨年改訂第4版が出された.その中における再建法の記載を表1に示す.内容は第3版と全く同じである.コメントとして「それぞれに長短がある」とだけ,ごく簡単に記述されている.ちなみに第2版には再建法そのものに関する記述がなかった.どの再建術式を行っても“間違いではない”ということであるが,いささか心もとない.丸山先生が好んで施行されていた幽門側胃切除後Billroth-Ⅰ法(以下B-Ⅰ法)や胃全摘後空腸間置法が否定されたわけではないことは理解できるが,強く推奨されているわけでもない.結局のところ,現状は施設の方針あるいは外科医の好みに委ねられてしまうということであろうか.
 最近の状況として,2014年の第44回胃外科・術後障害研究会において配布された全国117施設へのアンケート調査結果(表2)によると,幽門側切除における再建法で,残胃の大きさで再建方法が使い分けられていることがうかがえる.また,2013年の当教室における胃切除後再建術式を表3に示す.胃全摘後は全例Roux-en-Y法(以下,R-Y法)による再建であったが,先のアンケート調査結果からも,各施設(各外科医)で基本的再建方法はあるものの,症例によって再建術式を選択する時代が到来しつつあることを感じる結果である.「それぞれに長短がある」わけであるから,症例によって長所が活かせる術式を選択する必要があると考える.そのためにも,これまでの再建術式の変遷を知り,その理由を学ぶことは重要であり,これからの再建術式を考える一助となると思う.
 まず,消化管癌手術の歴史は,胃癌手術の成功から始まっていることを再確認したい.長期生存を果たした第1例目は,ご存知Billroth先生が1881年に行っている.症例は43歳女性で,術後115日生存の記録が残っている.その際,十二指腸は残胃小彎側に吻合された.その後の2例は手術死亡であり,長期生存の2例目は,最初の成功から通算4例目の52歳女性で,2年半以上生存したらしい.その際,Billroth先生は十二指腸の吻合を残胃大彎側に行っており,それが今日のB-Ⅰ法の原型となっている.さらに,Billroth先生はおそらく吻合部の緊張軽減のため,1885年にBillroth-Ⅱ法(B-Ⅱ法)を考案している.当時の外科医の苦闘,またBillroth一門の努力は,岡島邦雄先生が詳細に紹介している.「胃癌診療の歴史」(「胃がんperspective」メディカルレビュー社,に連載)は,若手にもぜひ一読していただきたい力作である.その後,現在も繁用されているR-Y法は1893年,Roux先生により考案された.また,噴門側切除は1897年Mikulicz先生,胃全摘は1897年Schlatter先生により最初の成功例が報告されている.すなわち胃癌に対するほとんどの術式の原型は19世紀に完成していることがわかる.残念ながら,130年以上にわたって本質的には変わっていないことをわれわれは認識しなければならない.ただ,空腸間置再建の成功は千葉醫科大學教授 瀬尾貞信先生が1942年に世界初の業績として発表されている2,3).わが国の偉大な先人のお一人として誇りに思いたい.高橋孝先生の「胃癌外科の歴史」(医学書院,2011)もまた名著である.Billroth先生以後,近代に至るまで詳述されている.これもまた若手にお薦めの一冊である.
 言うまでもなく胃癌手術における黎明期は,安全性の確立が最大の課題であった.1900年前後では70%を超える直接死亡率が報告されている4).安全性確立のため様々な再建術式が考案され,淘汰され,それが変遷となっている.一口にB-ⅠあるいはⅡ法といっても,様々な工夫が報告されている(後述).最近ではさらに手縫い吻合,器械吻合などの違いもある.安全性がほぼ確立された現在では,術後QOL,すなわち,いかに胃切除後症候群を防ぐかの観点から再建術式の長短が論じられていると思う.また,これからは各再建術式の長所を活かした個別化がめざすべき方向だと考えているので,最後に少々触れたい.

こだわりの再建法

胃全摘術後の再建の基本—Roux-en-Yか空腸間置か

著者: 有上貴明 ,   石神純也 ,   上之園芳一 ,   柳田茂寛 ,   有留邦明 ,   夏越祥次

ページ範囲:P.676 - P.679

【ポイント】
◆胃全摘術後の再建はRoux-en-Y法が最も多く行われているが,簡便性や術者の経験による影響が大きい.
◆現在,パウチ作製による空腸間置法やY脚部にパウチを作製する術式が試みられており,術後QOLの向上が期待される.
◆今後は,急速に普及した腹腔鏡手術も念頭に,エビデンスレベルの高い大規模なRCTを行う必要がある.

胃切除後再建における代用胃へのこだわり

著者: 池田正視 ,   吉安俊介 ,   松本涼子 ,   西田祥二 ,   富岡寛行 ,   塩原榮一 ,   都井眞 ,   松永祐治 ,   箕輪隆 ,   中島由槻 ,   上田哲郎

ページ範囲:P.680 - P.687

【ポイント】
◆胃切除術後に長期生存する症例が増加している現代,胃切除後障害の回避はますます重要な課題となっており,再建法に期待するところは大きい.
◆His角・fornix・貯留・排出機能を有し,生理的再建法である胃切除後パウチ間置術は術後QOLを向上しうる.
◆Double & triangulating stapling techniqueにより,胃切除後パウチ間置術は容易かつ安全に施行しうる.

胃全摘後のaboral pouch付きRoux-en-Y法再建

著者: 福永哲 ,   民上真也 ,   榎本武治 ,   松下恒久 ,   佐々木貴浩 ,   佐々木奈津子 ,   福岡麻子 ,   夕部由規謙 ,   山内卓 ,   森修三 ,   田中圭一 ,   宮島伸宜 ,   大坪毅人

ページ範囲:P.688 - P.694

【ポイント】
◆pouch付加手術の有用性について,多変量解析の結果からダンピングや胸焼けの減少と食事摂取量の増加が報告されている.
◆胃全摘後のaboral pouch付きRoux-en-Y(R-Y)法再建は,手技が簡便で腹腔鏡下にも安全に施行可能である.
◆腹腔鏡下胃全摘後aboral pouch付きR-Y法再建の手術および短期治療成績は良好で,pouch付加特有の合併症はなかった.

噴門側胃切除術後のダブルトラクト法による再建

著者: 滝口伸浩 ,   鍋谷圭宏 ,   池田篤 ,   貝沼修 ,   早田浩明 ,   趙明浩 ,   外岡亨 ,   斎藤洋茂 ,   有光秀仁 ,   柳橋浩男 ,   知花朝史 ,   永田松夫 ,   山本宏

ページ範囲:P.696 - P.701

【ポイント】
◆噴門側胃切除の適応は残胃1/2以上を温存できる症例とし,上部消化管内視鏡クリッピングによる腫瘍の肛門側マーキングを行う.
◆空腸残胃吻合は,残胃前壁の小彎側と,食道空腸吻合部より15 cmの空腸間膜対側を頭側に,自動縫合器60 mmでステープリングする.
◆空腸の背側に残胃大彎口側端を押し込み,左横隔膜に縫合固定する.残胃の口側大彎側はfornix様となり,空腸と残胃間でHis角が形成される.

噴門側胃切除術後のpseudo-fornixの作成と配置

著者: 今本治彦 ,   安田篤 ,   岩間密 ,   新海政幸 ,   白石治 ,   田中裕美子 ,   曽我部俊介 ,   上田和毅 ,   川村純一郎 ,   大東弘治 ,   杉浦史哲 ,   今野元博 ,   安田卓司

ページ範囲:P.702 - P.706

【ポイント】
◆偽穹窿部を作成した食道残胃吻合は,逆流も少なく,手技も簡便であり腹腔鏡下に安全に行える.
◆胃切離の際,なるべく大彎側を長く残し,残胃の偽穹窿部を大きく作る.
◆偽穹窿部を食道背部から縦隔内に確実に挿入するが,腹腔内に脱落しないように横隔膜脚としっかりと縫合する.

噴門側胃切除術後の再建—観音開き法

著者: 二宮基樹 ,   丁田泰宏 ,   金澤卓 ,   三宅聡一郎 ,   三好永展 ,   三村直毅 ,   小川俊博

ページ範囲:P.707 - P.711

【ポイント】
◆観音開き法は強固な逆流防止機構と吻合の安全性を併せもつ,噴切後の合理的な機能温存再建術式である.
◆粘膜下層にある血管を温存する層でH字形のフラップを作るが,切離線が浅くあるいは深くなりすぎないように留意する.
◆食道と残胃を連続吻合後に,吻合部を含め下部食道を覆うようにフラップを残胃と食道に縫合し,逆流防止機構を作る.

幽門側胃切除術後のパウチを用いた再建

著者: 藤村隆 ,   尾山勝信 ,   伏田幸夫 ,   太田哲生 ,   木南伸一

ページ範囲:P.712 - P.717

【ポイント】
◆幽門側胃切除術はおもに胃癌など胃の悪性腫瘍に対する手術で,胃の中部から下部にある腫瘍が対象となる.胃癌治療ガイドラインでは幽門側胃を2/3以上切除するのが基本となっている.
◆胃切除後症候群とは胃切除術後に生じる様々な症状の総称で,小胃症状,ダンピング症候群,便通異常,逆流症状といった消化器系のもののみならず,慢性的な消化吸収障害から発生する栄養不良,貧血,骨代謝障害なども含まれる.
◆二重空腸囊間置再建法(JPI法)は幽門側胃切除術後再建法の一つで,二重空腸パウチと順蠕動性導管からなる有茎腸管を,残胃と十二指腸の間に間置するものである.パウチが小胃症状を改善し,順蠕動性導管がダンピング症状と十二指腸液の逆流を防止する.

至適な再建術式のエビデンスを作るために

再建術式を比較する臨床試験とその評価項目

著者: 宮崎安弘 ,   黒川幸典 ,   高橋剛 ,   瀧口修司 ,   牧野知紀 ,   山崎誠 ,   土岐祐一郎

ページ範囲:P.718 - P.724

【ポイント】
◆胃切除後再建術式は切除法ごとに多岐にわたるが,それぞれの再建術式には解剖学的・生理学的な長所・短所が存在する.
◆再建術式を比較する場合,術式の違いに起因すると考えられる臨床的問題を明確にし,エンドポイントの設定を行う.
◆胃切除後QOL評価には,独自の質問票よりも,信頼性と妥当性が検証された質問票を用いるほうが望ましい.

再建術式の評価に適したデジタル胃造影検査法

著者: 漆原貴 ,   鈴木崇久 ,   高倉有二 ,   池田聡 ,   真次康弘 ,   中原英樹 ,   板本敏行

ページ範囲:P.725 - P.734

【ポイント】
◆胃運動機能のうち,排出能,蠕動運動能,逆流がおもな3要素である.
◆検査飲料にガストログラフィン50 mLを蒸留水50 mLで2倍希釈し用いる.
◆飲用直後と15分後の正面面積から排出率を,最大収縮時と最大弛緩時の長さから蠕動運動率を求める.

再建術式の評価に適したQOL質問票PGSAS-45

著者: 中田浩二 ,   池田正視 ,   高橋正純 ,   木南伸一 ,   吉田昌 ,   上之園芳一 ,   川島吉之 ,   鈴鴨よしみ ,   小塩真司 ,   寺島雅典 ,   小寺泰弘

ページ範囲:P.736 - P.742

【ポイント】
◆胃切除術式を評価するための均てん化された評価法を確立し,胃切除後障害の実態を明らかにする目的でPGSAS-45が策定された.
◆PGSAS-45により,従来の質問票では検出することが難しかった胃切除後に特有の症状や生活障害が明らかとなった.
◆PGSAS-45を「共通のものさし」として様々な胃切除術式や手術手技の影響を調べることで,患者のQOLを保つためのより良い術式の選択や新たに改良された術式の評価が可能になる.
◆PGSAS-37(PGSAS-45からSF-8を除く)の結果をレーダーグラフに表示する「PGSASアプリ」は,胃切除後障害の検出や個別化した栄養指導にも有用である.

PGSAS-45からみた胃切除後の再建法

著者: 高橋正純 ,   寺島雅典 ,   藤田淳也 ,   並川努 ,   滝口伸浩 ,   稲田高男 ,   池田正視 ,   木南伸一 ,   上之園芳一 ,   吉田昌 ,   小寺泰弘 ,   中田浩二

ページ範囲:P.743 - P.748

【ポイント】
◆胃切除後のQOLを自己記入式患者立脚型アウトカムPGSAS-45調査票で,切除法およびその再建法別に評価した.
◆PGSAS-45調査票は,幽門側胃切除後の障害の程度がBillrothⅠ法再建では逆流症状,Roux-en-Y法再建では体重減少の程度がやや強いというわずかな違いを明らかにした.
◆各胃切除法の手技の違いによる術後障害の程度の差がPGSAS-45で示され,再建法を含めた手術手技の開発にPGSAS-45が有用な評価法になりうると思われた.

病院めぐり

福島県立医科大学会津医療センター外科

著者: 添田暢俊

ページ範囲:P.749 - P.749

 当院は福島県会津若松市に存在します.2013年NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台となった人口約12万人の観光都市です.夏は暑く,冬は寒く,雪深い地域であり,観光名所としては磐梯山,鶴ヶ城,猪苗代湖,著名人としては新島八重,野口英世,白虎隊,食べ物では喜多方ラーメン,ソースかつ丼,馬刺し,多種の日本酒などが有名であります.
 「公立大学法人 福島県立医科大学会津医療センター」は,2011年3月の福島第一原発事故以前からの医師不足,広い診療圏(通院に片道2時間を要する患者さんもいる)など様々な問題に積極的・果敢に取り組むことを目指して,福島県立会津総合病院と福島県立喜多方病院を統合整理し,2013年(平成25年)5月,診療・研究・教育機能を備えた施設として会津若松市河東町に新たに誕生しました.

FOCUS

外科医労働環境の現況と今後の展望

著者: 富永隆治

ページ範囲:P.750 - P.755

はじめに
 国民皆保険制度を始め,日本の優れた医療制度によって,日本国民は高度の医療を最小の自己負担で享受している.一方,対象患者の高齢化,疾病の複雑化,患者の権利意識の変化などが重なり,医療現場の仕事量は年々増大する傾向にある.このため医療従事者の労働環境は,劣悪の一歩を辿っている.特に外科は,一人前の術者になるまでの研修期間が長い,訴訟などのリスクが高い,高度の手術手技に対する評価を含め仕事に対する報酬が低い,緊急の呼び出しを含め労働時間が長い,などの理由から敬遠される傾向にある.全体の医師数が漸増する中で産科とともに外科医は減少しているのである.医師数の減少は臨床現場の過重労働を加速させ,さらに若手医師の新規参入を減少させるという負のスパイラルに陥っている.日本の高いレベルの外科医療を維持するために,外科医の労働環境改善は急務といえる.筆者は日本外科学会労働環境改善委員会担当理事として,これまで5年間活動してきた.アンケート調査などで会員諸兄には多大のご協力をいただいた.本稿では,その調査結果と委員会活動の一端を紹介する.

図解!成人ヘルニア手術・1 忘れてはならない腹壁解剖と手技のポイント【新連載】

外鼠径ヘルニアに対するBilayer patch法

著者: 柵瀨信太郎

ページ範囲:P.756 - P.769

■ Bilayer patch法の理念
 Bilayer patch法は鼠径管を前方から開き,内鼠径輪あるいは鼠径管後壁のヘルニア門から腹膜前腔に到達し,Underlay patchを横筋筋膜の背側のPosterior spaceに配置することによってヘルニア門だけではなくmyopectineal orificeを背側から被覆する.さらに外腹斜筋腱膜下のAnterior spaceにOnlay patchを配置することによって,鼠径管後壁,内鼠径輪を含む外側三角,さらにそれらの周囲を含む広範囲を前方からも被覆する術式である(図1).
 Anterior space,Posterior spaceをどのように作製(剝離)するかがこの術式のポイントである.

具体的事例から考える 外科手術に関するリスクアセスメント・3

病理標本にかかわるトラブルをどう防ぐか

著者: 石川雅彦

ページ範囲:P.770 - P.774

 外科手術におけるリスクのひとつとして,病理標本に関連するインシデント・アクシデントがあり,術後の治療方針,予後に直結する場合も想定され,検討すべき課題は少なくない1).本稿では,日本医療機能評価機構の「医療事故情報収集等事業」の公開データ検索2)を用いて,外科手術における病理標本に関連して発生した事例を抽出し,発生概要,発生要因と再発防止策について検討した.

臨床報告

初回治療17年後に発症した頭蓋内血管周皮細胞腫の膵転移の1切除例

著者: 宮﨑貴寛 ,   橋本真治 ,   高野恵輔 ,   福永潔 ,   小田竜也 ,   大河内信弘

ページ範囲:P.775 - P.780

要旨
症例は59歳,男性.42歳時に頭蓋内血管周皮細胞腫(HPC)の切除を施行した.その17年後に腹部不快感を主訴に前医を受診した.画像検査にて膵頭部,左腎,両肺に多発する腫瘍を認め,組織診断の結果,頭蓋内HPCの多臓器転移と診断した.膵頭部腫瘍が強い腹部不快感の原因であり,今後の腫瘍増大による出血や消化管通過障害出現の可能性を考慮し,膵頭十二指腸切除術を施行した.腹部不快感は軽快し,食事摂取量が増加した.術後1年6か月間,増悪なく経過観察中である.頭蓋内HPCの膵転移は稀少であり,貴重な症例と考え報告する.

メシル酸イマチニブによる術前化学療法にて完全奏効を得た胃GISTの1例

著者: 村上裕樹 ,   尾崎知博 ,   齊藤博昭 ,   若月俊郎 ,   池口正英

ページ範囲:P.781 - P.785

要旨
症例は70歳代,男性.息切れを主訴に当院を受診した.上部内視鏡にて胃穹窿部後壁に潰瘍形成を伴う壁内発育型の粘膜下腫瘍を認め,生検にて胃gastrointestinal stromal tumor(GIST)と診断した.腹部CT検査では横隔膜・膵・脾への広範な浸潤を疑う約12 cm大の巨大腫瘍を認め,局所進行GISTと診断した.手術の術野および安全性確保と機能温存を目的とし,メシル酸イマチニブによる術前化学療法を行った.治療後のCTでは,腫瘍は約40%縮小していた.手術は噴門側胃切除・膵体尾部・脾・左横隔膜合併切除を施行した.著明な腫瘍縮小のため良好な視野が確保され,安全に手術を実施できた.術後の病理組織学的所見では腫瘍細胞は認められず,術前化学療法にて完全奏効が得られていた.現在,補助化学療法としてメシル酸イマチニブを内服中で,術後2年間無再発生存中である.胃GISTでは完全奏効例はきわめて稀であるため,報告した.

急速な進行をきたした小腸平滑筋肉腫の1例

著者: 金兒博司 ,   濱田賢司 ,   田岡大樹 ,   大倉康生 ,   大森隆夫 ,   伊藤貴洋

ページ範囲:P.786 - P.791

要旨
症例は66歳,男性.貧血と便潜血陽性にて精査を行ったが異常なく,一旦経過観察となった.7か月後のCTで,小腸壁外に突出する造影不均一な約9 cm大の腫瘍を認めた.小腸造影では上部小腸に壁不整像と造影剤の腸管外漏出を認め,壊死による小腸腫瘍内への穿通と診断し手術を施行した.空腸に存在した壁外性腫瘍は骨盤底と強固に癒着し,直腸腹側面および膀胱底部に多数の播種結節を認めたため,小腸部分切除のみを施行した.腫瘍は固有筋層を主座に紡錘形細胞の充実性増生を認め,免疫組織化学染色ではα-SMA,ビメンチンが陽性,KIT,CD34などは陰性で小腸平滑筋肉腫と診断した.しかし,その後急速に遺残腫瘍が増殖し,直腸閉塞,水腎症を併発し,術後3か月目に死亡した.小腸平滑筋肉腫は稀な疾患で診断も困難であるが,極めて悪性度が高く,臨床的に注意を要する.

私の工夫

腹腔鏡下手術時の配線およびコード類固定具の使用経験

著者: 多賀谷信美 ,   久保田和 ,   鈴木麻未 ,   奥山隆 ,   菅又嘉剛 ,   大矢雅敏

ページ範囲:P.792 - P.793

【はじめに】
 内視鏡下手術の発展に伴い種々のデバイスが登場してくるが,それを駆動するためには,そのデバイスと電源とを結ぶための連結器(コード)が必要になる.そのコードが頻繁に絡むことで,術中の術者や助手のストレスが増加する.さらに,手術開始前のセットアップにも時間を要し,術前から精神的負担が増加している.さらに,術後に固定したコード類を外す作業が残っている.これらのストレスを軽減するため,われわれは,心臓血管外科手術時に使用する人工心肺用回路のチューブの固定を目的に考案された器具1)を内視鏡下手術時のコードおよびチューブ類の固定に使用し,良好な結果を得たので報告する.

1200字通信・79

論文今昔物語

著者: 板野聡

ページ範囲:P.695 - P.695

 この年末年始の正月休み,自宅の大掃除に託けて,自宅の本棚に積み上げていた論文の別刷を処分することにしました.
 論文が掲載されるたびに,「いずれまとめて冊子にしたい」と考え,別刷を最低部数ずつ購入して保管していたのでした.そうはいっても,これまでの36年間で,(質より量と笑われそうですが)学術論文だけでも自分の年齢を超えることになっており,嵩高く場を取るだけでなく埃だらけになっていました.

ひとやすみ・125

腕を磨く

著者: 中川国利

ページ範囲:P.717 - P.717

 一般に外科医の仕事は,「頭を使うことなく,単に手足を動かすだけの肉体労働である」と,中傷されがちである.確かに仕事の中核は手術であり,体を動かす仕事に従事している.しかしながら外科医は個々の患者に対応し,最小の侵襲で最大の効果が得られるように熟慮しながら手術をしており,豊富な知識とともに熟達した技術が必要である.
 私の研修医時代,同期の研修医は4名で,互いに早く技術を習得したいと競い合ったものである.朝会や術前検討会などでは,白衣のボタンに糸を掛けて糸結びの練習をした.そして白衣に結ばれた糸が多数付いていることが,研修医の誇りでもあった.また,現在では縫合セットが病院から研修医に貸し出され,さらには縫合の講習会も開催されている.しかしながら私の研修医時代には,縫合セットは売られていなかった.そこで道具の貸し出しを手術室の師長に願い出たが,「研修医に貸し出すほど余裕はありません」と,断わられた.しかし,「なぜか春先になると研修医の頭数だけ減るのよね」という優しい小悪魔のささやきを聞き,深夜に忍び込んで拝借した.そして自宅で猛練習したものである.

昨日の患者

試練に耐えて生きる

著者: 中川国利

ページ範囲:P.793 - P.793

 病は人を選ばず,しかも突然に発症することも多い.そして罹患した人は宿命として粛々と受け入れ,病に伴う試練を耐え忍んで生きていかざるをえない.若くして深刻な病に罹患し,人生の荒波に耐えながらも明るく前向きに生きる女性を紹介する.
 30年ほど前にもなるが,当時女子高校生であったMさんが度々吐血や下血を繰り返し,食道静脈瘤を伴う肝外門脈閉塞症と診断された.そこで出血のたびに大量の輸血を行い,さらには食道離断を伴う血行遮断術を行った.Mさんは手術を心配する母親に,「大丈夫だから,あまり心配しないで」と,健気にも逆に励ました.辛い手術にも耐え,そして授業に遅れまいと寸時を惜しんでは勉強した.勉学に勤しむMさんを誰もが応援し,若くて愛くるしい彼女は病棟のアイドル的存在となった.

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原稿募集 「臨床外科」交見室

ページ範囲:P. - P.

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P. - P.

あとがき

著者: 小寺泰弘

ページ範囲:P.798 - P.798

 ビルロートの時代には術死させないことが胃切除術の課題であったわけですが,その後,現在でも未解決であり続けている胃外科のテーマとして,至適な再建法があげられます.あくまでも個人的な印象ですが,胃食道逆流などによる著しい症状さえ惹起しなければ,患者さんのQOLには術後早期の食欲低下の影響が大きく,その程度や緩解するまでの日数については個人差があるように思います.ここでは外科的手技云々よりも,グレリンなどの生理学的な研究成果を臨床にfeedbackすることの方が効果的なのかもしれません.とは言え,噴切後の逆流性食道炎だけは本当に厳しいものがあります.この点で滝口先生のダブルトラクト法と二宮先生の観音開き法は,先日某企業の講演会で対決が組まれていたほどホットな話題ですし,他にも興味深い方法があります(今本先生).胃全摘術については,瀬戸教授の力のこもった総説を拝見する限り,Roux-en-Yをやっておきさえすれば当面何も問題がないようです.その一方で,池田先生のように「パウチを作成しないなんて考えられない」という狂信的なパウチ愛好家もいます.丑年に届いた彼からの年賀状では,牛の絵の腹部にパウチが作成されていました.工夫をすれば,腹腔鏡下でパウチを作成することも可能です(福永先生).さらに幽門側胃切除後にもパウチ派の先生がおられます(藤村先生).しかし,幽門機能がなくても容積さえあれば貯留するのか,そしてそれがゆっくりと十二指腸に流れるのかなど,素朴な疑問も生じます.愛好家のone armでのデータでは説得力に欠けますので,今後は再建法についてもランダム化比較試験を行おう(有上先生)と考えると,それでは何を指標に勝ち負けを決めるのか(宮崎先生)というところで熟考を要します.再建法の優劣の指標とすべく苦痛や侵襲を伴う検査が数多く行われた時期もありましたが,ある研究会で私の尊敬する某先生が「検査を受ける患者本人に何のメリットもない(検査を受けても研究者のデータになるだけで,症状が改善するわけではない)ではないか」と一喝され,一同が静まり返ったことがあります.近年,低侵襲な検査法も工夫されています(漆原先生)し,確立された質問票による患者アンケートも指標となりうる中,わが国でもPGSAS-45,DAUGSなどいくつかの質問票が開発されてきました(中田先生,高橋先生).再建術式のエビデンスを得る臨床試験を行うのに,まさに機は熟したのかもしれません.胃切除後の患者さんのQOL向上を願ってやまない先生方による今後の研究成果に,大いに期待したいと思います.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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